それは一つの宝物。

 抜き身の刃に手を沿わせ、その刃先を確認しようと顔を近づければ磨き上げられた側面に映りこんで笑う己の姿にさらに笑う。
  玉鋼、銑鉄、包丁鉄からなるそれは叩き延ばし折り返しながら鍛錬を重ねて不純物を取り除き、鍛接されて整形し、また打ち叩いて固めた強靭さで曲がることもなければ折れることもなかった。
  一年近く放置されていた割には美しい姿を留めたままの愛用のドスの握り具合を確かめて、また刃先へと視線を向ける。
「…よく飽きねぇな」
  どれくらいそうしていたのか記憶はないが、遠くから眺めては手に取り至近で見つめ直してを繰り返す様に、投げられた声は冷たかった。
「…ん?何がや桐生チャン?」
「それだよ、それ。いつまで見てんだ。トーナメントやるんだろう。…準備できたぜ」
「おお、そやった!いやぁ~懐かしくて挨拶しとったんやコイツに。おかえり~ってな」
「……」
「ほな始めよか!俺は観戦しとるからな、頼むでぇ桐生チャン!」
「…ああ」
  東城会を抜けた真島が何をしているかと思えば、ミレニアムタワーに移動した「サイの花屋」が残して行った地下歓楽街を占領し、建設会社を作ってその上に神室町ヒルズを建設していた。
  元手もかからず莫大な利益を生み出す宝の山を手にした真島は随分と楽しそうだった。観覧席で女を侍らせ高みの見物を決め込むヘルメットに蛇柄のジャケットという異様極まりない風体も、闘技場の中心から見上げればそれなりに偉そうには見えた。
  見下ろしてくる視線を正面から受け止めれば真島が片目を細めて笑う。
  戦いたいのだと、語っていた。
  降りて来いと、視線で返す。
  こちらも自然と笑みが浮かんだ。
  トーナメントに勝ち抜いて、真島に勝って、東城会へと戻さなければならなかった。
  こちらからの願いの対価はいつもシンプルでわかりやすい。

 「戦って勝て」

  それだけだ。
  二戦を終えて真島がいたはずの席を見上げた時には、そこは空席だった。
  派手な音楽とパフォーマンスでリングに上がる男の行動はやはりシンプルでわかりやすかったが、見せられる光景はいつも理解を超えていた。
  あんただけは読めないと言えば、嬉しそうに笑う。
  手にしたドスを愛しげに撫で、真島は正面に構えてみせた。
 
  一年も放置していたくせに、何故愛しげに触れるのか。

  桐生には理解できなくとも、この男の中では整合性は取れているようだった。
  切れ味鋭い鬼炎のドスが真島の手の中で自在に踊る。
  かわしながら右足を蹴り出せばリング上を滑るように移動した真島のドスが背後に迫る。
  避ければ避けた分だけ距離が縮まり、ドスの分だけリーチの長い真島の右手がこめかみを掠めて行った。
  簡単に勝たせてくれる相手なら、苦労したりはしないのだ。
  …簡単に願いを聞き届けてくれる相手であったなら、桐生が出向く必要などないのだ。
  真島の要求はいつだってシンプルでわかりやすい。
  ただ、その行動に付随する光景が理解しがたいというだけで。

  真島がドスの刃先を愛しげに撫でている。
  桐生が東城会本部の隠し部屋から持ち出したそれを、飽きることなく撫でている。
「いつまで、やってんだ」
  見下ろし問えば、ドスから視線を外した真島が首を傾げる。
「長年愛用しとったもんやからな」
「…ずっと、忘れてたくせに」
「…それはちゃうで、桐生チャン。堅気になった俺には必要なかった、それだけや」
「どうだかな…」
「助かったで~、桐生チャン。…ところで」
  ようやくドスを離し枕元に転がして、己をまたいで膝をつく桐生の腰をその手で撫でる。
「コッチがお留守やで。自分で動くより、突き上げてもらう方が好きなんか?」
  笑って下から突き上げてやれば、真島の腹に手をついた桐生の背が反り真島のモノを締め上げた。
「っ…そうそう、ええ子やな…っ、ちゃんと、動けや、桐生チャン…ッ」
「ふ…ッ、め、…んどくせぇな…っ」
  軽く舌打ちし、身体を起こした桐生は真島の立てた膝の上に手を置いて、それを支えに腰を浮かす。
  根元までぴたりと収まる怒張したモノを擦り上げるように先端まで引き抜いて、一気に落とす。
  ベッドのスプリングが軋んで悲鳴を上げたが、自ら抉る内壁の感覚は加減しているせいかたいして気持ち悦くもない。
  速度を上げて浅く先端付近で出し入れを繰り返してやれば、真島は気持ち良さそうに目を細めた。
  これはセックスというよりは単なるご奉仕だと思う。
  悦ばせてイかせてやるだけの、お仕事だ。
  たまに奥まで押し込み、己を犯す熱い肉棒を締め上げれば内壁が悦んで食いついた。
  イイ所を探って抉るように擦り上げればいつの間にか勃ち上がった己の先端から先走りの涙が流れる。
  だが、足りない。
「桐生チャン、上手やないの。俺、もうイきそうや…っ」
  赤く熱い肉の襞がそそり立つ己のモノを咥え込んでは締め上げて、擦り上げては抜けていく光景はクるものがあった。
  目の前で勃ち上がって震える桐生に手を添え先端を抉るように刺激してやれば、内腿が引きつって後ろが締まる。
  ぬめる粘液を指に絡めながら上下させてやるが、うっとうしいとばかりに悪戯する手を払われた。
「ん…っ、邪魔、すんな…!」
「気持ち、エエやろ?」
「集中、できねぇ、…だろッ」
  吐き出す息は濡れて熱く、睨む視線には力がない。
  ひくつく中の感覚に意識を向けてしまっているらしい桐生は、片手を真島の腹について腰を浮かせ、大きく引き抜き根元まで押し込んだ。
  包み込まれる生きた肉に絞り上げられる快感に、真島が呻く。
  たまらなかった。
  そのまま持って行かれそうになり、耐える。
「っ、ちょ、こら、桐生チャン!何や、俺だけ、イかせる気かい!」 
  とどめとばかりに上下する桐生の腰が、容赦なく真島のモノを締め上げる。
  もう限界だったが、これでは全くつまらない。
「…っはやく…ッイけよ…!」
「っこら、ちょい、待ち、」
  ぐじゅ、といやらしい音を立てて根元まで埋まった所で腰を捕まえ固定して、身体を起こす。
  埋まる角度が変わって呻く桐生の背中に手を回し、そのままベッドに押し倒した。
「ぁ…ッ…!な、んだ…ッ」
  スプリングの反動で跳ねた身体と締まる肉に、今度は真島が小さく呻く。
「ま…ったく、プロのねーちゃんかおのれは」
「は…ッ?何が…!」
  繋がったまま両脚を掴んで肩に乗せ、そのまま乗り上がって桐生の耳元に手をついた。
「ぐ…っく、っ」
  両脚が二人の身体の間で密着して押し付けられ、今度は上から貫かれる形になった桐生が浅い呼吸を繰り返しながら苦痛を訴えるが、真島は聞こえないフリをした。
「俺だけ楽しんでも、しゃーないやんけ。…何やねん桐生チャン。馬鹿にしとんのか」
  体重をかけて圧し掛かり、至近で囁く。
  肺を圧迫され酸素補給も満足にできない桐生はしばし喘ぎ、整わない息を吸い込んで真島を睨み上げた。
「…なら、アンタも動けよ」
「……へ?」
「めんどくせぇ…っ、一人で、ドスでも、弄ってろ!」
「……。……」
  何故その単語が出てくるのかわからない真島は、背後に落としたままのドスに目をやった。
  鬼炎のドスは東城会を抜ける際、置き土産として諦めたものを、桐生が持って来たものだった。
  東城会に戻れと、いう意味ではなかったのか。
  桐生もまた、東城会に関わる気になったのだという意志表示ではなかったのか。
「んん?…よぉわからんなぁ…」
「…いや、いい…何でもねぇ。いい加減、苦しい、から、どけ…っ」
「いやいや、まぁ待てや桐生チャン」
  熱くひくつく中に納まった自身を僅かに引き抜き、奥まで押し込む。
「っ…!」
  今度は先端まで引きずり出し、絡みつく肉を押し開きながら根元まで。
「…っは…」 
「エエ反応や桐生チャン…、やっぱり可愛がられる方が好きなんか、なるほどなぁ…って、ん?」
  限界まで押し開きグリグリと擦りつけるように動かせば、中から流れ出した粘液が絡みついて卑猥な水音を立てた。
「っぅる、せぇな…ッ、なん、」
「あー!わかった!わかったで桐生チャーン!」
  言葉を遮り勢いよく身体を起こした真島は、桐生の両脚を掴んで押さえつけた。
「つっ…、な、んだよ!」
  真島の体重が減っただけでも随分軽くなったと思いながらも、上半身にくっつけといわんばかりに押さえつけられる両脚が無理に押し曲げられて苦しかった。
  上に圧し掛かられ尻は高く真島の膝の上に乗せられた体勢は嬉しいものではない。
「何やねん桐生チャン!可愛いコト言うてくれるやないか…っ!」
  嬉しそうに弾んだ声で、真島が桐生の中を抉る。
「ぅ…ぁっ…!」
  奥まで壊さんばかりに突き上げてくる男の勢いに、桐生はガクガクと揺れる身体をシーツを握り締めることで耐えた。
「そうか、先に桐生チャンを、可愛がってやらんと、いかんかったな…っ、うっかり、しとった」
「は…っ、あ、ァ…ッ、待、ちが、そいう意味じゃ、ねぇ…っ」
  ズル、と汗で滑る身体を引き寄せて、真島が笑う。
「ええで、撫で回したる。もっと、キモチヨクなりたいやろ、桐生チャン…!」
「く、ッふ、…ッ」
  腰骨が当たって痛い。
  激しく抉られ中が酷く熱かった。
  知らず自身に手を伸ばし、真島が突き上げる強さに合わせて動かせばたまらない快感だった。
  近い限界に後ろが締まる。
  真島が呻いて、桐生の頬に手を触れた。
「ッさぁ桐生チャン、俺に会えて嬉しいって、言うてみ…!」
「あっ…、ッな、に、言ってやがんだ、アンタ、はっ…!」
「そしたら、おかえりって、言うたる…っ」
「っ、ん、く…ッ、バ、カだろ、アンタ、っ」
「アイツは一年振りに会えて嬉しいって、言うたのに、まったく、桐生チャンは…ッ!」
「ぁ、ッあ…っ、……ッ!」
  桐生の身体がビクリと引きつる。
  締め上げ食いちぎろうとする最奥に真島は自身を押し込んで、痙攣する身体を抱きしめた。
「っつ、可愛いなぁ、桐生チャンは…!」
「……っは、アンタの目、腐れすぎだろ…!取り替えた方が、…いいんじゃねぇか」
「そぉかー?おかしいなぁ…」

 大事なモノを可愛がるのは本能だ。

  …と、真島は思っているのだが、桐生はまた違うらしい。
  落ち着いた様子の桐生のモノに手を伸ばせば、嫌な顔をして拒否される。
「あかんあかん。…もっと可愛がってやらんと、桐生チャン拗ねるからな」
「は…っ!?誰が、拗ねるって…?」
「忘れてたくせに、って、拗ねるやないか…ホンマにアンタは、何やねん」
「それは俺じゃなくて、ドスだろうが!」
「そんなん知らん」
「…アンタな…」
  萎えた己のモノを挿入したまま指を突っ込み中を開けば、とろりと白いモノが流れ出てくる。
「…俺が出したモンが中で溢れとるでぇ桐生チャン。なかなかエエ眺めや。奥まで押し込んだろか?」
「ッバ、カ、やめろ真島!」
  指が一本入り込んで奥へと押し込もうとするのを力を入れて阻止すれば、ひくついた肉が真島のモノと指を締め上げる。
「お…、桐生チャン、積極的やなぁ」
  熱くぬめって締め付けてくる内部に、真島のモノが反応する。
  浅く注挿を繰り返し、奥まで入れてを繰り返せばまた勃ち上がって桐生の内壁を擦り上げた。
「っ、オイ、アンタ…」
「安心せえや。ドスより桐生チャンの方が大事やで?俺にはな」
「………、…ああ、そうかい」
  比べる方がどうかしている。
  …ああ全く、比べる方が、どうかしている。
 
  どうしようもねぇなと呟き、桐生は真島の背中に手を回すのだった。


END
ドスを嬉しそうに撫で回す兄さんと、それを見守る桐生さんがちょっとジェラシー入ってたらいい。みたいな。

素直なひねくれもの

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