ありふれた言葉で ただ
キラキラと光が舞い落ちる。
花びらにも似たそれは発光しながら風に乗り、人や物に触れれば雪の結晶の如く霧散した。
ほんの、数分。
蘇るかつての街の姿に人々は狂喜した。
「…なんだこれ」
「…トロンの力だな」
「トロンって?」
「……」
城壁広場に立つクラウドは突如降って来た光の華に手をかざし、僅かの時間で消えてしまった空を見上げて隣に立つレオンへと聞き返すが、同じく空を見上げたままのレオンは答えず、幻と消えたかつての街を懐かしんでいるようだった。
「…戻ったのかと思ったのに」
呟けば、こちらに視線が向けられる。
「…そのうち実現する」
返る言葉は、自身に言い聞かせているようでもあった。
そのまま歩き始めた褐色の髪が風に揺れる様を何とはなしに見つめながら、クラウドも後について歩き出す。気づいたレオンが怪訝に振り返り速度が落ちたのを追い越す勢いで隣に並び、目指す城への通路を進む。
「お前も城に用があるのか?」
「トロンて誰?」
僅かばかり追い越した形で、今度はレオンがクラウドの後ろについて歩く。
「システムの名前」
「…アンセムの?」
「そう」
「へぇ…」
「ソラの友達らしい」
レオンの言葉は、優しさと温かみに満ちていた。
「……」
不意に立ち止まったクラウドを再び追い越し、振り返れば嫌そうな顔をして立つ姿に眉を顰める。
「…どうした」
「ソラいるのか?」
「…エアリスもいるが」
「なら帰る」
「おい」
踵を返した男を引き止める気はなかったが、唐突な行動に戸惑う。
「クラウド?」
「ソラに、セフィロスを見つけたらよろしくと言っておいてくれ」
「…自分で言えよ…」
距離が開いていくクラウドの背中を見送る。
空から一つ、最後のひとひらの光が地面に落ちて、消えていった。
ホロウバスティオンをレイディアントガーデンの名にふさわしい街へ戻す活動は長く地道で、それを率先して行うレオン達は賞賛に値するとクラウドは思う。
己の理由に拘り続ける小ささと比するまでもなく、最優先事項として重要であることを理解していた。
だからこそ、案じてくれる人達に余計な心配をかけたくない、と思うのだが、それは驕りになるのだろうか。
会わなければ元気で頑張っているのだと思っていてくれるだろうし、下手に顔を合わせて「まだ決着つかないの?」などと問われようものなら行き場のない気持ちに苛まれることは確実である気がした。
馴れ合えば流されるかもしれない自身の弱さも自覚している。
距離を、置かなければならなかった。
日が落ちてからクラウドは城内へ入り、書庫の扉を開けた。
誰もいないと思っていた室内には明かりが点っており、静謐で埃臭い落ち着いた雰囲気を壊すことなく、設置された円卓と椅子に腰掛けて読書を楽しむ男の姿を見つけてしばし入り口で立ち止まる。
気づいた相手が本から視線を上げ、かすかに微笑ったようだった。
「やっぱり来たな、クラウド」
「…何してるんだレオン」
「読書」
「…いや、それは見ればわかるけど」
円卓に寄れば、卓上には数冊の本と、コーヒーカップが二つと、籐で出来た大きめのバスケットが乗っており、誰かを待っているにしても、この場所までやって来れる相手は限られているはずだった。
「…待ち合わせかなんか?」
「…いや、約束はしてないが、来ると思ってた」
「?」
「あと1時間待って来なければ施設へ行こうと思っていたところだ。…無駄にならなくて良かった」
「…俺?」
「そう」
「…なんで?」
「まぁ、座れ」
偉そうに顎で空いた椅子に座れと指図し、レオンは読みかけの本を閉じて空のコーヒーカップを椅子の前に置いた。
いやでも座らなければならない気になり、クラウドは渋々レオンの正面に腰掛ける。
バスケットを開けてまずは水筒を取り出し、「俺の分も淹れておいてくれ」と当然の如くクラウドの前に置き、さらに別の水筒を取り出して、これは自身の側に置いた。
あまりにも自然な他人の扱いように反論する気を削がれ、クラウドはおとなしく水筒を開けてカップに注げば熱いブラックコーヒーの香が立った。
次々とバスケットの中から取り出した皿の上には料理が並び、一番最後に取り出した皿には小さなホールのケーキが乗っていた。
どれだけバスケットに詰め込めば気が済むのかと呆れたクラウドだったが、これを大事に抱えてここまでやって来たであろうレオンの姿を想像すると笑いを通り越して薄ら寒かった。
「…何だこれ…ピクニックか?」
呟けば、レオンの口からため息が漏れた。
「…夜に室内で二人っきりのピクニックか。…寒いな」
「…寒すぎ」
「エアリスからのプレゼントだそうだ。ありがたく受け取って食え」
「…プレゼントって?」
首を傾げるクラウドに答えず、手前に置いたままだった水筒を開けて、パスタが盛られた皿の上に中身を落とす。
クリーム上のソースは温かいまま、パスタと絡んで旨そうな匂いが室内に立ち込めた。
己の空腹を自覚して、クラウドはコーヒーカップに手を伸ばす。
スプーンとフォークを大小取り出し、クラウドに手渡してレオンもコーヒーカップに口をつけた。
「…俺とお前の誕生日を一緒に祝いたかったらしい」
「……ああ、そうか…」
ケーキは、その為か。
「料理はまだしも、ケーキ食いきれるのか?これ」
「半分食えよ。ノルマだ」
「……ノルマ…」
残して帰ったら、…と考えて、クラウドは首を振った。
「…俺が来なかったらどうする気だったんだ?」
「え?」
「…いや、え?じゃなく…。…考えてなかったって顔してるなお前…」
予想外と言わんばかりに目を見開いたレオンは、目の前の料理の一つに手を伸ばし、小皿に取り分けながら考えるそぶりを見せた。
「…そうだな、来なかったら俺が全部食ってただろうな…来て良かった」
どうやらレオンの頭にも残して帰るという概念はないらしい。
クラウドも料理を取って一口食べてみるが、美味しかった。
人が自分のために作ってくれた料理は、嬉しいものだった。
温かいコーヒーと、温かいパスタ。
目の前にいるのは愛想のない男だったが、一人で摂る食事よりははるかにマシだと思う。
「11日にお前が見当たらなかったから、今日一緒に祝うんだそうだ。今度エアリスに礼を言っておけ」
「…一緒にってことは、今日お前誕生日か」
「23日だからな」
「ソラはもう帰ったのか?お前の誕生日なのに」
「プレゼントはもらったぞ」
「何を?」
「キス」
ぶほ、と、むせた。
「…汚いぞお前!ちゃんと拭け!」
「…ていうか…」
キスってお前。
動揺を隠せないまま卓上を拭くクラウドにため息を返しながらも、レオンは一人食事を進める。
「「誕生日おめでとー!俺今日何も用意できてないから、とりあえずハグとこれで!」…だ、そうだ。いい子だな、ソラ」
「…ああ、そのキスね」
「……」
どういうキスを想像したのかレオンは聞かない。
代わりに三分の一ほど減った料理の皿を一つ、クラウドの方に押しやって食えと促す。残された量を見て、クラウドが声を上げた。
「お前半分ちゃんと食えよ!」
「これくらい食えるだろ?」
「じゃぁこっちの皿はお前が食えよ」
「…何で交換条件…」
「お前も半分食う権利と義務があるだろ」
「…俺は小食なんだ」
「ウソつけよ」
「…今日はあまり…」
言葉を濁すレオンに不審を感じ、そして気づいた。
「あ」
並べられた料理はサラダ、肉料理、パスタ、冷製スープ、コーヒーにケーキ。
全て一皿ずつに盛られている為気づきにくい上量も確かに多かったが、よく見ればこれは…一人分?
コーヒーカップとケーキ用の皿やフォークは二人分。
「…お前、食べてきた?」
「…まぁ、少し」
ウソつけ。
食事の後に、おすそ分けの為にわざわざここまで来たのだろうか、と思うと何故だか腹が立った。
エアリスが持って行けと言ったのは確かだろう、ケーキがあるのだから。
ならば最初からそう言えばいいのに、クラウドに付き合って一緒に食べる必要はないのだ。
「…人が目の前で食ってるのを見てても暇だろ」
「…腹いっぱいのくせに」
「そうでもないが、それほど食えないのは否定しない」
素直に認めて、レオンは次の料理に手を伸ばす。
「…全部お前が食えるのなら、俺は大人しく読書をするが、どうする?」
「……」
やはり残すと言う選択肢はないらしい。
もう一度料理を見下ろす。
…ケーキ半分のノルマがなければ食えそうだが、ケーキを考えれば確かに苦しい。
「…食えるだけ食ってくれ…」
「…協力しよう」
皿に取り分けて、レオンはパスタを食べ始めた。
無理して食わなくてもいいのに。
まぁ、自分だけで食べきるのは苦しいから助かるのは助かるのだが。
おそらくエアリスにしてみれば、食べ切れなければ残して構わないという気持ちで多めに詰めたのだということはクラウドとてわかっていたが、自分の為に用意してくれたものならば可能な限り残したくないと思う。
レオンも同様に考えているからこそ協力するのだろうが、この好意には素直に感謝すべきなのか迷う。
会話の弾まない食事ではあったが、苦痛ではなかった。
誕生日に誰かと共に食事をしたことなど、この街に戻ってくるまで記憶になかった。
他人と関わること自体を避けてきた自分に、そんな生温かな時間がそうそうあるはずもない。
「…レオン」
「?」
「誕生日おめでとう」
自然と言葉が出た。
ありふれた言葉しか出てこなかったが、これ以上の言葉は出ない。
驚いたように目を見開いて動きを止めたレオンが、瞳を細めて微笑んだ。
…レオンが、優しく微笑んだ。
「12日遅れたが、クラウドも誕生日おめでとう」
「…ああ、ありがとう」
自分に向けられる笑顔はとても温かくて、優しかった。
慣れない分、変な気分だったが嬉しいと思う。
この瞬間確かに自分は素直になったのだと思う。
「ケーキまで食えなさそうなら残していいよ。俺食うから」
「ああ、食えなかったら頼む」
コーヒーを注ぎ足して、食べ終えた料理の皿を片付けながらレオンはケーキを半分に切る。
渡されたケーキがレオンのものより多少大きいのに気づいて、クラウドは何となく嬉しかった。
信頼?
協力?
言葉にすると陳腐な気がした。
そんなクサイ関係が自分達の間にあると思うと恥ずかしかった。
「…何笑ってるんだ?クラウド」
「…俺、笑ってた?」
「…気持ち悪いな…何だよ」
「何でもない」
友達?
知り合い?
そんな言葉も、必要ない。
「ケーキ、美味いな」
「…そうだな」
静かな室内に時折響く二人の声と、食器の音。
十分だと、クラウドは思う。
END