三千世界の烏を殺し、主と朝寝がしてみたい

  二十七インチ液晶モニターの中で、大勢のキャラクターが動いている。
  キャラクターの数十倍の大きさはあるモンスターを取り囲み、攻撃を加え防御をし、ダメージを食らえば回復をもらう。レアなモンスターである敵は貴重なアイテムや装備品をドロップする為、人気の敵の一つであり、取り合いが激しかった。
  パーティーを組んだメンバー以外のキャラクターに占有されてしまえば、モンスターが倒されるかキャラクターが全滅するまで手出しが出来ず、指を銜えて見ていることしかできないのがこのゲームの嫌な所だ。何十分も待ちぼうけさせられることも一切ではなく、そもそもこのレアモンスターが倒れてから次回再出現するまでの時間も長い。再出現時間に合わせて集合しても、その時間に出現するとも限らない。ランダム設定、結構。これがオンラインゲームの醍醐味だ。
  下手をしたら何時間もモニターの前から動けず、敵の出現をひたすら待ち続けるという正気の沙汰とは思えない行動を、その場にいる見知らぬ何十人もの人間が行っていた。
  出現した瞬間、敵に攻撃を加えて占有する。
  何十人ものキャラクターが一斉に動き出し、何十人ものキャラクターが一体の敵を奪い合う。
  全く、こいつらおかしい。
  占有し戦闘の権利を得たからこそ鼻で笑い飛ばす事ができるのだった。これが取られた側なら歯軋りして悔しがることだろう。何時間もの待機時間は伊達ではない。
  後は、死なないように殺すだけだ。
  共に行動しているパーティーメンバーが駆け寄って殴りかかり、後衛は補助をする。
  レアモンスター討伐や、高レベル高スキルが要求されるハイエンドコンテンツ攻略の為に見知らぬ他人同士が集まって、コミュニティを形成することはごく自然のことである。今いるパーティーメンバーもコミュニティの一員であり、何かある度に集合しては共に行動することも多かった。
  画面の向こうで操作している本体がどんな人間かは全く知らない。
  興味もないし、関わりたいとも思わない。
  ゲームの中だけの仲間。
  ゲームの中だけの人間関係。
  モンスターを倒し、レアアイテムを手に入れる。
  コミュニティの中で決められている分配ルールに則って、振り分ける。ゲームの中だろうが向こうに生身の人間がいる限り、ルールが必要だった。一人で遊ぶRPGとはわけが違う。勝手な行動をすればゲームの中で村八分だ。
  ゲームなのに、村八分。
  コミュニティから外れることはイコール、団体行動が必要なコンテンツにおいて不自由がつきまとうことを意味する。同目的のメンバーが集まっている場所に、いた方が便利であり楽だった。
  戦闘を終えれば解散だ。
「おつかれさま」
「おつかれー」
「もう寝るわ。お日様がのぼってきたよー!」
「じゃぁまた夜にねー」
  画面に表示されるチャットを眺め、同じように「お疲れ様」とタイプする。
  窓を見やれば、もう夜明けだった。
  夜通しモニターに向かってゲームをしていた背中が凝って鈍い音を立てた。
  ゲームを終了する前に、戦利品の売却など、荷物の整理をしておかなければならなかった。
  オンラインゲームといえどもRPGであることに変わりはない。
  レベルを上げ、装備を整え、より強い敵やコンテンツに挑んで行く。
  その為には膨大な金が必要であり、ゲームの中なのに金策に奔走したりもしなければならなかった。
  すでにハイエンドコンテンツ主体に活動している現在、様々な生産職や戦闘職も極めてしまった後であり、どれだけ使おうとも金に困ることはなくむしろ増える一方であったが、まぁ金はどれだけあっても困ることはない。
  容量制限のあるアイテム欄を整理し、余裕を持たせてログアウト。
  メインキャラクターとして使っているアカウントを終了しながら、マルチモニターでログインしている別アカウントのキャラクターを見やる。
  アイテムを持たせてバザー中だ。
  こちらのキャラクターはもっぱら放置専門だった。そして金策用の生産スキルを持つキャラクターの一つでもあった。金策の必要がなくなった今は、そのスキルが活かされることもなく、ただマネキンの如く突っ立っているだけだった。
  キャラクターに愛着は特にない。
  メインで使用しているキャラクターにしても、特に愛着はなかった。
  ゲーム自体に飽きてきたというのもある。
  元々このゲームのシステムと世界観が気に入ってのめり込んだが、ある程度極めてしまえばあとは惰性でプレイしているに過ぎなかった。このゲームをプレイする、赤の他人との人間関係もおまけでしかない。
「…五時か…三時間は寝れるな…」
  凝った首と肩を回しながら立ち上がり、ベッドに向かう。
  一LDKのだだっ広い部屋にあるのは、自作PCとどでかい机に乗った五台のマルチモニターに、ベッドとその他必要最小限の物のみである。
  目覚まし時計を八時にセットし、ベッドに潜り込む。
  起きたら株価をチェックして、昼までに利益確定をして、大学に行かなければならなかった。
「おやすみ…」
  誰にともなく呟いて、クラウドは目を閉じる。
  職業大学生、趣味は多岐。トレーダーは副業だったが、現在のところ生活の殆どはネットゲームに費やしていた。
  一時期は大学も出席が必須以外の講義を休み、引きこもってゲームばかりしていたものだったが、飽きてきた最近はまだまともな生活になってはきている。それでも大学から直帰して朝までゲームをやっているのだから、今でも十分ネトゲ廃人と言えた。
  惰性、恐るべし。
  何とかしたいと思い始めてはいたものの、抜け出すきっかけが掴めなかった。

  燦燦と照りつける日差しに溶かされそうになりながら大学へと辿りつき、改造バイクを駐車場に停めた。大型のそれは自信作であり手入れは欠かしていなかったが、最近は遠出をすることもなくなって、大学と家までを結ぶ足にしかなっていない。宝の持ち腐れも甚だしいが、それでもバイクに乗れば気分が晴れる。
  午後は出席必須の講義があり、出席しないわけにはいかなかった。まずは腹ごしらえをしようと食堂へと向かうが、見事にぶち当たった昼休みに学生でごった返しており、クラウドはげんなりと眉を顰めた。
「あれ、珍しい!クラウド来てんじゃん」
  背後から肩を叩かれ振り返れば、長めの黒髪を逆立てて後ろに流した人の良さそうな学生が立っている。
「…おはようザックス」
「おはようって時間じゃないけどな。真面目に講義?」
「そう。出席しとけば単位くれるやつ」
「ああ、なるほど」
「ザックスは研究室に入り浸ってるのか」
「入り浸ってるっつーか、修士論文終わんね」
「ああ…」
  大学に入りたての頃、バイト先で知り合った先輩だった。
  気さくで上下の関係も気にせず、誰とでもすぐに打ち解けられる特技の持ち主で、あまり社交性に富んでいるとはいえないクラウドに対しても親切だった。今では友人と呼べる貴重な人間だ。
  行列の中トレイに一品ずつ食べたい物を皿ごと取って載せていき、レジで会計を済ませる。
  この大学の食堂は美味くて安いと大人気で、いつ来ても昼時は混雑必至で場所を確保する事が難しい。
  多分に漏れず、今日もどこもいっぱいだった。
  後ろから会計を済ませてやってきたザックスもまた、あらーと呟きながら空いている席を探しているようだった。
「…誰かが食い終わるのを待つしかないな」
  大抵十二時半を回った頃からぽつぽつと空席が出来始め、午後の講義が始まる頃には半分以上が空くのだった。
  あと十分も待てば…いや、あと十分も待ったらせっかくの料理が冷めてしまう。
  他にも空席狙いでトレイを持ってうろうろする人間も複数おり、一つの空きテーブルを奪い合うなど、レアモンスターの取り合いと大差ない。
  テーブルを一番に占有した者の勝ち。
  …リアルの世界でまで殺伐とした取り合いなどしたくはないのだが。
「クラウド、こっちこっち」
  辟易としている所に声をかけられ、ザックスの後ろについていく。
  進行方向に空きテーブルなど見当たらないのだが、知り合いでもいるのだろうかと思えば、恐れ知らずのザックスは一人で四人がけテーブルを占領する人物に声をかけた。
「すいません、相席いいですか?今いっぱいで座るとこなくて!」
  すごい勇気だザックス。俺にはとても真似できない。
  こちらに背を向けて座っていた人物が、怪訝にこちらを振り向いた。
  うわぁ美形だ。かなりの美形だ。でも若い。
  明らかにこちらが年上だと認識したらしい人物が、戸惑い気味に頷いた。
「…ああ、どうぞ」
「やった!ありがとう!ごめんね邪魔しちゃって」
「…いえ」
  落ち着いた声だった。男か。…そりゃそうか。
  額に走る傷が痛々しい。どうやったらそんなところに消えない傷がつくのだろうか、想像が出来なかった。
  ゲームに出てきそうな典型的な美形キャラは、向かいの二席を明け渡してくれた。
  ありがたく席につき、「頂きます!」と合掌をしてザックスと共に昼食にありつく。
  向かいの美形は半分ほどまだ食事が残っており、手にした携帯で何かを打っている。メールだろうか。
  テーブルに広げられたレポートらしきもののタイトルは「租税特別措置法十五条から十七条について」と書いてある。何のことだかさっぱりだったが、法律だということは理解した。
「あ、君さあれでしょ、スキップで入ってきた天才美形少年」
  突然ザックスが顔を上げ、正面の美形にスプーンを突きつけた。相手は「は?」と小さく声を上げたまま、目を見開いて止まっている。
  不躾にも程があると思ったが、ザックスは屈託のない笑顔で笑ったままだ。
「君有名だよ~法学部のスコール・レオンハート君だったっけ。あ、俺院で修士課程取ってんの。ザックスって呼んでくれよな!こっちは三年のクラウドね」
  振られて仕方なく自己紹介をする。
「…クラウド・ストライフです。よろしく」
「はぁ…よろしくおねがいします…」
  天才美形少年スコール君は軽く会釈したものの、無表情で棒読みだった。気分を害したことは明白だったが、ザックスは気にした様子もなかった。
  人の反応を気にしない所は尊敬すべき長所と取るべきなのか、気にしろよ!と注意してやるべきなのか友人としては迷う所だ。いや、長所であることは知っている。これはもはや人徳とか、そういうレベルの話なのだった。
  あまり社交的でなさそうなスコール君は、黙々と食事を再開した。
「あーそーいやさーお前四年なったら研究室どうすんの?うち来るの?」
  ピラフを口に運びながら、ザックスが話題を振る。他人がいようがいまいがマイペースを崩さない友人に苦笑する。
「…めんどくさいな…お前の所、倍率高くなかったか」
「めちゃめちゃたけーよ。成績どーなの?」
「単位は落としてないし評価は悪くないな」
  出席が必要な講義は出席し、レポートなどの提出物を欠かさず出し、なおかつ試験をきちんとこなしてさえいればどれだけサボっていようとも評価が下がることがないのが大学のいいところだ。取捨選択を誤ったことはなかったし、押さえるべき所をきちんと押さえてサボる。これは生活の知恵だった。
「成績優秀者上位から選ぶのが基本だけど、うちは面接もあるみたいだぜ」
「…うぇ…他探したい」
「他って何かやりたいことあんの?」
「…ないな。RTに興味があるくらいだ」
「ロボットテクノロジーならやっぱうち来ないと」
「考えておくが、院に行く気はないんだよな…就職しようと思ってる」
「えーそうなの?博士まで取って技術者になれば?」
「…俺が技術者って顔か」
「ぶふっ…か、顔は関係ないだろ!なんだよサラリーマンになっちゃうの?」
「さぁ…起業でもするか」
「似合わねぇーどんな職種で起業するんよ」
「IT?」
「うわーマジかー」
「…基幹理工学がいいか」
「こらこらこらこら。真面目に考えろよ。三年つったらもう就活始まってんじゃん。リーマンになるなら遊んでる暇もないっしょ」
「リーマンになる気はないんだよな…」
  就職を考えるのが面倒だった。
  今の時代、三年の時点ですでに就活戦争は始まっている。大手企業はこぞって青田刈りだ。くだらないと思う。
  まともな大学に行って、まともな企業に就職して、まともに結婚をして、まともにお仕事を勤め上げる。
  終身雇用など存在しない時代に、そんな平穏な夢を見ていられる人間が未だに多いことに驚きを隠せない。
「まーとりあえず真面目に大学に来て、おべんきょして、うちに来いよ。就職先斡旋とかしてくれるみたいだぜ。教授助教授共に色々コネあるみたいだし」
「へぇ…まぁ、考えとく」
  食事を終えた美形少年が机の上を片付け始めた。
  そろそろ移動の時間だ。
「ザックスは研究室に戻るのか?」
「あーそうだよ。最近夜九時くらいまで缶詰だって。泣きそう…お前何の講義取ってんの?」
  美形少年が立ち上がるのに合わせるようにザックスが立ち上がり、慌ててクラウドも立ち上がる。食べ終わった食器はカウンターに返却する制度なので、トレイを持って歩き出す。
「ああ、次は日本文学A」
  前を歩く美形少年の肩が揺れ、手にした食器が小さな音を立てた。
「にほんぶんがくー?何でまたそんなん取った!」
  頓狂な声でザックスが驚きを表現してみせたが、さもありなん。理系学部にいながら文系教科を取るなどまず少数派に属する。
「一般教養で何か取らないといけないし出席で単位くれるし。…あと漫画研究もあるとか言うから面白いのかと思って」
「漫画…いやまぁ漫画好きだけど。でも勉強じゃなくて楽しみたいっていうか」
「結構面白いぞ。珍しく真面目に講義聴いてる」
「へー」
  カウンターにトレイを戻し、廊下に出れば多くの学生が移動を開始している。
「んじゃ俺はコンビニ寄っていくわ。おべんきょ頑張ってな。あ、スコール君も今日はありがとね!またよろしく!」
「……」
  笑顔で片手を振って立ち去るザックスを無言で見やり、スコール君が小さくため息をついたようだった。
  その場に二人残され、クラウドが躊躇いがちに尋ねる。
「…次、講義一緒?」
「…ですね」
  相変わらず無表情に近い顔で、淡々と頷く。
  本当に、典型的なゲームの中のクール系美形キャラそのままだなと思いながら教室に向かって歩き出せば、嫌がるでもなく大人しくついて来る。
「スコール君は日本文学興味あるのか?」
  見知らぬ他人同士、無言で歩くのにも限界がある。仕方なく話題を振ってみれば、美形少年は小首を傾げてクラウドを見た。無言で見つめてくる意味がわからず、クラウドも首を傾げる。
「ん?」
「……」
  身長的には少し彼の方が高いようだったが、見下ろされる程でもない。ほぼ水平に見返してやるが、美形キャラの表情は動かない。
「…ああ、悪い。レオンハート君と呼んだ方が良かったか?」
  こういう系のキャラは得てしてプライドが高いものだ。有名になるほどの天才なら、プライドの高さは一級品に違いない。気安く呼ぶなと言われるのだろうと身構えたが、美形キャラは美形らしく冷静に首を振って否定した。
「いえ、呼び捨てで結構です、ストライフ先輩」
「……」
  すとらいふせんぱい。
  聞き慣れない呼ばれ方だった。
  昔からクラブやサークルなどには縁がなく、ひたすらずっと帰宅部というやつだった。
  当然先輩後輩の付き合いもないに等しく、敬称で呼ばれることすら皆無といって良かった。
  すとらいふせんぱい。
  まるで他人が呼ばれている気がする。
「…俺はクラウドでいい。敬語もいらない。そういうの、苦手なんだ」
「そ…」
  何かを言いかけて美形キャラが口を噤む。
  美形は何をしても絵になるというのは本当だった。
  廊下を歩けば他人の視線がこちらを向いた。美形キャラを見ているのだ。
  漫画でよくあるイケメンに集中する視線、というやつを体現してみせるこの美形はすごいと思う。
  羨ましいなんて思わないぞ。ああ、思わないったら思わない。
  しばし何かを考えるように俯き加減だった視線が持ち上がり、真っ直ぐクラウドを見る。
  陽光を透かして薄まる蒼の瞳が綺麗だと思った。
「…ではクラウド、俺のこともスコールと呼んでくれて構わない、です」
  初対面なのだからぎこちないのは仕方がない。クラウドは鷹揚に頷いた。
「スコールと同じの取ってるとは知らなかった。あんた目立つのにな」
「……」
  目立つ?
  スコールが眉を寄せた。気づいていないというなら相当な鈍感ではないだろうかとクラウドは思う。
「ああ、十七でスキップしたからか」
「いや、それもあるけど違うだろ…」
  この美形キャラは十七歳なのか。青春真っ盛りだな。若いなと思ったが、口には出さない。
「…さて、俺いつもこの講義は前の方で受けてるんだが、スコールはどうする?」
  この講義は面白く興味が尽きないので、前の方でしっかり教授の話を聞いているのだった。記憶にある限り、この講義しか真面目には受けてない。
「俺はいつも中段最前列で受けている」
「そうか」
  じゃ、と手を振り別れようとしたが、スコールの視線に呼び止められている気がして、振り返る。
「……」
  だが実際目が合えば、何を考えているのかよくわからない無表情のままなのだ。
「…あー…せっかくお知り合いになれたことだし、前で一緒に聞く?」
  期待もなく誘ってみると、何故かスコールが頷いた。
  中ホール程の大きさの教室は前列と後列とに分かれており、後列は階段状に、前列は床に直接席が並ぶ。
「…あんたいつもここで座ってるだろう」
  前列中央三列目、出口側端っこがクラウドの指定席だ。
「何で知ってるんだ?」
  問えばスコールが小さく笑った。
  美形の笑みは破壊的に可愛らしい。
「あんたの頭は一度見たら忘れない」
「…褒められてる気がしないな…」
  指定席に腰を下ろし、スコールが隣に座る。なんとも奇妙な気分であり背後から随分多数の視線を感じるのだが、隣で筆記具を取り出す美形はまったく気にしていないようだった。
  まぁいいか。
  講義が始まってしまえばクラウドは集中するし、スコールも真面目にノートを取っている。
  今日の内容は古典文学で正直興味が持てなかったが、教授の話は面白かった。
  通り一遍の教科書朗読ではなく、持論を展開し通説も交え、一般論や古代からの解釈の違い、近現代の新説に至るまで、広い見識を持つ言葉には説得力があった。
  こういう教授ばかりなら、講義も楽しいものになるだろうに。
  あっという間に九十分の講義が終わり、隣のスコールに話しかける。
「俺次は政治史だけど、スコールは?」
  次の政治史も一般教養として選択できる科目の一つであり、当然のことながら出席すれば単位がもらえる講義であった。
  わざわざ大学まで来て講義を受けなければならないのなら、その日のうちに詰め込めるだけ詰め込んでしまえというのがクラウドのやり方だった。今日終えてしまえば、明日は休んでも問題ないのだ。
  立ち上がり移動の用意をするクラウドに倣って、スコールも席を立つ。
「…俺も同じ」
「え?そうなのか?」
「…そう。あんたは文系の人だと思っていた」
「ああ、良く言われる。楽な講義取ってるだけなんだけどな」
「…俺も、そう」
「ああ、やっぱり」
  なんだ、天才美形少年も普通の人間じゃないか。
  嬉しくなった。
  教室移動の間に、フランクにとまでは行かないが、ぽつぽつと会話した。
  美形少年は、美形なのに友人がまだいないのだと言った。スキップしてきて年齢差もあるからだろうが、何より近寄りがたい雰囲気はどうしようもない。一度打ち解けてしまえば友人など掃いて捨てる程できそうなのにと思う。
  しかしこういうステレオタイプの美形は、友人を欲しがるのか?という根本的な疑問が脳裏を掠め、友人欲しい?と聞いてみれば、いや特には、とやはりお約束な返答が戻ってくる。
  いてもいなくてもどっちでもいいということなのか、本当は欲しいけど我慢してるんだ、ということなのか果たしてどちらか。試しに「じゃぁ俺と友達になろう」と言ってみれば、驚く程素直に「ありがとう」と返って来た。
  何だこれ。
  好感度が上がった!
  …脳裏に浮かぶのはそんな言葉だった。
  ゲームのインターフェイスまで覚えてないが、女の子を落として行くゲームがあったな。ツンデレ系は苦労した。それを思い出した。
  …いやスコールは男なので、これはBLゲームの範疇に属するのか。うん、さすがにBLはやる気にならない。
  NLゲームとかいう、女の子が男を落として行くゲームもあったと記憶しているが、さすがにそこまで手を出す気にはなれなくてやってない。ゲームは好きだが、何でもいいというわけでもないのだった。
  お友達になったのならお約束のメルアド交換でもしようと言う話になり、あっさり美形キャラの携帯番号とアドレスをゲットした。
  メールを送る日は来るのか…まぁ用があれば送る時も来るだろう。基本不精なクラウドにまめな対応を期待してはいけないのだ。
  午後の講義は全て被って終了し、時刻はもう夕方だった。
  いっぱいまで講義を無駄なく詰め込めんだ時の終了時間は二十時にはなるのだが、さすがにそこまで頑張る気にはなれない。
  スコールはどうなのかと問えば、スコールもこれで終わりなのだと言った。
  スコールもサークルには入っていないらしく、いつも講義が終われば真っ直ぐ家に帰るのだと言う。
「家帰る?」
「ああ、帰る」
「俺バイクで来てるから送ろうか?」
  他意はない。
  断られるなら断られるで良かったのだが、話の流れでそう聞けば、スコールは大人しく駐車場までついて来た。
  何だろうこれ。
  単に懐かれただけなのだろうか。
  ゲームのテンプレ美形キャラの反応とリアルのスコールの反応がかけ離れすぎていて、距離の取り方がよくわからない。
  静まり返り薄暗くなってきた駐車場に二人分の足音が響く。
  バイクは基本一人乗り用だったが、二人乗れないこともない。
  ヘルメットを取り出し、スコールに渡す。
  普段自分はゴーグルのみで、ヘルメットは被らない。
  交通違反?そんなの知るか。
  高速道路で白バイに追いかけられようが逃げ切るのみだ。
「家どこ?」
  ヘルメット片手に佇む美形もこれまた絵になるなとクラウドは思った。
  バイクに跨り、後ろに乗れと促す。
  素直に従い後ろに乗ったスコールが、クラウドの腰に抱きついた。
「…ん?ヘルメット被った?」
「…あんたの家に行きたい」
「……」
  どういう意味だろうこれは。
  え?どういう意味で受け取ったらいいのだろう?大事なことなので二度言う。
  大学で出来た初めての友人の家を見てみたいということか。
  ツンデレキャラのデレ部分を見た気がしたが、気のせいか?
「…まぁいいけど、家何もないからメシ買って帰ることになるけどいいか?」
「構わない。何でもいい」
「…じゃ、メット被って。しっかり掴まってろ」
「はい」
  やけに素直に頷くスコールの人物像が、謎だった。


後編へ

君に捧げる即興歌-前編-

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