人の心は、闇だけではないのだそうだ。
光だけでもないらしい。
では人の心に、あるものは。

 ホロウバスティオン再建委員会メンバーの一日の行動は概ね決まっている。
 街の人々の協力の元、共に街再建を目指す以上決まった予定は必要であり、パターン化されたそれは誰の目にもわかりやすく作られていた。
 徘徊する闇のモノ達の排除を担当し、街の見回りをする者、既存システムの円滑な運営と新システム構築を担当する者、補佐する者、総括する者。各々の役割を果たすべく日々働くメンバー達を数日も眺めていれば、行動パターンはおのずと見えた。
 レオンは毎日必ず街の工事現場全てへ足を運んで進行具合を確認し、ハートレス達の排除をする。トラブルがあれば折衝もこなす。街の実力者達の協力を仰ぐ事も忘れない。
 街中を駆けずり回り多忙を極める男だが、大きなトラブルがなければ多少の時間が空くのはよくあることで、時間が空けばアンセムの研究施設に篭るか、城の書庫に篭るか、ハートレス達を相手に身体を動かしていることが多かった。肉体労働よりも頭脳を酷使することが多い為、ストレスも溜まるのだろうが、それにしてもレオンは群れる事が極端に少なかった。
 委員会の本拠として提供されている魔法使いの家へも、必要外には近寄らない。
 人間嫌いというわけではなさそうだったが、好きというわけでもなさそうだった。
 一人でいる方が気楽なのだろうと推測することは容易い。
 今日も一人城門前でハートレス達を相手に戦っているレオンの姿を認め、クラウドは見学するつもりでゆっくりと近づいた。
 気づいたレオンが一瞬視線を向けたが、特に声をかける様子もなく剣を振るう。
 ガンブレードと呼ばれる銃と剣が一体化した武器をレオンは愛用しており、敵にヒットする瞬間に引き金を引くことでより大きなダメージを与えられる仕組みになっているらしかった。
 迷いのない動きは無駄がなく鮮やかで、強さが一目で知れる。
 自分とどちらが強いだろうか。
 ふと脳裏に閃いたその疑問はとても興味深いものに思えた。
 戦い方や武器が違う為一概に判断はできないが、いい勝負になりそうな気がした。
 無論、負けるつもりはない。
「…一度お前と戦ってみたいんだが」
「こいつらでも相手にしてろ」
 戦う後姿に声を投げれば、にべもなく切り捨てられた。
「…なるほど」
「おい、よそでやれ、よそで!」
 言われるまま大剣を担いで広場へ降り、残り少なくなった敵を一閃して凪げば、背後から非難がましく怒鳴られ眉が寄る。
「…こいつらをやれと言ったくせに」
「ここのじゃなく、街中至る所にいる総称ハートレスとノーバディのことだ」
「奴らは弱くて、話にならない」
「運動にもならないと?」
「ならないね」
 即答すると、一呼吸置いて背後でガンブレードを振るう男が苦笑した。
「…同感だ」
 クラウドが振り返った時にはすでに最後の一体が分断されており、大剣を担ぎ直して歩み寄れば、呆れた視線を向けられた。
「何だ?」
「そんなデカイ剣を振るってよく動けるな」
 指差された己の剣は片手剣を複数組み合わせた特殊な物で、今は布で巻いてあるが本来ならば分解し片手剣としても使えるものだった。
 確かに、レオンの剣を見ればその重量と大きさは比べるまでもない。
「…別に平気だけど」
「馬鹿力だな」
「馬…、って、お前が非力なだけだろ?」
「…じゃぁ試してみるか」
 音もなくレオンが一歩下がった。
 正面に構えられた剣の向こうに見えるのは、静かに見据える蒼の瞳。
 空気が冴え渡りチリチリと皮膚が泡立つような感覚にクラウドは満足を覚え、腰を落として大剣を構えた。
 レオンの戦い方は知っている。
 闘技大会で、ハートレス戦で、何度も間近に見てきた。
 だが実際に剣を交えたことはなく、その力を己が受けた時どんな感慨があるのか予想はつかない。
 戦い方を知っているのは向こうも同じで、互いに手の内を知られている以上勝負は長引きそうだったが、それもいいとクラウドは思う。
 実力の伯仲する相手と戦えるのは喜ばしい事だ。
 己の闇を払拭する為の戦いは孤独で、常に己の内部との葛藤でもあった。
 強くあらねば、飲み込まれる。
 強くある為には精神も肉体も鍛えなければならず、一人であることの限界に気づいてもいた。
 強くなりたい。
 己が己でい続けられるように。
 張り渡された一本の糸のような緊張感が、心地良かった。
 レオンは強い。
 己の内部を、満たしてくれる。
 
 自分はもっと、強くなれる。

 軸足に力を入れて踏み込んだ。
 一歩で至近に距離を詰め、大剣を振り下ろす。
 まともに受ければ剣ごと折られるのは必至で、レオンは身を反らせてかわしながら掌に炎を生む。
 が、それはクラウドに向けられることなく霧消した。
「…?」
 怪訝に見れば、男の視線は己に向けられてはいなかった。
 つられて視線の先を追い、見つけたものに言いようのない不快を覚える。
「ソラ」
 投げられた声にソラは嬉しそうに手を振り、駆け寄って来た。
「レオン、クラウド!何か邪魔しちゃいけないかなと思って、見てたんだけど良かったのか?」
「構わないさ。暇だったからな」
「……」
 ソラに窺うように見上げられ、クラウドは視線を逸らす。
 消化不良で行き場のない感情を持て余して長い吐息を一つつき、踵を返した。
「あれ、クラウドどこ行くの?」
「クラウド?」
 背後に投げられる声におざなりに片手を振って返す。
 言葉で返す気にはなれなかった。
 「キーブレードの所有者」の重要性は知っている。レオンが「ソラ」を優先する理由は理解できたから、それについて何か言うつもりもなかったが。
 邪魔をされると腹が立つ。
 …いや、邪魔をされたわけではなく、レオンが自主的に自分との戦いよりも「ソラ」を優先しただけのことだったが、まるで自分が軽んじられているようで不快だった。
 大人げないから、言わないが。
 現状「キーブレードの勇者」が最優先であることは必然であったし、真剣に殺し合いをしていたわけでもないのだから、構わないのだが。
「なんかムカつく…」
 処理しきれない感情の奔流に戸惑いながら、クラウドはハートレス達の群れの中に突っ込んだ。
 レオンとの戦いを楽しみたかったのに、というまるで子供のような我侭は押し殺すことにした。

 

「随分荒れてるな」
 アンセムの研究施設へ向かう途中、通路の敵を力任せに殲滅していると、後ろから追いついたレオンが眉を顰めながら呟いた。
「…何しに来た?」
「ソラは絵本の中に入ってくるらしい」
「…へぇ?」
「魔法使いの絵本の中に入れるのはソラだからこそ、だろうが、そこにも友人がいるんだそうだ」 
「…へー」
「…興味なさそうだな」
「ああ、興味ないね」
「そうか」
 クラウドが敵をなぎ倒す様子を壁に凭れて腕を組みながら眺める男に、手を出す気はないようだった。
 己の方へ向かおうとする敵がいれば、クラウドを促して倒させ、完全に傍観を決め込んでいた。
「…何で俺がお前を守らないとならないんだ?」
「お前、こいつら倒したいんだろ?」
 不平を言えばあっさりと返される。
 元はといえばレオンが原因であるはずなのに、何故こんな言い方をされなければならないのだろうか。
 あらかた敵を蹴散らして、大剣を床に突き刺した。
 乱れた髪をかき上げレオンを睨めば、顎に手をかけ考えるそぶりを見せた後、小さく笑って見せた。
「さっきの続きをやるか?クラウド」
「…もうそんな気分じゃない」
「そうか…残念だな」
 特に残念がっている様子もなく、壁に凭れたまま動かないレオンの顔を見ているのも先ほどの感情を呼び起こして不快になる為、大剣を引き抜いて研究施設へと歩き始めれば、当然のようにレオンは後をついてくる。
「…何か用?」
「…お前、いくつだっけ?」
「は?」
「もういい歳だよな?」
「まだ23だ!」
「もう23か」
 23を強調された。
 何なんだ、一体。
「…だから何?」 
「ソラは15だそうだ」
「…で?」
「ソラは子供だろう」
「……だから?」
「キーブレードに選ばれし者だ」 
 そんなことは今更言われなくとも知っている。
 歩を止めて、振り返る。
「何が言いたいんだ?はっきり言えよレオン」
 イライラする。
「ソラを優先したからと言って、怒るな、クラウド」
「……」
 レオンの言わんとしていることを察して、クラウドは絶句した。
 それはいわゆるアレか。
 お前はお兄さんなんだから、弟のことを大事にしてちょっとくらい我慢しなさい、と親が使う常套句か。
 …誰が親だ。
 誰が兄で、弟だ?
「…俺が拗ねているとでも?」
「違うのか」
「…俺とソラでお前を取り合っているとでも?」
「そんな事は言ってない」
 敵が一掃された通路は静かで、声はよく響く。いい大人であるはずの男二人が交す会話とは思えない内容に、他人がいなくて良かったと今日ほど思ったことはない。
「…本気で戦えるはずだったのを邪魔されたから、ムカついただけだ」 
「だから続きをやるか?と言ってる」 
「中断されたら萎えた」
「……」
 子供じゃあるまいし、と言いたそうにしている様子がありありと窺えたが、クラウドは気づかないフリをした。
 ムカついたところでどうしようもないことくらいは、クラウドとて承知している。
 ソラは世界の命運を握る大切な鍵だ。
 加えて、色々な世界を飛び回っている為忙しく、ホロウバスティオンへ来ても長時間滞在することは少なく、短い滞在時間を有効に使わせてやりたいと願うレオン達の心遣いは理解できたし、自分とてセフィロスを見かけたら知らせて欲しいと頼んでもいる。ソラの事は嫌いではないし、行く先々の苦労や戦いを思えば応援してやりたいと思っていた。
 多少の融通も仕方ないとも思う。
 それが協力するということだろうから。
 だが、そう思うことと感情はまた別のものだった。
 レオンも多忙で、そうそうすぐに時間を作れるわけでもない。せっかくの機会だったのに、と思ったとしても、責められるいわれはないはずだった。
 大人気ないと、自覚はしている。
 だからこそ、今は放って置いて欲しいのにレオンは後ろをついてくる。
 嫌がらせか。
 この男なら、今自分が何を考えているかくらい想像がつくだろうに。
「…戦うのはまた今度でいいよ。だから帰れ」
「ソラが絵本から出てくるまで暇なんだ」
 またソラか。
「じゃぁ本の前で待っててやれば?」
「あそこにいても、今はやることがない」
 トラブルでも起こらない限りシドがいればシステム管理に問題はないだろうし、エアリスもついている。世間話をする気分ではないし、人が複数いる空間に長時間いたい気分でもない。
 自分の都合をつらつらと話して聞かせるレオンに淀みはない。
 施設で本でも読んでいた方がマシ、ということか。
「じゃぁ俺が場所を変える。お前はここにいればいいさ」
「…クラウドはソラが嫌いなのか?」
 的外れも甚だしい質問に、危うくクラウドは本気で壁に頭をぶつけるところだった。
 冗談だとすれば意地が悪く、本気だとすればセンスがない。
「…いやむしろお前がキライ」
 言えば、レオンは意表を突かれたのか蒼い両目を見開いた。
 しばしそのまま考え込み、理解したのか額に手を当て笑い出す。
「そうか。…それは気づかなくて悪かった」
「…何で笑う?」
「お子様だな、お前も」
「誰がだ!」 
 自分の気持ちを察してくれないからキライ、だなんて。
 わかってくれないから遠ざけよう、だなんて。
 まるで過去の自分を見ているようで、レオンは笑う。
 クラウドが今抱えている子供っぽい感情を知っている。
 大人だから、という理由でそれを殺そうとしていることも。
 それは正しい。
 だが、別に殺す必要もないことだと気づけばいいのにとレオンは思う。
 子供にするように頭を撫でれば、おそらくこの金髪の男はさらに怒るだろうからしないが。
「言いたい事があるならはっきり言えよ、クラウド」 
 先ほど言われた言葉をそのまま返す。
 言っても仕方ないだとか。
 面倒くさいだとか。
 思っていたら前には進めないのだと、この男はもう気づいているはずだ。
「…その年上面がムカつく」
 苦し紛れの言葉には力がなく、レオンは苦笑する。
「…悪かったな」
「あ、レオンとクラウド見つけた!絵本の中行って来たよ!」
「…早かったな、ソラ」
 敵のいない通路を軽やかに走り抜ける少年に視線を向け、レオンの意識が逸れた瞬間をクラウドは逃さなかった。
「…え」
 レオンの顎を掴んで己の方へと向かせ、強引に口付ける。
「…ッ!」
 親指を口内に突っ込み口を開かせて、舌を捻じ込んだ。口腔を蹂躙する舌に瞬間対応し損ねたレオンは焦ってクラウドの手首を掴むが、壁に背を押し付けられ片手で喉を押さえられ、身動きが取れなくなった。
 噛もうにも指が邪魔をする。
「なななななな…ッ!」
 驚いて硬直したソラをクラウドは横目で眺めやり、唇を離して唾液で濡れたレオンの唇を舐め上げた。
「…の馬鹿がッ!」
 背筋に走る感覚を振り切り、レオンが足を振り上げた。
 的確に狙ったはずのそれは空を切り、距離を取ったクラウドは鼻で笑ってソラの横を通り抜ける。
「…続きは、また今度」
 固まったままのソラに一瞥を投げ、どこか満足気にクラウドは立ち去った。
「…な、に今の、何今の、なんだよ!何だよーーー!レオン!!何だよ今のーー!!」
 通路に少年の絶叫が響き渡った。
 こんな報復をされるなんて。
 愕然と男が消えた方を見つめて、レオンは唇を拭う。
「続きって何!何だよ!レオンー!クラウドとどーゆー関係なんだよーッ!?」
「いや、違う…ソラ…そういう意味じゃない…」
「そういうって何!!うわーん!俺のレオンが汚されるぅー!!!!」
「汚さ…って、ソラ…」
 あの馬鹿が!
 どう説明しろというのか。
 …はっきり言ってかなり面倒だ。
 ああ、逃げたいと思ったレオンは、クラウドのことを子供だと笑えないと自嘲した。
 
 人の心は、御しがたい感情で渦巻いている。


END

Sleeping Lion

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