きっと、どこかに。
三歩ほど前を歩く男が腕を組みながら、ずっと何かを呟いている。
どうしたと問うてやるべきだったのかもしれないが、聞いて欲しくて呟いているわけではないのだろう、隣に並んで歩いている自分のことなどまるで眼中にない様子でぶつぶつやっているので、邪魔をするのも悪い気がした。
一歩後ろに下がってみるが、気づいていないようだった。
もう一歩、下がってみたが同様で、さらに一歩下がっても男は視線を宙に飛ばし、顎に手をやりああでもないこうでもないと自分の世界に入っていた。
目的地が一緒だからとここまで歩いてきたものの、考えてみれば同じペースで仲良く並んで歩く必要もないのだった。
速度を落とし、さらに一歩距離を取る。
それでも背中は振り向かない。
足を止め、先を行く背中が壁を曲がって消えて行くまで見送ることにした。
「…あれ?どしたー?スコール」
途絶えた足音に気づいた男が、立ち止まって振り向いた。
それは気づくんだな、と呆れ混じりに思ったけれど、言葉に出すことはしなかった。
早く来いと促され、仕方なく隣に並べば顔を覗き込んで来た男が首を傾げながら笑う。
「すっげー、眉間にシワ。何怒ってんの?」
「…別に」
「ふーむ。よし、ラグナさんが当ててやろう!腹減ったー、とか、疲れたー、とか、眠いー、とか」
「あんたと一緒にするな!」
「あれ?違う?おっかしーなぁ、あっちなみに道はこっちで合ってるぜ!たぶんな!」
「…「たぶん」でよくそんなに自信ありげに言えるよな…」
「間違ってても気にすんな!人生色々あるってもんよ」
「気にしろよ!」
「ま、いいからいいから」
スコールの背中を軽く叩いて早く行こうぜと促した。
何か言いたげな表情を見せたが何も言わず、ため息を一つ零してまたラグナの隣で歩き出す。
会話は続かなかった。
こちらが話しかけても相槌が返って来ればいい方で、ため息だったり眉間にシワを寄せて返事の代わりにしていることが多かった。
それでもちゃんと聞いているのだから、スコールはいいヤツだと思っている。
こんな変な世界なのに、いいヤツが普通にちゃんと生きている。
「元の世界ってどんなとこなんだろうなー?」
「…さぁな」
「自分が元の世界で何やってたんだろーとか、考えねぇ?」
「少なくとも、戦闘が必要な世界であることに違いはないだろう」
「あー、なるほど。そうだねぇ」
「戦うこと自体に違和感はないしな…」
「…俺、違和感ありまくりなんだけど…」
「えっ!?あんたが!?えっ!?」
スコールがのけぞって驚いた。
聞いたこともないスコールの大声に、ラグナも心臓が飛び出んばかりには驚いた。
「なっ…!なん…っスコール、何だよそこまで驚くことか!?うわびっくりしたー!俺マジでびっくりしたー!」
「びっくりしたのはこっちだ!あんた、冗談にしても笑えないぞ!」
「冗談って…。いやいや俺、平和主義者だし」
「えっ…!」
「えって…」
二人そろってその場に固まった。
固まって立ち尽くす二人の上を、カラスが鳴きながら通り過ぎて行く様は滑稽だった。
「「……」」
沈黙が痛い。
「スコール君、俺…すげーショックです…」
「いつも楽しそうに銃振り回してるくせに…」
「楽しそうは余計だって…。戦って勝たないと死んじまうんだぜ!そりゃ真面目に戦うだろー!」
「……」
「あ、疑ってるなその目は!戦争とかなくなればいいのにって思ってるんだぜ」
「……」
「痛いのヤだし。ケガもヤだし。メンドクサイことヤだし。面白いことはいいけど」
「ということは、あんたの世界は戦争があるってことだな」
「そうなんだろうなぁ…妖精さんが来て力を貸してくれるってことは、なんかやっぱり戦ってる状況があるってことだ」
「妖精さん…」
単語自体に馴染みはない。
けれどスコールは無意識に首を傾げた。
力のイメージ。
頭の中に何かが沸いては渦巻いて爆発するイメージ。
それが何かはわからない。
ラグナが空を見上げて伸びをした。
「あーよくわからん」
「……」
何故記憶がないのか。
何故ここにいるのか。
何故戦っているのか。
何もわからずこの世界に放り出された俺達は、ただ神の駒として動くことしか出来なかった。
断片化されたこの奇妙な世界に生きているのに、どこかの世界が懐かしい。
見上げれば広がる空に違和感はない。
おかしい、と感じるのは。
「なぁスコール」
「何だ?」
「…あー…、やっぱ何でもね」
「…何だそれ…」
呆れた視線をかわして笑い、背中を向けて歩き出す。
後ろからついてくる足音は静かで心地よかった。
「同じ世界で生きてたらいいな」なんて。
今ここで、一緒に生きているというのに。
言った所で何の意味があるのだろうと思う。
この世界で生きることと、心のあり方の矛盾。
戻れるものなら戻りたい。
平和で幸せに、暮らしたい。
この世界で実現するのか、元の世界とやらに帰ることで実現するのかもわからない。
けれど今ここで、生きている。
「この世界を平和にすること、考えようぜ」
「今」を大事に、生きようぜ。
言えばスコールは青い瞳をいっぱいに見開いて、驚いているようだった。
「…何か変なこと言ったか?俺」
「…あんたはホントに、変なヤツだ」
「え?何で?俺すげーマトモじゃね?」
「まぁ…あんたらしいといえば、あんたらしいのか」
「何だそれ。スコール君、馬鹿にしているな」
「感心している。この戦いしかない世界で、それを終わらせることが出来るのか」
「出来るのか、じゃなくてやるっきゃねーよって話だろー?」
「…出来たらいいが」
「やろうぜ!っていうか、やる!」
「……」
ほんの少し、スコールの瞳が優しくなった気がした。
俺達が落としてしまった記憶と世界を取り戻す為に、この戦いを終わらせるには、どうすればいいか。
ずっと、考えている。
END