「というわけで、よろしくお願いしますねスコール」
「…SeeDは何故と問うなかれ主義はいつまで有効なんでしょうか学園長」
「ははは、何です?それはすでに何故と問うているも同義ですよ?」
「アルティミシアを倒したのでそろそろいいんじゃないでしょうかと提案したいです」
「棒読みはやめてください。スコール顔が怖いです」
「…生まれつきだ」
「ははははまたまた」
「さっきの話ですが」
「戻すんですね…」
  学園長室にて座す主の背後一面に広がる窓から見える空は雲一つなく、高く澄み渡ったブルーは鮮やかに美しい。
  ガーデンのあるバラムは温暖な気候で知られているが、そろそろ夏が近かった。
  飛行形態を取っていた頃、学園長室は操舵室に取って代わられていたが、必要がなくなった今はすでに以前の落ち着きを取り戻している。
「立場上、俺はまだガーデン指揮官です」
「そうですね」
「戦いが終わったので、指揮官はもう必要ないと思います」
「ええ?そこに話が飛ぶんですか?」
  人の良さそうな顔をしておいて食えない男が、戸惑ったように大仰に両手を上げてみせた。わざとらしい様に苛立ちを感じるものの、スコールは神妙に頷く。
「今俺がやっている仕事、本来ならば学園長がやるべき仕事ではないでしょうか」
「…いやぁ、それが全てではないですよ?」
「範囲の問題じゃない。当時学園長が指揮を取れる状況になかったことを考慮しても、今は違います」
「はぁ…ああそうですねぇ…しかしノーグがいない今、経営をやってるんですよねぇ」
「…それが?」
「運営と経営、両方やるの、大変なんですよ?スコール」
  知るか。
  それを忖度するのは俺の仕事じゃない。
「指揮官の仕事のみならまだしも、SeeDとしての仕事を受ける暇はないんですが、過労死させたいんでしょうか?」
「ははははいやだなぁ過労死だなんて!スコール今いくつですか?十代ですよ?若い若い!大丈夫!」
「大丈夫じゃねぇよクソジジイ」
「…今何か言いましたか?」
「いえ、これはガーデン指揮官の意見として耳を傾けて頂きたいです」
  咳払いをして、スコールが一礼する。
  慇懃無礼とはこのことを言うのだと自覚はしていたが、言っておかねばこの男には状況が理解してもらえない。
  納得行く返答がもらえるまで梃子でも動かないぞ!という程の気概はなかったが、それなりの返答をもらわなければ引き下がれない。
  スコールの意志を理解した男は手を顎にやり考え込んだ。
「…SeeDとして外に出ている間の仕事は私が引き受けます。運営と経営、大変ですけど、頑張ります」
「……」
  スコールは冷めた視線で学園長を見下ろした。
  押し付けがましいんだよな。
  元々ガーデンを作った張本人なんだから、激務だろうが文句を言わずにやるべきであって、運営よりむしろ経営は専門家に任せればいいのではないかと思うスコールだったが趣旨がずれるので発言はしない。
「それで、スコールだからお話しするんですけどね、現在SeeDの収益の八割がエスタからの依頼分だって、ご存知でした?」
「知りません」
「ですよね。私誰にも話してませんしね!はははは」
「……」
  うわコイツ、ムカつくな…。
  今更ながら再確認したスコールの、学園長を見る目がさらに冷たくなったが相手はまだ気づかない。
「戦争がなくなって、悪い魔女がいなくなるってことはですね、SeeDの需要自体がなくなるってことなんですよね将来的に。ガーデンの稼ぎ頭が不要とされる時代、来ちゃいますね。すぐではありませんけどね。運営形態も考えないといけませんねはははは」
「……」
  機密に値する事をさらりと漏らした男の本心は定かではないが、SeeDはそもそもバラムガーデンのみの傭兵制度であって他のガーデンにはない。
  本当にSeeDが不要となる日が来るのなら、他のガーデンと同じように兵士養成学校としてのみ生かすか、通常のスクールとして転換するなりすれば良い。
  どちらにせよ、今スコールが考えるべきことは学園運営の未来の話ではなく、現在のスコールの立場であった。
「それでですねスコール、君だからお願いするんですが、ああいや向こうからのご指名でもあるんですが、エスタの依頼は断れないんです。わかりますよね?」
「お得意さんだからですか」
「そうです、しかもものすごく気前が良くて気風が良くて金払いが良くて派遣したSeeDの健康管理までしてくれる、あんないい国ありません」
「はぁ」
「さすが立派な大統領を戴く国ですよねスコール」
「はぁ…」
  押され始めたことに気づき、スコールは眉を顰めた。
  調子付いた学園長の滑らかな口は留まるところを知らない。
「ガーデン指揮官の立場は忘れて、SeeDとして思う存分暴れてきてください。あ、でも戦闘があるかどうかはわかりません。スコールの担当は戦闘区域ではないので」
「…何で大統領付なんでしょうか…」
「それはあれです、あちらの大統領のご指名だからです」
「……」
「いやぁ、いい人じゃないですか。沈黙の国エスタの大統領があんなに気さくな方だなんて意外ですよねスコール。でもいくらなんでも一年契約とかありえませんね。最初あの人なんて言って来たと思います?SeeDがハタチで卒業なんだったら卒業までうちで預かるとか言ったんですよ冗談じゃありませんよね」
「……」
「前払いでハタチまでの分プラス諸々諸経費も上乗せで払うとか言い出した時には人身売買かと思っちゃいましたけど、どう思います?大統領に買われたかったですか?気前良すぎで私ドン引きしちゃいました。伝説のSeeDとはいえいくらなんでも囲い込みはやりすぎです。それともそういう趣味をお持ちなんでしょうかねはははは。いやスコールモテそうですしねはははは。まぁSeeDはデリヘルじゃないのでお断りしましたけど、というよりうちのガーデン指揮官取られると困ります私が」
「……」
「というわけで、一ヶ月で手を打ってもらいました。何か質問は?スコール」
「……いえ、ありません…」
「そうですか、ではよろしくお願いしますねスコール」
  満面の笑みで送り出すシド学園長に完敗したスコールの背には哀愁が漂っていた。
  ツッコミを入れる気すら削がれ、静かに廊下を歩き自室へと戻る。任務として赴く為に準備をしなければならず、学園長の長話のせいで時間を取ってしまった為、集合までに残された時間は少なかった。
 
 
 

 慌しく出発し、着いたエスタは相変わらず巨大な国だった。曲線を基調とした不可思議な色合いの建物はいつ見ても何でできているのかわからなかった。
  隅々まで管理の行き届いた街を、一際目立つ大統領官邸目指して進む。
  街の中心部に聳え立つ巨大な建物は国の中枢をなし、重要機関の殆どを収容し機能の一元化を計っているようだった。
  何かの手続きをするにしても、一箇所で済むと言うのは便利だと思う。
  あれはあっち、これはあっちと場所が違えば面倒くささは倍増する。…この国ならば自宅のパソコンから指先一つで手続きできるのかもしれなかったが。
  世界中探してもエスタ以上に発展した国は存在しなかったし、技術も未だ未知数だ。
  他国から人や技術の流入も始まっているが、流出は思うようにははかどっていないと聞いた。十七年の長きにわたる鎖国の影響ということだった。
  エスタの人口は現在膨れ上がりつつあり、それに伴い治安の悪化も始まっている。流入してくる人間は多種多様に存在する為、エスタ民との諍いも絶えなかったし、他国民間の諍いも絶えなかった。
  魔女アデルの時代には軍事国家として他国侵略に乗り出した過去はあれども、鎖国後は至って穏やかで平穏な日々を過ごしてきた人々の民族性は推して知るべしである。
  常に戦争状態にあった他国と、温度差があるのは当然だった。SeeDが必要とされるのはある意味必然とも言える。月の涙で落ちてきたモンスター掃討はもちろん、治安の悪化に頭を悩ませるこの国にとってSeeDは実戦投入できる即戦力となる。
  戦争を経験していない若い世代の軍属も存在する軍と警察機構は、急激な変化に未だ対応しきれておらず、マニュアルも存在しない以上、再編と徹底した教育のし直しが急務となっていた。
  繋ぎとしては、SeeDは便利な存在であったのだ。
  要人警護はモンスター駆逐作業と並んで必要とされる筆頭でもある。
  元々いる警護に追加する形で投入され、若いSeeDは行動力に富み重宝された。
  少数精鋭のSeeDの殆どをエスタが独占している状況は、果たして他国の目にどう映るのか。
  だからこそシド学園長は「誰にも言ってない」と言ったのだろう。いらぬ争いはしないに限る。
  完膚なきまでに言い包めらてしまった経緯を思い出し、スコールの機嫌は一気に降下した。
  あのオッサンは一回シメないといけない気がする。
  いつかやる。必ずやる。
  そう決意し、どうぞと通された大統領執務室へと足を踏み入れた瞬間、風が来たと知覚した時にはこの国の大統領に親しげにハグをされていた。
「ぃよースコール!久しぶりだな会いたかったぜー!元気してたか?飯ちゃんと食ってっか?いじめられてねぇか?スコールに限ってそれはねぇよな!いやぁそれにしてもどんくらいぶりだ?どれどれちゃんと顔を見せてくれ!」
  スコールの返事も待たず、大統領はスコールの頬を両手で挟んで顔を上げさせた。
  至近で視線を合わせられ、焦点がぼやけてスコールが僅かに仰け反る。いくらなんでも近すぎだ。
  頭からゆっくりと視線を巡らせ、足元に到達する。顔に戻ってくるまでラグナの手は離れることなく固定され、スコールは動けなかった。
「うん、元気そうだな安心した!はーこれこれ、スコール相変わらず眉間に皺寄せてんのなー。老けるの早くなるぜ気をつけろ!」
  指で眉間をつつかれた。そもそもの原因が何を言う。
「ち…近い」
「へ?」
「顔が近い…、です大統領閣下」
  付け足しのようについた語尾に違和感があったがこれは仕方がない。
  SeeDの任務として参上したのだから、雇用主に対すべき態度というものがあった。
「悪ぃ悪ぃ!いやーなんつーかスキンシップ?いやいや俺これでも大統領だからな、おいそれとできねぇじゃんスキンシップ。他人にしようとか思わねぇけどお前いるし!エルはレディだからできねぇし!ほらあれだよ嫁入り前の娘だからな!うわー俺エルの結婚式とか泣いちゃうぜー。カレシの話とか聞かねぇけどカレシ連れてこられたら俺果たして冷静でいられるんだろうか、なーんてなー!」
「……」
  ああツッコミの余地がない、というよりどこからツッコミを入れたらいいのかわからない。
  隣を見やれば、共にやってきたSeeDが凍りついて瞬きすらできずにいた。かわいそうに。大国エスタの大統領がこんなだなんて、驚愕もいい所だろう。俺もそうだ。
「大統領、わざわざ遠方からはるばるやって来てくれたSeeDの皆さんに、挨拶と激励をお願いします」
  背後で静かに見守っていた褐色の肌の補佐官が、助け舟を出す。その顔は面白がって笑いが引き攣っていた。
「おっそうだそれよ忘れるとこだったぜ。しょくん!わざわざありがとう!各自渡す書類をしっかり読んでくれな!皆プロの傭兵集団だってことはわかってるんだが、ふそくの事態が起こらない限り君達は未成年だ。無理な勤務体制を敷く気はないし、無理はしてもらわなくてけっこう!単独行動をすることはないと思うが、きちんとほうれんそうってやつだけは遵守してくれ。ほうれんそうって何だっけスコール?」
「報告、連絡、相談です」
「その通り!というわけで、何か質問あったらどうぞー」
  SeeDは何故と問うなかれ。業務上の確認事項は各自持ち場について確認すれば良い事なので、皆は黙って大統領の言を待つ。
「よろしい、じゃ、よろしく頼むなー!」
  気負いもなくにこやかに激励されて、スコールを除くSeeDは全員唖然とその場に立ち尽くす。
「担当区域にすみやかに移動」
  冷静なガーデン指揮官の一言に、SeeDは一瞬で表情を引き締めた。一礼し、踵を返して部屋を出て行く様子を感嘆した様子で眺めた大統領が、軽く口笛を吹いてみせた。
「おお、一糸乱れぬ統率!」
「……」
  あんたが適当すぎるんだ、と心中に呟き、大統領付の任を受けているスコールはその場に残る。
  褐色の補佐官が進み出て、用意していた書類をスコールへと手渡した。
「スコール君にはこの書類を。基本的に大統領と行動を共にしてもらうことになる」
「了解しました」
「マスコミ関係者が出入りするような場所にSeeDを出す予定はないが、その場合は裏方に回ってもらうことになる」
「はい」
  書類に目を通しながらで良いと言われたので、走る文字の羅列を読みながら補佐官の説明にも返事をする。横で大統領は笑顔を崩さず、ご機嫌な様子でスコールを見ていた。
「君の勤務時間は大統領に合わせたものとなる為、不規則になりがちだ。が、大統領も人間であるので、仕事さえきちんとこなしてもらえれば早めに帰宅は可能だし、帰宅後の君の行動は自由となる」
「はい。…え?」
「書類は全て読んだかね?」
  向けられる補佐官の視線は楽しげだ。
  次のページがまだだった。急ぎめくり、目を通す。書かれた内容に愕然とし、スコールは顔を上げた。
  何故と問うなかれと言われていようが、問いたくなることは存在する。
「…大統領と生活を共にするんですか…?」
「何故かは大統領に聞いてくれたまえ」
  大統領に視線を向ける。
  ラフな格好で机に凭れて傍観していた男が、決まり悪げに頭をかいた。
「それはキロス君、説明してくれたまえ」
「私が説明するのか?」
「恥ずかしいじゃん!」
「ふむ」
  一つ頷き、至極真面目な表情でキロス補佐官がスコールを振り返る。
「ラグナ君は君と同棲したいんだそうだ」
「ちがううううううううううううう」
「……」
  単語はともかく、エスタ大統領が希望することの意図は理解した。
「任務とあらば是非もありません。…が、一つ言わせて頂いてもいいでしょうか」
「何だ?」
「何かね?」
  世界一の国の頂点に立つ大統領と、その補佐官が同時に尋ねた。

「公私混同すんな国の予算でっ!!」

「…スコールに怒られた…」
「だから私は反対したのだ。同棲なんて己の度量でやってみせろよ情けない」
「同棲って言うなぁあああああ!宿舎使うのもうち泊まるのも変わんねぇだろ!!エルオーネもいるんだし!いいじゃねっかよー!」
「微笑ましい家族ごっこだな」
「ごっこって言うな。失敬な」
「そうだったな。…というわけだスコール君。この大人気ない大人にしばらく付き合ってやってくれ」
  それはイコール、二十四時間大統領と共に過ごせということだと理解した。
  「家族ごっこ」。
  そう言われてしまえば納得できた。
  金をもらって、「家族ごっこ」。
  公私混同するなとラグナ達には言ってみせたが、二十四時間「公」で在り続ける自信がスコールにはなかった。
  …困ったな。
  困惑するスコールに気づいたキロスが、首を傾げた。
「不満かね?まぁ不満だろうが、それなら今のうちに言っておいてもらった方がいい」
「いえ、問題ありません。了解しました」
「家帰ったら自分ちだと思って寛いでくれよな!エルがすげー楽しみに待ってんだ」
「…はぁ」
  どんな環境でも適応し順応し生き残るのがSeeDの仕事。
  見知らぬ他人の中にいる方がまだマシかもしれなかったが、歓迎されている空気は伝わった。
「…最善を尽くします」
「うむ、良かったなラグナ君」
「そんな固くなんなって。ま、一ヶ月なんてあっという間だけどよろしくな!」
  卒業までうちで預かると言ったというのは本当なのだろうか。
  機会があれば聞いてみたい気がしたが、答えを聞いてどうするのかはまだスコールにはわからなかった。


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