若いんだから、しょうがない。

 そろそろ西日が眩しい時間だった。
  真上を見れば昼の青空が広がっていたが、正面に視線を向ければ落ち始めた太陽と共に、橙から赤へと色を変えていく鮮やかなグラデーションが見て取れる。
  緩やかに頬を撫でる風は心地よく、暑くも寒くもない季節は過ごしやすかった。
  学校の屋上から見下ろす景色は悪くない。
  グラウンドで走り回る大勢の運動部の声も、ここでは遠い世界のようにしか聞こえない。
  学校より高い建物は遥か彼方に、近辺は住宅街であった為すべてを見通す事ができ、遮るもののない陽光は真っ直ぐ視線を射て眩しかった。
  錆びてはいるがまだまだ丈夫な柵に凭れかかり、錦山は手にした煙草を古びた屋上のコンクリートに押し付けた。
  黒い灰がコンクリートに擦り付けられ残ったが、柵の下のほんの一部だからいいだろうと勝手に結論付けて、空き缶の中に吸殻を突っ込んだ。
  嗜みとして吸殻は持ち帰ることにしている。教師に見つかると面倒だからだ。
  呼び出しを食らって説教されるのは時間の無駄にしか思えなかったし、だからといって応じないという選択肢は存在しない。養護施設にいる限り、迷惑は自分だけでは済まないからだ。
かといって吸わずにいるという選択肢は癪であり、見つからないよう、バレないよう、隠れて吸うのだった。
  そこまでして、と思わないでもなかったが、それはそれで楽しいのだから仕方がない。
  オトナに見つからないようにこっそりとやりたいことをやりたいのだった。
「な、一馬?」
  視線を落とせば短髪の後頭部から、不満気な声が上がった。
  頭を軽く撫でてやり、耳元を擽れば叩かれた。
「ってぇ~…、一馬、もっと強く吸いながらやってくんねぇと。舌も使えよ。あと先から奥までちゃんと動かせ。喉も使えよ」
「…ッ出来るか!」
「出来る出来る。口離すなつーの。ほれ、ちゃんと咥えてイかせてくれよ」
「もう顎が疲れた…」
「…疲れる前にイかせてくれっつー話」
「何で俺がお前のモノ咥えてやんなきゃなんねーんだよ…こういうのは理不尽っつーんだ、理不尽」
  口元を伝って顎へと流れる液体を掌で拭い、コンクリートの上に座り込んだ一馬が立ち上がろうとするのを錦山が腕を掴んで阻止する。
「こらこら、もうちょっとなんだから頑張れ一馬」
「頑張れと言われる意味がわかんね。自分でやれば?彰」
「ぶわーか、自分でやるより人にやってもらう方がイイだろ。後でお前もやってやっから」
「…いや、いらない」
「いらないじゃねー。せっかく慣れてきたんだから、続けないと意味ないじゃん」
  コレ、と指で輪を作りそこに指を抜き差ししてみせる。
  意味する所を理解して、一馬が顔を顰めて嫌そうに首を振った。
「ソレがイヤだっつってんだ。俺は男だぞ。何で挿れられなきゃなんねーんだ」
「んじゃ俺に挿れてみる?」
「…俺が?」
「そう」
「お前に?」
「ああ」
「死ね馬鹿。ヤるなら女とヤるに決まってんだろ頭沸いてんのか」
「ヤれる女もいねーくせに」
「…うっ!」
  痛いところを突かれて絶句した一馬を呆れた視線で眺めやり、残り少なくなった煙草を取り出し火をつけた。お前も吸うかと勧めてやっても良かったが、後でちゃんとイかせてもらわねばならないのでやめておく。
「真面目な桐生一馬クンは、成績優秀でスポーツも万能でカッコよくて優しくて、人気者なのにな。知ってっか?男にも女にも大人気なんだぜ」
「…それで?」
「俺順位で勝ったことねーもんなぁ。まぁそれはいいとして、声かけたくても速攻帰っちまうから声かけられないんだと」
「勉強があるし、バイトもあるからな。ヒマワリに迷惑かけられないし。…風間さんにも迷惑かけられないし」
「泣ける話だねぇ。まぁそれじゃ、ヨッキューフマンになってもてめぇで処理するしかねーわな。由美とヤれるのはいつの話かねぇ」
「ゆゆ、由美は関係ないだろっ!!余計なお世話だ馬鹿っ!!」
  動揺で声が上擦る様を笑いながら見やり、手を伸ばす。下品な笑い方をしているという自覚はあったが、構わなかった。 
「いつか来る日の為に、もっと練習しような?一馬」
  腕を引いて跪かせ、頭を撫でる。多少大人しくなったものの、相変わらず不機嫌な表情のままだ。
「……だから、何でこれが練習になるんだよ…」
「ディープなキスしてやろうか?一馬」
「いーらーねーっつーの!」
「自分がキモチイイ場所、覚えとけ。無茶されたら痛いだろ。そーゆーこったよ」
「…何で余裕なんだよお前はよ」
「えー?さぁなー。オトモダチいっぱいいるからなー」
  紫煙を吐き出せば風に流れてどこかへ消えた。
「…ヨゴレてるな」
「ヤれる女紹介してやろうか?」
  笑い混じりにからかってやると、頭を撫でる手を払いのけ、一馬が強い目で睨み上げた。
「いらねぇって、言ってんだろ」
「…じゃ、自力で上手くなってくれよ、一馬クン。日が落ちる前には帰りてぇな」
「クソ、覚えてろよてめぇ」
「ハイハイ。ちゃんと教えた通りにやれよ」
「……るせぇ。黙ってろ」
  すっかり萎えてしまった錦山のモノを撫で上げる。先端を舌先でくすぐりながら上下に扱けば次第に自立し硬くなる。
「…そこまでは、合格。そろそろ、お口でご奉仕してくれよ」
「…ッん…く…っ」
  うるさいと言わんばかりに睨まれてもそそるだけだ。
  己のモノを咥える口元から頬を撫で、首筋に手をかける。
「ッ何だ、覚えが早いな一馬…。そうそう、そのまま…」
「…ッぅ…んん…っ!」
  押さえつけ、根元まで押し込む。
  苦しげに呻いたが、しっかり締めて吸い上げろと囁けばその通りに実践してみせる器用な一馬を可愛いと思う自分が不思議だった。
  なんとも複雑な気分だ。
  とうに吸い終わって燻っている煙草をコンクリートの上に落とし、一馬の後頭部に手を回す。
「…さ、ちゃんと飲むとこまでがミッションだ。激マズだけどまぁ、いけるだろ…っ」
「っふ、ぅッ…!」
  一馬の動きに合わせて腰を浮かせ、打ち付ける。
  喉を圧迫する質量に一馬が呻くと先端が締まって気持ち好かった。
  早くイけと、強く吸い上げられて今度は錦山が呻く。
「っ…イくぞ、一馬…!」
「……っ」
  腰が引きつり、生暖かい口内に己の精を吐き出した。硬直した一馬の頭を撫でてやりながら、緩く上下に動かし残りを出し切る。
「っは…、よく、出来ました…」
「……ッぐ…!」
  手で口を押さえて苦悩する一馬を見やり、錦山が笑う。
「一気に行け、一気に。…どーしても無理なら吐き出せ」
「…ッぅぅ…」
  涙目で睨まれても効果はないというのに、しばらくうろうろと視線を彷徨わせ、首を巡らせ、空を仰いで決断したように一馬は一気に飲み下した。
「お~、すげー」
  感嘆の声を上げれば、一馬が錦山の胸倉を掴み上げた。
「マ………ッズイぃ!!!んだがッ!?」
「そりゃそうだ。精液の成分知ってるか?」
「知るかッ!!」
「よく頑張りました。また一歩成長したな、一馬」
  よしよしと撫でてやれば、まだ口の中に残っているのか一馬が咳き込む。震える肩にいかに不味かったかが顕著に現れていた。
「……ディープなキスをしてやろうか、彰…」
「それは絶対遠慮しておく。さぁ一馬、もうそろそろ日が暮れちまうから、さっさと脱いで」
「……」
「脱がせて欲しいのか。しょうがねぇな」
  両肩を掴んで体重をかけて押し倒す。
  綺麗とは言いがたいコンクリートの床の上に転がる小石が背中に当たり、抵抗より先に一馬は痛みで顔を顰めた。
「…マジでヤるのか、彰」
「上は着てていいぜ。背中ケガしたら話になんねぇし。シャツのボタンは外すけどな」
「…寒い」
「すぐ暑くなる」
「…下、声聞こえなくなったな…」
「そろそろ帰宅時間だ。鍵閉められる前に帰らねーとめんどくせーな」
「じゃぁ」
「それは無理ー。ていうか集中しろよ一馬」
「…っい…ッ」
  指を入れようとしたら拒絶する。
「全く…力抜けって、言ったろ。言うこと聞けって」
「ふ…っ」
  一つずつ工程を踏んで、一つずつ教えて行くのは楽しかった。
  覚えの良さは苦痛から逃れたいが為だったのかもしれないが、慣れてしまえばそれは一馬にとってはイイコトのはずだった。
「…別に、痛くないだろ一馬」
「…ッぅ…、っく」
  どう感覚を受け入れていいのか迷っている様子に、コンクリートについた手を取り背中へと回させる。
「縋り付いてろよ。人肌、大事なんだぜ」
「っ…また、偉そうなことを言う…ッ!」
「へっ…言われたくなかったら、早く慣れて俺がびっくりするくらいになってくれねーと」
「言ってろ…!」
  錦山のシャツを掴む指先が冷たい。
  ココは熱いのにな、と入り口を指で広げながら、己の先端を宛がった。
「…挿れるけど、どうすればいいか、分かってるよな…?」
「息を吐いて、力を抜いて、…縋り付いてろって?」
「そうそう、わかってんじゃん。エライね、一馬クン」
「馬鹿にしやがっ……、…っ…!」
  先端を含ませ少し入れてみれば、一馬の背がしなって顎が仰け反った。
  反った胸元に舌を伸ばし、強く吸い上げれば痕がつく。いくつかそうやって痕を残し、一馬自身に触れてやれば後ろが締まってひくついた。
  根元までゆっくり納めた時には、一馬のモノは勃ち上がり震えて悦んでいた。
「は…ッ、あ、きら…!」
「キモチイイって、どういうことか、わかったか…っ?」
「ぅっ、く…、ふ…ッ」
  ゆっくり引いて、ゆっくり押し込む。
  締め付けた分だけ内壁が擦られ、肉が悦ぶ感覚に一馬が背中に爪を立てる。
  シャツを通して伝わる痛みなど大したことはないが、熱い指先に満足した。
「…全部、受け入れろ、一馬。キモチイイ、だろ?」
  耳元に囁きを落としてやれば、一馬が小さく頷いた。
「は…ッァ、彰…っ」
「っ、ああ、俺も、キモチイイ、よ」
  先端まで引き抜いて、奥まで突き入れる。
  膝下に手を入れて大きく開かせ、より深く。
「…ホラ、自分のモノも好きなように触れ…っイって、いいぜ…!」
  一馬の片手を導いて一緒に扱いてやれば、悦んだ。
「ぁ…っア、んん…ッ!」
「早く、後ろでもイけるようになれよ、一馬…!」
「は…、そ、んなの、無理だ、ろ…ッ!」
「わかんねぇぜ、やってみねぇとな!」
「っく…ッァ、ア…ッ!」
  びくりと一馬の身体が引きつった。
  限界が近いようで、後ろが容赦なく締まる。
「っ…!」
  錦山は一歩引こうとしたが遅かった。グリグリと奥まで押し付け中の感覚を楽しんでいる間に、持って行かれた。
「うぇ、マジか…」
  ほぼ同時にイった一馬の中はまだきつい。
  ゆるゆると肉を引きずるように抜き出せば、一馬が大きくため息をついた。
「っ…はぁ、疲れた…」
「…おま…」
  脱力する錦山を尻目に、さっさと起き上がって身支度をする男は大物の臭いがした。
「煙草、一本吸っていいですかね、一馬クン」
「先に服着ろよ、下半身露出は犯罪だぜ」
「事後のピロートークってのも大切なんだぜ、知ってるか?」
「…馬鹿なこと言ってねぇで、帰るぞ彰。腹減ったしこのままじゃ食いっぱぐれちまう」
  錦山にカバンを放り投げ、空を見上げて一馬が眉を顰めた。
  すっかり暗くなった空は、地平線に残照が辛うじて今日最後の輝きを放っているだけだった。
「色気の欠片もねぇな」
「…本当に馬鹿だなお前。そんなモン、俺に求めてどうすんだ」
「…あぁ、まぁ、確かにそうだ」
「立て立て。んで、俺の背中の土とか払え。酷い有様になってるだろ絶対」
  錦山の腕を引っ張り、無理矢理立ち上がらせて背中を向ければ、諦めたようなため息をついて大人しく背中を払う。
「落ちたぜ。…一馬は次はアレだな」
「あ?」
「空気の読み方と別の体位…」
  カバンが飛んできたので咄嗟に避ける。
「あぶね…っ」
「もうヤらねー絶対ヤらねー」
「ヤるヤる。お前は絶対またヤりたくなるって」
「ならねー絶対ならねー」
「なるって。そうだな…」
  前を歩く一馬の制服の襟を掴んで、引き寄せた。
  不意に食らった攻撃に対応できずに、足がよろけて後ろに倒れた所を錦山が支え、顎を掴んで口付けた。
「…次は、キスから始めるか」
「……お前、煙草くせぇ…」
「悪かったな!」
  校舎の鍵はまだ辛うじて開いていた。教職員はまだ残っているようだった。
  見つからないよう静かに玄関を出て、校門を後にする。
  暗闇の落ちた道を二人で帰るのは、初めてのことかもしれなかった。
「…なぁ一馬、お前進路どうすんだ?」
「お前こそ、どうするんだ?」
「…さぁなぁ…高校は行くだろ?」
「……」
「え、行かねぇの?」
「…働いてもいいかなと」
  孤児だし、施設にお世話になっているし、早く自立したいのだと一馬は言った。
「ぶわーか、高校くらい行っとけ。私立のクソ高ぇ学費でもなきゃ、何とかしてくれんだろ風間さんが」
「…風間さんに迷惑かけるのもな」
「じゃ、風間さんに相談してみろや。絶対高校行っとけって言うぜ。マジで」
「……」
  一馬が考える素振りを見せる。
  施設入所者の99パーセント近くが進学をしている時代に、中卒でいいとは謙虚なことだ。
  コイツはいつもそうなのだ。
「あー腹減ったな。今日の晩飯何かなーっと」
「…今日はハンバーグって言ってた」
「えっマジで!早く帰らねーとヤベーじゃん!冷めたら美味くねーし!」
「…だから早く帰ろうって言っただろ…」
  一馬の腕を引っ張り、錦山が先導する。
  呆れた顔でため息をつきながらも、一馬が笑う。
  街灯が照らすほの暗い道も、怖くはなかった。
  いつか道を分かつ日が来るのだとしても、今この瞬間は楽しかった。


END
桐生さんのハジメテは錦山しか考えられないと思うのデシタ。

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