ああ、私は神に愛されているのだと。
魅上照のキラとしての使命は、検事としての仕事を終えた後に待っている。
どれほど残業を抱えようと、どれほど睡眠を削られようとも、キラと言う現代の神より分け与えられた力によって罪人共を削除するのは何よりも崇高で、歓喜を伴う行為であった。一人削除する度、神と己が目指す世界が一歩近づく。
犯罪者のいない世界を。
犯罪のない世界を。
汚いモノは削除し、神と神を信じる清らかな者のみが生きる、美しい世界を。
綺麗事のみの現存宗教とは次元が違い、キラという神の力は何者をも凌駕する。死神がもたらしたというノートに名前を書くだけで汚いモノが死んでいくのは、己の手で成した行為であってもにわかには信じ難いものであったが、それも削除を重ねるたびに慣れていった。
神の代行を勤めるのは己が最もふさわしいと思っていたし、神への忠誠心も誰にも負けない。
神は私を認めてくれたし、神は私に声を聴かせてくれた。
キラを、神の存在を、やっと感じることが出来た私は感動に打ち震えた。
神はいるのだ、本当に。
手の届く所にいて、高田や神を捕らえようとするモノ達に触れられる程近くにいるのだ。
神は生きて、人間として存在する。
この悦びは、己の人生全てを賭けて仕えるに値する。今まで生きてきた中で培われた魅上照という人間全てを許し、肯定してくれる神はキラしかおらず、己の理想を現実のものとしてくれるのも、おそらくキラのみであった。
付けっぱなしにされたテレビの報道番組と、ネット上で非合法にしか公開されなくなった犯罪者の顔写真を確認しながらノートに名前を書き連ねて行く作業は続く。
一人。
また一人。
削除する度己の心は軽くなり、世界が開けて行くようだった。理想の世界が近づく足音さえも聞こえてきそうなほどに、この行為は神との一体化を指す聖なる儀式でもあるのだった。
ノートを前にすると、魅上照は神を感じることができた。神の手、神の指、神の力。
これは断罪である。
これは愛である。
これは赦しである。
検事としての魅上照に戻るまでのほんの一時、ノートを手にし名前を書き連ねている時だけ、神へ近づくことが許されている気がした。
「削除、削除、削除」
声しか知らぬ神へ、捧げられるだけの愛と忠誠を。
「キラ、キラ、私の神…」
ペンを走らせる指先に躊躇いなどない。
「汚いモノを全て排除したあとに、貴方と私が君臨する」
なんて甘美で、美しい世界になることか。
深夜をとうに回った時刻にもなれば、犯罪者を報道する番組も減ってくる。あるのは低俗で価値のない、ただ暇つぶしの為にあるだけのような番組ばかりだ。その日報道された分の犯罪者を書きつくし、名残惜しげにペンを置く。
神との心の対話は楽しい。
己は確かに神の為に働けていると思えるからだ。
「キラ」
閉じたノートに指を這わせ、唇を寄せる。
「キラ」
恭しく口付け、頭を垂れる。
「キラ」
電話ごしの神の声を思い出す。
「キラ」
神。
私の神。
指示は高田に出させると言った。では再び神の声を拝聴することが出来るのは当分先になるのだろう。
「キラ」
交わした会話を一言も忘れぬように、何度も何度も頭の中で再生する。己の記憶力の良さにこれほど感謝した日はない。
周囲の雑音すら煩わしい。
ただ神の声のみを何度も思い出す。もっと。もっと繰り返して脳に焼き付けなければ。
「キラ、キラ、キラ…キラ」
脳裏いっぱいに神の声が響くのを、至福と感じる己を愛しいとすら思う。神の為に生きる自分。神の為に生きることが許された自分。
ああ、何故自分は本当の声を神に聞かせることが出来なかった。
あの女に正体を悟らせぬ為とはいえ、神に対してなんたる冒涜。
跪いて許しを乞いたい。
出来ることなら、次は己の本当の声を神に聴いてもらいたい。己の全てを曝け出したい。これほど貴方のことを愛し余すところなく己の存在を捧げる覚悟であることを、知ってもらいたい。
「ああ…」
そして。
そしていつかは、神の尊顔を拝したい。
貴方にもっと認められ、愛されたい。
その時自分は、今より以上に神の為に尽くすだろう。
「キラ…私の神、神よ、私は…」
神の言葉は絶え間なくクリアに響き、脊髄を通り、末端まで己の身体は神の声で満たされる。
神の存在で満たされる。
「…貴方の名など、聞きません。正体を探ろうとも思いません。貴方は神…私のキラ」
歓喜に震える肉体が熱い。
神は私を狂わせる。
「キラ、キラ、キラ、キラ」
貴方の為に。
キラの為に。
神の為に。
世界の為に。
私の為に。
「そう…愛しています、愛しています…キラ。私のキラ」
私を殺せるのは貴方だけ。
私を生かすのも貴方だけ。
「私は貴方のもの」
ああ、幸せだ。
身体が熱い。
「…貴方に私の名を呼んでもらいたい…!」
神の声で。
即座に再生される神の声に、知らず涙が溢れた。
「ああ…」
漏れる吐息も溢れる熱も、今は神に届かない。
…いつか。