「堂島組長の一人息子の噂、知ってるか桐生?」
「…何だ、噂って」
  グラスの中の氷が揺れて、高く澄んだ音を立てた。
  カウンター席に並んで腰掛けた二人以外の客はなく、店内は静かで流れる音楽が心地良い。
  グラスを目の高さまで持ち上げて隣に腰掛けた男が笑えば、肩にかかる黒髪が揺れて白のスーツの上で踊る。
「確か御曹司のお目付け役だったよなお前?」
「そんなもんになった覚えはねぇぞ」
「じゃ、教育係か?とにかく入り浸ってるって聞いたぜ」
「誰にだ」
「嶋野の狂犬。「ワシの桐生チャンに悪い虫が~」つって言いふらしてたけどな」
「……」
「この辺じゃ知らないヤツいねぇと思うが」
「…マジでか」
「マジっすよ」
  グラスをテーブルに置くだけのつもりが、力が入ってゴツリと鈍い音を立て、琥珀色の液体が大きく揺れた。
  別に隠すようなことではないし、家に来ていることも事実であるのでそれは構わないのだが、言いふらす意味がわからなかった。
「…で、錦。噂って何だ」
  こめかみを押さえつつ問えば、錦山は心得たとばかりに頷いた。
「ああ、最近御曹司はお前ん家来てるのか?」
「来てるみたいだが。…俺自身が家にいないことが多いから会うことあんまりねぇが、冷蔵庫に飲み物は入ってるからな」
「何だその押しかけ女房みたいな関係。鍵まで渡してんのかよ」
「うるせぇな。しょうがねぇだろ」
「懐かれちゃってるんだねぇ」
  感心したような口調のくせに、からかい成分の方が強い。
  桐生は眉根を寄せて睨みつけた。
「…で、いいから噂ってのは何だ錦」
「ああ、それそれ。最近派手に遊んでるらしーぜ?」
「…え?」
「あ、その顔は知らねぇんだな」
「知らねぇよ」
  初耳だった。
  顔を合わせる少年はいつもと全く変わりなく、時間になればきちんと帰宅し、帰って来ないという連絡を堂島家から受けたこともない。
  真面目な高校生活を送っているものだとばかり思っていた。
「センター街に出没するらしいぜ。神室町外して来る所がカワイイよな坊ちゃん」
「まぁ遊びたい年頃だろうからな」
「女連れでケンカッ早くてそろそろ目障り」
「……」
「おまけに未成年で飲酒喫煙だってさ。知ってたかお前?」
「…飲酒喫煙は人様のこと言えた義理か?錦」
「さぁ~何のことですかねぇ?俺もう成人してるんで」
「……」
  鼻を鳴らして笑い、桐生は煙草に火をつけ深く吸い込む。
  吐き出した煙が周囲を白く濁し、靄のようにたゆたって停滞するのを手を払って追い散らす。
  面白がっている幼馴染の顔を張り倒したくなってくるが、もう一度吸い込んで吐き出せば少し気分は落ち着いた。
「…俺はあいつの保護者じゃねぇよ」
「現状保護者みてぇなもんだろ。すでに御曹司の面割れてんだから、時間の問題だぜ。俺の知り合いからの情報だ。…この意味、わかんだろ」
「問題があれば組長の所へ連絡が行くだろう」
「連絡行くのが死んだ後じゃなきゃいいけどな」
「…おい、錦」
「御曹司が何かやらかした時、誰が責任取んだ?当然、親だろ。めんどくせぇことになる」
「……」
  声を潜め、覗き込むように顔を近づけた錦山の顔はすでに笑ってはいなかった。
  小さな紙切れを桐生に押し付け、「あとよろしく」と囁いて、錦山はママの麗奈に追加の酒を注文した。
「俺に回収して来いってか?」
「恩売るチャンスじゃねぇか。代わって欲しいくらいだぜ」
「……」
「あ、代わってやるとか言うなよ。手柄譲られて喜ぶほど俺は落ちぶれてねぇからな」
「……」
「向こうには向こうの筋がある。堂島の龍が出て行きゃ、拗れるもんも収まるかもな」
「仕方ねぇ…。行ってくるか…」
「今日の酒はお前の奢りな。潰れるまで飲んでやるから覚悟しとけ」
「好きなだけ飲んで外に転がされてろ」
「お~素直。いいねぇ」
  ひらひらと手を振り送り出す幼馴染を置いて、桐生は店を出た。
  クリスマス間近の町は、華やかなネオンと浮かれた音楽に支配されており賑やかだった。
  電車で行くのが早いかタクシーで行くのが早いか逡巡し、週末二十二時の夜はどちらを使っても混雑していそうだなと思えば、ため息が漏れる。
  錦山にもらった紙切れにはいくつかの店名があった。
  東城会系列の店ではなく、すでに目をつけられていて危険性の高い店、ということだった。
  書かれている店に大吾が現れるという保証はないが、行きそうな場所など他に知るはずもない。
  一軒ずつ回る為、タクシーで行くことにした。

  学業に支障が出ないように遊ぶ。
  桐生さんにバレないように遊ぶ。
  一日が長くて、短い。
  平日は朝五時に起きて走り込みに行かねばならないから、終電がなくなるまでには帰らなければならない。
  授業中は寝ていてもいいが、ノートはちゃんと取っておかねばならない。放課後は桐生さんの部屋できちんと予習復習をし、桐生さんがいれば一緒にゲームをするが、いなければ昼寝をする。
  夕食は家で摂り、トレーニングをしてから外出をする。
  外を走ってくると言い、ちゃんと帰って来さえすれば誰も何も言わなかった。
  週末は友達のところに泊まると言う。
  母親に純粋に喜ばれ良心が痛んだが、これも人生経験だと割り切ることにした。
  渋谷で遅くまでうろついている女に声をかけてみたら、どいつもこいつも驚くほど簡単についてきて逆に引いた。
  そういう女は「一夜限り」というやつで、長く相手にしたい類のものではない。
  逆に声をかけてくる女も多いが、大抵飯を奢ってカラオケに行って、ブラついていれば帰るというヤツとホテルに行こうというヤツは半々だった。
  基本的に十代で若いくせに化粧の濃すぎるヤツラばかりで、相手にしたいとは思えない。
  たまに見かける可愛い女に声をかけ、連れているとやたらと男に絡まれた。
  目を合わせたわけでもないのにガンつけやがってと因縁をつけられ、ぶつかってもいないのにすれ違っただけで因縁をつけられる。
  夜の渋谷は神室町並にろくでもないなと思ったものの、相手を地面に転がせば女は異常なテンションで喜んだ。
  強い男はモテるのだった。
  しばらくは新鮮に楽しめたがすぐに飽き、もっとまともな女はいないのだろうかと真面目に考え始めた。
  どこで出会えばいいんだ?
  そもそも、どういう女がいいのかすら不明だった。
  ブサイクよりは可愛い方がいいし、美人である方がいい。
  スタイルも悪いよりはいい方がいい。
  性格はうるさいヤツはいやだったが、大人し過ぎるのも会話が続かないのでいやだった。
  同年代よりは年上の方がいいのだろうかとも思い、クラブやバーにも行ってみた。
  酒は飲めたが、美味いとは感じなかった。
  煙草は軽目のものから始め、慣れれば違和感はなくなった。
  年上の美人なおねえさんに声をかけられ、年上いいなと思った。
  誘われるまままぁいいかとホテルに行ったら美人局というヤツで、怖いおっさんが出てきたが返り討ちにした。
  こんなお子様相手にカツアゲしなくてもいいのになぁと呆れ果て、美人なおねえさんはどうやら本気になってくれたらしいがもうどうでもよくなった。
  しばらくは年上狙いで行ってみようとクラブやバーを渡り歩いた。
  あきらかにホモくさい男に声をかけられたりもしたが、ホモは勘弁願いたい。興味もないし気持ち悪い。
  俺はホモではないのだから。
  …ホモではないのだ。
  思い出しそうになる一人の男を脳裏から追い払う。
  考えたらダメなのだ。
  思い出すと、ヤりたくてたまらなくなる。
  これは一体どういうことなのか。どこをどうすれば下半身に直結するのか、大吾自身理解ができない。
  感情を割り切れないから、答えが欲しくて仕方がない。
  だがさすがに、無駄な事をしているな、と思い始めてはいた。
  新鮮さがなくなり惰性になると、一気に冷めた。
  年上のおねえさんも結局、求めている答えを与えてくれはしなかった。
  こういう所で出会おうとするからダメなのだ、ということも理解はしていたし、そもそも「求めている答え」が何たるかすら己の中で不明なのだから、結局は己で気づくしかないのだった。
  …虚しくなってきた。
  一目惚れで「コイツだ!」みたいな女、いねぇかな。
  …いねぇんだよな。
  どうしようもなかった。
  日本中、世界中回ればどこかにはいるかもしれないが、そんな非現実的なことはできるはずもない。
  今焦って探さなくとも、何年後かには見つかるかもしれない。
  けれど、今答えが欲しかった。
  だってそろそろ限界なのだ。
  何食わぬ顔をして、家に行くのがとても辛い。
  家にいなければいいのに、と思いながらも足が向く、というのはどういう心境なのだろう。己で己がわからない。
  いなければ酷く残念な気持ちになるし、いたらいたで精神の葛藤が非常に辛いが嬉しいと思う。
  俺男だし。相手も男だし。
  俺変態じゃねぇし。
  でも真島が羨ましいと思う。

  …俺ダメかも。

  大音量で鳴り響く音楽が脳に刺さる。一度意識してしまうと途端に耐え難い苦痛になり、薄暗い店内を縦横無尽に走り回る色とりどりのライトの軌跡にすら苛ついた。
  フロア内を行き来する大量の人間がライトに浮かび上がって、まるで水族館で水槽の中を遊泳する魚の群れのように見える。壁際で一人傍観する己はさしずめ見物客か。
  喧騒の中に溶け込んで、遊泳できないのならばこの場にいる意味はなかった。
  グラスに並々と満たされたアルコールは、注がれてからの時間の経過を示すようにアルコールと解けた氷水が分離していた。テーブルに置いたまま全く手をつけずにいたそれを手に取り、飲んだら帰ろうかなと、周囲を見渡しながら思う。
  左の視界に影が出来、視線を向ければ女がいた。
「一人なの?」
  年齢不詳の美女だった。
  派手ではなく、地味でもない。水系の仕事をしているようには見えず、普通のOLといった風情だった。
「一人だよ」
「弟かと思っちゃった。似てるから。ごめんね突然」
「いーえ、全然」
  弟という単語に懐かしさを覚えた。
  登下校を見守ってくれる優しい兄ちゃんはもういない。
  少しいいかと問われ、断る理由もないので頷く。
  何でもない雑談を交わし、やはりこの美女はちゃんとした会社に勤めているらしく、極めて常識的で良識的な反応をした。
  やはり「大人」はこうでないと。
  落ち着いてるのがいい。
  頭の回転の速いのがいい。
  芯が強くぶれないのがいい。
  持っていたグラスの中身が空になるタイミングを見計らったように、女が顔を寄せ耳元で囁いた。
「静かなお店でゆっくり座って話さない?」
「いい店知ってる?」
「弟がやってるんだけど。あんまり繁盛してないから静か、なんだけどね」
「何だそれ、面白い。いーよ別に」
「良かった!弟喜ぶ~」
  会話の内容に齟齬があることに気づいたが、こういう場での会話は所詮上辺だけなので気にしても仕方がない。
  無邪気に笑うその表情はあまり好きじゃないなと思った。
  落ち着いて微笑む、くらいだったら良かったのに。
  店を出て、移動する。
  当然のように腕を組んでくる女に冷め、そして気づいた。

  己が求めていた答えの、形を。

  一軒目に訪れたクラブは広いホールを有し、ライブハウスのような大音量とひしめき合う人間達の熱気で、常夏の島に迷い込んだかのような錯覚を覚える。
  至近に立つ人間の話し声を聞き分けることすら困難な喧騒に桐生は眉を顰めながら、一目見ただけでホールの中へ踏み込む事を諦めた。
  壁沿いに歩き、ホールを見物しながら酒を楽しむ男女の群れの間をすり抜け、見知った顔がないかを探す。
  暗い店内に目まぐるしく走る照明は、人探しをひと際困難にし、舌打ちが漏れた。
  見渡した限り目的の人物はいないと判断し店を出、向かった二軒目もまたクラブであり、こちらは小規模ではあったが人口密度は相変わらずで、うんざりする。
  人探しをするには全く持って不向きな場所であった。
  声をかけてくる女をかわし、男をかわす。
  ぐるりと回って、見つからない時の徒労感は計り知れない。
  狭い店内をぶつかり合いながら抜けて、外へ出た時には開放感から無意識に深呼吸をしていた。
  三軒目に向かったバーには、本日営業終了のプレートが掛かっていた。
「……」
  週末の夜に、営業終了か。
  試しに木製のドアに手をかけ、手前に引けば静かに開く。
  桐生は確信の笑みを刻み、中へと踏み込んだ。
  狭く短い階段を下り、着いた先は開けていた。それほど広くはないが狭くもない店内はただ薄暗く、間接照明の配置も観葉植物の配置も洗練されているとは言い難い。
  木製カウンターの端には闇が落ちていたが、それでもなお隠し切れない埃が見え、棚に陳列された酒瓶も長く開けられていないのか曇ったガラス瓶も何本か目に付いた。
  一目見て寂れていると知れる店内に、客らしき人間はカウンター席に突っ伏している一名だけだった。
「…本日は終了したんですがね、お客さん」
  マスターと思しき制服を着た眼鏡の男は、若かったが声は酒に焼けて枯れており、ひょろりと高い身長に筋肉もついていなさげな体格は頭の大きさと相まって不釣合いに見える。
  目つきの悪さだけはそこらのチンピラよりも迫力はあったが、その男は今カウンター席で動かない男のズボンの尻ポケットから財布を抜いていた。
  無言で歩み寄り、一歩下がったマスターには目もくれず、動かない男の肩を掴んで揺さぶり起こす。
「おい、起きろ」
  力なく揺られるままになっている男に反応はない。
  マスターに視線を向ければさらに一歩下がり、明らかに警戒する様子を見せた。
「…こいつの保護者だ。引き取りに来た」
「そ、そうでしたか。飲み過ぎちまったみたいでね、眠ってしまったのでどうしようかと思ってたんですよ」
「そうか、そりゃぁ申し訳なかったな。金は好きなだけ抜いてくれて構わねぇが、財布は返してもらおうか」
「え?な、なんの事でしょうか」
「勉強代だ。だが財布は別だ。渡してもらおう」
  手を差し出すが、男はさらに一歩引いた。
  男が引いた分、桐生は大股で一歩を詰め、距離を縮めて手を出した。
「すぐに帰る。閉店の所長居する気はないんでな」
「……」
  窺うような男の視線とぶつかったが、すぐに怯んだ様子で及び腰になり裏口の扉まで下がった。
「…俺はぼったくりをどうこう言う気はねぇ。金は払う、財布は返せと言ってるだけなんだが?」
「ああ、そういうことじゃねぇんだよ。俺は待ってただけなんだ」
「……」
  何を、と問う必要はなかった。
  裏口と、正面ドアからチンピラどもがなだれ込む。
  着崩した紫のスーツに代紋をぶらさげたパンチパーマの中年の男が、中央へと歩み出て下卑た笑いを投げかけた。
「堂島組長の教育はどうなってるんスかねぇ?息子さんにウチの店グチャグチャにされちまっちゃ、もう営業できませんぜ?」
「なるほど、ぼったくりじゃなく当たり屋か」
「ウチの組になんか恨みでもあるんスかねぇ?」
「知らねぇな。俺はこいつを連れて帰れればそれでいい」
「そういうわけにはいかねぇんだよ。そいつは置いてけ。ついでにてめぇは死んどけ」
  狭い店内の乱戦は物が乱れ飛び、壁に当たって砕け散り、倒れたチンピラの上にさらに人間が積み重なってタワーが出来たが、カウンター席でうつ伏せたままの大吾は阿鼻叫喚が繰り広げられる騒音の中においても目覚めなかった。
  全員床に転がして、鼻血を出して顔面血塗れになったマスターの胸倉を掴んで起こす。壊れた眼鏡がずり落ちて床へと転がり、儚い音を立てた。
「…おい、こいつにヤバイ薬でも盛ってねぇだろうな…?」
「…ひぃぃ、と、とんでもございません。睡眠薬を少し、酒に混ぜただけですので、少し効き過ぎてるだけ、かと…っ!」
「連れて帰る手間が増えるだろうが」
「すすす、すいませんんん…っ!!」
「…財布を返せ」
「は、はいっこれです、どうぞ!!」
「金は?」
「いいいいえ、けけけ結構、です!!お代は、結構、ですっ!」
「そうか」
  手を離し、床に崩れ落ちたマスターの後頭部に踵を落とす。
  動かなくなったそれを跨ぎ越し、今度は紫スーツの男のパンチパーマを掴んで引き起こす。
「おい立派な代紋ぶら下げたお前」
「ヒイィィィ、な、なんでしょう、か…!」
「店グチャグチャになっちまったが、誰のせいだ?」
「おおおおおお、俺らのせいです、俺らが自分で、やりましたぁああっ!」
「そうか、なら仕方ねぇよな」
「は、はい、仕方、ありま、せん!」
「よし」
  そのままカウンターに顔面を叩きつけた。
  鼻が潰れて顔面が赤く染まったようだったが、知ったことではない。
  辛うじて意識のある数名は悲鳴を上げて後ずさり、部屋の隅で縮こまっていたがすでに桐生の眼中にはなかった。
  未だ寝こけている大吾の頭を掌で強めに叩く。
「起きろ大吾。いつまで寝てやがる」
「……?」
「帰るぞ。起きろ」
  語尾を強めて呼びかければ、大吾の瞼が震えた。
  薄く開いた瞳が己を映すまで待つ。
「……きりゅうさん…?」
「ああ、帰るぞ。立て」
「…ねむい」
「起きろ。寝るのは帰ってからだ」
「……」
  肩を掴んで上半身を起こし、腕を掴んで立ち上がらせる。
  膝に全く力が入っておらず、崩れそうになるのを腕一本で支えるのはさすがに骨が折れた。
「おい、俺に抱えて帰らせるつもりじゃねぇだろうな?」
「…ん…?」
  覚束ない表情で小首を傾げられてもちっとも可愛くはない。
  立て、と促し、自立しようと努力している様は認めるがカウンターに縋るようについた手にも力は入っていなかった。
「大吾」
「うん…?」
  緩慢な動作で振り仰いだ大吾の頬を平手で打つ。
  本気ではないがそれなりに強めに叩かれ、大吾は足を踏み締めることも出来ずに腕から床へと派手な音を立てて倒れ込んだ。
「…っ!?…な、…何だ?痛ぇっ!!」
  蹲り、頬を押さえて大吾が叫ぶ。
  桐生は隠しもせずにため息をついた。
「立て、帰るぞ大吾」
「え?…あ、桐生さん…!?…え、俺、今殴られた…?」
「ガキが調子に乗るからだ」
「……え、いや、…って、何だこれ!?何だこいつら…!?」
  店内の惨状に目を向けて大吾が驚愕の声を上げたが、もう大丈夫だろうと判断した桐生は手を貸すことなく出口へと歩き出す。
「あ、ちょ、待ってくれよ桐生さん!」
「とっとと来い」
  慌しく去って行く二人の後ろ姿を戦々恐々と見送って、かろうじて意識のあった者達は、敵に回したのが堂島の龍であったことを知り蒼白になったのだった。


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