一ヶ月以上間を空けて、久しぶりにソラとリクの背中を通勤途中の道すがらで発見した。
あれからキミスタ!は見てもいなかったが、ソラの推しであるカイリや母親の推しであるレオンのことを思い出し、また一定の距離を保って後ろを歩く。
「リク、キミスタ!始めたんだろ?推しは誰にしたんだ?」
「ミッキー」
「ミッキーかぁ。ランキング一位じゃん」
「一位なら課金とかランキングとか気にしなくて済むし、ゲームだけやってる」
「そっか。それ頭イイ方法かも」
「アバターもかわいいしな」
「癒し系ってやつだろ、わかる~」
「カイリは総合ランキング、十位以内は厳しそうだな」
「うん、まぁもうしょうがないよ。あと二ヶ月もないし。来年また応援する」
「そうか。…そういやお前のお母さん、最近元気ないよな。大丈夫か?」
「あぁ…なんか…俺も一緒に応援してやるから!って言っても同担拒否!って言わなくなったんだ…よっぽどショックみたいでさ…」
「なるほどな…」
「だから俺、推しをレオンに変更した。やっぱさ、カッコいいよ!応援メッセージでカッコいい大好き!って送ったら、ちゃんと「ありがとうソラ」って返してくれるんだぜすごくない?」
「…お前その行動力すごいな…」
「何で?」
「いや何でって言われても困るけど」
「あんなにカッコよくて優しいのにな、なんでだろうな~…」
「そうだな…」
どうやらレオンのランキングに異変が起きているようだった。
長らく起動していなかったアプリにログインし、専用サイトへアクセスしてランキングを確認してみる。ティファやエアリスはもう、見なかった。
レオンの名前を探すが、見つからない。
え、なんで?と戸惑いながらひたすら下へ降りていき、見つけた順位は九十三位。
「九十三位!?」
思わず二度見した。
今までも緩やかに下降はしていたが、ここまで落ちているということは、見ていない間も止まることなく下がり続けていたということだった。
それにしたって、九十三位。
サービス開始から十ヶ月以上が経過した現在、途中脱落者二名を出し、九十八名でランキングを争っていたが、九十三位といえばビリから五番目である。
ちょっと待て。
おかしいだろ。
何でレオンがビリから五番目なんだよ。
どう考えてもレオンが脱落組に入るっておかしいだろ。
システムの不具合じゃないのか?
運営何やってるんだ。ちゃんとチェックしろよ。
それとも今度こそ何かやらかしたのか。
推しメンをレオンに変更し、ブログをチェックする。
休憩時間には動画も可能な限り確認してみたが、全く異変は見あたらない。
一日にあったことを写真混じりにアップして、レッスン風景やプライベートを動画で公開する。今まで通り、変わらない。
帰宅してからはログインしていなかった間のブログや動画も見てみたが、毎日変わらず真面目であり、トラブルなどがあった気配は何もない。
ただ個人的なことを書かないスタンスは相変わらずのようで、ファンから応援メッセージを通して質問されて初めて答える、といった具合も変わらずだった。答えなくなさそうな質問には当たり障りない範囲で返答し、相手に不快を与えないよう気を遣っていることも見て取れる。
全てが変わりないように見えるのに、日に日に応援メッセージへの返信数は減っていた。
ランキングの下降に伴ってファンが減っているのは明らかで、逆にメッセージを送るファンの悲鳴とも嘆きともつかぬ内容にも、きちんと向き合って返信をするレオンの態度は好感が持てるものだった。
脱落圏内にいても、レオンのブログや動画の内容に変化はない。
媚びることもなく、拗ねることもなく、嘆くこともなく、いつも通りだった。
何故下がる。
理解ができない。
「何でランキング下がってるの」
無意味なメッセージを送っても、レオンはきちんと返信をくれるのだった。
『クラウド、応援メッセージをありがとう。あと一ヶ月と少しだが、俺は最後まで最善を尽くすつもりだ。結果はそれについてくる』
「これからも応援して欲しい」という言葉がないことに、気がついた。
ちょうど残り二ヶ月を切ったあたりから、応援して欲しいという文言が他のファンへの返信からも消えていることに改めて気づく。
自分が脱落圏内にいることを理解しているからなのだろうが、ファンに課金して欲しいのなら、今こそ「もっと応援して課金して」とお願いすべきではないのだろうか。
来年も一年戦う為には、せめて八十位には上がらなければ、一年間の総合ランキングの平均を考えると厳しい。
あと十も順位を上げれば残れるのだ。
なのに課金を求める様子は一切ない。
残る気がないのか。
だから応援して欲しいと言わないのか。
レオンの真意を測りかね、クラウドは首をひねる。
諦めたのか。
それにしてはブログも動画もそんな様子は微塵も見えない。
二等身のレオンのアバターは、クラウドと仲良くコーヒーを飲んでいた。
「お前気楽だな」
話しかけてもこのアバターは答えてくれないのに、本物のレオンはちゃんと返信をくれるのだ。おかしな話だった。
「課金してやってもいいけど」
お前の返答次第では、と思いながらメッセージを送る。偉そうな上から目線のクラウドの物言いに対しても、レオンの返信は丁寧だった。
『クラウド、応援メッセージをありがとう。その気持ちがすごく嬉しい。明日も頑張れるよ』
丁寧に遠回しに、「好きにすればいい」と言われたのである。
お願いしますと言えば今までの媚びないスタンスを崩すことになるし、断ればクラウドのみならず、不特定多数のファンに対して角が立つ。
遠回しなその表現だけを見れば、「応援してます頑張って」というメッセージに対する返信のようにしか見えず、クラウドにしかその真意は伝わらない。
こいつは馬鹿じゃないしファンを食い物にするような悪辣なタイプでもないのだった。
「…だから、何で九十三位なんだよ…」
本当に、わからなかった。
休日、家でごろごろしながらスマホを手に、レオンのファンはいるのかと検索をしてみた。
ランキング上位に入る芸能人に比べれば圧倒的に少ない、というより、探すのに苦労した。見つけても推しメンを変更した後であったり、推していたのに脱落組だなんてひどい、と誹謗中傷する書き込みなどを多数見つけてしまい、率直に言ってムカついたしレオンに対して同情した。
レオンに非は見あたらない。
強いて上げるとするなら、「課金してくれ」とファンに対してアピールをしなかったことくらいで、課金額がランキングを左右するのだから、脱落組に入っているのはファンの課金が足りないことが原因なのだ。
今でも推しているファンはもちろんいるが、皆元気がなかった。
「私達の努力が足りなかった」
「今からでも間に合うのかな」
「今更応援しても、もう遅いかも」
といったネガティブな意見が目立つ。女性ファンが多そうではあるが、一定数男性ファンもいるようで、ここまで残っているファンは「それでも最後まで応援する」という気持ちで繋がっているようだった。
個人ブログに書き殴られる愛の言葉が寒すぎて、読むに耐えないヤツも複数いるが、概ね落ち着いたファン層であり、静かに支え続ける者が多そうだ。
ティファやエアリスのファンに見るような、うっとうしいほどの自慢と熱量に満ちたブログなどは皆無と言って良かった。
握手会やイベントに参加したレポは見かけても、食事会に招待されたというレポは見あたらない。
まだレオンに百万マニーを貢いだ猛者はいないのか。それともネットに上がってきていないだけなのか。
脱落が濃厚となった今、それでも課金しようと思うファンはどれほどいるのか。
お布施する、と言って愛ゆえに課金し続けるファンも確かにいるが、少数派といって良かった。
「……」
来年にはいないかもしれない推しに金を使ったところで、何になるのかと思うのだろう。
クラウド自身もそう思う。
大多数のファンは脱落を受け入れ、「最後の日をただ静かに見守る」気持ちになっているようだった。
それも、わかる。
けどな…と、呟きながらブログを見る。
それでもレオンの日常は変わらない。
淡々と毎日を過ごし、ブログ内容も変わらない。
レオン自身は何も変わっていないのに、順位とファンは変わっていく。
静かに気づけば、減っている。
何故だろう、身につまされる気がした。
他人事ではないなと思う。
ただ毎日を変わりなく過ごしていても、周囲の人間が変わっていく。
離職率の高い職場だった。
三年以内に退職する者が圧倒的に多く、新人に研修してもしても、砂上の楼閣のごとく崩れていく。欠けていく。新たに砂を積まれても、また崩れてそのうち新人が来なくなった。
人手が足りないのは常であり、同僚が欠け、上司が入れ替わる。
自分は飛び抜けて優秀ではなかったが無能でもなかったので、それなりに生きていた。
期待されすぎることも、頭ごなしに罵倒されることもない。
静かに、生きている。
つまらない人生だった。
満員電車に潰されそうになりながら会社へと行き、遅くまで残って仕事をする。
これと言った趣味もなく、恋人もなく、親しい友人もいなかった。
サービス精神に欠けるのも、ハングリー精神に欠けるのも、自分のことである。
レオンが他人の気がしなかった。
…いや、他人だけど。
淡々と日々を生きているレオンは、悪くない。
ただ、もっと芸能人らしくガツガツしていくべきだったのだ。
俺とは違うのだから。
「お前のファン、葬式みたいになってるけどかわいそうだろ」
どう考えてもこれは応援メッセージではないなと思ったが、レオンは怒らなかった。
『クラウド、応援メッセージをありがとう。クラウドもその一人ということかな。俺ももっと努力しないといけないな』
「ち、違うし!ファンじゃないし!」
勘違いされても迷惑だし!
そもそも顔はたぶん負けてないし!
スタイルもたぶん負けてないし!
時間があるときにはジムに通っているし!
お前には負けてないし!
全然ファンじゃない!
違うんだからな!!
「…はぁ」
落ち着いた。
何を必死に反論しているのかアホらしい。
本人を前にして言うならともかく、全くもって無意味であった。
「努力してなんとかなる時期はもう過ぎてるだろ」
余生を過ごす段階に来ているのだ。
脱落した後、彼らがどうなるのかは知らなかった。
噂では契約解除され、芸能界から消えていくだろうということだった。大手プロダクションから「脱落者」の烙印を押されて放り出された者を、引き取ろうとする酔狂な芸能プロダクションも存在しないだろうから、というのだ。
そりゃそうだろうな、と思う。
けれどそんな人間、山ほどいるだろう。
忘れ去られていくだけだ。
なかったことになるだけだった。
「なんかやりたいこととかないの」
真面目なレオンは、どんな内容にも丁寧に返信をくれるのだった。
『クラウド、応援メッセージをありがとう。そうだな、温泉にゆっくり浸かりたいかな。…あ、そういう意味じゃなくて、仕事ということかな?仕事だとショーでランウェイを歩きたいな』
今更お茶目さアピールとか遅いんだよ!!
ちくしょうふざけんな!
「来年から好きに行けばいいだろ」
俺ってもしかしてコミュ障かな?と思わないでもない。何故こんなにケンカ腰なのか自分でもよくわからなかった。
『クラウド、応援メッセージをありがとう。時間ができたらそうしよう。いつも面白いメッセージ、楽しませてもらってる』
遠回しに「うざい」って言ってる。
これでも社会人だからな、社交辞令はわきまえてるんだ。
俺のことをガキだと思ってるな?
甘いぞレオン。
差し入れリストを開いた。
これからの季節は寒くなるからな、暖かいマフラーでも差し入れしてやろう。
一万マニーの出費だった。
お礼動画で顔がひきつるといい。
ちゃんと見届けてやるからな。
『クラウド、いつも応援してくれてありがとう。マフラーを確かに受け取った。さっそく今日から使わせてもらう。とても暖かくて、クラウドの気持ちが伝わるよ。ありがとう』
「ぅぐっ…!」
完璧な笑みと、完璧な嫌み付きの台詞だった。
一見すると熱烈なファンに対するリップサービスにしか見えないところが非常に憎い。
くそぅ、そう来るか。
歯ぎしりしながらもリピートする。
この完璧な笑みをもっと惜しみなく披露しておけば、脱落組なんかにならずに済んだだろうに。
一時期は上位にいたのだからキープし続けることだって可能だったはずだ。
もっと普段から出し惜しみせずに見せていれば、動画で受けるダメージは最小限で済むのだ。
カメラ目線で向けられる動画の笑みの破壊力が大きすぎて直視できない。
俺の気持ちが伝わるってなんだ。
ただの嫌がらせだし!
ファンじゃないし!
わかっていて嫌みで返してくるレオンの対応がまた非の打ち所がない。
くそ。
俺だって負けてない!
負けてないからな!
覚えてろ!
もう一度リピートしてから、会社へ向かう。
仕事を終わらせ帰宅して、ブログと動画を確認すると、レオンはマフラーをちゃんと巻いていた。
これが。
これがリアル連動型ソシャゲの恐ろしいところ…!!
ベッドに沈没し、クラウドは身悶えた。
しかも、差し入れした自分にしかわからない。
自分だけが知っている推しの持ち物の出所。
なんて言えばいいんだ、これは。
この何とも言えない気持ちを、なんて表現すればいいんだ。
自分がプレゼントしたものをちゃんと使ってくれている嬉しさを、言葉で上手く言い表すことができない。
己の語彙力のなさを悔いるが仕方がない。
恐ろしいゲームだった。
嫌がらせで差し入れしたものにも関わらず、ちゃんと使っているレオンを見ると複雑怪奇な感情が生まれる。
ファンなら本当にヤバイ。
「俺の嫁」と表現し、ことさらに課金の成果をアピールしたがる連中の気持ちが、理解したくないのに理解できてしまった。
「これ、俺が差し入れしたやつだから!」と誰かに言いたくなる気持ち、というやつだ。
以前検索して見かけた、「服と靴とアクセを俺の嫁にプレゼントした結果」という、レポートを思い出した。
「俺色に染まった嫁がとてもかわいい」という、何とも男心をくすぐる内容であったのだった。
そうなのだ。
全身自分が選んだ物を身につけてくれる、それは男のロマンなのだった。
…残念ながら、レオンは男だった。
「俺の嫁」ならともかく、レオンの全身をコーディネートしたところで…。
「……あ」
そうなのだ。
レオンも男なのだった。
気づいた。
「それ最高の嫌がらせじゃないか…!」
今度こそ、引きつった顔を見られるに違いない。
社会人のお手本のような言葉ではなく、本音の部分を見てみたいと思うのだった。
レオンの嫌がる顔を見てみたい。
だがお礼動画は所詮動画だ。何度でも撮り直しはできるし、決まった台詞を喋るだけなら芸能人であればいくらでも取り繕えることだろう。
どうせまた完璧な笑顔が送られてくるに違いなく、それはそれで貴重ではあるけれどももっと色々な表情があるだろう、それを見せろとクラウドは言いたい。
何か方法はないか。
新しく更新されたブログを読んで、ひらめいた。
「これだ…!!」
近日、握手会に参加する旨が書かれており、応援メッセージの返信にも「会えるのを楽しみにしている」とあった。参加するファンの報告に対するものであることは明らかで、これに参加すれば直接レオンと話すことができる。レオンの反応を見ることができる。
十万マニー支払って、握手会の参加券を手に入れた。
次にジャケット、服、アクセサリー、ベルトや小物類、靴を交換する。
全身コーディネートしてやる。
選べる種類は豊富にあったが、どれもブランドとタイアップしているらしくセンスのいい物ばかりであった。
どう選んでもダサくはならないようになっていて、芸能人ごとのイメージを重視し、ブランド側も商品を提供しているのだろうことがこんな所で窺えた。
自分の物を選ぶ時でもここまで悩んだりはしない、と言いたくなるほどの時間をかけて一つずつ選ぶ。
ダサくできないのなら仕方がない、どこに出しても恥ずかしくない格好で揃えてやるちくしょう。
直接会ったら「似合うじゃないか」くらいは言ってやる。上から目線で言ってやる。
覚えてろ。
唸りながら全てを選び終えた時には日付が変わっていたが、やり遂げた顔でクラウドは息を吐いた。
「よし、あとは…」
応援メッセージに、コメントを打ち込んで送信する。
「握手会に参加します」
これで意味、通じるよな?
全身コーディネートしてやった意味、わかるよな?
気づけばアバターの親密度はマックスになっており、友人なのか恋人なのかわからないゼロ距離でぴたりと寄り添い、親しげにしている。
二等身のキャラクターであるのに、見ていると本当に自分達が仲良しであるかのように錯覚するから恐ろしい。
仲良しじゃないし!
ファンでもない!
ただ直接会った反応次第では、最後まで応援してやってもいいと思っていた。
達成感に包まれ気分良く就寝したが、翌朝起きて後悔をした。
ブログの返信欄を確認すると、他のファンに対するものと同じように「会えるのを楽しみにしている」とだけ書かれてあった。
差し入れに対するコメントは何もなく、お礼動画が後日改めて来ることはわかっていても、不安になった。
大丈夫だろうな?
握手会なんて興味もないものにわざわざ参加するのは、俺が全身コーディネートしてやったお前を見るためなんだからな。
「普通の日に着ます」なんて言ってきたら即文句を言ってやるからな。
高い買い物だったんだからな。
高い…。
……。
……。
「…俺、馬鹿か…!」
高い買い物どころではなかった。血の気が引いた。
正気か?
思わずスマホを取り落とす。
自分の手元に残るわけでもない、推しに捧げた五十万マニー。
「ごじゅうまん…」
あ、俺アホだ。
間違いない。
ファンでもない男にごじゅうまん。
嫌がらせの為にごじゅうまん。
だが支払ってしまったら、もう戻ってはこないのだった。
「…あー!!勢いって怖いぃー!!」
頭を抱えるが、後の祭りである。
これは絶対に握手会に着てきてもらわなければならなかった。
ちくしょう。
ランキングを確認したら一気に八十五位まで上がっていたことだけは、満足した。
おそらく握手会のブログを見て参加を決めたファンが購入した分も含まれるのだろうが、それに加えて五十万でも課金してやれば一気にランクが上がるのだ。
下位になればなるほどファンは減り、課金額が減る分、その程度の金額でも十分効果はあるのだった。
…クラウドにとっては「その程度の金額」では全くないのだが。
ちくしょうランキングを上げてやったぞ。
早くお礼動画寄越せ。
落ち着かない日々を過ごしたが、ランキングが急に上がったことに触発されて他のファンも課金を始めたのか、その日からずっと、ランキングは八十番代後半をうろつきながらもキープすることに成功していた。
このまま上がれば残留できるかもしれない、という期待が、ファンの間に広まりつつあるのかもしれなかった。
『クラウド、いつも応援してくれてありがとう。握手会に来てくれるんだな、とても嬉しい。クラウドがくれた服や靴…驚いた。これはおそらく揃えて選んでくれたんだろう?ありがとう。着て行くから、是非見て欲しい。当日は寒いそうだ。風邪を引かないように、暖かい格好で来てくれ。…会えるのを楽しみにしている』
「よっし…!!」
拳を振り上げ、クラウドは喜んだ。
満額回答を得た。
しかも「風邪を引かないように」というお気遣いまで得た。
重課金者に見せる優しさというやつなのかもしれなかったが、どうでも良かった。
あとは実際にレオンに会い、上から目線で「似合うじゃないか」と言ってやるのだ。
「ざまぁ……、……」
だが待て。
重大なことに気づいてしまった。
レオンの顔を直視できないという事実にである。
ブログの自分宛のメッセージの返信は、脳内でレオンの声が再生されるようになっていた。
それはいい。
どうでもいい。
無言で動画をリピートするが、その完璧な笑顔で名前を呼ばれる瞬間、恥ずかしくてどうしても視線を外してしまうのだ。
ヤバイ。
まるで熱心なファンみたいな反応じゃないか。
原因はわかっている。
レオンがずっとカメラ目線だからだ。
「……」
いや、まずいだろ。
本物に会ったらどうするんだ?
握手会だろ?手を握って見つめ合うんだろ?
どうするんだ、俺は直視できるのか。
上から目線で物を言うなんて、本当にできるのか?
挙動不審なアヤシイ奴になるなんて、絶対に許されないぞ!?
動悸がする。
緊張してきた。
「……」
俺、考えてみたら人と目を合わせて会話すること、ほとんどなかった。
仕事で必要最低限会話を交わす、それだけだ。
…いや、仕事でできているのだから、できるはずだった。
仕事だと思えばいい。
一発かましてやるのだ。
負けてない。
俺は負けてないんだからな!!
「…と、とりあえずあれだ、動画をちゃんと正面から…」
最後までカメラ目線のレオンを見ていられるようになれば、本物と会っても問題ないはずだった。
「ファンじゃない、俺、こいつのファンじゃないから…!」
自分に言い聞かせ、動画を流す。
スマホの小さな画面に映る笑顔のレオンは完璧だった。
…いや、完璧だなんて思う時点で負けている。
慣れろ。
この顔と笑顔に慣れろ。
まだ握手会まで時間はある。
「…あ、そうか」
何度もリピートしているうちに、気がついた。
「こいつが名前を呼ぶからダメなんだ…!」
試しに名前の部分を飛ばして再生してやると、耐えられた。
これだ。
これならいける。
「名乗らなきゃいいんだ…!」
握手会なんてファンがたくさん詰めかける場なのだから、一人くらい名乗らなくたって気づきはしない。
底辺ランクをさまよっているレオンのファンが何人来るのか想像もつかないが、自分一人ということはあるまい。流れ作業で短時間、その程度なら余裕でこなせるはずだった。
名前さえ呼ばれなければ、なんとかなる。
「よし…!」
せっかく対策を練ったというのに、飽きるほどに動画を再生したせいで、レオンは夢にまで出てきてクラウドに笑顔を振りまき、名前を呼んでくるのだった。
「…ホント嫌がらせはやめろちくしょう…!」
名前を呼ばれるたびになんとも奇妙な気持ちになる。
が、ファンじゃない。
これは嫌がらせの一環だから!
握手会の日が近づいて来るにつれ、当日レオンはクラウドが気合いを入れて選んだ全身コーディネートで来ているのだと思うと、自身が着ていく服にも気合いを入れなければ釣り合いが取れないのでは?と思い始めた。
スーツというわけにもいかず、有り合わせで済ませるには心許なかった。
「仕方ない…服買うか…」
また出費が嵩むが、必要経費だと言い聞かせた。
負けちゃいけない。
負けないようにしなくては。
クラウドの脳裏にあるのはもはやその思いだけだった。