幸せになれるはずだった。
ああ、身体が痛い。
じくじくと熱を持った箇所は真紅に染まり、疼くたびに神経を掻き毟られるような激痛が襲う。
何故僕が松田ごときに撃たれなければならないのか。
理不尽だ。
新世界の神たる僕に銃を向けあまつさえ発砲するなど狂気の沙汰といえるだろう。
正しい世界が来るはずだったのに。
もう少しで、キラによる優しく美しい心を持った人間だけが生きる世界に変わるはずだったのだ。
松田さえ邪魔しなければ。
今まで見たこともないような冷め切った瞳で僕を睨みつけた松田は、僕に向かって死んだ方がいいとすら言う。
愚かな男だ。
哀れな男だ。
僕が目指しているものを理解できないなんて。
L、メロやニアはともかく、相沢や模木はキラを認めない考えを持っていたけれど、それは殺してしまえば済む話だった。
元から相容れない存在を許容するほど、キラが君臨する世界はぬるくはない。
だが松田は最後まで僕を信じていた。
最後にはどの道殺すつもりではあったが、利用できるうちは生かしておいてやってもいいと思ってすらいたのに。
馬鹿な男だ。
キラが完全なる神として君臨する為には、誰も夜神月がキラだと知る事のない世界で生きることが必須条件だった。
誰かもわからず。
存在するのかすら知らず。
けれど確実に悪が排除される世界。
キラという神が、見守り導いて行く世界が、目前まで来ていたのに。
例外として魅上だけは僕の目の代わりとして生かしてやってもいいと思っていた。
ミサがもはや使い物にならないから。
盲目的にキラに仕える男は優秀であったし、使えるうちは使ってやろうと思っていた。
不要になれば代わりはいくらでもきく程度の存在ではあったが、忠誠を尽くす限り殺す理由もない。
なのに。
僕のことを神ではないと放言したこの男の神経を疑う。
裏切りなど許さない。
神に向かって神を冒涜するなど、あってはならない。
殺さなければ。
こいつを。
松田を。
相沢を。
SPKを。
ニアを。
…Lを。
既存の正義に縛られた愚者共に死を。
キラを神と崇め、キラを正義とした世界がすぐそこにあるのだ。
世界は僕を待っている。
キラを。
神を。
お前達のような腐りきった妄執に左右されない、新しい世界だ。
僕が君臨する、美しい世界だ。
誰にも逆らわせず、誰もが僕に跪く世界だ。
すぐそこに。
手を伸ばす。
ぬめる紅が地面に広がるたびに身体から熱が失われていく。
すぐそこに。
持ち上げた手は震え、僅かばかり動いただけで空にかざすことは叶わない。
力が入らない。
いつの間にか激痛は消えていた。
今僕の中にあるのは焼け付かんばかりの怒りと憎しみと哀れみだった。
可哀想なお前達。
もうすぐ幸せな世界がくるはずだったのに。
キラが、それを叶えるはずだったのに。
僕ならば、それが可能だったのに。
邪魔をするなど、許さない。
「ミサ殺せ。こいつ等を殺せ」
「帝東ホテルです」
「高田はどうした!書け、殺せ」
「死にました」
使えない。
本当に使えない。
どいつもこいつも無能ばかりだ。
ああ、身体が重い。
今僕の周りにいるのは殺さなければならない愚者ばかりだというのに。
身体が動かない。
ミサがいない。
高田がいない。
魅上も使えない。
僕しかいない。
キラを守るのは僕しか。
新世界の神は、僕が自身で守らなければ。
血に染まった切れ端が視界に入る。
指を伸ばそうとするが、もはやぴくりとも動かなかった。
何のために。
僕は今まで何のためにここまでやってきたと思ってるんだ。
世界のためだ。
幸せのためだ。
平和のためだ。
お前達のようなゴミを一掃するためにノートを使ってきたのに。
完成まで、あと少しだったのに。
何故邪魔をする。
何故神を消そうとする。
愚かな者達。
哀れな者達。
お前達全てに、死を。
霞む視界を動かせば、漆黒の闇がじっと倉庫内に佇んでいる事に気づく。
細い手足、歪に長い身体、裂けた唇、虚ろで人を小馬鹿にしたような瞳。
「リ…」
リューク。
誰よりも近く、長く一緒にいた他人。
敵でも味方でもない傍観者。
お前がいることでどれだけ救われたか。
どれだけもどかしかったか。
「何もしない」お前が、「何にも属さない」お前が一番僕のことを知っている。
リューク、僕は神になり損ねたよ。
それでもお前は「面白!」といって笑うんだろうな。
こんな無様な僕を見ても、お前は軽蔑しない。
神になれなかった愚かな僕を見ても、何も感じない。
馬鹿な人間達が戦い傷ついて行く過程を見て、楽しむだけのお前が、僕は嫌いじゃなかったよ。
ああ、僕はもうお前を楽しませてやれないんだな。
神になれなかった自分。
奴等を殺すことができなかった自分。
どこを見ているのかもわからぬ漆黒の瞳は、感情を宿すことなく僕を見る。
ゲームは終わってしまったんだ、リューク。
僕の負けだ。
…つまらなくしてしまったな、あっという間だったな。
もっと長く、今度は神となった僕が作る完全なる世界を見せてやりたかったのに。
六年。
六年キラとして生きて、得たものは何もなかった。
ミサは記憶を持たず、高田は死んだ。
魅上は僕を裏切った。
何もない。
世界を掴み損ねた僕には、もう何もない。
ああ、僕には何もないんだ。
「……」
寒い。
寒いよ、リューク。
僕にはもう、何もない。
僕はひとりだ。
ああ、最初から僕はひとりだったんだ。
Lが最初で最後の、真実で偽りの友人だった。
もう、死んでしまったけれど。
寒い。
ひとりがこんなに冷たいだなんて。
知りたくなかったよ、リューク。
お前がいれば、他には何もいらなかったのに。
どうして。
僕はひとりなの。
神は孤高であるべきで、
神は並ぶ者などあってはならない。
もはや神ではない僕は。
神になりそこねた僕は。
たったひとりで、何故こんなところで生きてるの。
END