くだらないあそび。

「サル」
「…え、サル?…あーえーと…じゃぁ…ルーセットオオコウモリ」
「ルーセット…?…リス」
「ス…スズメ」
「メダカ」
「カタツムリ」
「リ…?リ…リ…リュウグウノツカイ」
「何だそれ?…ああ、魚か。桐生さん釣りするから…イワシ」
「シマウマ」
「マントヒヒ」
「ヒル」
「またルかよ!…ルー…るー…瑠璃鳥」
「何だそれは。…馬」
「ま…マングース」
「意外としぶといなお前。す…す…」
「桐生さんこそ。…すの生き物は?」
「うるせぇ黙ってろ大吾。…スナネズミ」
「ミミズだな」
「…ズだと…?」
  顎に手をやり首を傾げて考え込む桐生の横顔を、車窓から飛び込むネオンが照らし明瞭に輪郭を浮き上がらせていた。
  時刻はまだ二十時を回った所であったが、早めの夕食を共に済ませ、酒を飲んだ。
  東城会六代目には運転手付きの車があり、宿泊先までの送迎を約束されて気が緩んだのかもしれない。桐生は相当飲んでいたし、共に飲んでいた大吾の酒量もまた相当だった。
  三十路をとうに過ぎた大人二人が雁首揃えて、「生き物しりとり」に興じる滑稽さには互いに薄々気づいてはいたものの、やめようと中断を申し出る冷静さはすでになく、眼前の「生き物の名前を思い出す」ことに残り少ない理性を費やしているのだった。
「ほら桐生さん、時間切れになるぜ。あと五秒~よんーさんー」
「待て、思い出した。ズワイガニ」
「……」
「舌打ちすんな。お前の番だぜ大吾。ニだ」
  大吾の言動がすでに、平時ではないことの証左であった。
  「東城会六代目会長」になってからの「堂島大吾」は抑制的であり、紳士的であり、桐生に対しての言葉遣いや態度も改まっていたというのに、今車中でネクタイを緩め唇を尖らせる様はかつての放蕩息子を彷彿とさせる。
「ニね…んじゃ、ニホンカモシカ」
「カキ」
「ちょっと待った。…それ生き物か?」
「あん?生き物だろ。牡蠣だぜ、食うだろ」
「食うけどさ…貝は生き物に分類していいのかよ?」
「生き物じゃなかったら何なんだ」
「あーん?…わかんね。じゃ、ま、いいか…生き物で」
「生き物だ」
  断言する桐生の表情は揺るぎない。
  あとで調べようと心に刻み、大吾は先ほどから全く動いていない車列と夜景に目を向けた。
  時間帯が悪かった。
  これから家路に着こうとする会社員と、週末前ということもあるせいか若者の乗った車も多く、都内の車道は渋滞していた。
  目的地には当分到着しそうにない。
  暇を持て余し、軽い気持ちで「しりとりでもしねぇ?」と提案してはみたものの、桐生が乗ってくるとは思っていなかった。「何言ってんだ」と笑い飛ばされると踏んでいたのに、「まぁいいぜ」と言われた時には思わず桐生の顔を見返したものだった。
  最初に設定したルールは二つ。
  生き物であること。
  一度出た生き物はもう使えないこと。
  「生き物」などいくらでも、そこらじゅうに存在するから余裕だろうと思うなかれ。
  これが意外と出てこないものなのだった。
  二人揃って酔っ払っているということも理由に挙げられるかもしれない。
  これはこれで楽しいかも、と思う大吾は十分すぎるほどに酔っていた。
  だが頂けないのは、助手席に座った部下が会話の切れ目にわざわざ振り返り、「到着が遅れて申し訳ございません」と額に汗を浮かべて恐縮しきりに頭を下げることだった。僅かな沈黙が「いつまで経っても目的地に到着しない」ことへの無言の圧力だと感じてでもいるかのようだったが、被害妄想も甚だしい。謝罪の必要性は皆無であった。大吾は六代目らしく「構わない」と鷹揚に頷いて見せるが、二人の間に割って入られるのは率直に言って不快である。
  例えなんら意味の見いだせない「しりとり」の最中であったとしても、だ。
「…渋滞は仕方ない。最終的に着けば良い。気遣いは不要だ」
「は、しかし…」
「そこ、閉めておいてくれ。こちらのことは気にしなくて良い」
「はい…では失礼させて頂きます」
  恭しい一礼を残し、フロントシートとの間に仕切りが設けられた。
  擦りガラスになっており、運転席と助手席に座る男達の影はぼんやりと見えるが、離れているリアシートの様子は窺えないようにできている。
  無論、話し声も聞こえない。
  大声で叫べば気づくだろうが、通常の話し声程度ならば気にならないはずである。
  邪魔な存在を視覚的にも意識的にも遮断することができ、漏らした安堵にも似た溜息は、アルコール臭かった。
  うん、俺結構酔ってるな。
  大吾は己の状態を把握した。
  けど気持ちいいからいいか。
  そんな気分だった。
  視線を感じ目線を向ければ、桐生が目を細めて、優しげに笑っていた。
「…桐生さん?」
  いつも見る者を圧倒する瞳が、緩んでいる。
  「いや」と目を伏せゆるりと首を振る口元は、穏やかな笑みを刷いたままだ。
  動作は緩慢であり、表情は柔らかい。桐生もまた相当酔っているのだなと大吾は思った。
  下げていた視線を戻した桐生は表情を改めた。勝者の顔だった。
「…六代目、時間切れだぜ」
「…は?いやいや、これは不可抗力だろ」
  部下とのやり取りに費やした時間を指して言ったが、桐生は「お前の負け」とただ笑う。
  先に時間制限を設けたのはお前だろうと言われれば返す言葉もなかったが、勝負の結果によらず敗北するのは納得がいかなかった。
「一回、一回猶予くれよ桐生さん」
「なんでくれてやらなきゃならねんだ?」
「一回くらいいいだろ」
  食い下がるが、桐生はダメだと言って首を振った。
「男らしく敗北を認めろよ大吾」
「男らしく寛容を見せろよ桐生さん」
「お…」
  ぱちりと、桐生が瞬きをした。
  しばしの間があり、大吾を見つめたまま組んでいた腕を解き、車窓に右肘を乗せて頬杖をつきながら「しょうがねぇな」と呟いた。
「これっきりだからな」
  伝説の極道の懐の広さは折り紙付きである。
  大吾は一つ手を叩いて喜んだ。
「さすが桐生さん。じゃぁ…桐生一馬」
「…ん?」
「きりゅうかずま」
「…ああ、確かに生き物だな」
「だよな」
  感心したように桐生が頷いた。
  機転の利いたいい答えだと大吾は内心で自画自賛した。  
「なるほど…じゃぁ…」
  わずかに視線を逸らし、桐生が考えたのは一瞬だった。これしかねぇなと自信に満ちた表情に、大吾はすぐに後悔した。

「真島吾朗」
「却下」

「…あ?」
  即断され、桐生が眉を顰める。
「ああぁあそうか、そうだよなぁそう来るよなぁ畜生俺は馬鹿か!」
「…おいどうした」
「どうもしねぇ。…やっぱ人名却下で」
「おいこら、さっきから勝手な「お前ルール」が多くねぇか」
「人名始めるとキリがないので。それで最後でお願いします。で、ウシガエル」
「……ル……」
  桐生の眉間に皺が寄り、車窓の外へと視線が逃げた。
  特に酔いを感じさせるような表情の変化は見受けられなかったが、瞼が重くなってきているのかしきりに瞬きをしている。
  眠そうだな、と思ったが、すっかり目の覚めた大吾にとっては羨ましい限りであった。
  せっかく気分良く遊んでたのに。
  現実に引き戻されたなぁ畜生。
  完全に自業自得であるところが救えなかった。
「……」
  窓の外を見やったまま、桐生は動かない。
  沈黙の落ちた車内は静かであり、渋滞で止まっている為景色が流れることもない。
  急かすことなく様子を窺ってみれば、やはりというべきか桐生の瞼は完全に閉じて寝に入っているようだった。時折、かくりと頭が上下する。
  小さく、名を呼んでみたが反応はなかった。
「……」
  距離を詰め、至近で顔を覗き込む。
「きりゅうさーん」
「……」
  今日は何もない日だった。
  否、六代目としての責務は山積しており「何もない日」などまずないが、少なくとも桐生との間に何らかの問題が生じたりはしていなかった。
  桐生自身にも、問題が生じているという話は聞いていない。
  東城会の危機があり、桐生自身に火の粉が降りかかりでもしない限り男が東京に出てくることはなかったが、全ては一段落しており今日は気楽な飲み会であった。
  二人で食べて、二人で飲んだ。
  桐生にしてはよく喋ったし、大吾も同様に立場を気にすることなく喋って、飲んだ。
  酒量は多く、ペースも早かった。
  機嫌が良いのか桐生は終始「これが旨い、この酒がいける」と料理や酒を褒めていて、同じものを大吾も褒めれば「だろう」と笑んだ。
  他愛もない話をし、くだらないことで笑った。
  どれくらいぶりだっただろう…友人のように?家族のように?
  とても近しい者のように、桐生との間に隔てる物は何もなかった。
  ああ、楽しかった。
  とても。
「…桐生さん、寝ちまうなら負けってことでいいですか?」
「……ん…?」
  肩が震え、瞼が震えたが、瞳が開くことはない。
「じゃ、桐生さんの負けってことで。…どうぞ、おやすみなさい」
「……」
  力が抜け、頬杖をついていた右手が外れてバランスを崩した所を、肩を掴んで留めてやる。
  座席のシートに凭れさせるように身体を押すが、力の抜けきった上半身は己で支えきれずに大吾の方へと傾いた。
  ずるずると頭が大吾のスーツの上を滑り落ち、落ち着いた先は大吾の腿の上だった。
  至近に寄っていた距離を再び離して端へと座り直し、位置を調整して桐生の長身が座席に収まるようにしてやって、溜息をつきながらも髪を撫でてやるのは無意識だった。
「どっちかっつーと逆がいいなぁこれ」
  膝枕はしてもらう方がいい。
  まぁこれはこれで滅多にないことだし構わないのだが。
  見下ろした桐生の顔は、穏やかとは言い難かった。
「桐生さん?」
「……」
  何かを、呟いていた。  
「…桐生さん?どうしました?」
「……ト…」
「何ですか?」
「…ルーズヴェルト…」
  しりとりの続きらしかった。
「…人名却下っつったでしょう」
「…ルビー…」
「生き物ですらないです」
「…ル…クセンブルク…」
「上に同じ」
「……る…る…」
「寝言ならすげぇな」
「…起きてる…」
「…ほんとに?」
「……」
  眉間に寄せられた皺が深くなった。
  一応意識はあるらしい。
「のわりには、随分無防備だなぁ」
  頭を撫でても、頬を撫でても、肩から脇腹にかけてのラインを撫でても、反応を返さない。
「…る…」
「桐生さんの負けで、いいでしょう?」
「……」
「イヤですか」
「イヤだ」
「……」
  あ、ダメだ。 
  全く。
  この人は。
  可愛いなぁと、思ってしまったらもうダメだった。
「あー…じゃ、一回休みでいいですよ。俺が言う」
  上半身を覆いかぶさるように丸めて、桐生の耳元に囁く。
「…だい…?」
  大吾と呼びたかったのだろうが、桐生の声は掠れていた。
「ルトン。はい終わり」
「…ちょ…まて」
「ルトンはサルです。はい終わり」
「…お…前な」
「このまま寝かせてあげたかったけど無理そうです。すいません桐生さん」
  重い瞼をこじ開けて見上げてくる桐生の瞳に形ばかり詫びた。
  桐生さんが悪い。
  肩を掴んで、力の抜けた桐生の身体を起こす。抵抗はなかったが、後頭部に回した大吾の手から逃れるように座席端へとずり下がった。
  狭い車内で逃げ切れるわけもなく、車体に背を預け至近に迫る大吾と向き合う段になってようやく桐生は瞬きをして瞳を開いた。
「…こら大吾」
  状況を把握した。
  頬を撫でる指先がくすぐったい。
  唇にかかる吐息が、温かい。
  酒臭かったが、それはお互い様というやつだった。
「もう無理。ヤらせて」
「…酔ってるな」
「かなり。すごく。相当」
「…お前嘘くせぇぞ」
  ちらりと浮かんだ笑みは一瞬で、唇を塞がれ見えなくなった。
  大吾の手が桐生の開いたシャツの隙間から入り込む。
  ここでやる気か、と思えば呆れもするが、流れ始めた車窓の景色を見やって目的地までの所要時間を計算してみる。
  …いや、無理だろ。
  桐生は冷静に判断し、首筋を這う大吾の舌の感覚に漏れそうになる吐息を飲み込んで、シャツのボタンを外しにかかっている手首を掴んで止めた。
「…桐生さん?」
「不満そうな顔すんな。外見ろ、外」
「……」
「舌打ちすんな。全くお前は…」
「でも桐生さん…」
「でもじゃねぇ。…あー身体が重い…半分寝てるな…」
「……桐生さん…」
「情けねぇ顔すんな」
「でも」
  大吾の言わんとするところを理解し、身体を起こしながら桐生は溜息をついた。
「…ああ、六代目、それは確かに困ったな」
「何で今六代目を強調したんですか…」
「そうだなぁ…前にいる連中に見られたくないだろうなぁと思ってな…」
「…あぁ、なるほど、あんたそんな性格悪かったっけ…」
「あん?誰に言ってんだ?」
「…いえ、独り言です」
  さてこの行き場のなくなった昂りを一体どうやってやり過ごせばいいのやら。
  ああ、桐生さんに挿れたい。
  しかし早漏でもない限り到着してしまうのだった。
  困った、どうしよう。
  真っ最中に「到着しました」なんて、洒落にならない。それはあってはならないことだ、絶対に。
  桐生さんと己の名誉の為にも、絶対に。
  ああ、だがしかし。
「……」
  項垂れる六代目の頭頂部を眺めやり、桐生は溜息をついた。
  ああ、甘い。
  俺は甘い。
  全くもって、甘すぎる。
  大吾の望みと、今できることと、桐生自身のやりたくないことを秤にかける。
  否、やりたくないというよりは、「自ら進んでやりたいことではない」。
  だが、仕方がない。
  いや…仕方がないで済ませてはいけないのではないか?と、心中でツッコミが入るが、黙殺する。
  仕方がない。
  …これしか言いようがなかった。
「大吾、ちゃんと座れ」
「…はい?」
「前を向いて、座れ」
「え?…いや、でも」
「さっさとしろ」
  桐生が座席から降り、低い天井に腰を屈め、床に膝をついた。
  動かない大吾の膝を掴んで開かせ、己の身体を割り入れる。
  スーツの上着の合わせを開き、ベルトに手をかけ外す。
「き…、ききき桐生さん!?」
「…「る」如きででかいツラすんなよ大吾」
「は!?いやして、な…!…っ!?」
  叫びたい衝動を大吾は堪えた。

 何やってんですかー!!

 …と、言いたかった。
  いや、ナニをナニしているわけだが、とすでに脳内で日本語らしからぬ日本語が回っている目の前で、桐生が大吾のモノに食いついていた。
「…ま、まま、マジで…っ」
  一気に体温が上昇し、息が上がった。
  赤い舌が、唾液とともにぬるりと裏筋を舐め上げる。
  左手は先端を撫で、右手は陰嚢をゆるゆると刺激しており、唾液に塗れネオンに照らされてらりと光る淫猥なモノの上を舌先が擽るように滑り行く。甘噛みという程強くもなく、軽く歯を当てられ大吾は呻いた。
「…っは、き、りゅうさ、ちょ…っ」
  視覚に飛び込んでくる光景は、心臓に悪い。
  鼓動がうるさい程に跳ね、体中の血液が音を立てて流れ、震える手で桐生の髪を撫でればちらりと視線を向けられ硬直した。
  口元に刻まれる笑みは、凄絶にエロイと思う。
  さすが「伝説の男」のすることは躊躇がない。
  興奮するし、何よりもキモチイイ。
「…そろそろ、イけそうか…?」
  吐息交じりに笑って問われても、大吾は答えられない。
  もう出そうです、と言えばいいのだろうか。
  もっと我慢しろと、焦らされているのだろうか。
  指先で輪を作り、唾液で滑らせながらカリを擦られ息が詰まる。
「も…っ、桐生さん、」
  限界だった。
「…そうか」
  根元から先端までを舌が滑り、その感覚に大吾の身体が震えた。
  もうダメだすぐイきそうだなぁと思っていたら、桐生が。

  ぱくりと根元まで咥え込んだ。

「…ッ!!」
  耐えられるか馬鹿野郎、である。
  視覚の暴力も甚だしく、ずるりと吸い上げられてあっけなくイってしまった。
「…っ…ふ、…っ」
「っ…早ぇ…!」
  早くてすいません。
  ていうか、無理です。
  しかも、飲んだ。
  …飲んだ、この人!!
  俺の、飲んだよこの人!!
「…き、きりゅうさん…」
「あぁ、マズイ…」
「で、ですよね…」
  呆然と見つめる大吾を見やり、桐生は口元を拭って溜息をついた。
「さっさとしまえ。そこまで面倒見ねぇぞ」
「あ、…あぁ、はい…で、ですよね…」
  一人身支度を整える間抜けな男から視線を逸らし、桐生は座席へと戻って腰かけた。
  落ち着きなく、顔が左右する東城会のトップの姿を窓越しに発見し、さらに溜息をつく。
「動揺すんな」
「いや、するだろ!普通するだろ!」
「……」
  まぁそうか。
  そうかもな。
  どうも判断力が鈍っている気がするのは、まだ身体だけでなく脳も寝ているからかもしれなかった。
  目的地は目前だった。
  さて、大吾は大人しく帰るのか。
  高級でもなんでもない、一般的なビジネスホテルの駐車場に滑り込んだ外車から、真っ先に降りたのは東城会六代目会長であった。
  桐生の腕を掴み、早く降りろと引っ張る。
「着きました、桐生さん」
「…どうでもいいが、この手は何だ」
「どうでもいいなら聞かないでください。部屋、行きましょう」
「…お前なぁ」
  呆れた表情の桐生を気にすることなく、大吾はドアの前に立つ部下へと向き直る。
「明日朝六時に迎えに来てくれ。一旦戻って出直す」
「はい、かしこまりまして」
「帰っていい」
「はい、会長。お疲れ様です、四代目」 
「…あぁ…」 
  至極丁寧な礼を複雑な心境で受けながら、桐生はもはや溜息を隠さなかった。
  去っていく高級外車には目もくれず、エントランスへ向かおうとする大吾の背中に溜息を投げつける。
「…シングルだぜ」
「だろうと思って、ダブル取っておきました。空いてて良かった」
「……」
「桐生さん、実は元々そのつもりだったでしょう」
「…あ?」
「桐生さん、誘ってたでしょう」
「…おい大吾」
「で…目ぇ覚めました?」
  振り返った大吾は笑ってはいたが、腕を掴む手には力が籠っていた。
「…ああ、覚めた」
「そうですか、それは良かった」
  カードキーを受け取り、部屋へと向かう。

「じゃ、遠慮なく」

「……」
  目が笑ってねぇぞ大吾よ。
  掴まれた腕を見やる。
  何なんだろうなこれは。
  こんなことしなくとも。

  逃げやしねぇよ。

  ふと漏れた笑みに、大吾が気づくことはない。


END
リクエストありがとうございました!

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