お前は誰より愚かで面白かった。

 

「死神は楽そうだね」
 出会って間もない人間の少年は、物怖じすることもなくまっすぐ己を見上げて呟いた。
「何がだ?」
 問い返せば、学校へ行くために着替えた姿を鏡に映し、ネクタイの歪みを直しながら鏡越しにため息をつく。
「寝る必要もなければ食べる必要もなくて、着替える必要もなければ学校へ行ったり仕事をする必要もないんだから」
「ノートに名前を書いて寿命を頂戴するのが死神の仕事だぞ」
 心外だといわんばかりに言い返しても、この人間はなかなかにしたたかだ。あっさり「それも数十年、数百年に一度だろ」と切り返され、瞬間言葉に詰まる。
「…リンゴは食うぞ。美味いから」
「食べなくったって死なないだろう」
「禁断症状が出る」
「…へぇ」
「お前がくれなくなったら見せてやれるぞ」
「何そのチープな脅迫。僕はそんなケチじゃないよ」
「ククッそうであることを願うぜ」
 寝る必要も食べる必要も、着替える必要もなく、仕事もほとんどやらない死神は、それだけで退屈で死にそうだから人間界にやって来たのだと、理解しているだろうにあえて言うこの少年の性格はかなりひねくれていると死神リュークは思う。
 あくせく働いて短い寿命を削りながら生きている人間にとっては、羨ましいことなのかもしれないが。
 仕度を終えた少年は、かばんを持って階下へと降りていく。
 人前で話すことを禁じられているため口を閉ざすが、今日は珍しく少年の方から小声で話しかけてきた。
「今日は先週の模擬試験の結果が返ってくるな…。受験生はやることが多くてイヤになるよ」
「お前頭いいのか?」
「ライトだよ、ヤガミライト」
「…ライトは頭いいのか?」
「まぁね。それなりの努力はしているから当然だけどね」
 さらりと自分自慢をやってのけるこの精神は一体どこから来るのだろうか。
「…お前友達いないだろ」
「失礼だな。友達くらいいるさ。僕はこれでも人に好かれるんだよ」
「嘘だろ」
「…ホント失礼な死神だなリュークは…」
「月おはよう。今日はちょっと早いわね」
「おはよう母さん。今日模擬試験の結果が返ってくるからね。ちょっと気になって」
 母親へと顔を向けた瞬間から、夜神月は「優等生でよく出来た息子」へと変貌する。死神の存在など最初からなかったように完璧に振舞ってみせる様子は手馴れており、とても18やそこらの子供には見えなかった。
「あらあら、月はいつも一番だから母さん当たり前みたいに思ってたけど、そうよね全国の受験生皆が受けるんですものね」
「一番を譲るつもりはないけど、今回はちょっと出来が良くなかったからさ…どうかなぁ」
 ダイニングチェアに座って出されるコーヒーを飲みながらぼやく姿は高校生のそれであるのに、後ろに漆黒の異形なる者を従える事実を他者が見たらどう思うのか、リュークは非常に興味があった。
 契約違反になるから、やらないけども。
「順位よりも、母さんは月が行きたい大学に入ってくれればそれでいいわよ」
「頑張るよ」
「じゃ、粧裕を起こしてくるわね。まったくあの子は月と違って自分で起きて来ないんだから」
「夜更かししてるんじゃないの?」
「かもしれないわねぇ。コーヒー、母さんと粧裕の分も淹れておいてくれる?」
「いいよ」
「助かるわ~。月みたいな息子を持って母さん幸せだわ」
「こんなことで褒めても何も出ないよ。いいから早く起こしてきなって」
「はいはい」
 幸せなホームドラマを見ている気分で母親の後姿を見送って、月へと視線を戻せば探るような視線とぶつかり、リュークは一歩のけぞった。
「…何だ?」
「今回の模擬、出来が良くなかったのはお前が来て動揺したからだよリューク?」
「…へ~」
「まぁ1番は1番だろうけど全教科満点ではないな」
「…ほ~。それは俺のせいか?」
「いや、僕のせいだよ。いくら死神が現れたからって、動揺して点数落とすようじゃ僕もまだまだだ」
「…普通の人間は動揺すると思うぞ」
「神になろうという人間が、こんなことで動揺してるようじゃダメだよ。これからテストなんかじゃない、もっと厳しい状況に立つことだってあるだろうしね」
 未だ成人を迎えてもいない少年がすでに将来を見据えて動いていることが面白い。
 神になると少年は言った。
 発言どおり、夜神月はデスノートを使って犯罪者を裁いていく。
 今までそんなノートの使い方をした人間がいただろうか?
 コイツは子供ながらに、本当に面白い。
「お兄ちゃんおはよぉ~。あーコーヒーにミルクと砂糖はいってな-い!」
「それくらい自分で入れろよ。しかもパジャマのままだし。髪ボサボサだし。遅刻するぞ」
「ううううお兄ちゃんは今日も朝から完璧ね…」
「規則正しい生活を心がけてるからな」
「ちょっとはお兄ちゃんを見習いなさいよ粧裕!ホラ、早くご飯食べて!」
「ふぁーい…」
「今日の夜はお父さん帰ってくるらしいから、ご飯何がいいかしらね」
「ああ、キラ事件で大変なんだったね父さん」
「そうなのよ。世界規模の犯罪者なんでしょ?お父さん危険がなければいいんだけど…」
「何日も帰って来てないもんね。大丈夫かなぁ…」
「キラと呼ばれる犯罪者についてはまだ何もわかってないらしいし、父さん身体壊さなきゃいいけどな…」
 自分が「キラ」のくせに、よく言う。
 背後で笑った声を綺麗に無視して、月は「父を心配する息子」を完璧に演じてみせる。
 それは死神がいようがいまいが関係ないほどの堂の入りっぷりで、リュークは見ていて感心することもしばしばあった。
 学校で友人と話しているときも。
 塾で勉強しているときも。
 常に夜神月は「外」を気にかけていた。
 「外」から見える「夜神月像」を気にかけていた。
 面白い子供だった。
 周囲が求める「夜神月」に自然になってみせるその器用さは生まれつきのものなのか、それとも後天性のものなのか判断はつかないが、リュークに垣間見せるひねくれ加減でさえも、もしかしたら演じている夜神月なのかもしれなかった。
 で、あるならば「キラ」さえも。
 世界が求める「救世主像」を演じることすら可能なのかもしれなかった。
 面白い子供。
 哀れな子供。
 
 夜神月にノートが渡ったのは偶然だったが、拾ったのが夜神月で良かったと心から思う。

「面白い世界を見せてやるよ」
 と子供が言った。
 「キラ」によって齎される世界の動きは目まぐるしく、ただでさえ短く性急に生きている人間達の生き様がさらに性急で余裕がなくなった。人々は「キラ」を称え神と仰ぐ。
 世界に「キラ」という力を持つ人間の存在が徐々に浸透していく様は、「キラ」の傍近くで見ている自分には興味深く面白いものに映った。
 そう、確かに子供が見せる夢は興味深くて面白かった。
 退屈を忘れるほどに。
 世界が急速に動いていく中、「キラ」の周囲はさらに加速度を増して動いていく。
 求められる「夜神月像」が複雑化し、「L」でありながら「キラ」であり、「夜神月」でもあらねばならない子供は少しずつ生まれる齟齬に気づかない。
 何でも出来て、頭の良かった子供は全てを完璧にこなそうとするあまり、己をすり減らしていることに気づかない。
 未だ「生まれたばかりのキラ」でしかなかった頃から見てきた自分には見えるモノがあった。
 追い詰められる子供を見ているのは楽しかった。
 必死で知恵を絞り、生き残るために、神になるためにあがく姿は死神にはないある種崇高な生命であるかの如く映ったものだった。
 コイツが死ぬまで退屈せずに済みそうだと、思えることは幸せだった。
 
 たった、6年。
 あまりに短すぎるその年月。

 「神になる」と言い切った子供は、たった一つのミスで全てを失おうとしていた。
 
 たった、6年。
 なぁ、短すぎるだろライト。

「頼むリューク!もうお前しかいないんだ、書いてくれ!」
 床に這いつくばって血を流し、必死に叫ぶ子供の姿はリュークが望んだものではない。

 なぁ、あっけなさすぎだろ、ライト。
 お前、もう終わりかよ。
 
 最初に出会った時から見えていた子供の寿命は、もうない。
 
 お前、もう死んじまうんだってよ。
 失血死か。そりゃそんだけ血流して動いてちゃーな。
 
「死ぬのはお前だ、ライト」
 いつかは最初のノートの持ち主が死ぬときには、自分のノートに名前を書いて殺さなければならない決まりだったのだとしても。
 こんな状況で書くことになるなんて。
 
 たった、6年。
 まぁでも、とても面白かった。
 おそらく今後、お前以上に面白い奴には出会えないだろうし、面白いことにも出会えないだろうから、せめて。

「牢獄に入れられたんじゃいつ死ぬかわからない。待っているのも面倒だ…もうお前は終わりだ、ここで死ぬ」
 
 お前が死ぬまで見届けるつもりだったが、惨めに死んでいくくらいなら。
 死ぬ時間は少し早まるが、掟通り、俺がお前の名前をノートに書いて殺してやろう。

「さよならだ夜神月」

 残念だよライト。
 もう少しでお前が言う「神」になれるところだったのにな。
 俺はそれを見てみたかったんだけどな。
 でも死神は見ているだけの存在で、何かをしてやろうという存在でもないからどうしようもなかったな。
 お前を殺したことが唯一、俺が自主的にお前にしてやったことだった。

 それでいいんだろ、ライト。
 お前なら、そうするだろ、ライト。
 
 神を夢見た子供はもう笑わない。
 リュークを見ても物怖じしなかった子供は、もういない。
 退屈しのぎは、もうできない。

 夢は、終わった。


END

夢から醒める朝

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