一週間は何事もなく過ぎた。
朝は首席補佐官ら高級官僚達の日例報告を受ける為定時に出勤し、一日の仕事が始まる。エスタ大統領の勤務時間はあってなきが如しであり、「自分で必要と考えるだけ働けばよい」と言われた時には呆然とした。すごい世界があったものだ。
だからと言って遊んで許されるわけはない。
ただでさえ集中力の持続が難しいらしい大統領はすぐに仕事を放棄したがり、遊ぼうとスコールに持ちかけた。
たかが護衛に過ぎない自分が何故大統領執務室にいるのかといえば、外で待機していると大統領がふらふらと出歩くからである。
入れ替わり立ち替わりやってくる補佐官達は大統領の性格を知っている為、大人しく部屋にいるだけで大層喜び、感謝される始末であった。
エスタは大国であるというのに、トップがこんなていたらくでよく今まで存続していられたものだと思う。やるべきときにはしっかり仕事はやるんだぜ、と得意満面の大統領だったが、残念ながら現在までの間そんな場面にはついぞお目にかかれていない。
鎖国が解放された現在、外遊や視察その他で大統領が外出する機会は圧倒的に増えていたが、まだ他国へ出向く仕事はない。大統領が出る段階ではないらしく、外交官レベルでは活発に交流が始まっているのだという話であった。いずれ他国へ赴く日も来るのだろうが、今回スコールがいる間にその機会が訪れることはなさそうだ。
基本的には大統領が行く所、スコールもついていく。
無論一人ではなく何人も随行員は存在したが、官邸内にいる時だけは大統領は一人で気軽に歩き回れるようだった。
「スコール、散歩行こうぜ」
と誘われれば、否とは言えない。一人で行けよと言えるものなら言いたかったが、これも仕事である。クライアントの命令は絶対だった。
散歩と言いつつ、着いた場所は食堂である。
食堂といえども一般に開放されているわけではなく、主に閣僚クラスの高級官僚が使用する特別な食堂であった。官邸には専用シェフが複数常駐し、公式非公式含め晩餐会などで饗される国賓クラスの食事も全てここのシェフが作っているという話であり、味も値段も高級であった。
ふらりと立ち寄った大統領を見ても誰も驚かない当たりがさすがである。スタッフが慣れた様子で恭しく一礼し、大統領とそのお付きの護衛を窓際の席へと案内する。
「閣下、いつものお席をご用意しております」
「おー、サンキュー!ここ落ち着くんだよな。さーて、ちっと早いけど飯にすっか。スコール向かいの席どうぞ!今日は会食の予定とかなんもなかったよな?」
「ありません。…失礼します」
「良かったー!ここでスコールと飯食ってみたかったんだよな。結構イケるんだぜ」
「はぁ」
メニューを持ってやってきたスタッフに礼をいい、「何食う?」と聞かれて戸惑う。
「勤務時間中ですので。クライアントと食事を共にすることは」
「そういやお前、いつ飯食ってんの?」
「…他の担当と交代で」
「ああ、そうなんか…気づかなかった…ここんとこ会食ばっかだったしな」
「閣下に気にして頂くようなことではありません」
「いやいやするだろ。とりあえずお前と飯食いたくてここ来たんだし、一緒に食おうぜ」
「いえそれは」
椅子に座るべきではなかった。スコールは失態を悟る。護衛としての距離を置いて控えておけばよかったのに、促されるまま席についてしまっては今更立ち上がるわけにもいかなかった。
朝は大統領の居住スペースにてエルオーネと三人で食事をする。夜は大統領の仕事の都合によりけりだったが、早めに上がった日には三人で食事をした。
「家族ごっこ」の影響が少なからず出ていることは否めない。流れでつい、と言ってしまえばそれまでだったが、SeeDの仕事としては失格だ。
断るスコールに対して、大統領は引かなかった。しばし考え、指を鳴らす。
「コレ命令な。それでOK?」
命令なら気兼ねなく食事ができるだろうという配慮に、スコールは頭を下げた。
「…了解しました」
「よっし!んじゃ俺コレ!スコールは?」
「…何でも結構です」
「じゃ、一緒のモノ!コーヒーは食後によろしくな!」
メニューを閉じてスタッフに返す。上機嫌の大統領に、スタッフもまた笑顔で深く一礼をした。
「かしこまりました」
しばらくして出てきた料理は、美味かった。
笑顔で喋る大統領に対し言葉少なに頷きながら、「平和だなぁ」などと感じるスコールであった。
自室として宛がわれた部屋は広すぎて当初落ち着かなかったが、数日もすれば慣れてしまった。落ち着いた色彩でまとめられていながらも、一つ一つの調度品は微細な模様が施され、繊細すぎる細工に使用することを躊躇う程だった。
力を入れたら折れてしまいそうな透かし彫りの椅子の背凭れを引いて、スコールは机に向かって腰かけた。
パソコンを開き、メールの確認をするのは日課である。
派遣されているSeeDの状況報告は個人からリーダーに渡され、リーダーから指揮官であるスコールへと渡される。それらの全てに目を通し、問題があるようであれば対処などの指示を行わなければならない。基本リーダーの裁量に任されている現場の指揮も、裁量を超える事象が発生した場合には指揮官に指示を仰ぐことになっていた。
本来ならば指揮官は常に指示を出せる状態であるべきだった。緊急案件が発生した時、最終的に責任を負うのは指揮官でありガーデンである。
指揮官自らが現場に出て一SeeDとして任務を遂行しているという状況は異常である。
「断れない」と学園長は言ったが、ならばSeeDの監督としての仕事も学園長が引き受けるべきだと思う。何かあった時、任務遂行中では動けないのだから。
今の所大きな問題もなく、各SeeDは上手く動けているようで安堵する。
エスタの協力が大きいことは理解していた。動きやすいよう、無理が出ないよう、SeeDの邪魔をしないよう配慮してくれている様子が窺える。
やりやすいのは、いいことだ。
数日分の報告書をまとめて学園長へと送る。今回SeeDに課せられている任務が多岐に渡る為、定時報告は毎日ではなかった。緊急事態がない限りは数日に一度で良い。
時計を見やるが、今日は随分早く大統領の仕事が終わった。「俺も真面目にやればこんなもんよ!」と鼻高々に自慢してみせた男だったが、キロスに言わせれば「滅多にないが、たまにこういう日もある」ということだったので、特にラグナ大統領の働きが良かったということでもないようだった。
夕食までにはまだ時間があった。居住スペースに戻ってからは「自由にしていい」という命令だったので、スコールは自室に下がって報告をしている。その旨は伝えてある為、夕食まで邪魔が入ることはないだろう。
さて、どうするか。昼寝でもするか…と思った矢先、メール着信のインフォメーションに気づく。学園長からだった。
随分返信が早いな、と思いながらもメールボックスを開く。
『いつも正確な報告をありがとう。ところで楽しんでますか?』
「……」
楽しんでますか?とはどういう意味だ。
無視を決め込もうかと思ったが、立場上それは許されなかった。仕方なく内容を考え、送信する。
『任務遂行中です。楽しむ余裕はありません』
ため息をついた。やはり昼寝するか。
立ち上がった所で、またしても着信。舌打ちを堪えてボックスを開けば、IDと思しきナンバーと、アドレスが張ってある。
「おい…」
呆れた、というよりは嫌な予感しかしなかった。
チャットのお誘いである。
しかし立場上無視はできないのであった。仕方なく、アドレスを開いてログインをする。
「やぁこんにちはスコール。今日は随分早い時間に報告が来たので驚きました」
「大統領の仕事が早く終わったので、解放されました」
「ああ、なるほど。護衛はハードですか?」
「いえ、俺一人ではないですし、超過勤務に値するような業務には今の所当たっていません」
「それは良かった。大事にされてるんですね」
「…は?」
「いえいえSeeDの皆が、大事にされているようで安心しました」
「はぁ…そうですね、気を使って頂いているようです」
「ところでスコールはSeeDに用意された宿舎には泊まっていないようですね?」
「…はい」
「なるほどなるほど。いえいえ小耳に挟んだものですから。大統領はスコールにご執心のようですね」
「は!?」
「いえいえ隠さなくていいです」
「隠してない」
「スコールに限ってそんなことはないと思うのですが、しっかりSeeDのお仕事は果たして下さいね」
「…どういう意味ですか」
「あははは嫌だなぁ野暮なことは言いっこなしですよ!大統領の命令はしっかり聞いてくださいね」
「はぁ?…いえ、言われるまでもなく理解しています」
「そうですか。それは良かった」
「…学園長」
「はい?」
「…ああ、その…指揮官の仕事、全て学園長にお任せすることはできませんか。緊急事態になった時、今のままでは満足に指示もできませ…」
「嫌です」
「……」
「今手一杯なんですよ。大丈夫、何かあったら大統領に知らせが行きますし、そうしたら結果的にスコールの耳に入るじゃないですか」
「……」
スコールの手が止まった。何だこの無責任な発言は?
「学園長…」
「スコールを信頼しています。と、いうことですよ。ではそろそろ切りますね。また報告待ってます。では」
一方的に通信を切られ、スコールは座り込んだまま動けなかった。
「な、…何なんだコイツ…ッ!」
ラグナと親子であると言うことは、学園長は知らないのだったか。言った覚えはなかったし、共に戦った仲間がいちいち報告するとも思えなかった。知っていようがいまいがどうでもいいが、癇に障る言い方をしてくる所が腹が立つ。
親子の情など全く沸かないので、今共に生活をしていようが他人であることに変わりはない。
父親の記憶を一切持たずに生きてきた十七年は長すぎる。
遺伝的に親子であろうが、心情的には親子ではない。
むしろ他人であるエルオーネの方がまだ親近感が沸いた。お姉ちゃんであると、認識している。
心情としてはラグナも同じであるはずだった。過度のスキンシップは距離を測りかねているだけだろうと思っている。それがわかる程度には、スコールは成長していた。
それにしてもムカつく。学園長がここまでムカつくヤツだとは、正直知りたくなかった。
一学生として、一SeeDとして過ごしていたならば気づかずに済んだのに。ママ先生の旦那の割に、性格が捻じ曲がっていると思う。
時間まで昼寝でもしようと思っていたが、とてもそんな気分ではなくなっていた。
大統領の護衛として付き従っている間着用している黒のスーツを脱ぎ、着替える。私服に変えて、リビングへと向かった。
一人でいると物に八つ当たりをしてしまいそうだった。
リビングへ入ると、ラグナは新聞を読み、エルオーネはテレビを見ていた。
邪魔をするのは気が引けて、飲み物でも淹れようと思い立ちキッチンへ向かおうとするのを気づかれ、エルオーネに声をかけられる。
「スコール、喉渇いた?何か淹れよっか?」
「いや、大丈夫」
「お、スコール。せっかくだから飯までゆっくりしていけよ」
「…ああ。…あんた達は、何か飲むのか」
「!」
「え」
ラグナとエルオーネが飛び上がって驚いた。顔を見合わせ、何故か瞳を潤ませている。
「おい…?」
怪訝に声をかければ、エルオーネがテーブルの上に並べていた二人分のカップをトレイに乗せて、スコールに向かって歩いてくる。
「飲む飲む!スコールは何飲むの?」
「…コーヒーとか」
「あ、じゃぁ紅茶にしない?花のいい香りがする紅茶、あるんだー」
「美味い淹れ方知らない」
「任せてよ!スコール、おじさんのとこで座ってて!」
「…ああ…」
これまた随分と高級そうなソファの中央に陣取っていた大統領が、僅かに横にずれて隣を指差し、笑っている。
「ここ座れよ!エルそっち座るから!」
「ああ…」
ラグナの隣に腰掛ける。近いな、と思ったが嫌ではなかった。
エルオーネが見ていたテレビは何の変哲もないドラマであったが、途中から見てもさっぱり意味がわからない。すぐに興味を削がれ、時間までどうしようかと考えていると、横からラグナの手が伸びてきた。
「スコールが優しいっ」
「!?」
横抱きに抱きつかれ、思わず倒れこみそうになる。
「スコールが家族になってきたよーエルー!」
「おじさん、大げさすぎ!スコール困ってるでしょ!」
キッチンの向こうから、エルオーネの笑い声がする。
至近距離で、嬉しいと喜ぶラグナがいる。
「家族ごっこ」はなんともくすぐったくて温かかった。
「ちょっ…いい加減離せよ!」
「しばらくこのままでいさせてくれー!」
「い、いやだ…」
「えええええ」
金をもらって、「家族ごっこ」。
家族と暮らした記憶などなかったから、どのように接したらいいのかわからなかった。
自分はちゃんと「仕事」ができているだろうか?
そろそろ「仕事」と「自分」の境界線が曖昧で、辛かった。
行動的で能動的なエスタの大統領だったが、意外にも早く仕事が終わった日は家でゆっくり過ごしていることが多いのだと言った。
大統領が動けば、周囲の人間も動く。かつて鎖国状態であった時代ならば、気軽に街へ繰り出すこともできたそうだが、現状では無理だった。
街へ出かけると言えば護衛が何人もついてくる。行く先々で店をチェックし、通路をチェックし、一般客を押しのけ特別な人間の為に場所を空けろと言わなければならないのが苦痛だと言う。
仕事としての外出だろうが、個人の気軽な買い物だろうが、護衛の仕事内容に変化はない。
エルオーネもまた、大統領の家族として常に護衛を伴っていた。養子縁組をしたのかどうかまでは聞いていないが、官邸で生活を共にしているという時点で自明である気もした。
時代が変わったのだと言ってしまえばそれまでだったが、窮屈になってしまったことをラグナとエルオーネは受け入れ諦めている。「しゃーねーよな」と二人して笑い合う。今の立場を受け入れて、そして共にいられることを感謝しているのだと言った。
穏やかで、平和な生活。窮屈ではあっても、そこは温かかった。
「家族ごっこ」は苦痛ではない。居心地が良くて、逆に戸惑う。
仕事を忘れる。これは重大な問題だった。
「いいじゃん。ここにいる間は仕事忘れろって」
ラグナが笑う。
「スコールが真面目だから困ってるんでしょおじさん。護衛のお仕事の時はちゃんとやらないと怒られちゃうだろうけど、家の中は誰も見てないし。私達が怒るわけないし!」
ねー、と、エルオーネがラグナと顔を見合わせて笑う。
エルオーネが作ってくれる料理は、食堂で食べた高級な味ではなかったが、優しかった。
通常大統領一家には専用のシェフが存在し、食事のみならず家事全般はやらなくともスタッフがやってくれるはずだったが、エルオーネは自分でやりたいと食事の用意はするのだった。その他家事については知らないが、部屋に入るなと言っておけば誰も入ってこないし、洗濯などは専用ボックスに入れておけば綺麗にクリーニングされて返ってくる。
至れり尽くせりで楽だった。
ここには頭を悩ませる問題はない。目下の所、仕事に追われて一日が終わるというガーデンでの毎日からは解放されていた。
平和だなぁと、何度目かの感想をスコールは漏らす。
庇護されるというのはこういうことをいうのかと、実感するのだった。
ガーデンにいた頃よりも、自分の時間が持てるというのも皮肉な話だ。悪くない。
食事を終え、リビングでテレビを見ながら三人で寛ぐ。
手持ち無沙汰でその辺にあった雑誌を手に取るが、女性向けのファッション誌だったので元の位置に戻す。
そうか、この家には普段スコールが読むような雑誌はないのだった。
新聞は読む気にならなかった。パソコンを開けばニュースの確認は出来るので、あえて紙媒体で読もうという気にはならない。
「スコール、ティンバーマニアックス、発行再開されたの知ってっか?」
スコールの様子に気づいたラグナが声をかける。確かこの辺に…とサイドボードを漁り、最新号と書かれた一冊を手に取った。
「…いや、初耳だ」
一時期発禁処分を受けていたはずだったが、戦争が終わり情勢が落ち着いたことでまた再開されたのだろう。
「これ読む?これだけはついつい買っちまうんだよな」
「…どうも」
さほど興味は惹かれなかったが、昔とスタイルは全く変わっていないようで、ジャーナリスト志望者が多く投稿し、記事としてまとめたものだ。目新しいものもあったし、そうでないものまで玉石混交だ。パラパラとページをめくっていくスコールを見て、隣でラグナが嬉しそうに笑う。それを見てエルオーネが笑い、立ち上がる。空になったカップを持ち上げ、淹れ直す為にキッチンへ向かい、ラグナには酒を、スコールにはココアを淹れて戻ってくる。
子供扱いか?と思ったが、異論を唱えるまでもないので礼を言って受け取った。
「ちょっと早いけど、私そろそろ寝るね。おじさんとスコールもあんまり遅くならないようにね。おやすみ」
「おう、おやすみエル!」
「…おやすみ、エルオーネ」
特に何をするでもなく、時間を過ごして一日が終わる。
すぐ隣でテレビを見ながら酒を飲む男がいるというのは違和感があったが、それにも慣れつつあった。
二人になると、普段うるさいラグナはあまり喋らない。
ソファに背を預け、大人しく座っている。気づけば寝ていたりもするのだから、どれだけ気楽なのかと思う。眠りこけるラグナを起こし、寝室まで連れて行くのはスコールの仕事となっていたが、面倒なことこの上ない。出来ることなら自主的に寝室へ行けと言いたいのだが、立場上それは言えないのだった。おまけに護衛が任務であるスコールは、ラグナが就寝しなければ自分もまた寝ることはできない。「自由にしていい」イコール「好き勝手に生活していい」と同義ではなかった。
今日も寝る気なのだろうかと視線をやれば、向こうもこちらを見ていた。
真っ直ぐ目が合い、何故だか気まずくてスコールは視線を逸らす。
「…そいや、スコールのもん全然ないよな。明日休みだし買い物でも行くか?」
「え?」
「さっきの雑誌とか。服とかも。家で過ごすならそれなりのもん揃えとかないと不便だろ?」
「…いえ、仕事なので」
思わず口調が仕事用のものになった。
ラグナの眉が八の字に下がり、悲しそうな顔をする。
しまった、失敗した。「家族ごっこ」に、敬語は厳禁だ。言い直す。
「あー…、任務で、来てるから俺のことはいい」
「スコール…」
「不便と言うほどのものはない。自分の時間が持てるだけで十分だ…、?」
ラグナが顔を伏せて震えていた。
どうしたのかと思い、「家族らしく」顔を覗き込んでやる。名を呼べば、顔を上げたラグナは泣きそうな顔をしてスコールを抱きしめた。
「お前、いい子すぎるぅー!何だよ遠慮すんなよー!欲しいもん買ってやるってー!っていうか買わせてくれよー!」
勢いがありすぎて受け止めきれず、スコールはラグナを抱えたまま背後に倒れこんだ。肘掛に後頭部を強打して眩暈がしたが、耐える。
「いや、本当に、ご心配なく」
「ご心配する!するに決まってんだろー!?遠慮されると困る。遠慮しねーで何でも言ってくれ。俺はスコールの為に何でもしてやりたい!」
「……」
上体を起こしたラグナが真っ直ぐスコールを見下ろした。黒い髪に、碧の瞳。どこも自分とは似ていないとスコールは思った。
欲しいものと言われても何も思いつかなかったが、言わなければ男は上から退かなそうだ。
…欲しいもの…。
「今、考えてんの?」
小首を傾げて問うてくるのに、頷きで返す。そか、と呟いたラグナは、そのままじっとスコールを見つめて待っていた。
いやまず退けよ、と言ってやるべきだったのだが、思考の海に沈むスコールにその余裕はなかった。
ああ、あった。
泳がせていた視線をラグナに戻す。気づいたラグナの顔が期待で輝いた。
「……」
「何?何だよ何でも言ってみ?」
服でもアクセサリでも、ゲームでも必要な物は何でも買ってやるぞ!と言わんばかりの意気込みが垣間見えたが、落ち着けそれじゃただの援交のおっさんだ。
援交か…。
再びスコールの視線が泳ぐ。言うのか、本当に、望みを言っていいのか。
「スコール、何だよ値段のことなら気にすんなよ!俺一応金あるぜ!」
「……」
ご謙遜を、と追従してやるべきなのか迷った。控えめに主張する男の肩書きと在任期間を考えれば、無駄遣いでもしていない限り相当な金額を持っているはずだった。
「あれだ、仮にラグナロク欲しい!って言われても、できるぜ多分な。まぁ汎用の別機になるとは思うけどな…」
大統領閣下の度量の広さが恐ろしい。
ならば、言ってもいいか。
だがいざ言おうと思うと、躊躇する。
「…ん?」
首を傾げて、ラグナが促す。
顔に血が上って行くのを自覚した。恥ずかしい。言っていいものか。前例があるのだからおそらく拒絶はされまいが、これは色々と負けになるのではないだろうか。
「…どした?」
突然恥らうように顔を朱に染めて横を向くスコールの頬に手を伸ばす。
触れるかどうかのところで手首を掴まれ、意を決したように視線がぶつかった。
「俺を買ってくれ!」
言えばラグナがその場に硬直した。