あまりにも暑くて気が滅入る。
素晴らしく晴れ渡った空と照りつける太陽に嫌気が差し、クラウドはだれていた。
深夜から早朝にかけ、まだ動きやすい時間帯に街を彷徨い歩いてはみるものの、出てくるものはハートレスばかりであった。相手をするのも消耗するが、日中に比べればまだマシだった。
日が出てしまえばもう、行動する気はないに等しい。
書庫や施設を回って形ばかり資料などを漁ってはみるものの、集中力は続かない。
暑すぎるのが悪いのだと季節のせいにして、早々に引き上げレオンの家へと向かう。
朝から深夜まで帰宅しないことが多い男の家は寛ぐには最適だった。レオンが帰ってくる前に出て行っても良かったし、戻って来るまで惰眠を貪っていても良かった。呆れた表情を隠しもせずに盛大なため息をもらうこともしばしばだったが、鍵は俺が寄越せと言ったわけではなく、勝手に作ったものでもない。好きにすればいいと渡された物を使っているのだから、非難されるいわれもない。
別に居候しているわけでなし、ふらりと立ち寄って涼むくらいはさせろと言いたい。
鍵を差込み、開ける。
扉を引いたが、チェーンに邪魔をされて開かなかった。
「…ん?あれ?」
何故こんな昼日中に、チェーンがかかっているというのか。
理由は一つしかなかったが、何故?と首を傾げざるを得なかった。
「おいレオン、いるのか?開けろ」
薄く開いた扉ごしに声を投げるが、反応がない。
部屋の中の様子までは窺えなかったが、寝てたら厄介だなとクラウドは思った。
インターフォンを連打する。
我ながら幼稚な嫌がらせだという自覚はあったが、炎天下の中ここまで歩いてきたというのに、引き返すのは面倒だった。
「レーオーンー。起きろ。開けろ。…開けてください」
語尾が丁寧になったのはレオンの気配を扉の向こうに感じたからだ。
玄関口に立ち、じっとこちらを窺っているようだった。
「…おい?聞こえてるのか?」
問うてみるが、返事はない。チェーンをかけているのだから、察しろと言いたい気配が伝わってくる。
だがこちらも、引く気はなかった。
「暑いので涼みに来ました。ちょっと開けてもらえませんか奥さん」
「帰れ」
「問答無用かよ!」
簡潔に斬って捨てる声は不機嫌に彩られている。
本当に寝ていたのか、それとも体調でも悪いのか。
「仕事はどうした?こんな時間に家にいるの珍しいだろ」
「…午後半休と午前半休で一日分」
「会社勤めの経験がない俺にそんな専門用語を使われても…」
意味はわかる。要するに休んだと言いたいのだろう。午後から明日の昼まで?一日分?
「なんだ、体調悪いのか?」
「そんなところだ。だから帰れ」
にべもない。
「…邪魔はしない。お前は大人しく寝てればいい」
「断る。帰れ」
「……」
拒絶の仕方がまるで子供のようだった。
本当に体調が悪いのか。だがチェーンをかける意味がまだ不明だった。
「レオン?」
精々心配そうに聞こえるよう、声を潜めて呼んでみる。だがレオンは騙されなかった。
「いいから、帰れ」
「…っお前な…!」
扉一枚挟んで押し問答など、まさに押し売りセールスと断る主婦の攻防のようではないか。
だが引かない。
引いたら負けだと知っている。
「…チェーン壊すぞ。いいな?」
一般家庭用の防犯チェーンなど恐るるに足りず。片手でひきちぎることは容易だった。
確認したのは、勝手にやって本気で怒られたら嫌だからに決まっている。
こちらに引く気がないことを漸く悟ったらしいレオンがため息をついた。
やった、勝った。
「…一回閉めろ」
「…そのまま鍵かけてやり取りループとかやらせるなよ?」
「……」
舌打ちが聞こえた。やる気だったのかこいつ。大人気ない…。
扉を閉めたら、チェーンを外す音がした。
安堵して扉を開けるが、レオンの姿はすでになかった。
短い廊下を進んでリビングへ足を踏み入れようとして、クラウドが立ち止まる。
空調は効きすぎる位に効いていて寒い程で、部屋の中はカーテンが引かれて暗く、カーテンの隙間から漏れ入る陽光だけがやけに眩しい。何故こんなおかしな状態になっているのか理解が及ばず、目が慣れるまでその場から動けなかった。
「…何で閉め切ってるんだ?」
「あかるいから」
「……」
リビングのソファ付近から聞こえる声に覇気がない。
ぼんやりと浮かぶシルエットは、床に座り込んでソファに凭れかかり脱力している。
そちらへ向かおうと一歩踏み出し、何かに足を取られバランスを崩す。
「…何だ?」
指で床をなぞれば、水か何かが落ちていたようだった。暗がりの中では危険極まりなかったが、転倒する程の量はない。
体調が悪いというなら寝室へ行けばいいのに、と言えば静かに頷いたようだった。
何だかおかしい。
首を傾げた瞬間、サニタリールームから何かが跳ねて割れるような音がした。
「え、何だ?誰かいるのか」
「…いや」
返される言葉は正体を知っているのか、興味がなさそうだった。
動く気配のないレオンに焦れて、クラウドは音の発生源を探ろうとサニタリーへと向かう。
扉を引き開け、明かりをつける。
クラウドは絶句した。
「…なん…」
洗面台に設置され、存在したはずの鏡はもはや形状を残しておらず、後ろの壁が露出していた。
辛うじて壁に引っかかっていたヒビの入った鏡の一部が重力に従って洗面台に落ち、砕けたのが先ほどの音の原因だろうことは推測できる。
洗面台から床まで一面に広がった破片は照明を反射してキラキラと輝き、所々飛び散った真紅の液体が凄惨な状況に拍車をかけていた。
ちょっと待て。
クラウドは引き返し、リビングの照明をつける。
床に点々と続く雫の正体は血だ。
ソファへと続く道と、玄関に向かう道、引き返して来てソファへと戻る道はレオンが歩いた道筋だ。
血の跡を目で追って、本体へと辿りつく。左腕に無数についた切り傷と血の跡。
何を考えてるんだと口を開こうとして、クラウドはまたしても絶句した。
「…っ!?…、…っ…、!?…ぇ!?な…っ!?え!?」
視線が辿りついた最終地点は、見慣れた顔だが見慣れない顔だった。
いや、言ってる意味がわからない。
だがこれが事実だった。
髪が短い。
顔は普段見知っているよりも若い、いや幼い?
身体つきも普段と違うような…若いのか。
若返っているのか!
え、一体何がどうなって!?
脳内で叫び出しつつ混乱するクラウドに向けられるレオンの視線は冷めている。
突き刺さる極寒のそれに、クラウドは我に返った。
「おい、レオン?何だそれは」
「事故だ」
至極あっさりと言ってのける意味を理解することは困難を極めた。
近づいてみるが、やはりレオンは若かった。どう見ても年下だ。
「…お前それいくつ?」
「…おそらくソラと同じくらい」
「わかっ…!ていうか、そうか昔の」
「黙れ。それ以上言ったら殺す」
「……」
瞳に宿る怒気は紛れもなくレオンのものだ。
鏡を破壊した理由をなんとなく理解し、クラウドは口を閉ざす。
平和であった頃の「スコール」の姿。
名前を捨て去らずにはいられなかった程の過去と記憶だ。事故と言ったが、それにしてもこれは。
「…とりあえず、それ手当て必要じゃないのか」
怪我をしている左腕を指差せば、視線を落としたレオンが一つ頷いた。
「ケアル」
瞬間で塞がる傷口と消える傷痕に、クラウドはため息をついた。
「持ってるなら使えよ」
「…今思い出した」
どうでもいいと言わんばかりの態度にクラウドの眉が寄る。
「…で、鏡片付けないと風呂にも入れないぞ」
「…ああ、放っておいていい。気が向いたらやる」
「……」
こんな血塗れの殺人事件の現場のような場所で寛ぎたくはなかった。
来なければ良かったと思わないでもなかったが、それよりも収穫の方が大きい。
こんなレオンを見ることはおそらく二度とないだろう。
そう思ったら居ても立ってもいられなくなる。
クラウドは立ち上がり、レオンに向かって床を指差してみせた。
「お前床拭いて綺麗にしろ。俺鏡を何とかしてくる」
「…は?」
「ボケるには早いだろ。俺はゆっくりしたい。お前もそうなら協力しろ」
「……」
さっさと立ち上がって鏡を片付ける為の袋や掃除用具を取り出して、クラウドが扉の向こうへと消える。ガチャガチャと破片が擦れる音と袋に入れてまとめる音が入り混じり、サニタリールームが一気に騒がしくなった。
仕方なくレオンも立ち上がり、床を拭くべくタオルを用意する。
男二人で大掃除をやっている気分になった。乾きかけた床の上の血は取るのに苦労したが、全て終わる頃にはクラウドも片づけが終わったようで二重にした袋の中に破片を入れて、口を締めていた。
「あそこの鏡は必要だろ。ちゃんと業者呼べよ」
「…言われなくても明日には来る」
壊した後で後悔したというやつか。しっかり手配は済ませているのだから呆れを通り越して感心をした。
「…これ、どこに置く?」
ゴミの日に出すとしても、クラウドはいつが何の日なのか全く関知していない。保管場所を尋ねれば、レオンは「ああ」と頷いてクラウドの元へ歩み寄った。
「まだしばらく先だな。こっちに置いておくか」
クラウドの手から袋を受け取り、ダストボックスの横へと置いた。
至近に寄ったレオンの目線が己より低いことに気づき、クラウドがまじまじと見下ろした。
少年期のレオンは、クラウドにとっては「年上のお兄さん」でしかなく、見上げる存在でしかなかった。
何だコレ、感動的。
レオンを見下ろす日が来るとは夢にも思わなかった。
しかも何だこの美少年は。
いや、美少年自体に興味はない。見知らぬ他人に興味はなかったが、「美少年のレオン」であることが問題だ。
両肩を掴む。
細い…。
「……、おい」
向かい合う形で見下ろされ、レオンは不愉快だった。
何故クラウドに見下ろされなければならないのだ。しかもこいつの目、ヤバイ。考えている事が手に取るようにわかって悪寒が走った。
「レオン…」
迫ってくる唇を手で押さえつけた。押し返そうと力を込めるが、手首を掴まれ引き剥がされる。
「手首細…」
力の入れ加減に戸惑う様子にさらに不快になる。
肉体的には成長期のはずで、当時そこらにいる男よりは鍛えていたし力もあったし、何より負けたりもしなかった。別に細いわけではない。すでに完成されているクラウドや元の自分と比べるのがおかしいのであって、何よりキーブレードの勇者より身長もあるし体格的にも成長しているのだから、細いなどと言われる筋合いはない。断じてない。
何故拒否するのと言いたげな瞳に押され、じりじりと後退するが柱に阻まれ動けなくなった。顎を持ち上げられ固定され、無理矢理開かされた口にクラウドの舌が潜り込む。
キス自体に抵抗はない。
それは別に構わないが、コイツはそれだけでは終わらないのが問題なのだ。
「ふ…っ」
下唇を食まれ、舐められる。
伸びた舌に押し付けるように己の舌を絡ませて吸い上げれば、絡んだ唾液が音を立てた。口内を擽り掠めて行く舌のぬるついた感覚に息を吐く。
些細な違和感にレオンは気づいたが、クラウドはそのまま腰を抱き寄せ昂ぶる熱を押し付けた。
「…っ」
背を這い上る感覚に違和感が強くなる。
違う。
これは、マズイ。非常にマズイ。
血の気が引いた。
シャツに手をかけるクラウドの腕を掴んで待てと止めるが、焦らされているとしか思わないらしいお気楽な金髪頭がさらに唇を塞いで来ようとするので顔を背けてかわす。
「ちょっと、待て」
「…何」
ようやく手を止め、クラウドが顔を覗き込んだ。
ああ上から見下ろされるのがムカつく。非常にムカつく。
「…無理だ、やめろ」
「何で」
「…嫌だ」
「何で」
こんな状態で止められるわけがない、と下半身を押し付けられても、困るのだ。
「……」
「何で?」
同じ言葉を繰り返す男が忌々しい。
言いたくはないが、仕方がない。言わなければこの男は理解しないだろう。
「…、らだ」
「何?」
「…こ、」
「何?聞こえないぞ」
「……」
クラウドの耳を引っ張って、口元へ持ってくる。
痛い痛いとわめくのを無視して、レオンは大きく息を吸い込んだ。
「…この身体は男経験がない、から駄目だ」
「……」
そのままの姿勢でクラウドが固まった。
あまりに長時間硬直していたので、死んだのかと思い声をかければ今度は突然震え出す。
「おい、クラウド?」
「…う」
「え?」
「ヤバイ、鼻血出そう…!」
「は!?」
やめろ汚い、と押し返そうとするがクラウドが力を込めて抱きしめてくるので適わなかった。
「な、んだ突然、おい、離せ」
窒息しそうでクラウドの背中を叩くが、微動だにしなかった。そのうち腰から尻を撫で始め、シャツの下に手を入れて背骨に沿って指を這わされレオンは眉を顰める。
「お前ヤバイ。マジでヤバイ。俺殺す気か殺される。心臓止まりそうどうしてくれる」
「…いや、意味が。撫で回すのをやめろ」
「…じゃぁ実際のトコどうなんだとか聞かないから」
「何?」
クラウドが突然屈んだと思った瞬間、膝裏に手を回され抱き上げられた。
「…っ、は?」
軽々と横抱きにされた事に呆然とした。
思考が停止したレオンの傷一つない綺麗な額にキスを落とし、クラウドが嬉々として寝室の扉を蹴り開けた。
ベッドに共にダイブしてレオンの上に乗り上がり、目を見開いて硬直する美少年を見下ろし髪を撫でる。
「俺がハジメテの男になる!」
「……うぁ、」
明らかにレオンの顔が引き攣ったが、クラウドは頓着しなかった。
「優しくしてやる。任せろ」
「い…、いやだ」
「ん?聞こえないな。お願いしますって?」
「言ってない!やめろ馬鹿退け離せ触るな変態ッ!!」
シャツを脱がそうと手をかける不埒な男の額に手をやり押しのけるが、腹立たしいことに力では適いそうになかった。
容易く手首を取られシーツに押し付けられ、レオンが悔しげに歯軋りをした。珍しい物を見たとクラウドは感動する。
「…処女の反応ってこんなんだっけ?…なんだか新鮮だな…」
「違うこれは強姦魔に対する正当な防衛反応だ!」
「その割には必死さが足りないような。ツンデレか」
「……」
淡々と返されレオンが黙る。抵抗がなくなったことに満足し、クラウドはレオンの頬を撫でながらそっと啄ばむようにキスをした。
「…結局、嫌いじゃないクセに」
それがセックスのことを指すのか、クラウド自身を指すのか不明だったが、レオンは視線を逸らしてため息をついた。
「…嫌いだ」
「あぁ、はいはい。そうですね」
「…ムカつくな…」
減らず口を叩く唇を塞いで、クラウドはレオンの服を脱がせにかかるのだった。
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