あの場所に、還ろう。

「お、いたいた、探したぜスコール!」
「…ラグナか」
  よいしょと崩れた壁を乗り越えて、ラグナは常と変わらぬ笑顔を浮かべながら手を振った。
  倒されたばかりのイミテーションが砕けて儚く消えて行くのを見守って、「手伝う?」と問うが「終わった」とそっけなく返される。
「また終わった後かよ~。俺のカッコイイとこ、スコールくん全然見てないんじゃねーの」
「…カッコイイ…?」
  首を傾げるスコールに悪意はないと信じたい。
  乾いた笑いが漏れたが、ラグナは一つ頭を振った。
「あーそうそう、すんげぇ大事な話すっから、ちっと休憩しねぇ?」
「何だ?」
「ままま、いいからいいから。座ろうぜ!」
  スコールのピンチに颯爽と登場し、「俺って頼りになるだろぉ~?」と一度は言ってみたかったラグナであるが、スコールはそもそもピンチに陥ることなどあるのかすら怪しく、相変わらずの仕事の早さに感心することしきりである。
  一抹の寂しさを感じながらも、ラグナは近くの岩場へと腰かけた。
  少し離れた場所に座ろうとするスコールを制し、ここ!と隣を指差せば、嫌そうに眉を顰める。
「…スコールくん、そこで嫌そうな顔しない。大事な話、するって言ったろ?」
「……」
  一体なんだというのか。
  大事な話と言う割りに、ラグナの声音も表情も、いつもと全く変わりなかった。
  だらだらと引き延ばす気もなく、スコールは大人しくラグナの隣へ腰かける。
  足を組んで、頬杖をついた。
「話聞くって態度じゃないだろそれ…」
「いや、聞いてる」
「…ま、いっか…」
  ラグナは珍しくため息をついた。
「…?」
  怪訝に片眉を上げてこちらを見るスコールに、笑ってみせる。
「えっと、イミテーションのすくつ、見つけた」
「…すくつ…」
  頬杖をついたままの体勢でスコールが固まった。
  視線を泳がせ、考えているようだった。
  気づいたラグナはまた何か間違ったのかと思ったが、イルミネーションと間違えたイミテーションはちゃんと覚えたぞと胸を張って言えるのだった。
  ややあってラグナに向けられた半眼の視線は、呆れを通り越して無情であった。
「そうくつか」
「へ?…あ、そうそう、それ!巣窟な、巣窟!」
「……」
  こいつはきっと、欠片をけっぺんと読んだり、雰囲気をふいんきと読んだりするに違いない。間違いない。
  これでジャーナリスト志望だったというのだから、世の中はわからないと思うのだ。
「で、巣窟に乗り込んで、次元の穴とかいうやつを塞いで来なくちゃなんねんだ」
「…なるほど」
「それをやれば、イミテーションが無限に湧き出てくることもなくなるらしい」
「…わかった」
  それは重要な情報だ。
  一刻も早く対処をし、人形の数を減らしながら敵を倒していかなければならなかった。
  イミテーションさえいなくなればあとは対等に戦えるはずで、苦戦を強いられるのは敵が卑怯な手や罠を仕掛けてくるからなのだった。
  純粋な能力勝負で、敵に劣っているとは思わない。
  スコールはすぐさま立ち上がろうとしたが、ラグナに肩を抑えられ適わなかった。
「おい」
  非難を込めて睨みつけるが、ラグナは全く動じない。
「まぁ焦んなって!場所とか知ってんのかー?」
「…あんたが知ってるんじゃないのか」
「知ってるけど!まだ話は終わってねぇって」
「……」
  不満を滲ませながらも、スコールは改めて座り直す。
  見届けて、ラグナも手を離した。
「作戦はこうだ。次元の穴を塞ぎにいく部隊と、敵を食い止めて減らす部隊に分ける。分けるっつっても、敵はイミテーションだけじゃねぇ、生きてるヤツらも相手だ。大量の敵に囲まれて、なおかつヤツらも相手にしなくちゃなんねぇ。これはすんごく大変だ。わかるよな?」
「…ああ」
「で、スコールにはそっちを頼みたいと思ってる」
「何故?」
「何故って、スコール強いから!」
「……」
  沈黙で答えるスコールの表情は硬い。
「どっちも大変だけど、どっちも大事!だろ?」
「……」
  スコールは答えない。
  ラグナはもう一つ、駄目押しをする。
「未来、かかってんだからな。大事だぜ」
「……」
  未来。
  未来とはすなわち希望だ。
  そんなことは言われなくとも誰しもがわかっているはずのことだった。
  スコールが顔を上げて、ラグナを見る。
  真っ直ぐ合う碧の瞳は、思いの他意志を宿して強かった。
  何かを決意した目だと思った。
  …何を、決意することがあるというのか。
「一つ、質問がある」
「ん?何かなスコールくん」
「次元の穴とやらを塞ぎに行ったヤツは、帰って来れるのか」
  無限に沸き続けるイミテーションの、発生場所だ。
  どれだけの数が沸き、どれだけの数が動き、どれだけの数が襲い掛かって来るのだろう。
「あんたは塞ぎに行くんだろう。他にも行くヤツがいるんだろう。勝算はあるのか」
「もっちろん、ちゃーんと塞いで来るぜ!任せとけ!」
  胸を張って答える男は、だが全ての質問に答えていない。
「ラグナ」
  力を込めて名を呼ぶが、ラグナは常と変わりない笑顔で笑う。
「お前、傭兵なんだろ?自分の役割、わかるよな」
「……」
  傭兵の仕事は任務を全うすること。
  任務とは、この戦いに勝利すること。
  …そんなことは、わかっている。
「残るヤツらも、数必要なんだ。少ないと対抗できなくなっちまう。スコールなら強いしわかってるし安心だ。任せられるぜ!」
  そんなことは、わかっている。
  SeeDは何故と問うなかれだ。
  俺達は、任務完遂の為に為さねばならないことがある。
  勝利する為に、誰かが犠牲になり誰かが戦わねばならない状況が起こりうることも、覚悟していなければならなかった。
  だが何故俺が。
「…死にに行くあんた達を、俺に見送れって?」
「…おいおい、死ぬとはまだ決まってないぜ」
  生き残れるとも言わないけどな。
  ラグナの言葉は酷い詭弁に満ちていた。
「…ならばコスモスを守る一部を聖域に置いて、残りは全てそちらに向かった方が効率がいいだろう」
  戦力は多いに越したことはないのだから。
「…スコール」
  何故この提案をラグナがしないのか、受け入れようとしないのかがスコールにはわからない。
  困ったように頭をかくラグナは、遅いのだと言った。
  全てが遅かったのだと。
  戦える戦力はもはや、ない。
「…どういう意味だ?」
「カインと入れ違いになっちまった。あいつはあいつで、動いてた」
  穴を塞ぎに行く面子以外で、残っているのはスコールと、聖域でコスモスを守る光の戦士だけだった。
「カインが」
  あの時。
  明らかに不審だったあの男。
  スコールが立ち上がるが、今度はラグナは止めなかった。
  見上げる形になった獅子は、迷いを捨てた目をしていた。

 ああ、やはり。

「俺も行く。そこまで聞いて、同行しない理由はない」

 ああ、やはり、そうなのか。

「スコール、なぁ」
「…無事なヤツらがいるならそれでいいだろう。俺が一人減った所で、戦力的には大した痛手じゃない」
「そんなわけないだろ」
  謙遜だとしたら、笑えない。
  一人一人の戦力がどれだけ重要か、この後の戦闘において、未来を勝ち取る可能性を何故自分で潰そうとするのだろう。

 …いや、スコールはこういうヤツなんだ。

「スコール、お願いだから残ってくれよ」
  土下座してもいい。拝み倒してやってもいい。
  それでスコールが考え直してくれるなら。
  見下ろしてくるスコールは、けれど到底頷いてくれそうにはなかった。

 次の戦いで、勝って自分の世界に還って欲しいのに。
 
「…スコール」
「ラグナ、あんた自分の奥さん、思い出したか?」
「へ?」
  唐突な質問を投げかけられて、ラグナは戸惑う。
  スコールに色彩と面影の似た、女性であったことはわかっている。
  まだ、名前も顔も、明確には思い出せていなかった。
「…いんや、まだだけどよ」
「あんたこそが残ればいい」
「スコール…」
  そりゃ、俺だって死にたくはない。
  イミテーションの大群に囲まれて、穴を塞がなくてはいけないのだ。
  塞ぐ間もなく殺されてしまう可能性だって、なきにしもあらずだ。
  いや、必ず成し遂げる覚悟ではいるけれども。
  戻って来れないだろう、おそらくは。
  絶望的なのだ。
  それでも誰かがやらなくてはならなくて、俺は自分でやるのだと決めてしまった。
  もう、変えられないのだ。
  懇願を滲ませて理解してくれよと言ってみるが、スコールは緩く首を振って拒絶した。
  スコールー、と情けない顔をするラグナに向かって、スコールが笑う。
  ラグナは目を見開いた。

  スコールが、笑っている。
 
「…愛と友情、勇気の大作戦」
「…え?」
「古臭くて、恥ずかしい。だが、それもいいさ」
「スコール?」
  思わず立ち上がったラグナを見やる。
  感慨深かった。
  若いラグナと直接会うことがあるなんて、不思議なものだと思う。
  あの世界にいたならば、絶対に、ありえないことだった。
  思い出した今、改めて見るラグナはとても新鮮に映る。
「…エルオーネは、見つかったのか?」
「……!」
  投げかけられた質問にラグナの脳裏に閃光が走る。
  エルオーネ。
  小さな、エルオーネ。
  必ず帰ると、約束をした。

  エルオーネを連れて、帰ると彼女と約束をした。

「…お前、俺のこと知ってるんだな」
「…少しな」
「またそれかよ!」
  言えばスコールがため息を吐いて、知る予定じゃなかったなどと呟いた。
「どういう意味だよー!説明しろよー!」
「しない。…で、合流しなくていいのか」
  時間はあるのか?
  歩き出すのを、もはやラグナには止められない。
「…お前、ホントに行く気なのか?」
「あんたは、残らないのか?」
「残らねぇ!」
「…じゃぁ、聞くな」
「…スコール…」
  スコールはわかってない。
  俺のこと、知ってるみたいな口ぶりなのに、俺のことわかってない。
  イヤなんだ。
  スコール。
  俺は。
  スコールに向かって手を伸ばす。
  前を歩く腕を掴んで、引っ張った。
  バランスを崩したスコールの顎を掴んで引き寄せる。
  触れた唇は、温かかった。
「…っ!」
  驚愕に硬直した身体を抱きしめる。
  背に回した腕に力を込めれば、スコールの腕が躊躇いがちにラグナのジャケットを掴んだ。
「ラ、…」
「…スコール」
  俺はお前に生きて欲しい。
  生き延びて欲しいのだ。
  そして自分の世界に還り、自分の人生を生きて欲しい。
「…あんた、」
  俺の気持ちは伝わるだろうか?
  強くて周囲のことも見渡せて、口数は少ないものの仲間からも信頼されているお前。
  自分の為だけに生きているお前であったなら、俺はこんなにお前のことを心配せずに済んだのだ。
  これは愛ではないのかもしれない。
  これは恋でもないのかもしれない。
  それでも愛しいと思う気持ちに、嘘はない。
  お前の幸せを願っていて、お前がこの先きっと勝利してくれるだろうことを信じている。
  覗き込んだスコールの蒼が揺れていた。
  何故そんなに泣きそうな顔をしているのか、ラグナにはわからなかった。
  問おうと思うが、スコールの手が伸び頬に触れた。
  グローブに覆われた指先が滑る度、濡れた感覚が頬を伝う。
  己が泣いているのかと自覚する前に、スコールの手が後頭部に回って引き寄せられた。
  絡む舌は、熱かった。
  愛していると囁いてもおかしくない程、互いを抱きしめる力は強かった。
「…っ…」
  離れたくないのだと、言っているようだった。
  スコールの下唇に歯を立てれば、仕返しとばかりに上唇を舐められた。
  ああ本当に、愛おしい。
  ラグナの手がスコールの襟首に添えられた。
  絡む舌先に吸い付いてやれば、もっとと強請るように押し付けられる唇に、音を立てて口付ける。
  ごめんな、スコール。
  文句はいつか、聞けたらいいな。
  バチン、と、静電気のような音が走った。
「…ッ!」
  スコールの肩がビクリと引き攣り、信じられないという目をしてラグナを見上げる。
  ジャケットを掴むスコールの腕から力が抜けた。
  地面に倒れこまないよう、支えたラグナは意識をなくしたスコールの柔らかな髪に手を伸ばし、頭を撫でる。
  こめかみに口付けて、もう一度ごめんと心の中で呟いた。
  持ってて良かった、電磁波シールド。
  但し威力は最小限だ。
 
  もう、言葉はいらなかった。
 
  カインと合流し、スコールを引き渡す。
  他の仲間と共に、次の目覚めを待ってもらわなければならなかった。
  スコールを抱え上げる。
  ジャケットのポケットから、何かが転がり出て地面に落ちた。
  光を反射して多面に煌くそのアイテムは、スコールが手に入れたエンゲージジュエルだった。
  スコールを落とさないよう気をつけながら、手を伸ばして拾い上げる。
  その輝きを目にした瞬間、思い出す。
  街まで出て駆け込んだ店で、エンゲージリングを買うべきか、それともマリッジリングを買うべきかで逡巡し、「順番から行きますと、まずエンゲージリングですね」と店員に諭されるのを遮るように選んだのはマリッジリングだった。
  不器用だと思われただろう。
  順番を間違えていると思われただろう。
  それでも俺に必要なのは、エンゲージではなかったのだ。
  躊躇いなく選んだシンプルなリングに、後悔はなかった。
  左手薬指に通されたそれを、じっと見つめて喜んでくれた君は美しかった。
 
  レインという名の、美しい君の姿を、やっと思い出すことができた。

「…なぁスコール」
  お前に、何となく似ていたよ。
  左手薬指から、リングを抜いた。
  スコールが持っていたジュエルと一緒に、ジャケットのポケットへとそっと忍ばせる。
「…俺が帰ってきたら、これ返してくれよな」
  預けておくからさ。
  大事なものなんだぜ。
  ずっとずっと、一生外す予定のなかった指輪だ。
  誰にも触られたくなかった指輪だ。
  特別だぞ。

「…たとえお前が忘れても、それが俺のいた証ってやつだ。うわー俺カッコイイー!」

 スコールを抱え上げ、ひずみを抜けた。
  必ず、還れ。
  約束だ。

  あの場所に還ろう。
  幸せがきっと、待っている。


END

約束の証。-最終話-

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