三千世界の烏を殺し、主と朝寝がしてみたい
途中でスーパーに寄り、飲み物や出来合いの弁当等を買い込んだ。コンビニよりもスーパーの方が安いので、大学からの帰り道に寄ることは多かった。家から徒歩で行くならコンビニが近いが、バイクに乗っていればスーパーまでの距離もたいした事はないのだった。
マンションは地下駐車場付の一LDKだ。
バイクを心配なく保管出来て、必要施設が近場にあって、大学までの道が走りやすいことが条件で選んだ物件の家賃は苦学生が払える額ではない。
オートロックのエントランスを潜り、部屋に入ればご立派な部屋が現れる。
残念なことに、広さと綺麗さが売りであるマンションだったが、それに見合うだけの家具はない。
必要最低限しか必要なく、掃除も別に趣味ではないので汚いという程ではなかったが、綺麗と呼べる程整然ともしていない。
十六畳程のリビングにあるのは食事をしたりする為のローテーブルと、作業用のデスク、パソコン、マルチモニターと三十二型の液晶テレビ。このテレビはもっぱらテレビゲームをする為だけに存在する。
テレビを見るのはパソコンのモニターでもできた為、ほぼ全ての時間をデスクに座って過ごすクラウドにとっては置き型テレビよりモニターの方が使いやすかった。
あとは壁一面の本棚くらいが唯一言えるまともな物だった。これも八割が漫画本やゲーム攻略本、バイク関係の雑誌など、趣味の領域に占拠されている。残りの二割が大学で必要な専門書や資料の類であったが、滅多に開かれることはない。
人が来るなら掃除くらいはしておくべきだったなと思ったが、今更言っても後の祭りだ。
どうぞと通した美形ツンデレ少年は、物珍しそうに部屋の中を見回している。
「適当に座っててくれ…ああ、テーブルの上片付けるの忘れてた」
ローテーブルの上に無造作に置かれたレポートとメモをまとめて掴み、デスクの上に避難する。思考をまとめる為に書き散らした物達は意味の繋がりもなく、一見すると記号の羅列でしかなかったが、それがそのうち脳内で一つの理論になるのだから重要なものなのだった。
買ってきた弁当を温め、飲み物を淹れる。
座ってていいと言ったのに、スコールは本棚を眺めやり、デスクの上のマルチモニターの前へと移動し興味深そうに見つめている。
中央に二十七インチモニターを配置し、左右に二台ずつ上下に十七インチモニターを並べている。メインに使っているのは中央のモニターだったが、左右四台は株取引の際に使う。
小遣い稼ぎに興味本位で始めた株取引だったが、今では立派な主収入になっている。学費も生活費も家賃も趣味につぎ込む金も、全てこの収入から賄っていた。自分には向いていた、それだけのことだったが、スコールは感心したようにため息をついた。
天才の思考はよくわからない。
「メシ食おう。腹減ったし」
「…ああ」
テーブルの上に出来合いの物を並べて、他人と一緒に食事をする。どれくらいぶりになるのか、少なくとも家に他人を入れたことはないので、大学に入った当時、バイトをしていた頃同僚と食事をしたくらいしか記憶がなかった。これはこれで新鮮だと思い、久しぶりに置き型テレビをテレビとして使う。
適当にニュースを流しながらスコールを見れば、スコールもこちらを見ていた。
「ん?どうした?」
問えば首を振り、デスクの下に置かれたタワー型のパソコンに視線を流した後、テレビの横に立てて置いてあるゲーム機へと顔を向けた。
「…ゲーム、好きなのか?」
問い返され、クラウドは頷く。
「いっぱい持ってるぞ。…やる?」
「いや、…どういう系?」
「RPGもあるしアクションもあるしFPS、RTSもあるしシューティングとかパズルゲーもある。話題作はほぼあると思う…マニア向けのやつとかも面白そうだと思ったやつは持ってる」
「へぇ…すごいな」
単語に疑問を示さなかった所を見るに、この美形少年もある程度ゲームをやるのかもしれないと思った。
「スコールはどういうゲームをやる?」
「俺?」
「ああ」
「RPGだな…手広くはやってない」
「へぇ。ゲームする感じには見えないけどな」
「…そうかな」
「スキップして大学来るくらいだから勉強漬けなのかと思ってた」
飲み干したコップに買ってきたペットボトルの茶を注いでやり、自分のコップにも注ぎ足す。小さく頭を下げて礼を言い、スコールはコップを両手で握り込んだ。何かを考えているようだったが、大人しく待つ。
「…本当は一年早く大学に行く予定だったんだが、遅らせた」
「え?それはそれですごいけど、何か理由でも?」
「…一年遊ぼうと思って」
「へ」
天才の思考はわからない。
いやこうか。今まで勉強漬けだったから、一年ゆっくり遊んでまた勉強漬けの日々に戻ろうとか、そういうことか。
まぁ脳みそ具合が先を行く天才なのだから、一年遊んだ所で問題はないのだろう。むしろ青春を謳歌しようと思っただけすごいのか。評価してやるべきところなのか。
大学に入ってからの己の自堕落具合を棚に上げ、クラウドは感心する。
「きっちり一年でスキップできるんだから、やっぱりあんたすごいんだな」
褒めてやれば、スコールが俯いた。両手で持ったコップの中の液体が揺れている。もしかして照れているのか。
クール系美形キャラのデレは最強だなとクラウドは思う。実際に目の前でやられたときの破壊力は凄まじい。なるほどこれは需要があるわけだ。ゲームでもアニメでも漫画でもツンデレキャラは大人気なのだ。
納得した。
食べ終わった弁当の容器をまとめ、キッチンのダストボックスへ捨てる。明日はゴミの日だった。忘れないようにしなければ。
ローテーブルを片付けて、コップとペットボトルのみになり、さてどうしようかと思案する。
正直な所いつまでスコールがいるつもりなのかが不明だった。
今日は二十二時から定時コンテンツの為に集合する予定が入っていた。無論、オンラインゲームのことである。
遅くまでいるつもりなら行けないと連絡をしなければならなかった。
たかがゲーム、されどゲームである。生身の人間との約束である以上、ボイコットすると後々面倒なことになるので、欠席する際には事前連絡を求められる。面倒だったが、コミュニティの一員である以上よほどの緊急事態でもない限り、コミュニケーションは避けられない。
静かにテレビを見ている美形少年の横顔を窺ってみる。
楽しいのだろうか?謎だった。
特に会話が弾むわけでもなく、ゲームをするわけでもなく、ただ静かに座っている。
こちらが何かをしていても気にしないのならいてもらってもいいのだが、さてどうするか。
ひとまず、パソコンの電源をつけて起動する。メールチェックや今日の株価の推移の確認もせねばならなかったし、関連ニュースも見ておかなければならないのだ。
「ちょっと失礼」
断りを入れて、デスクの前の椅子に座ってメインモニターと、マルチモニターの電源を入れる。
興味深げに見上げてくる視線を感じたが、見たければ好きに見ればいいのだ。
ゲームやアニメのキャラクターに入れあげる趣味はなかったので、壁紙もデフォルトのものだったし、エロ系のPCゲームの類もない。ブラウザのブックマークも基本的にはゲームの攻略関係と、株やニュース関連のものばかりだった。…いや、閲覧履歴をチェックされると色々ヤバイものは存在したが、そこまで見られる筋合いはないだろう。お前はストーカーじみた彼女かという話だ。だが気づいてしまったので一応削除しておくことにする。
ブラウザを立ち上げ、メーラーを立ち上げる。普段閲覧しているニュースサイトをタブ化して列挙し、マルチモニターには株価指数と為替の推移表と、利用している証券会社のトレーディングツールを引っ張り出す。ツール一つで銘柄の取引を複数行う事ができるので、便利だった。目をつけている銘柄の推移確認も忘れない。
何だかんだで、やることはたくさんあった。
立ち上がったスコールが背後から躊躇いがちに覗き込んで来る気配がするが、話しかけてくるわけでもないのでそのままにしておく。
手早く終わらせて、この後スコールがどうするのかを聞かなければならなかった。
一通り目を通し、明日買うべき銘柄の予測を立てる。
明日は大学に行く予定はなかったので、デイトレーダーとして集中できそうだった。
実の所、生活に困らない程度の金はすでに持っているのだが、他にやることもないので暇つぶしと実益を兼ねている。でかい利益は必要なく、でかい損失を出さなければそれで良い。
時刻を確認すると、二十一時だ。いつの間に。
一時間近くスコールを放置していたことに気づき、慌てて背後を振り向いた。
スコールは携帯を手にしたまま、ずっと静かに背後で立っていたようだった。
「あ、悪い。…集中しすぎて…」
「いや、構わない。興味深かった」
「…そうか?」
首を傾げて問えば、無言で頷く。さて、これからの予定を聞かなければならなかった。
「帰るなら送っていくが、どうする?泊まるなら泊まってもらっても構わないが」
後半は社交辞令というやつだ。いくらなんでも今日知り合ったばかりで意気投合したとも言えないような他人の家に、泊まるだなんて言わないだろうという推測からの発言だ。
だが今度はスコールが首を傾げて考え込んだ。
え、考えるのか?何で?
内心クラウドは焦る。
「…ご家族が心配するんじゃないか。まだ未成年だもんな」
しかも天才美形少年だ。そりゃぁご両親はさぞかし過保護に育てていることだろう。
だが予想を裏切り、スコールは首を振る。
「一人暮らしだからそれは別に」
「一人暮らし?」
「ああ」
「…へぇ、意外だ」
しまった墓穴を掘った。一人暮らしなら誰気兼ねなく外泊も可能だろう。しくじった。
スコールは言葉を選んでいるようだった。視線が時折部屋を彷徨う。
クラウドは諦めることにした。
「…じゃ、泊まっていけば」
だがベッドは一つしかないし、ソファもない。
今日は早めに寝ようと思っていたのだが、睡眠は諦めてベッドは美形少年君に譲ってやるしかないのだろうか…まぁ若いので死にはしない。一日くらいなら耐えられる。
いくら美形キャラとはいえ、同衾の趣味はなかった。
「…迷惑じゃないか?」
戸惑うようなスコールの言葉に、それはもっと早めに言って欲しかったなと内心で呟く。
「気にしなくていい。ところでスコール、明日大学は?」
「…朝イチから講義は入っている」
「そうか、大学行く前に家帰るだろ?」
「…そうだな。着替えと教科書を取りに行かないと」
「じゃぁ朝はちょっと早めに出よう…ああ、そうだ、今日これからちょっと約束があるんだが」
「約束?」
理解されるのだろうか、オンラインゲームの約束なんて。オンラインゲームのプレイ人口は全世界的に増えているとはいえ、まだまだマイナーなジャンルだった。期待はせずに、説明をする。
「…二十二時から集合することになってて、二時間位拘束されると思う。…もしゲームとか何か一緒にやりたいことがあるなら欠席することは可能なんだが」
どうする?と聞けば、スコールは寛容に頷いた。
「俺のことは気にしなくていい。…そのゲーム、横で見てていいか?」
「いいけど、つまらないと思うぞ」
「…つまらなくなったらテレビでも見るさ」
「そか」
集合時間まではまだ余裕があったので、風呂に入ることにする。
スコールに勧めたが後でいいと言われたので先に入り、出てきた時スコールはやはり携帯を手にメールを打っているようだった。
大学の友人はいなくとも、高校時代からの友人は存在するのだろう。
出てきたクラウドに気づいたスコールが、携帯を打つ手を止めて振り返る。
じっと見つめられ、クラウドは戸惑った。
「…どうした?」
「……」
何か言いたげな瞳だったが、口を開くことはない。
何故だか背筋に這い上がる寒気のような感覚があり、さらに戸惑う。
スコールが向ける目は友人に向けるものではない気がしたが、そこは気づかないフリをした方がいいのではないかと思った。
美形の訴えるような眼差しは心臓に悪い。
「…スコールもどうぞ」
努めて冷静に促せば、視線を逸らして頷いた。
途中だったメールを手早く打ち込み、送信する。
鞄の中に携帯を片付けて、風呂に向かうスコールにタオルや着替えを渡してやれば、ありがとうと素直に礼を言った。
お育ちは良さそうなのにな。
素直に礼を言ったり謝ったりできるのは美徳だと思うのだ。
タオルで髪を拭きながら、椅子に座る。
ああそういえば、隣で見たいと言っていたスコールの為に椅子を用意してやらなければ。
今使っている椅子は最近買い換えたものだったので、前使っていた椅子をウォークインクローゼットの中から引っ張り出した。
粗大ゴミとして引き取ってもらわなければならないのだが、市役所に連絡するのも面倒ならば、コンビニで金を払って引換証を買うのも面倒でそのままになっていた。今回はその不精が役に立ったということで、捨てなくて良かったと思うのだった。
先にゲームにログインをし、コンテンツ活動に必要なアイテムを用意する。最近は用事がある時しかログインをすることもなくなり、事前にあれこれ金策用にと余分にアイテムを作成したり用意したりということがなくなっていた。必要なものは購入する。自作すれば安く済むが、自作する為の材料を揃えること自体が億劫になっていた。
そろそろ潮時だなとは感じている。ただ定期的に大規模バージョンアップがあった時には、ログイン時間が多少増える。新コンテンツや新モンスターが追加されたり装備が増えたりするので、それらを一通り楽しんで、飽きたらまたどうでもよくなる、これの繰り返しだ。止めようと思えばいつでも止められるが、暇なのでずるずると続けている、そんな感じだ。
風呂から上がったスコールが、クラウドの隣の椅子に腰かけた。
じっと視線が注がれるモニターの中には、メインで使用しているキャラクターが佇んでいる。
色々と聞かれたらその都度説明してやろうと思っていたが、スコールは何も聞いては来なかった。ただ静かに、画面を見つめている。
一旦人が集まって動いてしまえば離席するタイミングが難しくなるので、先にキッチンで飲み物を淹れて持ってくる。
スコールの前に置いてやり、己の前にもコップを置いた。
集合時間になったので、集合場所でコミュニティメンバーに「こんばんは」と挨拶をする。
ゲームの中とはいえ、リアルな人間の付き合いがある。敵を作ってストレスになっては元も子もないので、必要なことは発言する。無駄話は興味がないので仲間に入ることもなく、ただ聞き流しておけばよい。
「こんばんはーって、あれ?」
「こんばんー、なぁなぁバッツー?今日二人休みって言ってなかったっけ」
「え?ああ、違うよジタン。休みって言ってたのレオンだけだよ」
「あ?そうだっけ…」
一年と少し前からこのコミュニティに所属しているが、レオンというのはその頃にはすでにいた古参メンバーだった。無駄口を叩かず、提案は的確で行動も理にかなっており、ジョブチェンジシステムが当たり前のこのゲームで前衛職ばかりを出したがるメンバーの中にいて、後衛職も嫌がらずにそつなくこなす、重要メンバーの一人と言って良かった。
「レオンがいないなら後衛が足りないな。俺が出そうか」
「え、いいの?助かるよーありがとな!」
後衛職を出すことに抵抗は別にない。どのジョブも必要に応じてチェンジしろよと言うのが持論である。むしろジョブチェンジをしたがらない方が馬鹿なのだ。奇妙なこだわりがあるのかもしれないが、頭が固いと言わざるを得なかった。無論、口に出しては言ったりしない。
後ろで携帯のバイブが震える音がした。
「…悪い」
「いや、全然構わない」
鞄の中から聞こえるそれを取り上げて、スコールが眉を顰めた。
「…どうした?」
「ああ、いや…何でもない」
険しい表情のまま文章を打ち始める。ケンカか?と思ったが、人様の事情に口を突っ込んだりはしない。
大きなトラブルもなくコンテンツを終了し、終わった時にはやはり零時だった。これから別のコンテンツをやらないかと言ってくるメンバーに断りを入れて、ログアウトをする。さすがにスコールを隣に置いたまま朝までゲームをやる気にはなれなかった。
スコールは終始画面を見つめたままだったが、時折クラウドを見ていたことを知っていた。何か聞きたいのかと視線を向けても逸らすので、結局まともに会話をすることもなかった。
「退屈だっただろう」
コップの中身を飲み干して、クラウドが気遣う。だがスコールは何故か楽しそうだった。
「…いや、隣で見れて良かった」
「…そうか?」
「どんな風にプレイしているのか知りたかった」
「……」
ん?
今何かが引っかかった。
スコールを見れば、視線が絡む。
先ほど感じた寒気のような物が、背筋を這う。
何だろうこれは。
世慣れぬ美形少年が、豹変したような気がした。
すぐ隣から伸びてきた手が頬に触れ、顎を伝う。
「ずっと親しくなりたいと思ってた」
ずっとっていつからだろう。こちらは初対面なんですが。
「大学であんたを見つけた時、俺は神を信じていいと思ったな」
「…え?」
スコールが立ち上がり、クラウドの頭を抱え込んで愛しげに撫でた。
何だ?
何なんだ?
この美形キャラは一体どうしたんだ?
困惑を隠せないクラウドの頬に手を添え上を向かせる。
椅子に座る男の膝の上に乗り上げて、スコールは背を引き攣らせる金髪に口付けを落とした。
「…っは!?ちょ…スコール!?」
仰け反ったクラウドの背中が背凭れに阻まれて逃げ場を失う。
「な、何だ?ちょっと、ちゃんと説明をだな…」
意味がわからないクラウドは引き気味だ。それはそうだろう。
だがスコールは説明を省略し、端的に用件だけを言った。
「クラウド、抱いてくれ」
驚愕で開かれた口が拒絶の言葉を登らせる前に、スコールはクラウドの唇を塞いで封じるのだった。
朝日が眩しい。
ベッドの上で目を覚まし、クラウドが起き上がる。
時間はまだ早かった。二度寝しようかとも思ったが、目覚めは良かったのでそのまま起きることにする。
習慣でパソコンの電源をつけて起動させ、喉が渇いたので水を飲み、もう一杯コップに注いでデスクへと向かう。
椅子に身体を投げ出すように体重を預け、ぼんやりする頭を活動させようと振ってみるが、効果はなかった。
えーと、今日は何日だっけ。
大学は休んでいい日だよな…。
モニターに表示させたニュースを眺め、コップを取ろうと手を伸ばす。
何かが手首に当たって滑り、床へと落ちてゴツ、と鈍い音を立てた。
「…あれ…?あ、」
それはシルバーの携帯電話。クラウドの物ではなかった。
思わず拾い上げて壊れていないか確認する為に画面に触れれば、届いていたらしいメールが開いた。
『レオンー片想いは通じたか?あいつがログインしてきた時にはびっくりしたけど、まぁお前なら上手くやってそうだよな!ちくしょーうらやましー!俺にもカワイイ女の子紹介しろ! バッツ』
読む気はない。
読む気はなかった。これは事故だ。
慌てて画面を閉じるが、遅かった。
不意に伸びてきた両腕が、クラウドの首に抱きついた。
いつの間にか真横に立っていたスコールだった。
「…お、おはよう…」
「おはよう、クラウド」
金髪ごしに携帯を取り返し、スコールもまた内容を確認した。簡潔に二言三言で返信し、さっさと送信した後には興味を失くしてデスクの上に放り出す。
躊躇いなくクラウドの膝の上に腰を下ろし、愛しげに抱きついた。
昨夜のように硬直はしないものの、戸惑いの残る手つきでクラウドは腰に手を回すが、スコールは満足そうに微笑んだ。
「…二年前、別のコミュニティのオフ会に行っただろうあんた」
「…あー…一回行った記憶が」
「そこにバッツがいて、あんたの写真を持ってた」
「…写真なんて撮ったっけ…」
言われてみれば、オフ会の様子を撮影しましたーと、コミュニティ専用サイトにアップされていたような気がした。プライバシーの問題があるのですぐにそれは削除されたはずだったが、ダウンロードでもして持っていた奴がいたのだろう。それがバッツか。
「…あんたの言動が気になって、写真あるよと見せられたら気になって、…一年棒に振った」
「……」
マジか。
恐ろしい愛の告白だと思った。
「…あんたのログイン時間が急に減って、我に返った。今のままじゃただのデータの向こうの他人で終わる。ゲームをやめたら過去の人だ」
「……」
「現実に返ろうと思って大学に入った…ら、あんたがいた」
運命って信じるか?と問われて眉が寄った。
それはすごい偶然だと思ったが、運命って何だそれ美味しいの?の世界である。クラウドには縁遠い話だった。
「……きっかけがなくて」
「ん?」
「講義が同じで」
「…ああ」
「…こんな機会もうないと思ったら、その…」
「……」
語尾が消えるように小さくなった。
恥ずかしがる割に行動は大胆すぎる気がしたが、膝の上で真っ赤になって恥じらわれても困ります。
天才美形少年はちょっと理解し難いが、引き寄せて力いっぱい抱きしめてやれば猫のようにすり寄って来るのがこれまた破壊的に可愛いと思う。
「…ゲーム、そろそろ止めようかと思ってたんだが、止めていいか?」
「……」
不安げな表情も可愛いなと思う。
ああ、完全に絆されたな。やられちゃったな俺。ハニートラップというやつか。単純すぎるな俺。
「…俺リア充生活憧れてたんだよな」
「りあじゅう?」
鸚鵡返しに聞き返すスコールの頬にキスをする。
「リアルの生活が充実しているってこと。…あんた、俺と一緒にいてくれるか?」
「…ああ、もちろん」
まぁいいか。
男を抱く趣味はなかったんだが、美形少年の破壊力が強すぎた。
そんなに嬉しそうに笑われたらもう、何も言えない。
ずるずる続けてきたネトゲ廃人を卒業し、クラウドはリア充生活を手に入れた。
END
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