欲しいものと、なくしたくないもの。

 東城会本部の門を潜った先には大勢の組員が、建物入り口まで両脇に並んで到着を待ち構えていた。進むに従い、恭しく腰を折る黒服の壁が増えて行く。事前連絡の賜物であったが、連絡なしに来れば文句を言われ、連絡をすれば大勢に迎えられ傅かれる。毎回これでは気軽に足も運べないと言えば「わかっています」と殊勝に答えはするものの、一向に聞き入れる気配のない六代目には呆れるばかりの桐生であった。
  すでに堅気の世界で生きている身としては、そこまで気を遣ってもらう必要はないと思っているのだが、東城会に出入りする以上、現会長である六代目の意向を無視するわけにもいかなかった。
  そもそも堅気の人間がこんな所に気軽に出入りをすること自体が間違っているのだが。
  勝手知ったる本部の中を案内に従ってついて歩き、会長室に通される。
  落ち着いた色調で統一された広い部屋の奥に置かれたデスクに書類を広げ、目を通しながら矢継ぎ早に部下に指示を出していた男が顔を上げて、桐生を認め立ち上がって頭を下げた。指示を受けていた二人の部下も習って深く礼をする。
「四代目、わざわざご足労頂いて申し訳ありません」
「…こちらこそわざわざの出迎え、痛み入るな、六代目」
「当然でしょう。俺が玄関まで行きたいくらいですよ」
「そこまでしてくれなくて結構だ。…邪魔はしねぇから、続けてくれ」
「ああ、すいません。すぐ終わります」
  デスクから一番遠いソファに腰かけ、桐生が煙草を取り出した。手元に灰皿を引き寄せ火をつける様をしばし眺め、指示を待つ部下へと視線を向け直して会長としての命令を下す。
  いくつかの書類を受け取り部屋を出る男達は、四代目への礼も忘れなかった。
  紫煙を吐き出しながら、片手を軽く上げて気にするなと声をかければ、男達は恐縮してさらに深々と頭を下げる。困ったように片眉を上げた桐生に笑みを向け、六代目がフォローに回る。
「…下がっていい。四代目はこういう人だ」
「はい。…失礼致します」
  一人歩きする桐生の称号は、東城会内外を問わず広がりすぎてどうしようもなかった。
  沖縄の小さな組にすら「堂島の龍」は知られていたのだから、直接面識もなければ人柄を知りようもない組員が四代目に対して過剰に反応するのは仕方のないことかもしれなかった。
「四代目は伝説だから」
  現会長は軽く笑って目の前のソファに座り、胸ポケットから煙草を取り出し自分のライターで火をつけた。
「…まぁ、それがいい方向へ転がることもある」
「お、ということは上手く行きましたか?」
「ああ。…しかし下部組織のガタつきっぷりはハンパねぇな」
「…そうですね」
  二人が吐き出した煙が交わり天井へと流れ、拡散されて消えて行った。
  かつて隆盛を極めた東城会の姿は今はない。
  直系百団体、構成員三万人を抱え、関東一円を支配する大勢力といえども、支える頭脳と手足が磐石でなければ足元から崩れるのは時間の問題だった。
  人体を動かす為に必要な要素が多数あるように、組織を円滑に動かす為にも多数の人材が必要であった。
  今東城会には人材が、足りない。
「桐生さん…」
「俺は堅気だ。戻るつもりはねぇぞ」
「…そうですか」
  機先を制され、三万人のトップに立つ男が項垂れた。
「…でも、協力はしてくれるんですね」
  指の間に煙草を挟み、頬杖をついてため息をつけば「伝説の極道」が吸殻を灰皿に押し付け、ソファに深く座り直す。
「大吾」
「はい」
「俺には養護施設がある」
「はい、知ってます」
「俺は引退した身だ」
「…はい」
「お前が、六代目だ」
「…ええ、わかってます」
「協力はするぜ」
「…ええ、ありがとうございます」
  疲れたような笑みを浮かべる大吾に手を伸ばし、灰が落ちかけた煙草を指の間から取ってやる。灰皿に落とし火を消す様子を視線で追って、大吾が「ずるいなぁ」と呟いた。
「…何がだ?」
「いえ、何でも。…ああそうだ、飲み物でも」
「構わねぇよ。すぐ帰る」
「じゃ、外出ましょうか桐生さん。実はそのつもりでいたからいらないと言っておいたんですよ」
  桐生の返事も待たずに立ち上がり、デスクへ戻って内線をかける。二言三言で済ませた後に、さっさと帰り支度を始める大吾の行動についていけずに桐生はソファに座ったままだ。
「…飯か?」
  と問えば「はい」と答える。時間的には丁度良いかと桐生も立ち上がれば、大吾はすでに扉を開けて待機していた。
「桐生さん、明日は暇ですか?」
「明日?…また下部組織回りでもしようかと思ったんだが」
  直系組長である冴島や真島は他の方法で地盤固めに奔走している。
  協力すると言った手前、己が出来ることといえばたかが知れてはいたが、過去の栄光というものは時には役にも立つのだった。
「ああ、それは助かります。「堂島の龍」が東城会についているというだけで、絶大な威力を発揮しますから。でも明日は空けて下さい、俺の為に」
「何でだ?何か予定でも?」
  首を傾げる桐生の隣に並び、大吾がはっきりと頷いた。
「俺、明日久しぶりに休みなんですよ。二年前の約束、果たしてもらおうと思って」
「…ん?二年前?」
「ええ、ほら、沖縄で」
「………、ああ、……あれか…」
「そこで嫌そうな顔しない。プライベートで付き合ってくれるって、言ったでしょう」
「……」
  確かに言った。
  名嘉原と兄弟盃を交す際、媒酌人として同席し、土地買収から手を引く旨を報告した。
  そこで帰り際に「次はプライベートで」と大吾は言った。確かに、言った。
「二年は長い。長すぎる。俺も忙しいし桐生さんは沖縄から出てこないし」
「……」
  一年前、桐生が神室町に戻ってきた時大吾は生死の境を彷徨っていた。ゆっくり話をする暇もなく、退院する頃には桐生は沖縄へ帰っており、失ったものの膨大さに奔走している間にまた一年が経過していた。
「…いい酒、ありますよ桐生さん」
  待たせた車へ向かう途中も、黒服の男達の壁が途切れることはない。
  大吾の声は静かだったが、不穏であった。
「飯は静かに食いたいから、料亭用意しました。泊まるのはいくつか持ってるマンションでいいですか?それともホテルがいいですか?酒、運ばせますよ。なかなか手に入らないヤツ色々あります」
  一人で飲む気になれなくて、と呟く男の顔には様々な感情が混ざり合っていた。
「…泊まるのは決定事項なのか」
  答えが覆ることは期待していなかったが、問えば意外にも笑みが返る。
「命令できる立場なら、命令します。…でも桐生さんに命令できるわけねぇし。帰ってもらってもいいですよ。送ります」
  恭しく後部座席のドアを開いて待つ男の隣に立ち、大吾は桐生が先に乗るのを待っていた。
  現会長が己より優先する四代目の存在に、男はさらに深々と礼をする。
  桐生は小さく舌打ちし、奥へと乗り込み足を組んで背凭れに身体を預けた。
  続いて隣に座った大吾にため息をついてみせる。
「全く、随分としたたかになったもんだな、六代目」
「…そうじゃないと、生き残れませんから」
「店に着いたら起こしてくれ。俺は寝る」
「…なるほど。わかりました、着いたら起こします」
「……」
  何かを納得している大吾に向かって桐生が何かを言いかけたが、諦め鼻を鳴らして目を閉じた。
  携帯を取り出し部下へ指示をする大吾の声が嬉しそうで、拒絶する気も失せる。

  四代目を投げ出したのは自分で、五代目に指名した男は混乱を残して死んだ。
  六代目に推薦した大吾はまだ生きていて、東城会を立て直す為に必死なのだと思えば出来ることはしてやりたかった。
  それは責任だったのかもしれないし、逃避だったのかもしれない。
  東城会を立て直し、かつての賑わいを取り戻せる日を夢見ている。
  それは大吾とも共通の想いであるはずだったし、叶えたい望みでもあった。
  堅気になってからずっと目を塞いできた現実がここにあり、大吾は渦中で生きていた。

「今日は余計な人間は一切入れないので、ゆっくりして下さい」
「…ああ、そうしよう」

 車窓を流れて行く街のネオンが、何故だか遠い世界のようだった。

 
  言葉どおり老舗料亭の社長と女将が挨拶に訪れた以外は他者の出入りもなく、控えめにライトアップされた料亭自慢の庭園を望みながら食事を済ませて辞した時には、時刻は二十二時を回っていた。
  「これから行くマンションは夜景が綺麗なんだそうです」と、他人事のように言う大吾は実際足を踏み入れたことがないようだった。
  静かな郊外を走り黒塗りの車が滑り込んだのは都内でも有数の高級マンションの地下駐車場で、大吾は先に車を降りて桐生が出てくるのを待ちながら軽く首を傾げてみせた。
「元々東城会として買い上げた物ですが、今は俺の持ち物です。今まで全く興味がなかったんで管理だけ任せて放置してたんですが…役に立つ日が来て良かった」
「ほう」
「桐生さん、気に入ったらここ使ってもらっていいですよ。一応会議室として使えるスペースもあるし、パーティー開けるくらいのリビングもあります。大企業の社長や役員向けに作られてるみたいですね。…セキュリティは問題ないと思いますが」
「…一人で使うには広すぎねぇか」
「まあ、確かに」
  ホテルと見紛うような広く綺麗に整えられた廊下を歩く。敷かれた臙脂の絨毯は目立ちすぎず周囲と同化し、一室しかない最上階の住人を部屋前まで導く為だけに存在した。
  カードキーを通すと軽い電子音がして扉が開く。玄関の施錠自体は単純なものであったが、駐車場からエレベーターに乗るまでに見える範囲の警備員は四人はおり、レセプションカウンターにはコンシェルジュも二十四時間常駐し、住人のあらゆるニーズに応えられるよう、配置されていた。エレベーター内ではカードキーを入れて登録番号を打たなければ目的階へ到達できない。住人に限らずこの場所へ出入りする人間は全てデータ上で監視され、人の目でも監視される。
  感心したが、自分が住むのは面倒だと思ってしまったとしても責められるいわれはないだろう。
「…どうぞ、桐生さん」
「ああ」
  促されるまま玄関ホールへ入れば、ダウンライトが点灯して室内を照らす。モノトーンでまとめられた静かな廊下を抜けた先には、都内を一望できるリビングが広がっていた。正確な広さなど知りようもなかったが、確かにパーティーは開けそうだと納得する。
「適当に掛けて下さい。酒用意します」
「ああ」
  スーツの上着をソファの背に無造作に放り投げた大吾がカウンターへ向かう。見送って、桐生はソファに腰かけた。
  明るさの抑えられた室内に飛び込んでくる夜景は静謐で美しいが、空虚であった。
  こんな所で何をしているのだろうと、他人事のように思う。
  自分は高所から地上を見下ろすよりも、地に足をつけ地上を這いずり回るのがふさわしい人間だと思っている。
  過ぎた権力も財力も必要ない。

  …だから、逃げ出したのだ。

「…桐生さん?」
  ソファに身体を投げ出して、茫洋と夜景に見入る桐生の背中に気がついた。
  少し赤味がかった黄金色の液体を三分の一程注いだグラスとウィスキーボトル、チェイサーをトレイに載せて近づくが反応はない。
  回り込んで覗き込んでみると、桐生は目を閉じていた。
  寝ているのかと思ったが、クッションに肘をついて顎を支える指先が時折動くので、寝ているわけではなく沈思しているようだった。
  テーブルにトレイを置き、グラスを手に取り液体を一口含む。
  開けたてではあるが、コクがあり苦味のある香りが広がった後にはバーボン樽由来の様々なフルーツの香りが口内を満たす。
  ああ、いい酒だと満足し、桐生の肩に手を沿え顎を取って口付ける。開かせた唇に液体を流し込めば、眉を顰めながらも飲み込んだ。
「1964年物です。どうですか?」
「…ボウモアか」
「もう手に入らないヤツですよ。結構、イイでしょう」
「…ブラックも気になってるんだがな」
「ありますよ。ホワイトもね。…それはじゃぁ、後で」
  ソファに乗り上がるようにして桐生のシャツへと手を伸ばし、ボタンを外そうとするが手首を掴まれ止められる。
「…おい、せっかくの酒がもったいない。先に飲むべきだろ」
「大丈夫、酒は逃げません」
「……」
  クッションに預けた身体を起こそうとするのを体重をかけて阻止すれば、その必死さが伝わったのか桐生が呆れたようなため息を漏らす。
「お前なぁ…」
「アンタは、すぐいなくなるでしょう」
「……」
「ダメですよ桐生さん。俺はもう学習したんです。…諦めて」
  手に入る時に手に入れておかないと、気づいた時には届かない場所にいる。
  すぐ前を歩いていた存在が消えてから、四代目が消えてから、六代目を襲名したって、いつだって近くにいるようで近くになんかいなかった。
  手を伸ばせば届きそうな場所で振り返るくせに、足を速めてもその距離は縮まらない。
  いつまで経っても、追いつかない。
  なのにアンタはいとも簡単に近づいて来て、手を差し出す。
  そう、いつだって、気まぐれなんだ。
  だからその手を掴んだら、離してはいけない。

  絶対に、離してはいけない。

「…おい、大吾?」
  首筋に顔を埋め、力いっぱい抱きしめてくる男の体重を受け止めて、桐生が重さに眉を顰めた。
  ネクタイピンが肌に刺さって痛かったが、密着する身体の熱さに身動きが取れず、押しのけようと肩を掴めばその肩が震えていた。 
「…お前、泣いてんのか?」
  問えば一瞬力の抜けた大吾の腕が、今度は明確な意思を持って動き始めた。
  半ば引きちぎるように強引に、シャツのボタンを外して前を開く。
  露になった上半身をまさぐる手と、下半身へと伸びる手を押さえようとするが肩で押さえつけられ腕を伸ばすことは適わなかった。
「おい、大吾!」
「…泣いちゃいませんよ。…抵抗するの、やめてくれませんか」
「……」
  顔を上げた大吾の視線は強かったが、頬を伝う涙に桐生が言葉を失った。
  指先で触れてやれば、流れる液体の存在に気づいた大吾が驚いて瞬きをする。零れ落ちた一粒が桐生の頬の上に落ちて静かに跳ねた。
「…うわ、俺、馬鹿くせぇ…ありえねぇし…」
  身体を起こし乱雑に涙を拭う男は今、東城会のトップではなかった。
  三万人の頂点に立ち、瓦解しかけた組織を立て直すべく奔走する極道の長ではない。
  かつて「堂島の龍」と呼ばれた時代、憧れで目を輝かせながら後ろをついて歩いていたあの頃の少年のようだった。
  身体を起こし、幼子にするようにただ、頭を撫でる。
  肩を引きつらせ動きを止めた大吾にため息をついて、オールバックに整えられた髪をぐしゃぐしゃとかき回す。六代目になってから崩すことのなかった身だしなみを、いとも簡単に崩され大吾が目を見開いた。
「…桐生さん?」
  顔を上げて視線が合うと、桐生が静かに笑っていた。
「…全くお前は、しょうがねぇな」
「…っ!」

 そんな風に、笑わないで欲しい。

  泣きそうになるのを眉根を引き絞って堪えた。
  再びソファへと押し倒しても、今度は抵抗されなかった。
「…この真っ白のソファ、使い物にならなくなっても知らねぇぞ…」
「じゃぁ、床で。…ベッドも、後で」
  ネクタイピンを外してテーブルの上に置いている間に、桐生が緩めたネクタイを引っ張った。
  解けて床に落ちたそれを拾い上げ、同じくテーブルの上に置いて今度はシャツに手を伸ばす。 
「…どんだけヤる気なんだお前…」
「さぁ…わかんねぇ。アンタ次第でしょう」
  桐生がボタンを外すに任せ、大吾は桐生のベルトへ手をかけた。
  目の前に晒された首筋に唇を寄せて痕をつけ、鎖骨へと舌を滑らせ噛み付けば、ボタンを外し終えた指先が跳ねて大吾の胸を引っかいた。
「…いて」
  傷などついていないことは承知の上だが条件反射でそう言えば、桐生が確かめるように掠った箇所を撫で上げる。
  脱いだシャツをソファの背もたれに投げ、桐生の腕を掴んで床へと誘った。
  リノリウムの床は暖房が効いている為、冷たくはない。
  桐生を押し倒して身体の上に乗り上がり、舌を伸ばしてキスをする。絡んだ舌は互いに譲らず、口内へ侵入できずに唾液が桐生の首筋を流れて落ちた。舌先の力を抜いて桐生の舌を絡め取り、吸い上げれば小さく呻いて唇が開く。音を立てて口付け顔を離し、覗き込んだ大吾を、唾液で濡れた唇を拭いもせずに桐生が挑発して笑う。
「っ…前にも言ったが、俺はしぶてぇぞ」
「…アンタの限界、見せてくれよ。俺に」
「は、どうだろうな…」
  下半身へと蠢く手を両脚を開いて受け入れ、大吾の後頭部を引き寄せて、耳元に唇を押し当て囁いた。
「…ヤれるだけ、ヤってみろ」
「何そのすげー殺し文句。…責任持たねぇよ」
「構わねぇよ」
  あっさり即答する桐生の真意は計り知れない。
  戸惑いを見せる大吾のモノに触れてやれば、すでに勃ち上がって熱かった。
「…コレを、どうしたいって…?」
  撫で上げながら問えば大吾が呻く。
  撫でる手を解いて両脚を持ち上げ、まだ固く閉ざされた桐生の後ろに自分のモノを押し当てた。
「…挿れたい、ココに。今すぐに」
「っ…あぁ、だがそのまま突っ込まれるのは、ごめんだな…ッ」
  熱の塊を押し付け抉じ開けようとする感覚に後ろが期待でひくついた。
  捩じ込まれ抉られる肉の快楽を知っている身体が、早く欲しいと訴えている。
  知らず脚が大吾の腰を締め付け、気づいた大吾が口角を引き上げて笑う。
「…桐生さんも、早く突っ込まれたくて仕方がなさそうに見えるけど。そうだ、いい酒あるから、飲んでくれよ」
  テーブルの上に放置されていたグラスに指を突っ込んだ。
  世界で限られた本数しか作られなかった限定品の高級酒を、桐生の中に塗りつける。
「っ…!」 
  ひやりと濡れたアルコールの芳醇な香りが部屋を満たすが、収まる先は胃の中ではないことに桐生の身体が強張った。
「アルコールをコッチで吸収したら、回るかな?…桐生さん、どう思う?」
「もったいねぇこと、すんな、…ッ!」
「…どうせ飲むのは一緒だし。もっと、飲んで」
  グラスを空けて酒を全て後ろに流し込む。
  流れて床に零れ落ちて来ないように指を増やして栓をして、グリグリと狭い内壁ををかき回せば、アルコールを吸収した肉が次第に熟れたように熱を持ってひくひくと動き出す。 
「…ッぅ…っく…明らかに、酔いが回ってる、だろ…!」
  熱を持ち汗ばみ始めた身体を持て余し、桐生が熱い息を吐き出した。
「ああやっぱ、直で吸収すると回るんだ…、ホントだ、身体熱い」
  舌と唇で立ち上がった桐生の胸の先端を挟んでやれば、感覚が鋭敏になっているのか身体が跳ねた。
  そのまま軽く歯を立てるとたまらないのか大吾の髪に桐生の指が絡みつく。
  空いた手で桐生のモノを扱きながら後ろに己を宛がって、先端を押し付ければその熱さに驚いた。
「…すげ、蕩けそうだけど、中…っ」
  粘液の助けがないのが不安で、己のモノに用意していたローションを塗りつけ含ませてみたが、引きずり込まれるような熱さとキツさにたまらずぬめる己を奥まで一気に押し込んだ。
「っふ、ァ…ッ!」
  熱を持つ内部は、神経がむき出しになったかのようにじくじくと脈打ち大吾のモノを締め上げる。
  己の意志で制御できない大きすぎる感覚に、桐生の身体が無意識に逃げを打って床の上をずり上がろうとするのを、大吾は押さえつけた。逃がしきれない感覚を震える指を噛んで、桐生が耐える。
「ッンン…ッぁ、…っく…、ぅ、動くな、よっ…は…ッ」
「…ッヤバイ、桐生さん、これ、ヤバイ…ッ」
  熱くて狭くて、ひくついて締め上げてくる肉が容赦ない。
  じっとしていてもヤバイし、動けばもっとヤバそうだった。
「何コレ、桐生さん、アンタ、俺を食い殺す気か、よ…っ!」
「は…ッァ、あ…っこ、れ、…バ、ッカ、てめぇの、せい、だッ!」
  姿勢を安定させようと少し動いただけで桐生が悲鳴のような声を上げた。
  肉を擦る感覚が神経に響くようで、痛いほどに絡みついた両脚に力が入る。
  だが抜こうにも抜けないし、動こうにも動けないのでは大吾にとっては地獄であった。アルコールを甘く見ていたと反省はしたが、こんなに乱れまくる桐生を見るのは滅多にないことだと思えばたまらなかった。
  早くこの中をかき回して、グチャグチャにして、何度でもぶち撒けたい。
  そして桐生がギブアップする瞬間を見たかった。
「…桐生さん、ギブアップするなら、抜いてやっても、いいぜ…?」
  そんな気はさらさらないが、声をかければ上気し潤んだ瞳で睨まれた。
「だ、れが、するか…ッ」
「そう言うと、思った、…っ!」
  食いついて離れない熱い内壁を擦りながら先端まで引き抜いて、一気に最奥目指して突き上げた。
「……っ!!」
  脊髄から脳髄にかけて貫く感覚に桐生が仰け反り痙攣し、衝撃でイった。大吾の胸と桐生の腹に散った白い粘液が生暖かく肌の上を滑っていく感覚すらも感じるのか、桐生が苦しげに喘ぐ。
「は…、すげ、桐生さん、コッチで、イけるんだ…!」
  ギリギリと締め上げられて、熱すぎる肉に先走りの精液をダラダラと擦りつけながら注挿を繰り返す。
  僅かな自失から立ち直った桐生は、容赦なく追い上げられる感覚にもはや抗う術がなかった。
「…は…ッ、ッァ、ア…っ大、吾…ッ!や、めっ…ッ!」
「っもっと、イきたい、よな…っ!?桐生さん!」
  両膝を大きく開かせ肩にかけ、上から体重を乗せて貫く。
「ア…ッ、…!」
  ガクリと仰け反る顎が、肩が、震えている。
「ッ…おかしく、なっちまうくらい、もっと、俺を感じてくれよ、桐生さん…ッ!」
  真っ赤に熟れてひくつく中に、ぶち撒けた白い精液のコントラストはとても卑猥だ。
  グチャグチャとかき回されて溢れて落ちる粘液の臭いに興奮する。
「アッぁ…ッ、ア…ッ!」
  突き上げては肉を抉りかきわけて、捩じ込んで揺さぶられる感覚は快楽を通り越して苦痛に近いにも関わらず、再び首を擡げて悦ぶ自身はイきたがって震えていた。
  自身の内部と変わらぬほどに、大吾のモノも熱く蕩けて同化しているかのようだった。
  ただ、融けてぶつかり混ざり合う。
  キモチイイかと問われれば苦しいと答える。
  抑えることの出来なくなった声は己のモノとは思えぬほどに甘く蕩けて気持ちが悪い。
  滲む視界を抉じ開けて、大吾の頬に手を伸ばせば随分と逞しくなった雄の顔が愛しげに歪められた。
  荒く吐き出す熱い息を絡ませて、重なる顔はもうあの頃の少年のものではない。
  手を離れ生き延びてきた東城会を支える男が、己の名を呼んでいる。
  愛しげに、呼んでいる。

  …俺にそんな資格はないのだと。

  手を差し伸べてきたつもりが、いつの間にか一人で立ち生きていた。
  そしてこちらを見て、笑うのだ。

 手を差し出していたのは、本当はお前の方だったんじゃないのかと、今になって思う。

  鍛えられた肉体を持つ男二人が寝そべってもまだ余裕があるキングサイズのベッドは柔らかく温かかった。
  子供かペットのようにしがみついて離れない大吾にうっとうしさを感じ、たびたび振り払うがその度にまた定位置へ収まろうとするので、そのうち桐生も諦め目を閉じた。腕枕をしたいとほざいて実行しようとするのを諦めさせたのだから、これくらいは我慢してやるべきなのかもしれなかった。 
「あー…桐生さんを囲いてぇ…」
「…何だって?」
  寝ようと意識が向いた所に、いらぬ爆弾を投げ込まれ桐生は重い瞼を開く。
  身体を反転させベッドに肘をついた大吾が、頬杖をつきながらベッドサイドに点る淡い明かりを見つめている。
「ここ使えばいいし。東城会も安泰だし、俺も安心だし、…いつでもヤり放題だし。イイコトづくしじゃん」
「…馬鹿すぎて言葉にならねぇな…。お前はまず結婚しろ」
「…えー?桐生さんが結婚したら考える…つか、相手誰よ」
「知るか。それはてめぇで探せよ」
「面倒くせぇ…別に子供が跡継ぐわけじゃねぇし、いいだろ」
  だから「囲いたい」のだと大吾は言いたいのだろうが、実現する日は来ない。大吾もわかっているのだろうが、それでも諦めきれない様子が窺えた。
「アンタが東城会に戻って来てくれればいいんだ。復帰したって誰も文句言わねぇし、むしろ大歓迎だろ…ウチ的に」
「…それは無理な話だな」
「何でだよ」
「俺がそれを望んでない」
「……」
  そんなことは百も承知だと言わんばかりだったが、大吾は傷ついた少年のような顔をした。
  もういい歳をした大人の男で、巨大組織のトップであるはずの男であるのに、そう見えるのは互いに事後の雰囲気に流されているのだろうと思えばさっさと寝てしまうに限ると思った。
「…で?明日…今日は、何をするんだ?篭りっきりでヤりっぱなしとか言うなよ」
「……」
  欠伸を噛み殺しながら問えば気まずい沈黙が落ちた。
「…オイ」
  図星かよ!と、桐生はツッこんでも良かったが、身体を起こそうと肘をついたところで大吾が片手を上げて動きを制す。
「久しぶりに、街ぶらつこうぜ、桐生さん」
「…ん?」
「俺このままで行くわ。東城会の六代目がラフな格好で街中うろついてるとは誰も思わねぇだろうし」
「……」
「万一バレてもアンタが一緒だし問題ねぇよな?桐生さん」
「…俺は護衛か」
「むしろ俺が舎弟でいいや。対外的にはアンタの方が有名人だしな」
「……」
「うわー久しぶりすぎて燃えるなー。じゃ、寝よう寝よう。明日八時起きな」
  時計を見ればすでに三時を回っていたが、気にした様子もなく目覚まし時計をセットする大吾に返す言葉を失って、桐生は無言のまま横を向いて大吾に背を向け目を閉じた。
  明かりを消した大吾は迷うことなく桐生の背中に張り付いた。
  腕を回し、桐生の手を取り互いの手を繋いで目を閉じる。
「…オイコラ大吾」
  あまりに自然な動作に反応できなかった桐生が声を投げれば、すでに眠そうな気の抜けた声で「おやすみ」とだけ返って来た。
「……」
  寝る体勢に入った温かい大吾の身体が背中にあり、子供かと内心で思うが不快ではなかった。
  目を閉じればすぐに眠りの手はやって来て、気づけば闇の中に落ちていた。

 三年前、大吾と共に歩いた神室町を思い出す。
  あの頃からあまりにも変わりすぎた東城会とそれを取り巻く環境を思う。
  それでも大吾は六代目として生きていた。
 
  投げ出した己の代わりに、東城会のトップとして立っていた。

  目指す場所は、おそらく同じはずだった。
  ただそこに、己がいるかいないかの違いがあるだけで。
 
  欲しいものとなくしたくないものは同一のようで、全く異なる。
  その違いが立場の違いであるのだと、大吾が気づく日は、いつか。


END

いつか叶う夢

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