26歳レオン(KH)inディシディア
状況的に遊んでいる暇もなければ、楽観視できるほど優位に立っているわけでもないにも拘らず、聖域で全員が集まって無駄話をすることに光の戦士は頭を痛めていたが、中央に座す女神はにこやかに微笑みながら見守っている。
いいではないか、毎日毎日殺伐とした殺し合いをしている彼らに息抜きの時間があったって。
そもそもコスモスと言う名の女神が彼らを召喚しなければ彼らが意志を持って殺し合いをすることもなかったわけだが、自分に都合の悪いことには女神はツッこまず、ただひたすら穏やかに微笑みながら光の戦士を宥める役を買って出る。
「ウォーリア、眉間に皺が寄っていますよ」
「結局あなたもその省略名で呼ぶのだな。まぁそれは構わない。記憶がないのだからどんな名前でも受け入れよう」
「固いです。もっと彼らのように柔軟に対応してもいいのではないですか」
「彼らのあれは柔軟というのではなく、気楽と言うのではないだろうか」
「仲間との交流を大事にせよと言っていたのは、あなたも同じ」
「…それは否定しないが」
「ごらんなさい。孤高の道を行くと言っていたスコールすらも、眉間に皺を寄せながらですが一応仲間に加わっているではないですか」
「あれは意外だ。彼は積極的に会話に加わるようなタイプではないと思っていた」
「加わってはいないようですよ。けれど仲間と協調しようと努力しているようです」
「それはとてもいいことだと思う」
「あなたも」
「…私?」
「皆のまとめ役として、あなたには苦労をかけていますね。けれどあなたも仲間の一人。協調し、共に戦って欲しいのです」
「…コスモス、私が間違っていたようだ」
「わかってもらえればいいのです」
「私も会話に加わってくる」
「ええ、いってらっしゃい。ああ、できればもう少し近くで会話するよう言ってください。私も皆と共に戦っているのだと、実感したいのです」
「さすがコスモス。あなたの慈悲に感謝する」
光の戦士が感服したように一礼し、仲間の元へと歩いて行った。何かを会話し、こちらを見るのでおそらく移動を促しているのだろう。
扱いやすくて非常に助かる。
忠誠心が高く、戦闘力が高く、正義感が強くて素直で単純。光の戦士というよりは、光の騎士と呼んでやりたいくらいであった。
ぞろぞろと引き連れコスモスの前までやってきた光の戦士が一礼する後ろで、バッツが頭の後ろで腕を組んで笑っている。
「コスモスって話わかる人だったんだな」
「人ではない、神だ」
「わかってるってばウォーリー」
「…またいつの間にか呼び名が増えたようだ」
「…冗談ですウォーリアさん。呼び方まとめとかないとわかりにくいよな」
「認識できれば何でもいいが」
「まぁそうなんだけど。で、何の話だったっけジタン」
「ああそうそう、十年後どうなってるかについて」
「この世界に十年もいたくないなぁ」
「俺もさっさと帰りたいぜセシル。十年後にはマジイケメンになってレディにモテモテ計画が。今でもモテモテだけどな」
「あれ、ジタンって女王様の彼女いるって言ってなかったっけ」
「それとこれとは話が別。レディに声をかけるのは男としての礼儀だぜ!」
「うわぁジタンが男前発言だ!」
「見習えよフリオニール」
「え、俺!?おお俺は普通にだな…」
「ティナに練習台になってもらって、まずは会話する練習から」
「…か、会話くらいできる…!」
「…私も、ちゃんと人と会話できるようになりたい。フリオニール、一緒にがんばろ?」
「ティナ…!」
「はいはーい、じゃぁ僕も一緒に付き合ってあげるよー」
「おお少年のさりげない嫉妬心発動!」
「嫉妬とか下種な勘繰りしないでよバッツ。ティナを守るのは僕の役目だと思ってるだけだから!」
「はいはい、ケンカしないように仲良くな。ティーダがさっきから静かなんだけど、どしたの?」
「…俺、十年後、存在していられるか不安ッス…」
「え!?どういうこと!?ちょっとお前の世界観不明すぎるんですけど!」
「ゆめ…いや、何でもない、何でもないッス!きっとなんとかなるはずだ!うん俺、いつも笑顔でにこにこ元気!はっはっはっはっはー」
「…え、アイツ実は心に闇飼ってるとかソッチ系?クラウドどう思う?」
「…何故俺に振るんだバッツ?」
「またまたーわかってるくせに!」
「…俺は別に闇を飼ってるわけじゃない」
「飼ってるのストーカー因子だっけ」
「…投げ捨てたい!斬り捨てたい!忘れたい!思い出にしたい!」
「クラウドが暴れだしたぞ誰か止めろ!」
「…お前が自分で止めろよバッツ」
「ああスコールが冷静なツッコミ!でもめんどくさいから放っておく」
「……」
微笑ましいなぁ。
楽しいなぁ。
コスモスは笑顔を絶やさない。
十年後の話だなんて、夢があっていいではないか。
彼らの元の世界には、当然のように存在する未来の姿だ。今ここにいる彼らに申し訳なく思う。
出来ることなら彼らに未来の姿を見せてあげたいくらいであった。
だが同じ世界から同じ人物を呼ぶことはできない。
過去であろうが未来であろうが、その世界に彼らは「一人」だ。
同時に存在することは不可能だった。
コスモスは力のアンテナを伸ばし、世界を探る。
本来交わるはずのない世界の彼らを見つけてきたのも、この力のおかげだった。
どこかにいないだろうか。
交わるはずのない世界に生きる、別の彼らが。
…あら?
あらあら?
「…スコール」
「え?」
口を開いた女神のご指名を受けて、スコールが振り返る。
会話に加わることもなく、静かに笑顔で聞いていたコスモスの突然の発言に誰もが口を閉ざして向き直った。
何を言うのか、彼らの召喚主の言葉は絶対だ。
「あなたに、見せてあげられそうです」
「…何を?」
「未来の姿」
「え」
「ええ!?マジで!?スコールの未来っていくつ!?どこから!?どうやって!?」
バッツとジタンが話題に食いついた。
戸惑いを見せるスコールに向かって穏やかに笑ってみせる。
「若いです。…クラウドも見つけたのですが、年齢的には今とあまり変わりないようなので。…もっと未来を見ればいいのかもしれませんが、あまり遠くまでは見通せません」
「……」
え、未来の姿ってどんなんだ?想像できない。
期待はずれのガッカリだったら俺はどうすればいいんだ?立ち直れなくなるぞ。
しかもここにいる全員が見るのか?
晒し者じゃないか!
そんなのごめんだ。絶対いやだ。
断固拒否する!
「スコール、心配しなくても大丈夫ですよ。あなたの期待はずれということはないと思います。イケメンです。私好みの美形です。…今世界に干渉しているので、少し待ってくださいね」
「……」
イケメンって言った?
神様なのに、私好みって言った?
…そういえばコスモス側のメンバーってブサメンいないな。
そういう理由で選んでたのか!?
他のメンバーも同じことを思ったのだろう、全員同時にため息をついた。
「うっわマジで楽しみなんですけど!十年後の話してたし十年後のスコールが来んのかな!?」
「落ち着けよバッツ!俺も楽しみだ。でもここはやっぱ最初は感動の本人対面と言うことで、俺ら邪魔せず大人しく見てようぜ!」
「名案だジタン。同じ顔でどんな反応すんのか笑えそう」
「…お前ら…」
「まぁ、怒るなスコール。未来の姿が見られるなんて、貴重なことだ。今後の指針になるやもしれぬし、目標にもなるのではないか」
「さすが眩しい奴の言うことは正論過ぎて反論できないな」
「わかってもらえて良かった、スコール」
「……」
納得してない。
誰もが内心でツッコミを入れた。
「…俺もいたというのが驚きだな」
「あ、クラウドがまともに戻った。せっかくならクラウドも呼んでくれたら面白かったのにな」
「代わり映えのしない顔は二つもいりません」
「……」
言い切った!
女神が辛辣に斬り捨てた!
だが、ということは、スコールの未来の姿は代わり映えしているということだ。
「……」
不安に駆られてスコールが後退した。むしろ対面せずに逃げた方がいいのではないか。
「おっとスコール、逃げるのナシな。男ならビシッと決めようぜ!」
「そうそうこんな面白いことそうそうないぜ!俺らの為にも、しっかり対面してくれよな!」
「お前ら鬼かっ!!」
スコール可哀想。
自称良識派のセシルと根が素直で正直なフリオニールが心の底から同情した。
ティーダは純粋に羨ましがっている。どんだけ未来に不安を抱えているんだ。
ティナとオニオンナイトはこれから始まる事に積極的に関わりあう気はなかったので、すっかり傍観者の構えだった。
「…無理矢理干渉するので、一時間、それが限界です。聞きたい事などあれば簡潔にまとめておくといいでしょう」
天気予報のお姉さんのような口ぶりで、コスモスが片手を天に向けて突き出した。
放たれた光が天空を切り裂き、地上へと落ちて迸る。
眩しさに誰もが目を閉じ、落ち着いて開けた時そこには一人メンバーが増えていた。
「…何だここは」
スコールの声が戸惑いも露わに呟いた。
来た!
未来のスコール来た!うわマジで来たよすげぇええええええええ!!
身長は変わらないようだ。
体格は未来のスコールの方がしっかりしているようだ。大人だ。大人の男の身体だ。でも腰から下は細いぞ。
顔は?顔向こう向いてるからわかんねぇって。こっち向かねぇかなアイツ。
それにしても髪長ぇな。
バッツとジタンがひそひそと小声でやりとりしているが、スコールは反応できない。
あれ、未来の俺か?
未来って何年後?
ていうか、元の世界の未来なのか?違う世界の俺っているのか?どうなってるんだ?わからないぞ!誰か説明を!
コスモスを見れば、なんとも楽しげでうっとりと未来の俺を見つめている。
おい、何だその目は。そんな目見たことないぞっていうか身の危険を感じるから逃げた方がいい、未来の俺。
突然放り込まれた異世界を見渡し、未来のスコールが振り向いた。
うおおスコールだ!大人のスコールだぜすげええええええええ!
マジで大人じゃねぇかえらい落ち着いてないかすげぇな大人のカンロクってやつだろあれ!カッコイイぜ未来のスコール!!
仲間が一斉にあちらのスコールを見て、ここにいるスコールを見た。
当然の如く、視線の流れを追って未来のスコールも俺を見る。
驚愕に目を見開いた。
そりゃそうだろう。俺も今まさにそんな心境だ。
だがそれ以上取り乱すこともなく、未来の俺はさらに視線を動かしコスモスへと向き直る。
「…あんたは何か知ってそうだな」
「ようこそ、未来のスコール」
何でコスモスが原因だってわかったんだ。
冷静さを取り戻したらしい未来のスコールは、腰に手を当てため息をついた。
「悪いが、俺は暇ではない。まずここが何であるのか、何故俺がここにいるのか、戻る方法はあるのか、教えてもらいたい」
冷静だ。そして的確にすぎる質問だった。
それ以上質問の余地もないほど簡潔であり完璧だった。
問われたコスモスはにこやかな笑みを湛えたまま、未来のスコールを見上げて頷いた。
「ここは異世界、本来あなたが来る必要のない世界です。違う世界の若い頃のあなたが、ここで戦ってくれています。…未来の自分を見たいというので、交わるはずのない別世界のあなたを召喚しました。一時間であなたは元の世界に還る事ができます」
「一時間…。なるほど、理解した。…だが本当に「俺」が、未来の自分を見たいと言ったのか?」
言ってない!!
断じて言ってない!!
言うわけがないだろう!!
否定したかったが、発言すると注目を浴びそうなので耐える。
否定がないのを良いことに、女神は美しい笑みを刻んで「そうです」などとのたまった。コイツ俺のせいにしやがった!!
一瞬不審に眉を顰めて女神を見下ろした男が、こちらを向いた。
視線が合い、身体が硬直する。
周囲の仲間は完全に第三者の目線で面白がっていた。積極的に関わろうともせず、傍観を決め込んでいる。
こちらに向かって歩いてくる姿は己のものと大差ない。
ああ他者の目線で見るとこう見えるのか。無駄がなくて結構だ。
正面から見る顔は鏡で映したようだったが、明らかに大人の顔をしていた。自分にないものがある。何だろう大人の余裕というやつか?
嫌味はない。自分の顔ながらまともで良かったと心底安堵する。
スコールの前で立ち止まった男は、視線を背後に流して瞬きをした。
「あ、クラウドがいる」
「…はい!?」
声をかけられるとは予想もしていなかったクラウドが肩を揺らして驚いた。声が裏返っている。何故そこまで動揺するのか理解不能だった。
「若いな」
男が目を細めて優しく笑う。
…未来のスコールはとんでもなく柔らかい表情で笑う事ができるのだ。
スコールも驚いたが、周囲の反応は極端だった。
凍りついたように硬直し、呼吸を止めて絶句した。
大人のスコール最強。出来すぎ最強。こんな大人そうそういないぞ、あれだよ「大人の男」というやつだ。すげぇこんな人種ゲームの中じゃ主人公サイドのいい役ドコロゲットするほんの一部の男だけだぞ羨ましい!
少なくとも、ここにいる歴代主人公は悩みや不幸やトラブルに巻き込まれてそれどころではない人生を歩かされているのだから、そう思うのも当然だった。
「…あんたいくつだ」
スコールが問えば、未来のスコールが首を傾げた。
「そうだな、26になったな」
「26…」
お前は、と問われて17と返す。
未来のスコールは痛みを堪えるような顔をした。
「…?」
何故そんな顔をされなければならないのかわからず怪訝に見つめれば、気づいた男が小さく頭を振った。
「…お前は幸せか?」
「え?」
「…違う世界から来たお前は、幸せか?」
幸せが何を指すのか、抽象的過ぎてわからなかった。
「…元の世界の記憶はあまりない…が、帰りたいと思っている」
事実を言えば、未来のスコールが嬉しそうに笑った。
手が伸び、スコールの頭を撫でる。
「……ちょ、」
グローブごしの感触は固かったが、流れ込む気配は優しかった。
そんなことを聞くということは、目の前の男の過去は幸せではなかったということだ。
同じ顔をして、同じ名前を持ち、違う世界で生きる俺。
スコールが26になった時、この男になるとは限らない。
違う人生を歩んでいるのだから当然だった。この男は26になったときのスコールの外見なのだろうが、中身はおそらく違うだろう。
同じ人間ではないのだ。
未来の自分でもないのだ。
そう思ったら、何故だか惜しくなった。
手を離し、いつまでも大勢の視線に晒されていることが気になる様子の男が仲間をぐるりと一瞥し、「こちらの皆さんは一体何か」と初めて外野に向けて質問を発した。
バッツが手を挙げ、代表して発言をする。
「スコールの仲間で一緒にここで戦ってます!未来のスコールが見れるっていうんで、皆で集まってました!」
話の前後が適当になっていたが、趣旨は合っている。少なくとも男に説明するには、これ以上のものはないだろう。
「…なるほど、それでご満足頂けたのかな」
「はい!想像以上のイケメンいい男っぷりに皆度肝を抜かれていた所です!」
「それは良かった」
あっさり言った。
このイケメン、あっさり自分の事認めたぞ!すげぇさりげなさすぎて嫌味がねぇ!!ちょ、カッコイイんですけどマジで!!
バッツが口を空けて呆けている横で、ジタンとティーダがひそひそと囁きあっていた。
「お前は?」
大人のスコールが、若いスコールに視線を向ける。
「…まぁ、未来の俺がまともで良かったと思う」
「そうか?…クラウドは?」
「へ!?俺!?」
クラウド、目をつけられている。
全員の視線がクラウドに集まる中、金髪を揺らして動揺するのを見つめる男の目線が面白がっていた。
きっとこのスコールの世界にはクラウドがいて、知り合いなのだろうと誰もが思った。
「ああ、いや、その、まぁ、いいんじゃないか」
意味がわからないことを口走る金髪に、「つまらない答えだ」と斬り捨てた。クラウドが落ち込んだ。
確実に遊ばれているなと、スコールは同情する。
「さて、一時間までまだあるが、お前は他に聞きたいことはないのか」
どこまでも冷静な男はあっさり切り替え、この世界で生きるスコールの為に何か役に立とうと思い至ったようだった。
何かと言われても何の心の準備もないまま突然男を召喚されてしまった為、何を聞けばいいのやらさっぱり思い至らない。考え込むスコールに苦笑を漏らし、肩を軽く叩いて「この世界を時間まで案内してくれないか」と提案する。
「…それは構わないが」
「元の世界に戻るのに、俺はこの場にいた方がいいのか?」
ずっと黙ってやり取りを見ていた女神に向かって声を投げ、どこにいようとも時間が来れば帰れますとの返答を得て、大人のスコールが頷く。
「それを聞いて安心した。いつまでも好奇の視線に晒されるのは落ち着かない」
歩き出した男に、スコールが慌ててついていく。
「…おそらくヤツらはついてくる」
「…物好きだな。それとも暇なのか」
「面白いことを見逃せないヤツらばかりだ」
「…面白がられる側としてはたまったもんじゃないな」
「同意」
二人同時にため息をつく。
だが誰かが止めたのか、ついてくる気配はなかった。
並んで歩けば、差異が明らかになった。
服のセンスは大して変わらなさそうだったが、やはり男の方がしっかり鍛えられていた。己がジャケットを脱いでもここまで落ち着いた筋肉は持っていない。均整の取れた肉体というやつだった。
バランスが悪いのはむしろ己の方だ。羨ましいと思う。
聖域の外、一面に広がる荒野に男が目をやり、周囲を見渡した。
「…やはり知らない所のようだ。夢を見ているのでなければ、信じるしかなさそうだな」
「…残念ながら、現実だ」
「ああ」
頷き、岩場に腰かけた。
案内と言うのは口実で、落ち着く場所を探していただけなのだなとスコールが気づいた。
時間制限がある中で、たくさんの情報を入れた所で無意味だ。大人の男には、無駄がなかった。
俺も26になったらこんな人間になるのだろうか。
「…お前は荒んでなくて安心した」
男は遠くを見つめながら、ぽつりと漏らす。
荒んでいるとは穏やかではない言葉だ。どういう意味かと尋ねるべきか迷う。
「あそこにいた連中は俺とは違う。…お前も、違う」
「……」
「お前は俺ではない。安心した。そして誇らしい。…わかるかこの意味?」
「……」
わからない。
眉を顰める。
わからない。
「お前は俺が持たないものを持っている…羨ましい限りだ」
それは俺があんたに思ったことだった。
あんたに自嘲の笑みは、似合わない。
緩やかな風が吹き抜けて、男の髪とジャケットを揺らした。見るとはなしに見つめて、スコールは看過できないものをそこに見つけた。
「…おい、あんた」
歩み寄り、男のジャケットを掴む。
「…何だ?」
目を瞬かせる男にちらつくこれは何だ!
「あんた、脱げ」
「…は?」
「いいから、服を脱げ!」
「何故」
ジャケットを脱がそうと動くスコールの手首を掴んで、止める。
いきなりの行動に戸惑ったが、スコールは引かなかった。拮抗状態のまま、時間が過ぎる。
「…いきなりどうした?」
埒が明かずにため息混じりに問えば、見下ろす若い顔が迷いを見せた。
「…一つ聞くが」
「ああ」
「…これは何だ?」
「……」
これ、と落とされる視線の意味を理解した。
項に沿ってついた痕。
ジャケットを羽織っていれば、見えるはずのない場所だった。
さて何と答えてやるべきか、動揺の走る目を見上げながら逡巡する。
「キスマーク」
事実を述べれば顔を顰めて納得したが、まだ何か言いたそうな顔をしている。
「ん?」
促せば、躊躇いがちに視線を逸らす。
「いや…いい。何でもない」
「何だ?お前は童貞か」
「は!?…か、関係ないだろ!」
「んん?…ああ、元の世界の記憶がないとか言ってたな。まぁついたものは仕方がない。…で、何が気になる?」
「……」
仕方がないで済ませてしまえるところが素直にすごいと思う17歳だった。
言ってしまっていいのだろうか。
何か、すごく馬鹿にされたらどうしよう。
「迷わず言え。時間がないぞ」
「ああその、…それ、…女…、だよな…?」
女がそんな場所につけるだろうか。ずっと引っかかっていた疑問だった。
無言が落ち、スコールが視線を戻す。
見下ろした先、視線を合わせた男が微笑った。
「…っ!」
知らずスコールの背が仰け反った。
何だコイツ。
何だこれ!
脊髄を走り抜ける電流に似た感覚は恐ろしい程心地良い。
視線が外せなくなり、息が止まる。
男が一言呟いた。
スコールは目を見開く。
「キャー!スコールが未来の自分を襲ってるわーっ!」
「うわースコール、それだけはやめてー!むしろ襲われてー!」
笑い混じりに声を投げられ、二人の間に走った緊張が一瞬で崩れた。
「…過去の自分を襲う趣味はないな」
「ですよねー!」
そろそろ時間だからお別れの挨拶にー!と歩いてくるバッツ達に、苦笑しながら男が立ち上がった。
スコールは人の輪から離れ、人知れず深呼吸をする。
酸素が足りない。呼吸が苦しい。心臓がうるさい。
「時間だな。…貴重な経験ができた」
「また遊びに来てくださいねー!未来のスコールさん!」
「それは遠慮する」
有限の時間を過ごした大人のスコールの足元から光が立ち上る。
お別れの時間だ。
呼吸と動悸の落ち着いたスコールが男を見やれば、優しげな笑みが返ってきた。
「とうの昔に捨てた名で、また呼ばれるとは思わなかった。…元気でな、『スコール』」
「え…」
最後の言葉に疑問を投げかける暇もなく、光に包まれ男が消えた。
「消えた」
「時間ぴったり。さすがコスモス」
「いやーしかし未来のスコール男前だったなぁ」
「びっくりしたッス!あれはモテモテだな絶対!」
「俺はあれを超えるぜ!」
「ジタン…頑張れ。まずは身長から」
「…バッツてめぇ殺す!」
「さ、皆戻ろうか」
「おー」
慌しく聖域へと戻って行く仲間の後ろで、スコールは男が消えた場所を見ていた。
あの時男が呟いた言葉は、「お前はどうだ?」だ。
…何がだ。
あの笑みは凶悪だった。同じ顔をした男に、誘惑されるところだった。
「…スコール、戻らないのか?」
「いや、戻る」
視線を向ければ、先ほど男にからかわれていたクラウドが立っていた。
…もしや、クラウドじゃあるまいな?
若いと言っていたのだから、あちらのクラウドは年上のはずだった。
…まさか?
「…未来の俺を、あんたどう思った?」
「え!?…あぁ、…大人だな」
「…そうだな、俺もそう思う」
「……」
ちらりと視線を寄越す様子が気になったが、それどころではなかった。
あの笑みを浮かべた瞬間のアイツは、カッコイイ大人の男ではなかった。
お、恐ろしい。
俺が逃げられなかったのだから、あれは誰も逃げられない。
「…名を捨てたと言っていた」
「ああ」
「…機会があれば、色々聞いてみたい」
「…そうだな」
次回があるかは知らないが、相槌を打つクラウドと共に聖域へと戻るスコールは聞きたいことを考えておこうと決意するのだった。