人間性を、捧げよ。

  祭祀場から出直し踏み入れた遺跡は、水が引いて露わになった下層部分が外灯に照らされ部分的に浮かび上がり、乾ききらない水を反射して暗闇の中てらりと光る。
  静寂に支配された空間を、時折人の泣き声のような音を上げて風が通り抜けて行く様は気持ちのいいものではなかった。
  幽霊が我が物顔で闊歩する遺跡である、その下層となれば一体何がいるのやら、闇に堕ちた公王と騎士達と言っていたクラウドの言葉を思い出し、では騎士達が襲い掛かってくるのだろうと思えば油断できようはずもなかった。
  何故かここも白サインが多い。深淵は闇と契約する場所とも言っていたから、闇霊自体の侵入も多く、腕試し気分の者も多いのかもしれなかった。
  クラウドをまず召喚し、もう一人呼んだ方がいいかと問えばそうだなと頷く。
  適当に一人召喚すれば、白っぽい鎧を身に纏った騎士風の男が現れ丁寧な一礼をした。
「こんにちは。あ、ここだとこんばんはなのかな。僕はセシル。よろしくね」
  物腰柔らかに、かつ穏やかに微笑みながら握手を求められ、拒否するわけにもいかず躊躇しながら返す。
「スコールだ。…よろしく」
「そっちの君もよろしくね」
  笑顔のまま、クラウドへと手を差し出すのをクラウドも瞬きして見やり、一瞬の躊躇の後握手を返す。
「…クラウドだ」
「ここ闇霊の侵入しょっちゅうあるし、ダークレイスも公王も強敵だよね。注意して進もうね」
「…ああ」
「……」
  随分とお育ちの良さそうな坊ちゃん風だなと思ったが、これでもここまで来れるだけの実力者なのだった。
  朽ちかけた橋を渡る所までは上層部分の攻略と変わりなかったが、渡った先、階段を上らず奥へと進んで、セシルと名乗った人の良さそうな青年は下を指差した。
「ここ、ショートカットできるんだよ。あ、クラウドは知ってるかな。スコールは初見だよね」
「下に落ちたらダークレイスがいる」
「…そうなのか」
  先導するように飛び降りた二人を追って、スコールも段差を落ちる。
  落ちた所で、闇霊に侵入された。
「…来たな。どこに現れるんだ?」
  振り返りながらスコールが言えば、入り口だ、とクラウドが答える。
「…じゃぁ、待ってなくていいか?」
「先に進んで敵を掃除しておこう。共闘されると面倒だ」
「それに、すぐ追いついてくるよスコール」
「そうか」
  二人に頷かれ、スコールは納得する。
  水が残る地面を音を立てながら進めば、すぐに人型で長身の、黒の骸骨鎧に兜も骸骨姿の敵が現れた。右手に幅広の片手剣を持ち、左手は素手に見えたが前に突き出すと空間が円形に歪む。何らかの力が働いているようで、盾としての機能を持ち合わせているらしく、振り下ろした剣撃を弾かれた。
  こいつがもしや、公王の騎士か。
「あ、スコール、そいつに掴まれるなよ!」
「え?」
  一歩下がったスコールの前にクラウドが立ち、大剣を構える。セシルは敵の背後へと回り、致命の一撃を食らわせていた。
「押し倒されてキスされるからな…」
「は!?…それは嫌だ」
  思わず嫌悪に顔が歪んだ。それを見てセシルが苦笑する。
「キスっていうか、人間性を吸うんだよこいつ。掴んで押し倒してっていうのは事実だけど。闇の契約を交わしたダークレイスだからね。人間性を集めてるんだ」
「……」
  どちらにしてもご免被る。十分注意しようと心に決めた。
  ショートカットしたおかげか、襲い掛かって来る幽霊と骸骨騎士の数が多いくらいで公王までの道のりはすぐだった。
  敵を一掃した頃には、すぐ背後に闇霊が迫っていた。
  随分体格が良く、元々赤黒く輝く霊体であるのに、さらに黒い鎧を着込んだ姿はまさに闇と呼ぶにふさわしい外見であった。
  武器らしい武器は持っていない。
  一歩歩くたびに、重い音がしそうだった。
  少し離れた場所で立ち止まり、闇霊が口を開く。
「…それより先は闇の領域。資格は持っているのだろうな?」
「…何?」
  投げられた言葉に敵意は感じなかった。
  首を傾げながら問えば、横で見ていたセシルが一歩進み出る。
「兄さん、僕がついてるから大丈夫だよ!」
「兄さん!?」
「…あんたの兄さんかあれ?似てなくないか」
  さりげなく、クラウドが失礼なことを言っていた。
「セシル…お前がいれば安心か。いや、ここで侵入すると即襲い掛かってくる不死が多くてな。…そして大抵指輪を忘れて深淵に落ちて即死するのだ。忠告する暇もない」
「ああ、そうなんだよね。うっかり聞き忘れた時に限って死んじゃうんだ。召喚主」
「人の話を聞けと言うのに、聞かない者は早死にする」
「そうなんだよね。困ったもんだよ」
「…おい、一体何の話を…」
  話が見えず尋ねれば、振り返ったセシルが「指輪持ってるよね?」と聞いてきた。
「…指輪?…」
「アルトリウスの指輪、取っただろう。持ってるよな?」
  クラウドに助け舟を出されて思い出す。
「ああ、深淵を自由に歩ける指輪。持ってる」
「それそれ。ちゃんと装備してからボスエリアに入ってね。忘れると死んじゃうんだ」
「なるほど」
  ポケットから取り出し、指に嵌める。
  言われなければおそらくそのまま突入していただろう。危ない所だった。
「…で、そこの闇霊は親切に忠告に来たのか」
「そうだよ、兄さんはいつも公王に挑む不死の皆を導いてくれてるんだよ!優しい人なんだ!」
「……」
  セシルは兄の行動に感動しているようだったが、その姿で侵入されたら即攻撃したくもなるだろう。あまりにも平和とはかけ離れた姿であり、そもそも闇霊として侵入してくること自体が間違っている。
「闇霊の使い方も色々ある。俺も最近学んだ所だ」
  クラウドはセシルの兄に向かって理解を示した。セシルの兄はゴルベーザと名乗り、「敵意がないことを理解してもらえたようで何よりだ」と頷き返す。
「…じゃぁあんたは戦う気はないんだな?ゴルベーザ」
「ない。勝利を願って見送ろう」
「……」
  変な闇霊だった。
「ありがとう兄さん!いつか兄弟で霊体として攻略を手伝いたいな。そうしたら怖がられることもないだろうし」
「いいですとも!」
「……」
  変な兄弟だ。
  深淵エリアで兄弟揃って白サインを出す。
  …平和な光景だ。こんな世界でなければ微笑ましく思えたことだろう。
  手を振るゴルベーザを置いて、ボスエリアへと入る。
  指輪を装備したことを全員で確認し、底なし井戸のような円形の闇の中へと飛び込んだ。
  闇だ。
  どこまでも重力に従って闇の中を落ち、足を着いた地点もまた闇の中だった。
「…真っ暗だな」
  呟けば、クラウドが頷く。
「ここは一切の光の差さぬ深淵。…公王は時間差で一体ずつ現れる。複数同時に相手をするのは骨が折れるから、即撃破が望ましい」
「…わかった」
「攻撃は単調だし、苦労する相手ではないと思うよ」
「了解」
  闇の中から浮かび上がる公王の姿は手足が長く、繊細な細工を施された石像のようだった。
  距離感の掴みにくい暗闇を走る。
  リーチの長い剣を振り回してくるのをかわしながら、本体へと攻撃を加えて行けば一体あたりの体力はそれほど多くなかった。
  三人で斬りかかればさほど苦労することもなく、時間はかかったものの四体倒し、分け与えられた王のソウルを手に入れた。霊体との接続が切れたようで、クラウドとセシルが消える。
  暗闇のままであることに変わりはないが、篝火が現れた。ああ、これを使えば祭祀場まで戻るのもすぐだなと思い火を灯すと、すぐ側に浮かび上がる何かがいて視線を向ければ驚いた。
「…ッ!!」
  闇の中から伸びた首、大きな頭。釣り上がった真紅の瞳がぎょろりと動き、裂けた口からは汚れた大きな歯が剥き出しになりまるで笑っているようだった。
  …世界の蛇、フラムトだ。
「…こんな所にもいるのかあんた…」
  驚愕の余り動悸が激しい。
  一つ深呼吸し力を抜いて蛇を見上げれば、語りかけてくる声はフラムトと同じであるのに、初対面のように振舞われた。
「ようこそ、不死の勇者よ。我は世界の蛇、闇撫でのカアス」
「…カアス?」
「左様。貴公ら人を導き、真実を伝える者だ。我は隠さず真実を語ろう」
  フラムトと同じ蛇であるようだったが、別の存在だった。
「…真実?」
「…かつて火の始まり、貴公ら人の祖先は、古い王達の後に四つ目のソウルを見出した。貴公ら人の祖先は闇のソウルを得て、火の後を待った。やがては火が消え、闇ばかりが残る。さすれば貴公ら人、闇の時代だ」
「…何だって?」
  人の時代が闇だと言ったのか、この蛇は。
「王グウィンは、闇を恐れた。火の終わりを恐れ、闇の者たる人を恐れ、人の間から生まれるであろう闇の王を恐れ、世界の理を恐れた。だから奴は火を継ぎ、自らの息子達に人を率い、縛らせた。貴公ら人が全て忘れ、呆け、闇の王が生まれぬように」
「……」
「…我は世界の蛇。正しい時代を、王を探すもの。だがもう一人の蛇フラムトは、理を忘れ王グウィンの友に堕した。よいか、不死の勇者よ。我カアスが、貴公に正しい使命を授けよう」
  スコールは黙ってカアスの言葉を聞くしかない。カアスは淡々と語り続ける。
「理に反して火を継ぎ今や消えかけの王グウィンを殺し、そして四人目の王となり、闇の時代をもたらすのだ」
  火を継ぐのが正しいのか、闇の王となるのが正しいのか。
  どちらが正しいんだ?
  どちらを選択すればいいんだ?
  今まで火を継ぐ為にここまで来たのではなかったか。こんな話を聞くことになろうとは想像もしていなかった。
  一歩後退した。
  俺がすべきことは、何だ。
  下がった背中に触れる感触があった。
  誰かの手が、支えるように添えられている。 
「…クラウド…?」
「どちらを選ぶ?」
  そっと囁くその声は、世界の蛇に似て静かで淡々としていた。
「何で…」
「フラムトを信じるか、カアスを信じるかはスコールの自由だ」
「…何で!」
「火継ぎの祭壇は一つで、道も一つ。大王の道を選ぶか、闇の王を選ぶかの違いだけ」
「…あんたは…?」
「……」
「あんたは火を継いだのか?」
「俺の選択は意味がない。あんたが自分で考えないと」
「……」
  あの表情だ。
  何の感情も宿さぬ人形のような顔で、ただスコールを見つめている。
  不意に一人、この地に放り出された日のことを思い出す。
  進むのも留まるのも自由だったが、逃げ出すことだけは不可能だった。
  クラウドに出会い、道を示してくれた。ここまでひたすらに、進んできたのだった。
  カアスに引き会わせたのも、クラウドの意志だ。
  もしあのままフラムトに器を渡していたら、もう一つの選択肢を知る日は来なかったかもしれない。
  道は一つではなかった。
  だが、信じ難い。
  闇の時代になったとして、それで何が救われるのだ。
「クラウド」
「何だ」
「このままフラムトの元に戻って器を渡すことは可能なのか」
「…可能だ。どちらも好きにすればいい。連れて行かれる場所はどちらも同じ」
「…火継ぎの祭壇?」
「そう。…そして、器を祭壇に捧げなければこれ以上先には進めない」
「……」
  今選択するしかないのだった。
「グウィンと対決しなければならないのも、どちらも同じ。そこまでは何も変わらない」
「……」
  カアスを見上げれば、真っ直ぐ目が合う。
「祭壇とやらに、連れて行ってくれ」
「よろしい!されば我は貴公を、グウィンの棺に導くとしよう」
  蛇が笑う。
  クラウドを見れば、やはり何の感情も浮かばない顔で「行ってらっしゃい」と手を振るのだった。
  蛇に連れられて行ったのは深淵よりもさらに深い場所のはずだったが、木の根が絡まる神殿のような建物の中央に空の祭壇があり、奥には閉ざされた大きな石の扉があった。
  祭壇に器を捧げよと言われるまま、王女より受け取った王の器を祭壇の上に置く。
  光が迸り、上空へと駆け上がって消えて行く。
  篝火のように火が灯り、器が熱を帯びて空気が揺れた。
  逆さまになったカアスが満足気に頷く。
「公王は貴公がすでに倒した。あとは墓王ニト、魔女イザリス、それにあの裏切り者、白竜シース。奴等のソウルを集め、王の器に献じるのだ。されば扉は開き…後は、貴公がグウィンを殺せばよい」 
「……」
  ではこの扉の奥に、大王グウィンはいるのだった。
  今、グウィンは何を思って不死の訪れを待っているのか。火を継ぐ者の訪れを、己を殺し闇の世界を齎す者を。
  俺はどちらを選ぶべきなのか、それとも選ばざるべきなのか。
  考える時間が必要だった。
「よろしい、では深淵へと戻るとしよう。我に任せるがよい」
  再び深淵へと戻った時には、生身のクラウドの姿はなかった。
「貴公が望むのならば、我が力をも授けよう」
「何だ、それは?」
「闇の王の力、生命喰いの力だ。その力で不死として人であり続け、貴公ら人にはめられた、神の枷を外すがよい」
「……」
  ダークレイスが人間性を吸うと言っていた、あれのことか。
  四人の公王と騎士達が堕ちた闇というのは、こいつとの契約のことだったのか。
  躊躇する様子のスコールに、カアスはふむ、と考える素振りを見せた。
「奴等は駄目だった。真実の価値を知らず、ただ力に慢心した。…貴公には、期待しておるぞ」
「……」
  期待されても困るのだ。
  人間性を持っているのは亡者ではなく、生きた人やデーモンだ。デーモンはともかく、正気を保った人から人間性を奪うことなどできようはずもない。
  契約をしたところでまともな働きなどできるとは思えなかったが、拒否をする理由は思いつかなかった。
  結局、闇に堕ちるのも堕ちないのも、自分次第なのだから。
  陰鬱な気分を引きずりながら、祭祀場へと戻る。
  篝火が強く激しく燃えていて、わけがわからずスコールは首を傾げる。牢の中の火防女が何か知っているかと赴けば、話しかけるなと言ったその口で「あなたが火を継いで下さるのですね」と喜びに声を震わせ頭を下げた。
「……」
  ここの篝火が激しく燃えているのは明らかにこの女の仕業だと確信したが、それで不便があるわけでもない。火を継ぐかどうかは定かではなかったが、いずれ選ぶ日は来るだろう。
  まずは、王の器に捧げる為のソウル集め。
  クラウドは深淵の次は地下墓地と言っていた。墓王ニトというくらいだから、おそらく墓地にいるに違いない。
  城下不死街とは逆の方向へ祭祀場を出たすぐの所に墓地が広がっていることを知っていた。その先へ進むと地下墓地なのだろう。
  確認ついでにフラムトがいる水場へと向かうと、目が合った瞬間「愚か者め」と罵られた。
「…フラムト」
「お前など、不死の英雄であるはずがない。この裏切り者め!」
「……」
  吐き捨てた蛇は、首を出していた闇の中へと消えて行った。
  どちらかしか、選べないのだ。
  ぽっかりと真っ暗な口を開けた水場だったはずの場所は、蛇が消えたそのままに、底が見えない闇だった。
「そこ、落ちたら祭壇に行けるぞ」
「クラウド…相変わらず神出鬼没だな」
「世界の交わり自体が突然だから、仕方ない」
  篝火の方から歩いてくるクラウドが肩を竦め、穴の中を覗き込む。
「王のソウルを手に入れたら、いちいち深淵までカアスに会いに行かなくてもここから飛び降りると早い」
「…覚えとく」
「すぐそこの墓地から地下墓地、巨人墓場と行ける。ニトまで一気に行く?」
「…そうだな」
「じゃ、行こう」
  肝心な選択権は常にスコールにあった。クラウドは全てわかっているだろうに、情報提供はするが何も言わない。
  辿りつく場所が決まっているからか。
  結局、どちらかを選ぶしかないからか。
  どちらも選ばずドロップアウトすると言ったら、この男はどうするのだろう。
  そもそもが飽きたからスコールの手伝いをしてくれているというのだから、手伝う理由がなくなればまた他の誰かの手伝いでもするのかもしれない。
「そういえばクラウド」
「ん?」
「ダークハンドを手に入れたが、これがあれか、ダークレイスが掴んでなんとかいう…」
「俺で試していいぞ」
「……、……え?」
  聞き間違いだろうか。
  首を傾げて聞き返すが、クラウドは同じ言葉を繰り返した。
「俺で、試していいぞ。人間性もう持てないし、腐るほどあるし」
「……はぁ」
  掴んで押し倒してキスしてもいいのだろうか。
「他の連中だと、失敗すると敵対される。…敵対されると免罪しなきゃならないし面倒なんだ」
  免罪するには一つ目の鐘を鳴らした教会屋上まで行かねばならない。
  クラウドなら敵対の心配がないということか。
  いや、それにしても。
「…いやいい。これは使わない」
「…、…そうか」
  何故残念そうな顔をするのかがわからなかった。
  墓地を歩けば地面に散らばった人骨が集まって、人型の骸骨へと組み合わさった。剣と盾を持ち襲い掛かって来るそれを蹴散らしながら、そうだとクラウドが振り向いた。
「じゃぁ試しに俺がスコールに」
「いや、結構です!」
「……そうか」
  掴まれ押し倒されてキスされるのは遠慮したい。
  即答すれば肩を落としてため息をついた。
  この男は親切でいい奴なんだが、変な奴だった。
  崖沿いの細い石段を降りた先が、地下墓地だ。
「見事に骸骨だらけだな」
「墓地だしな」
  霊廟と言えばいいのか、石造りの古びた建物は広そうだったが薄暗く、そこら中に骨がいた。
  この世界に心癒される場所は本当に少ないんだなと、スコールは疲れたようにため息をついた。


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