人間性を、捧げよ。

  アノール・ロンドは巨大な都市だった。
  街並みは建築様式が統一され、石造りで多くの職人がその人生を賭けて創り上げたかのような白い建物群は沈み行く夕陽を受けて赤く染まっている。
  精緻な装飾を施された手摺が美しく、塵一つなく磨かれた床は一体誰が管理しているのやら、出歩く不死一人見当たらない大都市はまるで生活観がなかった。建物の中はどこも王宮もかくやと言わんばかりの手の入れようで、天井は高く柱も壁面も全てに彫刻と装飾が施されていた。
  無人かと思われたこの場所に、衛兵として立ちはだかるのは巨人だった。人がいた、というのは喜ばしいことなのか、敵として襲い掛かって来るのだから悲しむべきなのか。
  己の三倍はありそうな身の丈の衛兵は全身鎧に身を包み、身体全体を防御できる巨大な鋼鉄の盾を持ち、繰り出す槍はリーチが長く早かった。
  ここの敵は巨人なのかと気を引き締め、最初の篝火を目指す。道なりに進めばあるという話だったのでその通り進めば、左に細道があり下り階段があった。迷ったが、降りてみる。狭い空間に篝火があり、壁に背を預けて女騎士が立っていた。
  人がいることに安堵すると同時に、多少残念な気分もあった。この飾り物めいた美しい都に、人は不要な気がしていたからだった。
「久々の巡礼者か。棄てられた都、アノール・ロンドへようこそ」
  この世界の装備品は防御の為にフルフェイスであることが多く、女騎士の顔もまた、他の騎士達のように窺い知ることはできなかった。
  真鍮の全身鎧であったが、カリムの騎士ロートレクが装備していたものとは装飾も形も異なっていた。優美な曲線を描くデザインはシンプルで美しい。
「…あんたは」
「私はここの篝火を守っている。…棄てられた都とて、勇者に導きは必要だろう?」
「なるほど」
  この王都へ来る者の目的は一つしかないとでも言うように、女の言葉には迷いがなかった。
  王の器を手に入れる為王女グウィネヴィア様に会えと言われ頷く。
  王族というものが都市においてどこにいるかと言えば、一番大きい建物であることは明白だった。
  目指す先は真っ直ぐ進んだ大聖堂だな、と見当をつけ、クラウドのサインを見つけて召喚した。
「…結構待ったけど、迷子になったか?」
  開口一番、失礼なことを男は言った。
「ここまでの道でどうやったら迷うんだ」
  景観に見とれていたと素直に言うのは気恥ずかしく、スコールは首を振る。
「まぁ、いい。目的は聞いたな?」
「ああ」
「ここも闇霊と復讐霊が良く来る。霊体を一人召喚した方がいいな」
「…闇霊はともかく、復讐される覚えはないぞ?」
「ああ、そうか。あんたはまだ罪人じゃなかったな」
「…まだ、って言うな」
  罪人になる気はないし予定もない。クラウドは自分の世界で一体どんな酷いことをやらかしているのやら、興味は沸いたが聞く勇気は持てなかった。
  円形の機械仕掛けのエレベーターに乗って下に降り、長い橋に出た。
  遥か遠くに一際目立つ大きな大聖堂があり、両側に聳え立つ建物は、多くの尖塔群の鋭角的なシルエットとアーチや柱に施された曲線的なデザインとが融合し、美しかった。
  真っ直ぐ進めば大聖堂まですぐなのだろうが、そうは問屋が卸さない。
  橋の中央部はぽっかり穴が開いており、上の階と思しき場所に可動式の大回廊が存在していた。
「……」
  あそこまで行かなければ、大回廊を降ろすことはできなさそうだ。
  大幅な回り道を余儀なくされるのならば、この広い王都で一体どれだけの時間がかかることやら、気が遠くなる。
  橋の上には白いサインがひしめきあっていることから、この場所の人気ぶりが窺えた。どうせ手助けするなら心癒される美しい場所がいいということなのだろう。
  誰を誘えばいいのか迷う。
  装備がまともそうで、武器がまともそうで、動きも良さそうな奴…。
  誰も彼も似たり寄ったりで選び難い。
  クラウドは橋の欄干に寄りかかり、大聖堂を見ていた。
  まぁいい、とりあえずこいつで。
  召喚し現れたのはおっさんだった。見事な体躯に大きな幅広の剣を軽々と担いでいたが、様になっていた。
「呼んでくれてありがとよ。ジェクトって呼び捨てでいいぜ。堅苦しいのはなしな」
「…スコールだ。初見なんだが、クリアしたい。よろしく頼む」
「おっ、いい心がけだな。そっちの金髪のにーちゃんもよろしくな」
「…クラウドだ」
  軽く会釈し、ジェクトが先導するのを止めはしない。
  行き止まりになっている橋ではなく、横の段差を飛び降りた。どこへ行くのかと見守るスコールを尻目に、ジェクトとクラウドは迷うことなく橋と隣の建物を繋ぐ飛び梁へと飛び移る。
「…そんな所渡れるのかよ…」
  人一人が渡れる幅の、高所にある屋根である。間近に見る尖塔はどれも細工が美しかったが、下を見たら負けである。隣の建物へと梁伝いに移動して、窓ガラスの壊されたテラスへと飛び降りた。
  中に入れば白尽くめの敵にナイフを投げられた。絵画守りと呼ばれる白尽くめは、下の階に飾られている大きな絵画を守っているらしかった。
  天井の梁伝いに大広間を端まで渡ると言われ、落ちたらもちろん即死なので注意な、と忠告されてため息をついた。
  天井に吊るされた巨大なシャンデリアよりもさらに高い場所を、細い梁の上でバランスを取りながら敵の攻撃を受けながら進む。ジェクトとクラウドは慣れた様子で敵を遥か下方へと蹴り落としていたが、初見でこの梁の上を走り回れるだけの元気はない。
  先へ進む二人の後を歩いて進み、窓からテラスへと出ればそこは大回廊へと繋がる廊下になっていた。
  レバーを操作し、下へ降ろす。
  正面に大聖堂を臨み、早かったなと思ったが正面扉は閉まっていた。
「…これ、さらに回り道して窓から侵入しないとダメなんだよな」
「面倒くさい」
「……」
  そんな簡単にはいかないよな、そうだよな…。
  知らずため息が漏れたが、もう慣れてきた。
  そしてお馴染みとなりつつある闇霊の気配。
  どこに現れるのかと思えば、正面扉の目の前に赤い光と共に現れた。
「…っしょっと」
  首を回しながら周囲を見渡す赤黒い影に、クラウドが問答無用で突っ込んだ。
  大剣を振り下ろすが、横に飛んでかわされ距離を取られる。
「あ、あっぶないなぁ!あんたに用ないっての!俺ティーダ!ジェクトっていうおっさん探してるんだけど、知らないッスか?」
「……」
「……」
  随分気さくな闇霊だった。
  スコールとクラウドは思わず顔を見合わせて、同時にもう一人の霊体を見る。
  幅広の黒い剣を地面に突き刺し、男はため息をつきながら頭をかいていた。
「…クソガキが、人様の世界に迷惑かけてんじゃねぇ」
「あっ!いたクソ親父!俺の人間性返せよ!!」
「はー?勝負に負けた代償っつーやつだろ。文句言ってんじゃねぇぞガキ」
「うるっさいな!負けてねぇっつーの!敵に絡まれて死んだだけだっつーの!」
「間抜け」
「クソ親父ぃぃぃぃぃ!勝負だっ!!」
  武器を構えて姿勢を低くした闇霊ティーダは、ジェクトとしか戦う気はないようだった。
「あー全く面倒くせぇ…スコールよ、悪ぃが先に行っててくれや。こいつ片したら追っかけるからよ」
  仕方がねぇと呟いて、ジェクトはスコールに詫びた。責める気にもなれないし、闇霊の相手をしてくれるのなら助かる事実に変わりはない。
「…ああ、わかった」
「親子で不死で敵なのか?変な関係だな」
  蝙蝠羽のデーモンを片付けながらクラウドが首を傾げる。親子で不死、なら運が悪かったなで済まされる話ではあったが、敵対しているというのは珍しい。
「敵じゃねぇ。俺様の敵なんかになれっこねぇよこんなヒヨッコ。まぁったく、誰に似たのやらかわいくねぇ」
「あんたには似てねぇよ!」
「あーそりゃ良かったな!」
  精神年齢的には同レベルで似た者同士なのかもしれない。
  向き合い武器をぶつけ合う二人を置いて、スコールとクラウドは先を目指す。
「…変な親子」
「確かに。…スコールの親は不死じゃないのか」
「…そんなこと聞いてどうする」
「なんとなく。…俺の親はどちらももう死んでる」
「そうなのか」
「スコールは?」
「……」
「スコールは?」
「……」
  どうしても聞きたいらしいクラウドは、敵の大矢をかわしながらも質問に余念がない。
  銀色の鎧に身を包んだ敵の騎士をクラウドは銀騎士と呼んだが、奴等は王族に仕える騎士だと言った。大王グウィンとその一族を、守っているのだ。
  かつて大王グウィンが火継ぎの旅に出る際、王について行ったのは黒騎士、王都に残り警護の任に当たっているのが銀騎士だという話だ。
  栄華を極めた全盛期の神々の都は、光り輝いていたという。
  今行く手を阻む銀騎士は竜を狩る為の大弓と矢を使い、全力で進行を阻止しようと攻撃してくる。
  これを乗り越えられなければ、王を継ぐ資格はないのだった。
  霊体に助けられている時点で、王を継ぐ資格があるのか?という疑問については考えない。利用できるものを利用するのは当然のことだからだ。
「…で、スコールは?」
「しつこいな」
  飛び梁を伝って大聖堂の壁沿いのでっぱりに足をかける。狭い。細い。こんな所で警護している銀騎士もご苦労なことだと思うが、クラウドは容赦なく斬り倒してテラスへと降り立ち建物の中へと侵入した。
「…ス」
「母親はいない。父親はまだ人間だ」
「…そうか」
  引き下がった。
  大人しく建物の中を攻略していくクラウドの背中を見つめながら、ため息をつく。
  最後まで呪われたダークリングを隠し通し、人間として生きろと言ったのは父親だった。だが人間ならば即死するはずの傷を負っても死ななかったので、ばれた。
  流刑に最後まで反対したのも父親だった。
  だが、「世界を敵に回しても」なんてことは、現実問題不可能だ。
  国外逃亡したところで不死の行く所などなかったし、人間である父親は人間の世界で生きねばならず、己のせいで立場を失うことは望まなかった。
  父親も、姉にも等しい存在にも、友達にも、不死というレッテルを貼り侮蔑の眼差しを向けられなかっただけでも幸せなのだと思っている。
  二度と会うことはないだろう人達。正気を失うその瞬間まで、忘れずにいたいと思う。
「…この部屋、篝火がある」
「ああ」
  中に入れば、懐かしい男が篝火前で座っていた。
「…ソラール」
  生身で会うのは不死教区以来だったが、何度か太陽色のサインを見かけることはあった。
  相変わらずバケツのような兜に、実に個性的な太陽のイラストが描かれた鎧と盾を持っていた。
「おお、貴公。こうして直接会うのは、久しぶりだな」
「ああ」
「召喚は、上手く使っているか?もし俺の光り輝くサインを見つけたら、遠慮なく召喚してくれ。助けになりたいのさ」
  穏やかに笑う男もまた、アノール・ロンドに来れるだけの力を持っているのだった。
  彼の目的は「太陽を見つけること」らしかったが、それでも同じ道を行く仲間がいると思えば心強い。霊体として召喚する者達も同じ道を行く仲間ではあるのだろうけれども、一期一会の感が強く、生身でこうして見える事は大切なのだと実感する。
「貴公は、良く俺に話しかけてくれるな。俺に付き合うなど、貴公もかなりの変人かもな」
「…変人…」
「いや、悪い悪い。冗談だよ、冗談」
  豪快に笑ってみせる男には嫌味がなかった。
  苦笑交じりのため息で返し、待たせているクラウドの元へと急ぐ。
  暇だったらしいクラウドは、近辺の敵を一掃していた。
「…ジークマイヤーにも、会っておくか?」
「あのタマネギオヤジか?ここにいるのか」
「ああ」
  センの古城で出会ったのはつい先刻のことだった。鉄球ゴロゴロのせいで進めないと言っていたが、方向をずらしてやったことで進めたのだと思うとなんとなく嬉しかった。
  少し遠回りになったが、一つ隣の塔へと入り、部屋の前で立ち往生しているジークマイヤーに話しかけた。
「うーむ…ウムムム…さてどうしたものか…」
  腕を組み、丸いタマネギのような兜の下で唸る男を尻目に、クラウドはさっさと部屋の扉を開けて中の敵を片付けに入っていた。
「どうした?」
  声をかけてやれば、気づいて声を上げ、出会いを喜んだ。
「貴公もどうやら同じ境遇のようだな。銀の騎士から逃げてきたのだろう?なあに、恥じることはない、私も同じだ。無謀は阿呆の仕業だからな。今いい策を考える。協力してなんとかしようじゃないか!」
「……」
  憎めないおっさんだなぁと思う。ある意味微笑ましいというべきなのか。
「どうしたものか…。やはりあと三人、いや五人は必要か…。うーむ、悩ましい…」
  考え込むジークマイヤーを見つめるスコールの背後の扉から、クラウドが出てきた。
「終わったぞ」
  部屋の中を見やれば、全ての銀騎士が片付いていた。
「…終わったぞ、ジークマイヤー」
「ウムム…!お、おお!まさか貴公…あやつらを倒したのか!」
  正確には、俺じゃなくてクラウドなんだがな、とは言わない。大人しく頷けば、感嘆のため息を漏らした。
「なんと豪気な…だが助かった。カタリナのジークマイヤー、貴公に礼を言おう」
「いや、構わない。気にしないでくれ」
  だが感嘆だけでは済まなかった。
「貴公が心配で言うのだが、あまり豪気なのも考えものだぞ…。無事だから良かったものの、私の策を待つこともできたのだからな」
  説教は嫌いだったが、倒したのはクラウドだ。
  それにこの世界で他人に説教するような不死がいることに驚きを隠せないスコールは、反論するでもなくそうだなと呟いて、別れを告げた。
  先へ、進まなければならなかった。
「大聖堂正面の扉を開けておこう。後々楽だ」
「ああ」
  ジェクト達が扉の向こうにいるはずだったが、勝負はついたのだろうか?
  大聖堂内部を守る銀騎士と巨人衛兵を始末して、扉を開く。扉も人間の力ではとても開ける大きさではなく、機械式になっていた。
  外に出て周囲を見渡してみると、橋の上でこちらに向かって歩いてくるジェクトの姿があった。
「…勝ったみたいだな、ジェクト」
「そうみたいだな」
  手を振り駆け出した男の合流を待つ。開けてくれて助かった、すまなかったなと謝るジェクトに構わないと頷いて、スコールは首を傾げた。
「息子はどうした?」
「まーたあいつ橋から落ちやがった。身軽なのはいいが飛びすぎだな。教育的指導が必要だ」
「…なるほど…」
「親子喧嘩ができるとは羨ましい限りだな」
  クラウドの言葉が、何故だか胸に刺さる。
「そうかぁ?あいつには人間として大成して欲しかったんだがよ…」
  親不孝者め、と吐き捨てる父親の姿もまた、痛い。
「…なりたくて、なったわけじゃない」
  ティーダを代弁するようなスコールの発言に、二人が顔を見合わせた。
「エリアの主を倒そう。ここの敵は強いのか?クラウド」
「…あぁ、」
  大聖堂最深部に、ボスはいる。
  歩き出したスコールを追って、ジェクトとクラウドも歩き出す。
「…あー、そのよ、スコール、悪かったな」
  躊躇いがちに、髭面のオヤジが謝罪した。強面のおっさんに謝られてもどうしようもない、スコールは頭を振った。
「何故謝る?」
「お前さんにも親いるからだろ、さっきの発言はよ」
「…それが?」
「いや、それだけだ」
「…そうか」
  あんたの息子に直接言ってやれよと思ったが、言ったところで素直に受け取るような息子とも思えなかった。クラウドにボスの説明をと視線を流せば、頷いた。
「…大王グウィンには四騎士がいた」
「四騎士?」
「ああ。「竜狩り」オーンスタイン、象徴は獅子。「深淵歩き」アルトリウス、象徴は狼。「王の刃」キアラン、象徴は蜂。「鷹の目」ゴー、象徴は鷹。長であるオーンスタインのみが存命してして、他の三名は他界している。…四騎士にはそれぞれに対応した指輪が存在し、装備することで四騎士の能力を発揮することができる」
「…ほう」
「ここの倒すべき敵はオーンスタインと処刑人スモウ」
「…変な名前だな」
「四騎士になれる実力はあったようだが、残忍すぎる性格が災いして推挙されることはなかったという話だ。巨人で大巨漢ででかいハンマーを振り回す、パワー一辺倒の敵だ」
「なるほど」
「詳しいなおめぇ。調べたのか?」
  感心しきりのジェクトを見上げ、小さく頭を下げる。
「どうも。まぁ、それなりに」
「へぇ。じゃぁよ、ここの王女は巨人だが王子は人間サイズだろ。あれなんでなんだ?」
  王女と言うのはこれから王の器をもらうべき相手のはずだった。
  ここには王子も存在するのだな、と思ったがそれもおいおい知ることになるだろう。初見で情報を持たないスコールは静かに二人のやり取りを眺めやる。
「タダで教えてやるほど俺は親切じゃない」
  だがクラウドはにべもなかった。
「……」
「……」
  思わずジェクトが沈黙し、スコールは首を傾げた。
  自分で調べれば、と言い切ったクラウドにジェクトがため息を零し、スコールの肩に手を伸ばして耳元に囁いた。
「おいお前さんよ、クラウドにいくら払ったんだ?」
「…いや、何も」
「んなわけねぇだろ~?…まぁいいけどよ、そのうち自分の足で調べるか」
「…そうしてくれ」
「おい、こそこそするのやめろ…あんた、盾やるか?スコールと一緒に攻撃するか?」
  ひそひそと内緒話をする二人を遮るように冷めた視線を投げつけて、クラウドが腕を組んで促した。
「盾でいいぜ。お前さん、どっちから攻撃すんだよ」
「…どっちでも問題ないのか?」
  クラウドを見れば、頷いた。
「構わないが、オーンスタインの獅子の指輪が欲しいならスモウを先に倒すことだ」
「スモウ先で!」
  即答した。
「ではスコールと俺はスモウを攻撃する。あんたはオーンスタインを引きつけておいてくれ」
「おう、任せろや。迷惑かけちまった分、しっかり働いてやらぁ」
  気合を入れる男に、一礼した。
「よろしく頼む」
「…スコール」
「何だ?クラウド」
  隣に立ったクラウドが、小さな声で囁いた。
「王の器を手に入れたら、待っててくれ」
「ああ、わかった」
  そういえば出世払いでいい、と親切にしてくれているのだと、思い出した。
  このクラウドの助けになれる日が来るのか?不明だ。
  借りたまま踏み倒すのは気分が悪いが、結果的にそうなってしまいそうな予感がした。
  …が、まぁいい。
「では、行くぞ」
「おう」
「ああ」
  美しい大聖堂最深部で、大王グウィンの四騎士の一人と合間見える。
  金色の鎧を纏い十字槍を構える騎士は、威風堂々としていた。竜の顔を模した兜で素顔は不明だったが、神々の世界に入り込んだようで、感慨深かった。

  手に入れた獅子の指輪の装飾に満足し、ポケットに仕舞う。刺突武器のカウンター攻撃力を高める効果がある指輪であったが、スコールが使用している武器は刺突属性ではなかったので、装備していても意味がない。コレクションの一つとして大切に保管することにした。
  最深部のエレベーターを上がると篝火があり、奥には壮麗な扉があった。
  中に入ろうとするが、足元に書き殴られたメモが大量に残っており目を引く。ここだけ、やけに多い。
  時間軸も時空も曖昧な世界において、不死同士がメッセージのやり取りをするのに利用されるメモは、攻略時ヒントになることもあれば迷わせる嘘であることもあったが、基本的には重要な情報源だ。
  一体何が書いてあるのだろうと一つずつ確かめる。
『絶景』
『俺はやった!』
『絶景』
『絶景』
『この先、癒し有り』
『絶景』
『癒し』
『弱点は胸』
『癒し』
『絶景』
  偏りすぎたメッセージ内容に絶句した。
「何だこれは」
  見るもの全てがこんな調子であり、徒労感が半端ない。
「まぁいい…」
  王女との謁見だ。
  扉を潜る。
  正面台座の上、ソファに寝そべりクッションに手をついた王女が穏やかな笑みを浮かべてスコールを見下ろしていた。
「よく参りました。試練を超えた、不死の英雄よ。さぁ、私の前に…」
  王女もまた巨人であった。ジェクトが言った通りである。
  言われるまま進み出て、跪く。
  あの大量にすぎるメッセージ内容に、呆れと共に納得もした。
  思い出すのは、病み村深部、クラーグを倒しに行くとき大量にあった白サインの数。
  召喚したフリオニールの明らかな反応。
  あれだ。
  あれなのだ。
  巨人である王女の巨大な胸が晒されているのだった。
  クラーグのように裸体ではない。服は着ているが、胸を強調し露出した谷間は目のやり場に困るというものだ。
  絶景。なるほど、その通りかもしれなかったが、お前ら素直に興奮しすぎ。
  誰とも知れぬメッセージを残した不死の連中に対してため息が漏れた。
「不死の英雄よ、私の名はグウィネヴィア。大王グウィンの娘、大王の光の王女です。…父が隠れてより後、貴方を待っておりました。貴方に、王の器を授けます」
  金色の器を受け取った。
  これがあれば、篝火から篝火へと、移動することが出来るようになるのだそうだ。
  クラウドが神出鬼没だったのはこれのおかげだったのだった。
「お願いです。大王グウィンの後継として、世界の火を継いで下さい。そうすれば、人の世の夜も終わり不死の現れもなくなるでしょう」
「……」
  火を継げば、新たなる不死の誕生は防げる。
  人の世界に、朝と昼が戻る。
  …俺が、やるのか。
  俺が、やらねばならないのか?
  複雑だった。
  何の迷いもなく、継ぐと言えれば良かったのに。
  王女の前を辞し、部屋を出た。
  篝火前に腰を下ろしたクラウドがいた。
「…クラウド」
「浮かない顔だな」
「そんなことはない」
「火を継げと言われたか?継ぐ気になったか?」
「…わからない」
「継がないのか?」
「…わからない」
「……」
  首を傾げて考える様子の男の顔には、これといった表情は浮かんでいなかった。何故継がないのかという疑問もなければ、失望もない。悲しみも怒りも、何もなかった。
  所詮他人の世界の出来事だ、クラウドには何の責任もないのだった。
「火を継いだらどうなる?」
  問えば、先程王女が言ったのとそっくり同じ言葉が返って来る。
「…人の世の夜が終わり不死の現れもな」
「いやそうじゃなくて、俺が」
「……」
「俺はどうなる?」
「グウィンになる」
「…どういう意味だ?王様はここにはいない」
「……」
  火を継いだ大王グウィンは、今どこに?
「…いずれ、見える」
「……」
  引継ぎをしなければならないからか。
  引継ぎをしたら、俺はどうなる?
  だがクラウドは答えをくれなかった。ため息が漏れる。
「…王の器は、フラムトに渡せばいいのか?」
「その前に、やることがある」
「何?」
「復讐を」
「…は?」
  連れて行かれた場所は、大聖堂内部だった。ボスエリアを出てすぐの所で、持ち歩いていた黒い瞳のオーブが震えていることに気づく。
「…オーブが」
「殺して来い」
「え?」
「祭祀場の火防女を殺した犯人がいる。復讐霊として侵入し、殺して、奪われた魂を取り返して来い」
「……」
「あんたは、復讐する権利を得た」
「復讐」
「正当な権利だ。行って来い」
「……」
  他者の世界に侵入し、不死を殺す。
  殺して、火防女の魂を取り戻す。
  正当な権利と言った。
  …殺す権利が、正当なのか。スコールにはわからない。
  戸惑い考え込んだスコールの頬に手を添えて、顔を上げさせ視線を合わせる。至近で蒼の瞳を覗き込めば後ろに下がろうとしたが、手に力を込めて動きを制し、言い含める。
「…不死は死なない。死んでもどうせ生き返る。でも魂を奪われた火防女は、生き返る事ができない。取り戻して来なければ」
「……」
「今なら間に合う。ヤツの強化の為に魂を使われてしまったら、生き返らせる事ができなくなる。篝火も、使えないままだ。あんたの世界の火防女は、あいつの為に死んだままだ」
「……」
「生き返らせる術がある。…あいつは不死で、殺しても死なない。躊躇わなくていいんだ、スコール」
  殺せ。
  殺せ。
  邪魔なヤツは殺せばいい。
  必要ならば、殺せばいい。
  不要であれば、殺せばいい。
  助けることも殺すことも復讐することも全て許容されるのがこの世界。
  亡者に成り果てることも滅びることも火を継ぐことも継がないことも自由なのがこの世界。
  選べ、スコール。
  選ばせろ、スコール。
  あんたが進んで進んだその先に、選んださらにその先に、俺の望む世界が待っている。
  ここまで来た。もう先は見えているのだ。
  どこまでだって、優しくなれる。
  クラウドは微笑んだ。全てを許したくなるほどに、寛容で優しさに満ちた笑みだった。
「ここで待ってる。殺したら、祭祀場に行こう」
「…、…わ、かった」
  スコールが小さく頷く。
  葛藤しているだろうことは容易に想像がつく。捨ててしまえと言うのは簡単だが、これは必要なことなのだ。
「脇目も振らず生身を殺せ。他は相手にしなくていい。必ず殺せ」
「…ああ」
  強い調子で殺せと繰り返すクラウドの手は、優しい。
  手首に触れれば、手が離れた。
「…行ってくる」
「ああ、気をつけて」
  黒い瞳のオーブに導かれるまま、移動した別世界は夜の大聖堂だった。
  己の青い霊体姿に違和感を覚える。復讐霊になって、犯人の世界へと侵入を果たしたのだ。背後の扉は固く閉ざされ、相手は霊体二人を連れて通路の突き当たりに立っていた。
  弓で的を絞る。
  ロックオンした敵の姿は、黄金の鎧に身を包んだカリムの騎士ロートレクだった。
  やはりあの男が犯人だったのか。
  脇目も振らずに、生身を殺せ。
  ロートレクを、殺せ。
  火防女の魂を、取り戻せ。
  矢を放つ。
  気づいた男が、向かってきた。
「ほう、貴公か…多少は賢いかと思っていたが、そうでもなかったようだな」
「火防女を殺しただろう」
「用済みだったからな…。残念だよ、炎に向かう蛾のようだ」
  曲線を描く細身の剣ショーテルを二刀流し、斬りかかってくるのをかわす。
「そう思うだろ?なぁ?あんた達」
  魔法使いの霊体と、槍と盾を構えた霊体は答えることなくスコールに襲い来る。
  霊体は、召喚主が死ねば消える。
  相手をするつもりはない。
  飛んでくる魔法の軌道と放たれる瞬間を読み、身体をひねってロートレクの背後へと回り込んで、一撃を加えるがまだ死なない。
  正面に立ち斬りかかるロートレクと、背後に回り込もうとしてくる霊体の動きを見ながら立ち位置を調整する。魔法もくらうわけにはいかなかった。
  柱を盾にし、一直線に飛んでくる魔法を封じ、ショーテルを振り上げた男のタイミングを見計らって腕を払う。
  大きくぶれ、がら空きになった男の心臓に、鎧ごと突き抜けよとばかりに剣を突き立てた。
「…ぐ…ッ!」
  鎧の隙間から血飛沫が飛んだ。
  抜かず、力を込めて地面へと押し倒す。
  鎧が裂け、肉が抉れた。剣を抜けば、流れ出すのは脂肪と皮と肉と血だ。
「…ッ!!」
  喉に詰まった血に噎せ声にならない悲鳴を上げて、ロートレクが絶命した。
  ああ、殺してしまった。
  自分の意志で。
  復讐霊としての目的を達成した為、霊体はこの場に存在できなくなる。火防女の魂と人間性を手に入れたが接続が切れ、自分の世界へと戻された。
「…おかえり、スコール。どうだった?」
「……」
  暗い瞳で火防女の魂を取り戻してきたと言ったスコールに笑顔を向けて、肩を叩く。
「すごいな、ちゃんと殺して来たんだな」
「…ああ、ころしてきた…」
  三対一で殺して勝って戻ってくるとは正直クラウドは思っていなかった。
  相手が生身であり、罪人である限り何度でも復讐霊は侵入できる。何度でも挑戦すればいいと思っていたし、勝つまで待つつもりでいたが、予想を裏切られ嬉しくなった。

 殺せるのだ、スコールは。

 躊躇しても、目的を達成する強い意志を持っていた。
  そうでなくては。
  額に手を当て、疲れた様子のスコールを抱きしめる。
「…な、なんだ…!?」
  スコールの身体が引き攣ったが、今は抱きしめたい気分だった。
「スコール、あんたはすごい」
「は?」
「俺は間違ってなかった」
「…何なんだあんた」
「何でもない。祭祀場へ行こう。生き返らせるんだ」
「…ああ…、…?」
  あっさり離れ、クラウドが篝火へと向かう。転送装置が使えるようになったので、祭祀場まで戻るのもすぐだった。
  落ち込みかけたスコールの心をするりと撫でるように触れて行ったクラウドは温かい。
  奇妙な気分に陥って、スコールは首を傾げた。


05へ

DARK SOULS-04-

投稿ナビゲーション


Scroll Up