窓から入ってくる風が爽やかに部屋を一巡し、頬を撫でる心地良さにクラウドは午睡から目を覚ました。
 揺れるカーテンの隙間から覗く窓外は雲一つない晴天であり、どこまでも続く青の眩しさに目を細め、手元の時計を確認する。
 午後二時。
 昼食を済ませて横になり、気づけば二時間弱が経過していた。
 怠い身体を引き起こしながら欠伸をし、コップに入れたままだったコーヒーを飲んでテレビをつける。
 土曜日の午後は緩い情報番組とドラマが主のようだった。
 音がないよりはマシかと適当な情報番組を流し見ながら、惰性でスマホを手に取った。
 アプリを起動しログインすれば、そこには自分が作った小さな二等身のアバターがいて、もう一人のアバターと一緒にテレビを見ている最中だった。
「…こいつらもテレビ見てるのかよ」
 自分のアバターはなんとなく、自分に似せて作ってある。
 相手のアバターは、芸能人に似せて作られていた。
 ソファに仲良く並んで座り、時折会話をしているようだ。
 アバター同士の会話は聞こえず、文字としても表示はされない。
 ただ親密度があり、度数が高ければ高いほど相手は親しげな様子を見せる。それを見てファンは喜ぶ、のだそうだ。
 始めてまだ一週間程度のクラウドにはその感覚はわからなかったが、ゲームとリアルを連動させたこのゲームシステムの恐ろしさの片鱗は、見え始めているのだった。  
 一週間前、同じように自宅で惰眠を貪っていたクラウドは、すぐそばの公園で近所の少年が話している声がうるさくて目を覚ました。
 窓から覗けば学校帰りらしい制服を着た少年二人がベンチに腰掛け、片方がスマホを相手に見せていた。
「これこれ、すげー話題になってんだけどリク、やってる?」
「知らない。ていうか、ソシャゲとかやらないし」
「俺も普段はパズルゲーくらいしかやんないんだけどさ、これパズルゲーもあるしクイズもあるしアクションもあるしRPGもあったりするんだぜ」
「…なんだそれ、詰め込みすぎで主旨がわからないじゃないか」
「主旨?主旨はアイドル育成!」
「はぁ?アイドル育成いぃ?」
 アイドル育成いぃ?と、クラウドも同時に内心でツッコミを入れた。
 熱心に勧めている子供は近所に住んでいるソラという名の少年だった。
 顔を合わせれば向こうから挨拶をしてくるので返す程度で、しょっちゅう母親に「ソラ!お弁当忘れてる!」だのなんだのと名前を呼ばれている為、名前を知ってはいるけれども、個人的なつきあいはない。元気なお子様だな、という印象しかなかった。
 その元気なお子様は、「アイドル育成ゲーム」のすごさを語る。
「これただのゲームじゃないんだぜ。リアルにいる芸能人を育成できるんだ」
「ちょっと待てソラ。…意味がわからない」
 俺もわからない、と、窓際に座り込んでクラウドも呟いた。
 盗み聞きでしかなかったが、少年の話の内容に少し興味が沸いていた。
「たとえばコレさ、ちっこいキャラいるじゃん。こっちは俺、こっちはアイドルの子なんだけど」
「…リアルにいるアイドルってことか?」
「そう、リアルに活動している芸能人の、アバター?っていうんだっけ?これ、そうなんだけど」
「…ただのアイコンだろ?リアルにいるとか、意味が分からないぞ、ソラ」
「あいこん?…いやいや、じゃぁコレ見ろよ。専用のサイトがあってさ、その子のスケジュールとか見れるんだ」
「あれ?この子雑誌のグラビア載ってなかったか?」
「あっそうそう!一ページだけだったけどさ、それもほら、ここスケジュールのとこに載ってる」
「あ、ホントだ」
「で~、レッスンの様子とか、家での様子とか、ここで見れたりするんだ」
「へ~」
「他にもいっぱいいてさ、男も女も、年齢層も幅広くて、推しメンは好きに選べるし変更も可能なんだ。だから今日はこの子、明日はあの子、とかもできる」
「…それはどうでもいいけど、さっきのパズルゲームとどう関係があるんだ?」
「大ありだよ!ゲームやるとさ、ポイントたまるんだけど」
「うん」
「ポイント貯めてさ、推しメンに差し入れできるんだ」
「…うん?ゲーム内でか?」
「ゲーム内もだけど、リアルでも!」
「…よくわからないな…」
 俺もよくわからないな、と思いながらも、クラウドはスマホを手に取り「アイドル育成 ソシャゲ」で検索をかけていた。
 ずらりと一ページ目に並ぶタイトルはどれも同じものであり、「徹底攻略!」と名のついたものから、「推しメン別喜ばれる差し入れベストテン」だのと、情報系のブログも充実しているようだ。
 公式サイトへ飛び、説明を流し読む。
 外では熱心な少年の話が続いていた。
「たとえば二百ポイント貯まるとする、んで、スポーツドリンクを差し入れするだろ?」
「うん」
「このアバターの子はもちろん喜んでくれるんだけどさ、実際の子にも差し入れできちゃうんだ」
「…どういう意味だ?」
「反映されるには何日かかかるみたいなんだけどさ、差し入れありがとう!って、動画でメッセージをくれる。んで、実際にレッスンの休憩時間とかに飲んでくれたりするんだ」
「へ~」
「んでこれが一番大事なんだけど、毎日ランキングが出てさ、ランキング上位のアイドルはドラマとか舞台とかに出演できるんだ」
「すごいな」
「皆推しメンに頑張って欲しいじゃん?だから差し入れしたり応援メッセージ送ったりして応援するんだ。あっもちろん普通にゲームだけでも面白いよ」
「なるほどな」
「リクもやらない?俺この子、カイリ推しなんだ。今十一位でさ、十位以内に入らないとドラマとか出演できないんだよ~」
「そう言われても、頑張ってゲームやるとか俺無理だぞ」
「もちろん無理しなくていいよ!できるときにちょこっとだけ!んでポイント貯まったら差し入れしてあげてくれよ!」
「他にも色々アイドルはいるんだろ?」
「いるよ~えっと男女併せて百人くらい?から選べる」
「すごいな。しかも推しの変更自由なんだろ?」
「うん」
「タイトルなんて言うんだ?」
「キミスタ!」
「キミスタね。ちょっとスマホで見てみる」
「うんうん。ランキング上位の人達、ちょこちょこテレビでも見るよ最近」
「そうなのか」
「うん。そういうの見るとさ~、カイリをテレビに出させてあげたい!って思うじゃん!」
「そういうもんなのかな…」
「そういうもんだって!俺の母さんなんかさ、あ、最初に母さんに勧められたんだけどさ」
「…お前のお母さん、すごいな」
「何がだよ」
 確かにすごいな、と、登録画面から個人情報を登録しながらクラウドも思う。
 アイドル育成ゲームを息子に勧めてくる母親、すごい。
「母さんの推しがレオンって言うんだけど、すげーカッコいいんだよ。浮気とかじゃないから!って言っててそれはどうでもいいんだけどさ、母さんが差し入れした服を着てくれてるつって、すげー喜んでて」
「服も差し入れできるんだ?」
「うん、俺ポイントそんなに貯められないから無理なんだけど。色々差し入れはできる。んで、軽くじゃぁ俺も一緒に応援してやろうか?ゲームで遊べばいいんだろ?って言ったら同担拒否!って言われたんだけど、どういう意味かわかんなくて」
「…同担拒否…」
「なんか知らないけど、レオンはお母さんが応援するからアンタもやるなら他の子にしなさいって言われて、カイリが可愛かったからカイリにしたんだ~」
「へ、へぇ~…」
「実際やると面白いよ。なんかすごく身近な女の子を応援してる気になるっていうか」
「そうなのか」
「だからリクも一緒にやろうぜ!俺も最近始めたからまだよくわかってないんだけどさ!」
「うーん、まぁ推しメンはともかく、ゲームは時間ある時にやるくらいなら…」
「それでいいよ!」
「一応ブクマ入れておく。登録したらすぐ遊べるんだろ?」
「うん!アバター作って推しメン選べばすぐ遊べる」
「オッケー。てか、ソラ腹減らないか?なんか食べに行こうぜ」
「あっじゃぁウチ来いよ。今日母さんいるからお菓子出してくれるし、キミスタ!についても教えてくれると思う」
「じゃ、お邪魔しようかな」
 外が静かになったので、二人はソラの家へと移動したようだった。
 クラウドも窓際からソファへと座り直し、自分のアバター作成に勤しむ。
「俺の髪型、ないじゃないか。サイヤ人みたいなのしかない。…仕方ない、ちょっと近そうなヤツで妥協して…」
 髪型を選択し、色を選択し、顔のパーツを選んで完了。
 着せかえや部屋の模様替えもできるようだが、これはゲームをやれば解放されていくようだ。
 キミスタ!は世界に名だたる大手芸能プロダクションが手がける一大プロジェクトであり、「会いに行ける本物のアイドルが育成できるゲーム」という触れ込みだった。
 
 
 「君がマスターとなって、推しメンをトップスターへと押し上げよう!」
  
 
 推しメンの選択画面は壮観である。
 男五十名、女五十名、計百名がずらりと一覧で並び、全員このゲームのサービス開始とともにデビューした新人であった。年齢や体格、顔のタイプなども豊富に揃っており、個人のプロフィールも選択する前に確認することができた。
 ソラが推していたカイリは美少女であり、清純派アイドルといった風情であった。
 好みではないけど確かにかわいい、と思いながら、他のメンバーを一人ずつ確認していく。
 最終的に候補に挙がったのはティファとエアリスで、ティファはナイスバディに快活な印象の美女であり、エアリスは淑女然としていながらも意志の強そうな翠の瞳が美しい美女であった。
「…どっちも捨てがたい…」
 推しメンの日替わり変更も可能だということなので、しばらくは順番に両方を推してみるかと優柔不断さを発揮する。
「そういえば」
 ソラの母親が推している男がいたな。
「レオンって言ったか」
 男は最初から眼中にないので見てもいなかったが、一覧を見てみると美少年やイケメン、渋めのおじさんから枯れたじいさんまで様々いて驚いた。
 選り取りみどり、選びたい放題なのだった。
 レオンを捜してみたら、さほど苦労することなく見つかった。
 視線がそこで止まる系統の美形であり、なるほど「カッコイイ」男であった。
 モデル志望らしいレオンはスタイルが良く、細身に見えるがちゃんと鍛えられている身体や身のこなしには隙がなく、軟弱な印象を受けない為、美形は美形でも「男前」や「カッコイイ」と言った表現の方が合いそうであった。
 ランキングを確認してみればレオンは五十五位、ティファは十八位、エアリスは十三位である。
「五十五位…?」
 予想よりも遙かに下で、クラウドは驚く。
 こんなイケメン系でもランキング上位には入れないのか、という純粋な驚きだったが、ランキングの変動を見て首を傾げた。
 二ヶ月前までは順調に順位を上げ、最高ランク十二位まで食い込んでいるというのに、なだらかに斜面を滑落していくかのように順位を下げていた。
 二ヶ月前に何かやらかしたのかもしれないが、問題があれば運営が黙ってはいないはずだ。
 飽きられたのかな?
 他に理由が思いつかず、クラウドはランキング一覧へとページを戻す。 
 ランキング上位はほぼ九割を女性が占めていた。
 ランキングの順位は毎日零時に更新されるが、集計の内訳はその日一日の差し入れポイントと、イベントなどのチケット購入ポイントとなっている為、「いかに推しメンに課金するか」が重要な要素となっているようだった。
 なるほどよく考えたな、と思う。
 金を使っても「ゲーム内のデータ」で終わるのではなく、確実に「実在する芸能人へと還元される」のだから、応援し課金する側の熱も入ろうというものだ。
 ソラのように「ゲームで貯まったポイントで差し入れする」などという生ぬるい世界ではないことを察し、クラウドはわずかながらに戦慄した。
「…まぁ、俺は無駄に課金なんてしないけど」
 でもティファとエアリスはかわいい。
 服が差し入れできると言っていたが、ポイントはいくつ必要なのか確認し、桁の違いに思わず叫んだ。
「リアルマネーで十万!?アホか!!」
 ソラの母ちゃん、課金したのか!?アホか!!
 ゲームで貯められるポイントじゃないぞ!!
 ゲームはやってもせいぜい一ポイントから三ポイント、高難易度のものでも五ポイント程しかない。
 一日百ポイント稼ぐことすら気が遠くなりそうな話である。
 十万ポイント貯めることはほぼ不可能と言っていい。
 サービス開始から八ヶ月を迎えるこのゲーム、初日からこつこつやっていれば少しは貯まるかもしれないが、現実的とも言えなかった。
 ソラ、お前の母ちゃん、浮気ではないとしても相当入れ込んでるぞ。止めてやれ。
 このゲームは一年単位で総合ランキングを出し、上位者と下位者各十名は卒業するシステムとなっていた。
 上位者は華々しく芸能界に迎えられるが、下位者は脱落組となるのだから、シビアな世界である。
 中間の八十名は来年また一年間、ランキング上位を目指して頑張るのだそうだ。
 残り四ヶ月。
 毎日かわいい推しを見ながら、暇つぶしにゲームを楽しむ、それはそれでいいかもしれないなと、クラウドはこの時軽く考えていたのだった。


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