人間性を、捧げよ。

  一つ目の鐘を鳴らし祭祀場に戻ったが、クラウドの姿は見えなかった。
  ひとまず助けた騎士ロートレクが無事祭祀場に戻ってきているのかが気になり、うろついてみれば下りた先、篝火を守る聖女の前方の柱に背を預けて座っていた。
  かつて人間であった頃の自分は他人の行動などに興味はなかったものだったが、同じ使命を帯び旅をする仲間と言う認識がどこかに働いているのだろうか、完全に無視を決め込む気にはならなかった。
  歩み寄れば向こうが気づいて声をかける。
「貴公には感謝している。私を解放してくれてな」
  親しげな声でありながらも、笑い声は不快を催す。善人ではなさそうだと思ったが、こちらに対して敵意を向けているわけでもない。敵対する理由はなかった。
  金色のフルフェイスで見上げながら、男は「人間性が限界のようだな」と突然言った。
「?」
  初めて聞く単語が多すぎて困惑する。首を傾げればどう受け取ったのか低く笑い、「わからんな」と呟いた。
「人間性など、そのあたりの馬鹿が無駄に溜め込んでいるではないか。貴公と馬鹿共、その価値など、比べるべくもないと思うがねぇ…」
「…どういう意味だ?」
「お互い明日をも知れぬ身だ。過ぎた馴れ合いはなしにしておこうぜ」
  教えてくれるつもりはないようだった。
  聖職者も同じようなことを言っていた。スコールも同感だった。
  過酷な使命とやらを背負わされた仲間といえば仲間であったが、目指す先が同じであるということはライバルとでも言うべき存在でもあるのだった。
  ここでパーティでも組んで一緒に行動しようと言えればいいのかもしれないが、仲間がいつ亡者になるかもしれない状況で、他者と共に行動することは危険を伴う。
  助けが必要ならば霊体を召喚し、後腐れがないように協力すればいいということなのだと、スコールは気づいた。
  違う世界の人間とはいえ、クラウドが異質なのだ。
  全面的に信頼していいものか、迷う。
  だが元々望まぬ旅であるので、強力な協力者の存在はありがたかった。
  篝火に戻れば、生身のクラウドが座っていた。世界が混じったというやつなのだろう、また少し離れた所に腰を下ろした。
「鳴らしてきたか?」
「ああ、下層の鍵を手に入れた」
「そうか。これから下層、最下層、病み村の順で攻略して行くことになる」
「…村の名前がすでに不吉なんだが…」
  病み村。
  まともではなさそうだ。
  自然眉間に皺が寄ったが、クラウドはそんなスコールを見てそうだなと頷いた。
「毒、呪い、疫病…色々厄介だから、敵の攻撃は食らわないほうがいいな」
「……」
  そんな無茶な。
「回復アイテムを仕入れる必要があるな。俺のをやろうか?面倒だからいつも所持量限界まで持っている。半分やっても全く困らないし」
「…いや、そこまで好意に甘えることはできない。自分に必要な物は自分で揃える」
「偉いな。…なら最下層に行く前に、商人の所に寄って行けばいいな」
「助かる」
  クラウドはこの世界のことを良く知っていた。
  己が経験し、数多くの人助けもしてきたからこそだということは理解したが、それにしても。
「…あんたは本当に良くしてくれるが、借りを返せるのはまだまだ先になる。いいのか?」
  人に借りを作りたくないという本音は言えなかった。
  ここで一人で放り出されたら、情報収集から何から何まで一人でやらねばならないのだ。
  …それが本来の不死人の在り方だということはわかってはいるのだが、そうなると非常に面倒だった。借りは作りたくないが、目先の知恵は有効活用したい。
  天秤にかけた結果は、セリフの通りであった。
  クラウドは一蹴した。
「俺がここに来た時は地獄だった。本当に一人で情報もろくになくて、死にまくったしソウルも人間性も失いすぎて亡者化するかと思ったくらいだ」
「……」
  あ、人間性。
「あの頃誰かに助けて欲しかった。今となってはいい思い出だが、あんたは俺より若いし…」
「…若いし?」
「俺は暇だし、気にするな。…いつか俺が困った時には、助けてもらう」
「ああ、わかった」
  このクラウドが助けを必要とする日が来るとは思えなかった。
  では精々タダで利用させてもらおうと思う。
  立ち上がり歩き出したクラウドに並んで、気になっていた人間性について尋ねてみる。「不死人と亡者との境界線」と抽象的な答えが返ってきた。
「…境界線?」
  首を傾げるスコールに、クラウドが補足する。
「アイテムとして持ってるだろう、黒いエネルギー体。黒い精。…まだ使ってない?」
「使ってない」
「それは緊急用の体力回復アイテムにもなるし、一度死亡して生身を失った時に使えば生身に戻れる。…外見亡者状態でも能力は全く変わらないが、それだと霊体は召喚できない」
「…なるほど」
「人間性を貯めると防御力が上がったりもする。特定武器においては攻撃力が上がる。必要に応じて使うといい。…これを全て失ってなお死にすぎると、亡者化が進む」
「…ああ、それで「人間性」」
「そう、人間が人間である理由」
  納得した。
  城下不死街から下層へ、下層から最下層へ、最下層から病み村へ。途中亡者の姿をした商人から毒などの回復アイテムを購入した以外は真っ直ぐ目的地を目指す。
  下層でサインを出すと言ったクラウドを霊体として召喚し、閉じ込められていた魔術師の不死人を救出した。ありがとう!と礼を言って去って行ったが、おそらく祭祀場へと向かったのだろう。
  山羊頭に肩から下は屈強な戦士の肉体を持ち、長く伸びた尻尾を振りながら大振りの剣を二刀流持ちして襲い来るデーモンを倒して最下層へ向かう鍵を手に入れ、名前の通り梯子をひたすら降りてついた先は汚水に囲まれた悪臭漂う場所だった。最下層の名にふさわしい、貧しさと不潔さと臭いであった。途中、料理の材料として樽の中に囚われていた不死人も救出した。呪術師だと名乗った男は心底喜び、助かったことに感謝をしていた。人間ほどの大きさもある鼠が我が物顔で走り回り、スライムなのかなんなのかよくわからないゲル状の塊が汚水の中に潜んで襲い掛かってくる。とにかく薄暗くて汚くて臭い。
  気分が滅入った。
  だがクラウドは平然と「病み村はもっと滅入る」と漏らしたのでテンションが下がった。
  病み村へ向かう鍵は最下層のボスが持っているということだった。
  ボスってどんなんだと思えば、巨大すぎるドラゴンだった。正統派ではない。ドラゴンゾンビと言えばいいのか、露出した肋骨部分は人を飲み込もうとパクパクと開閉していた。気持ち悪い。
  ここでも見つけた太陽色のサインは、ソラールのものだ。
  試しに召喚し、三人で挑んだがあっという間に倒してしまった。主にクラウドが。
  …クラウド強すぎる。あんたの武器なんだよ卑怯くさい。
  最大強化すれば強くなるとあっさり言ったが、俺が最大強化できる日はいつだ。
  手に入れた病み村の鍵を使って、最下層奥へと踏み込んだ。
「…暗いな」
「ああ」
「…足場が悪いな」
「ああ」
「…変な臭いしないか」
「病気、気をつけろよ」
「どうやってだよ!」
  敵の攻撃を食らうなと言われたことを思い出したが、ノーダメージで進めるものなのだろうか。
  明らかに汚物にまみれた図体のでかい亡者が棍棒を振り回して襲い掛かってくるのを倒し、人間サイズの亡者がなりふり構わず殴りかかってくるのを斬り倒す。
  腐りかけた狭い木組みの道を歩き、ひたすら下へと降りて行く。
  足を踏み外したら確実に即死する。
  慎重に梯子を使うスコールの横で、クラウドは梯子を使わず慣れた様子で下へと飛び降りる。
  あんたのすごさはわかったから、ちょっと控えめにしてくれないかと言いたかったが、スコールは耐えた。
  軽々と敵を薙ぎ払いながら、躊躇なく進む。
  うっかり足滑らせて落ちないかなこいつ。いやここで一人にされたら俺が困るんだがな。
  そういえば霊体は死ぬとどうなるんだろう。
「…霊体は死んでも自分の世界に戻るだけだ。何のリスクもない」
  なるほど、便利な存在らしかった。
  病み村の本当の最下層は、足場の悪い沼地であった。
「…この沼地、毒だから」
「…ああ…、アイテムはある」
「いや、移動中ずっと毒に冒される。体力が半分程度になったら遠慮なく回復しろ。敵も来るしじわじわ体力も蝕まれるから常に注意で」
「わかった」
「…篝火まで行けば一息つける。もう少しの辛抱だ」
「ああ」
  小振りの盾くらいの大きさの蚊や、人よりも大きなムカデや、黄金色にてらりと光る人程の大きさのイモムシなど、生理的嫌悪感を催す敵が満載で虫唾が走る。
  人間であった頃、こんなモンスターとは無縁であった。
  不死になってしまったばかりに何でこんな目に、と思わずにはいられなかったが、一人でないだけ、まだマシだった。
  …今前を進む金髪の男は、一人で乗り越えてきたのだった。
  洞窟のようなひっそりと奥まった場所に、篝火はあった。
  沼地から抜け出て一息つく。
  この場所には、サインがたくさん出ていて驚いた。
「…白いサインがそこら中にあるんだが」
  言えば男は苦笑した。
「ああ、ここのボス目当てだろう」
「……?」
  どういう意味だ。ここは確か、二つ目の鐘を守護するクラーグというのがいるはずだった。
「クラーグと戦いたくて、かつ闇霊の侵入も多い場所だ」
「…闇霊?」
「とりあえず、一人どれでも好きなのを召喚しておいてくれ。クラーグは二人でいいが、闇霊にスコールを殺されると困る」
「…殺されるって何だ」
  そもそも、闇霊って何だ。
  問えば男が振り返り、ああそうか、と頷いた。
「仲間として霊体を召喚できるのとは別に、見ず知らずの他人の世界に霊体として侵入することもできる」
「…侵入してきて、殺すのか」
「そうだ。闇霊の目的はその世界、そのエリアに存在する不死を殺すこと」
「……」
  待て。最初に会った時、クラウドは人助けと同時に「他の世界に侵入したりして遊んでいる」と言っていなかったか。
  …どういうことだ?
「スコール、一人召喚を。…あ、闇霊に侵入された」
「え」
「来るぞ。早く。霊体は死んでも構わない。あんたを守る盾として使え」
「…いや、そ、」
「元の世界に戻ればいくらでもまたサインは出せる。急げ!」
「…あぁ」
  好きなのを、と言われても好きなの、などいない。
  誰を呼べばいいというのか。
  沼地の向こうから、赤黒く輝く影が迫ってきていた。
  あれが、闇霊か。
  人助けをする霊体が白なら、あれは赤…いや、黒なんだな。
  感心しているスコールに呆れ混じりのため息を向けながら、クラウドは庇うように前に立ち大剣を構える。
「…俺が負けるような相手はまずいないだろうが、ターゲットはあんただ。あんたは自分の身を守ることを第一に考えてくれ」
「あ?あぁ、わかっている」
「もし万が一俺が死んだら、ここで待て…と言いたい所だが、たぶんそうなったらあんたも死ぬな」
「……」
  失礼なことを言われている気がする。
「人間性を捧げて人間に戻って、俺をまた召喚してくれ。ここに来る」
「…死んだら、だろ」
「ああ」
「死ぬかよ」
「……」
  振り向いたクラウドの顔は驚いていた。
  何を驚く事があるのか。死んでたまるか。そもそも、人間相手ならそうそう遅れを取りはしない。
  素人と同じ扱いをしてもらっては迷惑だった。…不死としては、素人も同然だったが。
  余所見をするなと睨みつければ、金髪を振って笑ったようだった。
「何だ」
「…いや、あんたが今まで死ななかったのは、運じゃなかったってことがよくわかった」
「…失礼だな」
「悪かった」
  素直に謝罪し、クラウドは前を向いた。
  スコールは召喚すべき相手を探す。
  あ、ソラールがいる。
  太陽色のサインに触れて、相手を確認することなく召喚する。
  他の世界から召喚する為、しばらく時間がかかる間に、闇霊はすぐそこまで来ていた。

「…珍しい男がいるな」

 随分と落ち着いた尊大極まりない声音が響く。その声を聞いて、クラウドが眉間に皺を刻んだ。
「…セフィロス、まだこんなことしてるのか」
「クラウド…生身の召喚主が無残に切り刻まれて行く様を絶望と共に見るがいい」
「させるか」
「…最初に私の世界にお前が侵入してきてから、決着がまだだったな」
「あんたが高所から落ちて死ぬからだろ!」
「不死は空を飛べない…落ちたら死ぬ」
「そもそもが落ちるなよ!」
「私の身の丈に足元の幅が足りなかっただけのこと」
「……」
  冷静そうで倣岸不遜な態度でありながら随分間抜けなことを言う闇霊だった。セフィロスと呼ばれた男はクラウドの知り合いのようだが、放っておいていいのか?
  だがターゲット俺って言ったよな。
  少し下がって二人の様子を見守っていると、召喚したソラールが万歳のポーズと共に現れた…あれ、違う。
「ソラールじゃない」
「…あ、こんにちは、俺フリオニールと言います。召喚してくれてありがとう!」
  丁寧に一礼してみせた男は、太陽色に輝いていた。
「…ソラールかと思ったんだが、あんたは違うようだな?」
「ああ、ソラールと同じ太陽の信徒になると、サインが太陽色になるんだ。…知らなかったかい?」
「初耳だ」
「そうか。ここにはソラールはいないみたいだ。…ところであの闇霊、倒した方がいいよな」
「あいつの知り合いらしいから、手を出していいのか迷う所だが…攻略の邪魔になるからさっさと倒していい」
「あんた迷いがないな。…了解した、攻撃する」
  実直そうで誠実そうな若い男は弓を構え、まだ戦闘も始まっていない闇霊セフィロスに向かって容赦なく矢を放った。
「む…っ」
  寸前でかわし、長すぎる刀を構えてセフィロスが口端を歪めて笑う。
「いいだろう、来い」
  フリオニールは遠隔攻撃主体のようだった。
  距離を取って、武器を投げ弓を構えて矢を撃つ。
  こういう戦い方もあるのかとスコールは一人傍観の構えで感心した。
  さすがに多対一の戦闘に加わる気にはなれなかった…が、セフィロスが明らかにこちらを狙って距離を詰めてきたので容赦なく応戦することにする。
「あんた、クラウドと決着をつけるんじゃなかったのか!」
  長すぎる刀の一撃をかわしながら言えば、男はうっすらと笑みを刷く。
「三対一では分が悪い。お前を殺して日を改めるとしよう」
「死ぬのはあんただ!」
「威勢がいいな」
「威勢がいいのはあんただセフィロス!スコールに手を出すなこの野郎!」
  無視された形のクラウドがセフィロスに迫り、大剣を振り下ろすが男は横にかわしてみせ、長刀が一閃するたびに光を反射し煌いた。少し離れた所で矢を撃つフリオニールの攻撃が地味に効いているらしく、次第にセフィロスの表情が不機嫌になっていく。
  ああ、ちくちく離れた所で攻撃されるの、ウザいんだよな。
  その気持ち、理解するぞとスコールは思ったが敵なので情けはかけない。さっさとお引取り願わなければ。
  だがセフィロスは偉そうな態度を取るだけあってなかなか強い。攻撃はかすめるものの、ダメージらしいダメージを与えることは適わない。
「いい加減諦めて帰れ」
「私の正宗が血を欲しているのだ」
  そんなご立派な名刀とは知らなかったとスコールが言えば、セフィロスより先にクラウドが口を開く。
「それはただの物干し竿+15だ!」
「え?」
「……っ!」
  セフィロスが恐ろしい形相でクラウドを睨みつけたが、クラウドは平然とその視線を受け止めた。
「いいかセフィロス、それは刀という呼び名ではなく、も の ほ し ざ お と呼ぶんだ!わかったか!!」
  最大強化済みだから、+15というらしかった。なるほど。
  物干し竿といえばあれだ、洗濯物を干すやつだ。
  無邪気を装って言ってやれば痛恨の一撃となったようで、セフィロスがよろめいた。
  可哀想だと思う気持ちなど欠片も持ち合わせていないクラウドがセフィロスの背後から致命の一撃を食らわせた。見事と言う他ないほどに、容赦がない。
「…こ、…」
  がくりと跪きながらセフィロスが小さく漏らす。
「何?」
  腕を組んで見下しながらクラウドが仁王立ちした。
「この世界の武器の名前の付け方、間違っている…!」
「いや素直に認めろ現実を!物干し竿を手に入れたら誰でもセフィロスプレイが楽しめるんだからな!」
「……」
  やめて楽しまないで私だけの武器なのだからー!
  …という、断末魔は聞こえなかったが哀愁を漂わせてセフィロスが消えた。闇霊の脅威から解放されたのだ。
「…闇霊は死んでも問題ないんだよな?」
  スコールが消えた地面を見つめながら問えば、クラウドは静かに頷く。
「全く問題ない。リスクはない」
「そうか、じゃぁ気にする必要はないな」
「ああ、あれはただの邪魔者という定義で問題ない」
「なるほど…」
「闇霊はまたいつ来るかわからない。クラーグを倒すなら、早く倒してしまった方がいいんじゃないか」
  フリオニールが今度は片手剣と盾を持ち、近接スタイルへと移行したようだった。どれだけの武器を使いこなしているのだろう、器用だなとスコールは思う。
「そうだな、話なら移動しながらでも」
「ああ、わかった」
  篝火から離れ、クラーグの住処へと向かう。沼地に足を取られるのが不快だったが、味方が二人もいれば怖いものはなかった。
「クラウド、あんたは闇霊として他の世界に侵入していたと言った」
「ああ」
「不死を殺して回っていたのか」
「…昔の話だ」
「……」
「告罪されたり、復讐霊に命を狙われたりもしたが、物凄い金額…もとい、ソウルを支払って免罪したから俺はもう許された」
「…許されたとかいう問題か」
「オズワルドがいただろう?」
「…オズワルド?」
  スコールは首を傾げる。どこかで聞いたことがある名前だったが思い出せない。
「ガーゴイルを倒して鐘を鳴らした後、教戒師がいただろう」
「あああれか。物凄く嫌な笑いをする奴だった。スルーしてしまったな…」
「あいつが免罪してくれる。殺人を犯してしまったり告罪されたら、奴に頼んでみるといい」
「……」
「……」
  スコールとフリオニールは沈黙し、互いに顔を見合わせた。誰が殺人などするものか。
  闇霊として他人の世界に侵入したいとも思わなかった。
「復讐霊というのは?」
「助っ人である霊体が白、闇霊が赤もとい黒だとするなら復讐霊は青だ。俗に暗月警察と呼ばれる」
「…警察」
「言っておくが俺は暗月警察だったこともある。罪人を裁く為に他人の世界に侵入するんだ」
「…それでまた不死を殺して回ったのか」
「…罪人だし。…昔の話だし…」
  クラウドの口調が言い訳がましい。
  とても親切でいいヤツだと思っていたが、ちょっと認識を改める必要に迫られた。
  横で聞いていた知り合ったばかりのフリオニールは何故か感動しているようだった。
「おい、フリオニール?」
「クラウド、あんたすごいな。相当先行しているんだな。…暗月警察、俺も話には聞いていて興味があったんだ。だがまだやっと二つ目の鐘を鳴らした所で…まだまだ腕を磨かなければならない」
「ああ、それであんたサインを出していたのか」
「その通りだ」
  恥ずかしながら、と頷いた男の顔は赤い。
  それだけではなさそうだがな、とクラウドは思ったが口には出さなかった。
  クラーグの住処は繭の中というのがふさわしい場所だった。卵のようなものに寄生された不死が地面を這っているのがなんとも不気味だ。
  クラウドが躊躇なくその卵に大剣を突き刺せば、血飛沫を上げて開いた口から幼虫が五匹ほど飛び出した。…やめろこれもまた生理的に無理。
  地面をぴょんぴょん跳ねて襲い掛かってくる幼虫をまとめて潰し、「気持ち悪いな」と呟くクラウドの方が正直どうかと思ったが、ここは何も言わずにスルーした。
「ああそうだスコール」
「…何だ?」
  敵に対するアドバイスをくれるのかとクラウドを見やれば、静かな表情で頷いた。
「範囲攻撃が痛いから気をつけろ。あとここを倒したら接続が切れる。鐘を鳴らしたらそこで待っててくれたら迎えに行こう」
「…迷子になるような構造なのか」
「いや、迷子にはならないが、エンジーの対応を間違えると罪人になってしまう…あと、祭祀場まで戻らねばならない」
「…ああ…」
  来た道を戻るのは大変そうだった。
  わかったと頷けば、フリオニールが不思議そうな顔をして「友達なのか?」とのたまった。
  友達という関係なのだろうか、人生の先輩と言うべきなのだろうか。
  首を傾げるスコールとは違い、クラウドは「そういうことにしておいてくれ」と言って肩を竦めるだけだった。
  クラーグが待ち構える広間へと足を踏み入れる。
  出てきたのは巨大な紅い蜘蛛と一体化した、上半身裸のなかなか美しい女だった。
  何故裸?
  …いや、デーモンであるので、裸であっても一向に構わなかったが上半身だけ見ると普通の人間の美女だった。
「ゴクッ…」
  隣でフリオニールが唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。
  スコールとクラウドは、このエリアでサインが多い理由についてため息を漏らした。
  ああ、そういうこと。
  動機が不純だなと思ったが、責める気にはなれなかった。
  この世界、癒しがないもんな。
  納得だった。
  言われたことに注意しながら溶岩を吐き出し衝撃波を飛ばしてくる蜘蛛と間合いを計りつつ、女の振り回す炎の剣に攻撃されないよう細心の注意を払って戦うのだった。
 
 
  
 
 
  二つ目の鐘を鳴らした所で、生身のクラウドがどこからともなく現れた。
「あれ、あんた早いな」
「俺の世界には仕掛けがある。あんたもいずれ使えるようになる」
「はぁ…」
  世界の不思議については、あまり考えないことにした。おいおい理解できるという男の言葉をいちいち疑っても仕方がない。
  案内されるに任せて隠しエリアに入る。
  こんな所に…ああ、親切なメモ書きが地面にあった。隠し部屋あり。誰とも知らぬ助言はくだらない戯言も多かったが、助かることもまた多かった。
  中に進めば、クラーグの広間に入る直前地面を這っていた卵に寄生された不死と同じ奴が行く手を塞いでいる。
「怪しい奴め…お主何者だ?新しい従者か?」
  喋った。
  従者とは何だ。
  はいと答えろと耳元に囁かれ、はいと答えれば道を開けてくれた。何かぶつぶつと呟いているが敵ではなさそうだった。
  中に入れば篝火があり、火を灯す。隣を見れば壁一面の蜘蛛と卵に囲まれた上半身裸の女性が両手を胸の前で組んで静かに佇んでいる。
  あの卵に寄生された不死が仕えているのが、これか。
  襲い掛かってくる様子もなく大人しいものだった。クラウドも特に何をしろとも言わず、祭祀場へ戻る道筋を説明し出す。
  一度エリアのボスを倒してしまうと、そこに霊体を再度召喚することは出来ないのだと言った。
  来た道を戻るのではなく、別ルートを使うと言うが、生身ではいつ世界がずれてしまうかわからないから、道筋を説明しておくというのだ。
  …基本的に、クラウドは親切でいい奴だった。
  不死を殺して回っていたというのを聞いても未だに信じられない気持ちもどこかにあったが、本人が認めているので事実なのだろう。
  いつかスコールに対しても殺意を向けてくるのだろうかと考えれば憂鬱だったが、元々不死はいつ亡者と化してもおかしくない。
  そうなったらそうなった時だと腹を括る。
  戦わずに済むのならそれにこしたことはないのだが。
  説明後、クラーグの住処を出て横に逸れた。木組みの足場を登っていき、水車に乗ってさらに上へ。
  飛竜の谷を抜ければすぐだという話だったが、薄暗く狭い足場に緊張を強いられる。
  病み村を出て飛竜の谷に出たところでクラウドの姿が消えたが、自力で祭祀場まで戻る事ができた。
  安堵したところに、クラウドが歩いてくる。神出鬼没だったが、もう驚かない。
「良かった、ちゃんと辿り着けて」
「ああ、なんとか」
「そこに、蛇がいるから話を聞いてくるといい」
「…蛇…?」
  祭祀場には救出した不死人が揃っていたが、ひとまず蛇を優先する。
  蛇と言うより出来損ないの竜にも見える赤目の生き物が、祭祀場奥の水場にひょっこりと頭と首を出していた。口臭が酷い。
「おお、お主か。目覚ましの鐘を鳴らしたのは」
  嬉しそうに目を細め、裂けた口で笑ったようだった。
  スコールのことを勇者と呼び、大王グウィンの親友であると語った蛇は王の探索者フラムトと名乗った。
  不死の使命を伝えると言い、大王グウィンを継げという。
「かの王を継ぎ、再び火を燈し、闇を払うのだ」
「……」
  突然のことに言葉が出ない。
「王都アノール・ロンドへ行き、王の器を手に入れねばならぬ」
  また新しい単語だった。
  王都ってどこだ。
  二つの鐘は、使命を受ける為の試練だったと言うことだ。
  先が思いやられた。
  振り返ればクラウドが腕を組んで見守っていたが、その表情には何の感情も浮かんではいなかった。
「…クラウド?」
「…ああ、王の器はあると便利だ」
「……」
  便利とかいう問題なのか?
  問えばすぐにわかるとはぐらかし、篝火へと向かって休憩し始めた。
  王を継ぐということは、火を継ぐということらしかった。では神話で謳っていた火継ぎの為の旅立ちは、成功したということだった。
  火は継ぐ事ができる。
  火を継げば、人間の世界に朝と昼が戻ってくるのだろう。
  …不死になった俺を迫害し幽閉した、あの世界が、だ。
  継げと言われて果たして継げるものなのか。そこにいたる試練で判断されると言うことか。
  急に言われても困るんだがな。
  スコールはため息をつき、ひとまず休憩するためにクラウドの元へと歩み寄るのだった。


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