頭上から降り注ぐ日差しと、石畳から立ち上る熱気に噴出する汗は背中を滑り落ちていく。体温より低いそれが背骨に沿って腰へ落ちていく感覚は気持ちのいいものではなく、クラウドは眉を顰めた。 
  額から頬を伝う汗は拭うことが出来たが、背中はそう簡単には行かない。気づいた時にはもはや手遅れ、服に吸い込まれる汗に、打つ手はない。
  熱気に晒され身体は熱く、服は張り付いた汗が乾く間もなく次の汗を吸い込んでいく為湿っていて、不快だった。
  雲一つなく晴れ渡った陽光は目にも痛いが肌にも痛い。
  日陰を選んで歩いていても、日陰のない場所というものは存在する。忌々しいことに。
  直射日光に晒され目が眩む。
  闇の力からレイディアントガーデンを取り戻した人々が活気に満ちて街を復興しているおかげで、地面は石畳で舗装されて熱を持ち、素足であったならば火傷は免れないほどだった。 
  ジリジリと肌が焦げていく気がしたが、気のせいではなく、焼けているのだ。
  どうにもならない暑さに辟易し、頭を振った。
  汗が飛んで、目に入る。
「いって…!」
  痛みに歩みを止めて一度蹲ってしまうと、起き上がるのが億劫になった。
  丸めた背中に当たる熱が痛い。
  涙は出るし、沁みるし、暑いし、しかも熱い。
  追い討ちをかけるようにけたたましく鳴き始める蝉が、恨めしかった。
  自分の影の黒さに、日差しの強さは推して知るべしである。
  頭を庇うように手で覆えば、その異常な熱さに危険を感じる。脳が沸騰しそうだ。
  屈んだ視点で先を見やれば、ゆらゆらと陽炎が立ち昇っていた。
  倒れこんだら、熱さで立派な姿焼きが出来そうだった。
  力が入らなくなった身体に鞭打って、立ち上がれば眩暈がした。
  酷い立ち眩みに目を閉じて耐え、一歩を踏み出すが、二歩目は無理そうだった。
「…キツ…」
  せめて日陰に、と揺れる視線を動かせば、遠い避難場所に途方もない絶望を覚える。
  まだ何十メートルもあるだろうその場所へ辿り着く自信はなかったが、それでも歩かないと死ぬ。
  耳鳴りがうるさい。
  頭痛も酷い。
  吐き気も来たな。
  でも歩かなければ。
  まだ、死ねない。
  安定しない重心でよろめきながらも進む。
  一歩。
  一歩。
  つい今しがたまで感じていた暑さは消えて、いつの間にか背筋には冷や汗が流れ落ちた。
  気持ち悪くて、吐きそうだった。
  指先も震え始めたが、頓着する余裕もない。
  一歩。
  一歩。
  通り過ぎる人間は、一人もいなかった。
  普段人目につくことは避けたい所だが、今は話が別だった。
  日陰に着いたら、誰かが来るまで安静にしていよう。
  あと、少し。
  上げる気力もなく地面に固定されてしまった視線の先に、影が見えた。
  ああ、着いた。
  もう、すぐそこだ。
  壁に向かって、手を伸ばす。
  きっと壁は、冷たくて気持ちいいに違いない。
 
  だが影に向かって伸ばしたはずの手は、掴まれた。

「……あれ…?」
  搾り出すような呟きに答えた声は、呆れていた。
「お前、馬鹿だな」
「……、だ、」
  れが、馬鹿だ、馬鹿。

 言葉は最後まで出なかった。
  可能な限り上げた視線の先に見える顔は、逆光でわからなかったが、こいつは知っている人間だった。
  力が抜ける。
  膝から崩れ落ちるクラウドに慌てた相手が「おい!」と叫んだ。
  身体を支える為に伸ばされた手を、掴んだところでブラックアウト。

 …助けてくれてもいいよ、レオン。

 全ての権利を明け渡し、意識を飛ばすのは気持ちが良かった。

 

 涼やかな水の音が、どこかでした。

 暗黒の底へと沈んでいた意識が、急速に浮上する。
  焼くほどの暑さから解放され、過ごしやすくなった周囲の環境にようやく意識を取り戻す。
  額に濡れたタオルを置かれた事に気づいて目を開ければ、眼前に不機嫌極まりない顔があった。
「お前は馬鹿だな、クラウド」
  つい先程も、同じことを言われた気がしたが判然としなかった。
「………、何、人の起き抜けに…」
「病院送り一歩手前」
  端的に告げられる事実は、嬉しくなかった。
「立派な日射病だ。死ななくて良かったな」
「日射病…」
  鸚鵡返しに呟いて、ああ、あの症状は日射病かと頷いた。
「俺、重症?」
「それだけ喋れるなら大丈夫だろう」
  言うだけ言って、レオンは踵を返す。
  呼びかける気力もなく見送る視線に気づかぬはずもあるまいに、何の説明もなくドアの向こうへと消えていった。
「……」
  すっかり目が覚めてしまった。
  病人を放置して行くとは優しくない男だと思いながら、クラウドは身体を起こそうとするが叶わなかった。
  胃を逆流してくる流動物の感覚に、口元を押さえて耐える。
  吐く物などないというのに、こみ上げてくる吐き気は苦痛以外の何者でもない。相変わらず眩暈も酷かった。
  寝ている間に医者が来たのかどうかも不明だが、依然続く体調不良に蹲ることしかできないことに腹が立つ。
  …人が苦しんでいるのにあっさり出て行ったあの男にも、腹が立つ。

 助けるのなら、最後まで責任持てよ。
  
  声に出して言う元気はないので心中で毒づくが、それで気分が晴れるわけでもない。
  いっそ吐いた方が楽かもしれない、ここはレオンのベッドのはずだが構うものかと自棄になって思い始めた頃、ドアが開いた。
「…大丈夫か、クラウド。さすがに死にそうだな」
「……っ」
  他人事みたいに言いやがって、と睨み上げた先、鼻先に突きつけられたのは大きなボトルに入った大量の…水だった。
「…?」
「飲め。これ全部」
「ぇ…」
「早く」
  口にボトルを突っ込まん勢いで命令されても、何が何やらわからない。
「…ちょ、」
  どういうことか説明を求めようにも、レオンは待つ気はなさそうだった。
「死にたくなければ言うことを聞け。さっさと飲め。飲ませて欲しいとか言うなよ。…手伝いくらいはしてやるが」
  言うと同時に、レオンの手がクラウドの身体に伸びた。抵抗されるという懸念は全くないようだった。
  背に回した手を引き上げて、クラウドの身体を起こす。
  眩暈に険しく柳眉を顰める男に構わず、開いたボトルをクラウドの口に突っ込んだ。
「…ッ!」
  一瞬詰まったクラウドだが、咽せながらも流れ込んでくる水を飲む。
  冷えて癖のない蒸留水は飲みやすく、一口飲めば己が水分を渇望していたことを知る。
  レオンの手からボトルを奪い取って、自主的に飲んだ。
  絶対に飲みきれないだろうと思った量は、気づけばもう空だった。
「……」
  物足りずに隣を見れば、レオンはもう一本取り出してクラウドに渡す。
  ひったくるように奪って再び水分補給に勤しむ必死の男に、レオンは安堵した。
「まだあるが。…必要か?」
  飲み終わるまで返事はないかと思いきや、半分ほど飲んだところでクラウドが首を振った。
「もう十分。…あ、吐き気止まった」
「そうか」
「眩暈もマシになった」
「…そうか」
「疲れた。寝ていい?」
「……お前、甘えるな」
  持っていたボトルをレオンに押し付け、ベッドに再度沈没する。
  寝る体勢に入ったクラウドは聞いているのかいないのか、シーツを頭まで被って手を振った。
「おやすみ。…あ、汗だくの俺の服、洗濯しておいて…」
「……俺が?」
「とりあえず、寝る。…晩御飯には、起こして」
「図々しいにも程がある」
「…あとで、ちゃんと…」
「何?」
「……」
  しばらく待つが、続きはなかった。
  寝るの早すぎ、と呆れながら、レオンは手にしたボトルに残された水を飲み干した。
  ここしばらくずっと街で姿を見かけないと思っていたら、ふらふらと彷徨い歩いている様子に驚いた。
  おそらくセフィロスを捜しに行っていたのだろうが、炎天下の中、長時間なんの対策もせずに出歩いていれば体調も崩す。
  己の体力を過信した結果なのか、それとも気が回らなかっただけなのか、馬鹿なのか、それでも死なずに回復しているのだからさすがと言うべきだろう。
  時計を見れば、そろそろ夕方に差し掛かっていた。
  日用品を買うために外出したというのに、思わぬ拾い物をしてしまったため、何も出来ずに帰ってきてしまったが、もう一度出かけなければ食材も足りそうにない。
  潜り込んだシーツからはみ出したクラウドの金髪はぐちゃぐちゃになっていたが、すっかり熟睡しているようで動く気配もない。
  このまま置いていっても問題はないだろうと判断し、レオンは静かに部屋を出た。
  傾きかけた陽は、まだ暑い。

 秋は遠そうだった。

 

 

 

 

 

 いいにおいがする。
「……」
  目覚めたクラウドは、匂いに釣られて起き上がった。
  そういえば、腹が減った。
  自覚すれば空腹は耐えがたく、日が落ち始めて暗くなった室内を出て、リビングへ続くドアを開ければ、眩しさに目がくらんだ。
「…おはよ…」
  キッチンに立つレオンの後姿に呟くが、料理に集中しているのか反応がない。
  テーブルの上にはいくつかの皿が並び、出来上がった料理は旨そうな匂いを発しながら鎮座して食されるのを待っている。
  勝手に食べたら殺されるだろうと判断したクラウドは、腹に手をあて空腹を必死に押さえ込みながらレオンへと近づく。
  フライパンを煽って野菜を炒める様子はなかなか手馴れていて、動きには無駄がないように見えた。一人暮らしを始めてから料理を始めたのか、それ以前からやっていたのかは不明だが、危なげのない手つきは素直に感心に値した。
  実際に食べてみてからが評価のしどころではあるのだが、それほど心配はしなくていいかもしれない。
  すぐ近くまで歩いてみても、レオンは背後に気づかない。
  近づいてみればなるほど、炒める音と、ファンの音がうるさい。頭の中で手順を踏まえながら料理に集中すれば、意外と周囲に気づかないものなのかもしれなかった。
  …気配を消して近づいているのだから、気づかれたらそれはそれで問題だ、と思う。
  後姿をしばし眺めてみる。
  ラフなシャツに、ラフなパンツ。
アクセサリ類は、見たところ身につけていないようだった。
  寛いだ格好だと思いながらも、どこかに違和感があった。
  気づいて、クラウドは眉を顰める。
レオンはエプロンをしていないのだ。
「……」
  断っておくが、これは「どうして白いフリフリエプロンではないのか」、という失望ではない。
  裸エプロンで誘って欲しい、という男のロマンとやらでもない。
  料理をするときはエプロンだろう、と思うのは、固定観念に縛られているのだろうか。

 …エプロン姿のレオンを、見たいわけでは決してないのだが。

 背後でじっと佇んで考え込むクラウドに気づくこともなく、レオンはフライパンから野菜を取り出し、今度は肉を炒め始める。
  ジュージューと旨そうな匂いと音はそろそろ本格的に辛かった。
  空腹はもう限界。
  レオンの腰に手を伸ばし、嫌がらせに背後から囁いた。
「ご飯まだ?」
「……うわ!」
  背の引きつり具合から見て、やはり真後ろに立つクラウドに気づいていなかったようだ。
  残念なような、安心したような複雑な気分を味わいながら、クラウドはレオンの肩に顎を乗せ、フライパンの中を覗き込む。
「何作ってんの?なんか旨そうなんだけど」
「…何の変哲もない、野菜炒めだ」
「ウソつけ。野菜炒めくらい、俺だって知ってる」
「…ていうか、邪魔だ。おとなしく座ってろ。もう出来る」
「腹減った…」
  冷たくあしらわれ、おとなしく席につけば、目の前には料理の山。
  何コレ、拷問?
  思わずサラダをつまもうと手を伸ばすが、レオンの視線に気づいて慌てて引っ込めた。
  手持ち無沙汰で部屋を見回すが、目新しい物はなさそうだった。
「もらいもののワインがあるが、飲めそうか?」
「……ちょっとだけ」
  グラスをよろしくと言われ、素直に従う。
「ケーキもあるから、後で」
「何でケーキ?」
  首を傾げて問い返した所で、気づいた。

 あ、今日俺の誕生日。

 レオンを見れば、特に変わった様子もない。
  何でケーキ?
  レオンが?
まさかわざわざ買ってきた、ということはないだろう。
  そもそも俺の誕生日を覚えているかすら怪しい。
  なんとなくケーキの出所の見当はついたが、あえて聞くのはやめにした。
「出来た。…呆けてるぞ、クラウド。ワインを注いでくれ」
「…あぁ」
「最近忙しくて料理なんか作ってないから、味の保証はしない。…が、残すなよ」
「それは食べてみないと…」
  出来立ての温かい手料理と、ワインと、ケーキ。
  一人ではない食事。
  レオンの気遣いが垣間見れる瞬間。
  …あれ、俺今すごく幸せ?
  胸に広がる温かい感情に、愕然とした。
 
「いただきます」

 レオンが作ったにしては上出来の料理は、何故だか心に痛かった。

 

 
  シャワーで汗を流してすっきりした表情のレオンが、ソファに座って寛いでいる。
  雑誌をいくつか手にするが、どれも興をそそられないようで、流し読みしては次を取るが、すぐに閉じてソファの上に寝転んだ。
「…いつまでかかってるんだ?クラウド」
「根本的に、おかしいだろ。何で俺がこんなことやってんの?」
  流し台の上に置かれた大量の皿は、先ほどまで旨そうな匂いをさせた料理を乗せていたもの達であった。
  二人分はかなりの枚数であり、フライパンや鍋など重装甲群も列を成して洗われるのを待っている。
  不慣れな分、洗うのには相当な時間がかかる上、慎重にやろうとすればするほど変なところに力が入る。
  筋肉痛にはならないだろうが、はっきり言って楽しくない。
「使ったら洗う。常識だな」
「だーかーらー!何で俺が洗うの?って、言ってる」
「俺は作った。お前は洗う。ギブアンドテイクだ」
「……俺、病人の上に、今日の主役なんだけど…」
「元気そうだから、大丈夫だろう」
「む、むかつく…」
  恨めしげに睨んでやるが、レオンは不敵に笑んで受け流す。
「なんとでも。割らないように気をつけろよ。終わったら、風呂行っていいぞ」
「何様だよ!」
「家主だ。…風呂から上がったら、飲み物くらいは淹れてやる」
「…むーかーつーくー」
「なんとでも。…で、いつ終わるんだ?」
  レオンが明らかに笑っている。
  クラウドの不器用っぷりを、楽しんでいるのだ。

 くそー。

 唇を噛み締め、黙々と皿を洗う。
  一枚も皿を割らずに洗い終えたことを褒めるレオンに、さらにクラウドは不機嫌になるのであった。

 

『クラウドが死にそうなんだが』
『え?クラウド、どうしたの?』

 真夏の太陽に晒されて、ぐったりと力なく倒れこんだクラウドは重かった。
  放置もできず、かといって病院へ行くには遠かった為、再建委員会本部である魔法使いの家へ運び、ちょうど中にいたエアリスに助けを求めれば、瞬間驚きに目を見開いたもののすぐに冷静さを取り戻した彼女が、素早く魔法使いのベッドへクラウドを寝かせるように指示をした。
  手に負えないようならば医者を呼んで来なければ、と思いながら見守れば、クラウドの様子を診たエアリスが顔を上げる。
『長時間外、いた?』
『…さぁ、わからないが…そうかもしれないな』
『脱水症状、だと思う。放っておくと危ない、ね』
『医者を呼んだほうが?』
『うーん…。様子を見てみないとだけど、ここ、使う?』
『…いや、ここだと仕事の邪魔になるだろう。…仕方ない、俺の家に連れて行くか…』
『点滴、がいいと思う。家についたら、お医者さん、呼んで?』
『わかった。すまないな』
『ううん、あとでお見舞い、行くね。レオン、今日お休みの日なのに、大変だね』
『余計なものを拾ってしまったな』
  一度寝かせたクラウドをまた抱え直し、エアリスにドアを開けてもらって見送られながら家路へと急ぐ。
  急ぐと言っても、背負った男の身体は熱く、日差しも強すぎて眩暈がする為、足取りは自然重くなる。
  よりにもよってこんな日に迷惑な、と呟きながらも散々苦労をして家に運び、ベッドに寝かせ、服を脱がせ、部屋を冷やし、身体を冷やす。水分補給をさせる ことが最優先だが、意識がなければそれも叶わない。
  このまま意識が戻らないようならば医者を呼んで治療を頼まなければならないと、動きかけたところでクラウドは目を覚ましたのだった。
  それほど酷い状態でなかったのは幸いだが、睡眠後の体力の回復ぶりは呆れるばかりだ。
  それでも当分の間は安静にしておかないと、いつまた再発するかわからない。
  さっさと帰れと言ってしまいたい所だが、野垂れ死にされたら目覚めが悪いし、介抱した甲斐もない
  明日からはまた仕事で家にいる時間が極端に減ることだし、しばらくは置いてやってもいいかもしれない、と思う。
  体調が戻れば勝手に出て行くだろうし、大型のペットを預かった気分で接してやってもいいかとも思う。犬猫と違って意思疎通が出来る分、楽かもしれなかった。

「冷たいジュースが飲みたい」
「……は?」
  眠りの底へ落ちかけていたレオンを引っ張り上げるわがままな要求は、命を助けてやったはずの男からだった。
「寝るなよ。風呂入ったから、ジュースよろしく」
「……」
 
  やっぱり、こんなペットいらないかも。

「…ジュースなんてものは、ない」
「何があるんだ?」
「水。コーヒー。ワイン。…あとは…紅茶もあったかもしれん」
「じゃぁ水」
「…わかった」
  覗き込んでくるクラウドを押しのけて、キッチンへ向かう。
  入れ替わるようにソファに座ったクラウドが、足元に落ちた本を拾う。表紙を見て嫌な顔をした。
「何だコレ。『政治イデオロギーと格差社会』…読む気にならない…」
  パラパラと中身をめくれば、小さな文字が一面を埋め尽くす密度に視線が泳ぐ。すぐに閉じて、なかったことにした。
「お前、真面目にこんな本読んでるのか」
「悪いか?…ある程度知識がないと、やっていけないぞ。色々と」
  大きめのコップになみなみと注がれた水を受け取りながら、クラウドは躊躇うことなく即答したレオンの顔を見上げるが、前髪が邪魔をして表情はわからなかった。コップを渡してそのまま隣に座ったレオンは、クラウドの膝に乗った本を取り上げて中身を開く。
「読めばそれなりに、面白いぞ。…眠くなるのが難点だが」
「それ、面白くないってことだろ…」
「……」
  レオンは否定しなかった。
  街の復興を円滑に行う為に、体力があるだけではダメだった。
  武器が扱えるだけでも、敵を倒せるだけでも、不足だ。
  再建委員会のメンバーが各々役割分担をして当たっていても、リーダーには知識と総括的な能力と、指揮能力も要求される。
  少数精鋭であれば、なおさら。
  復興の黎明期であるならばなおさら、強力で優秀なリーダーが必要なのだった。
  従ってもらい、協力してもらい、動いてもらう為には、努力が必要だとレオンは知っているのだ。
「…城の書庫に入り浸って、そんな本ばっかり読んでるのか」
「入り浸ると言うほどは行ってないが…。あそこで昼寝をしているお前よりは建設的だな」
「……」

 バレていた。

「…ああ、俺今ものすごく日射病悪化した。気持ち悪い。何とかしろ」
「都合がよすぎるだろ。…さっさと寝ろ。今日だけはベッドを貸してやってもいい。病人だからな」
「帰れって、言わないのか?」
  意外な思いで見つめてくる蒼い視線を、ため息で受け流す。
「病人だからな」
「…今日、俺の誕生日だし?」
「それは関係ない。病人だからな」
「ふーん」
  ソファからずり落ちんばかりに凭れながら、クラウドが首を傾げた。
「お前の誕生日、もうすぐだっけ?」
「そうだな」
「ふーん」
「…なんだ?」
「…それまでいて欲しいならいてやってもいいけど?」
「……」
  何だろうこの言い草は。
  しばらく置いてやってもいいか、などと親切に思ってしまったことを後悔するレオンだった。

「今すぐ帰れ」

「……」
  不満そうに黙り込むなら偉そうに言うな。
  ずるずると床まで滑り落ちたクラウドの上からため息を落としてやれば、風呂上りでしおれた金髪がさらに俯いた。
  まるで子供のようではないか。
「…あー、もう」
  額を押さえてレオンが再びため息をつき、ソファに全体重をかけて凭れかかった。
  世界を救うために飛び回っている、まだ小さな少年の方が、よほどしっかりしているようだ。

 仕方ない。

「…しばらくは安静にしていろ。無理に出歩くな。…わかったか?」
  病人だし。
  今日誕生日だし。
  もとからそのつもりだったし。
  釈然としない己の感情は見ない振りをして、精々優しい声をかけてやれば、待っていたと言わんばかりに金髪が勢い良く跳ねた。
「…俺、病人だし?」
「…そうだな…」
「今日、誕生日だし?」
「……」
  身体を起こしてソファに膝を乗り上げ、レオンの上に屈み込む。
  肩を掴んで、ソファの上に押し倒した。
「…お前…ッ」
「安静に、無理をせず、ヤりますか」
  クラウドがにこやかに笑った。
  ちょっと酒が入っているだとか。
  昼間倒れて死にかけた病人だとか。
  誕生日だとか。

 そんなこと、知ったことか!

「俺を騙すな!調子に乗るな!ふざけるなー!!」

 レオンが叫ぶが、病人であるはずのクラウドは全く弱っていなかった。

「レオンは意外と親切だということは、良くわかった」
「…馬鹿にしてるのか?」
「…いや、素直な俺のキモチ」

 なんだか心が、温かい。

 受け入れられるということは、幸せなことだと思った。

 

 

 

 

 

 翌日、当然というべきか体調を崩して寝込むクラウドの姿があったが、レオンは放置することにした。


END

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