耳元でごそごそと音がして、暗闇一色だった視界に明かりが灯る。
  瞼の向こうが明るいのは、おそらく室内の照明のせいだろうと見当をつけて目を開ければ、視線の先に照明があり眩しさで目が眩んだ。
  眉間を絞ってやり過ごし、周囲の気配を探る。
  横から覗き込むように現れた影は、逆光で顔はわからなかったがクラウドはそれが誰だか理解した。身体を起こそうとして、不可能な事に気づく。
「…何だよこれは」
「この部屋、お前は知ってるんだったか」
  答えになっていない。クラウドは眉を顰め、漸く慣れてきた光に瞬きを繰り返して覗き込んで来る人影を見上げた。
「は?何だって?レオン」
「この部屋」
「……」
  ぐるりと視線を巡らせれば、ここは白い部屋だった。…否、壁が薄く色づいてはいるようだったが、明かりが強くて白けて見えた。部屋自体はそれほど広くはない。
  テーブル、椅子、書き物机、ベッド、奥に扉が二つあるが、一つはバスルームで一つは…ああ、思い出した。
「アンセムの研究施設奥の仮眠室」
「正解」
  レオンが頷いた。
  賢者アンセムはワーカホリックだったという話は聞いた覚えがなかったが、研究者は得てして時間を忘れるものだった。自分の寝室は当然持っていただろうが、いつでも仮眠できるようにと奥に部屋を作っていた。それがここだ。今は持ち主に使われることなく、たまにクラウドが利用するくらいだった。レオンは基本的にここには泊まらず、帰宅する。
「何でこんなとこに連れてきた」
「選択肢は二つあった。一つはお前をあの場に放置すること。もう一つはお前を連れてとりあえず安全な所に行くこと」
「…それで」
「夜はハートレスが活発だ。食われて良かったのなら放置したんだが」
「…それで?」
「俺の家に連れて帰るより、ここの方が近かった」
「…それで、俺の状況についての説明は?」
  右手を引っ張ってみるが、顔より下に下ろすことはできなかった。手首に巻かれた紐が外れる気配はなく、ベッドヘッドの柱に繋がれ身動きが取れなくなっていた。
  左手を引っ張っても同様で、右足も左足も四肢が紐で繋がれ括りつけられている。ベッドの上に大の字で縛られ、間抜け極まりない。
  何だこれは、八つ裂き拷問か。
  不快を露わに説明を求めるが、レオンはため息をついて首を振ってみせた。
「今日は疲れた。大人しく寝ろ」
「…大人しくって、どういう意味?」
「そのままの意味で」
「レオンがいやらしい」
「…そういうこと言うから動けないように縛り付けた。一晩くらい動けなくても死にはしない」
「死にはしないが不愉快だ」
「じゃぁ、外してやる。俺は帰る」
  腕を組んで見下ろしながらレオンが言えば、クラウドは眉を寄せて半眼で見上げる。
「何だその目は」
「……」
  寝起きで頭が働いていないと思って、適当なことを言ってるな。
  お前の顔を見れば嘘をついているかどうか位はわかるのだと、クラウドは言いたい。
「俺が起きるまでここにいたくせに、今更何言ってるんだお前は?と思って」
  言ってやれば、レオンが僅かに瞳を細めて笑った。
  クソ、やっぱり紐は外れない。
「…なるほど、お前は馬鹿なだけじゃないらしい」
「…馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ」
「子供じゃあるまいし」
「ていうか外せこれ」
  問答する気はなかった。身体を起こすどころか寝返りすら打てない束縛は不快しか感じない。柱ごと壊せればいいのだろうが、引っ張るだけでそんなことが出来たら俺は超人だった。
  さすがに無理だ。武器が欲しい。…いや、武器があったところでこの状態では振り回せないから無意味だった。
  万事休す。
「お断りだ」
  あっさり却下され、クラウドがため息をつく。
「緊縛プレイはお前がされる側だろ。俺がする側!それとも何か、お前がご奉仕してくれるのか」
「いや、ご奉仕するのはお前」
「は!?」
  思いも寄らぬ単語を聞いた。脳裏で単語を検索する。
  奉仕…報酬を求めず、また他の見返りを要求するでもなく、無私の労働を行うこと。
  俺が言ったご奉仕とレオンが言うご奉仕は違う用法なのか?考えてみるがどういう意味なのかわからなかった。今置かれている状況から推測するに、用法としては間違ってはいないなずだ。
「…一体何をお望みなんでしょうかレオンさん?」
「いや、何もしなくていい」
「は?いやいや、わかる言葉で喋れ」
  意味不明というやつだった。
  戸惑うクラウドをよそに、レオンがジャケットを脱いだ。グローブを外し、腕に止めてあるベルトを外し、腰に巻きつく邪魔そうなそれも一本ずつ外してテーブルの上に置いた。
「…おいおい、ストリップか」
「そうだ」
「……」
  レオンがおかしい。
  言葉を失うクラウドを尻目に、レオンはさっさと服を脱いで行き、寸分の躊躇いもなく脱ぎきった。晒される肉体を見てクラウドは眩暈がする。
  ああ、ヤりたい。
  レオンの裸イコールヤりたいというのもどうかと思うが、これはもはや条件反射というやつだった。
  パブロフの犬か。俺は犬か。いや俺はどっちかというと狼がいいが、狼だって本能には忠実だ。
  先ほど殴り合いをしたわりに、レオンの身体には痣一つなかった。食らわせたのは頭突きと頸部圧迫くらいなのだから当然か。
  未だに心臓と腹部は鈍い痛みを訴えているというのに、不公平だと思う。
  全裸のレオンがベッドサイドに立ち、クラウドの服に手をかけた。
「…え、このままヤるのか?」
「そうだな、そうなるな」
  待て待て。俺はまぁ抜ければいいが、レオンはどうするんだ。
  自分で乗って動くのか?
  それはご奉仕というのではないのか。どう違う?
「おいレオン?」
  レオンがクラウドに挿れるということは全く考えていない。こいつは男を抱いたことはないだろうし、抱く気もないことは知っている。
  そもそもクラウドはヤりたいのであって、ヤられたいわけではない。
  クラウドにご奉仕を要求したが、全く見当がつかなかった。
  クラウドの前をはだけて開く。ベルトを外し腰布を外して床に落とす。両足を開いて固定している為、下を脱がしきることは不可能だったが、前を寛げクラウドのモノだけ引きずり出した。すでに勃ち上がりかけているソレを見て、レオンが笑う。
「…素直でいいことだな」
「即物的ですいませんね」
  だがそれ以上触れることはせず、取り出しただけで放置した。
  レオンがベッドに上がり、クラウドの身体を跨いで腹の上に座る。向かい合う形になりクラウドの目の前に晒される光景に喉を鳴らした。
「ちょ…、おい、触ってやるから外せ紐」
「誰が外すか黙れ。…尻に当たるコレは何だすでに臨戦体制か変態」
  半勃ちだったモノはすでに張り詰め勃ち上がってレオンの尻に当たっている。後ろ手に指で形をなぞり上げてやればソレはビクビク震えて悦んだ。
「変…態はお前もだ馬鹿何だこれ拷問か!」
「そうだ」
「…っは!?何で拷問されなきゃならないんだ?意味がわからんわかる言葉で説明しろ!」
  目の前に据え膳が。
  据え膳があるのに手を出せないのは辛すぎる。
  紐を引っ張るが軋んだ音しか出なかった。一体どんな紐を使っているのか、全くびくともしなかった。
  視線が外せないのを知っていて、レオンは優しげに目を細めて笑って見せた。
  何を言うのかと待つクラウドの唇に指を当て、開かせる。口の中に指を突っ込み口腔をかき回す。
「…っぅ、…っむ、レオ、ぉま…ッ」
  指で舌を挟むように撫でてやり、歯列を擽り上顎を辿る。口端から流れ落ちる唾液を舐めてやれば、縛られた両手を引っ張りもどかしげに眉を顰める。そのままキスを求めるように顔が近づいてくるが、レオンは身体を起こして無視をした。
「…誰が猫だって?」
「っ…、あ?」
「…ならお前は犬でいいよな。飼い主に尻尾振って可愛がって下さいとおねだりしてろ」
「…、な」
「気まぐれな飼い主が、たまにはエサをくれるだろう、さ…っ」
  レオンは片手をクラウドの胸について腰を浮かせ、唾液に塗れた指を己の後ろに差し込んだ。
「っふ…、く、…っ」
「…っ!」
  レオンの指の動きで、何をしているのかはわかった。時折腰を揺らして切なげに眉を顰め、赤い舌が覗いて唇を舐める。レオンの視線は誘うような色を帯び、クラウドを見ている。
  見せられる方はたまったものではなかった。
  プレイとしてやれと言ってやらせるのとはワケが違う。
「外せレオン、おい、それ、俺にやらせろって!」
「ん…っ、ぁ、ふ、断る、は…っぁ、そのまま、見てろ、っ!」
  指を増やして広げているようで、ぬちゃぬちゃと音がする。後ろの刺激で勃ち上がるレオンのモノが震えていた。
「ちょ、レオン、早く、」
  早く挿れさせろ。挿れたい。
  思う存分犯したい。
  だが今の体勢では何も出来ない。足を曲げることも、突き上げることもできないぞ。
  ……え、それが狙い?
  クラウドが青褪めた。
  目が合い見下ろしてくるレオンの瞳が、笑っている。意地悪げなそれに、確信した。
「…お、お前、怒ってる…?」
  猫と言ったことか。
  いやネコではあるのだが、ソッチのネコではなく。
  指を抜いたレオンが一つ息を吐き身体を起こす。クラウドの頬を撫で、愛しげに囁いた。
「挿れて、動いてやる。…俺がイったら、お終いだ」
「…お、い、待…ッ」
  クラウドのモノに手を添えて、レオンが後ろを宛がった。
  指で己のソコを開き、先端を押し付ける。
  淫猥にすぎるその眺めに視線が外せない。できることなら、四肢が自由な状態でやってほしかった。
「は…っ、ん、ふ…っ」
「っぅ!」
  狭い入り口に擦り上げられ、熱く濡れた肉襞に包み込まれる感覚に腰が震えてクラウドが呻いた。絡みつく肉がたまらなくキモチイイ。
  ずる、と滑るように緩やかに根元まで飲み込まれ、レオンとクラウドが同時に息を吐く。
「…っ、おい、俺がイかなかったら、どうするんだ…?」
  早く擦り上げたい衝動を堪えながら恐る恐る問えば、レオンは上気し汗の浮いた顔に小さく笑みを刻んだ。その顔は非常にエロかったが、同時に不吉だった。
「知るか。妄想でイってろ」
「…っ!ひ、酷…ッ!」
「っ、長時間、遊んでやるつもりはない、っか、らな…っんぁ、」
「く…っ」
  半分程腰を浮かせて、落とす。
  クラウドを絞り上げるような締め付けはない。ぬるぬると熱く熟れた肉が、擦れるモノに絡みつく。
  十分キモチイイ。キモチイイが、しかし。
「ふ…っ、おい、レオン、おまえ、マジか…っ!」
「ん、あ、ぁ、ふ…っぅ、んん、ッあぁ、あっ」
  自分のイイ所を狙って、抉る。
  前立腺を擦り上げるクラウドのモノを思わず締め付けそうになるが耐え、力を抜いて自らを追い上げる。
  がくがくと快感に震え出す身体を持て余しながら、クラウドの腹に手をついて腰を振る。
  クラウドのことは全く考えていなかった。
  ただ、己を犯すモノを感じて、己がイくことだけを考える。
  キモチイイ。
「く、ぅぁ、あっん…っんふ、ふ、あっあっぁ…ッ」
  背筋を駆け抜け震える熱が耐え難い。
  イきたくてたまらなくなり、クラウドをきつく締め上げた。
「…っ、」
  小さく呻く声が下から聞こえたが、もうそれどころではなかった。
「っア…!っ…ぁ、ぁふ…っ、…ッや、ぁっ」
  高い声が漏れた。背が引き攣り、レオンが仰け反る。びくん、と一度大きく震え、唇を噛み締めて突き抜ける快感を堪える。
  両手をついたクラウドの腹の上に、白濁した液体が飛んで落ちた。
「…うわ…レオンお前、さい、ってい…っ!」
  締め上げられ絡む中はキモチイイが、痙攣し余韻に浸るレオンはもう動いていない。
  何だこの公開自慰。さいあくだ。視界に入る嬌態はクラウドを煽って止まないというのに、クラウドのモノは早くイきたがっているというのに、まるで玩具扱いだった。
  そこにクラウドの意志はない。
  必要ないではないか。玩具を突っ込んで一人でオナってるのと変わらない。
  うわぁヘコむ。
  …こういう意味でヘコまされるとは思わなかった。
  気分的にはもうセックス終了もいいところだったが、未だレオンの中に納まり刺激され続けている為、萎えることはできない。
  どうするんだと問えば、レオンが顔を上げた。
  肩で息をしながら見下ろす視線は随分と冷静になっており、駄目だこりゃ、とクラウドは半ば諦めた。
「…コイツは元気なのに、お前は元気がないな」
  中に納まっている為直接触れる事ができないモノの代わりに、根元付近を撫で上げながらレオンが笑う。
  わかっていてやっているのだから悪質だった。
「…俺は今猛烈にヘコんでいる」
「そうか」
  小さく息を吐き理解を示しながらも、クラウドの腹の上に散った自らが吐き出したモノを指で伸ばして遊んでいる。
「…おい、聞いてるのか」
  遊んでいるのはクラウドの腹の上だ。おまけにまだクラウドのモノはレオンの中に納まっている。
  動かそうにも動かせず、熱が下腹部に溜まってもどかしい。
  もう終わりで抜くならさっさと抜いて上から退いて欲しい…とは思うけれども、気持ち好過ぎて抜かないで欲しいとも思う。
  動きたい。突き上げたい。擦り上げて、貪りたい。
  切ないため息が漏れた。
  気づいたレオンが視線を投げて、小首を傾げる。エロイ顔をしているくせに、仕草だけはやけに可愛らしかった。
「…反省、してるか?」
「…猫って言った事?…ああ、悪かった。反省、してます」
「お前は飼い犬でいいのか?」
「…飼い主お前なの?」
「そう」
  即答に苦笑で返す。
「…犬より狼がいい」
「狼も人に懐く」
「…嘘だ」
「嘘じゃないさ。…まぁ、狼は飼い主に噛み付くこともある。お前と同じ」
「……」
  誰が飼い主だ。そこのところは納得行かない。
  不満顔を見やり、レオンがため息をついた。
「ごめんなさいは?」
「…ごめんなさい」
  レオンが膝立ちしてクラウドのモノを抜いた。音を立てて熱い中から放り出され、クラウドのモノが外気の涼しさにぶるりと震える。
  身体を跨いでベッドを降り、テーブルの上から取ってきたのは小型のナイフ。クラウドの四肢を拘束していた紐を切り落とし、再びテーブルの上にナイフを置いて、レオンがベッドサイドに腰かけた。
  上半身を起こして四肢をさする男の背後で身体を倒してベッドに沈む。
  ああ、疲れた。
  レオンは目を閉じたが、上から覗き込まれる気配がして仕方なく目を開ける。
  訴えかけるような目で、クラウドが見ていた。 
「…もう、動くのめんどくさい。…好きに動け」
  頬に手を伸ばし撫でるように動かしてやれば、何故か男が泣きそうに顔を歪めて笑った。
「…あぁ、そうする」
  伸びてきた手が、両膝を抱え上げてベッドにきちんと寝かせ直す。上着を脱ぎ捨て、覆い被さりキスを求めてくる動きは性急で余裕がなかった。
  激しく求められるのは嫌いではない。
  落ちてくるキスと愛撫を受け入れながら、レオンはクラウドの背を抱きしめた。

  懐くというのは、抱きしめると同義だということを、この男は果たして知っているのだろうか。


END

非言語コミュニケーション-02-

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