「気持ち悪いです夜神くん」
「…僕のことを言ってるのか?竜崎」
「ああ、主語が抜けましたね。窓を開けたら湿気がすごくて気持ち悪いです」
「ここ数日雨続きだからな。…もうそろそろ本州も梅雨入りするらしいよ」
「梅雨も日本の情緒の一つと思えばいいものですが、この湿度の高さは頂けません」
「東アジアだけらしいな、梅雨って。まぁ日本の中でも北海道には梅雨はないらしいし、イヤなら北海道に行けばいいんじゃないか」
「東京から離れたらキラ捜査に支障が出るので却下します。キラはここにいますし」
「ここ、という表現には疑問を感じるが、じゃぁ窓を閉めればいいだろ。ホテルは空調も整っているし、季節も情緒も関係ないじゃないか」
「そうですね。考えてみれば私一年中この格好です。厚着もしなければ薄着もしない」
「それは暗に季節を気にする必要も無い程恵まれた設備と環境の中にいる、と自慢してるのかい」
「Lですから」
「単に引きこもりなんだろ」
「あれ、妬んでますか夜神くん?」
「四季の移ろいを楽しめない竜崎に同情しているだけさ」
「おかしなことを言いますね。五感で楽しむだけなら私もしますよ」
「数時間散歩、とか言うんじゃないだろうな」
「Lですから」
「Lは引きこもりの代名詞か!」
「仕事はちゃんとしてますよ。親に寄生して生きているわけでもなければ財産を食いつぶしているわけでもなく、自分で稼いだお金で生きているんですから引きこもろうが責められるいわれはありません」
「……」
「あ、珍しく夜神くんが反論しませんね。私いいこと言いましたね」
「いや、自活しているという点においては反論の余地もないが、僕とは違う感覚を有している竜崎とは意見が合わないな、と実感していたところだよ」
「夜神くんは四季の移ろいをいちいち毎日逐一感じながら、季節に応じて服を変え、汗を流し、寒さに震えることが大事だと言いたいんですね」
「そうだね」
「空調設備の整った室内で大半を過ごす私に季節に応じた服は必要ありませんし、汗を流すこともありませんし、寒さに震えることもありません。服が欲しくなれば買えばいい話ですし、汗を流したくなれば運動すればいい話ですし、寒さを感じたければ冬に外に出れば済む話です。選択権を握っているのは常に私であり、それが最上のあり方だと思ってます」
「なるほど」
「私、他者にイニシアチブを握られるのはムカつきます」
「……」
「それが季節であろうが自然であろうが人間であろうが何であろうが、私が生きる上において、私が必要とする限りにおいて私が常に優位でないと気が済みません」
「……」
「私も、負けず嫌いなんです夜神くん」
「私「も」って何だよ」
「夜神くんも私と同じ考えかと思ったんですが、違いましたか」
「はは、僕は自然に対してまで優位に立とうとは思わないし、立てるとも思ってないよ。今ある事象を受け入れることが大事だと思う」
「夜神くんが言う台詞とは思えません」
「竜崎は僕のことをそんな風に見てたのか」
「キラはおそらく、私に賛同してくれますよ」
「…僕はキラじゃないからね」
「キラは」
「何だよ」
「己がイニシアチブを取りたいが為に殺人を犯しています」
「…世の中から犯罪者を消して、いい世の中にしたいと思ってるみたいだね」
「それこそが傲慢な思考だと言うんですよ。神にでもなろうと考えること自体、私以上に優位性に拘っている証拠です」
「自分が傲慢だという意識はあるんだな、竜崎」
「法や常識の範囲内でかつ自分の手が及ぶ範囲において、自分の望むようにすることは傲慢とは言いません。キラは法や常識を超越しようとしている点が傲慢だというのです」
「キラは現法においては大量殺人者。裁かれるべき存在だと僕も思うよ」
「現法においては、…そうですね。現法においては、犯罪者ですね」
「さっきからやけにつっかかるね。何が言いたいんだ?お前は」
「私が負けたら、キラにイニシアチブを握られることになります。まぁ私が死んでしまえばどうでもよくなることですが、私、負けず嫌いなのでキラに負けたくありません」
「キラはそんなこと考えてないかもしれないぞ」
「ありえません。でなければリンド・L・テイラーを殺すはずがない」
「キラも、竜崎と一緒で負けず嫌いな上にプライドが高く、傲慢で、優位に立ちたいと考えてるってことか」
「キラの殺人は許せませんが、キラの思考には非常に親近感を覚えます私」
「…似た者同士?」
「夜神くんにも親近感を覚えます私」
「この話の流れで言われても嬉しくないよ!」
「だからこそ、私キラが許せません」
「……」
「どんなきっかけがあったのかは知りませんが、殺人などという愚劣極まりない手法を取ったキラが、許せません」
「…同情でもしているように聞こえるよ、竜崎」
「同情ですか。キラがキラでなかったら、私好意を持てたと思います」
「へぇ」
「私、夜神くんに好意持ってますよ」
「それはありがとう」
「夜神くんがキラでなければいいですね」
「僕はキラじゃないよ」
「そうですか。いい友人を持てて私は幸せですね」
「…なんか薄っぺらいな」
「夜神くんがそう感じるということは、夜神くんが私に対して好意を持っているからですよ」
「え!?…、ああ、そうだね、僕にとっても竜崎は得がたい友人だしね」
「今否定しようとしませんでしたか?」
「気のせいだよ」
「…そうですか。キラと悟らせずに生きているだろうキラは、今何を考えてるんでしょうかね」
「さぁね。この湿度にうんざりしながら衣替えでもしてるんじゃないの」
「キラでも湿度を超越することはできませんか」
「自然を操ることは不可能だしね。竜崎みたいに引きこもってるなら別かもしれないけど」
「衣替え、という思考が日本的ですね。そういえば私も衣替えしたんですよ」
「どこを?」
「どこを?って、質問おかしくないですか?…もちろんこのシャツですよ」
「見たところ全く変わってないようだけど」
「少し生地が薄いです」
「わからないよ」
「え!?明らかに違いますよ!よく見てくださいこの手触り!この軽さ!夏を意識したクールビズですよ!」
「クールビズの意味を履き違えてるだろお前。イニシアチブを取りたいとか何とか言っておきながら、ちゃっかり生地を薄物に変える了見を窺おうか」
「たまには私も季節を意識しようかと思いまして」
「年中同じ格好のお前の違いに気づける人なんていないよ」
「じゃぁおそらくキラでも気づけないでしょうね。残念です」
「…待て待て待て待て。納得いかないぞそれ」
「友人の夜神くんが気づけなくてキラが気づくのでは、夜神くんがかわいそうです」
「なんかムカつく言い方されてると感じるのは僕の気のせいか?」
「キラに嫉妬しても仕方ないですよ夜神くん」
「え?何で僕がキラに嫉妬?」
「私が夜神くんよりキラのことを評価しているのが気に食わないとおっしゃるので」
「僕が気に食わないのは、僕を貶めてイニシアチブを取ろうというその根性だよ」
「私、負けず嫌いですので」
「気づいて欲しいならノースリーブに短パン、くらいやってみせろという話だよな?」
「見たいんですか?ノースリーブに短パンの私。見たいというなら…」
「ごめんなさい。結構です」
「友情って、難しいですね」
「…なんていうか、疲れるよ竜崎…」

WEB拍手お礼09-部屋とYシャツと私編。

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