「出せ」
「…どうしましたか」
「ここから出せ。何故拘束されているのか理解できない」
「あなたが暴れるからです」
「暴れてなどいない」
「…あなたに改善要求をする権利はありません」
「弁護士を呼べ」
「…あなたは裁判にかけられることはありません、法の保護を受けることもありません」
「人を犯罪者みたいに言わないでくれ。僕は何も悪いことはしていない」
「……」
「むしろ人を監禁拘束している犯罪者はそっちだよ。早く解放しろ。僕を誘拐しても…何もないよ」
「……」
「どうして黙ってるんだ？自分の非を認めたかい？」
「……あなたは」
「僕？僕は善良な一般人だよ…。誘拐しておいて僕が誰か知らないなんて言うなよ」
「誘拐ではありません」
「じゃぁなおさらこの状況の改善を要求する。権利がないなんて言わせないよ」
「…あなたの名前を伺いましょう」
「何言ってるんだ？僕は夜神月。知ってて拘束してるんじゃないのか。怒っていいかな？」
「…あなたは何故拘束されているんでしょう？」
「…馬鹿にしているのか？僕が聞いているんだよ。目が覚めたら全身拘束なんて、笑えない冗談だ。夢だと思いたいが、どうやら現実みたいだね」
「……」
「ところで君は誰？知っている気がするが、思い出せないな」
「…お好きなように」
「Ｌか？」
「…どうとでも」
「……知ってるよ。Nate River…ニアだ」
「…では、自分が何故拘束されているかも知っていますよね」
「知らないな」
「しらばっくれているのですか？」
「僕をキラだと疑っているんだろう」
「……」
「解放しろ」
「無理です」
「解放しろ」
「無駄です」
「僕は神なのに」
「誰が神なんですか？」
「……随分遠い所から声がするね。僕だよ」
「…部屋の中に入る気はありません。あなたが神なのですか？」
「じゃぁすぐそこで話している声は誰だ？…もうすぐ、新しい世界になるよ。早く解放しろ」
「あなたこそ誰と会話しているのですか？…というより、あなたは誰ですか？」
「夜神月だよ。しつこいな」
「…やがみらいと？」
「…さっきから何なんだよ」
「……なるほど、キラですか」
「神だよ」
「魅上照はどうしましたか？」
「魅上？誰だ？」
「……なるほど、魅上を覚えていない？」
「僕の知り合いか？…残念ながら、記憶にない」
「そうですか、私は暇ではないので、以後当分あなたの相手はできなさそうなんです。夜神であるあなたから聞きたいことはないんです。魅上はどこですか？」
「知らない。…早く解放しろ」
「それは無理です。諦めなさい」
「神の世界を創るんだ！」
「それも無理です。諦めなさい」
「お前にはわからないのか。世界が神を必要としているのに！声が聞こえるだろう、神を求める声が！僕を置いて他にはいない！神になれる者など他にはいない！」
「そもそも神など必要ありませんよ。目を覚ましなさい」
「犯罪をなくす為には裁きが必要だ。綺麗な世界にする為には神が必要だ。そんなこともわからないのか！」
「何故そう思うのか、私には理解できませんね。神の裁きなどいりません。神などいりません。キラなど、いりません」
「貴様、神を愚弄する気か！！」
「あなたは神ではありません。ただの狂人です」
「黙れ！」
「あなたはキラですらありません」
「僕はキラだ！！」
「…疲れてきました。ふざけているのですか？私を馬鹿にしているのですか？それとも本当に狂ったのですか？」
「僕は正常だ。おかしいのはお前だ、ニア。今ここにノートさえあれば、貴様を殺してやれるのに…！」
「ノートですか、あれはもうありません。死神も、もういません。夜神であるらしいあなたがキラになる日は、二度と来ません」
「…ッ！？」
「あなたが解放される日も、二度と来ません」
「ニア…！」
「ところで夜神月であるあなたは、知っていましたか？」
「……っ？」
「夜神月がＬだったことを」
夜神月が。
「…？は？何を言ってるんだ…？」
「あなたは何も知らないでしょう、【夜神月】。Ｌでありキラであった夜神月は、負けて死んだのです」
「……意味が、よく」
「Ｌを殺してＬに成りすました夜神月は、キラとして殺人を犯しながらキラを追う探偵も演じていたのです」
「……」
「器用な茶番ですね。とても上手い方法ですね。けれど負けて死んでしまった」
「……」
「…で、あなたは誰ですか？」
私は誰ですか？
「…ぼ、僕は」
「ああ、夜神月でしたね、これは失礼。…私はそろそろ行かねばならないので、最後に一つだけ」
「…僕は、やが…」
「夜神月はおそらく世界最高の権力を持ちながら、負けたただの人殺しです」
ひとごろし。
「負け犬です」
「……」
「かわいそうな人間です」
「……」
「哀れんであげてくださいね、【夜神月】」
あわれまれるべきかわいそうなやがみらいと？
「……」
「それでも神になりたければ、拘束具の下で妄想でもしていればいいと思いますよ。時間だけはありますから」
「……」
「死ぬまで解放されることなく、そこで生きて行くかわいそうなあなたは、本当に夜神月でいいのですか」
本当の夜神月はどこですか？
「……ぼくはやがみらいとだ」
「…そうですか、ではもう何も言いません。さようなら、【夜神月】」
どこかで重い鉄の扉が閉まる音がする。
僕は神であるべきで、
僕は神でなければならない。
僕は崇拝されるべきで、
僕は哀れまれてはならないのだ。
「Ｌは誰だ」
「…Ｌは夜神月です」
「…お前は誰だ。ニアは行ってしまった」
「…お好きなように」
「幽霊か？本当のＬか？」
「…ああ本当に、あなたは夜神月であるのですね」
「……それ以外の名前を知らない」
「…そうですか。あなたは死んでしまったのですね」
「僕は生きている」
「…そうですね」
近くで語りかける声はニアと同じなのに、これは誰だというのだろう。
「僕がＬであるはずがないんだ」
「…そうですか」
「お前は真実を知っているんだろ？」
「私はあなたが知る以上のことは知らないのです。すみません」
「役に立たないな」
「そうですね。私は生まれてからずっとここにいて、あなたとしか話したことはありません」
「僕より長く監禁されているのかい？」
「いいえ、監禁はされていません」
「…よくわからないな」
「私はあなたの罪を」
「…罪？」
「あなたの罪を聞くためにここにいて、そして役目は終わってしまったようです」
「…どういう意味？」
「死んでしまったあなたが遺したのは、あなたと私」
「……」
「本当にあなたが死んでしまったのか、私にもわかりません」
「…僕は生きている」
「はい、あなたは生きている。けれど死んでしまった」
「…意味がわからない」
「あなたの名前を教えてください」
「……、僕の名前は、……」
なまえは？
「…、僕の名前は知っているんだろ？どうして何度も同じことを聞くんだい？」
「あなたは一人で生きていけますか？」
「僕は独りで生きてきたし、これからもそうするだろう。…質問に、答えてないよ」
「……」
「…聞いてる？」
「…あなたが夜神月を選び、夜神月として生きていくというのなら」
「…僕は」
「あなたの幸せを願います」
しあわせ？
「あなたは神に、なりたかったのですね」
かみになりたかった？
「あなたは夜神月に、なりたかったのですね」
やがみらいとに
「かわいそうな魅上照」
なりたかったわたしのなまえは
「…僕は夜神月だ」
「…そうですね」
どうして哀れむの。
「魅上なんて知らない」
「…そうですか」
みかみはどこにいるの。
「魅上はどこに？」
「あなたがわからなければ、誰にもわかりません」
みかみはどこにいるの。
「…わからない」
「……そうですか」
目を閉じる。
もともと塞がれた視界で目を閉じた所で、ずっと真っ暗で変わりはなかったけれど、目を閉じる。
扉の取っ手に手をかける少年の姿があった。
「…どこへ行くんだ？僕を置いて、どこかへ行くの？」
「…私の役目は終わりました。私は還るべきところへ還り、いずれまた、あなたが必要としてくれた時には、お会いする日が来るかもしれませんね」
「待て」
「お会いするのが、私かどうかはわかりませんけど」
お幸せに、【夜神月】。
「待て、僕を置いていくな…ッ！！」
ぱたん、と。
扉が閉じて、後には何もなくなった。
何も、なくなった。
急速に遠のく意識にくらくらする。
「…僕が」
僕が夜神月なのに。
誰も彼もまるで僕がニセモノであるかのように決め付けて。
僕以外に夜神月はもういないのに。
「………」
もう、いないのに。
神が神になれなくて死んでしまったのにどうして私は生きているの。
私なんかいらないのだ。
私なんかいらないから、神が。
神さえいてくれれば。
私が、神になれたなら。
私が、神であったなら。
神が死ぬことも魅上照が死ぬこともなかったのに。
扉が現れた。
取っ手に手をかけ手前に引けば、溢れ出る光は優しかった。
欠片の如く遺された神の幻影だけで、生きていけるほど強くはなかった。
この心が扉を超えたら、本当の神に会えるだろうか。
私は魅上照でありニアであり夜神月であった。
光の中に飛び込むと、穏やかな気持ちが押し寄せた。
ニアがいて、魅上照がいた。
伸ばされた手を取ると、穴だらけだった記憶が埋まって行く。
ごめんなさい。
私は、神のお役に立てなかった。
少しだけ、神になれて。
私は、ほんのひととき、幸せでした。
そして眠る。
穏やかに。
ぱたん、と。
扉が閉じて、後には何もなくなった。
何も、なくなった。