友達じゃなくて、仲間でもなくて、それなら?

 遠く歓声が聞こえる。
 低く唸るようなそれは闘技場を圧し、試合の決着がついたことを窺わせた。
 定期的に開催される有名な大会にファンは多く、英雄と、参加者の戦いぶりを一目見ようと毎回多くの人々が闘技場へと押し寄せる。
 闇の生き物達との戦いは生命に関わり危険であったが、観客はそんなことなど関係なく、面白い試合を、スリリングな試合を無責任に参加者に求め、囃し立てる。
 勝てば賞賛、負ければブーイング。
 際限のない観客の勝ちへの要求に応え続ける英雄は確かに偉大であると、誰もが認めるところであった。
 誰よりも強くあり続け、誰よりも勝ち続けることが、英雄に課せられた期待と使命であり、そのプレッシャーは余人には察しがたい。
 英雄が負けたらどうなるのか、誰も知らない。
 低く地を這うような怒号に似た歓声から、声援へと種類が変わった。
 新たな試合が始まったようだった。
 己の番が近づいていることを知り、クラウドは控え室を出て闘技場へ向かう為に通路を歩く。
 人間の参加者は実はそれほど多くない。
 対人間ならばともかく、闇のモノ達とも戦おうという酔狂は多くないのだった。
 静まり返った通路に、観客の声が響く。
 通路を歩く己の足音すら聞こえない程の盛り上がりっぷりに、少し興味を惹かれた。今戦っているのは誰なのか。
 現れる相手を倒せばいいと、対戦カードも確認していなかった。
 意識が闘技場へと飛んでいたため、通路を曲がったところで危うく男とぶつかりそうになった。
 己と大差ない体格の相手は一歩下がって距離を取った。狭い通路とはいえ、人間もまばらな場所でぶつかりそうになることなどそう何度もあるわけではなかったが、闘技場で今行われている試合を気にしていたクラウドは、気にも留めずに相手の横を通り過ぎようとした。
 闘技場にいる人間なんて珍しいとは思いつつも、顔を上げて相手を確認するほどでもない。
 大会に参加しているということは敵も同然であり、しかも闇のモノ達が闊歩するこんな大会にわざわざ出場しようとする人間などロクなものではないと思っていたからだ。
 相手が己を凝視する視線を感じて自然と眉が寄ったが、不快に相手を睨み付ける前に向こうから声をかけられた。
 
「…お前」

 相手の横を通り過ぎた足を止めて振り返れば、どこかで見た記憶のある顔がそこにあり、額に走る一筋の傷が印象的な長髪の男は首を傾げて何かを考えているようだった。

「…ああ、クラウド?」

 僅かな間の後に名を呼ばれ、呼ばれたことでクラウドも男の名前を思い出した。
「スコール…」
「レオンだ」
「…人違いだったか、すまない」
「いや、合っているが間違っている」
「……」

 故郷を同じくする人間に、久しぶりに会った瞬間だった。

「聞いてくれよエアリス!大会でさー、レオンとクラウドがタッグ組んで参加してたんだぜ!ズルくない!?」
「…そうなの?レオン」
「…そっちも三人がかりだったろ」
「新しい大会にはさー、さらにユフィとティファまで一緒なんだ。四人がかりだぜ!俺一人!」
「……」
 書類を広げて仕事をしているレオンの横で、ソラは机の上に両肘をついて顎を支え、書類を覗き込むが理解不能な図形と小難しい文章の羅列に顔をしかめた。
 散らかり放題だったアンセムの研究室を、片付けているエアリスに向かってソラは不満を言い募る。
「…でもレオン達、ソラに負けた、よね?」
 さらりと核心をつくエアリスの言葉に詰まったレオンは顔を上げ、大きく頷いているソラを横目で見やってため息をついた。
「……手加減してやったんだ」
「え!そうなの!?」
「レオン、それ大人気ない」
「…悪かったな」
 分が悪いのを悟ったのか、それきり口を噤んで書類の山に目を通すことに集中し始めるレオンだったが、ふと顔を上げてソラを見る。
「ん?何?」
「…強くなったな、ソラ」
「…!」
 最大級の褒め言葉を不意打ちでくらい、ソラは目を瞠る。顎にかけた手が思わず滑って、顎を机に強打した。
「いでっ!」
「……」
 呆れたため息をつくレオンと、にこにこと微笑むエアリスが対照的で、交互に見つめつつ顎をかばうように手をやってソラは立ち上がった。
「…もっかい言って!レオン!」
「断る」
「もっかい言ってー!言ってくれよー!!」
「…いやだ」
「減るもんじゃなし!もっかい言って!俺最強!?」
「…誰もそこまで言ってない」
 書類をめくる速度も変わらなければ、表情も変わらないレオンに焦れて、座るレオンの背中に圧し掛かった。
「重い、退けソラ」
「エアリス!レオンに頼んで!もっかい言ってって」
「…レオン、頑固だから」
「ソラには負ける」
「俺頑固じゃないよ!」
「頑固だろ」
「頑固でしょ」
 同時に言われ、ソラは頬を膨らませて拗ねて見せた。
「俺素直で正直に生きてるのに」
 呟くソラを無言で見つめるエアリスとレオンの視線は、優しかった。
「…今度一緒にタッグ組んで出ようよ、レオン。きっとあっというまに優勝できる!」
 言いようのない居心地の悪さを感じて、ソラはレオンから離れて床に散乱している本を拾い始めた。
 温かみに満ちたエアリスとレオンの存在が、何故だか急に遠く感じた。
 自分はまだまだ彼らに届かない子供なのだということを思い知らされた気がした。子供扱いされたくないのに、彼らが見つめる視線は子供を見るそれであることに、気づいてしまったのだった。
「…そうだな、機会があれば」
 嬉しい言葉のはずなのに、気を遣ってくれているのだろうかと思うと、悲しくなった。
 拾った本をまとめてエアリスを見れば、エアリスは変わらず笑顔をソラに向ける。
「ありがと、ソラ。今日ご飯食べていく、よね?」
「うん…。手伝うよ、俺」
「お手伝いしてくれるの?すごく、助かる。じゃぁその本は机の上に乗せておいて、ね。レオンがあとで片付けておいてくれるから」
「うん」
 ずっと書類に向き合っているレオンの目の前にわざと本を積んでやれば、黙したままレオンが本を手にとって脇へと置き直した。
「…書類の上に置くな、ソラ。読めないだろ」
「そこは「なんでやねん!」って、ツッこんでくれなきゃ!」
「なんでやねん」
 レオンに漫才は無理かも。
 内心呟いて、ソラはエアリスに向き直った。
「じゃぁ俺、先に家行ってるね。買い物する?」
「荷物持ち、してくれるなら一緒にいこっか」
「レオンは?」
「これを読み終わらないと動けない…もうしばらくかかると思う」
 表情は平静だが落ちたため息には疲れが滲んでおり、仕事を放置して帰ろうとはとても言えなかった。
「俺、レオンの代わりに立派に荷物持ちをやってみせます!安心してね!」
「…頼もしいな」
 僅かに綻ぶレオンの口元と蒼い瞳は先ほどと同じく優しかったが、今度は素直に嬉しかった。
「任せて!俺なんでもやるよ!」
 頼りにされると嬉しい。
 レオンに信頼されると、嬉しい。
「何か食べたいもの、ある?」
「美味しいもの!」
 自信満々に答えたのに、笑われてしまった。
レオンも声に出してはいないが、肩が震えている。

「もー!俺のこと子供扱いすんなー!」

 大人になるって、難しい。
 誰かを思い遣ったり、優しくしたりするだけではダメなのだとわかってはいたが、ではどうすれば大人になれるのか、ソラにはわからなかった。
 
 早く、レオンやエアリスに並べるような大人になりたい。

 
 静かになった研究室で残った書類に目を通すレオンの視界に人影が入り、視線を投げればコンピュータールームで話題に混じることもなく篭っていた男が立っていた。
「うるさいの、帰った?」
「うるさいのって…。キーブレードの勇者だぞ」
「お子様だ」
 うるさいというのなら、断りもなく机の上に腰を下ろし、積まれたままの本を手にとって無造作にめくる男も、十分「うるさい」とレオンは思う。
 仕事の邪魔をする時点で同レベルだと思うのだが、この男はそこには思いが至らないようだった。
「子供である分、ソラのほうがよほどかわいげがある…」
「誰と比べて言ってんの?」
「さぁな」
 レオンが来たときにはすでにコンピューターで何かを調べていた男の気配は、エアリスとソラが研究室に入ってきた時には綺麗に消されていた。
 関わりたくないのだろうと思って放置しておいてやったのに、二人がいなくなった途端邪魔をしにくる神経を疑う。
「…で、俺に何か用か」
「操作でわからない所が…」
「最初に言えよ。回りくどいな」
 気配を消していた本当の理由は他にあるのだろうと予測はしていたが、それを男に確認する気はなかった。
 逆立てた金髪に手をやって面倒くさそうに後ろをついてくる男の姿は、すでに見慣れたものになっていたが、ティファが「会えない」といって捜し回っている理由もおそらくそこにあるのだろうと思う。
 キーボードにいくつか単語を打ち込んで、男が望むデータを引き出してやろうとするがエラーが出た。
「…このプログラムは使えないようだな」
「『データが壊れています』?」
「諦めろ」
「復旧できないのか?」
「トロンができないなら、誰にもできないだろうな」
「……使えないな、レオン」
「俺に言うな、クラウド。操作方法は教えてやるから、あとはご自由にどうぞ」
「……」
 仏頂面で睨まれても、どうせよというのか。一から十まで親切に、至れり尽くせりで接待してやる気は欠片もない。
 レオンはわざとらしくため息をついて、踵を返す。
 書類を早く片付けて、戻らなければならなかった。
「…ハートレスって、ここで作れるんだよな?」
 さりげなく不吉なことを吐き出して、クラウドはキーボードに手を乗せた。
 まさかハートレスを製造しようとはしないだろうが、聞き捨てならないセリフと行動にレオンの足が止まる。
「…作れるが、作るな」
「…倒せば問題ないだろ?」
「論点が違う。作るなと言ってる」
 カタカタとキーボードを打つ音が電子音に包まれた部屋に響き、モニターを見れば本当に製造プログラムを開いているクラウドを殴りたくなった。
 システム内部はトロンが把握し管理しているから暴走することはないが、ユーザーが意志を持ってプログラムを行えば、トロンは拒絶しようもなく、仮にシステムを破壊するよう命令すれば、トロンは自殺ともいえるプログラム行動ですらも従うしかないのだ。
 それがユーザーとシステムの関係であり、揺るがしようもない立場の差であった。
「お前、殺されたいか?」
 クラウドがセキュリティを突破してハートレスを製造するよう命令を行えば、円滑な運用を行っているトロンなど関係なく、ハートレスは製造されてしまうのだった。
 プログラムにパスワードを打ち込もうとするクラウドの腕を取り、レオンはキーボードから引き剥がす。
「クラウド!」
 険しい表情のレオンを見て、クラウドは平然と肩を竦めてみせた。
「そういえばパスワード、知らないな」
「……」
「パスワード、何?」
「……」
「お前は知ってるんだろ?ここ使ってるのお前だけみたいだし」

 レオンは、無言でクラウドの腹を蹴り上げた。

「…っ!!!!」
 痛みと衝撃で呼吸が詰まって前のめりになった男の後頭部を眺め下ろし、レオンはさらに追い討ちをかけて回し蹴りをくれてやる。わき腹に決まった蹴りに、クラウドは受身を取ることもできず無様に床に転がった。
 瞬間異常を察したトロンが警告音を発したが、「問題ない」とレオンが呟けばトロンはそのまま沈黙した。
 今レイディアントガーデンのシステムを制御するのはシドとレオンであり、トロンとの間にそれなりの信頼関係が築けていることは知っていたし、アンセムに代わるマスターとしてシドとレオンを認識しているらしいことも知っていた。ユーザーの意志を超えて干渉してくることのないトロンが、レオンの言葉に異論を唱えようはずもない。
「……ッ…」
 吹き飛んだクラウドは、地下へ降りるエレベーターの前で扉に塞がれその場に留まり、身体を丸めて痛みをやり過ごしているようだった。
「…お子様はお前もだ、クラウド」
 床に蹲る金髪に向かって吐き捨てるように呟いて、レオンはクラウドを見下ろした。
「…卑怯な手段を使わないだけ、ソラの方がマシだ」
「……」
 卑怯、と言う言葉をレオンは使った。
 では、意図を見透かされているということだ。
「俺、蹴られ損…」
「お前が馬鹿だからだ」
 呆れた様子を隠しもせずにため息をついて、レオンはその場にしゃがみこんだ。
 クラウドの襟を掴んで顔を上げさせ、視線を合わせる。
「…で、俺にどうして欲しかったのか、言ってみろ、クラウド」
「…何様って感じだね。そんなに必要とされたいか」
「必要としてるのはお前。俺じゃない」
 パスワードも知らないくせにハートレスを製造しよう、なんてよく言える。
 制止されることを期待しての行動なんて、悪質にも程がある。
 構って欲しいなら最初からそういえばいいのに。

 …回りくどいのは、嫌いだった。

「…お子様には、親切なんじゃなかったのか」
「お前はお子様だが、立派な大人だ。ソラを蹴ろうとは思わないが、お前は馬鹿だから」
「俺は馬鹿じゃない。そんな理由が通じるか!」
「お前は平気でウソをつくが、ソラはつかない。…ソラは素直で、」
 レオンの言葉を遮って、クラウドの手がレオンの髪を掴んだ。
 強引に己の方へと引き寄せて、唇に噛み付いた。
「っ!」
 痛みに顔を顰めるレオンに構わず、舌を伸ばす。
「お前、」
 嫌そうな声も遮って、唇を塞いだ。
 言葉も態度も拒絶するわりには絡む舌は積極的で、ジャケットを掴んで引っ張れば抵抗もなくレオンの身体が腕の中に納まった。
 レオンの身体は、温かかった。
「…悪いが、時間がない。ヤる気はない」
 悪いと微塵も思っていない声音でレオンは言うが、自分から離れようとする様子はない。
 背に回した腕に力を込めて抱きしめれば、同じように抱きしめ返された。
 奇妙に甘ったるい空気に、気持ち悪いと思うと同時にクラウドは何故か安堵する。
 恋人でもなければ親子でもないのに。
 安心する、なんて馬鹿らしい。
「…そろそろ離せ。書類を片付けたい」
「いやだと言ったら?」
「…いつまでこうしている気か、具体的に聞こうか」
 身じろぐレオンを引き止める明確な理由もなく、クラウドは力を抜いて解放する。
 離れて残された身体が、寒かった。
「…つまんないな」
「ならお前も来ればいい」
 仲間に入りたければいつでもどうぞ、と受け入れる姿勢を見せる心遣いはありがたかったが、レオン自身は別に望んでいるわけではないことを知っていた。
 拒絶しているわけでもなく、完全なるクラウドの自由であり、クラウドの意志でどうするかは決めればいい、ということに他ならない。
 決断の丸投げは、寛容なようでいて、優しくない。
 レオンはちっとも、優しくない。
「俺は…まだ行けない」
「そうか」
「…それだけかよ」
「……お前な」
 レオンが苛立ち始めているのが見えた。
 クラウドの態度が、気に入らないらしい。
「何だよ」
 言えば、レオンは感情を紛らわすように大きく息を吐いて、クラウドを見る。
 似たような位置で絡む視線には、表現しようのない様々な感情が渦巻いていた。
「俺に何を言って欲しいんだよ?何を期待してるんだ?何をして欲しいんだ?」
 レオンはちっとも、大人じゃない。
 大人であるなら、こんなことは絶対に言わない。
 自分も、大人であったならこんなことは絶対に言わせないだろうに。

 もう大人と呼ばれる年齢であるはずなのに、何故こんなに大人げないのだろうか。
 どちらも。
 情けない。

「何も言わなくていいし、期待もしていないし、…でもヤることはヤりたい」
「死んでこい」
「それは却下」
 手を伸ばす。
 レオンの背中に腕を回して、もう一度引き寄せた。
「…お子様め」
 諦めたように呟いて、レオンは母親が小さな子供にするようにクラウドの頭を抱えて抱きしめた。
 クラウドの身体は、温かかった。
 
 寂しいのだろうと、思った。

 そう思うのは同情なのか憐憫なのか、レオンにはわからない。
 一年前に闘技場で出会うまで、クラウドはずっと一人で生きてきたのだと言った。
 セフィロスを捜して、彷徨い歩いていたのだと。
 セフィロスを倒すまで、終われないのだと。
 幸せに、なれないのだと言った。

 ホロウバスティオンに戻ってからも、クラウドは誰とも積極的に関わろうとしなかった。
 再興の手伝いをすることも、再建委員会のメンバーと接することも、街の人々と接することすら、何一つ望んで動こうとはしなかった。
 それでも、完全に距離を取ることはせず、必ずどこかにクラウドはいた。
 曖昧な距離でつかず離れず、関わることをしないくせに、隔絶しようとはしない。
 その理由を、レオンは知っていた。
 
「…いい子だから、大人しく待ってろ。夜になったら、また来てやってもいい」
「子供扱いするな。俺はソラじゃない」
「…ソラの方が素直であるだけ、よほどかわいげがあると何度言ったら理解するんだ?」
「…俺と比べて言ってたのか」
「何を今さら」
 頭を撫でて手を離し、クラウドを見れば、クラウドも回していた腕を外してレオンを見ていた。
 真っ直ぐぶつかる蒼い瞳はどこか憂いに満ちて、己の感情を御し切れていない様子が窺えた。
 顔を寄せれば、目を閉じる。
 触れるだけの口付けは、甘かった。

 人の温かみに触れることは、恐怖を伴う。
 たった一つの目的に向かって、それだけしか考えないように生きてきた一本の道筋に、たくさんの分岐点を作ることは恐ろしかった。
 自分の強さを過信はしていなかったから、楽な逃げ道を用意してはならなかった。
 セフィロスを倒すこと。
 これが生きることの全てで、他人の人生に関わっている暇などないのだと。
 中途半端に関わるくらいなら、最初から関わらない方がいいのだと。
 そう思って生きてきたのだ。
 何年も。

 闘技場でレオンに会って、闇の手に落ちた故郷を取り戻すべく、キーブレードの勇者と共に戦っていることを知った。
「お前も、来るといい」
 そう言われてついていってしまったのが間違いだったのかもしれない。
 セフィロスだけを見ていれば良かったのに。
 再興の為に働く人々の姿を、見てしまった。
 自分の弱さを、見てしまった。

 俺は本当に強くなんか、なかったのだ。

 
 
 城から出れば、紅に染まる空が美しかった。
 澄んだ空気は冴えて冷ややかに、小高い丘に建つ分街中よりも気温は低い。
 結局全てを読みきれなかった残りの書類を抱えて、レオンは魔法使いの家で待っているだろうメンバーとソラを思う。
 誰かがいる、ということは幸せなのだろうと思う。
 振り返り、今来た道の先に残る金髪の男を思う。
 己に課した制約に縛られた、不器用な男だった。
 目の前で楽しげに話されたら気になるくせに、関わろうとはしない。
 なのに放置されたら嫌、なんて。
 始末が悪い。
 
 自分と話しているときは自分だけを見ていて欲しい、なんて。
 どれだけお子様なのだろうかと。
 友達でもなければ仲間でもなく、恋人でもなければ、親子ですらない。

「人には要求するくせに、」

 お前の頭の中はセフィロスでいっぱい。
 自分がこれから生きて行くことで、いっぱい。

「本当に、始末が悪い」

 俺が何かを要求しても、お前は叶えようともしないくせに。
 …要求する気も、ないけれど。

「舐められてるのか、俺は…」
 思い至った結論に、レオンは一人落ち込んだ。

 ソラは大人だというけれど、ちっとも大人なんかではないのだ。
 ほんの少しソラより物事が見えるというだけで、俺もまだまだお子様なのだ。
 早く達観した大人になりたい。

 風で飛ばされそうになる書類を掴み直し、魔法使いの家へと戻るレオンの足取りは重かった。


END
I=indistinct、愛、哀、逢い

Level I

投稿ナビゲーション


Scroll Up