人間性を、捧げよ。

  墓地に入った所でサインを出したクラウドを霊体で召喚し、道なりに進み左の細道に逸れた先、小部屋に入れば篝火があったが、敵もいた。
  骸骨ではあったがフードを被り、炎を飛ばして攻撃してくる魔術師タイプを倒し、篝火に火を灯す。
  薄暗く狭い部屋の壁が明かりを映して赤く染まった。
  ぐるりと見渡すが、天井から壁を伝い地面を這う一面の黒い虫がかさかさと音を立てながら蠢く様を直視して、思わず焼き払いたい衝動に駆られ呻く。
  いるんだな、やっぱり。この生物はどこにでも。
  背筋を駆け上がる嫌悪は言葉では表現し難い。一刻も早く立ち去りたかったが、クラウドは赤く揺らめく篝火を見つめたまま、スコールに問いかけた。
「地下墓地は通過点だ。ショートカットで最短距離で行くのがいいと思うんだが、ゆっくり探索したいか?」
「…重要なアイテムとかはあるのか?」
「必要なものは取るけど」
「…じゃ、最短距離で構わない」
  長居したい場所ではない。
  骸骨が歩き回り、壁や地面をこの黒い生物が這い回る場所だ。話している今も背筋が震え、背後でアレが蠢いているかと思うと落ち着かない。
  人を殺せても、デーモンを殺せても、苦手な生物は存在する。殺さなければならなくなったら殺す。殺すが、嫌な物は嫌なのだ。
「わかった。…ここも落ちる場所を間違えると即死するから気をつけて」
「…ああ、了解した」
  渓谷沿いに作られた墓地だった。岩盤をくり抜き石を積み上げたトンネルのような通路を抜ければ、急峻な崖に細い通路が作られ、向こうへ渡る為の狭い石橋が架かっているが、手摺りなどという親切なものはもちろんなかった。
  石橋から下を見れば斜めに横切る同じような橋がいくつも架かっており、場所によっては飛び降りられそうだなと思えば想像通りクラウドが「飛び降りるぞ」と振り向いた。
「下に岩場の出っ張りがあるだろ。あそこに落ちる」
「…わかった」
  クラウドの後に続いて石橋から飛び降り出っ張りの上へと落ちる。次はそのまま下に落ちると言われ覗き込んで見るが、真っ暗で何も見えなかった。
「…足場見えないが、大丈夫なのか」
「ああ、俺が先に落ちてみせるから、その通りに落ちてくればいい。すぐ足場が見えてくるはずだ」
「…了解」
  出っ張りから通路へ入り、少しへこんだ崖っぷちに足をかけ、反動をつけず静かにクラウドは真下へと落ちて行く。間があって、砂地を踏みしめ着地する音がした。
  高かったが、死ぬほどの高さではない。
  距離の見当をつけスコールも踏み出し落ちる。
  暗闇の中出っ張りの一つに落ちたようで、さらにクラウドは斜め下方に薄っすらと見える出っ張りへと落ちて行く。後に続けば、暗い谷底が見えた。
「…何か音がするが」
「ああ、あれ」
  指差す方向を見やれば、木製の直径二メートル程の車輪が回転しながら近づいてきていた。砂と石の上をカラカラと金属質な音を立てており、何かと目を凝らせば車輪には金属の刺が一定間隔でついていた。
  車輪を動かしているのは中央に両手両足を伸ばしてしがみつく骸骨だ。
「……」
  シュールすぎて言葉が出ない。
  あのスピードで刺に削られたら痛い所の話ではなさそうだと思う。
  ひたすら転がり続ける骸骨車輪は見える範囲で三体ほどいた。壁に当たると一旦止まり、自足で立ち上がって方向転換をし、狙いを定めてまた転がり始める。止まった所を狙うしかないなとタイミングを計って段差を落ちれば、クラウドも同じように方向転換をしている骸骨車輪を大剣でぶった斬っていた。
  静かになった谷底を進み、狭い通路の奥にボスエリアがあった。
  ボスエリアは祭壇のようになっており、今立っている場所を天井としてさらに低い位置にあった。
「…宵闇から手に入れた光の魔術、持ってきた?」
「ある。使える」
「そうか。倒したらこのまま進んで、少し行った所にサインを出すから召喚を」
「わかった」
「ここの三人羽織は分身するけど弱い。特筆すべき点はないな」
  毎度のことながら、クラウドのアドバイスは正確で的確だった。
  父母子供、三つの仮面をつけた六本腕の黒ずくめの敵は、三体に分身はしたものの本体の消えるタイミングも現れるタイミングもわかり易すぎて拍子抜けだった。
  苦もなく倒し、祭壇奥にあった梯子を上る。
「…真っ暗だな…」
  進むべき方角であろう場所は、全くの暗闇であった。
  道標のように光る小石が点々と地面に置かれてはいたが、周囲を見渡せるものではなく、足元のみを保証するそれはあってなきが如しの頼りない存在であった。
  ウーラシールの宵闇から教わった光の魔術を使ってみる。
  光の玉が頭上に浮いて、自身の半径二、三メートルを淡く照らしてくれた。ああ、あるとないでは大違いだ。
  深淵にも似た重く纏わりつくような闇であったが、ここはまだ空気の流れがあるだけマシなのか。…いや、照らされた周囲を見る限り、深淵はあの場限りであったがここは遥か先へと攻略していかねばならないようだ。しかも巨大な棺桶の蓋が滑り台のように斜めに設置され、向こう側は闇に閉ざされ見えなかった。
「最悪だなここ」
  光がなければ初見でクリアできる気がしなかった。
  サインを出すと言っていたが、クラウドもここまで来なければサインを出すことは出来ない。先程サインを召喚したのは地下墓地入り口だった。あそこから走ってくるのか、それともこの巨人墓場から逆走することは可能なのか。
  見る限りこの滑り台は上がり口はついていないようだ。一方通行ならば、地下墓地から走って来なければならないのでは?
「……」
  もしやクラウドに申し訳ないことをしているのではないだろうか。
  自分がクラウドの立場だったと仮定して、そこまでやってやろうと思うのはどういう心境なのだろう。暇人だからと言っても、親切にも限度があるだろうと思うのだ。
  友人、親友…だとしても、正直本人が自力でクリアしなければならないミッションならば、助言は与えるかもしれないがここまで尽くしてやろうと思うだろうか。
  仕事としてなら有りだろう。
  家族も有りだろう。恋人ならそれは心配だろう。
  ではクラウドは?
  借りはいつか返すとは言ったが、宛てなどないのだ。現在の所あの男は完全に無料奉仕状態であり、全てに付き合う必要はなく義理もない。
  考えてみるが、あまり考えたくない方向に思考が傾いた。
  まさかな。
  …やめよう。パスだ。ありえない。
  きっとあいつは極度の親切でお人良しなのだろう。そうだそうに違いない。
  出口のない思考の中に落ち込んでいたスコールの目の前に、白いサインが現れた。クラウドだ。
  召喚して呼び出し、「こんな所まで済まない」と謝れば「気にするな」と言いながらも嬉しそうに笑った。
  …まさかな…。
「足元の明かりさえ確保できればここはそんなに脅威じゃない。必要な所は回るが、ここも最短でいいと思う」
「…わかった。よろしく頼む」
「ああ、任せろ」
  最初の巨大な棺桶滑り台をクラウドは滑り落ちる。落ちた先はちゃんと地面であることに安堵したが、暗闇の中から突然現れた巨人骸骨が、大剣を両手持ちして打ち下ろす。倍ほどはありそうな身長で地面に叩きつけた大剣は土を抉り砂埃が舞った。がら空きになった背後から斬りつけ、体勢を崩した巨人の骸骨は崖から足を踏み外して落下した。落下した先は暗闇で見えなかったが、ソウルが降って来たので死んだようだった。
「…ここの敵はでかいのか」
「ああ、大剣持った奴と、弓を持った奴、あと獣型のやつと…黒騎士もいる」
「…それも尖兵か?」
「どうだろうな。そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。最短攻略ルートでは出会うことはないが」
「そうか、じゃぁいい」
  光の魔術があるとはいえ、一寸先は闇だ。足元に気をつけ、棺桶を滑り落ち、巨人骸骨を倒しながら進む。
  右手に人が見えたような気がして目を凝らす。スキンヘッドで大きな盾を構えた男が立っていた。
「クラウド、人がいる」
「…ああ。気になるならどうぞ」
「……」
  この言い方、何かあるな。
  それくらいはわかるようになっていた。
  男に近づき、何をしているのかと声をかけると、開口一番「あんた聖職者か?」と聞かれて首を振る。
「だったら、いいこと教えてやるよ。あの穴の下に、たんまりお宝が見えるんだ。俺が最初に見つけたんだが…せっかくの縁だ、山分けしてもいいんだぜ?」
「……」
「まぁ、とりあえず覗いてみろよ、すげぇお宝だぜ」
  明らかにこの男、怪しい。口元に浮かぶ笑みは酷薄で、何か企んでいる様子が窺えた。
  クラウドを見やればそ知らぬ顔をしており、これは行けという合図だなと受け取った。言われた通り覗き込めば、いきなり背中を蹴られて崖下へと突き落とされる。這い上がれるほど低くはないが死ぬほど高くもない地面に手をつき見上げれば、スキンヘッドの男が悪く思うなよと言って笑った。
「あんたの死体から剥いだお宝、せいぜい高く売ってやるからよ」
  ウヒャヒャヒャヒャヒャ!と、表現し難い高笑いを残して男が引っ込んだ。
  なるほど、そういうことか。
  理解した所で、クラウドが同じ場所から飛び降りて来て隣に並んだ。
「ぐるっと回ればあそこまで戻れる」
「ああ、わかった」
  少し歩けば、地面に座り込んだ女がいた。
  白いドレスを着た聖職者に見えたが、スコールは祭祀場でおかっぱ頭の聖職者がお嬢様とはぐれたと言っていたことを思い出した。
  この女か?
「…こんな所で何をしている」
  声をかければ、女は驚いたように見上げて胸の前で手を組んだ。
「…あなたは、亡者ではありませんね?」
「ああ、違う」
「…良かった…。でも、気をつけて下さい。この先に、恐ろしい亡者が二人います…どちらも優れた騎士で…私の、供だった者です。あの者達が亡者となり、神に背くなど、酷いことですが…私にはどうしても、…どうしようもないのです…」
  この場から離れることもできず、亡者と化した従者を殺すことも出来ずにこの場に座り込んでいたのだと言う。
  奥へ向かえば、クラウドが亡者と化した二人を容赦なく殺していた。
「……」
  強さに感心すればいいのか、行動の早さに感心すればいいのか、躊躇の欠片もない思い切りの良さに感心すればいいのか、スコールはため息しか出なかった。
  亡者を救う方法はただ一つ、殺してやるしかない。クラウドの迷いのなさは経験から来るものなのか、その域に達するまでにはまだ時間がかかりそうだとスコールは思う。
「…亡者は死んだ」
  女を見下ろし声をかければ、女は悲しげに頷いた。
「私達の不始末で、あなたにご迷惑をおかけしました。あの二人、ヴィンスとニコも、きっとあなたに感謝していると思います。ありがとうございました」
  落ち着いたら祭祀場へ戻るという女に頷いて見せて、クラウドの先導でスキンヘッドの元へと戻る。
  男は慌てふためき、媚び諂う笑みを浮かべた。
「…ま、まぁ、落ち着いて話を聞いてくれ。俺が悪かった。悪気はなかったんだ。ただ、ちょっと、魔が差したっていうか…。な?わかるだろ?よくあるだろ?許してくれよ。同じ不死の追われ者、俺とあんたの仲じゃないか!」
「どんな仲だ」
「そんな…。あんたまだ生きてるし、俺だって謝ってるじゃないか!」
「……」
「そ、そうだ!これは俺の気持ちだ、だから、な?分かるだろ?」
  そう言って押し付けてきたのは人間性だった。
「へへへへッ…」
  下卑た笑いだと思ったが、これ以上関わるのも時間の無駄だった。仕方ないと頷き、クラウドを促す。
「あいつ、敵対しないよな?」
「しない。恩を売っておけば悪い奴じゃない」
「……」
  それもどうかと思ったが、クラウドは相手にもしていないようだったのでいいかと思う。
  暗くて細い道を巨人骸骨に阻まれながら進む。
  長いようで実はそれほど広くもない暗闇の落ちる墓場を抜けた崖の向こうに、幻想的な靄に隠された湖が広がっていた。
  祭祀場から地下墓地を通り、ひたすら地下へと下りてきたと思っていたが、あんな場所があるのかと感動した。
「…あそこには、滅んだはずの古竜がいる」
「え?行けるのか?」
「ここからは行けないけど、行ける。…そのうち、あんたが行きたくなったら行けばいい」
「……」
  気になる言い方だった。
  また岩場をくり抜いたトンネルのような中へと入るが、今度は暗闇ではなかった。
  地下墓地で倒したはずの三人羽織が何体も蠢く洞窟の中、倒しながら進む。通路を上がった段差上に、骨で埋め尽くされた祭壇入り口があった。
「墓王ニトは張り付いて攻撃すれば余裕だ。…墓場でひきこもっているだけなのに、王のソウルを持っているばかりに狩られるかわいそうな奴だ」
「…墓王ニート?」
「やっていることはニートだな。でも倒さないとならない」
「…ああ」
  人骨を山のように貼り付けて、人型のオブジェのような墓王ニトは威厳だけは立派だったが弱かった。
  ニートなのにごめんなさい。
  危害を及ぼすような敵じゃなかったのに、倒してごめんなさい。
  何となく心中で謝りながら、王のソウルを手に入れた。
  祭祀場に戻れば、おかっぱ頭の聖職者が動揺していた。
  何故だ?命を賭けてもと言っていたお嬢様を見つけてやったというのに。
不死教区の祭壇で祈っていると言われ、向かってみると女は元気そうだった。
  床に跪き、頭を垂れて神に祈りを捧げている。
  …不死嫌いの主神ロイドに、だ。皮肉なものだった。
「無事に戻って来れたみたいだな」
「あなたは…。あの時はありがとうございました。…パッチという男に突き落とされて、ヴィンスとニコが亡者になってしまった時に、私は、私の祈りも、何の役にも立ちませんでした…。私は、無力で、愚か者なのです。けれども、それを知らず、あの二人を巻き込んでしまった…。あるいは、ペトルスは、昔から私を見て、そうと知っていたのかもしれません。だから、私を捨て、逃げてしまったのでしょう…。仕方のないことだと思います」
  パッチというのはあのスキンヘッドの男か。
  ペトルスというのはあのおかっぱ頭の聖職者の名前であった。
  どういうことだ?
  あの男は、故意にこの女を置いて逃げたというのか。
  無言で見下ろすが女はそれ以上は語ろうとせず、「私でお役に立てることといえば、奇跡くらいしかありませんが 」と躊躇いがちに申し出た。教えてもらえるものなら、と頷けば、女は初めて小さく笑ったようだった。
「では、神の物語を」
  様々な物語を聞いた。それは全て奇跡の技として必要であれば使う事ができる。
  語り終わった女は丁寧な一礼をし、「さようなら」と言った。
「?」
「あなたに炎の導きを…」
  どこかへ赴くつもりなのか、別れを告げた。「あんたにも」と返せばはい、と頷く。
  人の人生に関わるにも限界があった。
  助け出してやった後のことは、女が自分で決めることだ。
  同様に、おかっぱ頭の聖職者に対しても、スコールにできることはなかった。この男にはこの男の考えがあり、己の人生に関わってでも来ない限り、こちらから積極的に関わりたいとは思わない。
  篝火の前で腰を下ろして休憩をする、クラウドという名のこの男がおかしいのだ。
「スコール、次はどこへ行く?」
「そうだな…」
  魔術師師弟が休憩していた場所に、二人の姿はなかった。
  公爵の書庫へと向かったようだ。
「…シースがいるのは、公爵の書庫と言ったな」
「良く知ってるな」
「ローガンに聞いた。書庫に行くと言っていた」
「ああ…。じゃぁ次は書庫にするか?」
「問題ないか?」
「ない。どの道行かなきゃならない場所だ…ああでも、説明を」
  手招きをされ、隣に腰を下ろす。手を、と言われ掌を差し出せば、指輪が一つ、落ちてきた。
「これは?」
「あそこは特殊な作りになっていて…俺が手伝えるのは途中からだ。それまでは一人で攻略することになる」
「なるほど」
「必ずこれを装備しておくこと」
「……」
  「貴い犠牲の指輪」。犠牲の儀式によって作られる罪の女神ベルカの、神秘の指輪だ。中でも赤紫の色味を持つものは特別とされ、死亡しても何も失わない貴重なものだった。装備者は指輪によって守られ、死亡時指輪が身代わりとなって壊れる。
  …つまり、スコールが死ぬことを前提としているのだ、クラウドは。
  眉を寄せた。不機嫌にならないはずがなかった。
「俺が死ぬってことか?」
「…ああその、…いや、そういう意味じゃなく」
「どういう意味だよ」
「…保険のつもりで、装備しておいてくれ」
「……」
  馬鹿にしている様子はないが、馬鹿にされている気分だった。
「…まぁいい、わかった。装備しておく」
  あからさまに安堵した顔でクラウドが頷いた。
「敵はシースの実験体となった亡者共だ。色々弄られているからな、強い」
「…実験体って」
  ウロコを作る研究をしているという話だったが、亡者で実験をしているのか。好意的である理由はなさそうだった。
「生身で行けるところまでは一緒に行くが、世界がずれたら俺はサインを出せる場所で待つ」
「ああ、わかった」
  過保護ぶりも慣れては来たが、ここまで信頼されていないとなると問題かもしれない。
  スコールはクラウドに気づかれないようため息をつく。
  公爵の書庫は王都アノール・ロンド一つ目の篝火奥の山中にあると言われて向かったが、転送した時にはすでにクラウドとの世界がずれたようで姿がなかった。
  壁際に凭れかかった女騎士がスコールを見やり、「天啓を受けたのだな」と労った。
「…これから公爵の書庫に行く」
「気をつけろよ。いつでもここでゆっくりしていくといい」
「ああ、ありがとう」
  小部屋を出て、左へ向かう。
  建物を抜ければすぐにそれは見えてきた。
  青系統で統一された美しい装飾の施された建物を、スコールは一人目指す。


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