私の神はどこにいる。

 

 私は優秀な人間であった。

 子供の頃から正義感に溢れ、間違ったことが許せない人間だった。
 時には疎まれもしたが、私は私の正義に従って生きてきたし、それを曲げたこともない事を誇りに思っている。
 正義を乱す者は悪。
 私の信念は単純明快でいて、けれど貫き通すには多くの障害を伴った。
 妥協が必要だと他人は言う。
 関わらない事が懸命な生き方になることもあると他人は言う。
 親切ごかしな忠告という名の誹謗は、私の耳には届かない。
 愚かな者達。
 哀れな者達。

 この世界は、汚いモノで溢れている。
 正義を汚す、醜悪な人間共で満ちている。
 
 キラ。
 私の神。
 貴方だけが私の正義を体現してくれる唯一絶対の存在だった。
 法で裁けない悪を、その絶対的な力でもって断罪する様は清清しく、死すべき人間が正しく死んで行くことは、この世界を美しく正しい世界へと変革することでもあった。
 悪の存在しない世界を。
 誰もが清らかに生きていける世界を。
 キラならばそれが出来ると信じていたし、私がキラの為に出来ることならば命をも喜んで捧げる意思を持って生きてきた。
 その気持ちには今でも偽りはない。
 キラは私の神であるだけでなく、まもなく世界の神になる。

 そう、キラは正しく神になるべき存在なのだ。

 銃で撃たれて地面に転がる男の姿を見る。
 死神との契約によって手に入れた瞳で見ても、男の名前は見えるが、寿命は見えない。
 ノートの所有者であるという証。
 夜神月。
 神であるのだと。
 私が命を捧げて仕えようとしてきたキラであるのだと言う。
 
 キラ。
 私の神。

 …これが。

 思えば最初から疑問に思うところはあった。
 何故神は自ら裁きを行っていないのか。
 何故神は見張られ、動けない状態になどなっているのか。
 私が見てきたキラは、万能であり、あらゆる悪を裁いてきた神であった。人間を超越したかのような能力を使い、世界中のあらゆる醜悪なゴミを削除する。
 なのに何故その神が見張られる事態になど陥っているのか。
 L、という探偵がキラを捕まえると公言し、世界中の警察がそれに追従したのはもう遠い昔の事だ。1年もすれば世界はキラが望む方向へと動き出し、Lは完全にキラ優勢の時代に呑まれて消えたといっても過言ではなかった。 
 完全なる神の世界はもうすぐそこまで来ているのだ。
 キラは偉大なる神として君臨するにふさわしい手腕と能力を持っているはずだった。

 なのにこの状況はなんだ。

 神の法として認められたと思った時には狂喜し、神の為に生きることを誓ったけれど、神は見張られ動けないと言った。
 私に代わりに裁けと言った。
 高田を通して指示を出す。
 万能なる神とも思えぬその迂遠なやり口。
 人間だから、というレベルの問題ではない。
 キラは神なのだ。
 Lごときに神が負けるなどあってはならないし、追い詰められる事すら本来あってはならないのだ。
 薄暗い倉庫内を見渡す。
 ニア、レスター、リドナー、ジェバンニ、模木、松田、相沢、井出…。
 全てがキラの敵だという。
 全てが神に仇なす悪しき者達であるのだと。
 
「魅上!何してる、助けろ!書け!お前の役目だ、何してる!」

 夜神月が叫ぶ。
 キラであるのだという。
 神であるのだという。
 
 …本当に?

 ありえない。
 コレが私の神であるなど、ありえない。
 
「あんたなんか神じゃない!」
 ああ、そうだ。

 夜神月は私の神なんかではないのだ。

 キラが、私の神がノートを手放すはずなどなく、死神を手放すことすらおそらくはない。
 私がノートを所有し、夜神月もノートを所有しているというだけの話なのだ。
 ノートが複数あるということは、

 私の神は別にいるに違いない。

 おそらくは夜神月にキラの身代わりをさせているに過ぎないのだ。
 私にノートを送ってくれた真実のキラは、別にいるのだ。
 
 こんな男に騙されるとは。

 真実のキラは、誰にも知られず、誰にも悟らせることもなくキラに敵対する者を一掃しようとしているのだろう。
 夜神月を囮に使うことによって。

「あんたは神なんかじゃない!クズだ!」 
 私をこんな目に遭わせるなんて。

 真の私の神に命を差し出すのならばともかく、こんな成す術もなく哀れに床に転がる男の為にこの私までが捕らえられる等、あってはならないことなのだ。
 まんまと乗せられてしまった。
 私の神であるのだと、信じ込まされてしまった。
 私が忠誠を捧げるべき神は別にいるというのに。
 私の忠誠心が本物かどうか、試されてでもいるかのようだ。

 ああ、私の神よ、愚かな私をお許し下さい。
 貴方の為に一生を捧げるつもりで生きてきたのに、私は貴方の期待に応えることができなかった。
 
 全てはこの夜神月という男のせいで。

 許せない。
 私を欺いた罪は重い。
 
 無様に床に転がって、そのまま死んでいけばいい。

 あとは、本当の神が全て上手く処理してくれるだろう。
 惜しむらくはせっかく見た神に敵対する者達の名前と顔を知ってなお、殺すことができない現状にある。
 私の神に教えたい。
 私の神の役に立ちたい。

 けれど、もはやどうすることも叶わない。

 この男のせいで。
 この男に騙されたせいで。
 男を見る瞳は自然蔑んだものになったが、出来の悪い神の身代わりに向けるにはお似合いだ。

 さようなら、夜神月。
 ほんの数分前まで、お前は私の神だった。

 

 だがそれもおしまい。

 

 真実の私の神よ、願わくば私をお救い下さい。
 この現状から。

 

 ここはあまりにも、寒すぎる。


END

Good-by my…

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