時刻は十九時を回ったばかりだった。仕事を終え自宅の最寄駅へと向かう車窓から見える都市は、日没を迎えたはずなのに明るい。上空は暗い闇と星空に支配されていたが、高層ビルの強化ガラスに反射した残照とネオンと車のヘッドライトに浮かび上がる地平線は、紅から橙へ、橙から紺へと混じる空の色を滲ませながら鮮やかに浮かび上がっており、完全なる夜へと移行するほんの僅かな時間、幻想の世界が現れた。
  高層ビル群の隙間を縫うように渡された高架橋に果ては見えないが、一般住宅を見下ろし遮るもののない車窓からの景色はいつ見ても美しい。
  駅ビルに挟まれた最寄駅に到着し、鮨詰め状態だった大半の人間は飛び出すように列車から下り改札口へと流れて行く。別路線への中継駅ということもあったが、この街自体が大都市であり、この駅周辺だけで全ての用事が事足りる為、一度住めば離れたがらない人間も多かった。
  新規住人の入れ替わりはもちろんあるが、先祖代々住み続けている古参住民も数多い。
  社会福祉が充実し、行政にそれほど大きな不満が噴出していないのは成熟した都市であることの証明でもあった。
  改札口から大量の人間が八方に散りながら流れていく列から外れ、クラウドは鞄を抱え直し携帯をポケットに仕舞いこんだ。定期券を電子化したカード代わりに携帯のアプリケーションソフトを利用している為だったが、人ごみの中でごそごそと腕を動かせば真横を歩く人にぶつかり非難がましい視線を向けられる。改札から出て人の波が落ち着いたところで時刻を確認し、繁華街を歩く。
  目的地は瀟洒なビルの地下にあった。
  七階建てのそのビルは大きくはない。ワンフロアにつき一店か二店が入る程度の広さであったが、地下は一店しかなく、客を迎え入れる階段は仄かな橙色のダウンライトによって両側から照らされ控え目に浮かび上がる。
  ネオンの明るさに慣れた目に、地下へと向かう暗さと照らされる明るさは心もとないものに思えるが、店の前に立つ頃にはそれが心地良いものへと変化するのが不思議だった。
  目線よりやや下の位置、壁に取り付けられた黒の看板には、銀文字でシンプルに『Bar SEVENS HEVEN』と書いてある。
  バーといえば重厚な木製扉でまず一見に気後れさせる店構えがほとんどであるが、この店はガラス扉を置いていた。中に入れば狭く長めの通路があり、壁は間接照明を埋め込んでおり暗くはあったが静かで歩くのに困りはしない。突き当たり角には華やかな取り取りの花が大きな花瓶に生けられていたが、シンプルモダンな店内の雰囲気を壊すことなく大輪であるのに控えめにその存在を主張しており、店主の人柄が窺えた。
  角を曲がれば店内だ。
  カウンターが十席程度、個室は二名がけが二つに四名がけが一つという、個人経営のバーとしては中程度の規模のそこは、絞られた照明と隣との感覚がややゆとりを持って作られている為、プライベートを侵されることなく寛ぐ事ができるようになっていた。
  十九時を回った所なのでまだ客はそれほど多くはなかったが、二十時を回ると満席になる。
  食事も楽しめて酒も楽しむ事ができる隠れ家的なバーとして、口コミで広がり女性の一人客はもちろん、カップルや男性連れなど幅広く人気があった。女オーナーがこの場所に開店して三年程ということだったが、常連客も多く客足は絶える事がない。
  遠方に通っていた大学を卒業し、首都圏での就職を機に地元へと帰ってきた。この一ヶ月程、休日を除き店には毎日訪れていた。
  指定席のようになってしまったカウンター奥の端っこの席へ向かおうと一歩踏み出したが、目の前に現れた腰程の高さの頭にぶつかられよろめいた。
「いて」
「っあ、ごめんなさい!前見てなかった!」
「…いや…?」
  顔を上げて謝罪するのは少年だった。私服は着ているが、明らかにこの店に来るには年齢が足りていない。見下ろせば、くりくりと大きな蒼の瞳が申し訳なさそうに動いていた。
「クラウド、済まない。…ソラ、気をつけて帰るんだぞ」
  カウンターの向こうから静かな声がかけられ、ソラと呼ばれた少年が「うん!」と元気良く頷いた。
「じゃ、帰るね。仕事頑張って」
「ああ」
  シックにまとめられ薄暗く落ち着いた空間にその声は良く響いたが、まばらに存在する客は誰もが微笑みを持って少年の後姿を見守っている。怪訝に思うが、「ごめんなさい」ともう一度丁寧に謝罪の言葉を口にして去って行く態度には確かに好感が持てた。
  どうぞ、といつもの指定席を勧めてくるバーテンダーに小さく頷きで返して席に着けば、出てくるのはやけにディティールの凝ったコップに入ったミネラルウォーターだ。
「今日のおすすめは厚切りカツサンド」
「…いいね」
「前菜パレットは田舎風パテ、パルマ産生ハムとサラミ、魚のエスカベッシュ」
「あー…じゃぁマッカランのハイボールで」
「かしこまりました」
  穏やかな笑みを浮かべ、恭しい一礼を残して厨房にオーダーを伝えに行く男はレオンと言った。
  肩まで届く褐色の髪は後ろに自然に流しており、瞳の蒼は薄くはあったが印象的で、整った容貌は繊細なのに随分と華やかだ。だが何よりも目を惹くのは額から縦に走る一条の傷で、一体いつついたのか、どんな事情があったのか聞かずにはいられない程には痛々しい。
  本人は全く気にした様子もなく傷を隠すことなく晒しており、堂々としすぎて逆に聞くのを躊躇する。
  年齢はおそらく年上だろうと思われたが、これもまた聞くことはできずにいた。
  要するに、レオンのプライベートに関しては全く知らないと言っていい。店に通い始めて一ヶ月、聞く機会はあれどもついぞ口にすることはなかった。
  前菜のパレットとハイボールが目の前に置かれ、パレットに手を伸ばす。
「うん、美味い」
「オーナーの自信作だと言っていた」
「へぇ」
  バーテンダーと客という立場の割には互いに随分口調は砕けていたが、これはオーナーである幼馴染のおかげが半分と、通い続けたクラウドの努力によるものとが半分だった。
  少しずつ客席が埋まり始めた為、レオンは一人一人に接客をする為クラウドから離れた。
  落ち着いた店内の雰囲気を壊すことなく、隅々まで視線を行き届かせ気配りができなければ、バーテンダーは勤まらない。
  誰一人として不快にさせることなく、プライベートな時間を過ごしてもらうべく立ち回る様はベテランのそれを思い起こさせるが、レオンはまだこの店に来て一ヶ月なのだった。
  なのにもう、溶け込んでいて客からの信頼も厚い。女性客のみならず、男性客もこの一月で確実に増えていた。
「いらっしゃい、クラウド。はい、カツサンド」
「ああ、ありがとうティファ」
「ゆっくりしていってね」
「まぁ、ほどほどに」
  厨房から出てきて本日おすすめのメニューを携えてやって来たのはこの店のオーナーであるティファだった。
  三年前、開店した当時は女一人で切り盛りしていたが、食事が美味くて酒も美味しいと人気になってからは自身は厨房に入り、バーテンダーを雇うようになった。
  料理の合間に自ら接客もし、常連客の相手をする。
  人当たりが良く、スタイルが良く、明るく快活な彼女目当てにやってくる客も多かった。
「思ったより量あるな」
「でしょ。いいお肉入ったんだ。それで足りなかったら何か作るから言ってね」
「ああ。まぁ酒飲んだらあんまり食わないけど。…新入社員は薄給だし」
「お金はいいわよ。気にしないで。試作品とか試してもらっちゃってるしね」
「素人で役に立ってるのか疑問だ…」
「立ってる立ってる。そういえばレオンが新しいカクテル試して欲しいって言ってたよ。ちょっと甘めだけど私的にはオススメ」
「へぇ」
  カクテルはあまり好んで飲まないが、毎日夕食を無銭飲食させてもらっている身なので断る権利はない。もちろん喜んで、と言えばティファが笑い、オーダーを取ったレオンが戻ってきてティファへと伝える。
「レオン、クラウドにカクテル作ってあげてね」
「…了解」
  厨房に引っ込んだティファの後姿を見送って、視線を戻したレオンは一口サイズに切られたカツサンドを頬張りながらハイボールをちびちびと飲むクラウドを見やり、小さく笑う。
「…何笑ってんの」
「いや…、喉詰まらせるなよ」
「子供扱いか!」
「そんなつもりはないんだが」
  口元に笑みを形作ったまま他の客のカクテルを作る為にカウンター内を行き来する男は姿勢が良く、動きにも無駄がない。
  カウンター席に一人座った女性客はレオンの一挙手一投足に視線を奪われているようだったが、当の本人は軽く受け流し女の目の前に置かれたグラスへとカクテルを注ぐ。穏やかな笑みを向けられ、女が赤面して俯いた。
  何事か会話を交わしているようだったが、レオンは終始表情を崩さない。
  女がカクテルに口をつけ、嬉しそうに笑ったのを確認し、次の客のカクテルを作り始める。
  いつの間にか店内は満席になっており、ティファも酒を作り料理を持ってテーブルへと運んで行く。
  忙しなく、という表現は二人には似つかわしくない。あくまでも店内の雰囲気を壊すことない優雅ともいえる動作で接客をこなしているのを感嘆の視線で見やることは一再ではなかったが、忙しそうだなと思っても飲み物がなくなりかけたり料理が切れかけたりすればさりげなく寄って来て声をかける、客を白けさせない細やかさにプロ意識を感じた。
  ハイボールを飲み終わる頃にはいつの間にかレオンが前に立っており、追加も自然と口をつく。
「…さっき言ってたカクテルって?」
「フルーツのカクテルだが、構わないか?」
「構わない」
  目の前で自分の為のカクテルを作ってくれるというのは何度見ても飽きないものだった。この瞬間だけが、一対一で会話できる機会とも言えた。
  クラウドは気になっていたことを尋ねる。
「さっきのソラっていう子は知り合いなのか?」
  客の誰もが優しい視線を送っていた。場違い極まりないあの子供に対してだ。一瞬視線を向けた男は、表情を変えることなく頷いた。
「ああ、弟だ」
「…え!お前に弟いたのか!…ああいや失礼、あんたに兄弟、いたんだな」
「…呼び方はなんとでも。お気になさらず。…ここに来させるつもりはなかったんだが、どうしても一度見ておきたいというから。オーナーも構わないと言ってくれたので」
「歳離れてるよな」
「そうだな…十歳かな」
「へ~。…レオンはいくつなんだ?」
  さりげなく、年齢を聞くことに成功した。
  自分は二十三だと先に言えば、向こうは二十六だと答えてくれた。
「…やっぱお前呼びはやめといた方が良さそうだな」
「お好きにどうぞ。…お待たせ致しました。ドランブイをベースにしております」
  モルトウィスキーをベースに作る、リキュールの一種だということは知っているが、それ以上は知らない。
  柑橘系の甘く爽やかな香りはオレンジ、ライムとレモンを潰しているのだと教えてくれた。
  確かに甘かったが後味は爽やかで、ドランブイの風味が広がり悪くなかった。
「けっこういける」
「それは良かった」
  デザート代わりに飲み干して、クラウドは「ごちそうさま」と席を立つ。
  混雑している店内で長居するのは気が引けた。
  厨房から出てきたティファにまた来ると告げて、「ありがとうございました」と丁寧な礼をするレオンに「また明日」と手を振った。
  この店は平日十八時から二十四時までが営業時間だ。深夜までやっていないのが惜しまれるが、オーナーの手が回る範囲でとなるとそれが限界のようだった。
  残業で遅くなった日も、ギリギリで駆け込めば翌日に響かないようにと軽食を作ってくれるし、金曜の夜には「明日の朝食に」と軽食を持たせてもくれる。朝はギリギリまで寝て朝食は会社に行く途中でパンを買う、などと言う事が日常のクラウドにとって、この店の存在はありがたかった。
  とりあえず、昼と夜をしっかり食っておけば死にはしない。
  頭の回転が悪くなるので朝食も可能な限り摂るようにはしているが、食っているだけの状態なので栄養的にはないに等しい。
  入社一年目の新入社員はまだまだ仕事もおぼつかないが、与えられた仕事をきっちりこなしてさえいれば、毎日深夜まで残業、などと言い渡されることもない大企業かつ部署で良かったと、思うのだった。
  幼馴染が店をやっていて、しかも帰り道で、地元に帰ってきても一人暮らしで親しい友人もいないクラウドにとっては貴重で大切な存在だ。
  しかもレオンに癒される。
  兄的な感じというのか、友人というのか、なんとも微妙な感情だったが、レオンがカウンター内にいると落ちついた。
  一ヶ月前、地元に就職したからとティファに知らせるついでに寄った所に、入ったばかりのレオンがいた。
  地元に戻ってきてから五ヶ月も経過していたことにティファは最初呆れ返っていたが、互いを紹介してくれ敬語とか気にしないで気楽にいきましょ、と気さくに笑うティファに釣られるようにクラウドもまた「よろしくレオン」と握手を求めれば、男は弓を引くように刻まれた完璧な笑みと、見つめたら心の奥底まで見透かされそうな蒼の瞳を細め、「よろしくクラウド」と言ったのだ。
  体温が低いのか、血行が良くないのか、レオンの手は冷たかったが示される態度は温かかった。
  その日から毎日、たまに入る残業で遅くなっても顔を出す。
  店自体が繁盛している為ゆっくり会話をする時間などないのだが、一言二言でも会話を交わす事が大事だった。
  パーソナルデータはティファに聞けば教えてくれそうではあったが、本人の口から聞きたいクラウドは我慢した。
  店に通って一ヶ月、ようやく弟の存在とレオンの年齢を聞き出した。奥手だとか、遅いとか、そんなことはどうでもいいのだ。
  この僅かな進展具合がたまらなかった。
  細かく段階を設定し、クリアする為努力する。
  「親しくなる」この段階がまた細分化されて難しい。漸く最初の一歩を踏み出したところだ。焦ってはいけない。
  マンションの自宅のドアに鍵を差込み、真っ暗な室内に入って照明をつける。カーテンは休日でもない限り開けることがないので閉まったままだったが、寝るまでの間換気の為に窓を少し開けておくのが日課だった。閉め忘れてそのまま寝てしまうことも多かったが、二十階建てマンションの十五階部分に一体誰が侵入してくると言うのか、その点に関しては心配はしていないが、風邪を引くのが難点だった。
  大企業の借り上げマンションは、最近建築されたようで綺麗で広くて家賃も安くて文句のつけようがない。おまけに防音も完備だ。…さすがにピアノやギターなど、生演奏をすれば周囲に迷惑がかかりそうだが、日常の生活音は上下左右共に全くもって聞こえない。快適だった。
  風呂に入って汗を流し、テレビをつけ水を飲む。
  ああここに恋人でもいれば完璧なのになぁ、と思うのは年頃の男だからか。いや独り身の人間ならば男女問わずにきっとそう思うに違いない。
  さすがに一人ニュースを見てパソコンをつけてたまにゲームや漫画を読んだりするだけの生活は味気なかった。
  このまま仕事だけして死ぬ人生なんて嫌だな。
  経済基盤がしっかりすれば、次に求めるのは安らぎだった。
  ベッドに横になり、重くなる瞼に逆らうことなく目を閉じる。
  レオンはどんな生活してるんだろうな。
  非常に興味があった。

  朝目覚まし時計が鳴り響く中目を覚ましたが、起きた瞬間くしゃみが出た。
  窓から入ってくる冷たい風は夏を通り越して秋のものとなっており、急いで閉めたが今度は差し込む日差しが暑かった。
  中途半端な季節は困ると思いながら身体を伸ばし、顔を洗い、ペットボトルで買い置きしている水を飲んで出社する為身支度を整える。
  冷蔵庫の中や家の中に朝食となるべき食べ物はない。
  途中で買って、始業までに食べ終わるのが日課であったが上司に見つかると嫌な顔をされるので、上司が出社する前に食べなければならない。
  姿見に己の姿を映してチェックする。
  職種にもよるだろうが、社会人となった以上、適当な外見ではやっていけなかった。
  よしオーケー、と自分に合格点を出し、駅へと向かう。
  同じ方向へ歩く社会人から果ては小学生まで、ラッシュ時間より少し早いがすでに多い。
  あくびを噛み殺しながら角を曲がれば、どこかで見かけた後姿が制服を着て学生鞄を持って前を歩いていた。
  子供の知り合いなどいないはずだがと首を傾げて考える。
  明るい褐色の髪はツンツンと尖っていて、細身で身長はクラウドの腰より少し高いくらいだった。
  瞳は濃い蒼のはずで、レオンと似た色彩を持っていながらあまり似ていない少年だった。
「あ、レオンの弟」
  思わず声に出していた。
  呟き程の大きさのそれはすぐ隣を歩く中年太りのおっさんにすら聞こえていないようだったが、少年は振り向いた。
  立ち止まり、しばしクラウドの顔を見つめて思い出しているような顔をした。
「…ああ、昨日店でぶつかった人」
「良く覚えてたな」
「そっちこそ」
  隣に並び、なんとなく同じ速度で歩き出す。
  駅はもうしばらく先だった。
「お兄さんはレオンと仲いいの?」
「クラウドだ。あの店のオーナーが幼馴染で、常連だ。…レオンとは仲がいいというか…」
  仲良くなりたいんだが、と言葉を濁すが、少年は気にした様子もなく頷いた。
「俺はソラ!レオンは仕事のことだけじゃなくて何にも話してくれないからさ。心配するなっていうけど心配するっつーの」
「……」
  なるほど、それで昨日業を煮やして職場を見に行ったというわけか。
「まぁ、あそこなら安心かな。ティファ、いい人だね」
「そうだな」
「付き合ってるの?」
  これくらいの年頃の子供はそういう話題が大好きだ。興味津々と言った様子で見上げてくるが、ご期待に沿えるような答えはしてやれそうになかった。
「いや、付き合ってない」
「えーそうなの?ティファ美人だし性格も良さそう。クラウドのこと好きなんじゃないかなぁ」
「……」
  そうなのか?初耳だった。
  しきりにティファを推して来る少年の意図が測りきれずに首を傾げるが、実家にいた子供の頃ならいざ知らず、今となっては付き合うとか、恋人としてとなると現実味がなかった。いずれそうなるのならそれはそれでいいかとは思うが、今自らが行動を起こしてという気持ちはないのだった。
  ソラという少年は随分快活だったが、朝は苦手なのだと言った。
  同じだと言えば「だよなー!」と明るく笑ったが、レオンは仕事上がりの朝でもきちんと起きてソラの為に色々と用意をしてくれるのだそうだ。
  両親はなく、兄弟二人で生きてきた為、レオンは過保護なのだと言う。
「まぁ俺もレオン大好きだしいいんだけど」 
「…なるほど」
  いいなぁソラ。俺もかいがいしく世話されたい。というのが本音だったが、さすがに言わない。
  駅の入り口に人だかりができ、溢れかえっているのが目に入る。
「…なんだあれ」
「すごい人だね」
  改札で止められているらしく、そういえば電車が走っている様子もない。事故だろうか。
  時間を気にするサラリーマン達が殺気だって駅員に事情の説明を求めており、駅員は必死に口元に手を当て何かを叫んでいるがざわめきが大きくて聞こえない。
「…俺電車じゃなくて駅向こうの学校なんだけど、クラウドは電車?」
「ああ…止まってるなら困ったな。いつ運転再開するのか確認しないと」
「人身事故らしいよ。何人も一斉に飛び込んで来たとか何とか」
「うぇ…マジか」
「当分動かなさそうだね」
「そうだな…振替輸送あるのかな…」
「あるみたいだよ。駅員が叫んでる」
  ここからだと全く聞こえないが、ソラは耳がいいようだ。
「じゃぁ確認するか。ありがとうソラ」
「いえいえ。俺は学校行くね。またね、クラウド」
「ああ、行ってらっしゃい」
  しっかりした少年は人ごみを避けるように大回りをして踏切を渡って行った。徒歩で行ける範囲で駅向こうの学校といえば有名進学校だった。
  頭いいんだなと思えば多少意外な気もしたが、他人を気にしてばかりはいられない。
  遅延証明書を受け取り、振替輸送を行っているバス乗り場へと移動するが、同目的の人間でごった返しておりとてもじゃないが乗れそうになかった。
  これは確実に遅刻だなと諦めて、上司にその旨メールを送る。
  人身事故はよくあることだ。
  その度に何時間も電車が止まる。迷惑な話だったが、何人も同時に飛び込むというのは聞いた事がなかった。
  タクシーを使った方が早そうだったが、タクシー待ちの列も長くてどれくらい待たされるかわからない。
  長蛇の列から外れ、飯を食おうと歩き出す。
  バイクか車を買うべきか。
  新入社員の車通勤は認められていただろうか。確認しなければと思いながら、朝から開いているファーストフード店へと入るのだった。


02へ

緋の残照-01-

投稿ナビゲーション


Scroll Up