理解できないということは、理解したいということだ。
一面ガラス張りの向こうに広がる夜景は、美しいの一語に尽きた。
神室町にあって一際高いこのミレニアムタワー最上階の眺望を遮るものは何もなく、建設中の神室町ヒルズが出来たとしても、ここからの眺めが変わることはないだろう。
二度破壊され吹き飛んだ部屋の惨状の面影などあるはずもないが、一度目は最愛の女と親友を失い、二度目は尊敬する男を失ったこの場所に入るには多少の決意は必要であった。
落ち着いた色彩の調度品で満たされた室内は、現在の主の趣向とは思えぬ程にシンプルでセンスが良かった。
意外だと言えば「そうか」と返し、「桐生チャンはまだまだ俺のことわかってへんな」とただ笑う。
例えば「ひょっとこ」の面が壁一面に飾ってあったとしても、桐生は驚かないだろう。
それは「能面」でも「なまはげ」でも良かったし、虎や鹿の剥製であっても同様だった。
ああなるほど真島だからか、と納得できる要素があれば良かったのに、この部屋には何もない。
黒で統一された静かな空間だけがそこにあり、異質なものは何もなかった。
ダークグレーのスーツを着て、デスクの向こうに腰掛け仕事をしている真島という男の存在すらも、異質なモノには見えなかった。
部屋と世界に溶け込んだ人間にしか、見えなかった。
それはここで死んだはずの男を呼び起こす。
気さくで真面目で冷麺が好きな、長年世話になった親代わりの片腕もまた、部屋と世界に溶け込んだ人間であったからだ。
だが桐生の姿を認めて右の目を見開き、歓迎を飛び上がって表現しデスクを飛び越え向かって来た瞬間、「ああやはり真島か」と桐生は納得するのであった。
真島が動けば、室内の色が変わる。
何故だか酷く、安堵した。
どうしても片付けなければならない仕事があるのだと建築会社社長らしいことを言い、しばらく待てと言い置いて、真島は再びデスクへ戻る。
静かなノックの音がして、入ってきた西田もまたスーツを着ていた。
「…見慣れないな」
笑みを含ませ声をかければ、西田は照れたように頷いた。
「ああ桐生さん、お恥ずかしい。いやぁ自分も着慣れないもんで、緊張します。コーヒーをお持ちしましたんで、どうぞ」
「すまないな」
「いえいえ。現場に出るときは作業着なんですがね、最近は外からのお客人も多くいらっしゃるもんで」
「ああ、なるほど」
「親父…いや社長がスーツを着てるのに、自分らが着ないんじゃ示しもつきません」
桐生の目の前にコーヒーカップを置き、西田が頭をかいて真島を見やれば、気づいた真島が顔を上げる。
「コイツいつまで経っても似合わんのや。俺を見てみい、ドエライええ男になっとるやろうが。イケメンっちゅーやっちゃで。なぁ桐生チャン?」
「…イケメン…?」
「何で疑問系やねん。西田、コーヒー置いたらもうええで。今日は仕舞いや」
「へい、お疲れ様です親父…じゃなかった、社長」
「どうでもええわ。おつかれさーん」
「では桐生さん、お先に失礼させてもらいます」
「お疲れ様」
丁寧な一礼を残して西田が去れば、また静かな空間がやって来る。
時間を持て余して手を伸ばしたコーヒーは、多少薄くはあったがインスタントの味ではなかった。
神室町ヒルズ建設を一手に担う巨大組織の中にいるのだと、実感した瞬間だった。
関わる人間があまりにも変わらないから、感覚が麻痺してしまったのかもしれない。
つい最近まで、己もまた東城会という巨大組織を立て直す為に協力していたにも関わらず、だ。
桐生は立ち上がり、窓際へと近づく。
壁に埋め込まれた一面のガラスは室内を映し出すだけで、近づいて覗き込まなければ外の夜景を窺うことは出来ない。
眼下に広がる神室町はネオンに満たされ輝いている。
ここからの景色を見るのは何度目か。
強化ガラスを破壊して、柏木が殺されたのは遠い過去の話ではない。
自らの命をかけて、けじめをつけた錦山が死んだのも遠い過去の話ではなかった。
桐生と遥を守って由美が死んだことも、また。
この場所は桐生にとっては思い出が深すぎた。
無意識に胸ポケットから煙草を探り、火をつけようとした右手を背後から奪われガラス窓に押し付けられた。火をつけることの叶わなかった煙草は指の間を滑り落ち、微かな音を立てて磨き上げられた床へと落ちる。
「桐生チャン、背中がガラ空きやで」
「…兄さん、アンタ仕事は終わったのか」
「終わった」
「そうか」
「桐生チャンが何考えとったか、当てたろか」
桐生の肩に顎を乗せ、腰に手を回してガラス窓に押し付ける。身体を密着させれば、スーツごしにも伝わる桐生の体温が温かかった。
「早く俺とヤりたーいって、思とったやろ」
「…はぁ?」
「隠さんでええって。俺も同じ気持ちやで、桐生チャン?」
腰をまさぐる腕を取り、引き剥がそうともがくが真島の腕は離れなかった。
「………、……一緒にすんな。ガラスが冷てぇから、離れろ兄さん」
「沖縄に帰るんやろ?…そしたらまた離れ離れや。次いつ会えんねん?桐生チャンは薄情モンやからな、連絡の一つも寄越さんし」
「年賀状と暑中見舞いは出してるだろ」
「アホか!アサガオ名義の味気なーい葉書やんけ!連絡っちゅーんは電話とメールや!今の時代はスカイプもアリや!」
「…すかいぷって、何だ…?」
「パソコン買えや桐生チャン。俺のがよお知ってるちゅーのも変な話や」
「必要ねぇだろ」
「…なら電話くらいくれてもええやないか」
「…自分だって連絡してこねぇだろうが」
「桐生チャンが寄越せば俺も連絡したる」
「…便りがないのは元気な証拠だ」
「ジジくさっ!桐生チャン、ジジくさっ!」
「……ジジイで結構。離せ」
当初冷たかったガラス窓はすでに暖められて温くなってはいたが、こんな所でヤる気はない。
ここは大切な人達が死んだ場所だ。
だがそんなことを忖度してくれる相手ではなかった。
尻に当たる熱と質量に危機感を覚え、桐生は身を捩ろうとするが叶わなかった。
「…っおい、兄さ…」
「ヒドイ男やで桐生チャンは。そんなんで我慢できるわけがない」
耳元で囁き、耳朶を噛む。
「…ッ」
反射的に竦む首を追いかけ舌を伸ばし、項を舐め上げれば息を詰めた。
押し付けた下半身は桐生の後ろを的確に刺激する。
そう、ココに挿れたいのだ。
布を通しても伝わる桐生の体温が上がっている。
腰を捉えた手を左内腿へと滑らせれば、尻が引きつった。
主張が存分に伝わったことに満足し、真島が笑う。
「さぁ桐生チャン、お楽しみといこうやないか」
「…アンタの方が、余程酷い男だろう…ッ」
人の気も知らないで。
至近で見つめてくる楽しそうな顔を睨めば、眼帯の男は心外だと言わんばかりに眉を顰めて桐生に圧し掛かった。
服を着ていることを忘れるほどに、真島の身体は熱い。
突き上げたいと主張する硬いモノを、グリグリと押し付けられる感覚に酷く疼いた。
吐き出した息が熱かった。
締まる尻に真島のモノも刺激され、一段と質量が増す。
「…俺ほど優しいオトコもおらんで?なぁ桐生チャン?」
「…ッぅ、そだ」
ベルトを外し中に侵入してくる容赦ない手のどこが優しいのかと、桐生は思う。
「それはお互い様や、薄情モンの桐生チャン」
薄情者はアンタの方だと言ってやりたかったが、無理矢理口付けられて言葉は全て吸い上げられた。
ここで柏木が死んだのは一年以上前のことだ。
沖縄へ行って二年、リゾート地買収の利権問題に巻き込まれる形で桐生が神室町に戻って来た矢先の出来事だった。
それ以前にも、ここが桐生にとって忘れられぬ場所であることは知っている。
悲しんだのだろう。苦しんだのだろう。
だがそれは真島には関係のない話であった。
真島が東城会に戻ったのは桐生が頼んだからだ。
東城会に戻らなければ今この場所に事務所を構えることもなかったろうが、それでも一向に構わなかった。
四代目を呼び戻して六代目代行に据えると言った、柏木はもういない。
新興勢力であった幹部連中も、誰一人として残ってはいなかった。
憂えていることを知っていた。
今はもう、六代目と冴島と、真島しかいないのだ。
それでも沖縄に帰ると言う。
これを薄情と言わずして、何を薄情というのだろうか。
めんどくさー、と、心の底から吐き出して、投げ出してしまいたかった。
めんどくさいなぁ、桐生チャン。
これがアンタが俺に託し、守ろうとした東城会の「現実」や。
つまらんなぁ。くだらんなぁ。
…めんどくさいなぁ。
権力とかな、どうでもええねん。
策略がどうのとか、成り上がりとかどうでもええねん。
知っとるやろ桐生チャン。俺がそんなもんに興味がないっちゅーことは。
それでもやれって、俺に言うたんやろ、桐生チャン。
権力闘争を生き残り、権謀術数をかいくぐり、六代目を支えろと言うたんやろ、桐生チャン。
「アンタにしか頼めない」って頼んだのは、そういうことやろ桐生チャン。
なのに沖縄に帰ると言う。
報われん。報われんで、桐生チャン。
冷たい床に引き倒し、後ろから貫いた。
ギリ、と床に爪を立て、桐生が背中を引きつらせる。伝説の彫師が彫り上げた最後の龍がうねって暴れた。
指先で龍を宥めながら圧し掛かって根元まで己を埋め込み、桐生の肩口に口付ける。
押し開かれ奥まで捻じ込まれて桐生は呻いた。
身体は熱いのに床に触れた上半身と腕は冷えて冷たい。
高く持ち上げられた腰に打ち付ける肉の感覚が酷く鋭敏に、神経を刺激する。
「…何や、随分悦さそうやないか、桐生チャン…ッヒクヒクしとるで、中が…っ」
「ッは…、…っそ、いうアンタも、随分…ッ、たまってそうじゃねぇか…ッは、余裕が、ねぇぞ…!」
「あー?…、そないなこと、わかるんか?…っどんだけ、咥えてきとんねん、やらしぃなぁ」
「ぅ…ッ、く…!」
内壁を擦り上げながらギリギリまで引き抜いて奥まで一気に押し込めば、中が締まって絡みつく。
何度か繰り返せば逃げるように腰が動いて、危うく抜けそうになった。
両手で腰を掴んで固定し、今度はゆっくり引き抜き、ゆっくり挿入する。
先端まで引き抜く間に絡みついたローションが冷えて、また熱い中へ緩やかに挿れればきつく締まる。肉をかきわけ根元まで到達する間に、暖まった自身が悦んで震えた。
「激しいのより、コッチがええか?…コレはコレで、エエな、なかなか」
「…は、」
「ゆっくり話も、できそうやし…?」
「…っな、にを、話すって…っ?」
「…まぁ、子ども達のこともあるし?沖縄に、帰りたいちゅーのは、わからんでもないけどな…っ」
「っく…ッァ!」
気まぐれに一気に根元まで突き入れれば、たまらず桐生の喉が仰け反った。
勢いのまま締まる中の感覚が気持ち好い。
「けどなぁ、子ども達もかわいそうやで、桐生チャン…っ、結局、どうしたいねんアンタは…!」
沖縄で桐生の帰りを待つ養護施設の子ども達は、東城会と同じだ。
「ふ…ッぁ、俺、は…!」
「ヒドイなぁ、桐生チャン。…ヒドイで、桐生チャン。何でもかんでも抱え込めると思うのは、思い上がりっちゅーんやで?」
「……ッ、あ、兄さ、待…っ」
「言いたいことがあるならはよ言えや…!ん?ホラ、桐生チャン…ッ!」
上から体重をかけて奥まで貫く。
答えなど聞く気はなかった。
何か言いかけ口を開く瞬間を狙って、突き上げる。
言葉にならないまま発した音は、どうにもいやらしい喘ぎにしか聞こえなかった。
放置していた桐生自身に触れてやれば、イきたがって震えている。
ぬめるソコを上下に扱いてやりながら、注挿を速めてやれば桐生の腰が揺れて悦んだ。
「はッ、あァ…ッ、ッァ、待…て、真…ッ」
「ここまで来て、さらに待てとか…!ホンマ、ヒドイやっちゃなぁ…桐生チャンは…っ!」
グジュ、と接合部から音が立つ。
イイ音だ。
真島を締め上げる肉が、悲鳴を上げて悦んでいる。
もっと奥まで押し込んで、もっと奥まで犯して欲しいとねだる声だ。
震えて悦ぶ桐生自身が、早くイかせてくれと手に絡む。
ああ全く、この薄情者が愛おしい。
「は…ッァ、ぅ…、くっ…!」
追い上げられる感覚に、桐生の背がしなる。
「…っ、それでも、やっぱり、」
どいつもこいつも、桐生チャンなら何とかしてくれると思ってしまう。
「…ッ、イくで、桐生チャン…ッ!」
「……ッふ、ぁ…っ!」
一番ヒドイのは、受け入れてしまうアンタや、桐生チャン。
簡単に、手を離してしまうアンタや、桐生チャン。
これを薄情と言わずして、何を薄情というのだろうか。
沖縄行きの飛行機のチケットを見やり、桐生はため息をつく。
望むままに、生きてはいけないのだと冴島に言った言葉に嘘はない。
だが一度伸ばした手を簡単に引っ込めることはもはやできない。
真島は薄情だと言うが、真島の方こそ薄情だと桐生は思う。
ああ全く、こんなに信用しているのに理解してくれないアンタのことが理解できない、真島の兄さん。
END
公式的にラブラブすぎて見てらんないっていう話です。