「大真面目に、真剣に戦ってくれよな!」
  世界を救う勇者ご一行はそう言って、屈託のない笑顔を見せた。
  参加する裏ハデスカップの参加レベルは決して低くはないのだが、少年達は優勝する気満々だった。
「…俺達に当たるまで、負けるなよ」
「負けないって!そっちこそ、二人がかりで当たる前に負けるなよ!」
「善処しよう」
  苦笑混じりにレオンが笑い、少年の頭を軽く一撫ですればくすぐったそうにはにかんだ笑みを浮かべて、「じゃ、後で!」と立ち去って行った。
  外ではすでに戦いが始まっている。
  大々的に開催されている公式なカップではない為、観客は皆無だ。
  何故こんな所にいるのかと言えば、少年に乞われたからで、レオンとクラウドは二人控え室にて自分達の番を待っていた。
「憚ることなく勇者をぶちのめせるのか」
  大剣を一振りしながら楽しげに呟く金髪の後姿に向かって、レオンはため息混じりに頭を振った。褐色の長い髪が揺れて、表情を隠す。 
「…そう簡単には行かないと思うがな」
「お前、手を抜くなよ?あいつらも言ってただろう、真剣に戦えって」
「戦闘になれば手は抜かないさ」
「……」
  レオンに向けるクラウドの視線は懐疑的だ。
  キーブレードの勇者への惜しみない協力ぶりと過保護ぶりは周知の所となっており、本人は「そんなことはない」と否定するが誰もそんなことは信じちゃいない。
  何よりも勇者が優先。
  世界を救う救世主なのだからそれはある意味当然と言えないこともなかったが、勇者のどんなわがままも聞き入れる男の甘さは今この場で如実に現れているではないか。
  街の再建を最優先に日々忙殺されているくせに、勇者の「裏ハデスカップで対戦しよう!戦おう!俺の強さを見て欲しい!」というおねだりに押されてスケジュールを調整し、無理を押して参加している現状が「過保護」でなくて何だと言うのか。
  指摘すればしたで「訓練がてら丁度いい」などとのらりくらりと言い訳するのだこの男は。
  お前も一緒に戦わないかと誘われて、ついてきてしまった己の馬鹿さ加減といい勝負だった。
  …ホントに俺も馬鹿だな。
  おそらく指摘されれば俺もまた、「肩慣らしに丁度いい」などと中途半端な言い訳をしてしまうに違いない。
「…ソラ達と当たるのはどこだ?」
  来る戦闘に集中しようとクラウドが息を吐き、レオンに問えば対戦表を開く。
「…順当に行けば四十戦目」
「体力温存しておかないとな」
「ああ、そうだな」
  短気決戦、これに尽きる。
  ソラ達も同じように激戦を潜り抜けてやってくるだろう。
  万全の体制で臨みたかった。
「選ばれし勇者だけが強いわけじゃないって所を、見せてやる」
「……」
  何故そんなにやる気になっているのかレオンには理解できなかったが、確かに勇者達をがっかりさせるわけにもいかない。
  出番が近い為移動を開始しながら、レオンもまた気を引き締める。
  情けない戦いはできない。
  やるからには全力でやらなければ。
  ハートレスが蠢く中を、舞台に上がる。
  観客の熱い声援もなければブーイングも存在しない静かな空間の中で、レオンとクラウドは武器を構えた。

「…納得行かない…」
「何が」
「…絶対勝てたはずなのに…」
「勝負に絶対なんてものはない」
  四十回戦目で勇者ご一行に見事に敗れ、控え室へと戻る間中、クラウドは眉間に皺を寄せ不満一杯にぼやいていた。
「どう考えてもお前が先に落ちたのが悪い」
「…向こうの戦術としては正しい。遠隔攻撃を持つ敵から潰して行くのは定石だ」
  戦闘開始早々、ソラ達はクラウドを放置しレオンを集中攻撃した。キーブレードの力と魔法の力、召喚まで使いこなす彼らの攻撃は多彩に過ぎて、多対一で来られてはひとたまりもなかった。
  卑怯に思えるほどに三人同時攻撃では逃げ場がなく体勢を立て直す暇もなく、まともに反撃の機会も与えられなかった。範囲攻撃で周囲を巻き込みながら近づこうとするクラウドまで攻撃するのだから性質が悪い。
  あれは勇者の勝利だ、圧倒的に、文句なく。
  あれに勝とうとするなら、緻密に作戦を練って連携プレイを欠かさず各個撃破するしかないだろうが、今回作戦らしい作戦は立てていなかった。決定的な敗因はそれしかない。チームプレイの勝利と言うやつだった。 
「…手抜いただろ?」
「抜いてない」
「嘘だね。絶対抜いてる」
「…抜いてない」
  だがクラウドは納得しない。
「お前全然悔しそうじゃない。嬉しそうだ。何で笑ってるんだ理由を言え」
「…ソラ達は強くなったと、思って」
「ほら見ろ!やっぱり手抜いたんだろ!」
「だから、抜いてない!」
  どうしてもレオンのせいにしたいらしいクラウドがむきになって指差した。
「いーや、抜いてる。絶対抜いてる。闘争心なさすぎ借りてきた猫みたいだった!」
「ね…猫!?」
  聞き捨てならないセリフを吐かれ、レオンの眉が怒りに跳ね上がる。
「獅子じゃなくて猫だお前なんか。ペンダントも獅子じゃなくて猫にすればいい。もっとしぶとく粘れよ。勇者だからって遠慮するなぶち転がせ!」
「…クラウド」
  ぶち殺せ!と言わなかっただけまだ気遣いがあるのだろうが、クラウドの言はすでに看過できる範囲を逸脱していた。
「消化不良で終わってしまった悔しいな。…くそ」
  腕を組み、顎に手をやりながらぶつぶつと呟き前を向いて歩き出す男の背中に声をかける。
「おい」
「何だよ」
  クラウドの振り返り様に、拳を見舞う。
  渾身の一撃はストレートにクラウドの右顎を捉え、勇者にどれ程攻撃を食らおうが吹っ飛ばなかった男の身体が吹っ飛んだ。
  背から壁に激突し、低い呻き声を上げてよろめく。倒れなかったのはさすがと言うべきなのか化け物めと驚嘆してやるべきなのか迷う所だ。
  一切の遠慮はなかったが、力の加減はあったかもしれない。
  …最も、全力で殺しに行ったとしても、殴った程度でこの男が死ぬとは思えなかった。この男の強さはレオンとて知っている。
「…、レオン、お前…!」
  不意打ちを食らって口内を傷つけたのか、血の塊を地面に吐き出しクラウドが睨みつけた。小奇麗にまとまった女顔が怒りに染まり、口元を拭う仕草は荒々しい。右顎は拳の形に赤くなっていた。
「…は、随分男前な顔になったな」
  鼻で笑ってやれば歯軋りをした。
「この一発で勘弁してやる。いい加減黙れ大人げない」
「…っざけるなよ…」
「何?」
「…一発で済むか。こっちも殴らせろ」
「ことわ…、っお前!」
  言い終わる前に殴りかかってきた男のスピードが速い。レオンの右顎、同じ位置を狙って来る拳を辛うじてかわすが、僅かに掠めて皮膚にちりりと痛みが走る。
  通路は広くはない。横をすり抜けるように回り込んだが、壁に阻まれ思うようには動けなかった。足元がもたついたのを見逃さず、クラウドが手を伸ばしてレオンの右腕を掴む。
「…何だ!」
「場所変更だ。お前は一回ヘコませておかないと駄目だな」
「はぁ?ヘコませられると思ってるのか」
「俺の方が強い。証明してやる」
「図に乗るなよクラウド…!」
  クラウドが背の片翼を開いた。手を伸ばし、繋げた回廊は闇のものだ。
「…おいお前それは」
「最近は移動にしか使ってない。便利だし」
「…呑まれても知らんぞ」
「余計なお世話だ」
「……」
  人の忠告を受け流し、闇の中へと躊躇なく踏み込む男に引っ張られ、レオンもまた闇の中へと引き込まれた。
  久しく見ていなかったが、こいつは翼を持っていた。
  人間なのか?とは問わない。本人が人間でいたがっているからだ。
  だがこの力は異端であり、クラウドの存在を人間の世界から曖昧にするものだった。
  レオンは眉を顰めるが、光の届かぬ闇の中では気づかれることはなかった。今レオンの命は、男の一本の腕で支えられている。
  この空間に放り出されてしまったら永遠に迷子になりそうだったが、掴む力が強くて安堵する。
  リアリティのない空間は、己が真っ直ぐ立てているのかさえ疑問だった。
  だがクラウドは迷いなく進み、やがて光が灯った。小さな蛍ほどだったそれは急速に形を広げて人間が潜り抜けられるほどになる。光に手を伸ばし、ようやくクラウドの身体が見えた。
  躊躇なく光の中に身体を滑り込ませ、手を引かれるままレオンもまた潜り抜ければそこは見慣れた街だった。
  地面に足をつけ、思わずよろめく。
  慣れない空間移動は平衡感覚に負担がかかる。倒れこまないように支えたままだった腕は、しっかり立ち上がった時には離されていた。
「さて、始めるか。武器OK、魔法OK、殴りOK、殺しはNG、倒れるか参ったした方が負け」
「…その力も禁止だ」
「いいだろう。ていうか、お前に力なんか使わない」
  黄昏時の城門前は、かつて城門だった瓦礫の山と柱に光を遮られて薄暗い。
  程なく夜がやってくるだろうから、長時間の戦闘は無理そうだった。
  翼を消して、大剣を構えたクラウドが呼吸を整える。同じくガンブレードを構えるレオンと相対し、地を蹴った。
  戦闘スタイルは互いに知っている。
  一歩で大剣を振り上げ迫る男に、レオンは左手を引いて突き出した。
  生まれる熱の塊がクラウドに向かって放たれる。咄嗟に大剣を正面に立て、受けるが炎は熱い。
  そういえば俺、ファイア系弱点でした。
「…っあっついな!」
  だが怯んではいられない。眼前に大剣を構えたまま突進し、なぎ払う。
  レオンの姿が消えたと思った時には剣の上に落ちて来た。いくらなんでも突然振って沸いたレオンの体重を振り抜いた両手で支えきれるはずもなく、地面に落とされた。刃先が地面に、柄は両手に握られ斜めになった大剣の上で器用にバランスを取り倒れることもせず、レオンが片足を上げクラウドの両手首を容赦なく蹴り上げた。
「ッ…!」
  咄嗟に柄を離し直撃は免れたが、武器を落とした。
  一歩下がったクラウドに追い討ちをかけるようにレオンが距離を詰める。ガンブレードはいつの間にか消えていた。
  振りかぶった拳を避けて、右足を蹴り上げ応戦する。身体を低く落として蹴りをかわしたレオンが、軸足の左を狙って足を払う。
  払われたクラウドが体勢を崩した所に今度はレオンの右足が大きく振れた。
  両腕で受け止めて、顔を顰める。
  すごく痛い。
  右足で体重を支え、引こうとするレオンの右足を追うように手を伸ばして胸倉を掴んだ。
  引き寄せ、頭突きを食らわせればレオンが呻いてよろめいた。このまま殴り倒してボコボコにしてやろうとするが、そう簡単にレオンは倒れない。左頬を殴りつけたが、当たった感触はほとんどなかった。右に体重移動し威力を殺され、クラウドが舌打ちをする。
  左の膝蹴りが飛んできた。
  右肘を打ち下ろして対処する。
  互いに痛み分けとなり、両者が退いた。
「…っ!」
  決定的なダメージが与えられない。
  息が上がった。
  レオンがちらりと笑ったようだった。
「…何笑ってる」
「お前は体術はあまり得意ではなさそうだな」
「……」
「お前のはケンカだ」
「うるさいな!」
  上手くダメージを相殺されて苛立っている所にその挑発。
  しかし武器を使う口実を潰された。ここで武器を取ったら認めることになってしまう。クソ!
  だがクラウドにそんなことを言うからには、レオン自身は体術に相当な自信があるのかと思いきや、訓練された格闘術とやらは未だにお目にかかっていない。
  使ってくるのはクラウドと大して変わらないケンカ式だ。
  口だけなのか、それとも見くびっているのか。どちらにしろ、ムカつくことに変わりはない。
  一旦距離を取ってしまうと攻めあぐねた。
  さてどうしよう。
  クラウドの迷いを見透かしたようにレオンの口角が引きあがった。笑ったのだ。
  何だと口を開く前に、気づけばレオンが至近にいた。
「…、…!」
  視線は動きを追えているのに、咄嗟に反応ができなかったクラウドの左胸に掌底突き。
  それでもかわそうと僅かに背を反らせていた分、浅かった。
  武器を持っていれば武器で防いだのだろうが、甘い。
  内部の心臓に直接ダメージを食らってクラウドが数歩下がる。咳込むように息を吐いた。
  休憩する暇は与えない。顎先に再び掌底を食らわす。顎先は急所だ、これが入れば終わる。
  だがクラウドはかわした。しぶとい。
  なまじ動体視力と身体能力が発達している分、見えて身体が動けばかわせるのだ。始末が悪い。
  左膝蹴りが飛んできた。右腕で受け、左足で前蹴りしてやればクラウドの腹に入って吹っ飛んだ。地面を擦るように背中から落ち、上半身を丸めて呻く。痛そうだ。
「…参ったするか?」
  声をかければ首を振る。しつこい。
  とどめを差すかと近づけば、クラウドの顔が上がり視線が絡む。
  諦めないその色にレオンがため息をついた。
「そろそろ日が落ちる」
「…勝負はまだ、ついてない!」
「そうだな…じゃぁお前負けろ」
  身動きできない様子の金髪を見下ろして、足を上げる。
  こめかみに一撃、踵を落とせば意識も落ちる。さっさと終わらせて家に帰りたい。そろそろ腹も減っていた。
  ほんの一瞬、意識が他に逸れたのをクラウドは見逃さなかった。
  素早く手を伸ばし、レオンの軸足を掴んで力任せに手前に引いて掬い上げた。
「…な…っ?」
  なんという馬鹿力。
  軸足が浮いた。
  片足はクラウドを踏みつけようと上げられていた。
  バランスを崩して後ろに倒れ込むレオンは、咄嗟に後頭部だけは庇ったが、強打した背中の痛みに顔を顰めた。
「痛っ…」
「…甘い、レオン。甘いな甘い!激甘すぎて笑えるな!」
  高笑いしながらクラウドが身体を起こし、レオンの上に馬乗りになった。両足で両肩を押さえつけ、反撃を完璧に封じることも忘れない。
「あぁもう冗談じゃない。心臓痛い。腹痛い。本気で体力削られた。お前急所狙いすぎ。的確すぎ。あと、…俺を見くびりすぎ」
「…っ、」
  見下ろすクラウドの口元は笑っていたが、目は笑っていなかった。蒼の瞳に宿るのは嗜虐と言ったところか。随分テンションが上がっているようだった。
「この体力馬鹿が」
  吐き捨てれば、クラウドが笑う。
「ケンカに負ける気分はどうだ?レオン」
「…さぁな」
「参ったしろよ。俺の勝ちでいいだろ」
「…嫌だね」
「じゃぁ落とす。俺は油断なんかしないからな、お前と違って!」
  語尾をやたらと強調したが、この体勢でどうやって意識を落とすと言うのか。
  徐にクラウドの右足が肩から離れ、瞬間喉元に靴裏が当たり力を込めて押し付けられた。圧迫され、レオンが喘ぐ。
「ぐ…ぅ…っ」
  足を掴もうと自由になった左手を上げるが、腕を掴まれ阻まれる。
「頚動脈締まってるだろ。…どれくらいで落ちるかな?」
「ぁ…っ」
  全身が震えた。
  これは落ちる。
  脳に送られるべき血流が滞り、意識が遠のき目が霞む。
  腹の上に乗ったクラウドが重過ぎて身体に力は入らないし、呼吸もできない。
  落ちる、というより下手したら死ぬ。
  ひく、と喉が引き攣るが、それすら圧迫されて自由にならない。
  苦しい。
  苦しい。
  …嫌だ。
  嫌だ。
  嫌だ。やめろ!
  めき、と左腕の骨が鳴った。
  気づいたクラウドが視線を落とした時には、遅かった。
  弾ける熱に、クラウドの身体が吹っ飛ぶ。
「…、…ッ!?」
  反応できるわけがない。
  打ち付けられた身体を起こすが、燃える熱さに言葉が出ない。
  こ、この状況でファイガだとぉ!?
  呆然と見やれば、うつ伏せになったレオンが身体を丸めて激しく咳込んでいた。
  卑怯くさい。こっちは魔法持ってないのに。
  だが事前ルールで魔法を使っていいと言ったのはクラウドだった。
  身体を投げ出し、座り込む。戦闘続行の気力はもうなかった。
「…も、いいや…引き分けってことでいいよな、レオン…」
「…っふ…、ま、いい…」
「あー…駄目だ、もう駄目だ、体力ない…、ちょっと、寝る」
「…おい」
  大の字に寝そべった。ああ地面が冷たくて気持ちいい。
  地味に急所狙いの攻撃が効いていた。痛すぎてもう動けない。コロシアムで四十戦したことも大きかった。ちくしょうレオンに勝つつもりだったのに。 
  結局俺も油断した口か。レオンを見くびっていたのは俺もか。アホらしい。
  目を閉じればあっという間に意識が落ちた。
  真っ暗でもう、見えない。
「こんなとこで寝るな、クラウド!」
  呆れたような困ったような声が遠くで聞こえたが、答える気力は沸かなかった。


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