人間性を、捧げよ。

  山道の細道に沿って作られた公爵の書庫へと向かう通路は、入り口から細微な文様と彫刻によって装飾されており、鋭角的なデザインと流線型を描くアーチの組み合わせは、アノール・ロンドに共通する荘厳な造りとなっていた。通路を進めばエレベーターがあり、上がればロビーになっていてその向こうは書庫本館だった。
  亡者は五体いたが、どれも結晶のような蒼い塊が身体を問わず武器や盾までをびっしりと覆っており、照明を受けて煌いていた。
  床も結晶を削り出して敷き詰めたかのような光沢をしており、歩くたびに模様と相まって不可思議な色を発した。
  脆く崩れそうで強靭度はなさそうな結晶の塊はだが、攻撃力は高そうだ。動き自体は単調な結晶亡者の剣をかわし、一体ずつ仕留めて本館へと踏み入れば、その広さと高さと本の多さに圧倒される。
  吹き抜けになった天井は遠く、両壁一面が本棚になっており圧巻だった。
  地階に並ぶ本棚にも本が詰め込まれ、閲覧用に置かれた机と椅子の多さは一般公開している国立図書館もかくやといわんばかりであったが、かつて平和だった神の時代には、多くの人々がここへ本を閲覧しにやってきたのかもしれない。現在は何万冊とありそうな書庫を利用する者もなく、荘厳な建物の装飾の一部と化しているのが皮肉だった。
  結晶亡者に混じって魔法を撃って来る六つ目の伝道者は三又の槍を持ち、時折奇妙な踊りを踊って周囲を鼓舞しているようだ。
  長衣を揺らして踊る様は滑稽だが、攻撃力を増した敵の一撃は脅威だった。
  正面奥の階段へと進み、伝道者に斬りかかるがワープして消え、少し離れた場所に姿を現す。そしてまた魔法を撃ち、周囲を鼓舞するので厄介だ。ひとまず放置し、エレベーターで三階へ上がる。
  三階は狭い通路だった。
  壁や床に結晶がこびり付き、長年張り付いているのか剥がれる気配もなかった。白く輝く結晶の塊はまるで雪のようだと思ったが、踏みしめればジャリジャリと硬質な音がした。
  なだらかな階段を上がる。
  目の前に、階段を下りてくる騎士の姿があった。
  壁や床の結晶と同化したような色合いの白い結晶を顔や肩から生やし、剣や盾もまた結晶に彩られていたが、膝まである長い黄金色の鎧は無傷で雑魚亡者とは一線を画している。
  亡者化したばかりの不死、という印象だったが攻撃に容赦はない。
  狭い通路では戦いにくかったが、動き自体は結晶に阻まれ俊敏とは程遠く、倒すこと自体に苦労はなかった。
  階段を上り進むにつれて、結晶密度が高くなって行く。
  突き当たりの部屋につく頃には、壁も天井も床も一面が結晶だらけで光を乱反射し目が痛い。
  さてこの先には一体何があるのか。
  部屋に入る。
  円形の小ホールほどの大きさの部屋の壁と床は結晶に埋まっており、中央に陣取るのは白い体に四枚の翼、下半身は結晶に埋もれた巨大な竜だった。
「…!?」
  どう見てもこの書庫の持ち主である公爵、白竜シースに他ならない。
  いきなりかよ!いきなりボスの登場か!
  武器を構えるが、シースが口から何かを吐き出した。自身の周囲を半円を描くように放たれた光線のようなそれは、結晶の塊だった。
  床に当たった部分から結晶の柱がそそり立ち、増殖して砕け散る。
  小ホール程の大きさの部屋はそのほとんどをシースの体積に占められ逃げ場がない。
  攻撃を加えるが、ダメージを与える側から傷口が塞がって行きどうしようもなかった。
  ジリ貧だ。
  こちらは回復する間もなく体力を削られるというのに、あちらはダメージを受けても即回復して行く。
  ダメだ、これは勝てない。
  だが王のソウルを手に入れなければならないのだ。
  どうやって勝てっていうんだ!
  部屋の隅々まで見渡してみるが、何もなかった。
  ならばと攻撃位置を顔や心臓部分など、急所を狙ってみるが無駄だった。回復速度が異常であり、それを上回る速度でダメージを与え続けるのは不可能だ。
  体力が落ちてきた所にシースの吐き出した結晶に太股を貫かれ、床に倒れ込む。
  まずい、と思ったが遅かった。
  心臓の位置を水平に、身体を二つに引きちぎられるかと思う程の激痛が走る。
  死ぬ。
  攻略方法を間違えたのか。先にやるべきことがあったのか。
  意識が黒く塗り潰される。
  くそ、と呟いたが、その声は己の耳に届くことはなかった。

  不死は死んでも生き返る。
  スコールは身体を起こし、己の状態を確かめた。
  クラウドにもらった指輪が砕け散って破片が床に零れ落ちる。これが身代わりになってくれたおかげで生身を失うこともなく、ソウルや人間性を失わずに済んだのだった。
「…あいつムカつく…」
  何も失うことなくいられたのはクラウドのおかげだ。それは理解している。
  だがムカついた。
  普段的確にアドバイスをくれるはずのあの男は、シースに関して何も言わなかったからだ。
  あれも攻略方法はあるはずで、でなければ火を継ぐだの何だのと言えるはずもないのだ。
  あの男の予想通り死んでしまったことに苛立ちが募る。
「くそ…」
  何よりも許せないのは、手立てもなく事前に確認もせず突っ込んで死んでしまった己自身だった。
  今いる場所は牢の中だ。
  青みを帯びた結晶に囲まれた薄暗い空間だったが、鉄格子ごしに見える外は円形の塔のようになっており、広大な吹き抜けに螺旋状の緩やかな階段が設置され、壁一面の書棚があった。階段から手が届かない高さの書棚には梯子がかけられ、狭い通路として足元部分に板が渡されている。一体どれだけの蔵書があるのか想像もできなかったが、これだけの本を読破しようと思えば何年、いや何十年かかることやら気が遠くなりそうだった。
  牢のすぐ外に背中を向けて突っ立っている蛇戦士を一撃で仕留めて牢の鍵を手に入れ、鉄格子を開ける。書棚が並ぶ中当然のように牢が混ざっていて違和感があった。
  螺旋階段に出た瞬間、塔内に響き渡る不協和音が鳴り始めて耳を塞ぐ。
  何だと思う間もなく、塔の下層から蛇戦士が階段を上がりスコールの横を通り過ぎて梯子を上がって行った。あの蛇戦士はセンの古城にいたのと同じタイプだと思ったものの、敵であるスコールを放置して行くほどの緊急事態とは一体何なのか。
  意味がわからず梯子を上がって行った敵の姿を目で追うが、すぐに下層から何かを引きずるような音をさせて階段を上がってくる気配があった。
  振り返り、思わず引いた。
  青い髪は蛇のようにうねって蠢き、身体は人魚といえば聞こえはいいが下半身は魚と蛇が混ざったような形をしており床を這って移動していた。
  大群が、階段に列をなしてスコールに襲い掛かる。
「…何だよこれは…!」
  一応女のような形をしてはいるが、怪人と言って良かった。
  髪を触手のように伸ばして襲い来るのを斬り捨てかわし、一匹ずつ倒して行くが数が多い。だが倒さなければ下には行けず、上はおそらく蛇戦士が待ち構えておりどちらにせよ逃げ場はなかった。
  大音量で鳴り響く不協和音も耐えがたく、止める為にも倒して進むしかない。
  青い酸のようなものを吐きかけられ嫌悪で眉間に皺が寄った。
  もしやこれもシースの実験の結果なのかと思えば心が痛むが、敵意と殺意を剥き出しに来られてはどうしようもなかった。
  全て倒し、とりあえず下へと向かう。
  他の牢を開けて囚われているまともな不死はいないのだろうかと確認するが、出てくるのは結晶亡者ばかりでうんざりする。
  何個目かの牢を開け、期待はせずに中を確認した。
  白いドレスのような長衣が見えた。
  え、と思った瞬間殴りかかられ身体を捻って攻撃をかわす。
  聖女が着るべき長衣の裾を翻し、目深に被ったフードからは表情を窺い知ることはできなかったが、しかし。
「…おいあんた」
  見覚えがあった。
  巨人墓場で助けてやって、祭壇の前で祈り、奇跡を教えてくれたあの女。
  「さようなら」と別れを告げた、あの聖女。
「…こんな所で」
  死んだのか。
  殺気があった。
  もう正気ではなかった。
  会話したのは、昔のことではない。
「…っ」
  やりきれなかった。
  こうやって、簡単に人は亡者になってしまうのだった。
  殴りかかってくる手を払い、心臓に剣を突き立てた。
  痛い。
  くそ、痛い。
  呻き声一つ上げずに亡者と化した聖女が死んだ。
  人の人生に関わるには限界がある。
  祭祀場で大人しくしていれば死なずに済んだのにと言うのは簡単だ。けれども人は人の意志によって行動する。
  それを制限することなど、できるはずがないししてはならないことだった。
「……」
  深呼吸をした。
  進まなければ。
  地階へ辿りつき、横目に大きな牢が掠めたが先に不協和音を止めることを優先する。音は牢の横にかけられた梯子の上から聴こえて来た。
  神経を逆撫でする音はずっと聴いていると胸の辺りがむかついて、吐き気がした。
  スイッチを入れて監視していた蛇戦士を斬り捨てて、機械式の巨大なオルゴールを止めれば塔内に静寂が落ち安堵する。
  周囲を見渡し、大部屋の鍵を手に入れた。
  牢の前で二匹の人魚もどきの怪人がうろついているのを倒す。何故か奇跡の技の書かれた物語を落とした。すすり泣いていたような気がしたが、気のせいか。
  牢の中には、ローガンがいた。
「おお、貴公か!妙な所で再会するものだ!恥ずかしいが、見ての通りまた囚われてしまってな。すまぬが、解放してくれぬか?あの書庫は、知識の山だ。あんなものを至近に、動けぬなど…もう悔しくて、悔しくて、憤死しそうなのだよ!」
「はぁ…」
  つくづく牢の中に縁がある爺さんだと思った。
  鍵を差込み開けてやる。
「ありがとう貴公。助かった。これで二度目だな。この礼はきっとする」
「…気にするな」
  ローガンは書庫へ向かうと言うので気をつけろよと言えば、頷いた。
「楽しみにしていてくれ。きっと魔術は進化するよ」
「……」
  本当に楽しそうだった。攻略などには興味がなく、魔術の研究と進化にのみ興味がある様子が窺えた。
  新しい魔術を手に入れたら教授するよと言われたので手を振ってよろしくと返し、先を急ぐ。
  地階にはもう何もなさそうだった。
  蛇戦士が上がって行った最初の梯子へ戻り、上がりきったところで気づいた敵に襲われた。
  剣を振りかぶってくるのをかわして梯子の下へと蹴り落とす。落下死したようだった。
  外へと繋がる扉を開ければ標高何千メートルはありそうな、視界に広がる絶景があった。足元より下に雲が広がり、切れ間から薄っすらと地上の街と思われる影が見えた。
  囚われていた塔は本館隣に建てられていたようで、回廊で繋がっていた。
  角や柱の陰などに配置された結晶亡者に襲われながらも返り討ちにし、速度は落ちたものの少しずつ本館へと進む。
  不用意に走ると多数に囲まれ不利になりそうで、できなかった。無駄死にはごめんだ。
  そこら中にいる多すぎる敵が邪魔だったが、慎重に本館へと足を踏み入れた時にはここまで来れたとため息が漏れた。吹き抜けを超えた向こうの通路から伝道者に魔法で攻撃されて安堵の気分は軽く吹き飛んだが。
  本館なのだから、敵が今まで以上にいるのは当然か。
  塔からここまで歩いてきた距離ほとんど全てが本館の長さであり広さであった。書棚だらけで同じ景色に眩暈がするが、目指す先はとりあえず休憩できる篝火を探すことと、白竜シースを倒す方法を探すことだった。
  一体どうやって倒す方法を探す?
  正直、クラウドに聞くか老魔術師ローガンに聞くのが早い気がした。
「…ローガン…聞くの忘れた…」
  俺は馬鹿か。
  だが彼も本館に来ると言っていたのだから、攻略の途中で会うこともあるだろう。
  まずはこの広すぎる書庫を把握することと、篝火を探そう。
  …そういえばクラウドは、一体どこにサインを出しているのだろうか?
  撃ち込まれる魔法を柱に隠れ盾にして避けながら、周囲を見る。見える範囲にはなさそうだった。
  骨は折れるが、ゆっくり探索するには邪魔な敵を一掃するしかない。
  剣を振り回す結晶亡者を倒し、弓を射掛けてくる亡者を倒す。
  伝道者はすぐにワープして距離を離そうとするが、何度か攻撃を続ければ力尽きて死んだ。
  こいつだけは結晶に侵食された亡者と違い、異質な敵だった。
  片っ端から敵を片付け、見える範囲の敵対者は全て始末した。すっきりした書庫内は静かでただ、広い。
  随分時間がかかってしまったが、これでゆっくり探索できると思えば気分が晴れた。
  端から端まで見て回り、アイテムも手に入れた。
  棚にぎっしりと詰め込まれた本は一体どんな内容なのかと手に取る余裕すらあったが、知らない言語で書かれたものばかりで読むことは適わない。
  残念に思うが、仕方ない。
  本棚の後ろに隠し通路のように存在した隣の部屋への道を進めば、同じような広さの部屋が広がっていてため息が漏れる。
  どれだけ広いんだ、この書庫は。
  城に匹敵する豪勢な建物を四階層ぶち抜いた吹き抜けは伊達ではない。
  部屋中央に設置された巨大な回転階段を利用し、向こう側へと渡る。階段を下りて通路右に進めば左手に狭い降り口があり、梯子を下りて隠し扉を開く。書棚に囲まれた地階に出たが、左手正面に小さなテラスがあり篝火があった。
  ああ、やっと休憩できる。
  篝火は不死にとって体力を回復できる貴重な場所だ。誰がここに篝火を置いたのかは知らないが、おそらく火継ぎの旅に出た先達の誰かか、火防女だろう。神にとって火を継ぐ者が必要であるのなら、神が篝火を置いて回った可能性も否定できない。
  どちらにせよ、助かる事実に変わりはない。
  ぼんやりと座り込み、テラスの外に視線を投げる。
「……」
  森の中、クリスタルゴーレムがいた。
  見なきゃ良かった。
  あそこにも敵がいるということは、外に出れるということだ。
  果たして行く必要があるのかないのか、考えたくはなかったが嫌な予感しかしない。
  書庫へと視線を戻し、床に白いサインが浮かび上がっているのに気づく。
  立ち上がり、確認する。クラウドだった。
「…ここに出してたんだな、サイン。今気づいた」
  召喚し声をかければ無言で見つめられ、怪訝に眉を顰めた。
「どうした?クラウド」
「…死亡ループに陥ってるのかと」
「…俺が?まさか」
「最初は本館入ってすぐの所に出してた。けどいつまでたっても召喚されないし、先に進んだのかと思ってここに出して待ってみたけど召喚されない。こういう時に限って世界は上手く混じらない。…随分待った。生きてるのか不安になった」
  饒舌に心情を語る姿というのは記憶にない。
  大きなため息をついて座り込んだ金髪を見下ろし、言葉を選ぶ。 
「敵がうざかったから一掃して、探索していた。時間がかかったのはそのせいだ。…あんたのサイン探したけど見当たらなかった、待たせて悪かった」
「……」
  恨みがましい視線で見られても、どうしようもないではないか。
  サインがなかったのは本当だ。あったら召喚している。
「…あー…。…ああ、あんたからもらった指輪、役に立ったぞ。シースを倒す方法がわからなくて死んだ」
  いつまでもうじうじされても鬱陶しい。話題を提供して気分を変えさせなければ。
「…あれは勝てないようにできている」
「え、そうなのか?」
「あいつの力の源はここにはない。これから行く所が、シースの墓場になる」
「……」
  だから、指輪をくれたのか。
  先に言っておいてくれたら無駄な抵抗をせずに済んだのに、とは、甘えた考えであることを自覚していたので言わない。
  本来自分で気づいて対処すべき事柄だからだ。
  指輪のおかげで失うものはなかった。
  それだけでもクラウドに感謝すべきなのだった。
「…指輪装備してなかったら、全ロストする所だったんだな」
「まぁ、そういうことになるな」
「ありがとうクラウド」
「……」
  すごい勢いで顔を上げ、穴が開くほど見つめられた。
  何だこれ、居心地悪い。恥ずかしい。
  目を逸らす。
  クラウドが立ち上がり、スコールの隣に並んだ時にはすでに顔から憂いは消えていた。
「よし、行くか!」
「……」
  単純すぎるだろうあんた。
  思ったが、心中に留めておく。
  歩き出したクラウドに並んで、攻略中疑問に思っていたことを質問することにした。
「…六つ目の槍持った奴、あいつだけ他の敵と違ったが何かあるのか」
「あれはシースの手先として実験用に人を攫ってくる魔術師だ」
「…外道だな」
「スキュラいただろう」
「…ん?スキュラ?」
「青い人魚みたいな、蛇みたいな」
「ああ、いた」
「あれ元は聖女だ。生きながら実験体にされた」
「……」
  殺したぞ。あれ、殺してしまったぞ!
  奇跡の物語を落とし、すすり泣いていたのはそのせいか。後味が悪い。
「襲われたから殺す。仕方ない。他に方法がないし」
  クラウドは淡々と慰める。
  救えないのなら、どうしようもない。放っておいてもこちらが殺されるのだ。
  どこかで割り切らなければ生きていけない。
  隠し扉を渡った先、本棚の奥に隠れるようにしてローガンがいた。
  魔術の知識を手に入れると言っていたが、どうなったのか。
「ローガン」
  声をかけるが、反応が鈍かった。
「…誰だ…」
「え?」
「…私の研究…邪魔は、許さん…許さんぞ…」
  大きな帽子の下から聞こえる声は小さく、怒りに震えている。
「邪魔をするでないわ!」
「……」
  一体何が。
  研究に没頭しているからだろうか?
  まるで敵に対するかのような態度に戸惑ったが、邪魔をするつもりはなかった。
  釈然としないものを感じながらも、ローガンから離れる。
  依然ぶつぶつと何かを呟いているようだったが、内容までは聞き取れなかった。
  地下室への階段を下ろして、クラウドが建物の外に出ていた。
  やはりあの森の中を行くのか。
  同じく外に出る。クラウドは金色のゴーレムへと向かっていた。
「…あれ、宵闇が捕まっていたやつに似てるな」
「ああ、あれもそう」
「誰か捕まってるのか」
  硬いクリスタルを破壊し、中から出てきたのはタマネギ兜の見知った奴だった。
「…ジークマイヤーかよ」
  おっさんが捕まるなよな、と呆れ混じりに溜息をつけば、丁寧に一礼したタマネギが礼を言った。
「ありがとうございます。私はカタリナのジークリンデ。何だかわからないうちに結晶に囚われて…。意外と快適だけれど動けないし、困っていたのです」
  女の声だった。
  驚いた。
「あ!そうだ、もしかして父をご存知じゃありませんか?」
「…父」
「私と同じ甲冑なので、目立つと思うんですが…」
  外見と名前で思いつくのが一人いた。
  頷けば、タマネギ兜の女は喜び、「この国に来ているんですね」と呟いた。
「よし!じゃぁ私は父を探します。重ね重ね、ありがとうございました」
「…いや…」
「…でも、父はどこか抜けているので、じっとしていてくれるといいのですけど…」
「……」
  その通りだとスコールは思ったが、祭祀場の場所を教えてやり、そこで待っていたら戻ってくると思うと言えば行ってみます!と元気良く返事をして立ち去った。
「…娘がいたんだな」
  思わず呟けば、クラウドは神妙に頷いた。
  気を取り直し、結晶洞穴にいるというシースの元へと急ぐ。
  その名の通り結晶で出来た洞穴だった。足元は良く滑り、壁も敵もクリスタルで目が痛い。巨大な蝶が至る所に止まっていたが、これも全てシースの研究結果だという。
  道なりに進み、行き止まる。
  進行方向としては遠くに道がありクリスタルゴーレムがいたが、向こうに渡るべき道がない。
「…間違えた?」
「いや、合ってる」
「道がないようだが」
「ああ、見えないな」
「……」
  見えないということは、道はあるということか。
  クラウドが小石を投げた。
  本来ならばそのまま遥か下へと落ちて行くはずの石は、軽い音を立てて何もない場所で跳ねた。
「…ここ、渡るのか?渡れるのか?」
「渡る」
「…これ初見の時、どうやった?」
  聞いていいものか迷ったが、聞かずにはいられなかった。
  こんな見えない道、気づくまで一体どれくらいかかるのか。
「巨人墓場で光る小石あっただろう」
「…ああ、足元に落ちてたやつ」
「あれを大量に買い込んで、一歩進むごとに投げるの繰り返し」
「……」
  うわぁ、と呻きとも感嘆とも取れる声が漏れた。
「進めるんだと気づくまでに時間かかったな…。隅から隅まで歩き回って、結局ここしかなくて、石を投げたら跳ねた…時の脱力感は今でも鮮明に覚えてる」
「ああ…だろうな…」
  おそらく一人で来たとしたら、スコールも全く同じ行動を取ったに違いない。
「一度わかればもう迷わないけどな。…俺が先に行くからスコールはついてくればいい」
「そうする」
  透明で何もない場所を、クラウドが走り抜けて行く。
  …見ているだけで寒くなる光景だった。
  そのまま向こうの道へ渡りクリスタルゴーレムと戦い始めるクラウドが走った後をそのまま追って走り抜ける。
  狭い高所で、クリスタルゴーレムが飛び跳ねた。器用に地面に手をつき一回転しながらクラウドがかわし、滑る床に足を取られるゴーレムに大剣を振り下ろす。
  スコールも参戦し、挟撃するが敵は怯まずしぶとかった。
  倒した時には安堵で大きなため息が漏れた。
  また透明な床をクラウドの後に続いて走り抜け、ようやく辿り着いたボスエリア前には長い両足の生えたホタテ貝がいた。
「…どういうセンスをしてるんだシースは?」
「ウロコに関係あるとは思えない実験だよな」
  クラウドも同意した。
  やけに強いホタテを倒し、ようやくシースの前に立つ。
「シースの力の源は輝く結晶だ。中にあるからまず壊す。回復能力を封じてしまえば大して強くはない」
「…わかった。ああ、あと」
「どうした?」
「…ローガンの様子が気になるんだが」
「…そうか。…最初にシースと戦った所に行ってみるといい。俺は祭祀場で待ってる」
「ああ」
  ボスエリアは広かった。
  三本の尻尾を器用に動かし、近づいてくるシースをかわして背後にある結晶を破壊する。
  怒り狂い結晶を吐き出してくるのを回避し、尻尾を打ちつけてくるのも距離を取る。敵の動きを見てタイミングを合わせさえすれば、脅威ではなかった。
  グウィンより分け与えられた王のソウルを手に入れた。
  消えたクラウドの霊体を見送って、再びアノール・ロンドの篝火から書庫へと向かう。
  二度目は要領を得ているので早かった。
  エレベーターで上がり、狭い階段を上がった突き当りの部屋へと入る。
  結晶で埋め尽くされた小ホール程の部屋の中央に、ローガンは立っていた。
「…研究は終わったのか?」
  問いかければ、ゆっくりと振り返る。
  予感があった。
  見つめれば、老人は持っていた杖を持ち上げ、魔法の矢を放つ。
  かわして、スコールは目を眇めた。
  老人は亡者化してはいなかったが、すでに正気ではなかった。
  シースの狂気に触れたのか。
  もう、救う術はないのか。
  このまま放置してもいずれは亡者と化すだろう。
  彼は不死なのだ。
  亡者は彼に襲い掛かり、すでに狂気に囚われた男はすぐに堕ちるだろう。
  生きているのに、心はすでに死んでいるのだ。
  ひたすら同じ魔法の矢を撃ち続ける単調な攻撃が当たるはずもない。至近に寄れば、杖で殴りかかってくるが老人の動きは緩慢だった。
  剣を持ち上げ、亡者化する暇も与えず止めを刺した。
  静かに目を閉じ、老人が死んだ。
  後に残されたのは、ローガンの研究の成果である一つの魔術、「白竜の息」だった。
「……」
  世界の始まりより存在した古竜シースの結晶のブレスを己のものとし、ローガンは満足したのだろうか。
  彼が求めていたのは、己の精神を犠牲にして手に入れた神の業だったのか。
  スコールは目を閉じた。
  人間だって、毎日たくさん死んで行く。
  不死が死んだところで、それは摂理といえば摂理だった。
  見知った者が、死んで行く。亡者となって、襲い来る。
  それをまた、殺してやらねばならないのだ。
  止めたい。
  それは己の精神の安寧の為だったかもしれないが、間違っていないと信じたかった。


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