どこにも、行けない。

 

 朝食後、ユフィはランニングに出かけ、エアリスはお買い物に行ってくる、と出かけたので、家にはシドとスコールのみになった。
 ダイニングで座ってぼんやりとコーヒーを啜るスコールには、今日一日予定がなかった。
 二番街の紳士は証拠不十分で釈放され、夫婦犬の屋敷にも立ち入れるようになったので、昼あたり顔を出そうと思いはするものの、やる気が減退しており部屋でごろごろしていたい気分だった。
 リビングで機械を触っていたシドを見るともなしに眺めていると、視線に気づいたのか振り返って目が合った。
「あん?どうしたよ」
「いや…別に」
「俺にもコーヒー淹れてくれや」
「ああ…」
 休憩する気になったのか、シドはダイニングへとやって来た。
 スコールが淹れるコーヒーは濃い目のブラックだ。
 礼を言ってカップを受け取り、シドは徐にスコールの隣へとやって来て、椅子を引いて腰かけた。
「…何だ?」
 身体がこちらを向いているので、確実に話があるのだろうと思いはしたものの、スコールはあまり話したい気分ではなかった。町長宅での話を蒸し返されたくなかったからだが、シドはなかったことにしてくれる気はないようだった。
「とりあえずカップをテーブルに置け」
「?」
 シドが置くのに倣ってスコールもカップを置いた瞬間、いきなり平手打ちが飛んできて、まともに食らった。
「…っ!?」
 いきなりか!
 目が覚めたけどすごく痛い!
 頬を押さえてシドを睨み上げるが、それ以上に怒った表情に見下ろされて言葉は出ない。
 シドは唇を噛みしめ、何かを言おうとしていた。
 聞きたくなかったので耳を塞ごうとしたが、両手首を掴まれ力の限り握りしめられ叶わなかった。
「っ痛い…っシド、痛い…!」
「っせえな本気で外そうと思ったら外せんだろおめぇならよ」
「…ッ何なんだ…っ」
「俺ぁお前によ、なんかあったら言えっつったよな?」
「…え?」
「困ったことねぇかって、聞いたよな?」
「……」
 記憶はしている。
 それに対して「何もない」と答えたことも、覚えている。
 それが、何だというのだ。
 シドを見やれば、苦々し気に顔を顰めてみせた。
「いや、お前にとっては困ったことじゃないのかもしれん。なら、しょうがねぇ。「あの」町長に、変態的な絡まれ方しても「何でもない」ならしょうがねぇ」
「……」
「「あの」町長が言ってたことの、どんくらいが本当のことかなんてのも、聞いてもしょうがねぇ。お前だって言いたくないことだってあらぁな」
「……」
 口を差し挟む余地がなく、スコールは口を閉ざす。
「ガキじゃねぇから、うるさくは言わねぇ。自己責任ってやつで、好きにすりゃいいんだ。だがよ、こっちは心配してんだってことは、わかるよな?」
「…あぁ…」
「心配させやがってよ。わかってんなら、いい。んで、だ。これだけは聞いとかなきゃなんねぇんだが」
「…何だ」
 問えば、シドは眉を下げて唇をへの字に曲げた。変な顔だと思ったが、心配しているらしかった。
「二番街の紳士に弱みでも握られてんのか?」
「は…?何でだ…?」
「犬の屋敷の二階に住むっつってたろ。あそこ主が頻繁に出入りしてるじゃねぇか。お前、なんか」
「いや、弱みなんて」
 ない、と言う前にシドの顔が哀し気に歪んだ。
「あの男と特別な関係とかよ」
「……」
 特別って、何を指して特別なのかがわからなかった。
 スコールがわずかに眉を顰めて首を傾げたことで、補足の必要を感じたシドが今度は嫌そうな顔をした。
「…好きだからとか、そういうあれか…?」
「はぁ!?違う!全く、違う!!」
 なんてことを言うのかとスコールは思う。
 全力で否定するが、まだ疑いの残る眼差しで見下ろされていることに、焦る。
 弁解の必要などはないはずだ。
 ないはずなのに、否定せねばと気が急いた。
「俺が好きなのは犬!!」
「…犬…」
「いや好きというか、心配というか、傍についててやらないとっていうか、彼らは俺のこと必要として…くれ…るか…ら…」
 語尾が消え入るように小さくなった。
 勢いに任せてとはいえ、途中で羞恥に襲われた。
 必要としてくれるから、傍にいたいと、言ってしまったのだった。
 馬鹿か。
 子供みたいなことを言ってしまった。
 俯いて表情を隠したスコールを見下ろしながら、シドは長々と溜息をついた。
 スコールの言わんとする所を、ようやく理解したのだった。
 
 
 ああ、やっとわかった。
 コイツが何を考えているのかが。
 
 
「スコール。じゃぁ聞くが、俺らがお前を必要としてないって、何で思う」
「…え?」
「俺…いや、俺はまぁいい、エアリスやユフィが、お前を必要としてないって、何でそう思うんだ?」
「…いや、そんなこと思ってない」
「何だよ、家族みてぇなもんだって思ってたのは、俺らだけだったんか。あいつら泣くぞ~」
「シド、俺は別に」
 仮面が剥がれ落ちたかのようなスコールの言葉に、力はない。
 素直な受け答えには純粋な戸惑いだけがあった。
「お前が独立したいって言った時、誰も反対しなかったのはどうでもいいからじゃねぇぞ?お前は俺ら…いや、俺はいいんだ、お前はエアリスやユフィを見捨てたりしねぇって、信じてるからだ」
「…俺は」
「お前を最大限尊重してんだ。お前がいなきゃ元の世界に帰れた所で、野垂れ死にすんのがオチだからよ」
「そんなことは」
 ない、と皆まで言わせずシドは畳みかける。
「言いたかねぇが、お前におんぶにだっこ状態なんだってこと、早く気づけや。お前が大好きな、「お前がいなきゃ困る」んだぜ。どうよ嬉しいだろうがよ?」
「……」
「必要としてくれてんだから、ちゃんとお前も必要としてやれや」
「してるだろ…」
 俯いたままのスコールの耳が赤い。
 知っている。
 知っていた。
 ユフィもエアリスも、家族のように接してくれていることを、知っていた。
「ホントかぁ?」
 だが迷惑はかけられない。
 早く自立しなければと、思っていただけだった。
「…そういうあんたはどうなんだよ」
「あん?聞きてぇのか?」
 頭上から笑うような息遣いが降ってきて、スコールは後悔した。
 愚問に過ぎる、と思った。
 ここに来て、否定されるのはきつかった。
「……いや、やっぱりいい」
「おーおー耳の穴かっぽじってよく聞けや」
「いや、いいって!」
「必要としてなきゃな、お前が住める店なんて作ろうと思わねぇよ!」
「…は?」
 意味を捉え損ねて顔を上げれば、シドは驚くほど優しい笑みを浮かべていた。
「一軒家を用意してよ、一階は店舗、二階は住居として使えるようにしてある。そのうちお前が他にいいとこ見つけたら、そこは貸すなりすりゃぁいい」
「……」
「名義は俺だが、俺らの店だ」
「…店」
「何でも屋は続けるが、地に足つけた収入っての、必要だよなぁって痛感したからよ」
「…そうか」
「お前の店でもあんだからな。店番もすんだよ。わかったか」
「……」
 確かなものが、欲しかった。
 ここで生きていていいのだという保証が、欲しかった。
 何の足掛かりもなく、シドに養われている状況から早く脱して独立すれば、己の足で立てるのだと思っていた。
 形あるものが、欲しかった。
 
 
 こんな形で、実現する。
 
 
「で、だ」
「…何だ」
「まだ何の店にするか、決まってねぇ。希望はあるか」
 改まって何を言うのかと思えば、無計画に過ぎて呆れた。なんとも頼りない発言だった。
「…あんたのやりたいことでいいんじゃないのか?」
「俺が聞いてんだよ。質問で返すんじゃねぇよ」
「でも」
「いいから、言ってみろや」
 この街にない店がいい。
 競合が存在するなら意味がない。
「…じゃあ、シルバーアクセサリーの店がいい…」
「なるほどな。採用」
「えっ…いや、そんな簡単に…エアリスあたりは花屋とか」
「うるせぇなもう決めたんだよ!それに俺様は器用だからな、アクセサリーなんてちょちょいのちょいよ」
「……」
 自信満々に語るシドは、自分で作る気らしかった。シルバーアクセサリーを舐めてるな?とか、デザインはどうするんだよ、とか、言いたいことはたくさんあったが、まぁいいか、と思う。宝飾品を扱っても構わないし、どこかのブランド品を仕入れたって構わないのだ。せっかくの話に水を差す気にはなれなかった。
 今後必要に迫られれば、提案すればいいことである。
「とりあえずだ、あの屋敷の二階に住むって話はナシだ、断っとけ!」
「…わかった」
 シドはそれが言いたかったらしい。
 スコールの返事を聞いて満足そうに頷き、手を離す。
 ようやく離された両手首は、赤く鬱血しており、ひどく熱かった。
 強く掴みすぎだ、馬鹿力め。
 手首を撫でさするスコールを見下ろしながら、シドは軽く首の後ろを掻いて言うべきか迷う。
 言わなくても問題はない。
 いずれ、時が来ればわかることだ。
 だが。
「あと、お前には話しておくがよ、スコール」
「…?」
 真っ直ぐに見上げてくる蒼の瞳が、力強く俺達の行く道を照らしてくれるはずだった。
「レイディアントガーデンに帰ることは可能だ」
「え…」
「ナビがある。いつでも、帰れる」
「……」
「希望はある。だからよ…」
 いずれ帰る日まで。
 帰ったら、元通りの世界を取り戻すまで。
 しっかり立って、引っ張って行って欲しい。
 本当なら、こんな重大な責務をスコールに負わせることを大人として躊躇しなければならないはずだ。
 お前がいやだというのなら、それは全てが無意味となるはずのものだった。
 けどお前は欲しいという。
 必要とされたいのだという。
 支えることはできる。
 共に歩くこともできる。
 お前がいなきゃ、始まらねぇんだよ。
 
 
 どうだ、俺らは重いだろう。
 この重みを、抱えて生きろよスコール。
 
 
 
 
 
 グミシップに乗ってやって来たという「王」は、ネズミに似た外見の、可愛らしい生き物だった。
 いや、可愛らしい、というのは失礼にあたるだろう。
 とある世界の「王」であるのだから、敬意を払って然るべき存在であった。
 「王」は世界の異変について調べているのだと言い、事情を理解している人物を紹介してほしいということで、町長から紹介されスコール達の元へとやってきた。
 この街が「世界を失った者が流れ着く場所」として在ることを不思議だと言い、「闇の力の通り道になっているのかもしれない」と言われて、闇の生き物のことを話せばやはりと、頷く。
 今まで名前も知らなかったその生き物を「ハートレス」と呼ぶことを知り、ハートレスがどこから来るのかを知った。
 「王」はスコール達が求めてやまなかった情報を持っていて、レイディアントガーデンは今、闇の力の手に落ち「ホロウバスティオン」と呼ばれていることも知った。
 「虚ろなる城」。
 哀しい響きだった。
 今また闇の力が増大していて、世界に危機が迫っているのだと言う「王」は、キーブレードを持っていた。
 その武器だけが唯一、ハートレスを消滅させることが出来るのだと聞いた時には絶望した。
 自分達の世界を取り戻す為には、他の誰かに助けを乞わなければならないのだった。
 一通り話した後、「王」はこの街も調査したいと言って出かけて行った。
 最近、ハートレスの数が増えていることに疑問を感じていたスコール達は、世界に危機が迫っているという話に納得すると同時に、自分達にできることは何かを考える必要に迫られた。
「キーブレードがないと、私達の世界、取り戻せないんだね」
「キーブレードの所有者が来るのを、待つしかねぇってか」
「いつ来るの~?」
「さぁ…」
 溜息をつく三人を見やって、スコールもまた溜息をつく。
「そう遠くない未来に、とは言っていたな」
「なんだか、すごく前進したね」
 笑顔を見せるエアリスは、すでに成人していた。
 この街にやって来てから九年の歳月が経っていた。
 長すぎる程の、年月だった。
「俺達が欲していた情報を、王様が全て持ってきてくれた。俺達が為すべきことは、闇を払拭すべき使命を負ったキーブレードの所有者の、助けになることだ」
「最終的には、ホロウバスティオンへ?」
「あそこは闇に飲まれて消えたわけじゃない。魔女の城として、存在している。あの魔女を倒し、鍵穴を閉じなければ旅は終わらない…俺達の目的と一緒だ」
「やっとここまで来たか~」
 長かったな~と両手を組んで頷くユフィは、小柄ながらも成長していた。 
「シド」
 声をかければ、「おうよ」と返る。シドはほとんど外見に変化はなかった。
「移動が必要になるかもしれない」
「任せろや。準備はしておく」
 あの世界へ、いつでも帰れると言った。
 いずれキーブレードの所有者と共に、帰れる日が来るかもしれない。
 手が届かない夢だった頃に比べれば、遥かに現実味を帯びて、重く響く。
 改めて自分達ができることを確認し、…できることの少なさに、落ち込みそうになった。
 全てはキーブレードの所有者次第なのだった。
「王様を見てくる。夜の二番街三番街は、ハートレスがうろつくようになったからな…」
「王様のお手並み拝見してこいや、スコール」
「そういう言い方はやめろよ…」
 最近めっきり物騒になった夜間の街だが、一番街だけは常にスコール達が見張っているのでハートレスは出現しない。
 二番街三番街は、元から夜間に出歩く人間はほとんどいない住宅街だからいいようなものの、油断をすると暗がりから現れて、襲われる者が増えていた。
 二番街を見てみたが「王」はおらず、三番街へ向かえば、偉大なる魔法使いの家から出てくるのが見えた。
「王様」
 声をかければ、「王」は振り向き気さくに手を振って笑顔を見せる。
「やぁ。マーリン様がお元気そうで良かった」
「知り合いだったんですね」
「とてもお世話になってるんだよ。よく訪ねて来てくれるしね」
「そうですか」
 この辺のハートレスは一掃しておいたよ、と軽く言われて、目を眇める。
 知らない世界で生きる、キーブレードの所有者だった。
 それがあれば、この街を出て自分達の世界を、自分達の手で取り戻すことも可能だろうに。
 何故自分にはそれを所有する資格がなかったのだろう。
 誰かに縋らねばならない。
 情けない現実だった。
 世界を取り戻すまでが、まだまだ遠かった。
「えーっと君は確か…あれ?名前をまだ、聞いてなかったね?」
「俺は…」
「君が、この街の実質的なリーダーなんだろう?町長に聞いたよ。君がいてくれるおかげで、街はハートレスの被害を最小限に留めていられるって」
 明るく光に満ちた「王」の言葉は、心を抉る。
 何もできてはいないのだ。
 ハートレスは、キーブレードでなければ消滅させられないのだから。
 ただ追い払っているだけに過ぎない事実は、何の喜びも齎しはしなかった。
 ああ、遠い。
 ひどく、無力だった。
 「王」に褒めてもらうようなことは、何一つ出来てはいないのだ。
「…俺はレオンです、王様」
「レオンっていうのかい?」
「はい」
「カッコイイ名前だね、僕はミッキー。よろしくね」
 「王」は、本当の名前を町長から聞いて知っているはずだった。
 だが何も言わずに気軽に握手を求めてくる。
 それを受ける権利などないのだ、己には。
 
 
 何もできずにいる自分。
 何も変えられない自分。
 
 
 世界を動かす力は、己にはない。
 ただキーブレードの勇者を待ちわびて、その情けに縋るしかない現実。
 滑稽で、可哀想な話だった。
 だが構わない。
 利用できるモノを利用する。
 
 
 全てを、取り戻すのだ。
 
 
 ここから始まる。
 何もできなかった過去を封印し、全てを今から始めよう。
 九年の歳月を経てようやく、俺達の「未来」が、見えてきたのだった。


END
リクエストありがとうございました!

縷縷として病む-最終話-

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