陽光は嫌いだった。
能力が著しく低下し、制限される。
嗅覚や聴覚など、五感はそのままでいられるが身体能力は人間並みに落ち込んだ。
吸血鬼という生き物は闇に紛れ人間の生き血を啜って生きているが、何故「闇に紛れ」なければならないのか、何故吸血鬼という、世界の生態系の頂点に立っているはずの人間とは似て非なる種が存在するのか、そもそも吸血鬼とはいつからいたのかをソラは知らない。
生まれた時存在したのは「一族」だった。数は多くない。
遠い国、遠い場所で、大都市から車で一時間程の海辺の街に、住んでいた。小高い丘の上の城、そこが一族の住処だった。
開けた街、開けた場所。
夏は海水浴客で賑わい、冬は保養地として大勢の人間で賑わう場所で堂々と生きていた。人間は入れ替わり立ち代わり同じ顔ぶれは滅多になく、軽い貧血を起こす程度の一度の吸血は人間にとって取るに足らぬ物であり、ばれることも騒がれることもなかったし、遠くまで移動することも可能な吸血鬼にとっては地元にこだわる必要もなく、一晩かけて大都市まで出かけて行って生き血を頂くことだって可能だった。
人間を餌だと思ったことはないが、その差異に疑問を抱いたことはある。
だが大人は誰も教えてはくれなかった。おそらく誰も知らなかったのだろうそれを、リクは知りたいと常々言っていた。大人になったら外の世界を見て回り、己の存在の意味を知る為に研究をしたいとも言っていた。そこまで強い思いはなかったが、根本的に存在そのものに疑問を抱いていたのはソラも同様で、カイリはそんな二人を見ては「男の子ってそういうものなの?」と呆れながらも受け入れてくれていた。
世に出回る「ファンタジーとしての吸血鬼」のように、陽光で灰になったり十字架が苦手だったり、ニンニクが嫌いだったりすることはない。
陽光は嫌いだが人間に混じって生活することは可能だし、神器を向けられた所で「悪魔じゃないんだけどなぁ」と思うくらいでなんら痛痒を感じない。ニンニクは臭いので好きではないが、身の毛もよだつというような嫌悪感もなかった。故郷の土を入れた棺で眠らないと力を消耗するが、数日程度ならばベッドで眠ることだって可能だ。食事が人間の生き血である、ただそれだけだった。だが「陽光が嫌いで能力を制限」され、「色々と制約がある」こと自体が、「人間から逸脱している」のだった。人間が知ることのできない未知なる生物への恐怖を引き起こし、神への過大な信仰を生み出し、「倒すべき敵」として位置づけられてしまうのだ。
「陽光で灰になり」「十字架に怯え」「ニンニクで逃げ出す」奴がいたら、それが吸血鬼だという人間の思い込みをわざわざ否定してやる必要もない。
人間に危害を加える気はなく、共存は可能なはずだからだ。
一族は穏やかであり、争いを好まず、静かで平穏に生きていた。
ゼアノートが異質だったのだ。
望めば仲間を増やすことも、操って戦争を起こすことも、世界を征服することすら可能であるのに野心を持たず街の片隅で人間と共存しようとする一族を軽蔑していた。
…いや、一族を根絶やしにするまでそんな素振りは見せたこともなかったから、その惨劇の瞬間まで誰も気づかなかったのだ。
子供は三人、残された。
殺そうと思えば殺せたはずであったのに、あえて殺さず残したのだった。
父親と母親の首は壁際に飛んで叩き付けられひしゃげて元の形もなく、心臓に杭を打ち込まれた身体は手足が潰され身動きを封じられていた。
目の前で家族を殺され、カイリを攫われた。
まるで探しに来いと言わんばかりの挑発だったが、乗らないわけにはいかなかった。
惨殺死体が転がり血だまりが広がる城の中、たった二人残されたソラとリクは必ずあの男を見つけ出し、殺し、カイリを救うと誓い合った。
ただ漫然と生き、平穏に暮らし、長い年月を隠れながら生きて行く人生から、皮肉にも解き放たれた瞬間だった。
おそらく完全に思考能力は麻痺していたのだと思う。
自由になったんだ、と思ってしまった自分は、ゼアノートと同じ生き物なのだと思うと吐き気がした。
リクと別行動を取ることにしたはいいものの、一人で街に潜り込み、情報収集をしながら動くには限界があった。まだ子供なのだ。
男は一族が遺した財産を一部持ち出しはしたものの手をつけなかった為、金に困ることはなかったが、どうやって探せばいいのか途方に暮れた。ゼアノートの部屋は巨大な研究室のようになっていたが、踏み込んだ時には重要な手がかりとなるもの全て持っていかれた後だった。
一族とはいえ、ゼアノートと親しく会話した記憶はない。どこに行ったのか見当もつかず、当て所なく彷徨っているうちに、とある街で惨劇が起きた。
向かった時には手遅れで、あるのは廃墟と化したかつての街の残骸だった。立ち入り禁止のロープがぐるりと張られ、数え切れない位の兵隊が街を取り囲んで中に入ろうとする野次馬を追い出していた。
そこで一度リクに会い、この惨劇を引き起こしたのはおそらくゼアノートだろうと話し合った。
何かの実験を行ったのだ。
痕跡を見つけたものの、また振り出しに戻ってしまった。
街の生き残りがいれば話を聞くこともできるかも、という話になり、生き残りを探す為にまた一人彷徨うことになったが、これが困難を極めた。
生き残り自体はいるらしいが、誰も口を開こうとしない。操り聞いた情報はどれも具体的な場所を示すものではなく、そう日が経たないうちに惨劇の事実自体がなかったことにされようとしていた。
何者かが手を回していると感じたが、ソラにはどうすることもできない。
目立たぬよう行動しながら、街から街へと移動する。
漸く見つけた時には、惨劇から七年近くが経っていた。
七年といっても吸血鬼の時間単位で考えれば大した時間経過ではない。リクも何の連絡も寄越さなかったし、ソラも連絡をしなかった。
出会った男はレオンと言った。
表向きはエンジニアとして、共に逃げてきたシドという男と会社を立ち上げて働いていたが、裏ではあの街の惨劇が何故起きたのかを調べていた。
男は家族も友人も全て喪い、自分が生き残ってしまったことを悔いていた。
事情を話し、協力してくれと素直に言った。
ソラの生い立ちについても全て話した。自分が人間でないことも。
当初信じてもらえなかったが、力を見せたら信じてくれた。嫌悪も軽蔑もそこにはなく、ありのままのソラを受け入れてくれた初めての人間だった。
ゼアノートという銀髪で若い男が、研究者として街に存在していたと言われて眉を顰めた。
ソラが知っているゼアノートは、老人だった。
一族の中で最も早く死ぬのはあの男だろうと言われていたのに、若返ったのか。それとも別人なのか。
調べなければならないことが増えたが、ゼアノートを探さなければならないことに変わりはない。
人間を巻き込むべきか迷ったが、一人はもう限界だった。
一緒に行こうと言えば、意外なほどあっさりと頷いてくれた。
仲間になってとお願いすれば、躊躇は見せたがそれでも頷いてくれた。
俺がどれだけ嬉しかったか、レオンはきっと知らないだろう。
家族を亡くし、一人なのは俺も同じ。
いや、リクとカイリはいるけれども、長い年月一人で生きなければならないのは同じ。
通り過ぎて行く人間の人生は余りに短い。
友達になったと思ったら歳を取って離れて行く。
大切だなと思ってもあっという間にすり抜けて行く。
そういう生き物なのだと諦めていたが、繋ぎ止めておく為に仲間にすることができるのだということを知った。
同じモノになったレオンは俺から離れていかない。
ずっと一緒にいられるのだ。こんな幸せなことはない。
抱きしめれば、抱きしめ返してくれる。
大切だと囁けば、大切だと返してくれる。
悪いことをしたら叱ってくれて、いいことをしたら褒めてくれる。
愛したら愛しただけ、返してくれる。
幸せだった。
早くゼアノートを探し出し、カイリを助け出し、リクと合流して、何にも脅かされることなく暮らしたかった。
世の中のことを良く知っている大人のレオンは、八方手を尽くしてゼアノートの痕跡を辿って行く。
三年経って漸く見つけた手がかりは、大都市の片隅にあった。
慎重に調べなければならない為、居を構え人間に紛れる為に学校に通うことにもした。レオンはゼアノートがいたらしき店にバーテンダーとして潜り込んだが、レオンは何でもできることに感動したものだった。
吸血鬼という存在になり、生き血を啜る以外に命を永らえる方法がないと分かった時に、他にないのかと調べた副産物だと言っていたが、ソラにはよくわからなかった。
人間の大人はソラよりも短い時間しか生きていないというのに博識で、勉強熱心で、研究熱心だった。
レオンがいてくれて良かったと、心から思う。
レオンがいない生活はもう、考えられなかった。
「ソラ!ソーラー!聞こえてるのかー!おーい!」
「…聞こえてますけど…ユフィ先輩」
「お!聞こえてるなら返事してよ!陸上部入れ!」
「いやです!俺運動嫌いだし!」
レオンが知りたいこと、俺も協力しようと思ってるんだ。
「何言ってんの運動神経いいくせに!知ってるんだからね!さぁ一緒に世界を目指そう!」
「い・や・だ!」
「ちょっとー!あたしの頼み聞けないのー!?」
「…何であんたの言うこと聞かないといけないんですか」
「先輩だから!」
「……」
レオンが気にしてる、バラバラになってしまった街の生き残り、知ってるんだ。
「頼むよー!まずはインターハイ!目指そう!」
「…先輩頑張ってください」
「人数多い方がいいだろー!」
「今いる部員で、頑張ってください」
「ソラー!」
「…俺暇じゃないんだって」
校内でもちょっと浮いてるこの先輩、いいご家庭に引き取られたみたいで何不自由なく暮らしているらしいよ。
インターハイとか興味ないけど、ユフィが表舞台に立ったらレオンの目にも留まるかな。
元気で幸せに生きてるってわかれば、安心するよね。
「ソラ!帰宅部なんて青春を無駄にしてるぞ!見学してってよー見学ー!」
「すいませんマジで勘弁してください」
このしつこさがなければ明るくていい子なのにな。
ため息をつき、ユフィの勧誘を背後に受け流しながら帰路につくソラだった。
まだ昼と呼べる時刻に、開店準備中のバーへ向かうのは新鮮な気分だった。
夜になれば客を優しく迎え入れる為、地下へと向かう階段には明かりが灯るが、日中日が差すこの時間では視認は出来るが薄暗く、明かりの消えた階段は人の出入りを拒んでいるように見える。
壁に設置された看板にも明かりはなく、ガラス扉に架けられた小さなプレートには「閉店致しました」の文字が冷たく走る。
両手いっぱいに抱えた花を持ち直し、扉の前に立てば自動扉は反応した。中に入れば廊下にはダウンライトが灯っており、人がいるのだと思えば温かい気持ちになった。
客席部分の照明は落とされていたが、カウンターは明るい。
「こんにちは、お花持って来ました」
声をかければ、カウンターの中から「おはようございます」と若い女の声が迎えてくれた。この店のオーナーである、ティファだった。
新しい花を布を敷いた床に下ろし、花瓶に入っている花を抜く。まだ十分元気だったが、枯れる前に交換するのが客商売の基本である。枯れた花など見た日には、客は店に対して失望を禁じえないだろうから。
厨房とカウンターを行き来していたオーナーが、ひと段落着いたのかこちらへと歩いて来て今日の花を覗き込み、綺麗だねーと呟いた。
「この店には華やかなお花が似合うと思うの。花達、喜んでる。すごく長持ちするのは、花が生き生きしてるから」
「そうなの?手入れの仕方とかよくわからないから、いつもエアリスが活けていってくれたままなんだけど」
「大丈夫。この子達は、与えられた環境でしっかり生きてるから」
「そうなんだ」
花が喜んでいると言われて、ティファが微笑む。
まだ若いのに立派なお店を持って、オーナーをしているなんて偉いと思う。近しい年代の女の子はもっと、自由奔放に生きている印象があったがティファはしっかり地に足をつけて生きている感じがして、好感が持てた。
ザックスに紹介されて一ヶ月ほど経っていたが、いい仕事を回してくれたと思っていた。
ティファと話をするのは楽しいし、綺麗なお店で花を活け、それが喜ばれているのは嬉しかった。
花屋を営む今の母親に引き取られて十年が経つ。
父親は引き取られてすぐに病死し、育ての母と二人で生きてきたが、学校に行っても同年代の女の子とはあまり気が合わず、深い付き合いをして来なかった。もちろん話はするし遊びにも行く。オシャレや流行などには敏感だったし、気になるお店の開拓などにも積極的に参加はしたが、それだけだった。学校を卒業してからも付き合いのある友人はほとんどいない。たまに店に来てくれるかつての同級生とその場限りの話はするが、深い話はなく続きがあるわけでもなかった。
ティファは大人びているのに時折年齢相応の若さを見せる。落ち着いて話が出来たし、取引先の顧客の一人ではあるが気兼ねなく付き合う事ができた。
女の子と笑顔で話が盛り上がるなど、ここ最近ではなかったことだ。
つい長話をしてしまうことも度々だったが、ティファも同じ気持ちでいるようで、気にしないで楽しいから!と言ってよくコーヒーやジュースなども淹れてもてなしてくれた。
カウンター内で仕込みをしているティファを見ながら、カウンター席に座って話をする。
開店中に店に来たことはなかったが、この人柄ならさぞ人気も出るだろうと納得できた。
「結構忙しいのはありがたいんだけど、バーテンダーがあんまり長居してくれなくて困ってるんだー」
「そうなの?どうして?」
「忙しいからじゃないかな…」
「えー?」
「バーテンダーって、一人一人のお客様をじっくり理解して、長く付き合うスタイルの所から来る人が多いんだけど」
「うん」
「うちのお店はそういうのも要求されるし、テキパキと接客もしてくれないと回らないしで、合わない人が多いみたい」
「そうなんだ」
「あ、でも今度入ったレオンは期待できそうだけど」
そう言ったティファの顔が嬉しそうだった。
「器用な人なの?」
「うん。元々別の仕事してたみたいだけど、問題なさそう」
「へぇ、良かったねぇ」
「うん、お客様の評判もいいしね」
長くいてくれたらいいんだけど、と話す顔はオーナーのものだった。
レオンという名のバーテンダーがどんな人なのか見てみたい気持ちはあったのだが、会う機会がなかった。
雇われの身で用もないのに早く店に来ることはまずない。
エアリスとて仕事があるので開店時間まで居座ることはなかったし、客として来るにも一人だと勇気がいる。
人気店なので邪魔をするには気が引けるし、ザックスと一緒に、と思ってもザックスは忙しく、休日に連れ立って、と思ってもこの店が休みだった。
「コーヒー、ごちそうさま。そろそろ仕事に戻るね」
「うん、今日もありがと、エアリス」
「いえいえ、こちらこそいつもご利用ありがとうございます!」
店の出口まで見送りしてくれるティファは本当にいい人だ。
お友達って呼んじゃっていいのかなぁなどと思いながら店を出る。
そして今更ながら気がついた。
ここ、表玄関だ。
お客様が入ってくる玄関だ。
客ではなく業者であるエアリスは本来、裏口から入るべきではないのだろうか。
駐車場に向かいながら、次来た時に確認すべきか考えたが、裏から入って欲しいならティファなら言って来るだろうと思い直す。
何も言われないということは、気にしていないということだ。
ビルを見つめ、裏口は駐車場の横にありそうだと見当をつけて少し歩いてみる。
裏口のある通りは路地裏のようになっており、細い道が入り組んでいて昼間なのにビルの陰に隠されて薄暗い。
不潔ではなく嫌な感じもなかったが、表通りの華やかさに比べれば寂れた印象があったとしても仕方がない。窺っている間にも、何人かの従業員がビルの中へと消えて行く。
「…あ」
一人、男が歩いてきた。
シンプルなシャツに、黒のパンツ。真紅のベルトが色を添えていたが、それ以外はモノトーンで押さえた褐色の髪の男は、やけに目を引いた。
俯き加減のその顔を窺うことは出来なかったが、何故だか知っている気がした。
顔を上げろと念じながら見つめ続ければ、気づいた男が顔を上げる。視線には圧力でもあるのではないかと思うほどに、見つめれば願いは叶うものだった。
「やっぱり」
知っている。忘れるはずがなかった。
額についた一条の傷は見覚えがなかったが、あの街から逃げ出した後、ガーゼと包帯で頭を覆われていた痛々しい姿を思い出す。
整った容姿、灰色がかった蒼の瞳は憂いを帯びて、あの頃よりも大人になってはいたが覚えている。
「…スコール」
エアリスの呟きに男は僅かに目を見開いたが、応えることなく視線を逸らし、興味をなくしたように店の中へと入っていった。
私のこと、忘れちゃったのかな?
でもあの反応はおかしい。
「……」
気になる。
すごく気になる。
あれはスコールだ。間違いなく、あの街から一緒に逃げてきたスコールに違いない。
踵を返し、店へと向かう。開店時間が近かったが、少しだけと言い訳し、ガラス扉の中へと踏み入る。
廊下を進み、角を曲がればカウンター内にスコールとティファがいて、何か話をしていた。
「ティファ、ごめん、忘れ物しちゃった」
「…エアリス、あれ、そうなの?ごめん気づかなかった」
「ううん、私が悪いの。すぐ帰るから」
カウンターから出てこようとするティファを制し、歩み寄る。
先程座っていた椅子の下にしゃがみこみ、物を取るフリをした。もちろん忘れ物などしていない。
「大丈夫?忘れ物あった?」
心配そうなティファに内心で謝りながら、笑顔で頷く。
「うん、車のキーを落としちゃって。あったよ、ホラ」
「良かった」
安堵するティファの隣、無表情で立っているスコールに視線を移し、にっこりと微笑んで挨拶をする。
「こんにちは」
「…こんにちは」
間違いない、スコールの声だった。
「エアリス、こちらがさっき話してた新しく入ったレオン」
「…レオン?」
スコールではなくて?
真っ直ぐ見つめるが、レオンと紹介されたスコールはその繊細な造作に穏やかな笑みを乗せ、会釈をした。
「初めまして。レオンです」
「……エアリスです」
「レオン、エアリスはね、そこのお花を活けに来てくれてるの。お花屋さん」
「ああ、なるほど。いつもありがとうございます」
「いえ…」
スコール・レオンハートだからレオンなのか。
目を離すことなく見つめ続けたが、なかなか視線は合わなかった。意図的に逸らされるそれに、何か理由があるのだと察した。
エアリスに知られたくない何か。もしくは、エアリスと関わらないようにしようとする意志。
「…ティファったら、こんなに素敵な人がバーテンダーさんなんて、クラウドさんが嫉妬しちゃうんじゃない?」
「ええ!?何よそれ、そんなのないわよ」
「だってティファったらクラウドさんの話ばっかりだし。会った事ないけどね」
「…そんなんじゃないって。幼馴染なだけですから!」
「そーお?じゃぁいいけど。じゃ、私もう帰らないと!怒られちゃう」
長居しすぎた。
だが、スコールに会えた。
「もう忘れ物はない?大丈夫?」
「うん、大丈夫!ごめんねご迷惑かけちゃって」
「全然!またよろしくね、エアリス」
「はい、こちらこそ。…レオンさんも、お元気で」
「…ありがとうございます。お疲れ様でした」
最後に真っ直ぐ合ったスコールの視線は、申し訳なさそうな色と懐古とが半々に混じったような複雑な感情を宿していた。
嫌われたわけではなく、やはり理由があるのだった。
であるのなら、私が口を出してはいけない。
元気で生きてくれているだけで、十分ではないか。
笑顔を向けて手を振って、今度こそ店を後にし、自宅兼店舗の花屋へと帰る。
「おかえり、遅かったね」
「ごめーん、ティファと話し込んじゃった」
十年前の惨劇の街のことを、覚えている人は多くない。
新しい生活を、人生を送っている私達が過去を振り返るには、余りに犠牲が大きすぎた。
バラバラになって、生きている。
会って懐かしむような過去ではない。ただ、無事に逃げ延び、生きている。
それで十分だ。それ以上何を求めるというのか。
名前を変えてはいたけれど、スコールもちゃんと生きていた。
嬉しい。
いつか何十年も経って完全に過去の思い出になったなら、その時は「あの時こんなことあったね」と振り返れたらいいと思う。
それで、いい。
店にやってくる客の対応をしながら暮れ行く空を見上げ、一日の終わりを喜んだ。