ティファとエアリスに癒される。
 残業で疲労困憊した頭と身体を引きずりながら家路へと向かう電車の中で、クラウドはスマホを開いて「今日指定の推し」であるティファのブログを見ていた。  
 キミスタ!専用サイトでのみ見られる「推しメンの様子」は、「指定した推しメン」のものしか見られない為、エアリスを見たければその都度変更しなければならない。
 だがその切り替えも面倒に思わない程、ティファとエアリスはかわいかった。
 元気に頑張るティファ、健気に頑張るエアリス。
 元気な中にも女性らしさを垣間見せるティファ、健気な中にもお茶目さと前向きさを感じさせるエアリス。
 応援メッセージを送る勇気はなかったが、送れば一ポイントもらえるらしい。
 動画を再生しても一ポイント、推しメンのブログを見ても一ポイント。
 こまめに推しメンの様子を確認するだけでもポイントは貯まる親切な設計のおかげか、このゲームは男女問わず人気があるようで、会員数は爆発的に増えており、今年最も注目されているソシャゲナンバーワンであるとニュースでも取り上げられる程であった。
 「推しメンが頑張っている姿を見て、私も頑張れます!」とインタビューで答える青い髪の女性の推しはヴェントゥスというらしかったが、男はノーチェックなので誰かはわからなかったものの、言っていることには共感できた。
 かわいい推しを愛でて癒される。
 わかる。
 また一日頑張ろうという気になるのだった。
 キミスタ!に参加している芸能人は皆、一日に何度もブログや動画を更新する。プロモーションの一環であるとわかってはいても、ファンは常に新しい推しの姿を見たいものであり、まめに更新している芸能人はやはりランキング上位に入っているようだった。
 ティファやエアリスも例に漏れず何度も更新をしてくれるので、見る度に癒された。
  
 
 「今日はちょっと寒かったので、晩ご飯はあったかいドリアとスープと、サラダを作りました~!お料理大好き!いつかお店出したいです(かわいい顔文字と自撮り写真付き)」
  
 
 はぁ、かわいい。
 一方のエアリスも自炊した料理や自作のお菓子を自撮りと共にアップするのはもちろんのこと、花も好きなようで、自分で活けたものや道すがら見つけた季節の花を、説明付きでよくアップしていた。「小さい頃はお花屋さんになりたかった」と言うだけあって花の知識が豊富で、ファッションやメイクなどにも詳しく、一般的に言う女子力の高さが魅力であった。
 二人とも明るく気取った所もなく気さくであり、女性にも人気があるのも納得である。
 見ているだけで元気になれたし、頑張ろうと思えるのだった。
 ランキングも横ばいではあるものの、十位から二十位の間をキープしていた。
 このまま行けば卒業は厳しいかもしれないが残留は確実であり、また一年応援していけるのだと思うと心は弾む。
 問題はレオンだった。
 個人的な興味はないものの、ランキングの下降が止まらないのが気になった。
 クラウドが始めた当初は五十五位だったはずが、更新されるごとに順位が下がり、一週間経った現在の順位は六十四位である。
 サービス開始から八ヶ月も経過すればファンはほぼ固定化し、差し入れなどの課金額も安定してくるはずだろうに、下降し続けているのだ。
 新規客も増えているのに下がるということは、ファンが増えていないということだ。
 性格が悪すぎてファンが離れたとか。
 他の芸能人とのスキャンダルでも噴出したとか。
 だが問題があれば脱退させるなり、除名するなり対応すると思うのだが、そんな様子はなさそうだ。
 興味はない。
 興味はないが、どんなヤツなのかは気になった。
 だがブログや動画を見るためには推しメンを変更しなければならず、推し変更はランキング集計の都合上、一日一回しかできないのだ。
 この男のためにティファやエアリスの笑顔を一日我慢するのかと思うと躊躇するが、一回確認して納得すればもう気にかける必要もなくなると思えば、一日くらいは我慢してもいいかという気になった。
 帰宅し、風呂に入って上がった頃にはすでに日付が変わっていた。
 ベッドへ横になりながらスマホを手に取り、推しメンをレオンに変更する。
 二等身のレオンのアバターが部屋を訪ねてきて、クラウドのアバターが快く迎え入れた。
 ぺこりとおじぎをするレオンにソファを勧める自分のアバターは親切だなと思いながら、専用サイトを開いて動画を再生し、ブログを確認する。
 内容は至って普通の、男性芸能人の日常というやつであり興味は全くそそられない。
 真面目なのだろう、ブログの文体は丁寧で、くだけた口調などはない。
 応援メッセージへのお礼もきちんとブログ上でなされており、ティファやエアリスにはそれがないなということに気がついた。
 基本的にはその日一日あったことなどを写真混じりにアップしているのは変わらないが、あまり個人的なことは書かれていなかった。
 ファンはそれが知りたいのだろうに。
 自炊するらしく、自分で作った料理もアップしていて普通に美味しそうではあったが、文体が淡々としているので、どうにも反応しづらいというか、「美味しそうですね」くらいしか感想が出ない。自分が女なら別の感想もあるのかもしれなかったが、少なくとも「自分も頑張ろうと思える」とか「元気がもらえる」といった前向きな思いを抱くタイプの芸能人ではなかった。
 男の動画に映る部屋は物が少なくシンプルにセンスが良く、ルームウェアは至って普通の服だった。差し入れとやらの服なのかもしれないし、自前なのかもしれないが興味はない。
 かわいい女の子の食事風景や読書風景などは微笑ましく見ていられるが、男のそれは本当にどうでも良く、睡魔に襲われる。
 レッスン風景は真面目、プライベートも真面目、ブログも真面目。
 つまらないな、と思う。
 だが女性はこういう男に「面白さ」は求めていないだろうから、特に問題はないように見えるのだが、ランクの下落の理由は何なのか、さっぱりわからない。
 レオンのスケジュールはやはりというべきか空き気味で、あまり仕事はなさそうだった。
 年齢二十六で芸能界を夢見てこれじゃぁ、悲しいな。
 顔は悪くない。
 スタイルも悪くない。
 性格も見る限りでは別に悪くなさそうだ。
 芸能人でなくとも勝ち組でいられそうなのにな、と思う。
 大それた夢など見なくても、人間は生きていける。
 俺のように。
 何となくかわいそうになり、応援メッセージ欄に一言、書いた。
 
 
「もっと頑張れ」
 
 
 余計なお世話と言われそうだったが、一ポイント分の応援と考えれば相応だろうと思うのだった。
 八ヶ月分全ての動画やブログをチェックする気にはなれなかったが、今日一日はレオンが推しメンであるので眠くなるまでとブログを過去に遡って読み始めたものの、三十分ももたずに寝落ちした。
 朝、カーテンの隙間から差し込む朝日の眩しさで目覚めたクラウドは時刻を確認して飛び起きたが、休日であることを思い出して再びベッドへと沈没した。
「焦った…」
 午前十時の外の公園は小さな子供の声や少年達の声で賑わっており、二度寝する気を削がれて身体を起こす。
「子供は元気だな…腹減った」
 コンビニへ行こうと顔を洗い、服を着替える。
 休日だからどこかへ行こう、という予定はなかった。
 誘うような相手はいないし、誘ってくれるような相手もいない。
 学生時代は自分でカスタムしたバイクでツーリングする事が唯一の趣味と言って良かったが、就職してからはそんな元気も失ってしまっていた。
 休日はゆっくり寝ていたい。
 毎日疲れているのだった。
 転職を考えないでもなかったが、就職活動をする気力もない。
 自分のために何かをするということが億劫であり、必要に迫られたらその時に考える、とずるずると引き延ばして今に至る。
 何のために生きているのかすら曖昧で、ただ生きているから生きているという現状に満足してはいないものの、行動に移そうと思うには、熱量が足りないのだった。
「あっこんにちは!」
「…こんにちは」
 ソラとリクがちょうどコンビニから出てきて鉢合わせし、元気に挨拶をされたのでこちらも返す。コンビニの袋を下げてすれ違う少年達の会話に、思わず耳を傾けた。
「お前何でシーソルトアイスなんだよ。寒いだろ。俺は食わないからな、一人で食えよ」
「母さんが食いたいって言うから!レオンが好きってブログで書いてたから買ってきてって言われたんだよ!」
「え…お前のお母さんホントレオン好きなんだな…」
「そうみたい。ちなみに俺はカイリが好きなチョコチップスを買った」
「親子揃って推しメン推しの菓子を買ったのか」
「リクは?」
「俺は普通にスナック菓子」
「結局ゲームやってないの?」
「やってない」
「やろうよ~母さんなんてレオンが初めて好きな食べ物書いてくれたって喜んでんだぜ」
「…へ、へぇ…」
「俺もちょっとレオンが気になるって言っても同担拒否!って言われるし、なんなんだよな~も~」
「…ソラ、アイス溶ける前に帰ろうぜ」
「あ、そうだった」
 仲良く喋りながら歩いていた少年二人が駆けだして、あっという間に角を曲がって姿が消えた。
 何となく立ち止まって聞いていたクラウドは元気だなぁと思いながら店内に入り、朝昼兼用のパンや飲み物、今日の夜用の弁当と、菓子を適当に物色した。
 帰宅し、買ってきた物を冷蔵庫に入れ、すぐに食べるものだけテーブルに乗せる。
 ソファに身体を投げ出して食べるシーソルトアイスは、しょっぱいのに甘かった。
「…変な味」
 でも美味い。
 ブログを見れば、なるほど写真付きで「子供の頃好きでよく食べていたシーソルトアイスをコンビニで発見」とアップされており、「復刻版でも変わらず美味しい」と笑顔と言うには物足りない、微笑み程度ではあったが自撮りも一緒についていた。
 やればできるじゃないかとクラウドは思ったが、さらに続く応援メッセージへの返信を見て心臓が跳ねた。
 
 
『クラウド、応援メッセージをありがとう。もっと積極的に頑張ろうと思う。これからも応援してくれると嬉しい』
 
 
 応援メッセージ全てに返信しているのだろうレス欄は毎回非常に長い。
 どれも一言で短く済まされてはいるが、返信にかかる時間を考えるだけでも恐ろしいほどだ。
 名前を入れた覚えはなかったが、アバターの名前が本名なのでおそらく投稿者名はそこを参照しているのだろうが、名前付きでコメントされると照れくさかった。
 ちゃんとメッセージに目を通しているんだな、という、その事実が素直に嬉しいと思うからだ。
 
    
「シーソルトアイス美味かった」
  
   
 同じようなコメントを山ほど食らうがいい、と思いながらメッセージを送信する。
 その日、何回かに分けてアップされたブログはとてつもなく長いコメント返信で埋め尽くされていて、無視すればいいのに律儀に返信するレオンにクラウドは少しばかり同情した。
「真面目かよ」
 だが嫌な気はしない。
 男の自分でもだ。
 これだけのメッセージがあって、一人ずつに返信もしているにも関わらず、ランキングは六十五位だった。
 また一つ順位を落としている。
 上位の芸能人はこれよりももっと大量のメッセージが届いているのかと思えば、そりゃぁ一人ずつに返信などできないなと納得はするものの、レオン自身に問題があるようには全く見えない。
 課金額がランキングの全てであるのだから、単純に考えれば課金するファンが少ないのだ。
「……」
 風呂上がりに缶ビールを飲んで、気が大きくなっていたのかもしれない。
 差し入れ購入リストを開いた。
 差し入れは課金して購入するか、貯めたポイントで交換するかを選べるのだが、ゲームは気まぐれにしかやっていない為、ポイントはほとんど所持していなかった。  
 スポーツドリンクが二百ポイント、タオルが千ポイント。合計千二百マニーの出費である。
 …まぁ、いいか。多少は貢献してやってもいい。
 応援の意味を込めて購入すればアバターに即時反映され、二等身の小さなレオンがスポーツドリンクとタオルを抱えて喜んだ。
「…ああ、これはかわいいな」
 親密度が上がるのを見て、マックスまで上げたらどうなるのかが気になった。
「いや、マックスまで上げるならティファかエアリスで上げるけどな!!」
 明日からはまた日替わり変更に戻す予定だった。
 毎日夢もなく、楽しみもなく、ただ生きているだけの自分には癒しが必要なのだから。
 翌日、推しメンをエアリスに変更するついでにランキングを確認すると、レオンの順位は六十位まで上がっていた。
「…爆上げ!?」
 ランキングは一日で五つも上がるものなのか。
 「好きなアイスを書いて」「微笑み自撮り付き」のブログをアップするだけで一体何人が課金したのか。
 その中の一人であるクラウドは、まんまと芸能人の作戦に乗せられた気がしないでもなかったが、ランキングを上げる一助となったことについては後悔はしなかった。
「その調子でやれば上がるってことが実証されたんだから頑張れよな」
 そうなのだ。
 課金してやれば、ランキングは上がるのだった。
 クラウドのアバターの部屋で寛ぐ二等身のエアリスはとてもかわいい。
 一緒にラグの上に座って絵本を広げて覗き込んでいるが、どんな絵本かまではわからない。
 動画やブログも漏らさずチェックし、見ているこちらまで笑顔になりそうな華やかな笑顔に癒された。
 だがブログのどこを見ても、応援メッセージに対する返信はない。
 エアリスやティファにメッセージを送ろう、という勇気はまだ持てなかった。
 レオンには勢いで二回送ったが、全く躊躇はなかったし今でも抵抗はない。
 応援メッセージは同情からくるものであって、ファンになったわけではないのだ。
 名前付きで返信されてちょっと嬉しかったのは気のせいである。
 このまま推しであるティファやエアリスに何もしないわけにはいかないな、と言い訳めいたことを口にしながら、差し入れ購入リストを開いた。
「…レオンだけに課金するのもな…」
 まるで俺がレオンを特別扱いしているみたいじゃないか。
 エアリスに、レオンに差し入れしたのと同じスポーツドリンクとタオルを購入した。
 ソラの言によればお礼のメッセージ動画が届くはずで、三人の動画を比較してみたいという興味もあった。
 スポーツドリンクとタオルを抱えて喜ぶエアリスのアバターを見て癒されながら、明日はティファに差し入れしようと心に誓う。
 翌朝出勤しようと外に出たら、前を歩いているソラとリクの背中を見つけた。
 駅まで歩くサラリーマンや学生の背中をさりげなく追い抜かし、一定の距離を開けながら二人の背後にぴたりとつけて、スマホに視線を落としながら何食わぬ顔で歩く。
 今日も少年の声は元気だった。 
「リク聞いてくれよ~!母さんが朝から騒いでてもううるさいんだ」
「何かあったのか?」
「レオン特集の日なんだって!」
「…ああ、ソラのお母さん、一筋なんだな」
「サービス開始日からずっと一筋って言ってた。一目惚れだって」
「よく息子にそんなこと言えるよな…」
「まぁいいけどさ。けど最近順位下がってんだよな~」
「そうなのか?」
「一瞬上がったみたいなんだけど。あんなにカッコイイのにな~!母さんはまた差し入れしなきゃ!つって張り切ってるけど」
「…なぁそれって課金…」
「俺もゲーム頑張って、カイリに差し入れしなきゃな!」
「…ああ、程々にがんばれよ…」
 リクの声は明らかに傍観者のもので、キミスタ!には全く興味を持っていないことが窺えた。おそらくソラに勧められてブクマには入れたものの、見てすらいないのだろう。
 それが賢明だった。
 気づいたらうっかり課金している、恐ろしいゲームなのだから。
 その後は学校の話や友人の話へと内容が移行した為、クラウドは興味をなくしそっと離れ、角を曲がって駅へと向かう。 
「レオン特集…ってなんだ…?」
 わからないことがあればスマホ片手に検索すれば、すぐに答えが出てくる便利な時代に感謝した。
「ああ、専用サイトか…」
 サービス開始から最初の一ヶ月でのランキングを元に、上位から順に一人ずつ特集を組んで紹介していく、というものだった。
 特集を組まれた芸能人は、推しメンのコンテンツ内ではなく、専用サイト内の特集ページで誰でも見ることができた。
 ティファやエアリスは二巡していて、レオンは今日が二巡目のようだった。
 見る限り、日々のレッスンや日常風景に加えてインタビュー動画が入る、というもので、満員電車の中でティファやエアリスのインタビューを見て無表情を保てる自信がなかったので、仕方なく仕事の休憩時間まで我慢した。
 内容が気になって集中力を欠き上司から嫌みを言われたものの、どこ吹く風で受け流す。
 休憩時間開始と共にファストフード店に駆け込み、おひとり様用の奥まった席を確保して、イヤホンをスマホに差して動画を流す。
 ティファやエアリスは積極的に発言をしてカメラ目線をくれるので、見ている側は幸せな気持ちになれた。
 目が合った、などと気持ちの悪いことを言うつもりはないが、それでもこちらを見てくれると嬉しいのだった。
 はぁ、かわいい。
 癒される。
 午後の仕事も頑張れる。
 そういやレオンの動画もあったな。
 ついでとばかりにレオンの動画も見てみるが、レオンはほとんど目線をカメラに寄越さなかった。
 こいつは本当に芸能人なのか?と思う。
 モデル志望ともなれば当然カメラ目線は必要だろうし、読者やファンを意識した気遣いと言ったものも必要だろうと思うのに、全くそんな様子がない。
 時折笑顔らしきものは見せるし、受け答えはしっかりしている。
 だがアピール力に欠けるというのか、積極性に欠ける気がした。
 トップを取るには必須とされる、サービス精神とハングリー精神が圧倒的に足りなかった。自分をファンに売り込もう、という熱意のようなものが感じられないのだ。
 かといって、下位をさまようレベルでもないと思う。
 下位の連中の顔ぶれは明らかに、やる気を感じられなかったり、申し訳ないが万人受けしなさそうなニッチ層向けだったりするので、コアなファンはついたとしても、ライトなファンは少なそうだ、ということが容易に想像できるのだ。
 だがレオンは違う。
 性別問わず受けそうなのにな、と思うのだが、現在のレオンの順位は六十六位。また、下がっていた。
 「ありがとうございました」と一礼し、顔を上げた一瞬、カメラに向いた顔は微笑っていた。
「なんだ、カメラ目線で笑えるんじゃないか」
 そのイケメン顔でもっと愛想を振りまけばいいのに。
 もったいないな、と思うのだった。
 昼食を済ませ時間ぎりぎりまで本日の推しであるティファの動画やブログをチェックしながら、差し入れすることも忘れない。
 レオンやエアリスと同じように、スポーツドリンクとタオルを持って喜ぶティファのアバターに癒された。
「はぁ、かわいい」
 リアルの彼女達も喜んでくれるといいな。
 …せっかく課金してやったのだから、ついでに、レオンも。
 彼女達のお礼動画はきっと笑顔で癒されるだろうことは想像できたが、レオンのお礼動画は想像ができなかった。
 いくら何でも仏頂面ということはなかろうが、かといって全開の笑顔は全く想像ができないので、インタビューで見せた程度のものだろうなと思うくらいだった。
 まぁ、お決まりの判を押したようなお礼動画が来るのだろう。
 一度課金してしまえば金は戻ってこないので、精々課金したことを後悔させないで欲しいなと思うクラウドだった。
 
 
 
 
 
 翌朝、スマホを置いて顔を洗い、朝食の準備をしている間に通知欄が点滅していることに気がついた。レオンからのメッセージが届いているとリンクが張られていたが、クラウドは眉を顰める。
「ああ、差し入れのお礼動画か。…あ?なんだコレ、推し変更しないと見られないとか…おいふざけるな」
 今日はエアリスの日なのだ。
 メッセージを見るためだけに推しメンを変更しなければならないとは…不便だなと思いはするものの、システムとして決まっている以上はどうしようもない。
「……」
 迷うが、通知欄の点滅がうっとうしいので仕方なく変更し、メッセージ動画を再生する。
 
 
『クラウド、いつも応援してくれてありがとう。スポーツドリンクとタオルを確かに受け取った。今日のレッスンに持って行く。これからも応援してくれると嬉しいな』
   
  
「ひぇ」
 変な声が出た。
 かじっていたパンを取り落とす。
 お礼メッセージなどと言ったところで、どうせ汎用に作って誰にでも流しているのだろうと思っていたら、名前入りで来た。名前を呼ばれた。
 しかもカメラを真っ直ぐ見つめた上での、完璧な笑顔付きだった。
 マジか。
 マジでか。
 心臓に悪い。
 何故だかまともに動画を見られなかった。
 なのにリピートしてしまう。
 …名前を呼ぶのは反則だった。
 そうだ、名前を呼ぶのが悪い。
 何故本名にしてしまったのか、今更ながらに後悔した。
 でももう一回リピートする。
 『クラウド』と。
 こいつは俺の名前をこう呼ぶんだな。
 とても、親しげに。
「……」
 女は確実に落ちるだろこれ。
 男の俺ですら変な声が出た。
 恥ずかしい。
 同時に、嬉しいものだった。  
 ファンは喜ぶに違いない。
 重課金者が続出してもおかしくなさそうなのに。
 何故下位なのか。
 ますますクラウドにはわからなくなる。
 今日一日推しメンとなったレオンのアバターを撫でてやれば、嬉しそうに笑う。
 また少し親密度が上がって、レオンはクラウドを誘ってトランプを始めた。
 アバター同士は仲良しだった。
 二人っきりで、自分の部屋に推しメンがいるのだった。
 なるほど、恐ろしいゲームだなと、改めてクラウドは思う。
 こうやって推しにハマったファンが際限なく課金していくのだ。
 …際限なく課金しているなら、レオンは間違いなく上位にいなくてはならなかった。
 本当に、わからない。
 システムの不具合か?と疑う程だ。
 それとも、上位にいる者達はファンを獲得するためにもっとすごいファンサービスがあったりするのだろうか。
「…ティファやエアリスも…?」
 いやが応にも期待は高まったが、翌日、エアリスからのお礼動画に名前はなかった。
 さらに翌日、ティファからのお礼動画にも名前はなかった。
 内容はレオンと同じくお礼と、これからも応援よろしくね、という内容に変わりはなかったが、名前は呼んでくれなかった。
 明らかな汎用動画の使い回し。
 いや、かまわない。使い回しであっても、メッセージを自分宛にくれるというそのサービスが嬉しいことに変わりはない。
 ランキング上位の芸能人は差し入れも多く、一人一人に対応することは不可能なのだろうことは承知しているし、不満はない。
 不満はないが、物足りない。
 正直に言えば、落胆した。
 
 
 レオンは名前を呼んだのに。
 
 
「…重課金者でないと名前を呼んでくれないとか…?」
 ティファやエアリスに名前を呼んでもらうにはいくら必要なのか。
 千二百マニー程度で名前を呼んだレオンは、高額課金したら何をしてくれるのか。
「…いや待て、重課金っていくらからだよ。十万の服とかアクセサリーとか?あ、握手会も十万なのか。イベント参加もか」
 握手会やイベントに参加して直接会う機会があれば、さすがにティファやエアリスも名前を呼んでくれるかもしれない。
 じゃぁレオンは?
 …いや、名前を呼ぶ以上のファンサって何だ。抱きつくとかか。
 別にそういうのは望んでないです。いや向こうがしたいっていうなら考えないでもないが、抱きつかれてもどうすればいいのかわからないしそもそも男にそんなことされても嬉しくないです。
 嬉しくない…よな、うん。
 自分でも何を考えているのかよくわからなくなってきたので一端置いて、飲み物を啜りながら課金のシステムについてもう一度説明を読み直す。
 課金は「差し入れ購入リスト」から購入という形で課金するか、ガチャで福引券を購入という形で課金するかの二種類あった。福引券を一枚二百マニーで買って、回すというものだった。十枚買えば一枚余分について来るので、二百マニー分がお得になる。
 服やアクセサリー、握手会やイベント参加の引換券が出る確率はゼロに等しく、ガチャで出たら奇跡だった。
 基本的には外れしかなさそうなガチャだが、このゲームの良いところは、一枚二百マニーで外れたとしても、百ポイントとして換算してくれることだった。
 二マニー=一ポイント。
 ガチャで夢破れてもポイントとして半分は戻ってくるので、そのポイントを利用して差し入れすれば良かった。
 また、十万マニーで確定引換券を購入することもでき、何でも好きなものと交換ができる。好きなものといったところで、同価値である服やアクセサリーなどと交換するに決まっているので、実質「十万ポイント引換券」であった。
「…いや、十万は高い!」
 十万払う勇気はまだクラウドにはない。
「ていうかそもそも十万って…」
 どんな高級な服を着て、高級なアクセサリーを身につけているのか。
 握手会やイベント参加にしたって、十万だぞ!?
 遠方だった場合の交通費や宿泊費はもちろん自腹なんだぞ!?
 どんだけだよ、と思うのだが、それでもソラの母親のように、服を差し入れし、着てくれるだけで喜ぶような層は確実に存在するのだった。
 勇気ある重課金者はいかほどいるのかと検索をすれば次から次へと、呆れを通り越してどん引きする程度には存在し、クラウドは己の目を疑った。
 「確定で握手会行ってきましたレポ」
 「推しのイベントに参加してきましたレポ」
 「服と靴とアクセを俺の嫁にプレゼントした結果」
 「握手会とイベントをハシゴしてきました~♪」
 「推しと手を取り合い、見つめ合うこの瞬間の為だけに生きている俺の生き様ブログ」
 「推しの笑顔を見る為なら十万なんて実質無料」
 「聞いてくれ、俺の嫁からお食事会に招待された件」
 などなど。
 最後の食事会とは、課金額が累計百万マニーを突破したら、推しメン自ら食事に招待してくれる、というものだった。
「百万って…!」
 推しメンとのお食事一回百万マニー。
 なるほど、すごい世界だった。
 十万如きで高いと言った自分の感覚がおかしいのかと錯覚しそうになり、クラウドはため息をつく。
 バカな連中が世の中には多いんだな、という思いと、それだけの額を躊躇無く推しに突っ込める勇気がすごい、という賛辞の思いとが半々だ。
 プレイ人数が多いこのゲーム、ファン同士の交流はさぞや活発なのだろうとSNSなどを覗いてもみたが、どれも「推しにいくら課金した」という自慢ばかりでうんざりした。
 気持ちはわかる。
 課金額イコール推しメンへの愛、なのだ。
 このゲームは課金額が全てなのだった。
 課金すれば推しメンに喜んでもらえ、直接会うことすら可能なのだ。
 ティファやエアリスのような上位に食い込むクラスのメンバーは、重課金者によって支えられていると言っても過言ではない。
 ファンは多く、課金者も多い。
 ティファやエアリスを「俺の嫁」扱いする連中の発言には腹が立つが、「俺以上に課金してから物を言え」という風潮がまかり通っていて、正直なところついていけそうになかった。「ティファと食事した」という記事は苛ついて読めなかったし、「エアリスと食事した」という記事は見た瞬間ブラウザを閉じてしまった。
 知らなければ良かった、と後悔したがもう遅い。
 毎日見るだけで癒されていた日々が、急速に色あせていく。
 何だろう、天使が実は薄汚い人間だった、という裏切られたような気分だった。
 …天使とかお笑いだ、と自嘲するが、それ以上に心情を的確に表現する言葉が思いつかなかった。
 清純派女性アイドルの交際が発覚して発狂するファンの気持ちを、理解した。
 人間の汚い部分は見たくなかった、という、勝手な押しつけというやつだった。
 沈んだ気分のまま仕事を終えて早めに帰宅したクラウドは着替える気力もなくそのままベッドに沈み込み、放り出したスマホをぼんやりと眺めやる。
 キミスタ!を知ってから毎日欠かさずチェックしていた推しのブログや動画を見る気力を失って、暗い気分のまま目を閉じた。


03へ

キミスタ!-02-

投稿ナビゲーション


Scroll Up