あの場所に、還ろう。
同じ世界の人間と戦えば、より早く記憶が戻ると教えてくれたのはカインだった。
情報源を聞いても言葉を濁すばかりで、おそらく敵側の誰かが漏らしたのだろうことは想像に難くなかったから、そうなんだと頷きながらも追求することはしなかった。
そんなものは、実際に戦ってみれば事実かどうかは明らかになるのだから。
最初は目の前を通りかかったライトニングにお願いしてみたが、「仲間内で戦闘する体力があるなら敵の数を減らせ」と冷たくあしらわれた。
次に休憩の為に聖域へとやってきたユウナに声をかけようとしたが、うら若き乙女を殴ったり銃で狙ったりするのは気が引けたので、見送った。
「そんなところで突っ立ってどうしたんだ?」と親切にも声をかけてきたフリオニールは、頼めばイヤとは言えなさそうな顔をしていた。
訓練と思って戦ってみねぇ?と聞けばふたつ返事で頷いた彼はいいヤツだと思う。
実際に戦ってみれば、フリオニールは強かった。
様々な武器を使いこなし、使い分ける技量はさすがという他はなく、ラグナは素直に感心した。
どちらも本気で殺し合おうとしているわけではなかったから、間合いを計っては攻撃し、かわしては攻撃しを繰り返し、気づけば長期戦へともつれこんだ。
一呼吸置いた所でいつ来たのかヴァンとジタンが興味深そうに見学していることに気がついた。「次戦うか?」と問えば「やるやる」と二人そろって返事を返す。
フリオニールが遠慮して、「じゃぁ俺はこの辺で。そろそろ休憩入れたいし」と辞退をしたので次はジャンケンで勝ったヴァンと戦った。
記憶はたいして戻らなかった。
ジタンと戦っても同様に、軍に所属し銃を携帯して戦闘していた記憶はわずかばかり蘇りはしたものの、劇的な変化は見られなかった。
なるほど、戦闘すれば多少なりとも記憶は戻るものなのだと、一つ勉強したラグナであった。
手榴弾をジタンに向かって投げつけるが、身軽な彼は華麗にかわす。
目的を失った手榴弾はそのまま放物線を描いて転がって、落ちた先には通りかかったスコールがいた。
「あ、」
危ないと注意喚起をする前に、気づいたスコールは素早く一歩で飛び退る。
威力はそれほど高くはなかったが、殺す気かと低く呟きガンブレードを眼前に掲げてみせたスコールは、爆風に煽られ機嫌が一気に急降下しているようだった。
ジタンは愉快そうに口笛を吹いて、「次スコールに譲るぜ!」とスコールの横に降り立ち武器を仕舞う。
眉を顰めて見下ろすスコールに笑いかけ、「俺昼寝しようと思ってたんだ」と背中を叩いて交代を告げた。
ラグナは否やもなかったのでよろしくと手を振れば、ガンブレードを構えたスコールの瞳が真剣味を帯び煌いた。
一撃、剣を受けた瞬間ラグナの視界に光が弾け、疑問に思う間もなく体力の限界に来ていた足がもつれて倒れこんだ。
呆れたスコールの視線は痛かったが、起き上がった時には鮮明に一つの記憶が蘇る。
己が、ガンブレードを振り戦闘している姿だった。
だが実戦で使用したというよりは、訓練の一環で使った事がある、という程度なのだと思う。
広い敷地に大勢の兵士が並び、基本の型をひたすらなぞる。
目に浮かぶのはそんな他愛もない光景であり、ガンブレードを振った記憶が蘇れば、誰かを守ってドラゴンと対峙した記憶までも芋づる式に思い出す。
これだ。
これのことだ。
ラグナは嬉しくなった。
こんなに近くに、同じ世界から来た仲間がいたのだった。
己が思い出す事ができたのだから、スコールもきっと思い出しているに違いない。
他のヤツらと戦うのは楽しくはあったが、記憶を取り戻す手段が見つかったのならそちらが当然優先だ。
「スコールがいれば、いい。悪いな、バッツ。他の奴らももういいやー」
ラグナに他意はない。
バッツが勝手に誤解したのだった。
斬撃は容赦なくラグナの皮膚を掠めていく。
的確に急所を狙うスコールの腕は相当なもので、殺気が感じられないのが不思議な程だった。
ギリギリで身をかわすのが精一杯で、マシンガンを構える余裕など与えてはくれない。
銃としての本来の使い方ではなく、盾や鈍器としての役割を強要されてラグナは焦る。
とにかく距離を取らなければまともな攻撃もできないことを知られている為、スコールは常に至近距離で防御より攻撃を優先した。
戦いにくいことこの上ない。
ラグナより速く身軽であるスコールに、攻撃に移る瞬間を狙われればひとたまりもなかったから、うかつに攻撃も出来ず防戦一方のラグナは分が悪かった。
銃を振り上げ打ち下ろしても、スコールには通じない。
手入れの行き届いたガンブレードに受け止められ、儚い火花が散って舞う。
「…随分消極的だな」
真剣な蒼の瞳が僅かに細まり、スコールが笑ったようだった。
ラグナの戦闘スタイルを潰しにかかっておいて、その言い草。
「…へっ、油断してると、足元掬われるんだぜスコール!」
だが楽しかった。
スコールが僅かなため息を漏らし、攻撃に移る瞬間をラグナも狙う。
ガンブレードがスコールの手の中で弧を描いた。
知ってるかスコール。
お前のその攻撃、至近距離で撃つには隙がありすぎるんだぜ。
武器に炎を宿す、その一瞬の間が、命取り。
ラグナの手が光る。
スコールが気づいた時には、もう遅い。
「……ッ!」
持ってて良かった、電磁波シールド。
二人の間で輝きを発して展開されたシールドに、スコールはガンブレードもろとも弾き飛ばされ空を舞った。
一回転し体勢を整えたものの、勢いを殺しきれずに地面を滑る。
完全に攻撃へと全神経を集中していただろうスコールに、このカウンターは効いたようだった。
伏せた顔を上げラグナを睨みつけたその顔は不機嫌の極みにあって、露骨な感情表現にラグナが笑う。
「おっとー、せっかくのカワイイ顔が台無しだぞぉ!こんくらい、何でもない、何でもない。だろ?」
「…うるさいっ」
ガンブレードを一振りし、今度はスコールの手が光る。
近距離攻撃を得意とするスコールだったが、攻撃手段は多彩だった。
雷撃か、それとも氷塊を飛ばすつもりか。
どちらにせよ食らえば痛い。
ラグナは後ろに下がって距離を取り、両手を上げて銃を振り振り降参のポーズを作ってみせた。
「ちょっと待ち!そろそろ終わろうぜ!俺疲れちまったよスコールくーん!」
「……」
「ほらほら、痛みわけつーことで、終わり!な!?」
射殺しそうな視線を向けるスコールは不満そうだ。
このプライドの高い獅子は、カウンターをくらったことが腹に据えかねているらしい。
お互い様、という台詞が思わず喉まで出かかったが、年上の威厳を見せたいラグナは一つ堪えて宥めるように笑うのだった。
「休憩したら、またやろうぜ!味方同士なんだから、ほどほどのとこで妥協しないと!殺し合いになっちまったら意味がないだろー?」
「……」
不承不承といった体でスコールが武器を納めた。
安堵のため息をひっそりと吐いて、ラグナもまた銃を仕舞う。
これだけ強くて周囲のことも見渡せて、口数は少ないものの仲間からも信頼されているというのに、まだまだ子供なんだなぁと思えば、庇護欲のようなものをかきたてられる。
守ってやりたいとかそういうものではなく、立派な大人になって欲しいという、期待のようなものだった。
スコールにしてみればお前が言うなと言いたいに違いないが、幸いスコールはラグナの心の中を読むことはできなかったので、スコールをしっかり見守ってやらねばと一人決意するラグナに気づきようもないのだった。
「で、スコールは何か思い出したか?」
城壁の名残と思われる冷たい壁を背にして、ラグナは地面に座り込む。
神のおわす聖域は、仲間の溜まり場となっているので二人でゆっくり戦うには向かなかった。
誰彼が寄ってきては見学するので、気が散って仕方がない。
身体を鍛えるのはいいことだ、と女神の側近くに侍る光の戦士などは素直に感心していたが、目的は記憶を取り戻すことであって戦闘自体はおまけのようなものだと思っている。
しかし心身の鍛錬を優先事項として位置づけているスコールは、戦闘自体に意義を見出しているようだった。
強くなければ戦えないと公言するだけのことはあると言うべきか。
「少しな」
言葉少なに返事をし、スコールは座り込んだラグナの隣で腕を組み、壁に凭れて立っていた。
「お、どんなこと思い出した?聞かせて聞かせて」
「…何でだよ」
「いいじゃん、聞きたい聞かせろって。えーとなんて言うんだっけ、連想ゲーム?色々出し合えばもっと思い出せるかも」
同じ世界から来たのなら、共有できる何かがあるかもしれなかった。
共通認識が生まれれば、もっと早く記憶を取り戻すことができるかもしれない。
「…それを言うならブレインストーミングだろ」
「そだっけ?ロールシャッハテストとかなんかそんな…それは違うか。まぁあれだ、心理学とか詳しくねぇからどうでもいいや。で、何を思い出した?」
「……」
興味に目を輝かせて見上げてくる男から視線を逸らし、スコールは額に手をやりため息をついた。
「スコールー?」
「…これ」
「ん?」
「この傷が出来た理由を思い出した」
「おお~」
覗き込むようににじり寄る男から離れるように一歩ずれて、スコールは顔を背ける。
いちいち見なくていい。
改めて見るようなものでもないだろう、と言いたかったが、ラグナは諦めることなく「それで?」と続きを促す。
「…それでも何も、それだけだ」
「転んだのか?どっかからガラスの破片でも飛んできた?目とか傷つかなくて良かったなー」
「…俺にいつも絡んでくるウザイヤツにつけられて、やり返した。それだけだ」
「えーっお前にケンカ売るようなヤツいるんだ。すげぇなー」
「……」
金髪の、でかい態度で人を見下すイヤなヤツ。
白いコートを靡かせて、そいつもガンブレードを使っていて、ことあるごとに突っかかってきては訓練と称して戦ってばかりいた。
あいつの名前は、…。
「…名前はまだ思い出せないな…」
あんなに毎日のように顔を合わせていたというのに。
顔も思い出せるというのに。
名前は全く出てこない。
「んでも、そんだけ思い出せたんなら上等上等。名前もそのうち思い出すだろ」
「…別に思い出したくないけどな」
「まったまたー。大事な思い出粗末にすんな~?」
座り直したラグナは左手を空に翳してみせた。
「これこれ、スコール。この指輪見てくれよ」
丸みのあるプラチナリングに無駄な装飾はない。
左手薬指に嵌めるその特徴のないリングの意味は、スコールも知っていた。
「…マリッジリングというやつだろ」
「そそ、それそれ。俺の奥さん、どんな人だと思う?」
「……」
知るかよ。
ありありと「どうでもいい」と言いたげな表情に乾いた笑いを投げかけて、ラグナは得意げに頷いた。
「俺思い出しちゃったー」
ピアノを弾く女性に声をかけたくて緊張する己と、それを見守る友人達の面白がる視線があった。
黒髪の綺麗な女で、鍵盤を滑る指先は細く白く、胸元の開いた大胆なドレスは彼女の肌によく映えた。
「名前は俺も思い出せねぇんだけど、すんげぇ緊張したんだよなぁ。どうやって声かけよう、なんて言って声かけよう」
「……」
スコールは腕を組みため息をついた。
何とも情けないこの男の姿が目に浮かぶようではないか。
足がつりそうになりながら、行けと囃し立てられよろよろと演奏中の女の下へと歩み寄る。
声をかけようと思った所で足をつり、無様に席へと戻るのだ。
悪友と呼べそうな二人の男は「よくやった!」と笑いを隠さず褒めちぎり、そして女がやって来る。
「えっとー、あそこは確か」
「…デリングシティだろ」
「そうそう、俺ガルバディア兵だったんだよな、って…ん?」
ラグナが首を捻って考え込んだ。
スコールもまた、首を傾げて考え込む。
何故だ。
「…あれ?スコール、今何て」
「……知らない」
「あの女の人、知ってんの?まぁ確かに美人だもんなぁ。実は有名だったりしたんかな」
「……知らない」
「てことは、スコール案外近い場所に住んでたり?うわすげぇ偶然だなぁ!すげぇなぁ!」
「……」
そんなことはわからない。
「あー意外とスコールもガルバディア兵だったりしてな!ガンブレードの研修とかあったしな。専門に使うヤツがいてもおかしくない!」
「……」
確かに自分はどこかの組織所属であったはずだが、士官学校などはあるのだろうか。
しかしガルバディアと言われても、まったく心に響くものはなかった。
「やっぱすげぇなドレインストーム」
「は?」
「色々思い出してくるよな!すげぇー」
「……」
ブレインストーミングだろ。
何となく語感が合っているからというだけで、適当なことを言わないで欲しい。
何故こんな男と世界を同じくしているのだろう。理不尽を感じる。
脱力するスコールを気にすることなく、ラグナは一人で何かを納得しているようだった。
「あの女の人と結婚したんじゃね?俺」
「……」
いや、それはどうだろう。
違うと思う、と言いたかったが、何故そう思うのかはわからなかった。