雨に、撃たれる。
光だとか闇だとか、クラウドにとってそれは象徴的なものではなく、現実問題として存在する。
人間は光も闇も持っているのが当たり前。
光しか持っていない人間はプリンセスと呼ばれたり、特別な存在として認識される。
闇しか持たない人間はハートレスとなり、特別な存在として認識される。
どちらも持たない者はノーバディと呼び、特別な存在として認識される。
今の自分は光が眩しすぎ、けれど闇に沈むのはイヤだった。
半端なモノ。
光も闇も内包し、矛盾を抱えながらも生きていける強い人間になりたかった。
本当は、誰もがそうなることを望みながら生きている弱い人間であることを知っていたけれど、認めてしまうことはできなかった。
自分は弱いから。
セフィロスを倒すことでしか強くなれないのだと。
セフィロスを倒せば、自分は一人で立って歩けるようになるのだと。
ずっと、そう思って生きてきた。
そのことだけしか、考えていなかった。
セフィロスを倒した後に来る自分の世界が、本当に幸せであるのかなんて考えたこともなかったのだ。
首を圧迫するレオンの手の平に不快感を覚えながら、クラウドは瞳を眇める。
じわじわと力が強くなるそれに抗議の声を上げようとするが、誤魔化すように口付けられた。
口内に侵入し絡む舌は温く、甘い。
痺れるように脳が疼き、くらりと意識が傾ぐ。
ブラックアウト寸前、クラウドは意志の力を総動員して抗った。
「…ッレ、…お前、俺を殺す気か…!」
己の頚動脈を押さえるレオンの腕を掴み、震える指で力任せに引き剥がす。
戦闘に長けた人間の行動は冗談では済まない。力加減は理解しているはずだろうに、レオンは容赦しなかった。抵抗しなければ、確実に落ちていた。
「…死ななくて、良かったな」
平然と澄ました声音でありながらもレオンの表情は不服に彩られている。頭痛を覚えながらクラウドは呼吸を整えた。
「シャレにならない…どういうプレイだ」
「…その思考には素直に感心するが、その足じゃどうしようもないだろう。お前に挿れたいとは思わないし、気を使うのは面倒だ」
端的に語られる言葉は穏やかではないが、要約すれば「面倒だからさっさと寝ろ」ということだろうとレオンの意図は察したが、素直に眠れる気分ではなかった。
「…おかしいな、俺に魅力がないってことか?」
「…帰っていいか?」
「抱かれるのはよくて、抱くのはイヤなのか」
「面倒なのがイヤなんだよ…抱くなら女を抱く」
「…どっちも面倒だと思うけどな。じゃぁ抱いてやるから、自分で挿れて動いて。俺動けないし」
「お前やっぱ死ねば?」
この歳になって、拳骨を頭に食らう日が来ようとは思ってもいなかった。
「いてっ…ってててて!足も痛いし!殴るなよ自分で誘っておいて!」
「誘ってません。…足悪化しても知らんぞ」
「お前が自分で乗って動けば平気だろ…右足使えないけど、協力はしてやるよ」
呆れた溜息をつくレオンのジャケットに手をかけるが押し返され、胸を押されてベッドの上に倒された。
レオンは自らジャケットを脱いでクラウドの上に乗りあがり、クラウドの服を脱がしにかかる。
「…至れり尽くせりってのは、いいね」
「…たまにはな…」
ジッパーを下ろし、露になった鎖骨から胸元へ口付けを落とすレオンの髪を撫でる。
奇妙な気分だった。
まるで自分が抱かれているようだった。
脇腹を濡れた舌が掠め、息が詰まる。
レオンの首にかかったままのペンダントが金属の冷たさを持って肌を滑り、背中が震えた。
下腹部へと下がったところで、レオンが顔を上げて困ったように呟いた。
「…うーん。全然楽しくない…」
コイツ最悪。
「…萎えること言うなよ…」
「こっちは萎えてないようだが。…お前元気だな」
するりと布ごしに撫でられ、さらに最悪な気分になった。
コイツを蹴り飛ばしたい。
右足は悪化してもエアリスに治してもらうから、もういい。痛いのは我慢する。
我慢するから、蹴らせろ。
それでも心の片隅では足首を庇いながら、クラウドはレオンを蹴った。
力いっぱい、容赦なく。
「ぅわっ…!」
右足が飛んでくるとは想定外だったのだろう、レオンは脇腹にモロに膝を食らって倒れこんだ。
「…~ッ!」
声もなく蹲って呻く様子を尻目に、クラウドは身体を起こす。
「…そうか、お前はマゾだったか。苛められないと勃たないなんて、重度だな」
「…ッ真っ剣に!痛いんだが!」
「嬉しいんだろ?」
にこやかに微笑んでみせた。
涙目で睨まれても怖くは無い。さっきレオンにされたように、首筋を掴んで今度はレオンを押し倒す。
ハートレスによってつけられたらしい赤く腫れた鎖骨のかさぶたに爪を立て、ギリリと引っ掻いた。
「い…ッ!」
塞がっていた傷が裂かれて、血が滲む。
「…爪痕が増えた」
「…クラウドッ!痛い!」
「あー、血で指が…お前の血だぞ、ホラ舐めて綺麗にして」
「ぐ…っ」
非難がましい声を上げるレオンの口に指を突っ込む。
噛み千切られてはたまらないので、突っ込めるだけ指を突っ込んで口を閉じられないようにして口内をかき回し、鎖骨から溢れて流れる血に舌を伸ばして舐めれば、鉄臭い馴染んだ味に苦笑が漏れる。
「…あ、ここも傷。ここにも傷」
レオンの左腕に走る傷跡を、掴んだ右手の爪でさらに引っ掻く。
ガリ、と固形化したかさぶたが剥がれる音と感触は骨に染みるような気持ち悪さがあったが、痛いのは俺じゃなくてレオン、と心中に呟く。
右腕の内側に走った傷には、歯を立てた。
「…ッ!!」
痛みに声もなくレオンの身体が震え、その様子に少し気分が晴れる。
唾液に塗れた己の指を血塗れの身体に這わしながら、クラウドはレオンの服を剥いていく。
激痛が治まった後も続く疼痛に眉を寄せるレオンの顔に愛しげに唇を寄せた。目尻から落ちる涙は塩分を含んで辛いが、怒りを込めて睨み上げてくる蒼の瞳は何故だか甘く感じた。
「…やっぱマゾか。痛くされて嬉しいんだ?」
勃ちあがったレオンのソレを指先でなぞり揶揄すれば、レオンの顔に朱が登る。
「ちがう」
「まぁいいけど。俺が用あるのは、コッチだけ」
閉ざされた後ろへ指を這わせて、無造作に突き入れる。
「…ッぅ、…!」
先程から痛みに呻くばかりのレオンは完全に息が上がっていた。
身体中に散った紅は凄惨に映ったが、唾液と混じって光る液体は淫らがましく男を誘う。
「ん、…っく…」
指を増やしてぐちゅぐちゅと抜き差しすれば、物欲しそうにレオンの腰が揺れた。
イきたがっている様子は窺えたが、前の世話をしてやるつもりはない。
イきたければ自分で弄ってイけばいい。
…その前に、俺が中に挿れるけど。
「…いい加減俺の足、限界なんだよね。…自分で乗っかって、動けよレオン」
ここまでやってやったんだから、と恩着せがましく呟いて、クラウドはレオンを起こして自分が寝転ぶ。
痛む足はもはや感覚がなくなってきていたが、どうでもいい。
身体を投げ出したクラウドを憂鬱そうな目で見やり、レオンはクラウドの上に跨った。
「…何その顔。もっと苛めて欲しいの?」
「結構だ。…黙ってろ、お望みどおり自分で動いてやるから」
息を吐いて、諦めたように手を添えたクラウドのモノの上にゆっくりと腰を落とす。
「ふ…、っ」
ぬぐ、と先端を押し割る。肉の抵抗に両者とも眉を顰めたが、入る角度が決まってしまえばあとは楽だった。
「んん…っ」
緩やかに内壁を擦り上げながら肉を飲み込む感覚は熱く、痺れるように背中が疼く。
締め付ければ、密着した雄の質量をリアルに感じることが出来た。
「…動いて、レオン」
熱い吐息を漏らし、クラウドはレオンの頬に手を伸ばす。
流れ落ちる汗がぬめって、ほの暗い部屋の明かりを反射した。
「は…っ」
ずる、とギリギリまで抜いて、落とす。
ギシギシと軋むスプリングとタイミングが合わず、やりにくそうな様子に小さく溜息を漏らし、クラウドはレオンの腰に手を添えて協力する。
「ん、く…っふ、ぁあっ、ん…っ」
熟れて熱い中は悦んで収縮し、クラウドに絡みつく。
乾き始めたとはいえ、まだ塞がりきっていない傷跡に汗が染みるのか、時折紅い舌を覗かせては唇を噛む様子はたまらなかった。
「…っは、痛くてキモチイイのが、大好きそうだなお前…っ」
「あっ!あ、るさ…っ…、き、持ちいいのは、誰でも好き、だ、ろ…!」
「あっそ」
他人に動いてもらうのではやはり足りない。
腹筋を使って半身を起こし、背後に両手をついて体重を支え、レオンが腰を落とすタイミングに合わせて突き上げた。
「っう、ぁ!」
根元まで深々と咥えこんだレオンが衝撃で呻く。
「っホラ、もっと動けって…っ」
「ふ…、っんん!ぅ、あっあ、あ…っ!」
スプリングが軋む音と、肉がぶつかる音で部屋が満たされる。
解放に向かって走るだけの行為は、何も生まない無意味なもので。
終わったあとに何があるわけでもない、瞬間の快楽を求めるだけのコレが。
何故必要なのかわからない。
…それでも。
「…イきたきゃ、イっていいよ…」
終わった後にも、消えることなくこの男がいるならいいかと思う自分が不思議だった。
己が過去から解放されたいと願うのは、過去に囚われているからだ。
別の道があったかもしれない。
もっと有意義で、価値のある生き方もあったかもしれない。
でも自分は不器用で弱かったから。
他に道を探せなかった。
セフィロスを倒すこと。
これが自分の目的で、生きる目的だった。
それ以外を知らない。
生きる目的を失った時、自分がどうなるのかわからない。
セフィロスを倒した後、自分に何が残るのかわからない。
自分はどうなりたいのか。
自分はどうしたいのか。
考え始めたばかりのそれに、答えはまだない。
「クラウド、セフィロス見つけたよ」
…答えは出ない。
「…そうか。決着をつける時が来たようだ」
…答えは出ていない。
レオンがこちらを見ているのに気づき、視線を向ける。
物問いたげな瞳に、答える言葉は見つからなかった。
別れの言葉もなければ、励ましの言葉もない男に、理由もなく泣きたくなる。
何か約束の一つでもくれれば、逃げ道が出来たのに。
それすらしないこの男は残酷で優しい。
「…クラウド」
「…何?」
すれ違い様声をかけられ、振り向かずに立ち止まる。
「お前の生き方は、お前が決めろ」
「…言われるまでもない」
答えは出ない。
唯一つ決まっていることは。
生きるということ、だけだった。
明日という未来が来ることを当然と受け入れられる人間になりたかった。
光も闇も内包した、強い人間になりたかった。
廃墟の中から一粒の宝石を探す行為は終わりを告げようとしていたが、答えは出ない。
レオンは答えを知っているだろうに、教えてはくれなかった。
残酷な男だ。
冷たい男だ。
…自分を信用してくれているのだと、思うことは辛かった。
自分は弱い人間だから、依存してしまいたかった。
突き放したレオンの優しさに、心が撃たれる。
答えは見えない。
…答えは、出ない。
END