私はまだ、生きている。

 

 私の中身は曖昧模糊としていて、クリアに留まる記憶はそれほど多くはありません。
 毎日変わらぬ日常を過ごしているはずの私ですが、時々「あの時何を考えてたんだっけ」と振り返っても思い出せないことがありました。人間なら誰しもあるだろう記憶の欠落は、しかし私の場合は細切れに撮影したドラマを無理やり編集したかのように辻褄の合わないことが多々あったのです。
 それでも大して気に留めたことはありません。
 私にはそれはどうでもいいことだったからです。

 夜神月がいること。
 夜神月の傍にいること。

 夜神月が私の全てで、彼がいれば私の曖昧な記憶の齟齬など吹き飛んでしまう瑣末なものでしかありませんでした。
 私の曖昧な部分は彼が修正してくれる。
 私の足りない部分は、彼が補ってくれる。
 彼がいれば私は私として存在していられて、かつ彼の傍にいられることは何よりも幸せなことでした。
 彼に出会う前の私は私ではないくらいに、彼に出会ってからの私が私の全てだったのです。
 
 夜神月は「キラ」で、死んだのだと言われました。

 夜神月は「L」で、「キラ」を捕まえる為に日夜奔走していたのではなかったのかと、私は最初鼻で笑い飛ばしたものでしたが、あまりにも暴れて彼に会わせろと言って聞かない私に呆れ返ったのか、特別に彼の遺体を見せてやるといわれ目の当たりにした彼の死に顔はきっと一生忘れることはないでしょう。
 どれだけ私の記憶が曖昧模糊としていても、これだけは一生忘れない。

 夜神月という私の「世界の全て」が失われていく瞬間でした。
 忘れたくても、絶対に忘れられない瞬間でした。

 夜神月は「キラ」でした。
 いえ、「キラ」ではなかったのかもしれません。
 彼らに、あいつらに、「キラ」に仕立て上げられて殺されてしまったのかもしれません。
 でもそんなことはどうでもいいのです。

 夜神月がいない。
 夜神月はもう、私を見てくれない。
 夜神月が私を抱きしめてくれることも、笑ってくれることも、話してくれることも、私の足りない部分を補ってくれることも修正してくれることも一緒に出かけることも結婚することも子供を作ることも老いていくことも幸せに暮らすことも手をつなぐことも貴方のぬくもりを感じることも息遣いを感じることもその髪に触れることも唇に触れることももうできない。

 もうできない。

 夜神月は「キラ」だったのだそうです。
 私は「第二のキラ」だったのだそうです。
 
 私も「キラ」だったのでしょうか。
 曖昧模糊として辻褄の合わない私の記憶の糸を、「キラ」である夜神月は知っていてくれたのでしょうか。
 私自身ですら知らない私の全てを、「キラ」である夜神月は知っていてくれたのでしょうか。
 私の全てを、貴方は知っていてくれたのでしょうか。

 私が「第二のキラ」であった記憶などありません。
 「キラ」が行ってきた殺しの手段など、知りません。
 死神が実在するということも、知りません。
 私は私のことを、何一つ知らないのです。
 私の全ては夜神月が知っていて、私は全てを夜神月に捧げて生きていました。
 
 私の世界の全てであった夜神月がいない今、残った私は抜け殻も同然なのです。
 夜神月が死んだ時に、私も死んだも同然なのです。

 いまいきているわたしは、夜神月がもっていきそこねたかけらにすぎないのです。

 私の全てであった夜神月は、私の一部分を残したまま死んでしまいました。
 全部、持って行ってくれれば良かったのに。
 全部、彼と一緒に行ければ良かったのに。
 でも彼はとても優しくて、とても賢くて、いつでも彼が言うこと、やることは正しかった。全てが正しかった。だからきっと私が残されたのには理由があるのだと思っています。
 私にしか出来ないことをやれと、彼が言ってくれているのだと思っています。
 私は彼が死んだら生きていけないと思っていました。
 今でもそう思っています。
 今でも、すぐにでも死んでしまいたいと思っています。
 彼のいない世界など、私にとっては価値がない。
 夜神月のいない世界など、私の世界ではない。

 それでもわたしは、いきている。

 私を導いてくれた夜神月はもういない。
 この世界の、どこにもいない。
 
 夜神月は、「キラ」だったのだそうです。
 私は、「第二のキラ」だったのだそうです。

 彼が「L」であったなら、「キラ」は捕まればいいと思っていました。
 「キラ」が捕まれば、彼はもっとゆっくり、私と一緒に過ごす時間を作ることができたからです。
 「キラ」さえいなければ、彼は「L」などにならず、もっと私の傍にいてくれたと思うからです。
 私にとっては、親を殺した殺人者を裁いてくれた神の如き「キラ」よりも、夜神月の方がもっと身近な私の神であり全てだったのです。
 夜神月が「L」であったなら、「キラ」などどうでもよかったのです。

 夜神月は「キラ」だったのだそうです。

 彼は本当の意味で私の神であり、全てであったことを知りました。
 私は私の神と、私の全てを一度に失ってしまったのでした。

 それでもわたしは、いきている。

 「キラ」であり私の世界の全てでもあった彼が、私が後を追って死んだとしても喜んでくれるとは思えませんでした。
 「キラ」であるのなら、「キラ」がいなくなった世界をそのままにしておけというはずがない。
 私の全てであった彼が、あえて残してくれた私のかけらに死ねと言うはずがない。

 全てをなくした私は、それでもまだ、生きているのです。

 私は世界の全てをなくしましたが、私自身を全て失ったわけではありません。
 彼と一緒に過ごした記憶だけは、曖昧模糊とした私の記憶の中でも消えることなく残っています。
 私の全てを知っていてくれた彼。
 私の全てだった彼。
 本当は、彼と一緒に眠ってしまいたかったけれど、生き残ってしまった私は、勝手に死ぬことは許されない。
 
 「キラ」

 貴方を失った世界は嘆いている。
 私と同じように、泣いて叫んで貴方を求めている。
 この世界は、私と同じ。

 貴方をなくして、それでもまだ、生きている。

 私はこの世界と共に、貴方のいない世界を抱えて、貴方を悼んで生きていく。
 この葬列が見えますか。
 この人々の群れが見えますか。
 全て貴方を求める人達。
 貴方をなくして、嘆く人達。
 私と同じ、貴方を愛する人達です。
 
「キラ様」

 本当は、貴方と一緒に眠りたかったけれど。

 私はまだ、生きている。


END

壊れる世界

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