たまにはこんな日があってもいい。

  冷たい風が頬を掠めて路地を走る。
  思わず首を竦めて寒さから身を守るが、露わになった顔に当たる寒さは容赦のない季節になろうとしていることを如実に物語っていた。
  日中陽光の当たる場所は穏やかで温かいが、物影はすでに冬の気配が濃厚で、朝晩の冷え込みは耐え難いものになってきている。ハートレスが活発に活動するにはまだ多少早い時間ではあったものの、すでに街は閑散としていた。
  静かな道を一人歩く。
  地平線にひっかかった残照は濃い橙色をしているが、見る間に紺色の空に押されてその光はどんどん弱くなっていく。
  目を射る眩しさが山の向こうへと消えた後には、街には闇が落ちていた。
  家々に灯る明かりが温かい。
  街灯のぼんやりと滲むクリーム色の光は優しい。
  夜が落ちたばかりの街は、まだどこか夕方の温かみを残しているような気がした。
  目的地へと到着し、鍵を取り出し扉を開けた。
  部屋の中は暖房が効いていて快適で、リビングの明かりはついていた。
「…あれ」
  首を傾げる。
  こんな時間に、人がいる。
  中に踏み入れば、ソファの肘掛を枕に寝そべる男が目に入る。
「昼寝か。いいご身分だな」
  己の立場を棚に上げて声をかけるが、反応はなかった。
  熟睡しているのか、無視を決め込んでいるのか。
  近づいて上から覗き込んでみるが、それでも反応を返さない。
「…熟睡か。珍しいな」
  身体を横向きにして、両手は自らの身体を抱きしめるような格好で丸くなって眠っていた。
  曲げた両膝はソファからはみ出していたが、落ちそうで落ちない絶妙なバランスで引っかかっている状態だ。
  器用だなと思ったが、起こすべきか迷う。
  横顔は褐色の前髪に隠されていて表情を窺い知ることはできないが、覗く眉間に皺が寄っているので穏やかな眠りではなさそうだった。
「おいレオン、風邪引くぞ」
  これで起きなければ放っておこうと思いつつ、声を投げれば小さな応えがあった。
「……」
  黙って見守ってみるが、それきり動く気配はない。
  寝言か?
  床に膝をついて、レオンの顔に耳を近づけてみるが、規則正しい呼吸音が漏れるだけだった。
  髪をかきあげてやろうと指を伸ばしたが、躊躇う。
  寒い外から入ってきたばかりで己の手は冷え切っていた。
  下手に起こすと後がうるさそうだったし、起こすにしてもこれは自分がやられたら嫌だなと思う。
  指を引っ込め、逡巡する。
  まぁいい、起きないのなら放置で。
  音を立てずに立ち上がり、寝室から毛布を一枚持ってくる。
「俺気が利きすぎだろ。感謝してもらわないとな」
  風邪を引くのはレオンの勝手だが、うつされては迷惑だ。
  寝込まれるのも困るし、…いや困りはしないが面倒なのだった。
  寝込んでもレオンは一人でどうにかしようとするだろうけれども、何だかんだで結局己も巻き込まれそうな気がするからだ。
  巻き込まれるというよりは遭遇するというべきか、そうなった場合見て見ぬフリが出来るほど、己は冷たい人間ではないのだった。
  レオンにしっかりと毛布をかけてやり、冷えた身体を温める為に浴室へと向かう。
  まるで自分の家であるかのような振る舞いだが、クラウドは全く気にしていなかった。
  家主が何も言わないのだから、いいのだ。
  免罪符のように掲げてみせるその呪文が、覆されることはないだろうことを知っている。
  あいつはあいつで、甘いのだ。
  つけこんだ奴の勝ち。
  だが無制限に甘いわけではない所が、難しいのだった。
  やりすぎると手痛い反撃を食らう。
  控えると、まだいけるんじゃないかと思う。
  丁度いい互いの妥協地点を探るのが楽しくもあり、面倒でもあった。
 
 
 

 
  浴室から出てきても、レオンはまだソファで横になったままだった。
  なんとなく、起きているだろうと思っていたクラウドは意外な面持ちで、タオルで髪を拭きながらソファへと近づく。
「…おいレオン、本気で寝るならベッド行け」
「……」
「風邪引くぞ。知らないぞ」
  軽く肩を揺すってやるが、レオンの反応は鈍い。
  おかしい。
「…おーい、もう風邪引いてるとか言うなよ」
  暖まった手で髪をかき上げてやり、頬に触れれば温かい。
  熱があるような感じではなかったが、険しい表情のまま閉じられた瞳は苦しそうにも見える。
  己の身体を抱えるように回されていた手が毛布から覗いているのが目に入り、手首を掴むと恐ろしい程冷えていた。
「…あれ、お前冷え性だっけ?って違うよな…」
  もしやと毛布の中に手を突っ込んで、足首から先に触れてみるがそちらもまた冷えていた。
  顔や身体は温かいのに末端が冷えているという状況は、一体何だろう。
  部屋は暖かいし、毛布の中も温かい。
  なのに手足は冷えている。
「…おい、起きろ。お前体調悪いのか?どういう状況か説明しろ」
  無茶を言う、とクラウドは自分で思ったが、薄く目を開いたレオンも同様の感想を持ったようで、眉間の皺を寄せたまま小さくため息をついた。
「…うるさい、聞こえてる。…頭が痛くて、寒い」
「風邪か」
「…おそらく引きかけだろう。寝れば治る」
「こんなとこで寝てたら悪化するだろ馬鹿か。さっさとベッド行けよ」
「…あたまがいたくて」
「で?」
「…さむいし」
「言い訳するな。ほら起きろ。あと着替えろ。ふらふらするな。抱えてなんか行ってやらないからな」 
「…うるさい。頭に響く」
「二日酔いのおっさんみたいなこと言うなって。薬は?」
「…あぁ…」
「飲むのか?飲んだのか?」
「飲んだ」
「そうか」
  レオンの腕を掴んで起きろと促し、こめかみを押さえて蹲ろうとする身体を引っ張り上げる。
  立ち上がるまでが辛そうだったが、床に足をつけて自立した後はなんとか歩けるようだった。こめかみを押さえたまま、覇気なく歩く後姿を眺めながら、寝室まで見守ってやる己は本当に親切だとクラウドは思う。
「…お前働きすぎなんじゃないのか。ストレス溜まると免疫力が低下するらしいぞ」
「……」
「栄養バランスのいい食事を取って運動してたって、ストレスで身体壊すらしいぞ」
「……」
「ちょっと自省すれば?」
「…お前はいいな。なんとかは風邪引かないって言うし」
「誰が馬鹿だ!?」
「ああ…叫ぶなうるさい…」
「…それが親切にしてくれる人間に言うことか」
「不法侵入者が何を目的に親切にしてくれるのやら、恐ろしいな」
「……」
  不法侵入ではないのだが。
  顔を顰めて頭痛に耐えながらもこれだけ減らず口を叩けるのなら、風邪もたいしたことはなさそうだと思ったものの、寝室の扉に身体を預けるようにしながらドアを開け、中に入るレオンの足元は覚束ない。
「おい、大丈夫か?」
「…そろそろ、辛い」
「……」
  素直な弱音というやつを、レオンの口から聞くのは非常に珍しい気がした。
  ベッドに手をつき、力なく上半身から倒れ込んだレオンの呼吸が浅かった。
  シーツも被らずそのまま寝に入ろうとするのを慌てて肩を掴んで引き止める。
「こら、着替えろって」
「…この頭痛がなければな…」
「そんなに酷いのか?」
「…二日酔いのおっさんくらい?」
「知るか。着替えて、あったかくして、寝ろ」
「……」
「寝る気か。言うこと聞けよ」
「…これ以上動くと吐きそう、だ」
「ええ…?そこまで?」
  顔色が悪い。
  額や頬に触れてみても熱はなさそうだったが、身体を丸めて小刻みに震える様子は辛そうだった。
  自分で着替えさせることを諦め、ジャラジャラと身体に巻きつけているアクセサリを外しにかかる。
  病人を脱がせた所で何の色気も楽しみもなかったが、仕方がない。
  サイドテーブルに適当に乗せて、脱がせた服も椅子の背に放り投げた。
  楽な部屋着を引っ張り出し、震えて硬直する身体を宥め透かしながら手足を伸ばさせ着せてやる。
  面倒くさい。
  非常に面倒くさかったし、俺は一体何をやっているのかと自問もする。
  この借りはしっかりと返してもらわなければとそれだけの思いで服を着替えさせ、寝かしつけた時には大儀を成し遂げた後のような達成感と脱力感があった。
「あー疲れた」
  親切もここまで来れば愛だろ。博愛精神溢れすぎだな俺。
  ベッドサイドに腰掛けて一息ついた所で視線を感じて見下ろせば、茫洋とした瞳でレオンがこちらを見上げていた。
「何だ?」
「……」
  レオンは無言で自身の隣を叩いた。
  広めのベッドは一人で寝ても余裕があり、空白部分を指し示されてもクラウドはどう反応してやればいいのかわからなかった。
「…何?」
「ここ」
「……」
  どうも病人のレオンは言葉足らずで要領を得ない。
  寝ろと言うことなのだろうが、意図が不明だった。
「こんな時間に寝たら深夜に目が覚めるだろ」
「…それはそれで」
「いいわけないだろ。最近深夜は寒いんだからな」
  深夜だろうが早朝だろうが、行動したい時に行動するクラウドにとって時間は無意味なものだったが、正直今はまだ眠くなかったし、寝る気はなかった。
「お前はゆっくり寝ればいい。俺も眠くなったら寝るし」
「…じゃぁ、ここ」
「だから」
  人の言うことを聞けと言ってるのに。
  力なく枕を叩く冷たい手首を掴んで、ベッドの上に乗り上がる。
  レオンの身体を跨いで至近に見下ろしてやるが、レオンの表情に変化はなかった。
「体調悪いとか言うくせに、お誘いですかレオンさん?」
「…吐いていいなら」
「うわやめろそういうのは趣味じゃない」
  想像したくもないです申し訳ない。
  片付けを考えただけで萎える。
  そのままレオンの横に倒れ込むようにして寝転がり、「これでご満足ですか」と言ってやれば「ちゃんと布団に入れ」と叱られた。
  釈然としないものを抱えながらもシーツの中に潜り込み、これでどうだとため息混じりに呟けば、身体の向きを変えたレオンが両手を回して抱きついた。
「…オイ」
  ついでに冷たい両足も伸びてきて、クラウドの足に絡んだ。
  風呂上りで暖まった身体に冷水を浴びせかけられたような感覚に、思わず背が引き攣った。
「冷たい!冷たいって!」
「ああ、あったかい」
  レオンの手足を引き剥がそうとするが、しっかりとしがみついて剥がれない。もがいてみるが、離すまいとする病人なりの全力ぶりは伝わった。
  これが狙いか!
  暖を取るためだったのか!
「お前があったかいということは、俺が冷たいってことなんだけどなレオンさん!?」
「体温よこせ」
「しれっと言いやがったな!ギャーやめろ冷たい刺さる感覚が刺さるって!」
「うるさい黙れ…」
「頭痛吐き気はどうした!嘘か!」
「…波がある。マシな時はマシ。今は少しマシだが…」
「おいお前…吐くなよ?」
  人の胸元で吐かれた日には当分夢に出てくるに違いない。
「…なら大人しく寝かせろよ」
「……いやいやそもそもお前が」
「…低温やけどはしなくて済みそうだ」
「俺は湯たんぽレベルか」
「…おやすみ」
「……」
  あまりの冷たさに体温を奪われて背筋を寒気が走り抜けたが、しばらく耐えれば慣れてきた。
  レオンの手足がクラウドの体温に馴染んできたということなのだろうが、嬉しくない。
  すぐに寝入った様子のレオンは、苦しげに息を吐きながら胸元に埋めた顔をシーツから出して背を向けた。
「…オイコラ」
  身体が温まったら、クラウドはもう用済みということらしい。
  なんたる仕打ちか。
  人肌に暖められたシーツの中は心地良い。
  眠る気がなくても、眠くなる。
  起き上がるのが億劫になり、クラウドはレオンの背に張り付いた。
  手を回してレオンの手首を掴み、人並みの体温になっていることに安堵する。
  足にも触れてみるが、問題はなさそうだった。
  嫌がらせしてやる。
  背後から抱き込むように手を回し、隙間なく密着して目を閉じた。
  寝返り打てないと苦しいんだからな。
  自分も自由に動けなくなるのだということは意識の外に追いやって、クラウドはほくそ笑む。
  少しだけ、寝る。
  昼寝だと思えばいい。
  外はもう真っ暗だが、一時間くらいで起きて飯を食って、少し外出をして、明け方様子を見に来ればいい。
  そんな計画を落ちかけた意識の中で立てたものの、次に目を覚ました時には朝だった。
「…いいご身分だな、クラウド」
「…寝すぎた」
「脳みそ腐るぞ、さっさと起きろ」
  すっかり元気になったレオンに皮肉を言われたが、冬の人肌の暖かさは犯罪的だとクラウドは思うのだった。
「…俺冬の間ここに住もうかな」
「……冬眠か?永眠か?」
「ちょ、永眠はおかしい。殺す気か!」
「冬眠については否定しないのか変温動物め。ほら起きろ。天気がいいから洗濯して掃除もしないと」
  ベッドシーツを剥がそうと足元から引っ張るレオンは容赦がない。
「主婦がいる…」
「黙れヒモ。ていうか住む気なら家賃払え。払わないなら家事をやれ。お前のことを主婦と呼んでやる」
「えー…」
「自主的に起きろ。蹴り落とされたくなければな」
  見下ろす視線は本気だった。
  横暴な、と呟きながら身体を起こし、ベッドを降りた先からレオンはシーツを剥ぎ取って、さっさと寝室を出ようとしていた。
  覚醒しきらない頭を振るクラウドを振り返り、ため息混じりに言葉を残す。
「どっちがだ。コーヒー冷めないうちにさっさと飲んで来い」
「うわーレオンさんがやさしー」
「…これで借りはなしな」
「は!?それはおかしい!断固抗議する!」
「拒否する。そうだな、今日一日掃除洗濯買い物に加えて食事を一緒に作ったりという、素敵な共同作業をやらせてやろう」
「…それは罰ゲームだろ」
「嫌なら出て行けよ。邪魔になるから」
「……」
  ぐうたら亭主を追い払うかの如く邪険に扱われ、クラウドは頭をかきながらため息をついた。
  家にいてはレオンにいいようにこき使われるのが目に見えている。
  出て行くのは簡単だが、それはそれでレオンの思う壺のような気がして癇に障る。
  助けてやったのに、まったくなんたる仕打ちか。
  あいつには感謝の気持ちとか、そういうものが足りない。
  服を着替え、ダイニングテーブルの上に用意されたコーヒーカップに口をつけたが、まだ熱かった。
  椅子に腰掛け一息つくが、レオンは忙しなく動き回っている。
「…お前、飯食ったの?」
  通りすがりに声を投げるが、「まだ」の一言が返って来る。
  何をやることがあるのだろう、クラウドには謎だったが、どうも洗濯の合間に部屋の片づけをしているようだった。掃除がしやすいようにと、棚の上の物やらを動かしては埃を払っているらしい。
  あまり生活感のない部屋は、別段汚れていることもなく、物自体が少ないせいもあるのだろうがきちんと整頓されている印象だった。
  ほとんど部屋にいないくせに、埃臭いこともないのはちゃんと掃除をしているからなのだなと思えば何故だか感動すら覚えた。
「…掃除業者でも入れてるのかと思ってたけど」
「は?なんだって?」
「…いや…」
「…年に一度、キッチン回りとか自分でやりきれそうにない所は頼んでるけどな」
「聞こえてるじゃないか」
「お前が変な顔して俺を見るからだろう。何だ?何か言いたいことでもあるのか?」
「あー?…いや」
  コーヒーを啜る。
  窓から差し込んでくる朝日が眩しい。
  普段レオンが起きている時間からすれば、これでも随分遅めの起床になるのだろう。
  またリビングへと移動しようと踵を返す男の背中に、声をかけた。
「先に飯食わない?掃除その他は後でやればいいだろ…手伝ってやってもいいよ」
  振り返ったレオンの瞳は、驚愕に見開かれていた。
「…天変地異の前触れか。明日は嵐だな」
「そしたら俺は引きこもるぞ。…まぁ、たまには」
  気が向いたから、何となく。
「何を企んでいるのやら…」
  怪訝に首を傾げながらも、掃除は後回しにすることにしたようだ。
  キッチンへ入り朝食の準備を始めた男の後姿を眺めながら、クラウドはカップの底に残った最後の一口を飲み干した。
「…買い物って日用品?」
  そうだと頷く背中はじっとしていることがない。
  カップを寄越せと言われ渡したものにおかわりを注いで、返される。
  カウンターごしのそれに、何故だか奇妙な気分に襲われた。
「…あれだな、買い物と言えば仲良く手を繋いで行くやつだよな」
  思い浮かぶ光景は、どこかで見かけた休日を楽しく過ごす微笑ましい男女の姿だ。
  自分達の姿形で想像したわけではなかったが、硬直したレオンは自分用のカップを取り落とした。
「……、……あ、危ないカップを割るとこだった」
「気をつけろよ」
「お前が言うな!…何だ?俺と手を繋いで仲良くお買い物に行きたいのかお前は?」
「は?そんなわけないだろ気持ち悪い」
「……」
  お前が言ったくせに!
  眉間に皺が寄ったが、レオンは一つため息を吐いてごまかした。
  バケットに買って来たパンを入れ、ジャムとバターを沿えてカウンターの上に乗せる。
  気づいたクラウドがバケットを取ってテーブルに置いた。
  あとは簡単にスクランブルエッグでも、と卵を取り出し割ろうとした所で、音を立ててコーヒーを啜りながらクラウドが呟いた。
「新婚生活って、こんな感じ?」
「……、……」
  いかん、卵を握り潰した。
  殻と中身が入り混じったボウルを見下ろし、盛大なため息を落としながらスプーンを手に取り殻を取り除く。
  一気に潰したおかげで、壊れた殻は大きいのが救いだった。
  惚けた戯言をほざいた間抜け面は、窓の向こうに広がる冬の朝の日差しを眺めやってぼんやりしている。
  まだ目が覚めていないのか。馬鹿加減が重症だな。
「新婚生活を送るなら、俺はちゃんとした嫁をもらうぞ」
「ん?ああ、そりゃそうだ。俺もそうする」
「……」
  こいつの脳みそは寝すぎで腐ってしまったに違いない。
  まぁ、暖房の効いた暖かな部屋で、穏やかな日差しがあって、自分は何もせずぼんやり座っているだけで食事が出てくる状況ならば腐った脳みそが発酵してもおかしくない。
  …こいつを甘やかすのは良くないな。
  早く追い出すに限る。
  住みつかれてはたまらない。
「…クラウドこれ」
「ああ、美味そう。腹減った」
「……」
  レオンの思惑など知る由もないクラウドは、何となく幸せというものを感じていた。
  こういうのは、平凡な一日の始まりというのだ。
  穏やかな日差しがあって、縛られる何かもなくて、のんびり過ごすことができる一日。
  実際には色々とやらされるのだろうが、平凡で勤勉なサラリーマンの休日のような一日だと思えば、楽しい気分になれた。
  クラウドにとってそれは非日常だ。
  決まった時間に起き、決まった時間に仕事をし、時には残業をしたりしながら毎日働く。
  休日はゆっくり起き出して、一日の予定をその日の気分で決め、日々縛られたスケジュールからの開放感を味わう。
  レオンの状況がまさにそれに当てはまるわけだが、羨ましいと思うと同時に早くなんとかしなければ、という焦燥感も募る。
  決着をつけて、自分の中で区切りをつけて、落ち着きたい。

「いただきます」

 穏やかに過ごす休日が素晴らしいと思うのは、日々の積み重ねがあるからだ。
  それをレオンは知っている。
  クラウドもそれが欲しかった。
  ほんの少し。
  今だけ。
  たまにはいいじゃないかと思う。

 こんな穏やかな日があったって。


END

Beautiful Life.

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