人間性を、捧げよ。

  祭祀場へ戻ると、篝火の近くにタマネギが立っているのが目に入る。
  カタリナの鎧は顔も体型もさっぱりわからないような丸みを帯びた作りになっている為、父の方なのか娘の方なのか判断がつかなかった。話しかけてみて、娘の方だとわかる。
「お久しぶりです。お互い、まだ無事で何よりですね」
「ああ」
「実は、まだ父を見つけられないのですが、何かご存知じゃありませんか?」
  祭祀場に戻ってきていないのか、入れ違いになったのか。どちらにしろあのタマネギオヤジは体型に似合わず探索が好きらしく、あちこち歩き回っているようだ。
「…センの古城と、アノール・ロンドはもう探索は済んでいると思う。会ったからな。あとは病み村か、書庫か、小ロンドか…」
  数え上げてみると自分もかなりの数の場所を探索して来たのだなと思う。一瞬で駆け抜けて来たような記憶だったが、それも全て一人の力ではなく、協力者がいてくれてこそだった。
  ジークマイヤーは一人で探索しているようだったから、一つの場所を巡るのも時間がかかるかもしれない。
  そう言ってやれば、娘はそうですか!と明るく答え、頷いて見せた。
「では、そちらに行ってみます。それにしても、あなたにもご迷惑をかけて…困った人です。じっとしていてくれるとよいのですけど…」
  娘に心配される父親というのは情けなかったが、愛されているのだなと思う。
  ちゃんと出会えるといいなとかける声は、思った以上に優しいものになっていた。
  祭祀場に現在いるのは聖職者ペトルス、呪術師ラレンティウス、小ロンドで出会った封印者イングウァード、そして巨人墓場で出会ったスキンヘッドのパッチだった。
  イングウァードは太陽の光が眩しすぎると言って柱の陰でひっそりと佇んでいたが、久しぶりの外の世界を楽しんでいる様子だ。パッチはもう追い剥ぎ稼業はやめ、真面目に商売をすることにしたと言い、いいものがあるから買っていけよと言われて見せられたのは装備やアイテムなど多様だった。人間性を買ってやれば喜んで、また来てくれよな!と笑顔を見せた。
  なるほど、恩を売っておけば害はないというのは本当だ。
  ここを利用し、旅立って行った者達の殆どが亡者と化して死んで行った事を考えると、複雑だった。
  これ以上減らなければいいなと思う。
  王のソウルは残すところ、魔女イザリスのもの一つだ。
  魔女がどこにいるのか全く情報がない。
  さてこうなった場合、もしスコールが一人であったならば、今までクリアしてきたエリアを回って情報を集めて来なければならないだろう。
「…今回は大人しく祭祀場にいたな、スコール」
「落ち着きのない子供みたいに言うなクラウド」
  だがクラウドという情報源がいるので、無駄な手間を取らずに済むのはありがたい。
  篝火前に腰かけて、魔女イザリスがいる場所について問う。
「…イザリスというのは都市の名前になっている。混沌の廃都イザリス」
「…混沌の、廃都?」
「そう。最初の火が消えかけた時、魔女イザリスは己の力で火を生み出そうとしたが、混沌の炎の業に飲み込まれ、多くの娘達と都を巻き込み自滅した」
「……」
「今も生き残っているイザリスの娘は四人。クラーナ、グラナ、クラーグ、蜘蛛姫…の名前はわからない。不明だ」
「ん?クラーグと蜘蛛姫って病み村のあれか?」
「ああ」
「ということは、クラーグの住処に行けばヒントがある?」
「ヒントというか…進めばイザリスへの道がある」
「そうなのか」
  あそこは鐘を鳴らしたきり訪れていなかった。
  そういえばあそこは塔のようになっていて、窓から見える景色は溶岩地帯だったと記憶している。
「…あ、外に見えた溶岩地帯は、混沌の炎とかいうやつの影響なのか?」
「……」
  クラウドが感心したような目でスコールを見つめた。
「?何だ」
「いや…スコールって頭いいんだな」
「…は?いや、普通だろ」
「そうか?俺は鐘を鳴らしてすぐの頃、わけもわからず歩き回ってデーモン遺跡に突っ込んで、敵が強くて死にまくりながら進んだのに王の器がなくて詰んで、また死にまくりながら戻った嫌な記憶が」
「……」
  クラウドがいなければ、そうなっていてもおかしくはなかった。
  鐘を鳴らした後、祭祀場に戻ってフラムトに話を聞く事ができたのはクラウドのおかげだった。
  …素直に認めるのは癪だが、事実だ。
「じゃぁクラーグの住処からデーモン遺跡を通って、イザリスに辿り着く?」
「ああ、そうなるな」
「なるほど、わかった」
  頷き、立ち上がる。
「行く?」
「ああ」
「…じゃぁ、デーモン遺跡入ってすぐのところでサインを出しておく」
「わかった」
  篝火でクラーグの住処へと移動し、隠し部屋を出て細い通路を進む。蜘蛛の巣と卵のような物に囲まれた通路から、徐々に熱を帯びた洞窟へと外装が変化した。通路を抜ければ一面暗い岩盤と、奥に広がるのは真っ赤に燃え滾る溶岩地帯だった。
  吹き付ける熱風とむせ返るような熱気で汗が噴き出し暑かった。
  入ってすぐに置かれた篝火に火を灯し、クラウドを召喚する。
「…ここ暑い。嫌になるな」
  涼しい顔をして現れた男に不満を漏らせば、苦笑で返された。
「溶岩地帯だから仕方ない。俺霊体だから熱さ寒さは感じないな」
「…いいな」
「生身で来る時は条件同じだけどな。…えーと、最初は弟、次が炎のデーモン、それから百足」
「ん?」
「ここのボスは三体いる」
  横に逸れ、細道を歩き出すクラウドの後ろに続いた。
「弟とは?」
「イザリスの息子と言うか…娘達の弟。産まれた時から溶岩に焼かれ続けていて、哀れに思った娘達が溶岩のダメージを軽減する特別な指輪を送ったんだが、あまりに愚かですぐに落としてしまって現在進行形で爛れ続ける者」
「…なんていうか」
「馬鹿だよな」
「……」
  否定の言葉は出てこなかった。
「こいつは馬鹿だから自滅する。中に入ったら見てるだけでいいぞ、あんた」
「…ああ」
「じゃ、行こう」
  中に入り狭い通路を抜けた先、溶岩に浸かるようにして蹲る巨大な何かがいた。全身を溶岩に侵食されているのか、赤とも橙ともつかぬ鮮やかな色を発し直視するのが難しかったが、背中から生える爪のようなものは蜘蛛の足のようにも見えた。さすがクラーグや蜘蛛姫の弟と言うべきか。
  入ってすぐの場所でスコールは立ち止まり、クラウドが近づいていくのを見守った。十分感知範囲に入っているだろうに、弟は反応しない。
  クラウドが不意に横に逸れ、地面に転がる死体から何かを掴んだ。
  瞬間、弟が雄叫びを上げて空気が震え、地面が揺れる。
「…何だ!?」
  何をしたのかと思う間もなく、クラウドがこちらに向かって走り込んでくる。
  途中溶岩に燃える爪が襲い掛かったが予測済みだったのか苦もなくかわし、通路に入って追い討ちをかける爪先に斬りつけた。
  咄嗟に離れた爪先が、再び襲い掛かってくることはなかった。
  両腕を岩から離した弟は、足を滑らせ崖を落ちた。高所を落ち、溶岩だまりに突っ込み即死したようだった。
  降って来るソウルを何とも言えぬ気持ちで吸収し、クラウドを見る。
  男が掴んで持ってきたのは黒い布のローブだった。
「それは?」
「たくさんいる姉のうちの一人の装備だ。誰のかは知らない」
「……」
  愚かなりに大事な姉の持ち物を他人に奪われ激高したということか。
  倒さなければ先に進めないとはいえ、すっきりしない気分だった。
  用済みになったローブをその場に投げ捨てて、先を急ごうとクラウドが歩き出す。
  確かに。
  綺麗事など、無意味だ。
  こんな感傷など、独りよがりの欺瞞だった。
  弟がその場から消え去ったことで溶岩が流れ出したのか、一面を埋め尽くしていた眩しい程の液体はその殆どが崖下へと落ちていったようだ。
  蒸気が立ちこめ酷い熱気に晒されながら、露わになった地面を歩く。
  奥に進めば、神殿のような柱と建物が見えてきた。
山羊の頭を持ち、首から下は人型で、片手剣を二刀流持ちしたデーモンは確か城下不死街の下層にいたボス格だったはずだったが、普通に立っていて普通に雑魚敵のように襲い掛かってくる。
  こちらのレベルも上がっているので苦労はしなかったが、なるほど確かに敵の強さとしてはこのエリアは強そうだった。
  クラウドが死にまくったというのも頷ける。二つの鐘を鳴らした頃ならまだ、武器の強化も済んではおらず経験不足だ。
  崖沿いの細道を進み、段差下に見える篝火へと飛び降りて正規ルートをショートカットする。無駄な戦闘はしないに限るとクラウドはいい、全くの同感なのでスコールは頷いた。
「あとは道なり。向こうにでかい建物が見えるだろう。あの奥にデーモンの炎司祭がいる」
「…デーモンに階級があるのか?」
「ここの炎司祭は、最後の炎の魔術の使い手と言われていて、かつ最初のデーモンと言われてる」
「…へぇ。呪術とは違うんだな」
「ちがう。混沌の炎とも違って、純粋な炎に近い。姿形は不死院にいたはぐれデーモンと似ている。行動パターンも」
「ああ、あいつは倒した」
  貴重な原盤を落とした奴だった。
「じゃぁ平気だな」
  廃墟と化し崩れかけた道を進む。地面に敷かれた石は無残に剥がれ、柱も階段もあちこちが欠けていた。牛頭のデーモンを倒し、建物内のボスエリアへと侵入した。
  真っ赤なはぐれデーモンがいた。二足歩行の巨大で太った爬虫類のようで、動く度に出っ張った腹が揺れるのが気持ち悪かったが、短足に斬りつけあっさり倒す。行動パターンを知っていれば、対処するのは容易かった。
  解放された奥へ道なりに進んで上を目指し、太い木の根が張り巡らされた高所に着いた。根の上を歩いて下へ下り、また閉ざされたボスエリアの前に立つ。
「ここが百足と言ったか?クラウド」
「ああ、弟が落とした指輪がデーモンと化したもの。…その指輪が必要になる」
「溶岩のダメージを軽減する指輪って言ったな」
「ああ、イザリスは溶岩の中を走って進む。なかったら一瞬で骨まで溶けてなくなってしまうんだ」
「……」
  水溜りをかきわけ進む、位の気軽さで言われたが、溶岩だぞ?
  その指輪はそれほどすごいものなのか。
  ボスエリアに突入する。
  入った瞬間、立ち止まった狭い足場以外は全て溶岩に埋め尽くされていて逃げ場がなかった。
「…狭いし暑いし正気じゃないな」
「そうだな…。百足は尻尾と手を切り落として、始末する。あとは動きを見て攻撃すれば怖くない」
「了解」
  遠くから、溶岩をばしゃばしゃと音を立ててかきわけながら百足が近づいて来る。
  あの気楽さが指輪の力なのだとしたら、確かに死なずに溶岩地帯を動けそうだ。
  飛び上がり、一気に距離を詰め上空から襲い掛かってくるのをかわし、言われた通り尻尾を狙う。
  狭い足場にでかい百足は卑怯だと思った。尻尾まで含めれば足場いっぱいを百足の身体が占領し、攻撃をくらわないようにするには足元を転がるしかない。
  尻尾を潰し、足を狙い、伸びてくる手を潰す。
  飛んだり跳ねたり向きを変えたり、奔放な百足の動きに翻弄されながらも確実に体力を削っていく。
「…この先、指輪を装備して進めばイザリスに入れる」
  止めを刺す寸前、クラウドが次にやるべきことを告げるのに頷きで返し、倒して手に入れた焦げ付いた指輪を装備した。
  指輪の効果やいかに。
  一歩溶岩に踏み出してみる。
  ほんの少し、ダメージは受けたが動けなくなるほどではなかった。イザリスの娘達の魔力が篭った特別な指輪というのに納得し、溶岩の中を進む。
  左手に洞窟があり、抜けた先が廃都イザリスだったが、やはりここも一面見事に溶岩だった。目に優しくない色合いと眩しさに目を眇め、親切にも設置された篝火に火を灯して小休憩する。
  おそらく、クラウドがサインを出すはずだった。
  溶岩に眩んだ視界を閉じて首を振り、瞬きすれば慣れてきた。
  目を開ければ、スコールが座っている篝火の反対側に人がいた。
「…ソラール?」
  静かに腰を下ろして佇むバケツ兜と、太陽マークの鎧は間違えようはずもない。
  久しぶりだなと声をかけるが、男は元気がなかった。
「なぜだ…なぜだ…?」
「どうした?」
「なぜこれほどに探しても…見つからないんだ…」
  前向きで、互いに助けになろうじゃないかと言っていた男が見る影もない。思いつめた顔をして、ソラールが一人呟く。
「…ソラール」
「なぜ…」
  太陽を探していると言っていた。
  ここまで来れたということは、王の器を手に入れ、デーモン遺跡を越えたということだったが、彼が求めるものはまだ見つからないようだった。
  アノール・ロンドで出会った時の朗らかさはなりを顰め、今垣間見える言動の不安定さは老魔術師ローガンを思い出させる。
  まさか、と思う。
  ソラールに限って、と思う。
「…ここまで来たんだ、もう少し探してみてもいいんじゃないか」
  無責任なことを言っているだろうか。
  だが、見つからなければ見つからないでいいじゃないかと思うのだ。火を継ぐにしても継がないにしても、ソラールはもうすぐ大王グウィンに手の届く所まで来ているのだ。
  全てを終えてからでも、遅くはないはずだった。
  視線が合うことはなかったが、憔悴しきった様子で男は小さく頷いた。
  気にはなったが、話しかけてももう反応がない。
  諦め、サインを出したクラウドを召喚する。
  現れた男はスコールを見て、ソラールへと視線を流す。
「…話は済んだ?」
「ああ、済んだ」
「そうか。指輪は装備してるな?」
「してる」
「じゃぁ、突っ切る。最短で行けば竜のなりそこないに見つかることもないから安全に行ける」
「…ああ、わかった」
  竜のなりそこないとは何かと思ったが、溶岩の中じっと佇む竜の下半身がずらりと並んでいるのが見えた。それらに上半身はなかった。
  ああ、だからなりそこないかと納得したが、巨大な竜の下半身だけが溶岩を突っ切って襲い掛かってくる様を見るのは遠慮したいところだ。
  距離があるため感知されずに済んでいるようだった。
  廃都イザリスは溶岩に囲まれた都だったが、先へ進めば普通の陸地に辿り着く。
  アノール・ロンドのようなこれみよがしな職人の技術を結集した人工物の都ではなかったが、石を積み上げた祠堂と寺院に施された彫刻は、系統こそ違うもののかつて栄華を極めていた時代にはさぞや美しい都であっただろうことが窺えた。
  溶岩をものともせずに根を張る太い木に沿って道を進み、石畳の広場に出る。
  火を噴いてくる達磨のような石像が多数いたがスルーし、走る。
  狭い三叉路に出たが、クラウドは迷うことなく真ん中の木の根を下りて走っていくのをついていく。
  トンネルの中、踏み入った瞬間足場が崩れて木の根が露わになり、地下水路が現れた。
「…あのタマネギもしかして」
「そう」
  木の根に沿って下りた先、水路を見つめて途方に暮れているタマネギ兜が立っていた。
  娘じゃなくて、父親の方だった。
  ジークマイヤーが見ているであろう水路には、黄色いタコのような機械のような、足の分かれた奇妙で巨大な生物が蠢いている。
  難儀しているのかと話しかけてみたが、男は立ったまま鼾をかいて寝ていた。
「…おい、あんた寝てるのかよ!」
  心配して損したとばかりに思わずツッこんだら、目を覚ました。
「!お、おお!貴公か、すまぬ。私とした事が、考え耽っていたらうとうとしてしまった」
「……」
「どうも温かいところはいかんな…。それで、どうしたのだ?」
  いや、どうしたじゃなく。
  あんただよ、と言いたかったが、察したのか男が頷いた。
「いや、言わずともわかるぞ。あの化け物どもに難儀しているのだろう?何、恥じることはない、私も同じだ」
「……」
  そういうわけじゃないんだがな、と思ったものの、口には出さない。
  隣でクラウドは大人しくしていた。
  おかしい。以前は勝手に部屋の中の銀騎士を掃除していたというのに。
「貴公には色々と世話になったこともある。…時が来たのかもしれんな」
「え?」
「…貴公、提案がある。聞いてくれるか」
「…ああ、?」
  いつになく真剣な様子で、ジークマイヤーがこちらを見たようだった。
「…私が化け物どもに突撃する。貴公は、隙を見て逃げてくれ」
「え?」
  何故そうなるんだ?
「なぁに、貴公には色々と世話になったからな。お礼に、カタリナの騎士の力を見せ付けねば、武門の名折れというものだ」
「…いや、待」
「いくぞ、遅れるなよ!」
「ちょ、」
「ウワァアアアアアアアァ!」
「待、…っ!」
  今まで聴いたこともない雄叫びを上げて、ジークマイヤーが地下の化け物が蠢く中へと飛び込んだ。
  ダメだ、あんた、何やってるんだ!
「クラウド!」
「ああ、わかってる」
「どうりゃぁぁああああぁああ!」
  後に続いて飛び降り、ジークマイヤーを傷つけないよう敵を倒す。五体いる敵はそれほど強くはなかったが、何分ジークマイヤーを守らねばならない。
  こんな所で死んでもらっては困るのだ。
  あんた、まだ娘に会ってない!
「どうした!こっちだぞ、化け物どもが!死にくされ!」
  細身の両手剣を振り回し、ジークマイヤーが暴れている。
「カタリナを、ジークマイヤーを舐めるなよ!」
  間抜けなタマネギオヤジにも、騎士の意地があるのだった。
  全て倒し終わった時には、ジークマイヤーは肩で息をしていた。
「ハァ…ハァ…何だ貴公、逃げて、いなかったのか…」
「…ああ」
「いや、むしろ助け、られたか…」
「…ジークマイヤー」
「だが、良かった…疲れた…。私は、少し眠るよ」
「え、ここで寝るのか?」
「なあに、どこでも寝るのが、私の特技さ…すぐに回復する…」
「…それはいいが、祭祀場に戻れよあんた」
  腕を組み、立ったままタマネギ兜を揺らして鼾をかき始めた。早い。
「…死ななかったから、良かったのか?」
  ため息混じりにクラウドを見れば、ジークマイヤーをじっと見つめて立っていた。
「クラウド?」
「…ああ、これで娘にも会えるだろう」
「…そうだな…」
「アイテムを回収して、三叉路まで戻る」
「ああ、わかった」
  おっさんをこのまま放置して行くのは気が引けたが、大丈夫だと言ったクラウドを信用する。
  三叉路まで戻ったところで、生身の魔女が襲い掛かってきたので倒す。
  溶岩のような炎の魔術を使う女だった。
「…混沌の火?」
「ああ、これは魔女グラナ。…ボスが母親であるイザリスだからな」
「……」
  守る為に出てきたのか。
  そのままボスエリアへ行くのかと思えば、寄り道をすると言ってクラウドが奥へと進んだ。
「アイテムがあるのか?」
「…ソラールを、救ってやらないと」
「……」
  どういう意味だ。
  思考が拒否をした。
  首なしデーモンを倒し、通路を進んだ薄暗く閉ざされた突き当りには小さな虫がたくさん地面を這っていた。太陽虫と呼ばれるそれは、イラストなどで描かれるモチーフとしての太陽の形状をしていた。
  心臓が跳ねる。
  嫌だ、近づきたくない。
  暗がりの中から、見慣れたシュールすぎる太陽のイラストが描かれた鎧が現れた。
「…あんた、…」
  いつものバケツのような兜ではなかった。
  口髭を蓄えた人の良さそうな中年男が、虫を頭に乗せていた。
「う、う、ううううっ…」
  呻き声を上げ、剣を突き出し襲い掛かって来る。
「…何で」
  かわして距離を取れば、雷の魔法の槍が飛んでくる。
「…ついに、ついに、手に入れたぞ、入れたんだ…!」
「ソラール!」
「俺の、俺の太陽…俺が太陽だ…!」
  ひきつった口元は笑みの形に歪んでいた。
  明らかに異常だった。
  言葉はもう、届かないのか?
「…人間性を失い続けると、人は思考能力を失う。太陽虫に寄生され、完全に狂ったんだ」
  武器を構え、ソラールに向かって行こうとするクラウドの肩を掴んだ。
「やめろ」
「…あれはもう救えない。妄執に取り憑かれた、成れの果てなんだ、スコール」
「……、やめろ」
「スコール」
  片手剣を両手持ちした男が、渾身の力を込めて振り下ろす。
  かわして、スコールとクラウドは後退した。
「やった…やったぞ…俺が太陽なんだ…!」
  ローガンと同じだった。
  狂気に染まった瞳にはもう、何も映っていなかった。
「殺さないと、スコール」
  クラウドの声は冷静に過ぎて心に刺さる。
「ああ、…ああ、わかった。手を出すな。俺が、…殺す」
  ああ、嫌だ。
  あんた、何でもう少し頑張れなかったんだ。
  グウィンまでもうすぐだったはずなのに。
  何でだよ。
  何でだよ!
  正気を失っても、男の動きに無駄はなかった。
  早い攻撃をかわし、雷の槍を放とうと右手を上げ魔力を集中させる瞬間を狙い背後を取った。
  背から心臓を正確に貫く。
  ごぼ、と、喉から血が溢れて吐き出す音がした。
「…ああ、…だめだ…おれの…おれの、たいようが、しずむ…」
  剣を引き抜けば、膝から崩折れ前のめりに倒れこむ。
「くらい…、…まっくら、だ…」
  囁きの様な言葉は、流れる血に紛れて聞こえなかった。
「…あんたの太陽って何だったんだ…」
  結局最後まで、聞くことはなかった。
  聞いてやれば良かったのだろうか。
  何故だか虚しかった。
「……」
  言葉を発することなく、邪魔をすることもなく静かに見守っていた男を見やるが、金髪が揺れ、輪郭が滲んだ。
  涙が頬を伝うことはなかったが、酷く感傷的な気分だった。
  目を閉じたら溜まった水分が溢れそうで、上を向く。
  いつのまにか至近にいたクラウドの手が伸び、抱き寄せられた。
「…やめろ」
  滑稽だ。
  さぞガキくさい奴だと思っていることだろう。
  何もできずに、人や世界は壊れて行くのだ。
  あんたはそれを知っているのだろう。
  全て、わかっているんだろう。
「スコール」
  やめろ、呼ぶな。
「泣くな」
「…泣いてない」
  流されるから、何も言うな。
  ゆっくりと息を吸うのも辛かった。
「…俺は、大丈夫だ」
「ああ、」
  俺に触れるな。
「…俺は、平気だ」
  でも一人でなくて良かったと思う。
  イザリスを倒した記憶は曖昧だった。気づけば王のソウルを手にして、祭祀場に戻ってきていた。
  篝火の前でぼんやりと座り込むスコールの隣で、クラウドは何も言わずに一緒に黙って座っていた。


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