あの場所に、還ろう。

  硬質なクリスタルを思わせる人形が襲い来る。
  敵味方あらゆる戦士達の姿を模し、技や魔法もそのままに、時に徒党を組んで現れるそれをイミテーションと呼んだ。
  討ち減らしても時間が経てば沸いて出て、気づけばいつの間にかひずみの中だけではなく世界中至る所で目にするようになっていた。
  剣戟をかわして懐に入り込み、己にそっくりな人形に弾け飛べと斬り捨てる。声のような音のような悲鳴を上げて、崩れ行く姿は不快だった。
  光を反射し煌く残骸を踏みつけて、スコールはため息をつく。
  キリがない。
  倒しても倒しても、数が減っている気がしなかった。
  「敵を倒すこと」だけが目的ではなく、「戦いに勝利すること」が最終目標として設定されている以上、敵の本陣に斬り込み本丸を落とす事ができなければそれはすなわち敗北と同義だった。
  現状、味方の数は変わりないが、敵の数は爆発的に増えている。
  おまけに使い捨ての人形のくせに、イミテーションは雑魚ではなかった。
  どれだけ倒そうとも、敵方に損害を与えることができないばかりか、繰り返される戦闘に味方は疲弊を強いられる。
  悪辣な消耗戦であり、終わりの見えない悪夢でもあった。
  ひとまず退くかと踵を返すが、殺気を感じて立ち止まる。
  ガンブレードを構え振り返れば、また見知った姿の人形がそこにいた。
「…全く悪趣味だな。ここにいる連中の姿を取るとは、誰の趣味だ」
  カオス陣営に属する者達の顔を思い浮かべてみるが、こんなモノを無限に作り出し送り込んでくるだけの力を持つ輩には思い至らなかった。
  カオス本人がやっているのかとも思うが、ならば今頃始めるのではなく、最初からやっておけばコスモス陣営は相当な苦戦を強いられていたはすだ。
  誰が何の目的でこのようなモノを作ったのか見当もつかなかったが、敵味方問わずの形を取っているくせに、こちら側だけ襲ってくるとは迷惑も甚だしい。
  銃を構え向かってくる人形に牽制の一撃を放ち、怯んだ所を斬りかかる。
「邪魔する奴は、蹴散らすだけだ」 
  作り物の人形は、本物をコピーしたかのように攻撃パターンはそっくりだった。
  マシンガンを構え、連射する。
  かわせば小型爆弾を投げてくる。
  至近に寄れば銃を片手に殴りかかり、距離が開けばビームやレーザーが飛んでくる。
  厄介だった。
  雑魚ではないのが腹立たしい。
  連戦を強いられるのは苦痛だったが、苦境に立たされることも思い通りに物事が進まないことも当然だと自然に受け入れている己がいる。
  ここは戦場であり、己は戦争の駒である。
  割り切れない感情など捨ててしまえ。
  生き残り、戦い続け、倒し続け、最終的に勝利することが課せられた任務なのだと思えば納得できた。
  そう、任務だ。
  所属する機関、どのように戦ってきたか、どのように動けばいいか、そして生き残ればいいか。
 
  連戦の中で、思い出す。

  皮肉なもので、戦闘を強いられれば強いられるほど己は強くなっていく。
  知識と経験を取り戻す。
  思い出の優先順位は、現時点で必要に迫られている事柄から引き出されてくるようだった。
  戦闘に関する知識。
  知識を得るに至った経緯。
  経緯に付随する周辺の出来事。
  膨大なピースを必要とする空白のパズルの前で座して呆ける己を差し置き、誰かの手が伸び勝手に埋めて行ってくれているような感覚に似ていた。
  もしくはロックのかかった記憶領域の中にある、細分化されたフォルダを一つずつ解放してフォルダを開き、中のデータを確認して行く作業に似ているというべきか。
  ああ、それよりもむしろ。
「弾けろ!」
  銃を構える瞬間に出来る隙は、本物も偽者も同じった。
  避ける暇も与えず致命の一撃をくれてやれば、負荷に耐えられなかった塊が断末魔の悲鳴を上げて砕け散る。
  息が上がった。
  弾む鼓動と呼吸を整える為に一つ深呼吸をする。
  目立った怪我はなくとも人間なのだ、体力に限界はあった。
  ひずみを抜けて少し休憩を取ろうと今度こそ踵を返すが、壁の向こうで小さな瓦礫を蹴飛ばす音が聞こえ、スコールは内心舌打ちした。
  己の限界を弁えない者は強者にあらず。
  無理をして任務を途中放棄するような事態は許されなかった。
  途中放棄とはすなわち死であり、スコールは無駄死には望まない。
  退却できるものならしたかったが、相手には既に感知されているようだった。
  また敵かとうんざりするが、逃げられないのならば早期に決着をつけるしかない。
  素早くガンブレードを構えて頭上に振り上げ、一気に地面へと振り下ろす。
  打ち下ろされたガンブレードは闘気を纏い光の柱となって輝きながら、地面を滑り壁を突き抜け相手を狙う。
「うわわわわっ!」
  うろたえた男の声が上がったかと思うと、よろめきながら壁から姿を現した。
  出鼻を挫こうと詰め寄りスコールは武器を構え切っ先を突き出す。
「どわー!ちょっ!タンマー!」
「…っ!?」
  この声は知っていた。
「スコールにころされるぅー!」
  男が叫ぶと同時にスコールの身体が引き攣った。
  前へと突き出した両腕の力を逆へと逃がすのは痛みを伴い負担がかかる。
  気持ちばかり避けようと背後へ仰け反る男の鼻先数センチの所で、同じく上半身を背後へと反らせたスコールの剣先が止まった。
「…っ、な、」
「あ…っぶね…!よ、よくぞ止めてくれましたスコールくん…!」
  冷や汗を流しながら両手を上げてひらひらと振る男を認め、スコールが睨みつける。
「何をやってる、ラグナ!」
「な、何をって、スコールの助っ人に…」
「もう、終わった!」
「あ、そ、そうなのね…」
「……」
「……」
  しばし二人見つめ合い、同時に項垂れため息をついた。
  限界を感じたスコールは武器を下ろしてその場に座り込む。
「お疲れか?スコール」
  落ちてくる言葉に返す気力もなく、そのまま地面に寝転んだ。
「えっス、スコール大丈夫か!?体調悪いか?ケガしたか!?」
  傍らに足をつき跪いたラグナに億劫そうに視線を向けて、スコールは盛大にため息を吐いて見せた。
「…マインドマップ」
「へ?」
「マインドマップに似ている」
「…え?何が?」
「…三分で起きる。休憩させろ」
「へ?あ、ぉう…」
  スコールの言っていることが理解できなかったが、三分黙っていればいいのかと横になったスコールの傍らに座り込み、ラグナは静かになったひずみの中の空を見上げた。
  明るく晴れた空はこの世界には珍しい。
  地面は芝生だし、風は爽やかだし、ここだけ季節は春か初夏のようだった。
  敵さえいなければピクニックや散歩などにも最適だっただろうここは、建物を抱えて浮遊する島々の寄せ集めの空間だった。
  ホント、敵さえいなけりゃ平和なのにな。
  緩やかに風に揺られて目にかかる己の髪を払いながら、ラグナはスコールを見下ろした。
  疲労が窺える表情は険しいものだったが、感情を宿す蒼の瞳は今閉ざされていた。
  瞼や頬を掠める前髪が邪魔だろうと手を伸ばして触れてみれば、随分と柔らかい髪質に驚いた。
  眉を寄せたものの、目を開ける気配はない。
  そのまま頭を撫でてみると、目を閉じたままスコールの手が上がって邪魔だと言わんばかりに払われた。
  これはイヤなのか。
  思わず笑みが零れたが、声には出さない。
  三分休憩すると言ったのだ、中断させたら確実に怒られる。
  大人しく手を離し、手持ち無沙汰なラグナはスコールと同じように寝転んでみた。
  ああ本当に、敵の心配をしなくて良ければこのまま昼寝を決め込むことができたのに。
  目を閉じれば寝入ってしまいそうな予感がした。
  いかんいかん、何かあったときに俺が対処しなくてどうするのか。
  睡魔に襲われる前に、ラグナはよいしょと起き上がる。
  一連の動作を気配で感じたスコールは、目は閉じたまま呆れ混じりに呟いた。
「…おそらく当分敵は来ない。一掃したからな」
「えっそうなんか。てか、全部?」
「……」
  一掃したと言っているのだから、全部に決まっているではないか。
  馬鹿にしたようなため息を吐かれ、ラグナは頭をかいてごまかした。
「いやいやさすがスコールくん!俺が見込んだ男だねぇ~」
「…さっきの話だが」
「あ、思いっきりシカトした」
  するだろ、とスコールは言いたかったが、起き上がるのはすでに億劫になっていたので、三分は経過していたがそのまま話題を引き戻す。
「ブレインストーミングにおける整理法の一つだ」
「…ん?」
  ラグナは首を傾げた。
  ちらりと目を開けラグナを見るスコールの視線が、痛い。
「一つ何かを思い出す、それを中心としてキーワードやイメージを繋げて行く。記憶を展開するにはそれが一番有効だと、さっき気づいた」
「それがマイムマイム?」
「…オイ、ふざけてるのか?」
  スコールのツッコミは最もだった。
「いや、真面目に聞いてる、聞いてるぜ!マップマップだっけかな」
「…マインドマップ…」
「ああそう、それそれ!スコール、頭いい!」
「……」
  逐一全てを説明しなければならないのか。
  いや、説明してやったところで、また絶対に間違える。
  何なんだコイツは。
  はた迷惑な奴だった。
  渋い顔をするスコールとは対照的に、ラグナは朗らかな表情を崩さない。
「ここの敵全滅させたんなら、また何か思い出したか?スコール」
「…少しな」
「スコールくんはそればっかりだなぁ。実は結構思い出してたりすんじゃねーの?」
「……」
  仮に思い出していたとして、全て話してやらねばならない理由はないはずだ。
  目が合うと、ラグナが笑う。
「お前、目は口ほどに物を言うって言葉、知ってっかー?」
「…っ!」
  急いで逸らすが、それは図星だと教えてやるようなものだった。
「教えろ!いや、教えて下さいスコールくん!俺にも記憶をわけてくれー!」
「んな…っ」
  ラグナの身体が落ちてきた。
  後頭部へと手を回され圧し掛かられてスコールは絶句した。
  これはあれか、ハグというやつか。
  脳裏に「ハグハグ」という単語が巡る。
  何だったろうこの単語。
  誰かが身振り手振りで言っていた気がする。
  意味がわからず立ち尽くしていると、確か「ギューッと触れていたい」と言ったのだ。
  輪郭が覚束ないが、あれは女だったはず。
  …誰だっただろう、大切な約束が何かあったはずだった。
「…っ、てか、何だあんた、やめろよ重い!」
  ラグナの額と肩に手をやり、押しのける。
  すんなり退いたラグナは今度、地面に正座し土下座した。
「頼むよスコール、このと~り~、このと~り~」
  両手を伸ばしてぺこぺこと腰を折る。
  呆気に取られたスコールは二の句が継げなかった。
  変な奴だ。
  変な奴。
  …こんな奴が、思い出した記憶の中にいることに納得がいかなかった。
  無言で身体を起こし、乱れたジャケットと髪を直す。
  ちらりと窺う視線を向ける男を見下ろして、スコールはため息をついた。
  毎日一体何度ため息をつけばいいのだろう。
  駄目押しのように漏れるため息を、抑える気力は沸かなかった。
「…俺はガルバディア兵じゃなかった。バラムガーデン所属の傭兵だ」
「…バラムは国だよな。ガーデンって何だろ…」
  同じく身体を起こしたラグナは正座をやめて、胡坐をかいた。
  顎に手をやり思い出そうとしているようだったが、思い当たる記憶はないと言う。
「…兵士養成学校だ」
「へぇ~」
  それでも首を傾げたままだ。
「たぶんあんたに会ったことはあるのかもしれない」
「おお?そうなのか!?」
  スコールは曖昧に頷く。
  しかし記憶の中にあるラグナはとても奇妙であった。
  誰もが己に向かって「ラグナ」と呼んだ。
  一介の兵士だ。
  一介のジャーナリストもどきだ。
  一介の、…。
  けれど「スコール」として、俺は俺で生きている。
  「ラグナ」は今目の前にいるこの男であって、俺ではない。
  夢を見ていたのだろうか。
  だが夢だったとしても、「ラグナ」と呼ばれる筋合いはないはずだ。
  何故だ。
  意味がわからなかった。
  考え込んだスコールを見やり、ラグナは唸る。
「会った事あるのに俺、忘れちまってるんだとしたら、すんげぇ失礼な奴だよな。悪ぃ」
「…いや」
  記憶がないのはそもそも仕方のないことだ。
  首を振って寛容を示すスコールの顔を、至近に寄せて見つめてみる。
  本当に、忘れてしまっているのだろうか。
  この顔を。
  この少年を。
  この獅子を。
「…オイ、近いぞあんた」
  焦点が合わなくなる程近づかれ、スコールは顔を背ける。
  過度のスキンシップは慣れなかった。
「…うん、だから「あんた」になったのか?」
  些細な変化にラグナは気づいている。
  横目で視線をくれるスコールは、思いも寄らぬと言いたげに目を見開き、だが反論する気はないのか再び視線は離れて行った。
「うーん…」
  一つ、思い出す顔がある。
  おぼろげなそれは明確な線で結ばれはしなかったが、褐色の髪、蒼の瞳、繊細な造作のイメージは間違えようもなかった。
  ラグナは思い出の中に目を凝らす。
  思い出すと同時に直結する一つの物があった。
「スコール」
  至って真面目に、名前を呼んだ。
  声音の強さにスコールは嫌々顔を向ける。
  視線の近さに眉を寄せ、何だと答えるその吐息も触れそうなその距離で。

「…お前、俺の奥さん?」

 聞いた瞬間、スコールの拳が飛んできた。


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