左手で顎を掴まれ、革の冷たい感覚に桐生が眉を顰める。
  上向けられて迫る男の唇は笑んだままであり、馬鹿にしているようにしか見えなかった。
  頭突きしてやる。
  真島の頭を抱え込むように両手を伸ばし、僅かに息を吸い込む。
  唇が触れるより先に、一発お見舞いしてやれるはずだった。
  だが、真島の額が想定位置より低い。
  あれ、と視線を下ろした先に、凶悪な笑みで笑う男の顔があった。
「その技、くらったことあるでぇ」
「…な、」
  何のことだ?と、とぼける暇なく、真島が顎に噛みついた。
「…ッ!」
  皮膚に食い込む程に歯を立てられ、痛みに呻く。
  噛んだ歯と歯の間から、生温かくぬるついた舌で擽るように顎先を舐められ、引きはがそうと耳を引っ張る。
「あだだだ」
  間抜けた声を上げながら離れた瞬間、延々尻付近で遊んでいた指先を再び奥まで突っ込まれ、今度は桐生の力が抜けた。
「っ…だ、から、それやめろって…!」
「あん?ココにぶち込むんやから、慣らしとかんと地獄見んのはお前やぞ?」
「…ッ…、痛ってぇし…!」
「そらなぁ、濡らしたらんとなぁ。痛いやろなぁ。かわいそうにヒヒヒ」
「…く、っそ」
  かわいそう、などと思っているはずもない口調で笑い、指はぐりぐりと内襞を探っている。
  知らず息が上がり、喉が鳴った。
「ほれ、やさしーくして欲しかったら、お前からチューしてみせろや」
「は…っ!?」
「ほーれほれ」
  べろべろーと、舌を出し小馬鹿にしながらも、下を探る指の動きは容赦ない。
「…っ、腰、抜けるとか言ってたのは、どいつだよ…!」
「腰抜けるくらいのキスできたら、なんぼでもイかせたるで?」
「っいや、それはいらねぇから、即刻やめろ!」
「うわ、桐生ちゃん、萎えること言うなや…ええからはよ。頭突きはナシやで。噛むんもナシな」
「…っ」
  先制攻撃も容赦なかった。
  唇を舐められ、こじ開けようと舌先を押し込んでくる真島に根負けし、口を開く。
  後頭部に手を回して引き寄せて、舌を絡めて擽ってやれば目を細めて喜んだ。
  このまま首を絞めて落とせばどうだろう。
  右手で髪を撫でる。
  左手で項を撫でた。
  喉仏を指先で擽って鎖骨を辿り、脈打つ血管を確かめる。
  できそうな気がした。
  髪を撫でていた右手も襟足まで下ろし、耳たぶを擽ってやれば、真島の肩が跳ね息を吐いて笑う。
「桐生ちゃん…」
  低く抑揚の欠けた声は、聞き慣れない。
  両手を首にかけたものの、耳元に濡れた息を吹き込まれ、歯を立て舐められて肩を竦めて距離を取る。
「兄…?」
「腰は抜けんかったけど、バッチシ勃ったから合格!」
「…え…?」
「アカン、もうギンギンや…!はよ挿れなもうたまらんわ~」
「…は?…いや、ちょ…」
「先イかせたろな。約束やしな。しゃーないわな」 
「いや、兄さん、…」
  もしかして、全部からかっていただけなのか。
  言い終わる前に唇を塞がれた。
  ぐちゅ、と、音を立てて舌と唾液を押し込まれ、咥内を蹂躙された。
  桐生は呻き、真島のジャケットを掴む。
  引き離したかったが、真島が桐生のモノを扱き出したので、無理だった。
「…ッ、…っ待、」
  中指が一本入ったままの後ろに力が入るが、もはや違和感はない。
  動かされる度に形がリアルに感じられ、指の腹で擦られるとその場所を感じる。
  真島は手袋をしたままだ。
  もどかしい動きで桐生のモノに触れ、先端を指先で擦る。
  カリをなぞり、緩やかに上下する指は丁寧で、的確だった。
「…っは」
  唾液にまみれた口元を袖で乱暴に拭って、息を吐く。
  真島の舌は鎖骨を舐め、歯を立てて痕を残して、下っていく。
  乳首を舌全体で押しつぶすように舐め上げられ、桐生の背が跳ねた。
  真島の頭と肩を押しのけたかったが、力は入らなかった。 
「気持ち良さそうやなぁ。桐生ちゃんもギンギンやで?ほれ自分で触ってみろや」
「っや、めろ」
「説得力ないわぁ」
  桐生の右手を取り、握らせる。
「普段自分でやってるようにやってみろや。見といたる」
「…っ、嫌に決まってんだろ…!」
「そうなん?ほなこうしよか」 
  桐生の左腕左足を掴んで、ソファの上でひっくり返す。
「!?」
  うつ伏せになった桐生のスーツとシャツを掴んで脱がせ、床へと放り投げた。
「っおい、兄さん…!」
「立派なモン背負っとるよなぁ」
  希代の彫り師による刺青を嘆息混じりに褒め、「けどちょっと失礼」と呟いて、その背を軽々跨いで見せた。
  桐生の後頭部の上に尻を乗せ、両肩の上に膝を置いた。
  そのまま両手で腰を掴んで持ち上げて、膝立ちさせた状態で尻を掴む。
  ソファに押しつけられた桐生は全く動けなくなり、両腕すらも真島の膝に肩を押さえられている為、自由にならなかった。
「…おい、何の真似だ…!」
  圧迫される肺から、息ごと吐くように言葉を投げれば、返事の代わりに尻をもみしだかれ指を突っ込まれる。
  冷えて濡れた感覚があり、奥まで押し込まれて背が震えた。
「…ぅ…ッ」
「コッチなんとかせな、挿れられんからな。お前はソッチでイっとけや」
  屈辱も甚だしい格好と言葉に、苛ついた。 
  好きにされてたまるかと、腕に力を入れて押しのけようと踏ん張るが、真島はびくとも動かなかった。
「クッソ、どけ…!真島!」
「あん?聞こえへん。もっとおっきい声でどーぞ」
  深呼吸をする。
  息をため、苦しい中声を上げようと口を開く。
  真島が、唾液たっぷりの舌で尻の割れ目を舐め上げた。
「う、ぁ…っ」
  漏れた声が跳ね上がる。
  唾液が腰へ向かって伝い落ち、皮膚を滑るその感覚はむず痒く、神経を刺激する。 
「エエ声出るやん…その調子やで、桐生ちゃん」
  中を抉る指が増え、生温かい舌の感触が指と共に出入りする。
  身体中が熱を持ち、汗が流れ落ちた。
  指で内壁を擦られる度に腰が揺れ、ぬめる中が熱く疼く。
  強引にかき回されても痛みはなく、声を抑えなければならなかった。
「っ、ふ…ッ…くっ…」
「桐生ちゃん、もっとー!もっと声聞かせろや~!」
  声を殺す桐生のモノを、濡れた手で再度掴んで上下に扱く。
  身体が跳ねるが、押さえつけられているので逃げられない。揺れる身体は、ただおねだりしているようにしか見えなかった。
  ぬめる指先でカリを擦りあげてやると、桐生が鼻声混じりに「やめろ」と鳴いた。
「…カワイイ声でおねだりされてもーた…」
  押さえつけていた桐生の上からどいて、仰向ける。
  泣いてはいなかったが、息の上がった半開きの唇は唾液で光り、瞳は潤んで力がない。
「なんやその…だらしないカオは。男前が台無しや」
「…る、さ…」
「アカン。もうアカン。我慢でけへん」
  パンツのベルトを外し、前を寛げ己のモノを引きずり出す。
  丁寧に服を脱ぐ余裕はもはやなかった。
  桐生の両足を持ち上げ、己を宛行う。
  先端を押し当てられ、桐生が身体を離そうとソファをずり上がろうとしたが、引き寄せそのまま押し込んだ。桐生の背が反り、身体がひきつる。
「…ぁ…ッ、…っ!」
「ッ…、ごっついなぁ…桐生ちゃん、…っ」
  真島が根元まで納め、細く息を吐く。
  スムーズに奥まで挿入できたし、中は熱いし、湿っているし、何より蠢いて絡みつき、締め上げる具合がとても良かった。
  少し引いて、押し込む。
  引いた瞬間中が締まり、押し込む瞬間肉が包み込むように熱を持つ。
  これはたまらん。
  ゆるやかに動けば、桐生が息を吐いて身体を震わせた。
「えらい、気持ち良さそうやないか、桐生ちゃん…!」
「…っは、あんたが、だろ…っ」
「あぁん?」
  随分余裕そうだった。
  素直じゃない子は、もっと激しいのがお好みらしい。
  両足を大きく開かせ、腰を掴む。
  己の膝の上に腰が来るよう移動させれば、ギッチリ深く結合できた。
  カリが抜ける程引いて、一気に押し込む。
  肉がぶつかる音が響き、激しく腰を打ち付ければ桐生の顎が仰け反った。
  桐生の手を掴み、好きなように触れと導いてやれば、自分のモノに触れる度に大きく開いた足がひくつき、中が締まる。
「っあ、あ…ッぁ、は…!」
「ほら、もっと鳴けや…っ!聞こえへんぞ…!?」
  ガツガツと音を立て肉を抉る。
  膝立ちし、掴んだ両足を桐生の上半身に密着させて、上から貫く。
  足の間から覗く桐生のモノは、限界寸前だ。
  扱く桐生の指先はてらりと光り、落ちた先走りが胸から首へと伝っている。
  襞を擦りあげるように狙って抉れば、カリから先端を擦っていた桐生の指先が震えて、止まる。
  後ろを食い締めるように力が入って、絞り上げられる感覚を真島は息を詰めて耐えた。
「あ…っあっぁ…ッ、…っ!」
  飛んだ精液は桐生の首から顎にかけてを汚した。
  顔に飛んだそれを緩慢な動作で指先で掬い、眼前で確認した桐生は嫌そうに顔を歪めてため息をつく。
「てめぇで顔射とか、笑えねぇ…」 
「エッロイ顔でイきよって。ド変態が」
  中に入ったままの真島のモノが、質量を増した気がして桐生は息を飲む。
「…っ、つか、あんた、まだイってねぇのか…!」
「先にイかせる約束やったから、我慢したった」
  一旦モノを引き抜いて、桐生の腕を掴む。
「なん、で…っ、ちょ、っと」
  四つん這いにさせ、抗議する間もなく突き上げる。
「…ぁ、はッ…」
  爪が食い込む程に腰を掴み、貪るように叩きつければ、背が震えて中が熱く絡みついた。
「あっ…ぁ、く…、っふ、っ待、…待て、ま、じま…ッ!」
「あん?…待てるわけ、ないやろ…!」 
「ソファ、が、よ、ごれる…っ!」
  この期に及んで、ソファの心配とは余裕だな、と真島は思う。
「お前が、はしたなく、精液垂れ流さへんかったら、汚れんわ…!」
  なぁ?と言いながら触れてやれば、すでに勃ち上がりかけた桐生のモノに笑いが漏れる。
「ああ、約束やったな。なんぼでも、イかせたるって。イったらええやん」
  耳元に囁いてやると、桐生は身体を震わせた。
「ッあ、ぁ、あ…ッさ、わるな、…っ!」
「ええけどな。…もっとか?もっと、激しいの、欲しいんやろ?」
  桐生の肩をソファに押しつけ、腰を高く突き出した所に己をぶち込む。
  ギチギチと根元で押し広げられ、桐生がひくつきながらも銜え込む。紅く熟れたソコは濡れて、出し入れする度にぬちゃぬちゃと卑猥な音を立てた。
  引き抜いて、肉を押し込めば桐生が悦ぶ。
  気持ち良さそうに、鳴いてみせるのだ。
「…ッ桐生ちゃんが、こんなに、エロイ子やったなんて…っ」
「は…っ?」
「な~…っ気持ち、エエか…っ?」
「あ…ッ…っ!」
  奥まで押し込めば、反応する。
  ゆっくり動いてやっても、反応する。
  また自分のモノを扱き始めた桐生の手に、己の手を重ねて動かした。
「今度は、一緒に、イこや…!」
「っ、ん、んん…ッ」
  震える肩に噛みついた。
  アカン、これ一回じゃ、終わらんなぁ…。
  真島は一人、長期戦を覚悟した。

 

 

「欲求不満やってん」
「…あ?」
「欲求不満やってん」
「……」
  同じ言葉を二度繰り返し、真島は桐生と並んで床に座り込んでいた。
  服を着たらもう動くのが面倒になったらしい桐生は、未使用のソファを背もたれにして目を閉じていた。
  口を開くのも億劫だと言いたげに、ちらりと目を上げて真島を睨み、また閉じる。
「桐生ちゃんが相手してくれんからやろが」
「…何だと?」
「桐生ちゃん、最近逃げるやろが」
「…当然だろ」
「当然ちゃうわボケ!何のためにストーカーしとると思っとんねん!お前と喧嘩する為やろが!」
「……」
  迷惑だ、と、言いたげに、また桐生はちらりと真島を見て、目を閉じた。
「まだ堂島の龍完全復活ちゃうやろが。それまでは喧嘩せなアカンねん」
「…なぁ真島の兄さん」
  ようやく、桐生が目を開けた。
  真っ直ぐ真島を見据えて、達成目録を取り出した。
「これを見てくれ」
「…なんやねんこれ」
「兄さん関係のリストがあるだろ」
「…あん?これか。これがなんや」
  真島と喧嘩をした回数などが、記録されていた。
「言いにくいんだが…」
  僅かに逡巡し、桐生はリストの一つを指さした。
「俺はもう、ドスの兄さんしか用はない」
「…な、なんやと…!?」
「だからそれ以外の兄さんから、逃げていた。…それだけだ」
「…なんやて…」
  ショックを受けた様子の真島が、頭を抱えて唸る。
  それを見やりながら目録を片づけ、桐生はため息をついた。
「喧嘩師も、ダンサーも、スラッガーも、必要ない。無駄な戦いはしない主義でな…すまないが」
  経験値も必要ない。
  すでに堂島の龍以外のスキルは全解放済みだからである。
  街で真島を見かける度に、ドスを持っているか確認する作業の日々なのであった。
  しかしここの所、ドスを持った真島にはお目にかかれていない。
「…俺がドス持ってる確率はな、9/10になってる時点で、カンストや」
「何!?」
「これ以上は言えへんけどな…あとは自分で考えろや」
「…てことは」
  桐生は考える。
「真島の兄さんには、もう用はないってことか」
「コラ待ったれやワレェ!」
  真島が桐生の胸倉を掴んだ。
  嫌そうな顔をしたものの、桐生は反撃する気がないようだ。
「ほんならもう喧嘩でけへんってことか?」
「…あー…そうなるな」
「そんなんアカーン!俺の生き甲斐がー!」
「…そう言われてもな…」
  隻眼で睨みつけられても、ちっとも怖くはなかった。
  犬の唸り声のような声を上げ、しばし考え込んだ真島はすぐに顔を上げた。
  晴れやかな表情に、桐生は嫌な予感を覚える。
「ほな今度からコッチの喧嘩でええわ」
「いいわけねぇだろふざけんな」
  
  遥がいる、賽の河原に今度から帰ろう、と思う桐生だった。


END

振り返れば奴がいる-02-

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