ソファの上で見詰め合う二人の間に落ちる沈黙が痛い。
  スコールは真っ赤に染まった頬に片手を当てて、落ち着けと自らに言い聞かせたが跳ねる心臓の鼓動がうるさかった。ラグナの手首を掴んだままの右手は熱を持って汗ばんでおり、しかし均衡を崩してしまいそうで手を離すことは適わない。
  何か言えラグナ。
  訴えるように見つめれば、ラグナはびくっと身体を震わせて視線を逸らした。
「えー…と、か…、買…」
「…そう」
「お前を…?」
「他に誰がいる」
「ああ、いや、うん…えっと、どういう、いみで?」
「ん?」
  聞き返せば、ラグナが狼狽している。何故だ。
「意味がいくつもあるとは思えないんだが…?」
「あー…と、えー…と、そうか、いや、そうなんだけど…」
  ガーデンで果たすべき役割はほぼ終えたとスコールは思っている。
  魔女アルティミシアを倒し、「伝説のSeeD」は完成した。あとは卒業までの消化試合であり、卒業後の進路はまだ決めていなかった。
  進路を考えるとして、ガーデン内にいようが他の場所にいようが条件は変わらなかった。エスタでSeeDとして任務についてさえいれば放校処分になることもなく、何より実績として残るのだから有利になることは間違いない。
  ガーデンで朝から晩まで指揮官として奮闘し、時にはSeeDとしても借り出され、心の休まる時がなかった。この先就職して同じような生き方をすることになるのなら、それまでの間は「家族ごっこ」で自分の時間を有効に使いたいと思ったとして、誰もスコールを責められまい。逃げと言われようが知ったことか。いい加減、疲れていた。
  元々エスタの方から卒業まで、という申し出があったというのだから、今一度頼んだとて無理ではないはずだ。
  だが煮え切らないラグナの態度に、不吉なものを感じてスコールは眉を寄せた。
  まさか、二度目はないということなのだろうか…?
「…ラグナ、はっきり言ってくれ。…ダメなのか?」
  望まぬ答えは聞きたくないが、聞かない訳にはいかない。自然窺うような上目遣いで躊躇いがちに問えば、ラグナの表情が微妙に変化した。
  スコールが掴んでいた手首をそっと取り返し、上に乗り上がるようにしてスコールの顔の横に手をつく。顔を至近に寄せて囁くラグナはまだ迷いの残る瞳をしていた。
「…金が、必要なのか?」
「?違う。必要なのは、あんたの決断」
「お…俺でいいの?」
「あんた以外に誰がいるんだ?…あぁいや、その、あんたがダメだというなら、別に…」
  ラグナの長い前髪がちらついて邪魔だった。頬に触れるそれを避けようと、手を伸ばすがラグナの耳を掠めて空を掴む。
  あれ?と思う間もなくラグナに口付けられていた。
「……っ!?」
  スコールの身体が引き攣った。
  顎を持ち上げられ、口が開いた所に濡れた舌が滑り込む。
「ん…っ、」
  口腔を這う舌が擽るように掠める度に、這い登る感覚に背筋がざわついた。ラグナのシャツを掴み押し返そうとするが、掌ごと包み込むように掴まれ抵抗を封じられた。
  重なる男の体温が高くて熱く、跳ねる動悸が抑えられない。
  何だ、何なんだ。
  絡む舌がぬるりと舐めて、唇に音を立てて口付ける。頬に、額に、耳朶へと進んで歯を立てられ、スコールが身震いした。
「ぁ…っ、ちょっ…ラグナ…!?」
  落とされるキスの多さにたじろいだ。
  恥ずかしい。何だこれは。
  シャツの中に手を入れられ、膝の間に割り込むように身体を差し入れられて、スコールは気づく。
「ま…っ、ま、待て、待て、ラグナッ!」
  ラグナの頭を掴んで上を向けと言えば、鎖骨に舌を伸ばしていた動きが止まって身体を起こす。
「…そ、その…、」
  何故こんなことに?と、スコールは問いたかったが、ラグナは今まで見たこともないような穏やかな表情で微笑んだ。
  髪を撫でられ、額にキスが降って来る。
「スコール」
  言葉の行き違いがあったことに遅まきながら気づいたが、何故だか訂正する気は起きなかった。
  名を呼ばれ、その音にスコールは目を閉じる。
  男の目をして愛しげな色を見せるラグナにかける言葉を失った。
  …言うなら後で、言えばいい。
  ラグナの顔を引き寄せて、唇を重ねれば酷く熱くて愛しかった。
  リビングのソファの上はさすがにまずかろうと場所の変更を提案したが、ラグナは「うん」と頷きはしたものの移動する気配はなかった。服を脱がされ、這い回る手と舌の感覚にスコールの息が上がる。
「っ…ラグナ、聞いてるか?」
「聞いてる…けど、」
「…けど?」
  ラグナの手が下肢に伸び、スコールのモノを包み込む様にして扱く。
「…ッ、ぅ…っん、ふ、ちょ…っ」
  緩やかなストロークから徐々に追い上げるように刺激され、腹から胸へと濡れた舌を這わされ走る快感は強かった。辿りついた胸の突起に歯を立て緩く噛み付かれ、スコールの腰が跳ねる。
「あ…っ、ぁ、っあ、…待っ、…ッ!」
  反り返りイきたがるそれを、ラグナは容赦なく追い立てる。イけと促す性急なそれに背を引き攣らせ震えながら耐えようとするが、先走りでぬめる先端を擦り上げられ抗い切れずに精を吐き出す。
  ひく、と震えるスコールの内腿に口付けながら舌を這わせ、スコールのモノに塗れた指で後ろを探って入り口を押し開く。粘つく液体を擦りつけながら奥へと突き入れ、指の腹で肉壁を押してやればきつく締め上げ襞が蠢く。慣らす為に指を動かすその度にスコールの足が震え、腰が揺れた。
「…とりあえず、一回」
「ん、っん、ぁっそ、…れじゃ意味、な、い…ッ」
  確かに、汚してしまっては移動する意味もない。
  糸を引くような卑猥な音を立て、ラグナの指を飲み込むソコは早く欲しいと誘っている。
  移動なんてしてられない。そんなに待てない。
「…うん、無理」
「ッ、ラグナ!」
  非難がましい声を上げる割に、宥めるように口付けてやれば腕を回されもっとと舌が絡んでくる。
  たまらなく愛しくなり、ラグナはスコールの足を抱え上げて大きく開かせ、自身をスコールの中に突き入れた。
「…ッふ、ぅ…っあ、あッァ…っ!」
  ぐぐ、と押し入ってくる熱い質量にスコールの背が仰け反った。熱く濡れた息を吐き出し、収まる雄を締め付けてその形を確かめるように肉襞が絡み付けば、ラグナが息を詰めため息のような呼気を吐き出す。
「…うーん、スコールがヤラシイ…」
「は…っ?ぁ、っ」
  これはヤバい。
  複雑な気分を抱え、ラグナは腰を引いて、絡む肉をかきわけ奥まで突き上げる。
「ぁ…ッ、んんぅ…っ」
  ひくついて締まる中がたまらなかった。
  ハマると抜け出せなくなりそうな、気がした。
「っ、スコール…、」
  耳元で囁けば、欲に染まった蒼の瞳が切なげに歪んで、髪に手が絡む。
  名を呼ぶその声は喘ぎに紛れてよく聞こえなかったが、心中に凝っていた諸々の靄を吹き飛ばしてくれるには十分だった。
  あるがままの関係であればいい。
  そう、思えば楽になる。

  大きな問題もなければ事件も事故もなく、スコールの任期満了が近づいていた。
  朝、いつものように日例報告を受けた後、ラグナは机にかじりついて必死に何かを書いていた。
  真面目に仕事をするのはいいことだとスコールは珍しい大統領の姿に感心していたが、顔を机の上に向けたまま名を呼ばれ手招きをされて、怪訝に思いながらもデスクの前に立つ。これを、と渡されたのは小さな紙を二つ折りにしたものだった。
「…これは?」
「うん、それエルに渡してきてくんねーか?」
「…エルオーネ、ですか?」
「うん、そう」
  朝共に朝食を取ったばかりの彼女に用があるなら、何故その場で言わないのか。命令とあれば使いっ走りでももちろんやるが、不審が拭えずスコールは僅かに眉を寄せて大統領を見下ろした。
  視線に気づいた大統領は顔を上げ、照れたように笑いながら頭をかいた。
「中見ていいけど、エルからの返事ももらってきてくれな!」
「…了解しました」
  答えになっていなかったが、用件があるというのなら仕方がない。
  一礼し、執務室を辞し居住スペースへと向かう。
  中を見ていいと言われたが、見ていいものか迷う。
  だが小さな紙を折っただけの状態では、開いた中からすでに文字が見えていた。気は引けたが、紙を開いて中を読む。

『エルー
  る○ぶで今度の休みの旅行予約
  しといてくれよー!
  っつーか別に○るぶじゃなくてもいいけどなー
  天気予報も要チェックな!
  イルカも見たい。あ、そうそう
  ルービックキューブってすげーんだぜ!
  ガン○ムの形とかキ○ィちゃんの形とかあるらしい!ほしー!』

  …後悔した。
  読まなければ良かった。
  女子が授業に飽きて友達同士でメモを回すアレに似ていた。
  仕事がつまらないのだろう…一国の大統領がそんなことを言って許されるわけはないが。
  だがエルオーネを巻き込み、スコールまで巻き込むとはどういう了見だ。呆れて言葉が出なかったが、これも命令だと諦める。
  ラグナが仕事中、エルオーネがどんな生活をしているのかスコールは知らなかった。基本的には家にいるという話だったが、勉強や教養の為に色々な習い事などもしているということだった。
  家にいるのか不安だったが、戻ればエルオーネはリビングのテーブルの上に切り花の山を積み上げて、生け花をしていた。
「あれ?スコールどうしたの?忘れ物?」
「いや、…邪魔して済まない」
「ううん、全然!今日はフリーの日だから練習してたんだ。これでもちょっとは上達したんだけどね」
  生け花など興味もなければその違いもよくわからなかったので、曖昧に頷いた。これを、と大統領からの預かり物を手渡すと、中を読んだエルオーネが「んー?」と言いながら首を捻る。
「…どうした?」
「え?あ、ううん、何でもない。これ、返事いるよね」
「ああ、返事をもらって来いと言われてる」
「だよね。すぐ書くね!ちょっと待って」
「わかった」
  メモを取り出し、テーブルいっぱいに広げていた生け花を寄せてスペースを作り、エルオーネは内容を考えながら返事を書く。
  それほど待たされることなく、完成したそれを渡された。
「よろしくね、スコール!中見ていいよ!」
「……」
  ラグナと同じことを言い、同じように二つ折りにされた手紙を持って大統領執務室へと戻る。
  後悔したら嫌だなと思ったが、嗜める一言でも入っているかと期待も寄せて中を見てみる。
 
『南方で海底探索できるような所探しとくね。
  にしても
  ガ○ダムって夢のある乗り物だよね。エスタで作ってみたら?
  新技術開発とか…でも機体は何で出来ているのかしら?
  ラーメン食べたいな。お昼ラーメン作ろう。』

「…おい」
  ガンダ○の動力は原子力だ。機体はガンダニウム合金だ。この世界にそんなものあるのかよとツッコミながらもスコールは脱力する。
  揃いも揃って仕事中に遊びの相談とはいい度胸だ。しかもそれに付き合わされるのは、俺だ。
  おかえりー!と笑顔で出迎える大統領に、手紙を渡す。嬉しそうに手紙を読む現在世界一の大国のトップである男は、真面目に仕事をする気はなさそうだった。
  また紙に何かを書き始め、「また行くのかよ!」と心中にツッこむ。だが雇用主の命令は絶対だ。反論をする立場にもない。
「スコール、寿司食える?」
「…食えます」
  返答がぞんざいになったが、大統領は気にしなかった。おお~と気の抜けた声を上げて、手紙を書くことに集中している。
「…キャタピラ・ロールがいいですね」
  呟けば、耳聡く聞きつけた大統領が顔を上げた。
「ん?それが好きなんか?」
「いえ、特には」
「…キャタピラロールって変わった名前だな」
  名前だけでなく見た目もかなり独創的で印象的な寿司と言っていいのかもすでに不明な食べ物である。食べたいわけではなく、いい加減仕事をしろという意趣返しのつもりだった。 
「…え、キャタピラってイモムシじゃねぇか。イモムシ乗ってんのか?」
  緑色の、アレ。
  そんな物を乗せた寿司があるか!仮にあったとして、食いたい奴が世の中にどれくらいいるというのか!
「…に、見立てたアボカドです」
  冷静にツッこむ。
「へぇぇぇ…初めて知った!」
  感心するのはいいが、手を動かせ。
  仕事をしろ。
「うし、出来た!これまた頼むな!」
「……了解しました」
  二つ折りにされた手紙を持って、エルオーネの元へ行く。今日一日これをやらされたら嫌だなと思いつつ、中を読む。

『寿司が食いたいぞ俺。けど寿司屋遠い…。
  この際出前でも取るか!スコールいるし!あーけど
  俺は好きだけどスコールは寿司好きなんかな?聞いてみっか。聞いてみたら食えるって!キャタピラ・ロー
  ルって何だ?…キャタピラってイモムシだよな?イモムシ巻いてんのか?うえぇそれ美味いのかよ…
  腹減ってきた。イモムシじゃなくてアボカドなんだってな。へー』

「……」
  会話内容そのままである。内容はないのか?
  エルオーネに渡せば、ちょっと待ってねと言ってまた返事を持たされた。中を読む。

『寿司私も食べたくなってきちゃったでしょ!
  これは仕方ないから私も寿司にしようかな。あ、そういえばおじさん
  オダイン博士がまた来たよ。協力するでおじゃる!って!ジャンクションマシーン・エルオーネをつく
  るの諦めてないんだね…。「規定路線でおじゃる!」って言ってる。
  はぁ、協力しない方がいいのかな…どう思う
  ?』

  オダイン、諦めてないんだな。
  ため息をつく。
  再度執務室へ戻り返事を渡せば、「次で最後な!」と笑顔で言われ諦めた。
  最後ならいいか。
  そして持たされた手紙の内容を読む。

『強めに言っとくぜエル。つってもここで協力しなくてもよ、未来で結局できちまってる
  んだよな。やりきれねーぜ。
  で、だ。
  連絡方法、手紙だとスコールがすごく嫌な顔をする…。』

  今更何言ってるんだこの男は?手紙などという手間のかかることをせず、メールでやれとスコールは言いたい。
  三度エルオーネに手紙を渡すと、「何よおじさんたら!」と叫んで立ち上がった。
「…エルオーネ?」
「一緒におじさんのとこ、行こ!一言言ってやらなきゃ!」
「は?…え?ちょっ…」
  止める間もなくエルオーネが歩き出す。
  仕事中だとか、怒るような手紙の内容だっただろうか?とか、色々頭の中を駆け巡るが早足で歩くエルオーネの後ろについて歩く。
  執務室の扉を開け、ずかずかと大統領の座すデスクの前に進み出て、エルオーネが腰に手をやりふんぞり返る。
「おじさん!スコールは二人の時にはちゃんと「お姉ちゃん」って呼んでくれるんだからね!」
「な、何だってーーーっ!!!!!」
「……いや、ないない、滅多にない」
  話の流れが全く見えなかったが、否定はしておかねばなるまい。
  だが全く聞いていない大統領が、すごい勢いでスコールに向き直る。
「す、スコール、…パパって…!」
「言わねぇよ!?」
  馬鹿は休み休み言え!
  即否定されて大統領が落ち込んだ。勝ち誇ったようなエルオーネが一つ頷き、今度は腕を組む。
「全く、縦読み仕込んでお仕事中に何を言ってくるのかと思ったら…。おじさんいいことあったの?スコールに、何か言われた?」
「縦読み…」
  スコールが首を傾げる。手紙の縦読み。内容を思い出そうとスコールが黙り込んだ。
「…いやぁ、結構スコールと仲良しになれたなって…」
「それはいいことだけど、スコールをお使いにして遊ぶのやめてね。真面目にお仕事して下さい!」
「はい…」
  エルオーネに叱責されて、大統領は大人しく仕事をする気になったようだった。
  仕事頑張って、と二人に声をかけ、エルオーネは風のように去って行く。残された沈黙が痛かった。
「…閣下」
「…何かな?」
「誰がツンデレなんでしょうか」
「スコールが」
「……」
  あの夜のあれのことか。というよりそれしか思いつかなかった。
  あれをそのままの意味で受け取ったのならそうだろう。それはそうだろう。そのままの意味で言ったのだったらそれは壮絶なお誘いだったに違いない。
  だが考えてみて欲しい。トップランクのSeeDであるスコールが、身売りしなければならないような事態になるはずがないではないか。しかも実の父親にだ。そこまで馬鹿な生き方はしていないし、そう思われるのは心外だった。
  …過ぎてしまったことなので、言っても詮無き事である。
  あれから事実を話せたかと言えばノーなので、スコールも人のことは言えなかった。
  言えない。
  そんなつもりじゃなかった、なんて言えない。
  傷つけてしまうだろうことは目に見えているのに、言う必要はあるのだろうか。
  ラグナが普段見せることのない一面を見た。触れる手も、身体も、絡む視線も熱かった。
  一度超えてしまったら後はもうなし崩し的に、手を伸ばせば拒絶もされずに返って来る。
  もういいか、と思うのだった。
  任期満了に伴ってガーデンに戻り、また多忙な毎日を送ることになるだろうが、それもいい。
  書類と格闘しながらパソコンを覗き込んでいる大統領を眺めやる。
  平和な日々だったな、とスコールは感慨深く心中に呟いた。

「来たーーーーーっ!」
 
  椅子を蹴倒しながら、大統領が叫んで立ち上がった。
  突然の大声に肩を揺らして驚愕したが、表面上は冷静にどうされましたか、と問えば満面の笑みで手招きをされた。
「スコール!やったぜ!」
「…何がでしょう」
「これこれ!見ろよ!」
  手元のノートパソコンを回転させて、スコールの前に画面を出した。
  大統領の公用パソコンを他人に見せてもいいのかと思いながらも、見せられた文面に目を見開く。
  シド学園長からのものだった。
「よし、スコール卒業までうちでいられるからな!」
「…え」
「今回の任務終わったら一旦帰って引き継ぎとか色々済ませて、またエスタに帰って来いよ!」
「……」
  何故だ。
「つーことで、今日の仕事一旦終わり!家戻ってエルに報告!昼になったらまた仕事に戻るから、スコールもそのつもりでな!」
「…は、い…」
  そんな仕事の仕方は許されるのか?と、問いたかったが呆然として、言葉になる前に大統領に背中を押されて執務室を後にした。
  戻り道の記憶が飛んでいるが、大統領に引っ張られる形で居住スペースに戻り、生け花を終えて片付けを始めているエルオーネに大統領が報告をする。
  エルオーネは飛び上がって喜び、スコールを抱きしめた。
「良かったスコール!ずっと一緒にいられるねー!」
「…ああ、そうみたいだ…」
「ちゃんと家族になれるね!ってもうなってるけど!嬉しいなぁ!」
「…あぁ…」
  結局今の仕事が期間延長されたに過ぎないのだが、そんなことは関係ないとばかりにエルオーネがラグナを見やる。
「お昼ご飯、うちで食べる?急いで作るから!待ってて!」
「おー、頼むな!うちで昼食うことなんて滅多にねぇよな」
「ああでもどうしよう時間あるの?何作ろうお寿司のつもりだったから、シェフさんにお願いしちゃった」
「いいじゃねーか、俺らの分も追加で頼んでくれよ!あとなんか適当に食えればいっかな」
「うん、わかった!あ、飲み物淹れよっか。スコールも座って」
  慌しく行き来するエルオーネに笑って、ラグナがソファに腰掛けテレビをつける。
  スコールにはやらねばならないことがあった。
「…シド学園長に少し確認を」
「おう、ありがとなーって、伝えといてくれ」
「…わかった」
  自室に戻り、パソコンを起動する。
  メールを立ち上げ、先ほど知った内容について本当でしょうかと送信すれば即返信が来て、先日のアドレスへ、と簡潔な一文で誘導される。アドレスを開き、ログインすれば学園長の文章は不機嫌極まりなかった。
「ああ、全く、スコールやってくれましたね」
「…何のことだかわかりません」
「気さくで人が良さそうで、話もわかりそうないい大統領だと思ってましたが、さすがはエスタで長年トップに居続ける人ですね。完敗です」
「…はぁ…?」
「ガーデン指揮官を手放したくなかったんですけどね。君はとても優秀で頼りになりますし。SeeDとしても優秀ですし。言うことなしですし」
「…そうでしょうか」
「ああ、性格は多少融通が利きませんが、でも話せばわかってくれますし、問題ありませんでした」
「……」
  話せばわかるのではなく、あんたのは単に力技で反論を封じているだけだろう、とはスコールは言わない。
  沈黙で返せばどう思ったのか学園長が「はぁ…」とわざわざ手打ちでため息を表現した。ため息をつきたいのはこちらの方だ。
「こちらも人員を確保しなければなりませんし、引継ぎするにしても時間がかかります。経営面で信頼できる人物を迎えようとは思っていますが、…まぁ、妻ですが、しかし落ち着くまでは大変でしょうねぇ」
「…申し訳ありません」
  何故俺が謝らなければならないのか理不尽を感じるが、煩わしい望まぬ仕事から解放されるかと思えば謝罪の一つ位何ということはなかった。
「ああしかし予想外でした。本当に大統領は君にご執心だったんですねぇ」
「…何故ですか?」
「おや、さすがにちょっと反応が変わりましたね。君はエスタが気に入ったんですね…残念です。私は君には卒業までガーデンで指揮を取ってもらいたかったので反対だったんですよ」
「それは聞きました」
「当初向こうが提示してきたのは卒業までの依頼分プラス諸経費という話でした」
「…はい」
「話が平行線になってきたと見るや、あちらは金額を倍にしてきたんです。…さすがに私、断れませんでした」
「倍!?」
「君への依頼金額、全SeeDの中でトップです。決して安くはありませんよ。おいそれと君を長期雇える所はありません。それは断言しておきます」
「……」
「ああ全く、君の喪失を埋めるのにかかる苦労と金額を天秤にかけた結果、倍の金額を捨てるには惜しい」
「……」
「手を打ちました。スコールにとってもエスタが気に入ったのなら、そちらの方がいいでしょうしね」
「……」
  言い方がいちいち、逐一、些細な所まで癇に障るのはもうどうしようもないのだろうか。
  学園長の歯に衣着せぬ言い方には悪意があるように感じられて仕方がない。相性が良い悪いの問題でもなさそうに思えた。
「ただここまで長期の任務と言うのは前例がありません。本来なら任務中ガーデンに帰還するようなことはまずありませんが、君に関しては定期的に戻ってきて色々と調整なども行ってもらいたいと思っています」
「了解しました」
「今期満了次第、帰還して引継ぎ他やってもらわねばなりません。よろしくお願いしますね」
「はい」
「ではまた。大統領によろしくお伝えください」
「はい」
  通信が切れてから、ラグナの伝言を伝え忘れた事に気づいた。まぁいいか。
  パソコンを落とし、リビングへ向かう。
  気づいたラグナがソファの隣を指差した。
「おかえり!どうだった?」
  すでに定位置と化したラグナの隣に腰掛けて、エルオーネが用意してくれたコーヒーに口をつける。
  何と言うべきか迷い、当たり障りのないところから切り込むことにする。
「…大統領によろしくと」
「おう、こちらこそだ」
「それで、」
「うん?」
  ラグナもコーヒーを啜っていた。
  この時間のテレビはライトなニュース番組が多いらしく、どのチャンネルを見ても主婦向けのようなゆるい内容となっていた。
「…倍払うって?」
「ああ、そのこと」
  軽くラグナが首肯する。
「倍ってあんた、予算から出すにしても承認が必要だろう」
「ほえ?」
  間抜けな声を上げて、ラグナがスコールを見る。碧の瞳を真っ直ぐ見返し、スコールはため息をついた。
「SeeDに依頼するのにいくらかかるかくらい知っている。あと三年近く、しかも倍となると膨大な金額が必要に」
「いいっていいって。自腹だし」
  恐ろしい単語が飛び出した。
「…は…」
「正当な依頼金額分については承認も何も通るって。必要なんだし。残りの分を自腹で払う感じだな。全部自腹にすっと後々面倒なんだよな。色んなとこの手続きとか話通したりすんのがさ」
  さすが大統領閣下の仰ることはスケールがでかかった。
  唖然と口を空けて硬直するスコールに向かってラグナが親指を立て、爽やかに笑う。
「スコールの時間を金で買ったんだ。これは俺らにとってかけがえのない大事なモンだ。そうだろ?」
「……」
「おじさん、スコール、お寿司来たよ!」
「おっ!俺もう腹ペコだぜー!」
  専属シェフの料理をワゴンに乗せてスタッフがリビングへ姿を現し、深々と一礼するのに「ご苦労さん!」と手を振り労う大統領は常と全く変わりない。
  スコールは顔を伏せ、自らの手を握り締めた。

 ラ、ラグナがかっこいい…。

  いつだったか、「やるべきときにはしっかり仕事はやるんだぜ!」とのたまった男の得意げな顔を思い出す。
  ああなるほど、確かにあんたは英雄で大統領だ。悔しいが、認めざるを得なかった。
「スコール、これ運ぶの手伝ってくれよー!」
  呼ばれたが、振り返ることができなかった。
  ああどうしよう。きっと顔が赤い。
  恥ずかしい。死にたい。
「スコールー?」
「…ああ、わかった…」
  立ち上がる。
  どうかラグナに、気づかれませんように。


END
縦読み「えるしっているか すこーるは つんでれ」。エルの分は適当に。
デスノートネタとか古いんだけどエルだから使いたかった。反省はしていない。
シド学園長は法外な金額でスコールを売り渡すことができたので残念ながらも満足している…というとこまで書きたかったがまぁいいかと思った。反省はしていない。

スコールの値段。-最終話-

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