26歳レオン(KH)inディシディア続き。

  秩序の聖域の中心にて座し、召喚した戦士達の動向に気を配りながらも、コスモスは暇を持て余していた。
  否、暇と言ってはいけない。口が裂けても言ってはいけない。
  戦士達はコスモスの為に、ひいては自らが元の世界へ帰るために、必死に命を賭け存在を賭けて戦っているというのに、座っているだけの己が口走っていい言葉ではないことは重々承知していた。
  が、手持ち無沙汰でやる事がないことに変わりはない。
  この世界の均衡を保つ為に力を割き、時には戦士達の精神的な支えとなる為に意識体を飛ばして激励することもやぶさかではない。出来る協力は惜しみなくするけれども、現在の所コスモスの力を必要とする場面はなかった。
  各々が探索の為、鍛錬の為、イミテーションの数を減らす為に出払っており、聖域にいるのは休憩の為に戻ってきている数人だけだった。
  時間が許す限り傍らに侍る光の戦士も今は出かけていていない。戦士もまた、日々の鍛錬を怠ることはなかったのだ。
  休憩を取る面々を静かに見つめ、コスモスはひらめいた。
  ああ、そうだわその手があった。
「…スコール」
  名を呼べば、怪訝な表情を隠しもせずに振り返る。聞こえる範囲にいた戦士達も何事かと顔を上げた。
  手招きし、歩み寄る獅子と何故か他の者達までが歩み寄る。
  神の召集は、個人であろうともやはり気になるものらしかった。
「何だ、コスモス?」
「しばらくここにいますか?」
「…ああ、休憩の為に戻ったばかりだ。何か用か?」
  尋ねる獅子に頷きで返し、にこやかに微笑んだ。
「召喚しようと思います。…今ここにいる人数は少ない。前回のように逃げられ…いえ、遠ざかってしまうこともないでしょうから」
「!!」
  何を?とは誰も問わない。先日、いきなり「未来のスコールを呼びます」と言って召喚したのはこの女神だったからだ。
  途中で「好奇の視線に晒されるのは落ち着かない」と未来のスコールが言い、途中でこの聖域を出てしまったことが女神にとっては悔恨の種であったらしい。
  …好奇の視線を送る人数を減らせばいいという問題ではないと思うのだが。
  そもそも未来のスコールは、「未来の」と言っても実際の世界の未来の姿ではなく、別世界で生きている「大人となった別人の」スコールなのだ。
  彼には彼の生活があり、人生があり、本来ならばこの世界と交わるはずのない人間なのだ。
  しかも記憶を持ったまま無理矢理召喚している為に時間制限も存在する。こちらに召喚されている間、あちらの世界のスコールは不在ということになるのだ。
  今現在ここに召喚されて戦っている戦士達の在り方についてはどうなっているのか、その辺の説明はない。
  同じように元の世界で不在として扱われているのか、それともコピーされた魂をなんらかの形で実体を持たせて召喚しているのか、知る術はなかった。
  だが元の世界に帰りたいと、誰もが希望を持ち続けていることだけが現実だ。
  時間制限付で召喚され、元に戻れる未来のスコールはこの世界ではやはり異質な存在なのだ。
「…コスモス、向こうの了承は取っているのか?」
「もちろん、そんなことは不可能です」
  穏やかな笑顔のままで言い切った。言い切ったよこの女神!!
  未来のスコール可哀想に。年齢的には社会人として働いている頃だろう。仕事や家庭や、諸々のことを強制中断されて一時間別世界へと引っ張られるのだ。
  …一時間ならたいした事ないな、と思うか、一時間がどれだけ大事かと思うかはその人の生き方次第である。未来のスコールは果たしてどちらか。
「嫌がらないのですね?スコール」
「嫌がったらやめるのか、あんたは?」
「…もう召喚に入っているので止まりません」
  なら聞くなよ!!
  内心でツッコミを入れ呆れるスコールを尻目に、背後で成り行きを見守っていたメンバーが互いに顔を見合わせた。
「なぁクラウド、バッツ達に知らせてやった方がいいッスかね?」
「知らせてやれば喜ぶだろうが、未来のスコールは喜ぶかな」
「あー…どうだろ。わかんないッス」
「だがティーダ、一時間しかないんだから、知らせに行って戻ってくる間に未来のスコールは帰ってしまうんじゃないか」
「なるほど、フリオニールの言うことも最もッス」
「この場にいれてラッキー、と思ってあとで報告すればいいんじゃないか」
「…のばらはバッツとジタンのことわかってないッスね」
「のばらって言った!?俺の名前のばらじゃないぞ!」
「あだ名ッス。俺がつけた。…クラウドは逃げなくていいんスか?また絡まれるかも」
「…何で絡むのか聞いてみたい」
「未来のスコールの世界にクラウドいるんだろうなー。で、きっとクラウドはいじめられてるんスよ」
「俺が、スコールに、いじめられるのか?」
「…いやよくわかんないけど。俺に絡まないで欲しいッス」
「うるさいぞお前ら。黙ってろ。…フリオニールは何で落ち込んでるんだ?」
  スコールが振り返り、叱咤するついでにフリオニールの様子に気がついた。
「のばらっていうあだ名が気に入らないらしいッス。そのまんまなのに」
「…嫌がってるならやめておけ」
「しょうがないなぁ、いないとこで呼ぶッスよ」
  いや、それじゃ意味がない。
  スコールとクラウドは思ったが、面倒なので口には出さなかった。
  静かに集中していたコスモスが空を見上げて、手を上げた。
「…来ます。少し場所を開けてください」
  メンバーが下がり、コスモスの前を広く開ける。
  光が落ちて、眩しさに目を閉じた。

「…またここか…」

 疲れたようなため息混じりの声が光の失せた場所から漏れた。
  落ち着いた声はスコールと同じ物であり、戸惑う様子は見られなかった。
「ようこそ、未来のスコール」
  コスモスの笑みに喜びが滲み出ているのは気のせいか。
  あれだ、憧れの芸能人やらに出会ったときのファンの顔というやつに似ていた。
  大人の男がお好みなんだな。
  そういえばコスモス陣営の連中は皆若かった。
  一番年上に見える光の戦士の年齢は不明だが、未来のスコールの方がなんというか大人で道理を弁えている気がした。光の戦士は記憶を持たないので、人格形成に多少難があっても仕方がないのかもしれないとは、誰しもが思っていることである。
「……」
  未来のスコールは周囲を見渡し、見覚えのある顔に行き当たって明確なため息を漏らした。
  コスモスへと向き直り、腕を組む。
「今度はどんな用件で呼ばれたのか説明を求める。…あと、また一時間で俺は帰れるのだろうな?」
「前回あなたとゆっくりお話ができなかったというので、機会を設けました。今回も一時間で戻る事ができます。安心してください」
「…そちらの都合としてはそれでいいのだろうが、こちらの都合はおかまいなしか」
「ごめんなさい。召喚前にコンタクトを取ることはできないのです」
  しおらしくコスモスが頭を下げて謝った。
  忘れてはいけないが、コスモスは神である。神に頭を下げさせるのは相当なことなのだが、未来のスコールにとってそんなことは知ったことではなかった。
「……」
  眉を顰め、額に手をやり言いたいことを堪えている様子が窺えた。
  それはそうだろう。
  相手が神であろうが仏であろうが、男にとっては何の価値もないものなのだから。
  背後から見守るメンバーは下手に口を出すことも出来なかったが、ティーダがスコールの腰を肘でつついて囁いた。
「スコール、勇気を出して行ってくるッスよ!」
「…何で」
「何でって、未来のスコールじゃんあれ」
「……」
  話がひと段落ついてから話すなら話したい。
  男の背は安易に話し掛けられることを拒んでいるように見えるからだ。
  男は一つ首を振り、諭すように話し出す。
「前回も言ったと思うが、俺は忙しい。状況を選べないと言うのなら、せめて頻繁に呼ぶのはやめて欲しい。というよりむしろ、呼ぶな。俺はこの世界には必要ないだろう」
  辛辣に言い切ったが、その言は正しい。
  女神の気まぐれに呼ばれる方は拒否権もなく、迷惑極まりないのだ。
「…戦力と言う点においては、人数は多いにこしたことはありません。が、すでにスコールが存在しているので、確かにあなたはここに呼ばれる必要はありません」
「だったら」

「呼びたいのです、私が」
 
  うわ言い切った。コイツ言い切ったよ!どの面下げて言いやがったこの女神!
  見れば堂々と開き直っていた。
  怖いッ!
  メンバーが絶句する中、未来のスコールもまた言葉をなくしたようだったが、立ち直るのは早かった。
  この世界の成り立ちもコスモスの立場も知らないからこそかもしれなかったが。
「…あんたの事情はどうでもいい。理由も興味がない。申し訳ないが俺には俺の世界があり、事情があり、成すべき事がある。不必要に付き合わされる時間も惜しい。理解してもらえないか」
  男は引かなかった。そして冷静だ。
  開き直るコスモスに対峙しても堂々たるものである。
  やはりこの男は「大人」だとその場にいる誰もが思った。
「…わかりました」
  大人しくコスモスが頷いた。
「理解してもらえて良かった」
  男が安堵し穏やかに微笑んだようだった。見上げた女神が、そっと目を逸らす。恥らうようなそれは神が見せるべきものではないように思えたが、誰もツッコミは入れられなかった。
「…呼ぶ回数を減らします」
「いや、論点はそこじゃない」
  即答で的確すぎるツッコミが入ったが、女神は「我慢します」と頬に手を当て切なげにため息をついた。
  駄目だあれ。聞く耳持ってないし。
  メンバーのため息が聞こえたわけでもあるまいが、未来のスコールもまたため息をついて諦めたようだった。
「…もういい。とりあえず呼ばないようにしてくれ」
「可能な限り、呼ばなくていいように頑張ることにします」
「……」
  頑張る方向性を間違っている気がしたが、男はもう何も言わなかった。
  振り返り、スコール達を見やる。
「…話をしたいと言ったのはお前か?スコール」
  話しかけられ、スコールは答えを躊躇った。
  話したい事があるといえばあったが、わざわざ召喚してまで聞きたいことかと言われると疑問を感じる。
  歩み寄り、未来のスコールは隣に視線を移してクラウドを見た。
「…元気そうだな、クラウド」
「い、一応は」
  何故いちいち動揺するのか、クラウドは言葉を詰まらせる。
  横からティーダが進み出て、手を上げた。
「はい!俺はティーダと言いますよろしくッス!ところで未来のスコールさん」
「…ああ、俺のことはレオンと呼んでくれれば構わない」
「…れおん?」
「そう」
「何でッスか?」
「…、…そうだな。ここにすでにスコールがいるからな。区別しやすいように」
「じゃぁレオンさん!レオンさんの世界にはクラウドいるッスか?どんな奴ッスか?年上ッスか?友達ッスか?」
「質問が多いな」
「聞きたいこと聞いとかないと!と思って」
  不躾な質問にもレオンは寛容だった。
「なるほど。俺の世界にクラウドはいる。変な奴だ。歳は二十三だったか、俺より年下だ。友達…ではないと思うが、同郷の仲間だ」
「ほーほー。だって、クラウド」
「変な奴…年下…」
  俯き加減に呟く金髪を見つめ、レオンが小首を傾げて見せた。
「お前はいくつだ?クラウド」
「二十一…」
「何だ、アイツと大して変わらないのか。…もっと年下かと思ったが」
「ど、童顔ってことか?」
「いや、顔は同じだろ。…まぁ一年前のアイツも似たような感じだったか、そういえば…」
「……」
  何やら事情がありそうだったが、詳しく話す気はないようだ。
  視線を外したレオンがフリオニールへと向いた。
「…お前は特に何もないか?」
  見知らぬ世界に放り込まれ、赤の他人の不躾な質問にも答える男は、全く見知らぬ男へも同様に質問を促した。スコールの仲間と言うことで、彼なりに気を遣っているのだと思えば対応としてはまさに大人の男のそれだった。フリオニールは目を瞬き、勢い良く首を振った。
「い、いいいえ、何にもありません!えっと、レオンさんも十七歳の時にはスコールだったんですか?」
  何もありませんと言っておきながら意味不明な質問をする男にも、冷静だった。
「そうだな、外見は同じだな」
「外見は?」
「中身は違うな。他人だから当然だ」
「ああ、なるほど…」
  スコールは黙ってやり取りを聞いていたが、気になって仕方がない。
  先程からこの男は質問の答えを微妙にはぐらかしていた。気づいてしまった。
  おそらく話したくないことが含まれているのだろう、話せる範囲で上辺で返せばそうなったという感じの返答に、興味がわかないわけがない。
  他人と言えども未来の自分の姿だった。
  どんな風に生き、何を考えているのか知りたかった。
  …むしろ、「自分自身」ではないからこそ知りたいのかもしれなかった。
  「自分自身」の未来なら、知る必要はないし知りたくもないのだ。それは己の生き様によって決まるものであり、提示されるものではないと思っているからだ。
  決められたレールの上を歩けと強制されるのはそろそろご免蒙りたいと思うスコールだった。
  いや、まだ全ての記憶を取り戻したわけではないのだが。
  さて、とスコールへと視線を戻したレオンが「お前は?」と問うのに、頷きで返す。
「…案内、するか?」
  聞けば意図を察したレオンがそうだなと首肯する。
「えーっ行っちゃうッスか?」
  残念と顔に書いたわかりやすいティーダの態度にレオンが苦笑し、頭を撫でた。
「…え!」
  驚き硬直する少年から手を離し、ため息をつく。
「お前も若そうだな。ここにいるのは全員子供か」
「…俺は子供じゃない…」
「ああ、そうだったな」
  不満そうに漏らすクラウドにお前も撫でてやろうかと言えば、全力で拒否をした。
「遠慮しなくていいのに」
「いや、する。するだろ普通!」
「行くぞ、…レオン」
  すでに先へと進んでいたスコールが躊躇いながら名を呼ぶのに気づき、レオンも歩き出す。
「今日は外野が少ないようだが」
「他の連中は敵を減らしに行っている」
「そうか。…この世界で戦っていると言っていたな」
「戦いしかない世界だ」
「…そうなのか」
「コスモスに呼ばれて記憶もなく、敵を用意されてひたすら戦う。生きて戦い続ければ記憶は戻るが、死んだらそれっきりだ。皆は敵に勝利して元の世界へ帰ることを希望にして戦っている」
「…壮絶だな」
「ああ。だが呼ばれてしまった以上、戦う以外に道はない」
「……」
  盤上の駒を取り合いながら、キングを取った方が勝ち。そんなゲームを思い出す。
  時間制限がある身の上では、敵を減らす手伝いをするにも限界があった。「未来のスコール」が呼ばれた理由はただ一つ、ここにいる連中の興味なのだろうから、レオンが取るべき行動は限られていた。
  ここの連中の望むように。
  …スコールの、望むように。
  それしかない。
「…どこへ行く?」
  荒野に出て、スコールは道を逸れて道なき荒野を歩き続ける。
  曇天は今にも泣き出しそうではあったが、湿度は高くなかった。雨は降りそうになく、乾いた風が吹き抜けて足元の雑草を揺らした。
「静かな所」
  端的な言葉は抽象的だったが、レオンは理解した。
  出払っている連中が戻って見つかればうるさくなることは必至で、邪魔されることなく話をするなら少し進んで隠れられるような場所がいいのだろう。
  何か話したい事があるのだなと納得し、スコールについていく。
  岩場の陰に入り込み、入り組んだ細道を進む。
  こんな場所良く知っているなと言えば、この辺はくまなく調べたと至極当然のように返された。
  なるほどスコールはきちんと足で調べることも厭わないのだと感心する。
  さらに進んで、少し開けた。岩場に囲まれた空間に緑はなかったが、なるほど静かに話をするには良さそうだった。
  手近な岩に腰かければ、スコールが近づきジャケットを掴んで引っ張った。露わになる首筋に、レオンが怪訝にスコールを見る。
「何だ?」
「…今日は何もついてない」
「……、毎日つけてるわけじゃないぞ」
「……」
  見えるところに痕をつけるなと言って、聞く相手ならそうか。
  スコールは納得して手を離した。
  聞きたいことはあるにはあったが、どこから聞いていいのか迷う。
  無難な所から質問することにした。
「あんた、前来た時名を捨てたと言った」
「ああ」
「…それで、『レオン』?」
「そうだ」
「…そうか」
  これ以上踏み込む勇気は持てなかった。レオンは自分の世界のことを話したがっていないと感じるからだ。だが頷くスコールを見やり、補足の必要を感じたレオンが口を開く。
「失ってはならないものを失って、失いたくなかったものを失って、守らなければならないものを守れなかった。これが理由だ。詳細は必要か?」
「…いや、いい。十分だ」
「俺は弱かった。…今も弱い。だからまだ、戻れない」
「……」
  弱いとは、目の前の男にはふさわしくない言葉だと思う。
  沈黙し、何かを考え始めたスコールに苦笑が漏れた。
  ゆっくり考えている時間はないぞとレオンは思う。
「…お前の元の世界のことを、聞かせてくれ」
「俺の?」
「ああ。お前が生きてきた十七年を」
「…聞いてもしょうがないだろ。それにまだ、断片だ」
「構わない。覚えていて、話せる範囲で」
「……」
  気は進まないが、拒絶する理由は見つからなかった。
  覚えている範囲で、簡潔に話す。
  孤児院で育ち、ガーデンに入り、SeeDになって魔女を倒す。
  魔女は倒したはずだったが、この世界にはそいつがいた。また倒さなければならなくて、頭痛がすると言えば男は大変だなと共感を示した。
  大人の知ったかぶりとわかったフリは嫌いだったが、この男のそれは自然で嫌味がなかった。
  自分自身に等しい存在だからだと感じているからだろうか。
  他人だったが、見かけはそっくりだった。
  ただ相手の方が大人で、大人すぎて、自分が酷く子供に見える。
「元の世界に、かげがえのない存在がたくさんいるんだな」
  レオンの言葉には重みがあった。無言で頷けば、静かに微笑う。
「帰れることを、祈っている」
「……」
  さりげない言葉だった。
  ありふれた言葉だった。
  他人に言われた所で、その困難は筆舌に尽くしがたいものだ。何がわかるのかと反発しても良かった。
  だがスコールは頷いた。
  小さな子供が言い聞かせられるように、素直に頷いていた。何故だろう。
  男の目を見つめるが、そこにあるのは己と同じ色だった。
  だが違う。
  男が大人であるからか。
  スコールが持たない感情と意識を持っていた。
  同じ造作をしている癖に、悔しいと思う。
  一度離れたスコールが再度レオンに近づいて、上から見下ろす。
  岩に腰かけたレオンの目線は低かった。
「…あんた、キスマークつけて戻ったら相手怒るのか?」
  何を言っているのだろうと自分で思うが、気づいた時には言葉を発した後だった。
「は?…さぁ、どうだろうな。誰とヤって来た、くらいは言うかもな」
「…あんた節操ないのか」
「男を漁る暇もなければ元気もないな。女ならなおさら気を遣うしな」
「…男って…」
  やっぱりそうなのか。
  納得したくはなかったが、そうなのか。
  呆然とした体のスコールを見上げて、レオンが自らのジャケットの首元を掴んで開く。
「まぁいい、試してみるか。お前、つけれるのか?」
  ノリ的にはいたずらを思いついた子供の提案に等しいが、内容は正気とは思えない。
  レオンの日常生活が気になるところだったが、スコールは言われるままレオンの頬に手を添えて、開かれた首筋へと唇を寄せた。
  キスマークくらい、つけれる。
  前回誰かがつけていた場所を舌で探る。弾力のある肌は無駄な肉が一切なかったが、項は特に肉が薄く強めに舐め上げれば喉元がひくりと動いてレオンが息を詰めた。
  どこにつけるのが効果的か、考える。
  鬱血の痕を残すには、皮膚が薄い部位でないと効果がない。
  項、喉、鎖骨…外からすぐに見える場所につけるのは愚かだ。ならばやはりここが無難か。
  スコールの舌が試すように喉を辿り、鎖骨を辿る。痕を残す程ではないものの、軽く噛みつかれてレオンが困ったようにため息を漏らした。
「っ、こらスコール舐めるな噛むな。…いいから、つけろ」
「あぁ」
  結局項に戻り、吸い上げるが上手くできなかった。角度が安定せず、収まる場所を求めて岩場に膝を乗り上げ、レオンの腰を引き寄せる。抱きしめるような格好になったが仕方がない。触れた体温は温かかった。
  もう一度、歯と舌先で皮膚を挟んで強めに吸う。レオンの手が後頭部に置かれ、力を込めて自らの項に押し付けた。
「ん…っもっと、強く、」
  これ以上吸い上げると痛みを伴うのではないかと思ったが、男は何日も残るような痕をつけたいらしかった。
  ここまでやって今更拒否するつもりもなく、言われる通り強く吸う。
  漏れる吐息に熱がこもり、切なげなそれにスコールの身体がざわついた。
  時間にすればほんの数秒レオンの肌に噛み付くように口付けて離せば、日に焼けることのない項の白い肌に散った紅い痕は目を惹いた。
  キスマークは他者の所有を主張する下衆な印だ。相手のことを考えない、自己満足に過ぎない行為は軽蔑に値するが、実際己がつけたものを目の当たりにすれば興奮した。
  男という生き物は単純に出来ている。
  鬱血の痕を確かめるように舌先で擽って、そのまま項を舐め上げる。唾液の這った後が濡れて光り、レオンが身震いした。顔の輪郭をなぞり、耳朶を噛む。
「ふっ…」
  男の肩が跳ね、後頭部に置かれたままだった手が髪を撫でた。拒否するような強さはなく、容認するほど積極的でもなかった。
  舌を差し込み、舐める。衝動を堪えきれずにため息に混ぜて吐き出せば、男もまた濡れたため息を吐いた。
  絡んだ視線に眩暈がする。
  この男は、危険だ。
  同じ造作をしている癖に、こいつは俺ではないのだと実感できた。
  レオンは他人だった。
  何か言おうと開きかけた唇を塞ぐ。頬に添えていた手を顎に下ろし、引くようにすればレオンは抵抗なく口を開いて受け入れた。
  舌が熱い。
「…あんたホントに節操ないんだな」
  キスの最中囁いてやれば、男が笑ったようだった。
「お前は人のこと言えるのか?」
  確かに。
  言われて気づくが、俺も人のことは言えなかった。だが。
「あんた程じゃない」
  それに対する反論はさせない。
  呼吸を奪うように深く口付け、シャツを弄る。
  だがその手をレオンは止め、スコールの肩を軽く押した。
「…、スコール」
「…何?」
  まさか止められるとは思わなかったので、不機嫌に眉が寄った。子供じみたわかりやすい感情にレオンが笑う。
「時間だ」
「え」
「…本番真っ最中に戻されたら困る所だった。良かった」
  それは確かに困るだろうと思ったが、大して困ってもいなさそうな軽い口調で言い、スコールの頭を撫でた。
「…まぁ、機会があればまた次回」
「……」
  次回って、いつだよ。
  その間に俺は正気に戻るぞと言えば、それはそれで、とどうとでも取れる発言をしてレオンが立ち上がる。
  複雑な表情で黙り込んだスコールを眺めやり、苦笑混じりに額にキスを送れば、やめろよと拒絶する意志もなさそうな声音で拒否され笑みが漏れる。
  同じ場所についた傷の由来は全く別であるはずだったが、奇妙な親近感を覚え、それは同時に背徳だった。
  ありえない世界にありえない人間がいて、ありえない経験をすることは密やかに楽しいと思う。
  現実の状況を鑑みれば遊んでいる暇などないが、これはこれで貴重な体験だ。
  あの女神の様子なら次回は必ずありそうな予感はしたが、いつになるかはわからない。
  なるようにしかならないのが、人生だ。
「ではまたな、スコール」
  あえて再会を期待するように言葉に乗せれば、向こうもまた頷いた。
  このスコールはひねくれていなくて大変宜しい。
  年齢相応の少年だった。微笑ましくて涙が出そうだ。
  自分の存在がマイナスにならなければいいのだがと余計な心配までしてしまうが、望んでここに来ているわけではない。成り行きに任せるしかなかった。
「……」 
  一つ手を振り、大人の男は完璧なアルカイックスマイルを残して消えた。
  あれは経験の差なのか、人生の難易度の差なのか。
  自分とて平坦な道を歩いてきたつもりはないが、あの男はそれ以上の気がした。
  遠すぎて、怖くなる。
  さて持て余した身体の熱をどうしようと考えて、スコールは別の意味で気が遠くなるのだった。

 


クラウドも来た。

気まぐれな神様に弄ばれる。

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