祈りはどこに届くのか。

「あー!今日も終わった終わったー!帰ろー帰ろー!」
  帰宅時間になり、ユフィは伸びをして立ち上がった。「早くシャワー浴びてゴロゴロしたーい!」と言いながら帰り支度をする様子は元気そのものだったが、自分の仕事はきちんと終わらせているので誰も文句は言わない。
「お疲れさま」
  書類を片付けながらエアリスが笑い、レオンとシドも「お疲れ」と労った。
「あれ、皆は帰んないのー?残業?」
「私も、もう帰る」
  飲み物を片付ける為にキッチンへと消えたエアリスの背中を見送り、ユフィは男二人を見やる。
「レオン達は?」
「今日は俺も終わったから帰る。シドは?」
「あー…まぁいいか。今日は俺も帰るか。クソ暑い日に残業なんざやってられっかってんだ」
「お、めっずらしー。皆定時!」
「明日明後日ゆっくり休めよ。レオン、おめぇもよ」
「ああ、そうする」
  久しぶりに厄介事もなく、立て込んだ仕事もなく、ゆっくりと休日を過ごせそうなことにレオンは内心喜んだ。
  ユフィの言を借りるならば、「ゴロゴロしたーい!」である。
  日頃ゆっくりできていない為、何だかんだと日用品の買い出しや掃除などやらねばならないことはあったが、自分の為に時間を使えるというのは嬉しいものだ。
  片付け終えて戻ってきたエアリスと共に、戸締りをして再建委員会本部として使っている魔法使いの家を出る。
  魔法使いは気まぐれにしか戻って来ない為、いないものとして家の管理はしておかなければならなかった。
「城のシステムは今んとこ異常なしだ。何かあったら知らせるが、何もないことを願っといてくれよレオン」
「ああ、休日呼び出しはイヤだからな」
「何か予定あんの?レオン」
  見上げてくるユフィに、レオンは首を振る。
「いや、特にないが…休日はゆっくりしたい」
「ちょ…レオンおっさんくさいぞ!引きこもりか!アウトドアな趣味持ちたまえよ!」
「誰がおっさんだ。普段からアウトドアしてるだろ…」
「あー…オシゴトねー」
「そういうお前はどうなんだ」
「え、あたしー?あたしはあれだよ、修行という名の海辺でリゾート」
「……」
  要するに遊びか、と皆が思ったが、ツッコミは入れない。
  元気だなぁ、と思ったのが二名、いいなぁ、と呟いたのが一名。
「エアリスは?何か予定ないの?」
「んー…。お友達の所、行ってみようかなって」
「友達?」
「うん、旦那さん、亡くなったばっかりだし、お葬式行った時会えなかったから」
「ああ…」
  レオンとシドは顔を見合わせた。
  弔鐘を聞いたことを思い出したからだ。
「それに、お腹のお子さんも亡くなったって…寝込んでるって聞いたから」
「可哀想になぁ」
  シドの呟きに、エアリスは頷いた。
「トラヴァースタウンで知り合って、ずっと連絡は取り合ってたんだ。結婚式にも呼んでくれたし、同い年の女の子だし、旦那さんは一つ上だったのかな、すごくいい人そうだった。この街に戻ってきて結婚して、まだそんなに経ってない、のにね…」
「……」
  かける言葉が見つからない。
  たくさんの幸せがあったはずの夫婦に突然襲った不幸は、どれ程の哀しみを与えたのだろう。
  レオンは眉を顰め、ユフィもまた俯いた。
  シドは一つ頷いて、エアリスの頭を軽く撫でた。
「お前まで落ち込んでどうすんだよ。元気付けてやって来い」
「…うん、そう、だね。何持って行ってあげようかな」
「今大変な時だろうから、迷惑になんねーもんだろ。…酒とかか?」
「それはシドがもらって嬉しいものでしょ!」
「おう、いつでも大歓迎だ」
「も~。…でも、ありがと。行って来る」
「おう」
「気をつけてな、エアリス」
「うん、じゃぁまた来週、ね」
「じゃ、良い週末を~!」
  分岐道で手を振って、エアリスとユフィが別れた。
  少し進んで、シドは居酒屋に寄って帰るといい、別れる。
  レオンは一人家路に着きながら、何となく人生を思った。
  恋愛をして結婚し、子供を作って家庭を築く。
  何もなければ、そういう道があってもおかしくなかった。
  考えても詮無き事ではあったけれども、そういう人生を想像する事すらもはや困難ではあったけれども、自分よりも年下の人間が結婚し、家庭を築く。
「…俺、歳取ったな…」
  まだ二十六だ。
  だが、考えてみればもう二十六だった。
  恋愛したいとか、結婚したいとか、そういう気持ちは特にない。
  まだ、ない。
  まだ、やらねばならないことがある。
  まだ、優先すべき事柄が存在する。
  だがそもそも恋愛というやつは、仕事とはまた別枠で存在するものであって、並列も可能なはずなのに…なかった。
「まず、出会いがない」
  とはいえ、色々と出会う人間は数多い。女性も多く存在する。
  男女問わず食事の誘いやその他諸々お誘いはあるけれども、特別な感情には発展しない。
  発展しないのならば、それはそういう人間に出会えていないということなのだ。
  仕事は仕事で線引きをしているせいかもしれないが、深入りされることを好まないし、深入りすることを望まない。
  一線置いていることを感じるからか、深入りしようとしてくる人間は稀だった。
  たまに飛び越えて来ようとする人種もいたが、非常識極まりない人種にはそれ相応に対応した。
「このままだと…もしや俺は一生独身か?」
  今の所必要を感じないので構わないといえば構わないのだが、それはそれでなんだか味気ない気がする。
  少しばかり沈んだ気分を引きずって、家に帰る。
  家に帰ると、人がいた。
「……」
  沈黙したままリビングに足を踏み入れると、風呂上りですっきりした顔をした金髪の男が上半身裸のまま、タオルで髪を拭きつつ「おかえりー」などとのたまった。
  コイツだ。
  コイツも原因だ。
「…あ?どうしたレオン?いつにもまして変な顔」
  間抜け面でほざく頭を殴りつける。
「…ぃッ!?な、…っなん、だよいきなりッ!?」
「黙れ元凶その一が!」
「…は…!?え?何が?げんきょう…?」
  痛む頭をさすりながら、蹲った男が意味がわからないと首を傾げた。
  八つ当たりだ。
  ああ、これは八つ当たりだ。
  コイツを責めても仕方がないことは百も承知だ。
  しかし。
「…とりあえず、責任取れ」
「はぁ?…責任て何」
「俺を不愉快にした責任」
「何!?不愉快って何だそれはこっちのセリフだろ!!いきなり頭どつきやがって!お前容赦ないから痛いんだぞ!?」
「知るか」
  部屋の鍵をくれてやったのは俺。
  使うのは確かにコイツの自由だったが、ここまで入り浸られるとは予想外だった。
  ああ、甘かった。
  俺の予測が甘過ぎた。
  もっと控え目で道理を弁えたヤツだと思っていた俺が馬鹿だったのだ。それだけの話だ。
  立ち上がって不快げに眉を吊り上げた男の瞳に、多少なりとも怒りが混じっているのを見て取って、レオンは考える。
  馬鹿だ。
  本当に馬鹿なのだ。
  手を伸ばす。
  身構えるクラウドの後頭部に構わず回して、引き寄せる。
「…っおい、レオン…?」
  唇を寄せれば戸惑いを滲ませ、舌を絡ませればもう怒りはどこかに吹き飛んでいる。
  単純な男でわかりやすい。
  複雑怪奇な思考回路をしている男かと思っていたのに、何の事はない、ただのヤりたい盛りの馬鹿だった。
  クラウドに言わせればそれは違うと言うに違いなかったが、知った事ではない。
  気づけばクラウドの手は腰に回り、服を脱がしにかかっていた。
「…ベルト邪魔。これ外せよ」
  乱雑に金属音を立ててベルトを引っ張り、レオンの手を置き外せと促す。
「…は、…俺がか」
「他に誰がいるんだよ。俺コッチで忙しいから」
「っ、…!」
  シャツを捲り上げられ、胸に吸い付かれて息が上がる。
  シドともこんな会話をしたなと思いつつ、ベルトに手をかけ床に落とせば、待ちきれないといわんばかりの性急な手つきで、下半身を剥きにかかるクラウドの必死さに笑いが漏れた。
「…何がおかしい」
「いや、…」
  不満を覗かせる蒼の瞳をなだめるように、頭を撫で額に口付けをくれてやる。
  早くしろと手を添え導いてやれば、もう不満は消えてそちらに意識が向いていた。
「…っん、…お、まえ、可愛いな」
「…、……、…は?」
  ぐちゅ、と、後ろに突っ込まれた指が動く度に淫猥な音がする。
  聞き間違いかと呆然とした体で凝視してくる男の顔があまりにも間抜けで、声を出して笑ってしまった。
「…今、何て言った?」
「手、止まってるぞ?…っふ、お、まえが、馬鹿で、可愛い、と…っ」
「…嬉しくない!」
「…そうか。っ…」
  キッチンカウンターの柱に押し付けられ、片足を持ち上げられた。
  弄る指が後ろを捉えて、熱く滾った先端を押し付ける。
  ぐり、と抉るように中に入ってこようとするが、体勢的にきつかった。
  無理に押し込まれ痛みに眉を顰めれば、気づいた男が床についていたもう片方の足も抱え上げた。
  己の体重は決して軽くはないはずだが、苦にした様子もないのはさすがと言うべきか。
  柱に背を預け、クラウドに抱えられる格好は間抜け極まりなかったが、押し開き侵入してくる質量の大きさと熱に全てどうでもよくなった。
「っァ、あ…っ、く…ッん!」
  一気に最奥まで重力任せに落とされて、顎が仰け反る。
  根元までぎっちり埋まって、クラウドが満足気に息を吐いた。
「は…、キモチイイ…」
「う…っく、ふ、…ッ」
  それはこっちのセリフ、とレオンは思う。
  ああ、こんな身体イヤだと思う。
  ほんの少し前まで、今以上に寝食を削って働いていた時分には、疼くこともなかったしまともな生活ができていた。
  この街に戻ってからは特に、真面目でまともで普通に生きていたというのに。
  全く、コイツが余計なことをしなければ。
  思い出さなければ、きっと今頃まともな恋愛の一つくらいはできていたに違いない。
  …たぶん。
  …おそらく。
「っ、あ、ァ、…ッん、ふ…っぅぁ、あっぁ、はっ…!」
  ガツガツと音を立てて突き上げられ、背が震える。
  食い締めれば肉襞が犯すモノに絡みつき、ひくついてもっと激しくと奥へと誘う。
  息を詰めて耐える男の口元には笑みが刻まれ、楽しそうにレオンの瞳を覗き込んだ。
「ぁっ…なん、だ…っ」
「ふ…っ、可愛いって、そのまま、そっくり、返す…ッ」
  可愛いっていうより、エロイの方が正確だけど、と下らないことを呟く金髪を掴んで引っ張る。
「いでっ!い…ったいって!引っ張るな馬鹿!」
「…ッ、…っは、ぁっ俺は、馬鹿じゃ、ない…っ」
「ふ、馬鹿で、可愛い、だろ!」
「黙れ、全く、嬉しく、ない…っぁ」
「は、何だそれ、笑える…っ」
  追い上げられて、息が整わない。
  …馬鹿だ。
  俺も、馬鹿なのだ。
「んっ、ん…ッぁ、あっア、ダ、めだ、も…っ…ぁッく……、…っ!」
  擦り上げられる感覚が、震える程に気持ち好い。
  奥まで突かれ、肉を抉られて悦ぶ身体が、もっと犯せとクラウドのモノを締め上げる。
「…ッ、ん、俺、も…っ」
  クラウドの余裕のない声に、吐息が漏れた。
  まだ、もっと、と欲しがる身体が浅ましい。
  クラウドの顔をこちらに向けさせ、舌を伸ばせば向こうの舌が絡みつく。
  コイツとの身体の相性は悪くない。
  特に不満はなかった。

 それが、問題なのだった。

  女の必要性を感じないのは、コイツのせいだ。
  仮に愛情や精神の安定を求めていたとしても、肉体的な欲求はコイツがいた。
  女とは根本的に成り立ちが違う男において、愛情が先に来ることはない。 
  順序は逆なのだから、入り口が塞き止められていたら先に進むのは至難の業だった。
  …ああ、ダメだな。
  俺には当分、安らぎはやって来そうになかった。


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