戦闘中、足場が崩れ空間が歪むことは良くあった。
  一体どういうルールがこの世界に働いているのだろう。この「ひずみ」自体がそういう設定で作られているのか、ひずみをくぐった中に広がる景色の種類は実はそれほど多くはなく、城、列車、塔、クリスタルが聳え立つ空間、…見たことのある景色が広がっている。
  ひずみごとに決められたエリアとして独立しているのか、一つのエリアを共有して出入り口のみを別々に作っているのか疑問だったが、特殊ルールの存在する空間に行き当たってどうやら前者であるようだと結論付けた。
  ひずみはそれぞれが独立しており、既視感のある景色が広がっていようとも、それは別物なのだった。
  己が呼び出した人形で暇を潰す。
  カオスに属する者に従う人型を模したイミテーションが逆らうことはありえなかったが、戦えと命令すれば躊躇なく襲い掛かってくるのは便利で良い。
  一刀で斬り捨て、砕け散る人形の残骸を見下ろした。
  記憶はほぼ取り戻したと言っていいだろう。
  この世界にいる意味を理解した時点で、全ては夢幻の如くなりというやつだった。
  「仲間」として存在する連中と迎合する気はなく、協力する気もなく、干渉することもされることも望まない。連中が何を企もうとも好きにすれば良く、己の存在意味である「コスモスに属する連中を倒して勝利する」という条件すらも、繰り返される茶番の中では馬鹿らしい。
  この世界に楽しみはなかった。
  知的好奇心を煽るようなものもなければ、暇を潰す場所すらない。
  ならばと命を絶ったところで、自らの意志によらず復活させられ同じことを繰り返す。この世界で唯一見知った存在はコスモス側の敵であり、己の一部ともいうべき人形である割には相容れなかった。
  己はすでに負けている。
  そしてこの世界において戦う理由はもはやなかった。
  己は記憶を取り戻し、クラウドはクリスタルを手に入れた。皇帝達が色々と画策をしているようだったが興味はない。
  足元が揺れ、空間が戻る。
  退屈だ。意志を持たぬ人形を相手にしても面白くなかった。
  近くにいる気配を探り、コスモスの手先を見つける。
  …さて、たまには敵らしいことでもするとしようか。
  愛用の正宗を握る手に力を込め空間を開き、移動する。
  カオス側が自由に使える駒として便利なイミテーションであっても、コスモス側にとっては数が多すぎ厄介な敵でしかなかった。
  地道に戦い数を減らして、なおかつカオス陣営に属する者達とも戦わなければならないのは負担が大きい。パーティーを組んで動けば効率は上がったが、いつでも誰かと一緒というわけでもない。
  スコールはガンブレードを構えて眼前のイミテーションに斬りかかる。
  何かと連れ立って行動したがる面々の隙を見て、一人で出歩くことはストレス解消も兼ねていた。
  元々学生であり傭兵でもあり、団体行動は強いられて来たが、四六時中誰かと一緒というのは落ち着かなかった。
  休憩中もプライベートな空間は存在しない。
  戦争中なのだからいつ敵が襲ってきてもおかしくはないという、その理屈は十二分に理解していたが、常にそうだと息が詰まった。
  敵を仕留めて、ため息をつく。
「孤高の獅子が、ご苦労なことだ」
「…っ!」
  力を抜いた一瞬で、背後に立たれスコールの肩が跳ねた。
  振り向き様にガンブレードを一閃するが、僅かに下がって距離を取られ空を切る。飛び退り、長身を睨み据えた。
「…孤独の元英雄が、何の用だ」
「用などない。敵といえば為すべきことは一つ」
  長すぎる刀を構えて、男が口元に笑みを刷いた。
「……」
  スコールが小さく息を吐く。
  問答無用で距離を詰め、ガンブレードを振り下ろした。

  意志を持つ人間の動きは面白い。やはり戦闘はこうでなくては。
  男は楽しんでいた。
  味方がいて、敵がいる。単純な構造の世界はだが、男にとっては意味がない。
  戦う意味がなく、殺す意味がなく、存在する意味がない。
  飽いていた。
  気まぐれに戦えば、相手は全力で殺しに来る。興醒めだった。
  弱すぎてもつまらなかったし、強すぎる敵というものは存在しない。かつてカオスに反旗を翻したクラウドのように、同陣営の者を敵に回すことすら興味がない。
  全く、くだらない世界に召喚されたものだと思う。
  コスモス陣営の者達は、元の世界に還りたいのだと言った。
  …元の世界。
  それこそ、男にはもはや存在しない世界であり、意味のない世界であった。
  刀を払えば、飛んでかわす。
  かわした上半身を捻って繰り出される蹴りをかわし、一閃する。
  孤高の獅子は随分身軽にこれもかわして、武器に炎を宿して爆音を響かせる。
「……」
  上空を取った。
  技後の隙を見せる頭上から、逆手に持った刀を突き下ろす。
「っ!」
  気づいた獅子が顔を上げ、僅かに上体を反らして横に飛んだ。
「よくかわした」
  空を切り地面に突き刺さる愛刀を引き抜きながら言えば、獅子がガンブレードを肩に乗せてため息混じりに呟いた。
「あんた、真面目に戦う気はあるのか」
「…どういう意味だ」
「セフィロスと言ったな、やる気が感じられないんだが」
「…ほう?」
  そういう割には、油断なくこちらの動きを窺っている。
  構えていた刀を下ろし、武器を納める。怪訝な顔をして見つめてくるが、武器は持ったままだ。まぁ良い。
「あれに構う理由もなくなった。暇つぶしだ」
「…あれってクラウドか」
  他に誰がいる。
  視線で問えば、呆れたようなため息が漏れた。
「…暇つぶしの相手をするほど暇じゃない。一人で遊んでろ」
「正論だ」
  だが敵に言うことではないな。
  腕を組み見下ろしてみるが、スコールと言ったか、獅子は憮然とした様子を隠しもせずに睨んで来る。
  何か言いたい事があるのかとこれまた問うてやれば、小さく首を振って肩を竦めた。
「じゃぁクラウドと遊んでろ」
「誰もが同じことを言う」
「知るか。俺が倒すべき敵はあんたも含まれてはいるが、他にいる」
「律儀なことだな。真面目か」
「…何であんたにそんなこと言われなきゃならないんだ!?」
  声が大きくなった。
  少年らしい声音にセフィロスが僅かに目を見開いた。
「…そうか、お前はまだ子供なのだったか」
「は!?子供って何だ馬鹿にしてるのか」
「事実だろう」
「うるさい。おっさんに子供呼ばわりされる筋合いはない」
「お…おっさん…?」
  脳内でリピートする。
  おっさん。
  銀髪碧眼の美丈夫にとって衝撃の言葉であった。
  おっさん。私が。…おっさん。
  腕を組み、壁に凭れた状態で硬直した長身の男は無表情だった。
「…おい?」
「…おっさんにみえるか、わたしが」
「……」
  え?何だコイツショック受けてるのか?
  正確な年齢は知らない。クラウドに聞けば知っているのだろうか?敵である男に直接聞くという選択肢は、スコールの中には存在しない。
  だがどう見ても目の前の男は二十代後半以上だろう、スコールにとってはおっさんでいいはずだった。
  元の世界で英雄だったか知らないが、この世界ではセフィロスと言えども所詮ただの神の駒である。立場を忖度する必要はなかったし、気遣う必要すら敵なのだから元からない。
  だが敵意もなく戦意喪失している目の前の男は、哀れな程に愕然としていた。
「…敵に情けはかけんぞ。お兄さんなんて訂正しないからな」
「…お、おにいさん…」
  セフィロスは脱力し、額を手で押さえながら前のめりに屈みこんだ。
「…おいコラ、何だあんたさっきから」
  肩に担いだガンブレードを揺らし、スコールが足踏みをする。
  戦うのか、戦わないのか、どっちだ!
「…ああ、完全に戦意を削がれた…」
  俯き加減のまま男が漏らす。長い銀髪が顔を覆って、表情はわからなかった。
「なら俺は行く。じゃぁな」
「お前は、何故私にそんな言葉が言えるのか」
「は?」
  セフィロスがため息を吐いた。
  子供の頃から天才で、ソルジャーとして活動するようになってからは世界中から英雄と崇められ、己の出自を知ってからは星の敵として戦ったのだ。
  どこに、おっさんと呼ばれる余地があったのか。
  どこに、おにいさんと呼ばれる余地があるというのか!
  誰も、ジェネシスもアンジールもザックスもクラウドも神羅を統括していたプレジデントにも息子もその他大勢にだって、そんなことを言われたことはないし言われるとも思わなかった。
  驚愕だ。
  愕然だ。
  世界七不思議だ。
  セフィロスの受けた精神ダメージは計り知れなかった。
  しかも言ったのは少年だ。子供だ。強敵ではあったけれども、少なくとも見下されるような相手ではない。侮蔑や軽蔑などの悪感情があればまだ良かった。
  斬り捨てれば済む話だからだ。
  だがそうではなかったので、セフィロスは対処の仕方を知らなかった。
  今攻撃されたらおそらく反撃できずに死ぬ。
「…あんたの人生なんかに興味はない」
  眉を顰め、スコールが呟く。
「…それで?」
「あんたがおっさんだろうがお兄さんだろうがどうでもいい」
「…それで?」
「敵であること、それが全てだ。…で、そんなにショックを受けるようなことか。俺が子供扱いされた件については謝罪はなしか」
「…謝罪?」
「…いやいい。してもらわなくて結構。俺もしなきゃならなくなるのは不愉快だ」
「…なるほど、わかった」
  セフィロスがようやっと身体を起こし、再び壁に凭れて体勢を整えた。
  全くそんな風には見えないが、まさか謝罪する気じゃあるまいな?とスコールが引き気味に身構える。
「いや、だから謝るなよ?俺は謝らないからな!」
「そうではない」
「じゃぁ何だ」
「…お前のことはよくわかった、スコール」
「…、…何をわかったって?」
  それには答えず、スコールを見る。

「…お前にも、絶望を贈ろうか」

 笑みが混じったが、仕方がない。
  だがスコールは顔色を変えて飛び退った。
  上半身を仰け反らせ、ブンブンと音がしそうな程に首を振る。
「…いや、いい。遠慮する」
「しなくていい」
「いやします。お断りだ。俺は知っているぞ。それはストーカー宣言だろうっ!」
  人差し指で指された。随分軽い扱われ方にセフィロスが絶句する。
「……、……クラウドが言ったのか?」
「見てたらわかる!」
「…私が、ストーカー…」
「自覚なしかよ!救いがないなオイ!」
「……」
  ストーカー呼ばわりされる筋合いはなかった。
  いいか?そもそもストーカーというのは相手に対する愛情がなければ成立しないんだぞ?
  ……。
  そういう誤解があるということか?
  あれは私の一部だぞ。人形だぞ。リユニオン対象だぞ。意味わかってるのか?
  自己愛の延長という捉え方か?そんなものはないぞ。
  ……。
「…オイ、あんたまた落ち込んでるぞ」
「何故落ち込んでいると思う」
「俺に背を向けて壁に手をつくな!俺は敵だぞ?殺されたいのか!」
「……」
  気にかけてやろうか?と言ったのだ。
  つまらない世界だったが、お前はちょっと毛色が変わっていて面白いから、気にしてやろうか?と言ったのだ。
  …言葉が装飾過多で伝わらなかったということか。
  言い直す気はなかったが、しばらく立ち直れなさそうな予感がするセフィロスだった。
「…セフィロス」
「何だ」
「あんたとクラウドの世界であんたがどうだったかは知らないしどうでもいいんだが」
  まるでケンカした友人に謝罪するかの如く歯切れの悪い言い方で、スコールが腰に手を当て視線が泳ぐ。
  いつの間にか肩に担いだ武器は消えていた。
「何だ」
「この世界では、あんたは英雄ではない」
「……」
「あんたのことなんか誰も知らない」
「……」
「現状あんたは無防備で間抜けな敵だ。…わかったか?」
「…なるほど、ご高説、承った」
「馬鹿にしてやがるな」
  顔を顰めたスコールに向ける視線はおそらく優しいはずだった。

「…ストーカーになって欲しいか」

「いや、いりません。絶対無理です。殺します」
  即答し左右に揺れる褐色の髪は容赦がない。
「また会おう、スコール」
「……、ストーカーはやめろマジで」
  背筋に寒いものが這うのを感じながらスコールが言えば、セフィロスが目を細めて笑ったようだった。
  蒼とも碧ともつかぬ虹彩が光を反射し、細めた瞳は美しかった。
  闇へと消えた男の背を見送る形になり、首を振る。
  …まともにしていれば顔も身長もご立派であるのに、何故あんな無様な様子を垣間見てしまったのか。スコールはため息を吐いた。
  暇つぶしをするほどやることがないなら、イミテーションの数を減らす手伝いでもしてくれればいいのだ。
  いや、敵であるので戦いを仕掛けてくるのは仕方がないと受け入れるが、遊びに付き合わされるいわれはない。
  だが、まぁいい。
  ストレス解消にはなった。
  聖域へ一度戻り、休憩するか。
  スコールもその場を立ち去り、残されたのは何もない空間だった。

「クラウド、セフィロスっていくつだ?」
「…え?いくつって…おそらく…三十前後か?」
「やっぱりおっさんじゃないかッ!!」
「お、…おっさん!?」
  スコールの暴言にクラウドの顔が引き攣った。
  スコールすごい。あのセフィロスをおっさん呼ばわり。スコールすごい。感動した。惚れる。
  クラウドが尊敬の眼差しで見つめてくるのを気持ち悪いものを見るような目で見返しながら、スコールは考える。

  プライドが高い英雄様で、周りから英雄様扱いされてちやほやされて当然のように受け入れて来た男が辿った末路は悲惨だ。

  この世界であの男は何を考えて生きているのか。
  …少なくとも、英雄様には見えないのだが。
  全てを失って、大人しくなったパターンなのだろうか?
  クラウドを見る。気づいたクラウドが首を傾げてどうしたと問うのを、何でもないと首を振る。
  …クラウドに聞いて変に思われたら嫌だな。
  興味はない。
  興味はないが、ちょっと気になる。
  感情を持て余し、スコールは一人ため息を吐くのだった。


END

ただの悪夢。もしくは予知夢。

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