壊れたガラクタに、興味はない。
「物事と言うものは」
手元に用意された溢れんばかりの玩具を無造作に取り上げ弄ぶのは、もはや無意識といってもいい。
組み立てる。
さらに別の物を組み立てる。
さらに別の物を。
用意された新しいプラモデルの箱はあっという間に開封され、プラスティックが切り離される音が虚ろに響き、ニスとインクの臭いで無機質な部屋は満たされた。
淡々と作業をこなしながらも、手元にはさほど注意を払ってはいない。
考えているのは常に、たった一人の大量殺人犯のことである。
キラ。
パチン、と最後の部位を切り離す。
ノートと言うおよそ殺人とは無縁な道具を用いて殺戮を繰り返す人間。
Lを殺した男。
大半が捜査には関係のないモノで埋め尽くされた床の合間に置かれた一枚の書類は、そこから動かされることはない。
今は亡き夜神総一郎の家族データだった。
妻と二子を残して、キラ事件を追い続けて死んだ男。
キラを生み育てた父親。
キラはこんなに近くにいたのに、気づかずに死んでいった哀れな警官。
次長にまで上り詰めておきながら、たった一人の己の息子を把握することすらできないなんて、世知辛い世の中だ。
いや、腐っているのは家族を欺き続ける息子の方か。
カチ、と顔の部分をはめ込んで完成させたプラモデルを眺めやる。
「すべて始まりがあるものです」
あまりに長く黙っていた為、周囲の者は何の話か理解に数秒を要したようだったが、フォローをする気にもなれず己の思索へと意識を戻す。
キラにも始まりがある。
それが何なのかは、知らないが。
作ったプラモデルを床に散らばったプラモデルの群れの上へ落とすと、足や手が弾き飛ばされて遠くへ消えた。
構わず、手足を失ったそれを別のブロックで作った要塞の中へと突っ込む。
派手な音を立てて両者が崩れた。
「そして物事には終わりがある」
キラにもまた、終わりは来る。
組み立てては壊す。
組み立てては壊す。
モノはそれでいい。
理論もそれでいい。
だが人間は、壊してはならないものだった。
キラはそれを平気でやれる人間だった。
許してはならない。
この世界が、そういう成り立ちで出来ている限りは。
書類の上に落ちた破片を払いのけ、たった一人の名前を見つめる。
「夜神月」
やがみらいと。
キラ。
神にでもなろうという不遜極まりない男。
今のまま誰も止めなければ、本気で神として祭り上げられるのも時間の問題であるこの世界の歪みを矯正できるのはもはや自分と、メロを置いてないだろうことくらいはわかっていた。
急速にキラへと傾いて行く世界情勢は、己が望むものではない。
放置しておけば、勝手に世界は腐り落ちて行く。
どんな世界にいようとも自分は生きていける自信はあったが、キラを神と崇める世界に生きるのだけはごめんだった。
どれだけ人間が腐っていようとも、キラの独善で人が死んでいいはずはないのだ。
人は人が定めし法に従って裁かれるべきであり、一人の人間に法を委ねるべきではない。
自分の正義はそこにあり、またそれはLの遺志でもあった。
キラに殺されてしまったL。
Lは無能だったわけではなく、ノートなどという非現実的な殺人手段に対策を講じる間もなく殺されたのだろうと推測していた。
Lが解き明かしたキラの謎があるからこそ、今自分はこうしてキラと戦えているのだ。
キラがこれから神になろうというのなら、自分にとってLはまさに神にも等しい存在であった。
「神は死んだ」
ならば、ただの人間である自分達が代わりにやらねばならないのだ。
キラが、神になる前に。
幸いなことに、キラは神になりたがっていた。
特別な存在になりたがっていたキラは、常に上を見続けていた。
高く飛ぶことを夢見るイカロスのように。
唯一並び立つ存在であったLを殺した後、並ぶ者のいなくなったことに慢心した男は、下を見ることを怠った。
馬鹿なキラ。
足元に広がるのはもはや穏やかな陸地ではないというのに。
「夜神月、貴方がキラです」
断崖絶壁を遥か下方に見下ろして、太陽の熱で溶け始めた蝋の翼を途方にくれた瞳で見やり、絶望に打ちひしがれながら墜落して行け。
お前が海に沈む様を、私は最後まで見届けよう。
共に見ることの叶わなかったメロの分まで。
共に葬ることの叶わなかった、Lの分まで。
キラのことを「神」と呼ぶ魅上という男を横目で見る。存在を否定され行き場をなくした忠誠心は無残に萎れ、俯いた表情は窺えないが力なく垂れ下がる肩や腕は同情を誘う。
愚かしい妄執に取り憑かれた男共に向ける好意など一欠けらも持ち合わせてなどいないけれども、心情は理解できた。
自分にとっても、Lは神に等しい存在であった。
神を失う痛みは、同じはずだった。
よく見ておくがいい、魅上。
お前の神は、堕ちていく。
ただの人間に成り下がる。
仮面を剥がされ、取り繕うものすら失くした男が見せる醜態を見てなおキラを神と呼べたのならば私はお前を尊敬とも呼べる感情で持って見ることが出来ただろうが、所詮殺人犯の信者であると言うべきか、自ら神と呼んだその口でキラをクズと言い捨てる、その性根には呆れを通り越して哀れみすら覚えた。
キラ。
お前が選んだ持ち駒はこの程度の人間だった。
この程度の人間しか使えない、お前もその程度の人間だったと言うことだ。
「神などいない」
お前は薄汚い人間だ。夜神月。
そして神ではなく私が、ただの人間である私がお前を暴く。
もう神はいない。
どこにもいない。
エルはお前に殺され、Lの名は地に落ちた。
私は神になどなれなくても構わなかった。
だが、神を汚すことは許せなかった。
お前はもう神にはなれない。
キラは死ぬ。
ここで、ただの人間となって惨めに転がる姿が本当のお前。
夜神月。
神の御名ではなく、ただの人間であるニアの名において今日ここに神になり損ねたキラの死と、夜神月の敗北を宣言する。
神はもう、どこにもいない。
作り終えてしまった玩具は、壊してこそ価値がある。
暴き終えてしまったキラは、もはや壊す価値もない。
すでに壊れてしまった玩具に興味はない。
生きるも死ぬも、キラ次第。
黒い死神を見る。
お前が最も、この世界にふさわしくないモノだ。
神のいなくなった世界に、もはや神はいらない。
人間は人間だけで、生きていける。
お前が見つけた玩具は私が壊してしまった。
お前ももう、この世界には必要ない。
神はもう、いらない。
END