ここ最近、同じ夢を見る。
  二十階建てのこのマンションは神羅が大部分を借り上げている為、住んでいるのはほとんどがサラリーマンだ。平日夜は遅くとも一時か二時頃には殆どの住民が就寝し、駅から徒歩十分程の住宅街に聳え立つマンションは喧騒からも離れ深夜は静寂に閉ざされる。
  都市部に住んでいて鍵をかけないということはまずありえない。中には在宅時には鍵をかけない人間もいるだろうが、クラウドは在宅時にも必ず玄関の鍵はかけ、用心しすぎと言われようとも無用の危険を呼び込むよりはマシである。寝室の窓を開けていることはあっても、戸締りを怠りはしなかった。
  なのに「それ」はやってくる。
  気づけば枕元に立ち、何事かを囁いた。
  最初のうち、目を開けることすら許されずただ言われるがままだったが、数日経てばやってくる気配を感じるようになり、自然と目を覚ますようになった。
  期待を込めて待っている己がいて、苦笑が漏れる。
  「それ」がどこからやって来るのかと思えば、十五階に存在する寝室の窓だった。うっかり開けたまま寝てしまっている時ならともかく、鍵をかけて閉めている時でも変わらず窓から現れた。締まっている鍵が勝手に開いて、侵入者を迎え入れる。
  ありえないことだ。だから夢だと思っている。
  ベッドサイドに立ち、静かな衣擦れの音と共に覗き込み、髪を撫でて「起きろ」と囁くのはレオンだった。
  絡むレオンの瞳は紅く、発する言葉は甘かった。
  ありえない。これは夢だ。
  触れる指先は冷たく、纏う気配は秋を感じさせる涼しさで、窓はすでに閉ざされているというのに外気の冷たさを感じて身震いする。
  上体を起こし、ベッドの上に座り込んだすぐ隣に、レオンは足を投げ出してベッドサイドに腰掛けた。
「…詳細は?」
「住所がわかった。電話はない。あそこはすでに無人で村自体も廃村になっている」
  都市から離れた田舎の住所を一字一句過たず伝える。
「なるほど、そんな所に」
「何があるかは不明。入ったことはない。…現住所も調べてある」
「聞いておこう。何かあるかもしれない」
  記憶した住所を教えればレオンは頷き、次に尋ねたのは神羅カンパニーの幹部エリアについてだった。
「あそこは全て監視カメラが設置されている。部屋の中も全て。衛兵も常時張り付いていて、無人になることはない。…社長室だけはカメラはなく衛兵も近づかない」
「なるほど」
「社長はここ最近社外には出ていない。社長室に篭りっきりで仕事をしているという話だ」
「ほう」
  仕事をしているというよりは、セフィロスからの交渉か、セフィロスの居場所の情報を齎す存在を待っているのではないかと思ったが、口には出さない。
  変わりに尋ねたのは別のことだった。
「その情報源はザックスか?」
「…直接聞いたわけじゃない」
「ん?」
「ハッキングしてザックスの報告メールを見た」
「…お前」
  そこまでやるのか。素晴らしいな。
  目を開いてはいるがどこか茫洋とした表情のクラウドの髪を撫で、「よくやった」と褒めてやる。緩やかに視線が動いて、レオンの瞳を捕えた。
「…、だよな?」
「え?」
  質問してもいないのに、自主的に喋るクラウドに驚きを隠せない。思わず聞き返せば、クラウドの表情がやや改まった。 
「これ…、夢だよな?」
「ああ、そうだ。これは夢だクラウド」
「…そうか」
  何なんだ。
  暗示は完全なはずだった。そもそも失敗することはありえないし、これまで一度だってクラウドが逆らったことはない。
  寝惚けているのだろうか。
  …いや、それすらもありえない。
  今この瞬間の出来事は、「夢」だと思うようにとかけた暗示の枠が緩いのだろうか。
  記憶自体を消させた方がいいのかもしれなかったが、強すぎる暗示を頻繁にかければ歪みかねない。暗示とは脳に直接作用するのだ。負担をかけ過ぎるのは望ましくなかった。
  眉を顰めるレオンの頬に、クラウドが手を伸ばす。
  僅かにレオンの肩が跳ねたが、拒絶はされない。
  冷えた頬を両手で挟み込んで、逃げられないよう固定する。
  唖然と目を見開いたレオンを見つめながら、唇を塞いだ。
「…っ!?」
  唇も冷たい。
  硬直した身体を密着させ、頬に当てていた片手を外して腰に回して抱き寄せた。
  どこもかしこも、冷えている。残暑厳しい季節といっても夜は涼しい。
  風邪など引かれては困ると力を込めて抱きしめて、体重を乗せベッドの上へと押し倒す。
「…っ、クラ、ウ、…!」
  逃げようとする顎を掴んで、舌を差し込み口内を探る。良かった、中はちゃんと熱い。
  喉奥へと引っ込んだレオンの舌を引きずり出し、先端を擦り合わせて唾液を絡ませさらに奥へ。小さく呻いて引き攣る身体を逃げないように身体を乗せて、縫い止めた。
  歯列を辿り上顎裏を擽って、唇を舐める。喉を鳴らして唾液を嚥下する音がやけに生々しい。
  レオンの服に手をかけ、シャツのボタンを外す。
  夢ならばいっそ引きちぎってやった方が興奮するかと思ったが、もどかしいこの瞬間もまた興奮した。
  露わになった上半身はしなやかな筋肉に覆われた男の身体だった。
  照明のない部屋は真っ暗のはずだったが、月明かりでぼんやりと明るいこともあり全く暗さを感じなかった。見下ろしたレオンの真紅に煌く瞳も、予想以上に滑らかな肌の質感も、均整の取れた身体のラインも全て見えた。
  …夢だからだろうか?視界に不自由はなかった。
  首筋に舌先を滑らせ、鎖骨に噛み付く。レオンの左手がクラウドの肩を掴んだ。
「っ、ちょ…っと、待て、な、にを」
  無遠慮に撫で回す手を止めようと右手を伸ばすが、手首を取られてシーツの上へと押し付けられた。その力の強さに顔を顰める。
「クラウド、やめろ…ッ!」
「……」
  鎖骨の下に強く吸い付かれた。僅かに走る痛みに目を細め、唇を噛んで耐える。
  おかしい。
  これは、ありえない。
  クラウドの中で何が起きているのか把握できない。待てと言っても聞かず、やめろと言っても引かないなんて、想定外だった。
  胸の突起に食いつかれ、吸われる。舌先で転がすように舐め上げられ、指先で摘まれ身体が感覚を思い出す。背を走り抜ける強い痺れのような快感に腰が跳ね、顎が仰け反った。
「…っあ、ぁ、やめ…っ」
  唾液に塗れたそこに緩く歯を立てられ、声が漏れる。
  今なら力を込めて突き飛ばせば逃げられる。だがそうするとクラウドの身体は無事では済むまい。後々面倒なことになる。
  何故こんなことになっているのか、レオンにはわからない。
  明確な拒絶をされないクラウドは安堵し、レオンの足を開かせ己の下半身をレオンのそこに押し付けて、擦り上げるように動かした。
「…ッ!」
  熱く形を成したモノに、クラウドの本気を悟る。息を吐き、熱を持ち始め反応しようとする己の身体を押さえつける。
「は…っ、ま、て、クラウド。お前、何を、考えて…っ」
  上半身を舐め回され、時折歯を立て吸い付かれて息が上がる。下半身へと伸びる手首を掴むが、上手く力が入らなかった。
「ヤりたい。レオンを、犯したい」
「…っは、…?」
  明瞭な発音で吐かれた言葉に、絶句する。
「夢なら、ヤれる。挿れたい」
「っ、な」
  腰に手を回して下衣を引き摺り下ろされ、指が後ろを弄った。
「ココ、に。…ああ、ぐちゃぐちゃしたい。キモチ、良さそう…だ」
「…っま、」
  勃ち上がったモノを押し付け、そのまま突っ込もうとするのを足の付け根を蹴飛ばし止める。
  いくらなんでも、それは無理だ。
  こいつは夢だからと都合のいいように解釈しているかもしれないが、夢ではないのだ、怪我も激痛もご免被る。無理な挿入でこいつ自身も苦痛を伴うのだ。せっかく夢だと思い込んでいるというのに、目が覚めてもらっても困る。
「ああもう…」
  くそ、厄介だ。
  諦めないクラウドは、今度はレオンのモノに手を伸ばして扱き始めた。
「は…、ちょっ、やめろ、っ!」
「そうか夢でもちゃんとやらなきゃ駄目だよな…レオンが痛いのは俺も嫌だ」
「…っく、ん…ッは…」
  やめろ咥えるな!
  根元まで咥え込み、舌で先端までなぞり上げられ背が震えた。先端からカリまでを口に含まれ、伝う唾液を絡めて指先が根元を上下する。ぬめる指先が微妙な力加減で締めつけるのがたまらずレオンの腰が揺れた。
  ぬちゃぬちゃと卑猥な音を立てて動くクラウドの唇と指に追い上げられ、同時に濡れた指先が後ろをなぞり、入り口を割り開いて侵入し、中を確かめるように蠢いた。
「っぃ、アッ…ぁ!」
  本気か。こいつ、本気なのか。
  肉壁を抉るように動いては抜き差しされる指先を、無意識に食い締める。
  中指が前立腺を擦り、咥え込まれた先端を吸い上げられて高い声が漏れた。クラウドの髪に手を絡め、もっとと押し付けるような動きに、根元まで咥え込んでクラウドが囁く。
「ん…出して、いい」
  上手く言葉にならなかったが、意味は伝わったようだ。
  生暖かい咥内に締め上げられてレオンのモノが震えた。
  指を締め付ける後ろの内襞をゆっくりと撫でるように擦り上げ、指を増やして広げるように動かす。
「っは、ぁ、あッん、ぁ、…ッ」
  揺れる腰を押さえつけ、熱くひくついてきつく締まる中を抉る。
「や、ア…ッ!」
  切羽詰ったようなレオンの声がいやらしい。
  早くイった顔を見せて欲しい。
  先端を舌で抉るように刺激してやり、吸い上げて出せと促す。
  息を詰め仰け反った顎が震え、びくりと大きく腰が痙攣して生温かい液体が咥内に溢れる。
「…っ、ふ…ぁ」
  咽そうになったが堪え、最後まで吸い上げてやればレオンが荒い息を吐いて切なげに眉を顰めた。
  冷たかった身体は熱を持ち、汗ばんでいる。呆然としたような表情にそそられた。
  躊躇なく飲み込んだが、不味かった。夢の割に、感覚は随分とリアルだ。
  …ということは、挿れたらどれだけすごいのか。
「は…、」
  興奮で口元が歪んだ。生唾を飲み込んで、舌なめずりをする。
  楽しみだ。早く挿れなければ。
  何かを言いたそうにしているレオンの髪を撫で、傷ついた額に口付ける。
  膝を掴んで開かせて、滾るモノを押し当てた。
「レオン、レオン…」
「…ッ何」
「…ゆめ、…」
「あぁ、…そう、これ、は」
  夢だ。
  強制的に眠らせても良かった。そうした方が良かったのかもしれない。ついでに記憶も消しておけば後腐れもないと思うが、感情と欲望と記憶が混在した状態で一つの記憶だけを削除することは難しい。
  どこかの部分が残ってしまうのなら、意味がない。消すのなら、レオンの存在の記憶全てを消さねばおそらく解決しない。
  …まだ、存在を消すことはできない。
  クラウドには用がある。
  全て夢として片付けた方が面倒がなくていい。
「…レオン」
  何故そんなうっとりと愛しげな顔をするのだ。
「レオン、」
「…だ、から、何」
「……、」
  囁いた声はあまりに小さくて人間ならば聞こえなかっただろうが、聞こえてしまった。
  くそ、あいしてるなんて、聞きたくなかった。
  指で入り口を押し開き、押し込まれる先端の質量に仰け反った。
「ッア……っ、……ッ!」
「~…ッ、き、つ…!」
  押し付けられる肉が熱くて硬い。
  ぐぐ、と音がしそうな程に、侵入してこようとするが痛みに引き攣りそれを拒む。
  潤滑が足りない。
「…ッ、い…っつ、は、馬鹿、痛い、抜けっ!」
「やだ…っ!」
「ッぁ、あぁっん、ぅ…っ!やだ、じゃ、ない…っ!」
「ふ…っ、ぁ、そか、これ」
  先端を僅かばかりだったが含ませた状態でクラウドはベッドヘッドへと手を伸ばす。無理矢理抉じ開けられる体勢にレオンが呻いたが、頭元で何かを探る手はなかなか退かない。
「や…ッめ、い…った、い、くらうど…!」
  裂けて血が出たらどうしてくれる。
  …いや、吸血鬼はヤワではないので、怪我をした所で死なない限りすぐに回復するのだが、痛覚は人間と変わらないのだ。ずっと痛いのは勘弁願いたかった。
「…あった。暗いし、あんまり見えない」
  クラウドが発する言葉は随分とたどたどしい。幼いと言うべきか、この状況下で脳が単純になっているのだろうか。それともこれが本来のクラウドなのだろうか。
  あまり考えたくはなかった。
  取り出した容器の蓋を開け、液体を己のモノの上に落とし始めてレオンは言葉を失った。
「……」
  用意周到で結構なことだ。
  クラウドの周辺にティファ以外の女の気配は全くなかったが、コレは一体何用なのかと、…聞いてはいけないのだおそらくは。
  目が合うと、クラウドは照れたように微笑んだ。
「レオンの為に買った」
「……」
  聞いてない。
  聞いてもいないことを、正直に答えてくれなくていいんだ、クラウド。
  おかげで滑りの良くなったモノを擦りつけ、レオンの中にゆっくり押し込み根元まで埋め込んで、クラウドが満足そうなため息をついた。
「は、…すごい、熱い」
「っ…ふ、…ッん」
  中を確かめるようにぐりぐりと回すように奥まで押し付けられ、鼻にかかったような声が漏れた。
「…すごい、中狭い。締まる」
「…は、」
「すごい、リアルだ。…すごい、レオンの顔がエロイ」
「…っ、」
「…すごい、キモチイイ…」
「っる、さいなお前…!」
  すごいすごいと子供か貴様は。
  宥めるようにレオンの手を取り、甲に口付ける男は一体何なのか。クラウドの事が理解できない。
「…動いていい?」
「…どうぞ」
  今更だった。
  お許しをもらったクラウドは、腰を引いて先端まで引き抜き一気に奥まで突き入れた。抜いて、また奥まで貫く。
  ガツガツと肉のぶつかる音がして、汗が飛んだ。
「んっ…ッは、ぁ、あッァ…ッ!」
  いきなりの激しい注挿に翻弄され、レオンがベッドのシーツを掴む。
「は…っ、すごい、レオン、すごいイイ…ッ」
「ぁっ、く…っふ、ぁッぁあ、あ、ぁっア、ぁんん…ッ」
  ぐちゃぐちゃと、溢れ出したローションが音を立てる。
  肉を押しのけ襞を抉り、前立腺を擦り上げては引いて行く熱くて硬いモノが気持ち好い。腿を掴むクラウドの手に力が入って爪が食い込み走る痛みすら快感だ。
  両腿を広げ、もっと奥へと誘えば、腰に手を回して持ち上げクラウドが乗り上がる。
  クラウドの腹と密着し、レオンのモノが擦られて悦んだ。
「…っ、ふ、レオン、きもち、いい…っ?」
「は…ッ、ア…ッ、っ…ぁ、ん…ッん、」
  揺さぶられ、肩で息をしながら小さく頷く。押し流されそうな感覚の波にレオンは己の人差し指を噛み、伸びた牙で傷つけた。細い筋となって流れる血に引き寄せられるように、クラウドは指を離させ愛しげに唇を寄せた。ざらついた舌で舐められ、小さな痛みに肩が引き攣る。
「ぁ…ク、ラウド、」
「噛まずに、こっち」
  そのまま手を首に回させ、縋りつかせる。両手が絡んで、レオンの吐き出す熱い息が頬に触れた。
  熱い。ヤバイ。
  これは本当に夢なのか。
  絡みつく肉壁の熱さも、回されたレオンの腕も熱くて疼く。
  視界の中に己がいるかと思うと嬉しくてたまらなくなり、突き上げながらキスをした。
「…ッ、ふっ」
  舌を伸ばすが、痛みが走る。
  レオンの尖頭歯に触れ、口の中に血の味が広がった。
  びくりとレオンの身体が震え、中をきつく締め付けられてクラウドが呻く。
「っ…、」
「は、あ、ぁ…っ、クラウド、あっふ、もっ…はやく、っ」
  血を。
  両足がクラウドの腰に絡みつき、抜き差しされるに合わせて腰を揺らす。傷ついた舌を探るように舌先を伸ばし、血の滲むそこを舐め取った。
  足りない。
  もっと、必要だ。
  クラウドの首筋に縋りつき、指先で場所を探る。
  早く、もっと。
「ふ…っ、急に、積極的、だな…っ」
  絡みつく両足を引き剥がす。
  そんなに食いついてこなくても、もう、限界だ。
  ギリギリまで引き抜いて、中をかきわけ抉るように突き上げる。
「んっ、んっはッ、あ、っぁ、ア…ッ、…っ!」
「…ッふ、も…ッイく…!」
  熱くて濡れた肉に絞り上げられ、腰が震えて、唇を噛み締めた。
  腹に当たる生温い液体はレオンのモノか。
  最奥まで突き上げて、中に出す。
「は…っ」
  きつく抱きしめられて、抱きしめ返す。
「レオ…、…?」
  ちくりと、首筋に走る違和感があった。
  何だと思う間もなく力が抜け、レオンの身体の上に倒れ込む。辛うじて頭元に肘をついて堪えたが、身体が重く、意識が遠い。
  ゆっくりと首に回された手が離れ、頬に添えられ視線が合う。
「…おやすみ、クラウド」
  この上なく完璧な笑みを浮かべて合わさる唇は、血の味がした。

  窓から差し込む朝日の眩しさで目が覚めた。
  前日に目覚まし時計をセットし忘れていたようで、六時半に起きる所が現在七時だった。
  三十分程度ならば問題ない。会社へ行く準備自体は三十分あれば可能だし、ぼんやりと見ているニュースの時間を減らすだけで済む。
  身体を起こすが、倦怠感があった。風邪かと思うが、鼻や喉に異常はない。昨夜は二十四時には寝たはずで、睡眠は足りているはずだった。
  床に足を下ろし、カーテンが開いたままの窓を見る。十五階の高さにあるので外から見られる心配などはないが、おかしい。カーテンはいつも閉めている。昨夜は鍵もかけて寝たはずだったが、開いていた。
「…ゆめ」
  無意識に転がり出た言葉に肩を揺らして、しっかりと目が覚めた。
  夢。
  リアルすぎて恐ろしい夢を見た。
  両手を見下ろし、開閉してみる。抱きしめ掴んだ感触がまだ残っている気がする。
  ベッドの上でくしゃくしゃになっている上掛けを引っ張り、床に落とす。行為の後はなかった。ベッドヘッドに手を伸ばし、確認する。
「…減ってる」 
  容器には開閉した後があった。…いつ使ったのかなど、わかりきっている。夢の中しかない。
  寝惚けて一人で使うなんてことあるか?
  いやいや、ない。ないって。
  元に戻し、呆然と座り込む。気づけば、寝巻き代わりに使っているジャージの上下が寝る前と変わっていた。
「え、マジで?」
  いつ着替えた?記憶にない。
  これも寝惚けて?だとしたら俺は病院に行った方がいい。
  ありえない、ありえないって。
  立ち上がり、部屋を見回す。レオンがいた証拠はないかと探してみるが、決定的な物は見つからない。
  夢だろうと囁く声があり、全部気のせいだろうと促す声がある。
  頷いてしまいそうになりながらも、時計を見て焦る。
  支度をしなければ。
  顔を洗う為サニタリーへと向かい、目に入った洗濯機の蓋を開けてみる。
  全自動で乾燥機能がついているその中には、着ていたはずのジャージとベッドのシーツが入っていた。
「……」
  いやいや、待て待て。
  夢だろう?夢のはずだろう?
  頭が痛み始めた。深く考えたくない。
  脳が軋むような音を立てる。実際に音がしているわけではなかったが、不快だった。頭を振ってみるが頭痛は治まらず、洗面台に両手をついて水を出す。

 全て片付けて、何もなかったように寝ること。

  囁かれる言葉は、レオンの声で再生された。
  まだ片付けの途中だったことを思い出す。
  何故途中で寝てしまったのか。…身体が重く、貧血のような症状が出てただ眠く、睡眠欲に勝てずに洗濯が終わるまでの間に寝てしまったのだった。余程深い眠りだったのだろう、途中で目を覚ますことはなかったようだ。
  顔を洗い、鏡を見ればいつも通りの自分がいて、己の目は蒼かった。
  脳裏に重なるのは紅く輝くあの瞳。
  …夢だ。
  だって店で会うレオンの目も蒼い。
  大きく息を吐き出して、鏡に飛んだ水滴を拭う。
  腕を動かした瞬間露わになった首筋を見て、軋んでいた何かが砕け散る音がした。

  引っかき傷のような痕と、二つ並んでついた鬱血の痕は己ではつけるはずがないものだった。


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緋の残照-06-

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